魂を貪るもの
其の十一 灯火が消える(とき)
2.激突

 鈴音は首から下げた家族の写真入りのロケットペンダントを握り締める。
 父に、母に、そして、霧刃の恋人だった青年へ、祈る。
 ――霧刃を止めさせてくれ。
 ロケットの下には、葵によって治癒術が込められた勾玉が、括り付けられている。
 鈴音は、無造作にその勾玉を外し、ロケットを大切に懐に仕舞い込んだ。
 勾玉を見つめる鈴音の脳裏に、葵のやさしい笑顔が過る。
 ――悪いな、葵。
 ――そして、ありがとう。
 勾玉を床に落とした。
 ころころと転がり、鈴音のもとを離れていく勾玉。
 勾玉を身に付けていたのは、霧刃と戦う前までに傷を受けた場合の保険としてだった。
 最初から、この闘いで、この勾玉を使わないと決めていた。
 ここまで付き合ってくれたロックにも、葵にも、そして、もちろん、ちとせにも悠樹にも、迅雷にも感謝している。
 だが、ここからは、自分と霧刃の領域だった。

 鈴音が、霧刃の動きを伺いながら、修行時代に習った天武夢幻流の基本の構えを取る。
 一方の霧刃は細雪を抜いた後、特段な構えを取らずにいわゆる無形の位で微動だにしない。
 鈴音が気合いの声を上げる。
 気合いと共に発せられた霊気の波動に、霧刃の肩の辺りで無造作に切られた髪が揺れる。
 だが、霧刃は無表情のままだ。
 一瞬の静寂を置き、先に動いたのは、鈴音だった。
 鈴音の初撃は、一気に間合いを詰めての勢いを乗せた突き。
 真正面からのこの一撃は見切られて、上半身を反らされただけで霧刃に簡単にかわされた。
 構わずに、突きの硬直から、そのまま霊剣を回転させ、斜め下に斬り下ろす。
 だが、それも難なくかわされ、霊気の刃は、霧刃の黒い千早をわずかに切り裂いただけだった。
 さらに目にも止まらぬ速さで剣を振るい続けるが、霧刃は鈴音の連撃をことごとく紙一重で避け続ける。
 細雪で受けることすらしない。
 鈴音は、霧刃の動きを固めることすらできないのだ。
 霧刃の速さは異常だった。
 それだけに、鈴音は後手に回ることはできない。
 もし、そうなれば、逆に一気にやられると思わせるほどの速さだ。
 もっとも、天武夢幻流は先読みと直感力を重視した攻防一体の武術でもある。
 一瞬でも隙を見せれば、必殺の捌きを受けることになるだろう。
 もしくは、攻撃を外した直後の硬直を狙われて一撃で斬って捨てられるかもしれない。
 だが、受けに回れば、鈴音の勝機は確実に薄れるのだ。
 細心の注意を払いながら、攻め続けるしかない。
「掠りもしないな」
 霧刃が、必死で冷気の剣を振るう鈴音を煽るように見下す。
「うるさいっ!」
 挑発に乗るわけではないが、一々返答せずにはいられないのは、鈴音の性格だろう。
 鈴音は霧刃の左肩へ打ち込むと見せかけて、右から首を狙った。
 その動きを完全に見切って、霧刃は容易くそれをかわす。
 鈴音は流れの中にいくつかの動作をまじえ、また同じように霧刃の左肩へのフェイントから右の首筋に打ち込んだ。
 間を置いて、また、霧刃の左肩から右首筋への同じ動作を繰り返す。
 そして、四度目の打ち込み。
 左肩へのフェイント。
 そして、今度は右首ではなく右脇腹を狙った横薙ぎへの変化。
 鈴音のパターンをなぞって動いていたためか、鈴音の攻撃の急激な変化に霧刃の動きがわずかに遅れた。
 それが鈴音には十分の好機となった。
 そのわずかな遅れを引き出すことが、鈴音の狙いだったからだ。
「はあっ!」
