魂を貪るもの
其の六 師弟
2.絆

 懺悔の時間。
 その言葉に怯むことはない。
 シルビアと向き合う。
 その覚悟をしてここに来たのだ。
 それに、真冬には運命神の卑劣な思惑が手に取るようにわかる。
「あえて、シルビアと対峙する機会を私に与えて、それが不可能だと知らしめるつもりか」
 真冬は逃げることも、シルビアを見捨てることもできずに、その身に責めを受け入れるしかない。
 スクルドは弟子の憎悪に耐えられなくなった真冬が泣き叫ぶのを待っている。
「そうはならない」
 真冬は正面から愛弟子を見据えた。
「シルビア!」
 そして、心のそこから名を叫ぶ。
 シルビアが虚ろな目を真冬に向けるが、師の呼びかけに反応したわけではないようだった。
「『レーヴァテイン』ノ封印ヲ解ケ」
「シルビア、確かに懺悔の時間だ。それは紛れもない事実だが、取引の材料にはならないよ」
「『レーヴァテイン』ノ封印ヲ解ケ」
 壊れた人形のように前言を繰り返すシルビアに真冬が首を横に振る。
 それを見たシルビアの手に紫色の光が生まれ、熱の弾ける音が鳴り響く。
「『レーヴァテイン』ノ封印ヲ解ケ」
「懺悔はしよう。だが、封印を解くわけにはいかない」
 真剣な眼差しで静かに告げる真冬へ、シルビアがバチバチと電撃の弾ける手のひらを向ける。
 ――封印を解かねば、責めさせるぞ。
 ――愛弟子にその身を弄られ尽くされるのを望むか。
 シルビアの背後から運命神の嘲笑が聞こえたような気がした。
 真冬は微動だにしない。
 構えもしないし、間合いを取ろうともしない。
 シルビアの虚ろな目がわずかに収縮したのと同時に、真冬へと電撃を収束した光球が放たれる。
 真冬はそれでも微動だにしない。
 雷光球を弾こうとも、避けようともしない。
 真冬の左肩に電撃が直撃する。
 電熱によってワイシャツの肩部分が吹き飛ばされ、肩を焼かれる激痛に表情が歪む。
 焼かれた肌から、黒い煙が昇る。
 苦痛を噛み殺し、愛弟子を見据え続ける。
「封印ヲ解ケ」
 ――たんまりと苦痛を与えてやる。
 ――かつて弟子を捨てた罰をその身に受けよ。
「シルビア、私のことが憎ければ好きなだけ弄れ。キミとラーンを見捨てた私が当然受けるべき報いだからな」
 真冬は屈しない。
 シルビアが再び真冬へと雷光球を放った。
 それは、今度は右肩を焼く。
 両肩から煙を上げながらも、真冬は揺らがない。
「だが、それは目を覚ましてからにしてくれないか」
 シルビアの手から連続で電撃が放たれる。
 無数の電撃が真冬の全身に叩きつけられていく。
「自分の意志で私を撃て、シルビア・スカジィル!」
 ビクンッとシルビアの赤毛が揺れ、電撃の嵐が止む。
 シルビアは光のない瞳で自分の両手を見つめていた。
 ふと正面へと彼女の視線が戻される。
 ボロボロの真冬が立っている。
 純白のワイシャツと黒のボトムのところどころが焼け焦げ、全身から煙を立ち昇らせている。
「シルビア、目を覚ませ」
「封印ヲ……」
 ――泰然自若としているのは封印を解けるのは汝だけゆえに殺されないと思っているからだろう?
 ――殺されはしなくとも、殺されるに匹敵する苦痛を与えることはできるのだぞ!
