魂を貪るもの
其の八 裁きの始まり
10.拷問

 ――とても。
 とても冷静になる。
 危機的状況に陥った時ほど頭が冴えてくる。
 感情が抑制され、物事を冷徹に判断できる。
 自分でも疎ましく思えるほどに。
 ちとせをケルベロスの炎から守った時も。
 シギュン・グラムを暴走するちとせから救った時も。
 そして、今回も。
「ちとせ……」
 悠樹は透き通った声で呟き、手にした神扇を握り締めた。

「ううっ……」
 身体中に走る鈍い痛みに鈴音は覚醒した。
 項垂れていた顔を上げ、周囲を見まわす。
 両手首に枷を嵌められ、天井から吊るされており、両足も床から生えた鎖に縛められて身動きが取れない。
「……捕まったか」
 脳裏に仲間たちのことが浮かぶ。
 人質に取られた葵は無事だろうか。
 ちとせは、迅雷は、ロックは、そして、悠樹は無事だろうか。
「それにしても、ここは?」
 天井の彼処から鎖が吊り降ろされ、壁には血の跡らしい染みが広がっている。
 部屋の隅には鋼鉄の棒や鎖が置いてあり、それらと一緒にさまざまな拷問具らしきものもあった。
「なかなか歪んだ趣味の部屋だな。どうやら、すぐに殺される心配はないようだが……」
 鈴音は唇を歪めた。
 殺されないからといって五体満足には済みそうにはない。
 正面の鉄の扉が開いた。
 部屋に入ってきたのは、ミリア・レインバックだった。
「目が覚めたようですわね」
「あたしをどうするつもりだ?」
 シニヨンを結った黄金の髪の左側だけを降ろした前髪の下で淫靡に光るミリアの目を、鈴音は睨みつけた。
 ミリアは艶かしく微笑み、鈴音の胸に両手を伸ばして鷲掴みにした。
「ぐっ!」
 鈴音の顔が苦痛に歪む。
「このままここで、あなたを痛ぶりながら殺すことは容易い」
 そう言いながら、ミリアが両手に力を込めた。
 豊かな両胸を握り潰すように指が食い込み、耐え難い激痛が鈴音を襲う。
「う……、あ……、くっ……、ああ……」
 サディストめ。
 心の中で吐き捨て、鈴音は痛みに歯を食いしばって耐える。
 だが、ミリアは容赦なく鈴音の両胸を栓でも捻るように搾り上げた。
「あああっ……、あぅ!」
「だけれども、そうはしないわ」
 唐突に鈴音を襲っていた胸から全身に伝わる激痛が止んだ。
 ミリアが手を離したのだ。
 握り潰されていた両胸が大きく揺れながら、元の形の良さを取り戻す。
 痛みから解放されて荒い息を吐く鈴音の顎に、ミリアの手が掛けた。
「織田鈴音。わたくしの仲間になりなさい」
「何、だってっ?」
「仲間と言っても、ほんの一瞬だけなってくれればイイのよ」
 言葉の意味を理解しかねるという表情の鈴音へ、ミリアは淫靡で妖しい笑みを浮かべた。
「"凍てつく炎"織田霧刃。……あなたのお姉さんなんでしょう?」
「……」
「彼女を失脚させるために一芝居うってくれれば、あなたを見逃してあげるということよ」
「芝居だと?」
 鋭い視線をぶつける鈴音の耳元に濡れた唇を運び、ミリアは甘い息を吹きかけるように囁いた。
「そう。あなたは、『姉は私の仲間だ。姉は私に頼まれて『ヴィーグリーズ』の情報を流していた』と、証言してくれるだけでイイ。そうすれば、あの女を蹴落とせる」
 どす黒い。
 ミリアの知的な美貌と裏腹の、欲望に塗れたどす黒い性格を鈴音は感じ取った。
 嫌悪感が心の底から湧き上がってくる。
「あなたもあの女が憎いのでしょう? そうでなければ、姉妹が敵対するわけがない」
 鈴音は黙って俯いた。
「悪い取引ではないはずよ。どうかしら?」
「断る」
 鈴音はきっぱりと言った。
 その声には明らかな嫌悪の響きが含まれている。
「何?」
 理解できないといった顔で覗き込んでくるミリアに向かって、鈴音は、はっきりと首を横に振った。
「卑怯者め。おまえじゃ、一生霧刃には勝てない」
「な、なんですって!」