 鈴音が気合の声を乗せて、立て続けに剣を返す。
 タイミングを合わされて避けることが出来ずに、霧刃が細雪で受け止める。
 鈴音の踏み込みは強く、霧刃は攻撃を神刀で防ぎはしたが、体勢は押され気味となった。
「前のようにはいかないぜ!」
 鈴音の渾身の突きが、押し込まれた霧刃へと放たれる。
 しかし、霧刃の劣勢は一時的なものでしかなかった。
「つけ……あがるなっ!」
 霧刃は、喉元に伸びてきた鈴音の霊剣の横腹へ手のひらを合わせ、外側へと軽く力を加えた。
 それだけで、簡単に霊剣の軌道が反れる。
 霧刃の頬に糸のような細い紅の筋を残しただけで、鈴音の剣は後ろへと伸びていった。
 鈴音の視界から、霧刃の姿が消える。
 次の瞬間、鈴音の腹に衝撃が突き刺さった。
 交差するように放たれた霧刃の渾身の肘打ちが、鈴音の鳩尾を深々と穿っていた。
「がはっ!」
 カウンターの衝撃が腹部から背中へと突き抜け、鈴音は身体をくの字に折り、血の混じった息を吐いた。
 動きの止まった鈴音の目の前で、霧刃が身を捻った。
 軸足が床を抉る。
 強烈な後ろ回し蹴りが、鈴音の喉元を打った。
「ごほっ!」
 鳩尾、喉元と、急所を連続で打たれて遠のく意識を、鈴音は歯を食いしばって無理やり引き戻す。
 途端に視界に入ってきたのは、真っ二つにしようと迫ってくる細雪の刃。
 鈴音は慌てて身を捻るが、反応しきれずに胸に熱い痛みが走った。
 それでも何とか態勢を立て直し、二撃目はかろうじて霊剣で受け止める。
 斬られた胸から、鮮血が溢れ出すが、裂傷自体は深くはない。
 それよりも鳩尾に受けた一撃で、内臓が傷ついているのは確実だった。
 そして、攻め込めると思った瞬間の反撃を受けた精神的なダメージも大きい。
 霧刃は細雪を押し込みながら、吐血と裂傷から溢れ出した鮮血で胸元を紅く染めた鈴音を冷たい視線で眺める。
「これでも私の力が偽物だと言うのか?」
「ぐっ……」
 筋力という点では霧刃よりも鈴音の方が上のはずなのだが、強力な霊気を帯びている神刀の細雪と、鈴音が自身で作り出している霊剣とでは剣の威力が違い過ぎる。
 だが、どのようなに劣勢に立たされても、鈴音は退くわけにはいかない。
 霧刃の氷点下の視線を、鈴音は燃え盛る瞳で睨み返した。
「霧刃。おまえがいくら強大な力を手にしても、おまえの強さは、……人を救わない!」
 怒気を発しながらも、反論する鈴音の目に宿るのは憎悪ではない。
「……!」
 霧刃の濁った瞳に微かに宿った光が歪んだ。
 鈴音の剣が、霧刃を押し返し始めた。
「人の笑顔を奪い、人を傷つける強さに何の価値がある!」
 鈴音は力を振り絞って、細雪を受け流した。
 その反動に、霧刃の身体が揺らぎて、後ろに退がる。
「くっ……!」
 霧刃は距離を置いたまま、俯いた。
「はぁ、はぁ……」
 鈴音の言葉に心を抉られているのか、それとも、細雪の強力な霊気に身体を蝕まれているのか、霧刃は大きく肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。
 隙は見せないが、反撃にも転じて来ない。
 鈴音も勢いに任せた攻勢には出ない。
 実質の膠着状態だった。

「霧刃。そんな力は、おまえが何と言おうと偽物だ。そんな力じゃ何も守ることはできない!」
「鈴音。あの時、あの場にいなかったおまえに、……おまえに私の何がわかるっ!」
 顔を上げ、乱れた息もそのままに、背筋の凍るような憎悪を浮かべた表情を鈴音にぶつける霧刃。
 鈴音は正面から、それを受け止めた。
