魂を貪るもの
其の九 運命(ノルン)の嘲笑
3.策謀

「平和、ねぇ」
 鈴音がポツリと洩らした一言を、ちとせが繰り返した。
「そうだね。この、今の瞬間だけを見ればそう思える」
 大人びた表情で、ちとせは顎に手を添えた。
 憂いを含んだその表情は、危険な色気を感じさせる。
 誰かが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 悠樹か、迅雷か、それとも鈴音か。
「だけど、世界樹を使って、混乱に落とし入れているヤツらがいる。それを考えると気分が悪くなる」
 その色気を打ち消すように、怒気を含んだ言葉を紡ぐ。
「猫ヶ崎。ボクが生まれ、育った街」
 ちとせが遠くを見つめるような瞳で言う。
「ボクは、この街が好きなんだよ」
 風が、ちとせのポニーテールをなびかせた。
「だから、そんなヤツらの好きにはさせたくない?」
 悠樹は、ちとせの肩をポンと叩いた。
「そゆこと」
 ちとせは、ウィンクで応じた。
「何にせよ、学校が無事で良かったよ。でも、香澄ちゃんも見つかんないし、ここでこうしていても仕方ないね」
「じゃあ、生徒会室に……」
 ちとせの言葉に、大きく頷いて鈴音が提案を試みる。
 迅雷の恋人が見られないならば、天敵を見ておこうという魂胆に違いない。
「大却下っ!」
 迅雷が慌てて大声を上げる。
「わざわざ大を付けて強調するなよ」
 鈴音が、いかにも五月蝿そうな表情で前髪をかきあげた。
 ちとせは、肩をすくめて首を横に振った。
「しょうがないな。んじゃ、諸悪の根源、『ヴァルハラ』見学にでも行ってみよっか」

 『ヴァルハラ』の周辺は、今朝の状況とほとんど変わらず、昏く重い瘴気に沈んでいた。
 世界樹に覆われ、瘴気を漂わせる天をも貫く尖塔は荘厳であり、不気味であった。
 その周りをマスメディアの人間が、遠巻きにしている。
 警察官も配備されていたが、『ヴァルハラ』に潜入しようとするマスメディアに対して数が少ない。
 街の各所で起こっている事件の解決や警備のために人手が足りないのだ。
 現実に、警官の眼の届かぬ所から『ヴァルハラ』に潜入しようとして、瘴気に当てられて、意識不明に陥ったマスメディアの人間もいるようだった。
 ちとせたちも警察官たちに見つからないように気を配りながら、でき得る限り『ヴァルハラ』に近づいた。
「凄い瘴気だね」
「これほどの瘴気じゃ、これ以上、近づくのもやばいな。毒気に当たっちまうぞ」
「それにしても、高いね」
 ちとせは天空まで聳え立つ巨大な建物を見上げた。
 世界樹の枝が這い、空を落とそうとするかのように縦横無尽に広がっている。
 見つめれば見つめるほど、頭を叩かれたような強烈な衝撃が、脳幹を揺さぶってくる。
 それとは別の研ぎ澄まされた鋭利な悪寒が、ちとせを貫いた。
 びくん。
 『ヴァルハラ』を見上げていたちとせが肩を震わせる。
「どうした、ちとせ?」
 鈴音が、ちとせを不思議そうに見た。
「いや、ちょっと寒気がしただけ」
「瘴気に当てられたか?」
「ううん。何だか、誰かに見られたような気がして……」
 身も凍るような視線で自分たちを見つめる何者か。
 遥か上空で、その視線と交差した気がして身震いしたのだ。
「誰かに? まさか、敵か?」
「きっと、そうだと思うけど……」
 ちとせは頭を軽く振った。

「ちょっと、キミたち」
 きびきびとした声が、後ろからかけられた。
 全員が緊張して振り返った。
 敵か?