 激昂したミリアが、鈴音の顔を平手で殴りつける。
「ぐっ!」
「姉妹そろって神経に障る!」
「へっ、ヒステリー女は嫌われるぜ?」
「お黙り!」
「うくっ……!」
 ミリアは再び、平手で鈴音の頬を張った。
 そして、壁際に立て掛けてあった拷問器具の中から、棘の生えた凶悪な鞭を手に取った。
「素直になるまで、生き地獄に落としてあげるわ」
「う、うう……うあぁっ!?」
 ひゅんっと、風を切る音が響き、鈴音が悲鳴を上げて顔を仰け反らせた。
 鈴音の服の胸元が裂け、下着の一部が露わになる。
 肌に赤い筋が一筋走り、血を滴らせた。
「鞭の味はどうかしら?」
 鈴音は無言でミリアを睨みつけることで抵抗の意志を示した。
 屈しようとしない獲物に、ミリアが再び鞭の洗礼を飛ばす。
「うくっ……ぁっ」
 今度は一撃では終わらない。
 次々と鞭が空気を切り、身体を打たれた鈴音が苦痛に悶えて仰け反り、その手足を拘束している鎖が金属音を立てる。
 ミリアはその一連の流れを楽しむように手を休めることなく、連続して鈴音の身体に鞭を振るった。
「あくっ、あっ、くうっ、ぅくう……!」
 鈴音の衣服がズタズタに切り裂かれ、血飛沫とともにボロ布となって床に散らばっていく。
 豊かな胸とすらりとした脚が伸びる股間を包んだ黒い下着が露わになったところで、ようやく嵐のような鞭打ちが止んだ。
 ミリアは淫靡な視線を向けながら、下着姿になった鈴音に歩み寄り、痣と傷と鮮血で紅に染まった肢体の臍から股間にかけての下腹部を指先でなぞった。
「黒い下着。なかなかセクシーじゃないの」
「はぁ、はぁ、はぁ……、テメーに褒められても嬉しくもなんともねぇ!」
「まだ、そのような口がきけるとはねっ!」
 いくら痛めつけても逆らう気力を失わない鈴音に、ミリアは再び怒りの炎を燃え滾らせ、鞭の柄で彼女の頬を思い切り殴りつけた。
 血霧が舞い、鈴音を拘束している鎖がジャラジャラと音を鳴らす。
「強情な娘ね。ここで従わねば、今以上の苦痛に苛まれることになるわよ」
 苦悶の表情で唇から血を滴らせる鈴音に冷ややかな声を浴びせ、ミリアが再び鞭を振り上げる。
 恐らく意図的であろう。
 ミリアの振るった鞭が、鈴音の上半身に巻きついた。
 鋭い刺が鈴音の胸と、すでに鞭打ちで裂傷だらけの背中に突き刺さり、締め上げていく。
「ぐ、あ、ああああっ!」
 突き刺さった棘を伝わって、血が床に流れ落ちる。
 ミリアの冷たい声が響く。
「逆らうからよ」
「くっ、あっ……、あ、あたしはテメーなんぞには絶対従わねぇ!」
 苦痛に耐え、尚もミリアへ見下したような視線を浴びせる鈴音。
 ミリアは歯軋りして、鈴音の肉体を締め上げていた鞭を思い切り引っ張った。
「ぐあああああっ!」
 鮮血が飛び散り、絶叫が拷問室の壁に反射する。
 突き刺さっていた刺が鈴音の胸と背中に深い裂傷を刻み、上半身を朱色に染める。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
 鈴音の荒い呼吸に合わせて、かろうじて下着の役割を保っている黒いブラジャーに包まれた胸が大きく揺れる。
 激しい裂傷を負った両胸から滴る血が背徳的な螺旋を描き、滲んだ鮮血が黒い下着に染み込んでいく。
 常人ならとっくに気を失っている激痛に、鈴音は気力だけで耐えていた。
 すぅっと双眸を細めたミリアが鞭を丸め、血塗れの鈴音の背中に押し当てる。
「があっ!」
 ずぶりずぶりと鞭の棘が背中に突き刺さり、鈴音は新たな激痛に大きく目を見開いて身体を仰け反らせた。
 ミリアが鞭を上下させ、深々と食い込んだ棘で鈴音の背中を抉る。
「ぐぅ、あああぁぁっ!」
「言うことを聞いてくれる気になって?」
 鈴音の耳へ甘い息を吹きかけながら、ミリアが囁くように問いかける。
 だが、鈴音は首を横に振った。
「だ、誰が……!」