「わからねぇよ……」
 そして、意外にも霧刃の言葉を肯定した。
「……!」
「目の前で親父と母さんと恋人が殺された。そんな気持ち、わからねぇよ」
 震える声。
 わかることはできないが、想像はできる。
 家族を失ったことに、姉妹に違いはないからだ。
 相違があるとすれば、惨劇の場にいたか、いないかだけなのだ。
「だけど、おまえにも、あたしの気持ちはわからない!」
 あの時の霧刃の気持ちは、鈴音にはわからないだろう。
 だが、あの時の鈴音の気持ちも、霧刃にはわからない。
「学校から帰ったら、家の中は血の海で、そこに親父たちの死体と、抜け殻のようなおまえがいるだけだった。…その気持ちがわかるかよっ!?」
 止まらない。
 堰を切ったように言葉が止まらない。
「何も、……何も知らないうちに、全部終わってたんだ。全部、な!」
 感情が昂ぶって来たのだろう。
 目尻に光るものを浮かばせながら、鈴音は霧刃に言葉を叩きつける。
「そして、おまえは、あたし一人を残して姿を消しちまいやがったじゃねぇか!」
「……」
「あたしから、『姉貴』を奪ったのは、おまえ自身だっ!」
 鈴音は霧刃のように絶望を糧にして生きてきたわけではない。
 堕すわけにはいかない天武夢幻流という理があった。
 そして、姉は自分勝手に姿を消してしまったが、生きている。
 手を血に染め、身を修羅に堕そうとも、生きている。
 それは希望だった。
 その希望が鈴音を強くさせた。
「もう誰の幸せも、おまえには奪わせはしない」
「良く回る舌だ……」
 霧刃は暗い表情で唇を歪めた。
「それほどまでに楯突くなら、実力を示してみるのだな。負け犬の遠吠えなど無様だ」
「あたしは、ここで勝つ!」
「……勝つのは、私だ」

 鈴音は霊剣の切っ先を霧刃に向け、腰を沈めた。
 その構えから繰り出される技は、天武夢幻流・刀剣が奥義・虚空裂刺閃(こくうれっしせん)
 虚空を切り裂く、神速の突き技だ。
 霧刃もまた、鈴音に刃を向け、腰を沈めてバネをためる。
 いつかと同じように、虚空裂刺閃で迎え撃つつもりなのだ。
 鈴音と霧刃は、同時に跳んだ。
「虚空」
「裂刺閃っ!」
 一瞬で双方向から間合いが縮まり、二人の刀と刀が激突する。
 剣気と剣気がお互いを吹き飛ばそうと、ぶつかり合う。
「はああああああああああっ!」
「はああああああああああっ!」
 気合いと気合いが木霊した。
 だが、剣気は霧刃の方が鈴音よりも莫大で、鋭く、禍々しい。
「ぐうううっ!」
 徐々に鈴音が押され始める。
 霧刃はこの戦いで、まだ、ダメージらしきものを受けていない。
 それに対して、鈴音はすでに鳩尾と喉元という人体の急所に強烈な攻撃を受けている上、浅いとはいえ胸部に裂傷を負っているのだ。
 だが、以前のように押し負けるわけにはいかない。
 その想いだけで、鈴音は霊気を全開にして雄叫びを上げた。
「りゃあああああああああっ!」
「はああああああああああっ!」
 霧刃もそれに呼応して、さらに気合いを込めた。
 剣気と剣気がせめぎ合い、二人を囲むように竜巻のような気の奔流が作り出される。
 空間がその力の奔流に耐えられなくなったのか、混ざり合った鈴音と霧刃の剣気が爆発し、二人とも吹き飛ばされた。
「くっ、あっ、……はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ……」
 お互いに息を乱しながらも休むことなく、再び、間合いを消した。
「天武夢幻流・朧月(おぼろづき)!」
