魂を貪るもの
其の六 師弟
1.虎穴

「地獄に続く穴みたいだね」
 ちとせが神代神社の鳥居の前に浮かんでいる黒い光の渦を見ながら気味悪そうに呟く。
 スクルドの言葉通り、『扉』は用意されていた。
 この先にシルビアが捕らわれているはずだ。
 渦の奥からは瘴気ではないが、薄ら寒くなるような妖気が漂ってくる。
「表現的には間違ってはいないと思うけど」
 ちとせの感想に同意して悠樹が頷く。
 この『扉』の奥にあるのは運命神スクルドが己のために作った神の世界なのだ。
 運命神の残酷な罠が待ち受けているに違いない。
 その罠に立ち向かわねばならない真冬にとっては、まさに地獄への門と言っても過言ではないだろう。
「それにしても、はぁ……」
 神代ちとせが『扉』を見つめたまま、深くため息をつく。
「不愉快そうだね」
 悠樹の言葉にちとせはひらひらと手を振った。
「だって、悠樹、神さまにしてはやることが小さいって思わない?」
 仮にも神を名乗る存在が、己の野望を遂げるために取った手段が、よりによって人質ということが、神に仕える巫女でもあるちとせに呆れと不快を与えていた。
 その神の野望が、今の世界に飽きたので壊したいという単純なものであることも、この世界に生きるものの一人として不愉快であった。
 しかも、運命神(ノルン)は、そのすべてを運命の一言で片付けようとしている。
「子どもだからね」
「子ども?」
 悠樹の応えに、ちとせが首を傾げる。
「見かけが?」
「まさか」
 悠樹が肩をすくめる。
 確かに、スクルドは黒髪の美少女の姿を取っている。
 真冬によれば自分の幼い頃の姿だという。
 それは自分の勝手で世界に破壊と混乱をもたらす『レーヴァテイン』を作りながら、それをまた自分の勝手で破壊しようとしている真冬を皮肉っているに過ぎない。
 本来の姿ではないに違いない。
 ちとせもそれは知っているが、言ってみないと気がすまないのが、ちとせがちとせである所以だろう。
 悠樹もそれはわかっている。
「自己中心的で、残酷で、傲慢で、近視眼的な、新しい玩具が欲しくて駄々をこねているだけの子どもってことだよ」
 思うがままに世界を操ってきたがゆえに、不確定であるはずの未来を断定してみることに慣れ、その見通しが間違っていたとしても失敗を認めることには不慣れで、遠い未来と一歩先は見えていても二、三歩先は読むことさえもかなわない。
 運命神は子どもなのだと言う悠樹に、ちとせは大いに納得したようだった。
「となると、聞き分けのない子には教育が必要だね」
「教育は教師の職分だな」
 二人の背後から声が飛んできた。
 振り返ると、真冬、鈴音、葵、そして、ラーンが立っていた。
「真冬センセ!」
「準備完了です」
 そう応えるラーンの顔には疲労の色が濃い。
 隣に立つ真冬も顔色も優れない。
 二人とも万全ではないが、シルビアを一刻も早く助けたいのだろう。
「葵には神社に残ってもらうってことで了解したな?」
 確認するように鈴音がその場の一同を見回す。
「この『扉』がいつまで開いているかわかったもんじゃないからな。こっちにも一人は残ってもらう必要はある。真冬とラーン、それにちとせと悠樹は決定事項みたいなもんだし、そうなると、この場に残るのは、あたしよりも霊術に長けてて、もしも、『扉』に何かあった場合に干渉できそうな術を使えそうな葵が良いだろう」
 ちとせは頷いたが、何かに気づいたように鈴音の顔を伺う。
「あっ、でも……」
「あん、どうした、ちとせ?」
「鈴音さん、これから異界に行くんだから、忘れずにちゃんと済ましてきた?」
「何をだ?」
「もちろん、ロックさんとお出かけのキス☆」
「なっ……!?」
 硬直する鈴音。
「そういえば、お出かけのキスは新婚さんのしきたりの一つだと聞いたことがありますわ。ステキですわね、鈴音さん」
 追い討ちをかける葵。
 ちとせはわざとだが、葵の場合は天然であるところが恐ろしい。
 鈴音が顔を真っ赤に染め、口をパクパクさせているが言葉が出てこないようだ。
 ラーンのこめかみには冷や汗が浮かんでいるが、悠樹は平然としていた。
「これがないと何事も始まらないから」
「私は慣れてきたよ」
 真冬が眼鏡の縁を指で押し上げながら、嘆息した。
「慣れるな!」
 一連の展開に拳を震わせていた鈴音が抗議の声を上げる。
「……とにかく準備オッケーだよ。準備オッケーだからな!?」