 ミリアの誘いを朦朧とする意識の中で尚も撥ね退ける。
 肩をすくめたミリアが軽く息を吐き、鞭を鈴音の背中から放した。
 激痛から解放された鈴音が項垂れ、その唇の端から血が垂れ落ちる。
 無論、拷問が終わったわけではない。
 鈴音が屈するまで、地獄は続くのだ。
「本当に強情な娘ね。これだけ痛めつけても、まだ従う気になれないなんて。それなら……」
 ミリアが片手で鈴音の下着をわざと股間に食い込ませるように持ち上げる。
「うっ!」
 鈴音の顔が屈辱と苦痛に歪む。
 そして、これから自分に与えられるだろう拷問の内容を悟り、身を固くする。
「何をされるかわかるかしら?」
 ――凌辱。
 すぐに鈴音の脳裏に浮かんだのは、その言葉だった。
 鈴音は退魔武術である天武夢幻流を継ぎ、人々を守るために闇の勢力と戦ってきた。
 ゆえに、鈴音は闇に属するものたちにとって許すべからざる存在であり、自分たちに逆らうものたちへの見せしめとしてうってつけの生贄でもあった。
 それだけに、敵に不覚を取った際に凌辱や拷問を受けたのは一度や二度ではない。
 もっとも過酷な地獄を味わったのは、まつろわぬ民を屈服させた英雄にして、実の兄を惨殺し、敵国に女装して潜入して王を暗殺した上に遺体を引き裂き、また違う敵国の王を騙し討ちし、神を素手で殺そうとして祟り殺された魔人でもある男に敗れた時だった。
 朝廷に使い捨てられて悲劇的な死を迎えた古代日本最大の英雄は、気の遠くなるような年月を経て荒ぶる神と化し、現代日本に怨念を無差別に解き放つために甦ったのだ。
 天武夢幻流を継ぐ鈴音がそれを知って放っておけるわけがなく、全身全霊で立ち向かったが、相手は古代日本最強の男であり、しかも、一人の人間ではなく、大和朝廷に仕えた複数の英雄の統合した存在であり、未熟な鈴音の敵う相手ではなかった。
 複数の人物の業績を合わせられた存在であることを示すように、魔人は何体もの男と女の姿の分霊(わけみ)を作り、敗北した鈴音を輪姦した。
 鈴音の子宮が数多の男たちの精液で満たされ、膣と陰核が数多の女たちの手淫でボロボロになるまで嬲られても輪姦は終わることはなく、それどころか凌辱は次第に凄まじさを帯びていった。
 肉体で犯されていないところはないほど犯され続け、あまりの苛烈さに意識を失えば失神したままで犯され、蘇生しても待っていたのはさらに激しい蹂躙だった。
 仰向けに寝た男に貫かれるように半失神の状態で馬乗りに跨らされ、両肩を押さえた分霊たちによって強制的に腰を動かされて、すでに白く染め上げられている胎内に精液を放たれた。
 一人の男が終わればすぐに次の男の上に運ばれて跨らされ、新たな精液が子宮に注がれるまで脱力した肉体を浮き沈みさせられた。
 しかも、下半身を激しく男根で突き上げられながら、乱れ揺れる豊かな乳房やうっすら腹筋の浮いた細い腹を、手持無沙汰になった分霊たちによって殴り潰され、口と結合部から精液を逆流させられた姿で何度も悶絶失神させられた。
 無理矢理に跨らされた状態での失神を幾人もの男の上で繰り返し強制された後、今度は男の前に跪かされて強引に男根を口に捻じ込まれた。
 周りの男たちに頭部を掴まれて強引に前後させられ、達した男の精液を咽ながら口から垂れ流す無惨な姿を晒された。
 白い粘液の糸を唇から垂らしながら息を乱して力なく項垂れる鈴音に休む間など与えられるはずもなく、次々と新たな男根を銜えさせられ、喉の奥まで徹底的に犯された。
 そして、意識の混濁している鈴音に絶叫を上げさせたのは、膣へ男根を二本同時に捻じ込まれる激痛だった。
 膣に根本まで埋まった二本の男根による子宮を破壊されるような激しい突き上げを繰り返され、二人分の精液が子宮へぶちまけられると同時に鈴音は再び失神を余儀なくされた。
 だが、すぐに別の二人の男たちが男根を同時に膣へ突き刺し、壮絶な突き上げは鈴音が白目を剥いた状態でも構わずに再開された。
