魂を貪るもの
其の十 獄炎の魔王
4.必殺技
「ナンダアリャ?」
意識を取り戻したシルビア・スカジィルは、開口一番でそう言った。
やけに眩しい光で目を覚ましたが、その光源を見た彼女は一瞬それが何であるか理解できなかった。
そして、理解した後も、間の抜けた言葉を発するほどの驚きに包まれていた。
神々しい金と銀の光を放っているのは、神代ちとせ。
しかも、その身に降臨させた力は、"氷の魔狼"シギュン・グラムの使役していた北欧神話最強の魔獣フェンリルなのだから、シルビアが驚くのも無理はなかった。
それに、ちとせが対峙している黒い魔人が造形から推測するにランディ・ウェルザーズの変わり果てた姿であり、その魔人から感じられる禍々しい力がランディの姿だった時よりもはるかに大きいこともシルビアに驚愕を与えていた。
「気がついたか、シルビア」
真冬が振り返る。
「傷は大丈夫か?」
「あ、ああ、例の『治癒の勾玉』、か」
シルビアが胸部と腹部を右手でさする。
ゴシックロリータのドレスには『レーヴァテイン』によって貫かれた破れ目があったが、傷は跡形もない。
「その通り。キミの傷は重体に陥ってもおかしくないものだった。何しろ胸と腹を二本の剣で背まで貫通されたのだからな。さすがに、葵さんの治癒術の効果は素晴らしいものがある」
そう言う真冬の両腕には火傷が刻まれているのに、シルビアは気づいた。
「シンマラ、その腕の火傷は……?」
炎の力を操る真冬が焼かれるほどの火傷の原因は、数えるほどしかない。
一つは真冬の奥の手である『白い焔』を使った場合であり、いま一つはランディ・ウェルザーズの炎に焼かれた場合だ。
総帥室の天井や壁が破壊され、溶解した破片が散乱したところから考えると、恐らくは後者だろう。
一点集中を基本とする真冬の『白い焔』は、これほどの広範囲には展開できないはずだ。
「ランディ・ウェルザーズ、いや、魔王スルトの攻撃を防ぐために結界を展開したのだが、防ぎきれなくてね。それに、痛みはあるが、霊気を巡らせていれば、治癒できるレベルだ」
「そうか。とすると、やっぱ、あの黒い魔人がランディさまの本性――魔王スルト――というわけか」
「その通りだが……」
真冬は頷いたが、その視線は魔王にではなく、対峙している神々しい輝きの光源に向けられていた。
「アノ派手なのは、神代ちとせだよな?」
「うむ、それだ。ちとせくんであることには間違いないが、あの姿には、私も驚いている」
「降ろしているのはフェンリルだぜ?」
「私も驚いている」
「どうやって、"氷の魔狼"のチカラを発現したってんだ?」
「私も驚いている」
「……シンマラ」
弟子の額に青筋が浮かぶのを見て、真冬は自分が呆けたように同じ言葉を繰り返していたことに気づいた。
ばつが悪そうに、両目の間に何かを押し上げるような動作で人差し指を置く。
真冬はさらにばつの悪そうな表情になった。
いつも掛けていた黒縁眼鏡は、すでにない。
「すまない。私も驚いているのだ」
「緊張感に欠けるぜ、まったく」
赤髪のツインテールを揺らして、シルビアは汚れた毒々しいゴシックドレスを翻した。
「シルビア?」
「ラーンを起こしてくる」
神代ちとせの変貌には驚かされたが、どうやら心配するまでもない状態にあると判断し、シルビアは愛する相棒の安否の確認へと関心を移した。
「もう起きてるわよ、お嬢」
透き通った声がして、風が吹きつけてきた。
駆け出そうとしていたシルビアのツインテールとスカートの裾を後ろへと靡かせる。
髪を手で押さえて、シルビアが風の源を見上げる。
青い髪をした軍服姿の恋人と、彼女を抱いた柔らかそうな茶色の髪をした少年が風を纏って宙に浮いていた。