 スーツ姿の栗毛の女性が腰に手を当てて立っている。
 見た顔だった。
 『ヴァルハラ』を遠巻きにしているマスコミを取り締まっていたのを見かけた。
 警察だろう。
「あれ? 敵じゃなかったみたい」
 ちとせはバツが悪そうに頬に手を当てた。
「あの、あなたは?」
 悠樹が誰何する。
「猫ヶ崎市警の佐野倉マリアというものよ。さっ、ここは、警察関係者以外は立ち入り禁止だから」
「えっ、あの、でも、ですね」
 一同は困惑した。
 まずい。
 追い出される。
 公権力を相手にするのは、妖魔たちや悪魔たちを相手にするのとは勝手が違う。
「言うことを聞いてくれないと、お姉さん、困っちゃうんだから」
 マリアと名乗った刑事は、本当に悩ましげな顔で詰め寄ってきた。
「なあ、もう少しだけ見学させてくれよ」
 迅雷が食い下がった。
「あのねえ、子供の遊びに付き合う程暇じゃないのよ、私」
「そんなこと言わずに、頼むよ」
 迅雷の強引さに呆れたのか、マリアは首を振った。
「んもう、仕方ないわね」
 マリアは眉を寄せて、懐に手を伸ばした。
 一瞬、了承したかのようだったが、それは違った。
「聞き分けがない子たちは、撃ち殺しちゃわなきゃね」
 マリアは拳銃を取り出して、撃鉄を起こした。
「なっ!?」
「子供の我侭は許しちゃいけないでしょ? 自由と我侭は違うのよ?」
 先程まで透き通っていた瞳が、打って変わって毒々しい赤い光を放っていた。
 正気の色ではない。
「やべえっ!」
 迅雷は咄嗟に横に飛んだ。
 一瞬遅れて、銃声が響き、迅雷が立っていた場所に銃弾が通りすぎた。
「何かに取り憑かれてやがる!」
 迅雷の目の前で、マリアは顔色一つ変えずに流れるように移動しながら、銃口に吐息を吹きかける。
「Love Love Fire !」
 再び、銃を構えるマリア。
 いや、構えたと見えた瞬間には、次の発砲音が響いていた。
 並の速度ではない。
「当たるかよ!」
 迅雷は紙一重で銃弾をかわした。
 かわしたはずだった。
 銃弾は、迅雷の背後で慣性を無視した不自然な軌道を描いた。
「迅雷先輩、戻ってくるよ!」
「何っ!?」
 予想外の展開に銃弾を見切り損ねて、迅雷の右腕を銃弾が掠め、血飛沫が上がる。
「ちいっ……!」
 吹き出す血を強引に抑えて、舌打ちする迅雷。
 マリアは迅雷から流れる血を見て唇を笑みに歪めた。
 どうやら、最初に仕留める獲物として迅雷を選んだようだ。
「迅雷!」
 鈴音が霊剣を現出させ、駆け寄って来ようとしたが、迅雷は目で制した。
「おれ一人で十分だ」
「I Love Blood ! Blood ! Blood ! Fire !」
 マリアの銃が再度火を吹く。
「くっ……」
 迅雷は地面に転がって、その銃撃を避ける。
 マリアは赤い瞳に愉悦を浮かべて、銃を迅雷にホールドした。
「Finish & Death !」
 ダーン!