 さらには、膣を同時に二本の男根で犯されながら、尻にも男根を挿入され、絶叫を上げる口も男根で塞がれ、左右の手にも男根を握らされ、乳房の間にも、両肘の内側にも、両腋にも、両膝の裏にも男根を挟まれ、長く美しい髪にも男根に巻きつけられた。
 女の姿をした分霊たちからも、男たち以上の残酷さで肉体と精神を嬲り抜かれた。
 乳房を、陰核を、秘所を、執拗に愛撫され、絶頂に絶頂を重ねられ、体液が枯れるほどに潮を吹かされた上に、動かす力も残っていない両腕を女たちに掴まれて無理矢理に動かされ、鈴音の意思に関係なく、自分自身の手で果てることを強制された。
 そして、凶悪な拷問器具で秘所を徹底的にかき回され、女たちの握り拳をも代わる代わる膣の最奥まで突き入れられて絶叫を絞り出された。
 荒らし尽くされた膣にとどめとばかりに鈴音自身の拳を強制的に挿入され、そのまま腹を執拗に殴られ、完全に失神するまで子宮と押し拡げられた膣を痛めつけられた。
 その後も、ありとあらゆる方法で暴虐と凌辱の限りを尽くされ、しかも、魔人の妖力によって、苛烈な輪姦を受け続ける自分自身の姿を精神に焼き付けられた。
 生き地獄は、三日後に他の退魔師によって魔人の荒魂が鎮められるまで続いた。
 天武夢幻流の誇りと、姉を追うという自らに課した使命がなければ、鈴音の心身は完全に崩壊して、廃人となっていただろう。
「だいぶ無理矢理ぶち込まれた経験があるみたいね。かわいそうに」
 ミリアは鈴音の過去を見透かしたように陰惨な笑みを浮かべた。
「でも、わたくしの責めは、陵辱なんて甘いものじゃないわよ」
 持ち上げられて股間に深々と食い込んだ下着を前後に激しく揺り動かされ、下半身を切り裂かれるような苦痛に鈴音が呻き声を漏らす。
「正解はね、おまえのここを『使い物にならなくなるまで、徹底的に痛めつける』よ。わたくしの提案を拒否し続けるなら、おまえの『女』を破壊して子どもの産めない身体にしてあげるわ」
 ミリアが舌なめずりしながら鞭の柄を、鈴音の股間に食い込んだ股布へ埋めるように、グリグリと押し上げ始める。
「うぁっ……、うっ……、やめろ、はっ、うっ!」
 鈴音は腰を引こうとするが、両股を割るように拘束されているため、逃れることができない。
 苦痛に噴き出した汗が全身を濡らし、ガクガクと揺れる膝から力が抜ける。
 そのために鞭の柄へと体重を預ける形となり、メリメリという鈍い音とともに柄が股布へ深く沈み込んでいく。
「ほら、わたくしに従うと言いなさい」
「だ、誰が従うかよ!」
「なら、おまえの『女』の処刑は続行ね」
「うぐあぁぁっ!」
 鞭の柄の先が下着に埋もれるほどに強く突き上げられ、鈴音が足首を拘束している鎖を限界まで伸ばして身を反らす。
 しかし、ミリアは一層力を込めて鞭の柄を下着越しに捻るようにして食い込ませ、突き上げながら鈴音の股間を磨り潰し続ける。
「じっくりと時間をかけて苦痛と絶頂を味わわせてあげる。従いたくなったら、いつでもおっしゃい。おまえのここが壊れないうちにね」
 ミリアは巧みだった。
 執拗に責め上げるかと思えば、手を休めて鈴音に息を吐かせ、苦痛が冷めてきた頃に鞭で打ち据える。
 胸や秘所を責めて強制的に肉体を昂ぶらせ、感度が高まったところで、さらに秘所を痛めつけ、徐々に破壊していく。
 苦痛と絶頂で鈴音の意識が遠退いたと見れば、傷ついた乳房や秘所へ破壊の苦痛を与え、全身に鞭傷を刻んで、絶叫を上げ続けさせた。
 嬲られ、昂ぶらされ、達せられ、痛めつけられ、壊されていく。
 それはまさに、鈴音が屈するか、もしくは彼女の『女』が完全に破壊されるまで続く、永遠の責め苦。
 ミリアの哄笑と鈴音の絶叫、そして、抵抗の意志を表す鎖の音が拷問部屋に響き続けていた。

 ――ごんごんっ。
 鉄の扉を叩く重い音が響いた。
