魂を貪るもの
其の六 師弟
3.稲妻

 ラーンが裂ぱくの気合いの声とともに、ランスを突き出した。
 ランスは影ラーン(ドッペルゲンガー)の左肩に突き刺さり、そのまま左腕を吹き飛ばした。
「!」
 影ラーンは驚愕の表情を浮かべた。
 先のなくなった左肩から闇色の液体が鮮血のように溢れ落ちている。
「ソ、ソンナ……私ガ先ニ動イタハズダ」
 先に仕掛けたのは、影ラーンだった。
 間合いで全力の一撃。
 ラーンの武器は超重量武器ランス。
 影ラーンの武器も同じランス。
 同じ身長、同じ武器。
 ましてや、同一人物だ。
 それなのに傷を負ったのは間合いで先に動いた影ラーンの方だった。
 打ち負けたのではない。
 繰り出した一撃を上回る速さで、本物のラーンの攻撃が来たのだ。
「ナゼ怯マナイ。私ハ、オマエノ心ノ闇カラ生マレタノダゾ」
 ラーンが冷たい輝きを放つランスを頭上で一回転させ、構え直す。
 その表情には弱さも強さも感じられない。
 運命神のような壊れた無表情でもない。
 水のように自然で静かな表情だった。
「闇ノナイ人間ナドイナイ。オマエノ闇ハ心ニ重ク圧シ掛カッテイルハズダ!」
 影ラーンが飛んだ。
 ランスを突き出した強烈な突撃。
 だが、ラーンは動かない。
 心臓を貫こうとランスが迫る。
 風圧でラーンの髪の毛が数本、飛んだ。
 ラーンは揺らぎない表情で自分の闇を見つめている。
「オマエハ自分ノタメニ、師ヲ欺キ、恋人ヲ陥レテキタ。ソノヨウナ生キ方ヲシテキタノニ、ナゼ、怯マナイ」
「だからこそ、怯むわけにはいかないのです」
 その呟きが影ラーンの耳に聞こえたのは、ラーンの姿を見失った直後だった。
 ラーンは影ラーンの突撃を激突寸前で半歩だけ身体を動かして避けていた。
 突撃で視界の狭くなっていた影ラーンには姿が消えたように感じられただけだ。
 目標を見失った影ラーンの肩をラーンが鷲掴みにする。
 そして、力任せに引っ張った。
 片手にランスを握ったまま、もう片方の手で己の分身を軽々と振り回す。
 長身とはいえ、細身の身体の美少女のものとは思えないほどの荒々しい力技。
 身を捻るように跳躍して、遠心力を上乗せした勢いで自分の影を地に叩きつける。
 衝撃で、影ラーンの身体が地面で跳ねる。
 ラーンは降下しながら、影ラーンの胸をランスで突いた。
 鈍い衝撃。
 影ラーンを本物のラーンのランスが貫き、闇色の地面に縫い付ける。
「オオオオオオッ!」
 影ラーンの身体が大きく痙攣する。
 血の代わりに闇色の液体が影の胸から吹き出し、ラーンの頬に飛沫がかかった。
「………………」
 頬にかかった闇色の液体を拭い、動かなくなった影を見下ろす。
 ――オマエノ闇ハ心ニ重ク圧シ掛カッテイルハズダ。
 影の言葉を脳内で反芻し、ラーンの表情が少しだけ険しくなる。
「闇は重い」
 重いに決まっている。
 今でもラーンはその重圧に苦しんでいる。
 だが、影が言い放ったように、誰もが闇を抱え、対峙しながら生きているのだ。
 苦しんでいるのは自分だけではない。
 負けるわけにはいかない。
「それでも私はもう、負けられないのです」
 大切なものと向き合うために。
 そして、その大切なものを失わないために。
 大きく息を吐き出し、ラーンが己の影からランスを引き抜く。
 影は形を失い、すぐに蒸発するように消えた。

 ラーンが自身の姿をした影をあっさり撃退したことに、悠樹は心から敬意を持った。
 彼女の強さは一度手合わせしたことがある彼はよく理解していたが、運命神が用意した自分と同じ姿をした嘲笑の道具をいとも容易く討ち取るとは思わなかった。