「封印ヲ解ケェェェェッ!」
 シルビアが獣のように咆哮した。
 その口から溢れ出た声には周りの闇を震わせるような憎悪と苦悶が入り混じっていた。
「オマエハ、モット苦シムベキダ」
 シルビアが自分を見据え続ける真冬へ向かって駆け出しながら、唇を震わせた。
 まるで感情の浮かんでいない顔はそのままで、虚ろな瞳には相変わらず光は灯っていない。
 だが、口調は乱れに乱れていた。
 能面から発せられる激しい言葉は、奇妙という他ない。
「苦シムベキナンダヨッ!」
 稲妻が迸った。
 そう思った瞬間には真冬の目と鼻の先に、シルビアの顔があった。
 まさに電光の如き、神速。
 洗脳されて尚、シルビア・スカジィルの身体能力は損なわれていない。
 真冬の美貌が抑えきれぬ驚嘆にわずかに崩れる。
 そして、硬直する。
 シルビアの拳が真冬の鳩尾に突き刺さっている。
「かっ、はっ……!」
 真冬の唇から血の破片を伴った空気が吐き出される。
「アタシヲ、ズット、アタシヲ苦シメテキタンダ。モットモット苦シメテヤルッ!」
 シルビアが身体をくの字に折る真冬の腹から引き抜いた拳を真っ赤な舌でぺろりとなめあげる。
 そして、再び渾身の拳を振るう。
 今度は真冬の脇腹に深々と拳が埋まる。
「あっ、……くっ、……ああッ!」
 ボキボキと不気味な粉砕音が鳴り響く。
「肋骨イッタナ。モチロン、コノ程度デハ許サナイ」
 シルビアの言葉通り、真冬の肋骨は今の一撃で一、二本は折れただろう。
 吐血が唇を割って流れ落ち、苦痛の汗が顎を垂れ墜ちる。
 脚は踏ん張りが利かずに、よろめいている。
 それでも、倒れない。
 真冬は倒れない。
 ――倒れるわけにはいかない。
 自分に言い聞かせる。
 そっと手を伸ばして、シルビアの頬を撫でる。
「今の拳は自分の意志か、シルビア」
「ダ、黙レ。黙レ。黙レェッ!」
 真冬の手を払いのけて首を振るシルビア。
 そして、左拳が三度目の呻りを上げる。
 真冬の頬が打ち抜かれ、衝撃で黒縁の眼鏡が飛んだ。
 唇から新たに流れる血もそのままに真冬が正面に向き直る。
 シルビアを見る。
 眼鏡の取れた真冬の素顔。
 その瞳は澄んでいる。
「シルビア、目を覚ませ」
 シルビアの意志の宿らない双眸が収縮する。
 目に光は戻らないが、唇が歪んだ。
 頬がヒクヒクと痙攣している。
「シシシシシンマラァァァ!」
 肋骨が砕けている真冬の左脇腹に、壊れた叫びとともに食い込むシルビアの拳。
「がっ!?」
 骨を砕かれている箇所を殴り潰される絶望的な激痛が真冬を苛む。
 さらにシルビアの左の拳も破壊の凶弾となって真冬の右脇腹に突き刺さる。
「はっ、ぐっ……」
 深々と食い込んだレバーブローにより、右の肋骨も何本か折れる音が鳴り響く。
 さらに衝撃は容易に肝臓まで到達していた。
「はぐっ、かはぁっ!」
 左右の肋骨を砕き肝臓を貫く強烈な殴打に、真冬も吐血と同時に意識が飛びかける。
 だが、左右の脇腹から拳を引き抜かれてよろめく真冬を襲ったのはさらなる暴虐。
「苦シメ苦シメ苦シメ苦シメ苦シメ苦シメ苦シメェェェェッ!」
 全身を襲う乱打、乱打、乱打。
 顔、胸、腹、背、真冬の肉体のあらゆる場所へ殴打の嵐が突き刺さる。
 無数の打撃で白いストレッチワイシャツはズタズタに裂けていき、真冬の豊かな胸を包んだ赤い下着が露わになる。
 それでもシルビアの攻めは終わらない。
 真冬の身体中の筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げる。
 血を吐き、血を流す。
 人間サンドバックと化した真冬は気がつけば、痣と血で彩られた背徳的で扇情的な姿へと変えられていた。
 四肢から力が抜ける。
 だが、倒れることはない。
 踏ん張る力など残っていない。
 それでも倒れない。
 倒れるわけにはいかない。
 その想いだけで両手を前へと伸ばし、シルビアの頬を挟む。