 扉が開き、入って来たのは悠樹だった。
 酒らしき飲み物が入ったボトルと、グラス、レモンが乗った皿を手にしている。
「うあっ、ああああっ……!」
 一方部屋の中では拷問が続けられており、鈴音の口からあられもない悲鳴が搾り出されていた。
 強制的な絶頂によってもたらされた粘度のある液体でヌラヌラと濡れ光る太腿の間にミリアの手を差し込まれ、ぐっしょりと湿った下着越しに股間を容赦なく握り潰されているのだ。
「潰すのも飽きてきたわね。抉ってあげるわ」
 ミリアの五本の指の爪が長く伸び、錐の先端のような鋭く尖った形に変化する。
 そして、その凶器と化した爪が、グサリッと黒いショーツに突き刺さる。
「あうぅっ、うぅぁああっ!」
 『女』に何度目かの破壊の激痛が刻まれ、苦悶に身を捩らせる鈴音の食いしばった歯の隙間から涎が流れ落ちる。
「うくっ、くっ……、ううっ……」
 鈴音は悠樹の姿を見ると、恥辱と苦痛の喘ぎを噛み殺して顔を背けたが、悠樹はそれを一瞥しただけだった。
 そして、ミリアに向かって爽やかな笑みを浮かべる。
「ミリアさん、『尋問』でお疲れでしょう」
「あら、差し入れ? 気が利くわね、坊や」
 少年の気遣いにミリアも妖艶な笑みを返し、悠樹の傍らへと下がった。
 拷問から開放された鈴音が、荒い息を吐きながらがっくりと項垂れる。
 ミリアの爪が引き抜かれた下着から血が滲み出し、淫靡に濡れ光る太腿を伝って幾筋も流れ落ちる。
「うぅっ……、はぁ……、はぁ……、はぁ……」
 捕われた時の暴行と拷問よる痣と血、苦痛により流れ出た汗によって染め上げられた鈴音の姿は無惨としか言いようがないが、その姿を映す悠樹の目は涼やかだった。
 悠樹はグラスに酒を注ぐと、レモンをナイフで半分に切り、果汁を搾って、グラスの中へ垂らした。
「疲労が取れますよ」
 ミリアは笑みを浮かべて、グラスを口にする。
「ありがとう」
 そのやり取りを鈴音が睨みつけているのに気づき、ミリアが喉で笑う。
「賢い坊やは、すでにわたくしのもの。あなたも素直に従えば、苦しむことはなかったのに」
 否定の意志を強調するように、鈴音は顔を背けた。
 ミリアの顔に苛立ちが浮かぶ。
「……この娘にも、ご馳走してあげましょう」
 皿の上から無傷で残っているレモンの片割れを手にすると、ミリアは鈴音の背中側に回り込んだ。
「さぁ、たぁんと召しあがれ」
 そして、レモンを搾った。
 鈴音の傷だらけの背中に、レモンの果汁が伝い、傷口に染み込んでいく。
 レモンの酸が、裂傷に焼けるような激痛を与える。
「うくっ、うぅっ、あ、あ、ああああっ!」
 背中を襲う激しい痛みに鈴音は絶叫を上げながら、両手を吊り下げている鎖を掴んで、大きく身を仰け反らせた。
「イイ声ね。ほら、胸にもあげるわよ」
 レモンの果汁が鈴音の鞭傷で痛々しい両胸にも振りかけられる。
「ぐっ、あああぁぁぁっ……!」
 髪を振り乱して絶叫を上げる鈴音の両胸に鋭利な爪を突き刺すようにして後ろから鷲掴み、ミリアが果汁を傷口に塗り込むように揉みしだく。
「がっ、はぁっ、くはぁっ!」
 がっしりと掴まれた鈴音の両胸が、ミリアの両手の中で抱き抱えるように持ち上げられる。
 両胸が容赦なく握り潰される痛み、鞭傷を針状の爪で抉られる痛み、レモンの酸で傷口を焼かれる絶望的な痛み。
 そこへ自身の体重を両胸だけで支えるという新たな苦痛が加わったが、すぐにさらに壮絶な痛みが鈴音へと与えられた。
 両胸の先端に、ミリアが左右の人差し指の爪を深々と突き刺したのだ。
「ああっ、あああぁぁぁっ……!」
 乳房を頂点から貫かれ、抉られる激痛に、鈴音の絶叫が臨界に達し、突っ張った手足によって鎖が限界まで伸ばされる。
 その瞬間を狙っていたのか、ミリアが嗜虐に陶酔する笑みを浮かべ、鈴音の右胸の頂点から右手の爪を引き抜き、その手をぐっしょりと濡れているショーツへと伸ばした。