 影が強く出られなかったことこそが、彼女の心が強いという証ではないかとさえ思う。
「こりゃ、ぼくもさっさと決めないとね」
 そう呟くが、悠樹は思ったよりも手こずっていた。
 似ても似つかない偽者なのは十分にわかっているのだが、ちとせの顔をしたものへ手を出すというのは抵抗があった。
 自分の(シャドウ)が、ちとせということには彼なりには納得している。
 いや、ちとせの影が自分なのだと思っている。
 ちとせは自分の思いを映す鏡だ。
 その鏡は無数にあって、その一つは鈴音でもあるし、その一つは葵でもある。
 その鏡の中で最大のもので、もっとも鮮明に悠樹自身を映し出すのが、神代ちとせなのだ。
 面白ければ笑う。
 悲しければ泣く。
 怒り、喜ぶ。
 ちとせといると、楽なのだ。
 真面目で優しい悠樹。
 冷徹で判断力に優れた悠樹。
 それを作り出しているのも、ちとせの力だ。
 悠樹は自分のサボり癖を心の中で笑った。
 この世に完全な人間などいないが、不完全さを補える相手ならいる。
 ちとせに補われている部分が如何に大きいことか。
 ――決めるなら一撃で、だな。
 一撃で決めてしまうしかない。
 影にではなく、本物のちとせを愛しているからこそ、一撃で決めたかった。
 ちとせの姿を少しずつ傷つけていくのは、精神衛生上避けたかった。
 それにこのまま時間を浪費すれば、影に飲み込まれた本物のちとせの安否にも関わる。
「一撃デ決メタイト思ッテルデショ?」
 思考を読まれている。
「影トハイエ神代チトセダカラネ☆」
 影ちとせは、ククッと喉で笑った。
 ――顔はそっくりだが、ちとせはこんな笑い方はしない。
 ちとせを最高の鏡としている悠樹だからこそ、誰よりもちとせに魅入っている。
 ちとせの邪悪な笑い顔だけで、悠樹が意を決するには十分だった。
「その笑い方は命取りだよ」
 悠樹は風を右手に収束した。
 烈風が舞う。
 影ちとせが黒い神扇を手に疾走する。
 悠樹も風の翼で飛んだ。
 二人の姿が交差し、その動きが止まる。
 悠樹の頬に深紅の線が走った。
 血が流れ落ちる。
 影ちとせが邪悪に笑って、悠樹を振り返った。
「手加減ナイナァ、悠樹ハ」
 その胸部に亀裂が走る。
 そして、胸の傷から闇が溢れ出て、砂のように崩れ始めた。
 悠樹はため息を吐き、頬を濡らしている血を拭った。
「ぼくのことを怖いっていつも言ってたはずだよ」
「ソウダッタネ☆」
 影ちとせは肩を竦めた。
 その下半身はすでに闇へと消えている。
 影が笑う。
 邪悪ではなく、揶揄するように。
「本物ノぼくト仲良クネ」
「そうさせてもらいたいものだね」
 悠樹はとぼけたように応え、完全に影ちとせが闇へと溶け消えると背を向けた。
「終わりましたか、八神悠樹」
 ラーンがすぐに声をかけてきた。
 真冬のもとに駆けて行っていない。
 悠樹を待っていてくれたのだろう。
「待たせたね、ラーン」
「私の先走りで迷惑をかけました」
「いや、ぼくはそういうキミが好きだよ」
「よくそういう台詞を恥ずかしげもなく言えるものです。神代ちとせが聞いたら怒るかもしれませんよ?」
 軽薄なことを言うと苦笑するラーンに、悠樹は曖昧に笑い返すだけで言葉では答えなかった。
「ちとせと鈴音さんは?」
「わかりません。闇に飲まれてからは」
「なら、ぼくたちは先生のもとに戻ろう」
「良いのですか?」
 ラーンはちとせや鈴音を探すのだと思っていたので意外そうな顔だ。
 悠樹は首を横に振る。
「ノルンの狙いは先生だし、他にできることはないよ」