「!?」
 銃弾が放たれた瞬間、マリアの美貌が苦痛に歪んだ。
「かはっ!?」
 目を大きく見開き、息を吐き出す。
 弾丸を避けると同時に懐に転がり込んだ迅雷が、マリアの腹へ打ち上げ気味の拳を見舞ったのだ。
「あっ、くっ……ぁ……」
 前のめりに膝をつくマリア。
 からからっ……。
 拳銃が乾いた音を立てて、地面に転がった。
 と、マリア自身も乾いた音を立てた。
「なっ!?」
 迅雷は目を見張った。
 マリアの顔面が割れ始める。
 皮膚が裂け、中から、もう一つのマリアの顔が出現した。
 パリパリと音を立てながら、薄皮が取れるようにマリアから、『マリアの姿をしたもの』が剥がれていく。
「オオ、オォォ、オオォォォ……」
 剥がれたマリアが不気味な声を上げた。
 ぼろ切れのような姿に、マリアの顔が張りついている。
 それは、次第に次第に、蒸発していく。
 張りついていた樹皮に似た魔物(スクーグスロー)が完全に消滅した後、残った本物のマリアは、邪気の無くなった表情で、地面に倒れ伏していた。
「中身が空洞の化物が、この刑事の表面に張りついて操っていたのか」
「キモいなぁ」
 迅雷の言葉に、ちとせが肩をすくめた。
「こっちは、大丈夫だな。命に別状はないぜ」
 鈴音がマリアの脈を見ながら言った。
「そうですか。でも、意識が無いまま、この瘴気の中に置いておくわけにもいきませんよ」
 悠樹が女刑事を抱き起こした。
「巡回に来た警察のお仲間に『瘴気に当てられて倒れていた』ってことで、預けちまえば良いさ」
「そだね」
 悠樹に抱き抱えられている女刑事から視線を移し、ちとせは、もう一度だけ、『ヴァルハラ』を見上げた。

 瘴気に包まれ、世界樹が蔓延る地上八十階を誇る超高層ビル。
 その最上層から、ちとせたちの姿を見下ろす男がいた。
 背は高く、体格も良い。
 金色の髪を後ろに撫でつけ、漆黒のスーツを身に纏っていた。
 紳士的な顔立ちだが、眼光は鋭い。
 ランディ・ウェルザーズ。
 この『ヴァルハラ』を建造した主にして、『ヴィーグリーズ』の総帥の地位にある男だ。
 部屋に設置されたモニターが、ちとせたちを捉えていたが、ランディは窓から直接見下ろしていた。
 いかに視力が良くても、天をも貫くかとも思われるほどの超高層から、地上のちとせたちを見ることなど人間には不可能な芸当だ。
 だが、ランディ・ウェルザーズには、ちとせたちの動きがすべて見えていた。
「あれが、おまえの右腕を奪った少女か」
 ランディは、窓から下に視線をやったまま、後ろに声を投げた。
「……」
 彼の後ろにはシギュン・グラムが控えていた。
 彼女は無言のままだ。
「あの少女が憎いか?」
 ランディがシギュンを振り返る。
 シギュンの鋭い両目がわずかに細められた。
 "氷の魔狼"の瞳に宿るのは相変わらず激しい獣性の光だが、それは鏡で反射されたもののようにも見え、その奥は空っぽのようにランディの顔を映していないようにも見える。
「屈辱は晴らさねばならない」
 部屋の温度が急激に下がった。
 シギュンの周りに白い靄のようなものが浮かんでいる。
 その靄に触れた机の上の花瓶に活けられた花が、硝子のように砕けた。
 絶対零度の冷気だ。
 シギュンはいつもその激しい感情を隠そうとはしない。
 だが、その感情は彼女の本性を隠す擬態に過ぎない。
 シギュン・グラムという女は、心の底で生に枯渇している。
 今、その枯渇した部分を潤そうとしているのは、右腕の仇を討つということだろう。
 ランディはできることならばシギュンの枯渇を自分の野望のために利用したかったが、この"氷の魔狼"を餌付けすることは神にもできない芸当だということを知っていた。
 流れに任せるしかない。
 だが、それは"運命"などという流れにではなく、ランディが流した無数の川の流れの一つでなければならない。
 彼らは必ず『ヴァルハラ』に来る。