 ズブリ。
 『女』の入口の上にあるもっとも敏感な感覚器官に、錐の切っ先のような凶悪な爪が抉り刺さる。
「ッ!」
 あまりにも過酷な激痛に全身を硬直させ、悲鳴すらあげられず、鈴音の両目が真円に見開かれる。
「かっ……、はっ、あ……あ……」
 ビクリと大きく身体を痙攣させた後、手足の筋肉から力が抜け、膝が折れ、腰が沈み、鈴音は糸が切れた操り人形のように項垂れた。
 吸水性の欠片も残っていないショーツの奥から新たに溢れ出した粘り気のある液体が、淫靡に濡れ光る太腿へ上塗りされるように流れ落ちていく。
「あらあら、気を失ってしまったようね。ショーツにもレモンの果汁をたっぷりと塗り込んであげようと思ったのに」
 恐ろしいことを口にしながらも、ミリアは突き刺した爪で鈴音の胸の先端と『女』の一部を抉り続け、心底楽しそうな笑いを浮かべている。
「坊や」
 失神して反応のない鈴音を責め続けるのに飽きたのか、ミリアはようやく爪を引き抜き、悠樹へと艶めかしい視線を向けた。
「わたくしは、総帥に報告に行くわ。邪魔者の一人を捕らえ、尋問中だとね」
 悠樹は、こくりと頷いたが、すぐに小首を傾げた。
「でも、ミリアさん」
「なぁに?」
 甘ったるい声で聞き返すミリア。
 発する一言一言、仕草の一つ一つに色気が見え隠れするのは人の精気を吸う夢魔の本性のためか。
「なぜ、呪曲を使わないのです? 呪曲で精神支配をすれば、従順にさせるなんて簡単なことなのに」
「精神支配ではダメよ。瞳の意志が消え失せる。人形の言うことなど、誰も信じてはくれないわ」
「なるほど」
 精神支配だろうと、拷問だろうと、意志を奪うことには変わりない。
 ミリアはただ、鈴音を痛めつけたいだけなのだろう。
 悠樹はそう思ったが、口には出さなかった。
「そういうわけだから、坊や。息を吹き返したら素直になるまで、また可愛がってあげなさい」
 ミリアが悠樹へと凶悪な鞭を手渡す。
「屈服しないようなら、この娘の『女』の部分は三角木馬で抉って硫酸で焼き潰すつもりだけれど、今のうちなら好きなだけ犯してもかまわないわよ。まだ使えるはずだから」
 血液と体液でぐっしょりと濡れた黒い下着で包まれた鈴音の股間に嗜虐の視線を送りながら、ミリアは言った。
「……もっとも、『尋問中』の反応から察して過去の拷問と輪姦で酷使されてガバガバになってるみたいだから楽しめないかもしれないけれどね」
 素直に頷く悠樹に満足したように、ミリアは妖艶な笑みを浮かべて拷問部屋を後にした。

 ミリアが部屋を去ると、悠樹は血に塗れた鞭を部屋の隅に放り投げ、気を失っている鈴音の首筋にやさしく手を当てた。
 どくん、どくん、と頚動脈は異常なく脈動を繰り返している。
 悠樹は安心したように息を大きく吐いて、鈴音の首から手のひらを離した。
「風よ」
 風が起きるはずのない密室で空気が揺らめく。
 悠樹が指先に集約した風を鈴音を拘束している鎖に纏わりつかせると、金属音が響いた。
 手足を縛っていた鎖が砕け散り、支えを失って崩れ落ちる鈴音を悠樹がやさしく抱き抱える。
「やっぱりな、悠樹」
 悠樹の腕の中で鈴音がうっすらと目を開けて呟いた。
 意識を取り戻していたらしい。
「鈴音さん!」
 悠樹はワイシャツを脱ぎ、鈴音の肩から羽織わせた。
「あたしはさ、信じてたぜ。悠樹は裏切ったりしないってね」
「鈴音さん。しかし、あの状況を切り抜けるためとはいえ、仲間であるあなたを、女性であるあなたを……」
「男女差別かい?」
「区別です」
 鈴音の一言に、悠樹は神妙に応える。
「良い返事だ。あたしは悲劇のヒロインを演じるヤツが一番嫌いでね」
 鈴音は前髪をかきあげ、悠樹の背中をポンと叩いた。
「ぼ、ぼくは男ですよ?」
「細かいことは気にすんなって。悠樹は女顔だしな」
 軽い口調だが、鈴音の表情には疲労の色が濃い。