「天武夢幻流・散御霊(ちりみたま)!」
 鈴音が床すれすれから霊剣ですくい上げるように斬り上げ、霧刃は細雪を大上段から振り下ろす。
 激しく剣と剣がぶつかり合い、火花にも似た霊気の粒子が飛び散った。
「ああああっ!!!」
「くっ……!!」
 お互いの剣撃の力で、ズザアッと地面を滑りながら押し戻される二人。
 すかさず態勢を立て直して、鈴音は胴薙ぎを打ち込む。
 しかし、回り込むように回避され、逆に細雪が脇腹を斬り裂こうと伸ばされる。
 鈴音は慌てて、霧刃の右腕に右肘を叩き落として細雪を止めた。
 そのまま反転しながら、全身を使った左拳の一撃を霧刃の腹を目掛けて放った。
 右腕に食らった衝撃に、細雪を放すまいとした霧刃の回避反応が一瞬遅れた。
「ぐっ……あっ……」
 完璧に決まったボディブローに、霧刃の目が大きく見開かれた。
 この戦いで初めて鈴音が完全に霧刃に決めた一撃だった。
 この好機を逃す手はない。
 右肘で、霧刃の顎を打ち上げ、がら空きになった霧刃の胸部に左正拳突き。
 さらに、霧刃の側頭部へ左回し蹴り。
 これも綺麗に決まり、霧刃がよろめく。
 続いて、霧刃の左肩を狙って、霊剣を振り下ろした。
 ガキッという鈍い音が鳴り響いた。
「なっ!?」
 鈴音の顔に驚愕が浮かぶ。
 鈴音の霊剣の刃は、細雪の柄の底で受け止められていた。
 霧刃は、そのまま柄を引いて鈴音の霊剣の軌道をずらし、鈴音を懐まで巻き込むように引き込んだ。
 そして、柄で受け止めた鈴音の霊剣にかかっている勢いと重さを利用して、細雪を鞘に納刀する。
 密着に近い間合い。
 この間合いでは近すぎて、鈴音は剣が振るえない。
 それは霧刃も同じことなのだが、彼女は鈴音の攻撃を利用して細雪を納刀し、すでに両腕を自由に使える状態にしている。
 天武夢幻流は剣術と体術を組み合わせた無双の流派。
 やばいっ。
 鈴音がそう思った瞬間にはもう、霧刃の両掌が鈴音の脇の下に差し込まれていた。
「天武夢幻流・組討・乱胡蝶(みだれこちょう)!」
 突き上げられる衝撃に、鈴音の両肩の付け根に激痛が走る。
 脇下にある人体急所の一つ、脇陰を打たれたのだ。
 一瞬、鈴音の両足が地面から浮き、息が止まった。
 そして、無防備になった鈴音の胸に、霧刃の双掌が打ち込まれる。
 さらに、発徑(はっけい)
「がっ、はぁっ!」
 霧刃に叩き込まれた気の爆発に鈴音は、錐揉み状態で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
 凄まじい衝撃に、鈴音の身体が壁にめり込み、コンクリートに亀裂が走る。
 同時に発徑によって内部から悪化した鈴音の胸の裂傷から鮮血が噴き出す。
「うくっ!」
 鈴音が声にならない悲鳴を上げる。
 激痛に集中力が途切れ、右手で握っていた霊剣が薄らいで消えた。

「はぁ、はぁ……」
 鈴音を発徑で吹き飛ばした後、霧刃の呼吸が苦しそうなものへと変わっていた。
 顔色も悪い。
「はぁ……、はぁ……、こほっ、こほっ……」
 霧刃が肩を激しく上下させ、手を口元に当てて咳き込む。
 抑え込もうとするが、咳は止まらない。
「こほっ、こほっ、……ごほっ!」
 鮮血が、霧刃の口から溢れた。
 胸が、心臓が刃で抉られたように痛む。
「……忌々しい……!」
 手のひらを染めた喀血を握り潰す。
 そして、壁に磔状態になっている鈴音を睨みつけた。
 稲妻の速度で、鈴音へと追撃をかける。
 強暴なる邪気を帯びた貫手!