「ラーン!」
「悠樹くん」
「お嬢、シンマラ師、無事でよかった」
ラーンが悠樹の腕から離れてシルビアの前に着地し、悠樹もふわりと真冬の前に降り立った。
「オイ、風使い。アノ派手なのはどうしたワケだ?」
シルビアが悠樹に真冬へとしたのと同じ質問をする。
師の答えが要領を得たものではなかったからだ。
しかし、悠樹は首を傾げた。
「……ゆ、友情パワー?」
「ナンダソレ?」
「戦いを通してお互いを理解したことで友情が生まれたとか。そういう展開って、少年マンガとかでよくあるし」
そう言う悠樹の口調にはまったく自信が感じられない。
マンガを根拠にした発言なのだから無理もない。
「よくあるし、っじゃねぇよッ! アタシはマンガなんか読んだことないッ!」
師よりもまともな答えが帰ってくることを期待していたシルビアは、当てがはずれて、こめかみに青筋を浮かべた。
「ソレに、友情パワーだか何だか知らないケド、シギュン・グラムにソンナ情があると思うか? 情がないから、"氷の魔狼"なんだよ、アノ女は」
「お嬢、しかし、神代ちとせがシギュンさまの絶対零度の氷を溶かしたということもあり得る解答だと思うわ。"氷の魔狼"の氷がほんのわずかであっても溶けてしまった。だから、シギュンさまは神代ちとせに負けたのではないかしら」
ラーンがシルビアを宥めるように言う。
「事実、シギュンさまのチカラたるフェンリルが、神代ちとせの身に降りているのだから。もっとも、それが、八神悠樹の言った友情パワーとやらで手を貸しているためなのかは、わからないけど」
奈落の底の王アバドンも凍死してしまうような冷気を漂わせていたシギュン・グラム。
ちとせが、その暗黒に染まった氷塊を照らし出し、溶かした。
シルビアもその可能性を否定はできないが、シギュン・グラムが拳をぶつけあってお互いを理解するなどという女には、どうしても思えない。
万が一戦った相手と通じる部分があったとしても、少なくとも、友情などという言葉のもとに助力するという行為がこれほど似合わない女もいないはずだ。
「友情じゃないだろうさ。むしろ、嘲っている、というところじゃないのか」
「かもね」
シルビアの言葉に同意するように、ラーンが頷いた。
神代ちとせから溢れ出る冷気の中で、シギュン・グラムが嘲笑に唇を歪めているように感じられる。
"氷の魔狼"の巨大過ぎるチカラを、使いこなせるものなら使いこなしてみせろ。
かつて何度も世界を滅ぼしてきた"獄炎の魔王"を打ち破ってみせろ。
どちらも無謀。
だが、それらができなければ、死ぬだけだ。
「……何にせよ」
シルビアがフランベルジュの柄を握る手に力を込めた。
雷光が刃を侍る。
「さっさと、神代ちとせと"凍てつく炎"の妹の加勢にイクとしようぜ」
「友情パワーでね」
気合いの入ったシルビアの呼びかけに、澄ました顔でラーンが応じた。
「……ラーン。ソレはもうイイっての」
「ちとせは喜ぶと思うけどね」
悠樹が言った。
シルビアが不機嫌そうに悠樹を睨みつける。
悠樹の目は風の涼やかさを持って、シルビアの視線を受け止めた。
シルビアには、ちとせを一方的に憎悪し、痛めつけ、拷問にまで掛けたという事実がある。
罪悪感はない。
敵同士だったのだから。
だが、今は味方同士だ。
鈴音の仲介で和解はした。
だが、罪悪感とは違う、もやもやとした感情は消えてはいない。
運命神の罠に落ちた自分を救ってくれたという、借り。
それが、引っかかっている。
シルビアは肩をすくめて、長く、長く、息を吐いた。
相棒の表情を覗う。
軽薄な言動とは裏腹に、ラーンの目には同情ではない気づかいと揺るぎない決意が感じられる。
その隣に佇む風使いも同様だ。