 過酷な拷問によって肉体も精神もひどく痛めつけられたのだから無理もない。
 だが、その口調は、あくまで軽い。
 悠樹に謝らせないつもりだ。
 降参だった。
 悠樹はため息を吐いて額に手を当て、頭を振った。
 その時、悠樹の腰で神扇が青白く光り始めたのを認め、鈴音が目を見張る。
「ちとせの神扇か?」
「ええ。どうやら、ちとせたちが迎えに来てくれたみたいです」
 悠樹は、こくりと頷いた。
 この神扇の波動を目印にして、ちとせたちが近くまで来ているはずだ。
「歩けますか?」
「この程度の拷問なんざで倒れてられるか。伊達に修羅場をくぐってきたわけじゃない」
 鈴音は力強く微笑んだ。

 ちとせたちが神扇の波動を伝って辿りついた場所は、『ヴィーグリーズ』の正規の施設ではなく、寂れた廃工場だった。
「ここで、間違いなさそうだね」
 ちとせは感じられる神扇の波動を敏感に感じ取っていた。
「廃工場にも関わらず、黒服の見張りがいるのが怪しい」
 ロックの言葉通り、入口付近に黒服を着た二人の男の姿があるが、警備員のようには見えない。
「窓には鉄格子。ここの他に入口のような場所はないそうですネ」
「どうやら、強行しかないみたいだね」
「ですネ。見張りはオレに任せてください」
「どうするの?」
「見張りというものは、隠れようとするものを警戒をするんですヨ。だから、正面から堂々と行くと、意外に……」
 そう言って、ロックは隠れていた物影から散歩でもしているように歩き出した。
 見張りはすぐにロックに気づいた。
 さすがに見張りの二人も無警戒というわけではなかったが、すぐに中へ知らせる様子はない。
「何だ、おまえ?」
「ご苦労サン。交代ですヨ。聞いていませんか?」
 ロックは片手を上げて応えながら、近づいていく。
「そんな時間だったか」
「さあ、な。レインバックさまは、気まぐれだからな」
 見張りがお互いに顔を見合わせた隙に、ロックは足早に男たちとの距離を詰めた。
「まあ、ここはオレに任せて、ゆっくり休んでくださいヨ」
「ところで、おまえの相棒は? 見張りは二人一組だろう」
 見張りの問いに、ロックはサングラスの縁を押し上げた。
「オレの相棒は、この廃工場の中ですヨ」
 見張りの視界からロックが消えた。
「えっ?」
おやすみ(ボナノッテ)!」
 戸惑っている男の側頭部にロックの蹴りが炸裂し、見張りの一人が崩れ落ちる。
「お、おい?」
 もう一人の男は、突然の出来事に何が起こっているのか理解できていない。
 ロックが後ろに回り込んで、後頭部に手刀を見舞うと、男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「ひゅ〜、ロックさん。やるね☆」
「思ったより、すんなり行きましたネ」
 ロックはパンパンッと手を叩きながら、ちとせに応えた。
「さあ、乗り込みましょう」

 廃工場の中には、ひんやりとした空気が漂っていた。
 使われなくなって久しい機具や、朽ちかけた壁の破片が通路に散乱している。
 何人かの黒服の男たちの姿を見かけたが、ちとせたちは身を隠して上手くやり過ごした。
 目的は鈴音と悠樹の救出であり、無駄な戦いは避けたいところだ。
「どうやら、『ヴィーグリーズ』にとって、それほど重要な拠点というわけではなさそうですネ」
「そだね」
 ロックの言葉に頷いて、ちとせが奥の様子を伺う。
「地下に続いてる階段があるみたいだね。当たりかな?」
「地下なら、監禁や拷問には最適でしょう。外まで悲鳴が洩れずに済む」
 鈴音は無事だろうか。
 ロックの顔に厳しい表情が浮かぶ。
「ちとせサン、危ない!」
 ちとせはロックの警告の声より早く、その場を飛び退いていた。
「オオオォォンッ!」
 苦悶に満ちた不気味な声が木霊し、正面に髑髏の影が浮かび上がった。
 漆黒の穴と化している眼窩から恨みの視線を浴びせかけてくる。