「あの者たちは追わずとも『ヴァルハラ』に来よう」
「……」
「その時こそ、終わりの始まりの刻となろう」
「終わりの、始まり……」
「シギュン・グラムよ。私に破滅以外の未来を見せてくれ」
 ランディ・ウェルザーズは己の腕を抑えつけた。
「すべてを滅するのが炎の力。この私も、ままならぬ身よ。忌々しいことだがな」
 獄炎が脈打つように一瞬、身体中を駆け回る。
 冷気に包まれていた部屋が豹変した。
 床が煮え立ち、部屋中が熱気に覆われる。
「ランディさま」
 シギュン・グラムは顔色をまったく変えない。
「どのような形になっても、あなたの望みは叶えられる」
「どのような形であってもか。私は、おまえの力を見くびってはいないぞ」
「……」
 無言で頭を下げるシギュンの獰猛さを秘めた冷たい顔には、まるで慇懃さがない。
 だが、ランディ・ウェルザーズは、その彼女の態度にこそ満足したように頷き返した。
「私の熱く煮え滾る血を凍らせてくれ。"氷の魔狼"よ」

「う、うぅ……ん……」
 悠樹の背中で、佐野倉マリア刑事が微かに目を開いたのに、ちとせが逸早く気づいた。
「あっ、目が覚めちゃったみたい」
 マリアが気絶している間に、警察に彼女を預けて、『ヴァルハラ』を離れようと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかったようだ。
 栗色の長い髪を揺らして、マリアが顔を上げた。
「こ、ここは……?」
 半覚醒状態で、焦点が定まっていないようだ。
「私は、瘴気の中を巡回中に化物に襲われて……、そうよ、取り憑かれて、キミたちと出会って……」
 頭を振って、頭を現実に戻す。
 周りに目をやる。
 はっとした表情になって、迅雷を見た。
「キミ、腕の傷は大丈夫!?」
「記憶はあるみたいだな」
「え、ええ。キミたちを襲った記憶もバッチリね。で、傷は大丈夫なの?」
 心配そうに見つめてくるマリアの視線に、迅雷は照れ笑いを浮かべた。
「大袈裟だな、かすり傷だぜ?」
「かすり傷を侮るのは二流のすることよ。どんな小さな傷だって下手すれば破傷風のもとになるわ」
 マリアが真剣な顔で反論する。
「あ、あのあんまり耳元で騒がれると、吐息がかかって……」
 悠樹が赤面して、口を挟んだ。
「ああっ、ごめんなさいね。降りるわ」
「大丈夫ですか?」
「ええ」
 悠樹が気遣いの言葉をかけると、マリアはウィンクして応じた。
「ちょっと、まだお腹が痛いけど」
 そう言って、マリアは鳩尾の辺りを擦った。
「迅雷先輩、思いっきり殴ってたしね」
 ちとせが、迅雷を横目で見ながら眉をひそめる。
「うぐっ、仕方ねえだろ」
「良いのよ。警察官になった時から、危険は覚悟の上だもの。国民の安全を守るためなら死んだって悔いはないわ」
 さばさばした口調でそう告げるマリアに、迅雷は感心して腕を組んだ。
「今時、見上げた根性の公務員だな」
「公務員は国民に奉仕するためにいるのよ、間違っていて?」
「いや、全然」
「嘘ばっか。ほとんどの官僚は国民のためじゃなくて、国家のためにしか働いてないと思っているくせに」
 マリアが腰に手を当てて、笑顔で、迅雷の顔を覗き込んだ。
「あんた、面白いな」
 迅雷は、マリアの視線を正面から受け止めて笑い返した。
「そうかしら? こんな瘴気の中、高層ビル見物に来るキミたちの方が面白いわよ」
「……やっぱり、面白くても刑事だな」
 笑いを含んだ声のままで、鋭く切り込んでくるマリアに、迅雷が呻いた。
「当たり前よ。キミたちは、ここで何をしていたの? それとも、これから何かをするつもり?」
 マリアの質問に、鈴音は世界樹を目で示した。
「猫ヶ崎を襲っている怪現象の原因は何だと思う?」
「……そうね。何の根拠もないけど、あの樹木が怪しいとは思うわね。猫ヶ崎が闇に包まれたのと、あの樹木が出現したのが同時期だもの。関連性は疑ってみるべきね」