自分の傍らにある師の表情など考えるには及ばない。
「まあ、イイさ。あのアマちゃんどもを助けにイクなら、友情ゴッコってのも悪くはナイかもな!」
ラーンが真っ赤なツインテールとゴシックロリータの長いスカートの裾を翻した。
「ちとせ、ド派手になっちまったな」
黄金と白銀の霊気に包まれたちとせを見ながら、鈴音が細雪を構え直す。
「そいつは、北欧神話最強の魔獣"氷の魔狼"フェンリルか」
「ていうか、シギュン・グラムのチカラだね」
妖しく金銀に光る猫目をスルトに向けたまま、ちとせが応じる。
右手に握った神扇には太陽神の巫女神たる天宇受賣命の温かな霊気が宿り続けているが、体内から湧き出るのは無限とも思える冷気。
下手をすれば意識を飲み込まれてしまいそうなほどの、莫大な、チカラだ。
実際に、フェンリルは北欧神話において最高神オーディーンすらも飲み込んだ神を喰らう狼だ。
そして、シギュン・グラムも、ちとせを喰らおうとしていた。
この身に降ろした頼もしい力とはいえ、気を抜くことはできない。
魔王と戦い続けながら、"氷の魔狼"とも戦い続けなければならない。
――漲る。
ちとせは笑った。
不敵に。
「この状況で、笑うか、小娘」
漆黒の肉体を這いずる紅蓮の炎を右拳に収束しながら、魔王が言う。
その声音に不快の色は混じっていない。
「よかろう。おまえが、シギュン・グラムにどれほど認められていたのか、そして……」
シギュン・グラムは、スルトことランディ・ウェルザーズの腹心の部下だったが、心よりの忠誠を誓ってはいなかった。
ランディ・ウェルザーズに、そして、組織に、誰よりも忠誠を誓っていたのは、世界の革新へ熱意を傾け続けたファーブニル老人であり、シギュン・グラムがランディ・ウェルザーズに従っていたのは表面上だけのことだった。
もちろん、面従腹背の輩とはまるで違う。
その高すぎる矜持と、世と相容れぬ天賦の才能を持ち合わせていたことが、彼女を誰にも膝を屈することのない"氷の魔狼"としていた。
それはしかし、スルトも承知していた。
だからこそ、シギュン・グラムの氷を溶かした目の前の小娘を、この状況で笑うことができる神代ちとせを、面白いと思わざるを得ない。
「"氷の魔狼"のチカラを使いこなせるか否か、試してやろう」
と、スルトの姿が蜃気楼のように歪んだ。
高熱で大気が揺れたのではない。
超高速の突進。
「ッ!」
ガキィッと重い音が響き渡る。
スルトの振り下ろした拳を、ちとせが神扇で受け止めていた。
黒い拳から溢れ出る炎を威嚇するように、ちとせの全身から冷気が溢れ出る。
冷却され、押し返される熱気。
構わず、スルトが左の拳を振り上げる。
だが、それが振り下ろされるよりも早く、ちとせの横蹴りがスルトの腹を抉っていた。
さらにその反動を利用して、ちとせが舞い上がる。
ぶぅんっという風を切る音が鳴り響き、遠心力の乗った空中廻し蹴りが、魔王の顔面を打ち抜く。
ちとせが華麗に着地すると同時に、冷気に髪を長いポニーテールをなびかせて、振り返る。
スルトはちとせの蹴撃による衝撃に大きく身を仰け反らせていた。
腹部と顔面の半分が凍りつき、炎気に冷気が纏わりついている。
だが、倒れない。
膝もつかない。
魔王が上を向いていた顎を正面へと下げる。
口の端から黒い液体が滴り落ちる。
血か、瘴気か。
表情に苦痛は刻まれていない。
「……滾らせてくれる、な」
両目が真紅に輝くと同時に、顔と腹を凍りつかせていた氷が砕け落ちる。
さらに両腕の漆黒の筋肉が蠕動する。
左右の手のひらに巨大な火炎が生まれた。
「ッ!」
だが、焔色をした魔王の両目が見開かれた。
底冷えする銀の光が、スルトの瞳に反射している。
ちとせが胸の前に両手を突き出していた。