「目を……目を……覚ませ……」
「マダ言ウカッ!」
 シルビアの髪が怒気に揺れた。
 瞳がまるで心臓の鼓動のように収縮を繰り返す。
 シルビアは頭を振って両手を赤いブラジャーに包まれた真冬の両胸へと伸ばした。
 そして、その大人の色気が漂う豊かな胸を容赦なく握り潰す。
「ああああっ!?」
「戯言言ッテネェデ根ヲアゲチマエッ!」
 シルビアの両手で電撃が弾ける。
「ぐっ、ああっ!?」
 握り潰されている両胸から電熱の光が真冬の全身を駆け巡る。
「シ、ルビア、目を……覚ませ……くぅっ!?」
「マダ言ウカッ! マダ言ウカッ! マダ言ウカッ! マダ言ウカッ! マダ言ウカッ!」
 肉体も精神も焼き切れてしまうのではないかと思えるほどの高圧電流を流される苦痛が、真冬の全身をくまなく弄る。
 だが、地獄の苦しみを味わいながらも真冬はシルビアの頬から手を放さない。
 決して力を込めず、シルビアの頬をただ撫でるように挟んでいる。
「私がバカだったのだ。キミを子ども扱いにして置いて行ってしまった。だから許してくれとは言わない」
 シルビアの電撃が強さを増す。
 真冬は崩れない。
 手を放しもしない。
 胸を潰され、電撃で焼かれる苦痛に呻きながらも、シルビアを正面から見据える。
 だが、身体はとっくに限界が来ている。
 精神は崩れずとも、意識が揺らぎ、視界が霞んでくる。
「マダッ! マダッ! マダッ! マダ、マ、マダ……マ、マダ……アアッ、アアアアッ、……ああああああああああっ!」
 シルビアが壊れたように首を振りながら絶叫した。
 真冬の両胸に爪が一層深く食い込み、最大級の電撃が苦痛の刃となって乳房を貫く。
「はくっ、あぐぅぅぅっ、あああああああっ!」
 真冬は意識が明滅するのを感じだ。
 気を失うわけにはいかない。
 まだ、彼女を取り戻していない。
 真冬は最後の力でシルビアの顔を引き寄せる。
 真冬の顔を見たシルビアの顔には表情が戻っていた。
 目だけに光がない。
「シルビア、戻ってきてくれ。ラーンも、無事だ。あの娘はキミを愛している。そして……」
 痛みに息を喘がせながら、愛弟子に微笑みかける。

「私もキミを愛している」

 ――愛している。

 シルビアが真冬の腕の中で肩を震わせた。
 その瞳に意志の炎が微かに揺らめく。
「!」
 真冬は唇をシルビアの唇に重ねた。
 シルビアの瞳が針のように細まる。
 そして、大きく膨張した。
 ビクリッと身体を震わせたシルビアの指が真冬の胸に深く食い込む。
 真冬は唇を放さない。
 最後の気力だった。
 いや、気力ではない。
 想いだった。
 ――愛している。
 肉体も精神も限界を過ぎ、愛しているという想いだけをシルビアの唇に注いだ。
 真冬の張りのある胸を突き破らんばかりに食い込んでいたシルビアの指から力が抜ける。
 シルビアの両手が力なく垂れ、真冬の両胸は電熱で焼かれた煙を上げながらも豊かな形を取り戻した。
 真冬の全身から力が抜ける。
 想いを注ぎ込んでいた唇もシルビアの唇から放れる。
 真冬は崩れた。
 だが、倒れない。
 それは真冬の意志ではない。
 シルビアが抱き止めていた。
 その瞳には強い輝き。
「何……」
 荒い息を吐きながら、シルビアが真冬の耳元で不機嫌そうな声を上げる。
「何してんだよ?」
「……見て……わからんか?」
 真冬は息も絶え絶えにシルビアに応えた。
「愛しい弟子を迎えに来た」
「バカ」
 シルビアが両腕を真冬の背に回し、抱きしめる。
「……遅ぇんだよ」
 その目に光るものが浮かんでいる。
「アタシはずっと追いかけてたんだ。ずっと待ってたんだ。ずっとアンタに巻き込まれたかったんだ」
「すまなかった」
「ホントにバカだよ。ズタボロになるまで命張ってさ。……もっとはやく迎えに来て……抱きしめてさえしてくれれば……アタシは……アタシは……」
 ――本当にすまなかった。
 真冬は再びシルビアの顔へと手を伸ばし、頬を撫でた。