 そして、怒鳴るようにちとせに念を押す。
「オッケー、オッケー」
 ちとせが軽く流すように頷く。
 鈴音は不満そうだったが抗議を続けることはなく、大きくため息を吐いた。
 すでにあきらめの境地に近づきつつあるようだ。
 それでも次の機会にはまた、ちとせのおちょくりに反応してしまうのだろうが。
「ということで、真冬センセ」
 ちとせが真冬の顔を見て、にやっと笑った。
 真冬は深く頷いた。
「行こう」
 そして、意を決し、歩き出す。
 目の前には神代神社に開かれた異界の門。
 颯爽とした足取り。
 教師としての誇りを持った大人の女性。
 その背が怯むことなく、女神の待ち受ける世界へと消えた。

 ファーブニルは猫ヶ崎樹海から『ナグルファル』に帰還し、総帥ランディ・ウェルザーズからノルン降臨後の次第を聞かされた後、待機を命じられていた。
 運命神の実体化は驚愕の出来事であったが、それよりもその後に運命神が『ナグルファル』に現れ、シルビアを連れ去ったということと、ラーンが姿を消したということが、老人により大きな衝撃を与えていた。
「シンマラとあの二人にとって最大の試練になろうな」
 老人はシルビアとラーンの身を案じていた。
 ノルンはシルビアを人質にしてシンマラに『レーヴァテイン』の封印を解かせるつもりなのだろう。
 そして、姿を消したラーンは、シルビアを救い出すためにシンマラに助けを求めに向かったか、もしくは運命神の戯れでシンマラのもとに強制的に送られたかに違いない。
 どちらにせよ、シンマラはラーンの助けを求める声に応じるだろう。
 応じないような人間ならば、シルビアもラーンも憎悪しない。
 尊敬し、愛しているからこそ、追い求めていたのだから。
 その愛憎を利用する運命の女神に、老人は底知れない怒りを感じる。
「老よ、あの二人、生死に関わらず、もはや『ヴィーグリーズ』には戻らぬのではないか」
 傍らで傷の手当をしていたジークが、ファーブニルに話しかける。
「確かに硬いものほどちょっとした傷ができれば割れやすいものだ。彼女たちは自分たちを裏切ったシンマラを慕い続けていることを認めぬためにも、本心を鋼鉄のヴェールで覆い隠して『ヴィーグリーズ』の幹部として一心に働いてきた」
 ファーブニルは静かに頷いた。
「あの娘たちが最後に選ぶのは、シンマラだろう」
 老人の枯れた声がやけにはっきりとジークの耳に響いた。
 いや、心に響いた。
「だが、あの娘たちが『ヴィーグリーズ』の旗を仰いできた心にも偽りがあったわけではない。運命神を憎み、新しい世界を望んでいたことは確かなのだ」
 世界を新生させる。
 自ら考え、努力し、生きる。
 シルビアもラーンも自らの力で未来を切り開いてきた。
 道を違えてもその志は変わらないはずだ。
「今、ランディさまもまた、あの娘たちが『ヴィーグリーズ』に刃を向けぬ限り、止めようとも咎めようとも思わぬとおっしゃられたよ」
「しかし、老よ。シンマラのもとへ行けば、我らの敵にならぬわけにはいかないだろう」
「わかっておるよ。だが、それは、あの娘たちが選ぶこと」
 高尚な志。
 狡猾に舞台を用意するのが運命であったとしても、そこで生き方を決めるのは運命でも宿命でもありはしない。
 運命神の罠に陥れられようとも、選ぶのはあの娘たちだ。
 そして、彼女たちは負けるはずはない。
 彼女たちはこの『ヴィーグリーズ』で、過去と、現在と、そして、未来とさえ、戦い抜いてきたのだ。
「あの娘たちが我らと戦うことを選んだとしても、運命を打ち砕こうとする意志は変わらない」
 手段が変わるだけだ。
 そう立場が変わり、手段が変わる。
 それだけだ。
「そして、それは今までのように師弟相打つよりも幾分ましなことではないか」

 墜ちていく。
 失っていく。
 失墜していく。
 ――奈落。
 スクルドの用意した『扉』に入った途端、真冬はそれを感じた。
 とどまることのない失墜感に、気が遠くなる。
 視界は真っ暗だった。
 意識を保っているのか、それとも失っているのか。
 夢の中なのではないか。
「夢ではない」
 声を出して否定してみる。
 闇は声に反応したように、震えた。
 空間がうねり、弾ける感覚。
 空気が重くなる。
 身体を襲っている失墜感は相変わらずだが、闇は薄くなった。
 いつの間にか真冬は自分が広大な闇の中に立っていることに気づいた。
 気配を感じ、後ろを振り向く。