その左右の手のひらの間に、白銀の輪が浮いていた。
――神扇。
神扇が、浮遊しながら冷気を迸らせ、高速で回転している。
「氷の円刃か。だが……!」
スルトには、すでに両手に生み出した炎がある。
撃撃退性は万全であり、"氷の魔狼"のチカラの宿った氷の刃といえども恐れる理由など何にもない。
「はぁっ!」
ちとせの気合いの声とともに、氷の円刃と化した神扇がスルトへと放たれる。
スルトが両手を前に突き出す。
火炎が氷の刃を飲み込もうと、その姿を拡大する。
だが、その瞬間。
ちとせが、突き出した右手の指をパチンッと鳴らした。
「ッ!」
スルトの炎の直前で、神扇を凍らせていた氷が爆散し、細かく砕けた氷が無数の弾丸となった。
魔王の表情が驚きに彩られる。
そのいくつかは生み出していた炎で迎え撃つ。
瞬時に氷から水へ、そして、水から水蒸気へと変わった。
水蒸気の煙が視界を塞ぐ。
さらに炎を避けて飛来したいくつかの氷の弾丸が、スルトの身体を貫いていた。
痛みは大したことはない。
――だが、四散した意識を戻した時には、ちとせが眼前に迫っていた。
スルトの前の空中でクルクルと回り続けていた神扇をパシッと掴み、そのまま迫ってくる。
冷やかな気が、神扇へと再び収束していく。
「てりゃぁあぁッ!」
ちとせの渾身の突進突き。
咄嗟に両腕を交差して防御態勢を取ったスルトだったが、それでは耐えきれずに重厚な肉体が衝撃に引き摺られた。
くふぅ、とスルトは息を吐いた。
続いて、防御体勢を解く。
唇の端を斜めに吊り上げ、ちとせを見る。
魔王の笑み。
スルトはダメージこそ受けたが、致命的なものとはまったく言えない。
むしろ、掠り傷程度の小さな、小さな、打撃。
だが、今まで無力だったちとせが魔王に傷を刻むことができた。
"氷の魔狼"のチカラで。
「抗え」
魔王はただ一言、そう言った。
スルトの全身から炎が猛るように吹き上がった。
難攻不落を感じさせる威容。
ちとせは怯まない。
「もちのろん」
猫のように大きな瞳でスルトを射抜く。
瞬間、ちとせの金色と銀色が混じった髪の毛が舞い上がるように揺れた。
横を影が駆ける。
「あたしも、気に入らない押し付けに抗うのは大好きさ。それが運命だろうと、魔王だろうとね!」
鈴音だ。
猫、いや、豹のような躍動でチャイナドレスの深いスリットの入った裾を翻し、色香の溢れる脚を惜しげもなく晒しながら加速する。
ちとせの冷気の残滓が宙に煌めく中で、細雪の刀身が青白く閃く。
集中に集中を重ねてスルトの身体を斬り裂いた初撃ほどではないが、洗練された突進突き。
「
虚空を切り裂き、閃くように刺す天武夢幻流が誇る刀剣が奥義の一つが、スルトの肩を抉った。
舞っていた氷の結晶が吸い込まれるように、スルトに刻まれた裂傷を凍りつかせる。
だが、それも一瞬。
紅蓮がスルトの漆黒の肉体を駆け巡り、たちまちに氷は溶け、裂傷も修復されていく。
「……」
眼差しを鋭くして後退したスルトが、右手を掲げた。
ちろり、と手のひらの上に小さな炎が灯る。
その炎は一瞬で、巨大な火球へと膨張した。
灼熱の紅蓮球。
ちとせが右手に神扇を握り、左手を添えて前へと突き出す。
吹雪が巻き起こった。
スルトの手から紅蓮球が放たれると同時に、ちとせの吹雪がそれを飲み込むように立ち塞がる。
炎気と冷気がぶつかり合う。
スルトの背後は高熱に大気が歪み、ちとせの背後は極寒に床も壁も凍りついていく。
火炎と吹雪の衝突により生じた渦巻くような水蒸気が二人を別ち、お互いの視界を遮った。
「!」
水蒸気を睨みつけていたスルトの両目が、カッと見開かれる。
粉砕された火炎球を突き抜け、突進してきたのは、鈴音。