 霧刃の指が鈴音の胸の傷に突き刺さる。
「ぐっ、ああああっ!」
 獣のように爪を突き立て、傷に指を抉り込ませ、引き裂いた。
 鈴音の胸の裂傷が広がり、鮮血が飛び散る。
「あくぅっ、うあぁっ!」
 まだ生々しい裂傷を抉られるという激痛に、鈴音が激しく悶える。
 さらに霧刃は身を反転させ、鈴音の腹に遠心力を乗せた背面肘打ちを見舞う。
「がっ……!」
 メリメリと音を立てて霧刃の肘が、鈴音の引き締った腹部に食い込み、その奥の内臓に衝撃が及ぶ。
 それだけでは収まらず、身体を貫通した衝撃によって、鈴音の背後の壁の亀裂が広がる。
「ごぼっ……!」
 鈴音は口から血の混じった空気を吐き出し、虚ろな目で前のめりに崩れ落ちる。
 だが、地面に倒れることは許されなかった。
 強引に右腕を掴まれ、霧刃の正面へと引き寄せられる。
 そして、再び腹へ食らった衝撃に、鈴音の意識は無理矢理に覚醒させられた。
 手首までが鈴音の腹へ埋まるほどの容赦の一切ない強烈な拳撃。
 拳が深々と埋まった鳩尾から、鈴音の身体に赤い波紋が広がる。
 両手両足の爪の先まで全身を駆け巡る破壊的な霊気の超震動に、鈴音の肉体が痙攣する。
「あっ、がっ、うぐぅっ……」
「天武夢幻流……」
 続いて、霧刃は鈴音の肩を軸に反転し、鈴音の背中へと肘を突き刺す。
「組討が奥義!」
 背骨が軋んだ。
 鳩尾と脊髄に食らった痛烈な二発の打撃による内傷から逆流してきた熱い血が、鈴音の口から吐き出される。
 しかし、霧刃の攻めは終わらない。
 この技は以前対峙した時に、鈴音の戦闘能力をほとんど奪った奥義だった。
 拳撃と肘打によって打ち込まれた衝撃と禍々しい真紅の霊気の波紋が、鈴音の肉体を内部から粉砕する。
夢浮橋(ゆめのうきはし)ッ!」
 奥義の締め、相手の喉を手で押さえた受身の取れない危険な投げまでが、鈴音に綺麗に決まる。
 あまりの威力に、鈴音の叩きつけられた床が陥没し、まるで隕石の衝突跡のように崩壊する。
 その大穴の中央で、鈴音は仰向けになったまま、全身を破壊しつくす激痛に呻き声を上げることしかできないでいた。
「はぁ……はぁ……、こほっ……こほっ……」
 一方の奥義を放った霧刃も、身体への負担の反動のためか、さらに顔色を悪くして咳き込む。
「ごほっ……、ごほっ……」
 時たま激痛が走る左胸を押さえ、霧刃は冷たくも鋭い表情で、仰向けで倒れている鈴音の横に立つ。
「霧……刃……!」
 鈴音は咳き込む霧刃を睨みつけるが、まるで身体に力が入らない。
「はぁ、はぁ……はぁ……、鈴音。先程までの勢いはどうした?」
 肩で息をしながら、霧刃は上半身を起こそうとしている鈴音の胸に踵を落とした。
「がはっ!」
 胸を踏みつけられ、強制的に床へと抑え付けられる。
 ミシリッと肋骨が軋む。
「一人前に動くのは、口だけか」
 見下す視線を妹へと向け、霧刃は踵で鈴音の胸の裂傷を徹底的に踏みにじる。
 抉られた傷口から血が滲み出し、鈴音の身体が与えられる灼熱の激痛に痙攣する。
「あ……、うあっ……」
 狂いそうになる激痛に耐えながら、鈴音が両手で霧刃の足を退かそうとするが、びくともしない。
 霧刃は纏わりついてくる鈴音の腕などお構いなしに、血走った目で胸の裂傷を踏みにじり続ける。
「げほげほっ、くあ、あああっ……!」
「はぁ、はぁ、はぁ……、これでは前と同じではないか」
「ごほっ、くぅっ……」
「その程度では、この私を……おまえが言う悪い姉を倒すことなどできはしない」
 霧刃が、鈴音の腹に蹴りを入れる。
「うあぁ……、げほっ……」
 そのまま、つま先を鈴音の腹に食い込ませ、空中に蹴り上げた。
「……立てまい。鈴音、その無力さをその身体に刻み込んでやる」
 浮いた鈴音の全身へと無数の拳を叩き込む。
 拳。
 拳、拳。
 拳、拳、拳。
 止むことのない、拳の嵐。
 凄まじい連撃に、鈴音は倒れることすら許されずに、良いように踊らされる。
「おまえは無力だ!」
「うああああ!?」
「無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力っ!」
 狂気に犯されたが如く放たれる霧刃の連撃の嵐。
 さながら、マシンガンで蜂の巣にされるがごとく、凶拳の弾丸に四方八方から全身を徹底的に撃たれ続ける鈴音。
 そこにあるのは律された『武』ではなく、圧倒的な『暴』だった。


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