「怨霊!」
 怨霊は一体ではないようで、周囲に無数の髑髏の顔が現れてくる。
「やっぱり、すんなり進ませてはくれないわけね。ロックさんは後ろへ。死霊の群れが相手じゃ、素手も銃も効かないからね」
「ご心配なく。どうやら人間の方々も歓迎してくれるようですから」
 乾いた声で、ロックが応じた。
「えっ、もしかして、見つかっちゃった?」
 ちらりと横に目をやると、ロックの言葉通り、数人の男たちが集まってくるのが見える。
 その全員が、手に拳銃を握っているのがわかった。
「けっこう、やばいね。ミイラ取りがミイラになっちゃうかな」
 ちとせの焦燥を見透かしたかのように、髑髏の集団がカタカタと笑い声を上げた。
「このっ!」
 ちとせが霊気球を群れの中心に放つ。
「ウオオオォォォオンッ!」
 その攻撃を受け、不気味な声を上げながら髑髏たちが四散するが、それは一瞬のことだった。
 消し飛んだかに思われた怨念たちは、すぐに元通りの形を成し、そのうちの何体かが翻弄するように飛びかかってくる。
 ちとせは必死に避けたり、反撃したりしていたが、徐々に数の圧力に不利な状況へと陥っていった。

 鈴音たちが拷問部屋を出ると、階上から戦いの音が聞こえてきた。
 ちとせたちが戦っているのだろう。
 悠樹があたりを警戒しながら先行して曲がり角まで走り、敵がいないことを確かめて鈴音へ手招きをする。
 拷問部屋からここまで敵らしい敵といえば、拷問部屋の見張りの男だけで、その男も不意をついて気絶させてある。
「もぬけの殻って感じですね」
「その分、ちとせたちが苦戦を強いられているに違いない。急ぐぜ」
 汗を額に浮かべながら、鈴音が通路を駆け抜ける。
 暴行と拷問によって痛めつけられた肉体が軋んだ音を立てているが、休んでいる暇はない。
「あの階段から上に行けます」
 悠樹は、ミリアに従っていた時に、廃工場内の道を把握していた。
「待て、何かいるぜ」
 階段に踏み込もうとする悠樹を鈴音が引き止める。
 暗がりから、背筋が寒くなるような気配が押し寄せ、瘴気を纏った髑髏が何体も揺らめくように現れた。
「なるほど。この廃工場の真の見張りは、この怨霊どもってわけか」
 霊気を右手へ剣状に収束し、鈴音が怨霊を睨みつける。
 羽織ったワイシャツの間から黒い下着に包まれた傷だらけの痛々しい肌が見え隠れしているが、闘志には微塵の揺らぎもない。
「大人しくあの世へ行きやがれ!」
 鈴音は髑髏の群れへ、閃光のように斬り込んだ。
 怨霊は斬り刻まれ、四散したが、その破片は、すぐに髑髏の形へと集合した。
「……強力な怨霊だな」
「鈴音さん。風通しを良くしますよ」
 悠樹が右腕に風を収束させる。
「烈風!」
 轟音を上げて、風の塊が怨霊を吹き飛ばしながら階段を通り抜けた。
 瘴気が拡散した階上に、ポニーテールの少女が怨霊相手に苦戦を強いられている姿が見えた。
 続いて、銃撃の音が耳に入った。
 ロックが、黒服の集団と銃撃戦を繰り広げているようだ。
「ちとせ! ロック!」
「悠樹! 鈴音さん!」
「無事で良かった!」
 ちとせとロックが、鈴音の無傷とは言えないが無事な姿を見て親指を立てて片目を瞑った。
 鈴音も、右手の親指を立て、ウィンクで応じる。
 悠樹が神扇を投げる。
「ちとせ!」
 ちとせは気力を振り絞って目をキッと見開いた。
 くるくると軌道を描き、笹の葉を何枚も重ねたような形状の神器は吸い込まれるように、その手に収まった。
 瞬間、周囲に浮かんでいた髑髏が数体、雷撃に撃たれたように砕け散った。
「宇受賣さまっ!」
 神代家の始祖である女神の力が降臨する。
 それは、ちとせたちの勝利、すなわち鈴音と悠樹の救出成功を決定的にさせた瞬間だった。


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