「あなたは冷静ですね」
 ラーンも常に冷静であろうと努めてはいる。
 『ヴィーグリーズ』でも沈着冷静との評価を受けていたし、師である真冬もそう思っていた節がある。
 だが、ラーンは先程も、それに猫ヶ崎高校を襲撃した時も、冷静さを欠いて窮地に陥ってしまっている。
 それがたまらなく悔しい。
「鏡がイイからね」
「鏡?」
「いや、なんでもないよ」
 悠樹はラーンの真面目な顔を見つめながら、微笑んだ。
 真冬にも冷静だと言われたのを思い出した。
 師弟で指摘するところが同じだ。
 それに理性を優先させているようで根底は感情で動くところも、真冬とラーンは似ている。
 真面目であるがゆえに過度に過ちを悔いるところも。
 ラーンは自分では気づいていないようだが、真冬の影響を強く受けているのは間違いない。
「とにかく、先生のところへ戻ろう」
 その時だった。
 闇の空間を真っ白になるほどに眩く照らす閃光が起こったのは。
 ラーンと悠樹が何事かとそちらを向く。
 そして、ラーンは息を呑んだ。
 悠樹は表情こそ変えていないが、その透明な瞳に驚愕が浮かんでいる。
 それほどの衝撃。
 それほどの壮絶な光景が展開されていた。
 真冬が剣で串刺しにされている。
 剣を握っているのは、黒髪の運命神。
 そして、真冬の肉体を貫き通している剣の切っ先はもう一人の人物の胸に突き刺さっていた。
 シルビア・スカジィル。
 師と姉妹弟子が剣で刺されている姿に、ラーンは目の前が真っ暗になるのを感じた。
 だが、すぐにその顔に生気が戻る。
 師とシルビアは絶対の危機にあったが、それは二人の身の終焉ではなかった。
 ラーンに気力を取り戻させたのはシルビアの双眸だった。
 離れた距離からでも確認できる。
 彼女の両目は雷光が灯っている。
 意思を奪われていた状態ではない。
 シルビアは真冬を貫き、己の心臓にも到達しようとしている剣の刀身を握っていたが、怯んだ様子はない。
 吐血しながらも稲妻の如き視線で真冬の背後の運命神を睨みつけている。
「お嬢!」
 ラーンは二人の壮絶な姿を見ながらも、歓喜した。
 この視線だ。
 この瞳だ。
 この稲妻だ。
 このシルビアの目の光こそが、自分に世界を示してくれた。
「お嬢!」
 もう一度、ラーンは叫んだ。
 シルビアの全身が眩い光を帯び、先程の閃光を遥かに上回る眩い光が解き放たれた。
 そして、ラーンは見た。
 神が吹き飛ばされるのを。

 黒髪の運命神は炎と電撃に包まれて、自らが作り出した闇の空間を転がっていく。
 真冬も立つ力を失い、その身を『レーヴァテイン』に貫かれたまま崩れ落ちる。
 限界を超えて痛めつけられた身体は、真冬が望んだこととはいえ傷だらけで、しかも今の電撃の余韻に蝕まれていた。
 大放電を行なったシルビアだけが立っている。
 しかし、大放電の衝撃で身体から『レーヴァテイン』の切っ先こそ抜けているものの、心臓に届く一歩手前まで魔剣に抉られた左胸からの出血は激しい。
 口の中の吐血の残滓を吐き捨て、唇を拭う。
 そして、無残に崩れ落ちた師を見下ろす。
「シンマラ」
「容赦ないな」
 ごほっと血の混じった咳をしながら、真冬が力なくシルビアを見上げる。
「好きなだけって言ったろ」
「確かにな。できれば、『レーヴァテイン』も破壊して欲しかったが」
「シンマラ、悪いが『レーヴァテイン』を破壊するワケにも、抜くワケにはいかナイぜ。出血が致命的になる。アタシは治癒術を使えナイ」
 シルビアは心臓の鼓動に合わせて血の溢れ出る自らの左胸に右手を重ねた。