 緊張の糸が切れる。
 生まれる心の空白。
 シルビアの顔が驚愕に染まる。
 そして、衝撃。
 真冬の身体が大きく揺れる。
「うっ……あっ……?」
 真冬の背中に『レーヴァテイン』が突き刺さっていた。
 無論、その柄を握っているのは、幼い頃の真冬の顔をした運命神。
 漆黒の髪と漆黒の鎧を纏ったノルンの末妹スクルド。
「捕まえた」
 スクルドが能面の表情のまま、背後から真冬の耳に囁きかける。
 次の瞬間、『レーヴァテイン』が真冬の肉体へ押し込まれ、背中から右胸を貫き通した。
 そして、真冬の身体を突き抜けた血濡れの魔剣の切っ先は、シルビアの左胸に突き刺さった。
「がはぁっ!?」
「なっ……、かっ、はっ!」
 魔剣に突かれた師弟が同時に吐血する。
 すでに限界まで痛めつけられた精神の許容を大きく超えた苦痛に真冬の意識が遠退く。
 しかし、彼女の意識が消える一歩手前で、運命神が真冬の身体を貫き通している『レーヴァテイン』を揺り動かす。
「失神は許可していない」
 剣の刀身は真冬の肉を抉り、切っ先はシルビアの左胸への食い込みを増す。
「がふっ!?」
「うくっ、あくっ、あああっ!?」
「汝の死は遠い」
「死は遠い……?」
 真冬は吐血しながら魔剣に身体を貫かれた状態で自分がまだ生きていることを不思議に思った。
 そして、真冬を捕えるためだとしても、真冬の身体を『レーヴァテイン』で貫くという運命神の行動は不可解だった。
 封印を解くのが第一の目的であり、真冬を殺してしまっては意味がない。
「告げたはず。汝が瀕死に陥れば我が力で命を癒すと。死に値する苦痛だけを受けよ。串刺しの汝に逃げる術はあるまい。汝は封印を解くまで永久拷問刑を受けるのだ」
 ――この我が、汝が死ねぬようにする。
 真冬にそう告げるスクルドの声には相変わらず何の感情も潜んでいない。
「シルビア……」
 朦朧とした意識の中で、自身を貫き、愛弟子の胸に突き刺さっている『レーヴァテイン』の刃に手をかけ、引き抜こうとする。
 自分はともかく、愛弟子だけは救いたかった。
 だが、剣は微動だにせず、鋭い刃を握った手の皮膚が切れ、血が溢れるだけだった。
「封印を解け。この剣の先に赤毛の娘の心臓がある」
「封印を解いたところで……殺すつもりなのだろう……?」
「汝らの命などに興味はない。そして、運命によって世界は滅びる。だが、滅びるまでは再会の喜びの時間を与えてやろう」
 運命神が再び、『レーヴァテイン』を激しく揺り動かした。
「がはぁっ!?」
 真冬とシルビア、二人の口から、傷口を抉り開かれる尋常ではない苦痛を表すように真紅の液体が溢れ出る。
 真冬の吐血は弟子の頬を濡らし、シルビアの吐血は真冬の頬を赤く染めた。
「汝が従わねば、さらなる地獄を見せるだけのこと。この娘を殺した後、青髪の娘を殺し、尻尾頭の娘も殺し、風使いの少年も殺す。そして、ありとあらゆる苦痛を与える」
「……シンマラ」
 呼びかけられ、はっとして真冬が愛弟子の顔を見る。
 シルビアの声は擦れていたが、はっきりとしていた。
「シルビア?」
「アタシはアンタを愛してる。そして、まだ憎くて堪らない」
 左胸に突き刺さっている『レーヴァテイン』を両手で握り締める。
 強く刃を握ったために手のひらが切れ、鮮血が滴り落ちる。
 だが、引き抜こうとする意志は感じられない。
 己の心臓を貫こうとしている刃を握り締めながら、シルビアは淡々と真冬に語った。
「目が覚めた今でも、愛しくて憎くて、この手でめちゃくちゃにしてやりたい気持ちがある」
「シルビア」
「ただアタシは怖いんだ。アンタの愛を失うのが怖い。だから、もう一度言ってくれ」
「もう一度?」
「そう、もう一度だ。アンタの言葉さえあれば何も怖くない。運命を吹き飛ばせる」
「運命を吹き飛ばす?」
「そうさ。そして、遠慮せずにアンタに地獄を見せてやれる」
 そう言うシルビアの目には確かに真冬に対する憎悪が渦巻いている。