「なら、わかるだろ? あたしが、いや、あたしたちが何をしようとして、『ヴァルハラ』の前をうろついているかなんてのは」
 鈴音は前髪をかき上げて、心底楽しそうに笑った。
「キミたちは、『ヴァルハラ』に乗り込む気なの?」
「今日は、ただの偵察だけどね」
 ちとせが答える。
「キミたちも、この瘴気を、それに化物を見たでしょう? 『ヴァルハラ』の捜索になら警察にだって考えがあるわ。警察に任せるべきだと思わないの?」
「警察は警察で動けばイイじゃねぇか、おれたちはおれたちで動く」
 迅雷の言葉に鈴音が頷いた。
「悪いけど、あたしたちは、あんたたちより強いぜ。それに、あんたたちより、『ヴィーグリーズ』に、そして世界樹に関わっているしな」
「確かにあなたたちは強いんでしょうね。化物や銃を持った私を相手にしても怯むこともなかったし、それは認めるわ。でもね、私には国民を守る義務が……」
「義務? あなたは義務だけで命をかけて人を守っているんですか?」
 反論しようとするマリアに、悠樹が静かに微笑んだ。
「そ、それは……」
 マリアは大きく息を吐いて、首を左右に振った。
「はぁ、完敗ね。あなたたちは、あなたたちの好きにするが良いわ。目を瞑ってあげる。私は警察として、この怪現象の解決の道を探るわ」
「話のわかるお姉さんで良かったよ」
 ちとせが、ポニーテールを揺らした。
 マリアはもう一度だけため息を吐き、それから、ふっきれたように微笑んだ。
「じゃあ、私は、もう行くわね。表立ってサポートはできないけど、頑張りなさいね」
「ん、じゃあね」
 ちとせは、ぱたぱたと手を振った。

 ――同じ頃、『ヴァルハラ』の第一秘書室。
 悪意と憎悪が、形を成すほどの勢いで渦巻いていた。
 『ヴァルハラ』の中でも、瘴気が最も濃厚に漂っているのは、この部屋の主の性格が捻じ曲がっているためか。
 そこで、ミリア・レインバックとヘルセフィアス・ニーブルヘイムは密談をしていた。
 そう、それは公的な会合ではなく、私的な密談だった。
 ミリア・レインバックは利で動く。
 そう踏んだヘルセフィアスの野心の成果だ。
「『世界樹(ユグドラシル)』の力を我が物とする」
 ヘルセフィアスは、ミリア・レインバックを抱き込むことに成功していた。
 "凍てつく炎"ばかりを重要し、ミリアを蔑ろにするランディ・ウェルザーズに忠誠を誓う必要などない、と。
 私ならばあなたをもっと高みに連れて行くことができる、と。
 それは甘美で危険な誘いだった。
「あなたはわたくしを必要としてくれるのですね?」
「当然です。そして、『世界樹』を制すれば、まさに『世界』を統べることができます」
「素晴らしいわ。わたくしとあなたで世界を紡ぐのね」
「そうです。"凍てつく炎"ごときに、そして、『ヴィーグリーズ』などという組織に心を煩わされずに済むのです」
「楽しいわ。久しぶりに心が楽しい。それで、決起の刻は?」
「あなたにその瞬間を教えて頂きたいのです」
「わたくしに?」
「あなたはシギュン・グラムを除けば、ランディ・ウェルザーズに一番近しい存在。()の男の油断を見て、『世界樹』の制御を奪うのです」
 ヘルセフィアスの言葉に、ミリアは垂らした前髪の奥で瞳を光らせ、妖しく艶やかな笑みを浮かべた。
 世界を手に入れるという野望を共有する快感のためか。
 憎くて堪らない織田霧刃を確実に血祭りに上げられる力を約束されたためか。
 それとも、もっと深い意味がある笑みだったのか。
 それはわからない。
 わからないが、ミリア・レインバックの笑みには多少の嘲りが含まれていた。
 そして、それは決して自嘲ではなかった。
 織田霧刃を嘲っているのか、ランディ・ウェルザーズを嘲っているのか。
 それは、しかし、目の前の野心に染まった男を嘲っているようにも見えた。


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