 右手が紫電を帯び、赤毛の少女の淡い胸が電熱に焼ける。
 煙が立ち上り、肉の焼ける嫌な匂いが漂う。
 傷口を焼いて無理矢理に出血を封じたシルビアが真冬の前に片膝をついた。
「わかっている。私も治癒術は使えんからな」
 真冬の願いは、この"災いの杖"の破壊だが、今は壊すわけにもいかない。
 右胸を貫通している『レーヴァテイン』を引き抜けば、出血を抑えている蓋を失って真冬の死は加速される。
 それがわかっているのだから、シルビアは『レーヴァテイン』を破壊することなどできはしない。
 真冬にも自殺願望はない。
「せめて『レーヴァテイン』の魔力で、肉体を活性化させようとは思う。皮肉なものだが」
 真冬が自嘲するように言う。
 封印を解かれた『レーヴァテイン』の魔力を使えば、乏しい治癒力でも生命を保てるかもしれない。
 この"災いの杖"の封印を解かぬために瀕死に陥ったというのに、死なぬためにこの魔剣を頼らざるを得ない。
「もっとも、肉体が傷つき過ぎていて、うまくはいかんようだがね」
「アンタのソノ冷静な口調は困ったモンだネ。ソノ満身創痍を見てなきゃ、瀕死なんて信じられナイぜ。アタシもアンタの傷は直せないケド、できるかぎりの霊気を補充して治癒力高めてヤるさ」
「私の今の状態ではすぐに消耗する。焼け石に水だ」
「くたばられたら、たまんナイんだヨ」
 シルビアは首を横に振って、やさしく恩師に唇を重ねた。
 シルビアの身体が淡く光る。
 その光は唇を通して、真冬の身体に流れ込んだ。
 霊気を送り込むことで相手の治癒能力を高める。
 傷を癒すはできない。
 体力を回復させることもできない。
 それでも真冬の顔に血色が少しだけ戻ったのを確認し、シルビアがゆっくりと唇を放す。
 二人の唇を繋ぐねっとりとした銀色の糸が切れたところで、真冬が項垂れる。
「霊気の無駄遣いを」
「バァカ」
 霊気を消耗した疲労感に肩を大きく上下させながらも、シルビアはゆっくりと立ち上がった。
「愛してるンだぜ。無駄遣いなワケねェだろ」
 そして、真冬に背を向け、腰の鞘からレイピア型のフランベルジュを抜き放つ。
「ソレにアタシの力は電撃だ」
「シルビア、まさか……」
 真冬が驚きの表情でシルビアの背中を見上げる。
 赤毛の少女は唇の端を吊り上げて笑った。
「電線に電気を通しやすくするダケさ」
「身体が持たないぞ」
「アタシはアンタの弟子だぜ」
 シルビアの全身を稲妻が駆け巡り、熱風が吹き荒れる。
 赤い髪の少女の目が黒髪の運命神が立ち上がるのを捉えた。
 そして、稲妻そのものの速さで跳んだ。

 スクルドは無表情のまま、己の両肩を見つめていた。
 その先に両腕はない。
 真冬の業火とシルビアの大放電で焼き切られてしまった。
 いまだに全身を炎と電撃が唸り、破壊を続けている。
 だが、それは神にとって重要なことではなかった。
 ノルンにとって重要なのは、己が『レーヴァテイン』を手にしていないということであった。
 串刺しのままの真冬から取り返し、封印を解かせねばならない。
 ――それが運命たる我の意志。
 無感情の視線を前に向ける。
 その黄金の瞳が真冬を捉える前に視界が破壊される。
「!」
 シルビア・スカジィルの蹴りがスクルドの顔面に突き刺さっていた。
 運命神は、新たなる衝撃でさらに後へ吹き飛ばされた。
「運命だろうが何だろうがアタシはテメーをぶっ潰す」
 フランベルジュが帯電の輝きで闇を切り裂く。
 同時にシルビアの姿が消えた。
 体勢を立て直し、顔を上げるスクルド。
 だが、神が認識するよりも疾く、シルビアの愛剣がスクルドの胸を貫いていた。