 そして、その瞳には愛しいものに縋る光も同時に宿っていた。
 その感情が言葉を紡がせているのだろう。
 ――運命を吹き飛ばす。
「何をしている。もう一押しすれば、赤毛の娘は死ぬ」
 運命神が再び、『レーヴァテイン』で真冬とシルビアを抉った。
 剣の動きに合わせて二人の傷口から血が吹き出す。
 激痛に呻きながら真冬は血の混じった荒い息とともに言葉を吐き出した。
「……わ、わかった」
「封印を解くか」
 運命神の声を無視して、真冬は愛おしそうにシルビアを見つめた。
 わかったのは、愛弟子の言ったことだ。
 彼女の憎悪をすべて受け止めてやらねばならない。
 それは償いだ。
 真冬は意を決した。
「封印を解く」
 真冬の言葉にシルビアが一瞬だけ目を大きく見開いた。
 だが、恩師の顔に決意を読み取り、愛弟子は微かに頷いた。
 ――手を取り合えば怖いものなどない。
 真冬が両腕を自らの背へと回し、ノルンが握る己の右胸を貫いている『レーヴァテイン』の柄へと両手を向ける。
 そして、血の味が広がる口で呪を唱え始める。
「我が血により封じられし魔剣、我が意により封じられし災いの杖よ」
 『レーヴァテイン』の刀身を濡らす真冬の鮮血が蒸発するように霧状へと変わり、柄の呪縛錠に吸い込まれるように染み込んでいく。
「今こそ、真の力を解放すべき時」
 ――ぴきりっ。
 『レーヴァテイン』を戒めている鎖にひび割れるように白い閃光が走る。
 そして、鎖がボロボロと崩れ出し、『レーヴァテイン』の刀身が妖しい真紅に輝き、膨大な魔力が溢れ始める。
 運命神の唇の端が吊り上る。
 人形的無表情が笑みを形作る。
 感情のない黄金の双眸の奥に愉悦の色が揺らめく。
 それは、神の油断。
「好きなだけ弄りなさい」
 真冬はシルビアの耳元で囁きかけた。
 この満身創痍の身体で味わうのは地獄の苦しみだが、受け止めなければならない。
 シルビアは目を覚ましたのだ。
 彼女が真冬への憎しみを向けるならば、受け止めてやる。
 『レーヴァテイン』の柄に向けられていた両手が、運命神ノルンへと向けられる。
 心の空白を突かれ、その身を貫かれた真冬の意趣返し。
 運命神の瞳孔が収縮する。
 その金色の瞳が迫り来る赤を反射する。
 上半身を真冬の両手から放たれた炎が直撃していた。
 紅蓮の炎に包まれる運命神。
「愛しているよ、シルビア」
 ――ためらうな。
 赤毛の愛弟子の血の滴る唇が笑みの形に歪んだ。
 愛憎、嗜虐、被虐、苦悩、そして、開放感。
「アタシもさ、シンマラ師」
 複雑な感情の混じった笑みを浮かべるシルビア。
 その全身が帯電し、蒼い光が両腕を走った。
「だから、アタシの意志でアンタを撃つ。愛しくて憎いアンタをめちゃくちゃにする気で!」
 シルビアの叫びと同時にその両腕が眩い閃光を放った。
 今までで最大級の大放電が、真冬の身体を貫く『レーヴァテイン』に叩き込まれた。
「うぐっ、ああああああああああああああああっ!?」
 喉が破けんばかりの真冬の絶叫。
 右胸を貫く『レーヴァテイン』から伝わる電撃と衝撃が、血液を、体内を焼き尽くす嵐となって真冬を襲う。
 だが、地獄の苦しみを味わいながらも真冬は運命神へ放つ炎を止めることはなかった。
 運命神の上半身を真冬の炎とシルビアの大放電が包み込む。
 膨大な光と熱と衝撃。
 『レーヴァテイン』の柄を握る手が焼け焦げ、太陽もかくやという凄まじい光量の電撃が弾ける。
 炎と雷に包み込まれながら、神は自分の両手が炭化するのを見た。
 開放されつつある魔剣の魔力もまた膨張し、荒れ狂う。
 それらの力は、いや、師弟の絆は、運命をさえたじろがせるのに十分だった。
「!!!!」
 両腕を失った神は全身から赤色と紫色の煙を上げながら、後方へと吹き飛ばされた。
 真冬の身体に『レーヴァテイン』を残して。


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