切っ先を床すれすれにまで下げた細雪の刀身には、すでに透き通った青白い霊気が満ちていた。
「食らいな!」
それを思い切り振り上げる。
床を砕きながら、炎でも氷でもない、退魔の光刃が魔王へと突き進む。
スルトの顔に焦燥はない。
「また視界を遮っての奇襲か。芸がないな」
落ち着いた動作で左手を前に伸ばし、構える。
打ち砕くつもりなのだろう。
「それでは私には通じん」
「残念ながら通じてるぜ、ランディさま!」
甲高い声は、スルトの頭上から降ってきた。
見上げたスルトの目に、パンキッシュな鮮やかな赤色をしたツインテールが躍っているのが映った。
「シルビア・スカジィル!」
シルビアが紫電を纏ったフランベルジュを手に降下してくる。
奇襲に失敗して『レーヴァテイン』で腹を貫かれた瀕死の重傷から回復したばかりだというのに、再び奇襲という選択肢を取ったシルビアには怯えた様子は微塵もない。
スルトは迎え撃とうとするが、すでに目前には鈴音の霊光刃が迫っている。
そして、シルビアの落下速度は尋常ではなく、落雷の如き速さだった。
スルトは、その速さの正体に気づいた。
「風使いか!」
シルビアの全身に風が纏わりついている。
見れば、シルビアのさらに上空に八神悠樹の姿があった。
彼の風の力で、シルビアは加速しているのだろう。
飛来する鈴音の霊気の刃と、シルビアのフランベルジュが交差し、退魔の霊気と雷光がスルトの胸を上下から斜めに抉った。
「ぐおっ……!」
魔王が、よろめいた。
ちとせ、鈴音、シルビア、悠樹と続いた連携攻撃に、さすがのスルトも対処できない。
だが、やはり、倒れはしない。
スルトが右手を掲げた。
再び、紅蓮球を作り出そうというのだろう。
シルビアが飛び退く。
それはスルトの攻撃を避けるために行動ではなかった。
仲間による追撃の邪魔にならぬように、標的から距離を取ったのだ。
「まだ終わりではないです。ランディさま!」
飛んできた声に、魔王が目を見開く。
周りを取り囲むように大量の水が渦巻いている。
「ラーン・エギルセル!」
ラーンは、ちとせから少し離れた場所に、真冬とともに立っていた。
そこへ飛び退いたシルビアが並ぶと、ラーンが印を切った。
空中に舞っていた大量の水が、無数の剣となり、槍となり、弾丸となった。
そのすべてが、スルトへと降り注ぐ。
「ぐおおおおおおっ!」
水で形成された数多の武具が漆黒の肉体を切り裂き、刺し、貫く。
だが、全身に攻撃を受けながらも、スルトが怯んだのは一瞬。
暴れる水流の中、両腕を動かし反撃に出ようとしている。
「ぬ、うっ!?」
スルトが呻き声とともに、その動きが止める。
いつの間にか、魔王の足下には五芒星が描かれていた。
その五芒星の頂点から白銀の光の柱が吹き上がった。
スルトを貫く無数の水の武具が凍りつき、床と結合して動きを封じていく。
水はラーンの能力、だが、この五芒星結界は、そして、この氷のチカラは、違う。
「神代ちとせ!」
スルトが術者の名を言い当てたのと、絶対零度の結界が完成したのは同時だった。
「魔王スルト、覚悟しなさい!」
ちとせがもっとも得意とする奥の手である『結界陣』を発動させる。
『ユグドラシル』を巡る戦いで、シギュン・グラムを追い詰めた、五行の霊気で相手の動きを封じ、霊光球を叩きつける、――
先のシギュン・グラムとの最終決戦の中で覚醒した太陽の輝き、その黄金の霊気で相手を焼き尽くす、――
そして、シギュン・グラムの"氷の魔狼"のチカラで、すべてを凍りつかせる絶対零度の結界陣こそが――。
「
ちとせが宿敵への想いを込めて叫ぶ。
黄金と白銀が混じり合った髪が舞い広がり、その背後で"氷の魔狼"フェンリルが重低音の咆哮を上げた。