「シンマラを貫いてくれたお礼だぜ」
「痛めつけたのは汝であろう」
 胸を貫く凶器の刃を意に介した様子もなく、スクルドは無感情にシルビアを見た。
 スクルドの両肩が震える。
 決して痛みのためなどではない。
 両肩の先が蠢き、傷口から闇色のゼリーが溢れ出した。
 そのゼリーが変化し、焼き切られた両腕が再生される。
 だが、その両腕は今までのように細く美しい少女のものではない。
 鱗の生えた爬虫類のような腕であり、その両手には鋭い鉤爪が生えていた。
 その凶悪な手でシルビアのフランベルジュの柄を握る右腕を取る。
「神を貫く不遜の腕、砕かれる運命にあり」
「バケモノめ」
 シルビアの右腕が火花を散らす。
 少女のものとは思えぬほどの腕力で運命神の腕を払い除ける。
「!」
 そして、スクルドの腹を蹴り飛ばす。
 勢いでフランベルジュが引き抜かれたが、スクルドの肉体に開いた穴からは血は一滴も流れない。
 吹き飛んだスクルドの身体を目で追うシルビアの姿が消失する。
 見えない乱打が空中のスクルドをまるで踊らせるように打ちのめす。
 それを見守る真冬が呻くように声を絞り出す。
 今のシルビアの身体能力は人間の限界を超えている。
 恐るべき反応速度、そして、筋肉の収縮。
「シルビア、あの速さは……」
 人間の反応は、刺激を受けて、脳で判断し、その電気信号を筋肉に伝えることによって行なわれる。
「やはり神経の超電導化か。それに筋肉も電撃で強制的に収縮させている」
 シルビアは自らの神経の電気抵抗率を限りなく低くして、超電導化することにより、人間の限界の反応速度を超えて戦っている。
 筋力も電撃でリミットを解除している。
「しかし、限界を超えているんだ。あれでは身体が……、くっ……」
 遠ざかっていくシルビアの姿を見ながら真冬は身体を蝕む苦痛に呻いた。
 そして、激しく咳き込み、血の破片を吐き出す。
 真冬とて精神も肉体も限界を超えて痛めつけられているのだ。
 右胸も『レーヴァテイン』に貫かれたままであり、己の霊気と剣の魔力を全身の治癒に回すことで、悪化しないようにするだけで精一杯なのだ。
「はじめて見たわね、奥の手かしら?」
 突然背後からかかった声に真冬が目を大きく見開く。
「誰だ!?」
 真冬は振り向くことができなかった。
 背中を踏みつけられ、這い蹲らされる。
「ごふっ!?」
 衝撃で、大量の血が真冬の口から吐き出される。
 真冬の背中を足場にして、声の主が魔剣の柄を握る。
 そして、ずるりっずるりっと、真冬を貫いていた魔剣が引き抜かれる。
「ごぼっ!?」
 右胸を貫通していた『レーヴァテイン』が引き抜かれることにより、魔剣で蓋をされていた傷口から大量の血が溢れ出し、倒れている真冬の周りに大きな血溜りが広がっていく。
 もはや繰り返される吐血ですらその血の海の中では少量に過ぎないようにさえ思われる。
「まさに血の海。それで生きているのだから賞賛に値する生命力だわ。シルビアが注入した霊気のおかげ、かしら?」
 妖艶な響きを持つ声の主が、真冬の腹を蹴りつける。
 自らの流した紅の中で、真っ赤に染まった肢体を仰向ける真冬。
「うぐっ……、あがっ……、ごほっ……、うあっ……」
「お久しぶりね、シンマラ。『レーヴァテイン』、頂きますわよ」
「レインバック……!」
 霞む真冬の瞳に映ったのは、艶然と輝く黄金の髪を持った美貌の悪魔。
 ミリア・レインバック。


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