 ちとせたちが立っている。
「シンマラ師?」
「あれ、センセ?」
 ラーンもちとせも目の前に真冬に今気づいたような素振りを見せている。
 悠樹と鈴音、それに葵も、どうやら同じような感覚のようだ。
 時折顔を歪めているのは、皆も真冬と同じように失墜感に襲われ続けているせいだろう。
「趣味の良い空間とは言いがたいな」
 鈴音が前髪をかきあげる。
「しかし、この闇の中、どうやってシルビアを探したものでしょうね」
 悠樹が首を傾げるが、真冬は首を横に振った。
「いや、探すまでもないようだ」
 真冬の目は、闇の先に赤毛の少女の姿が佇んでいるのを確認していた。
 遠目にもその身に纏っているのは、毒々しいゴシックロリータのドレスだとわかる。
 口元には不気味な薄ら笑いが浮かんでおり、その瞳には意思の光は宿っていない。
「シルビア」
 真冬がシルビアに呼びかける。
 だが、赤毛の少女は真冬の姿にも、真冬の声にも何の反応も示さない。
「お嬢!」
 ラーンが叫ぶ。
「ラーン、罠だ!」
「覚悟しています」
 真冬の制止を振り切り、ラーンは駆け出していた。
 手を伸ばす真冬の横に一陣の風が吹いた。
 悠樹だ。
 その顔には困惑にも似た、しかし、満足そうな、不可思議な表情が浮かんでいる。
「今の彼女の反応は正しく先生の教え子ですね」
「悠樹くん」
「ラーンのことは、ぼくに任せて、先生はここにいてください。まさしく罠でしょうから」
 苦笑しながらそう真冬に告げ、悠樹がラーンを追って飛翔する。
「ちとせは行くなよ?」
 鈴音が真冬の前に一歩出ながら、ちとせの顔をちらりと見る。
「行かないよ、運命神はセンセをボクたちから分断したくてしょうがないんだから。まあ、行きたくてもラーンが先に駆け出しちゃったからね。突っ走る役は譲らないと」
「上等だ。何せ、先生が本命だ。出向かなくても歓迎は来るみたいだぜ?」
 そう言って鈴音がニヒルな笑いを浮かべる。
「あれは……」
 鈴音の視線の先を見て、真冬が息を呑んだ。
 ちとせも目を見張る。
 闇の中に、闇が溢れ出ていた。
 闇の中で、闇が蠢いている。
 やがて、不気味な粘つく蠕動は人の形を取り始めた。
 真冬はスクルドかと思い身構えたが、闇が取った姿は運命神ではなかった。
「!」
 その姿を見て、ちとせの顔が引き攣った。
「シギュン・グラム」
 真冬がちとせの代わりに呟く。
 豪奢な金髪と何も映さぬ狂眼こそ備えていなかったが、闇はシギュン・グラムの姿をしていた。
 そして、その隣にも、もう一つ『影の人形(シャドウ)』が生まれる。
 肩の辺りで無造作に切られた髪をした女性で袴姿をしており、その腰には鈴音が持っているものにそっくりな日本刀を帯びている。
 こちらは真冬の見たことのない顔だったが、誰であるかは容易に想像できた。
「……姉貴」
 真冬の想像を肯定する名を鈴音が呻くように漏らす。
 闇が変容したのは鈴音の姉、"凍てつく炎"織田霧刃。
「悪趣味な歓迎ね、人の心につけこむ気満々じゃない」
 ちとせが不機嫌さを隠そうともせず、懐から取り出した神扇を構えた。
 闇シギュンと闇霧刃の向こうでも闇が蠢き、ラーンの前に立ちはだかっているのが見える。
「邪魔をするな!」
 ラーンがランスを一閃。
 闇の塊を一撃で打ち砕いた。
 だが、粉砕された闇はすぐに寄り集まり、人の形へと変化した。
 彼女の前に現れたのは、ラーンが最も良く知る闇。
 ラーン・エギルセル自身だった。
「何!?」
「私ハ、オマエ。ソシテ、私ハ、オマエノ敵ダヨ」
 『闇のラーン(ドッペルゲンガー)』が、本物のラーンを嘲笑う。
「なるほど、私の敵は私ですか」
 顔を歪めながらも納得したように頷くラーン。
 今まで自分の心を偽ってきたのだ。
 彼女にそのことを気づかせたのも、そこを責めてラーンを真冬のもとに追い立てたのも、そして、この空間を創造したのも運命神なのだから、ラーンの前に用意された影が『己自身の闇(ドッペルゲンガー)』であるというのは、彼女にとっては当然なことだった。
「人の運命を弄ぶ性悪の考えそうな罠だね」
 悠樹がラーンの横に降り立って肩をすくめる。
「ちとせにはシギュン・グラム、鈴音さんには霧刃さん、ラーンには自分自身の影、ホントに悪趣味なチョイスをしてくれるよ」
「ソウ言ウ、オマエノ敵ハ、ボクダ」
 どこからともなく空ろな声が響き、悠樹の目の前にも闇の塊がぼとりと墜ちた。
「ちょっ……!」
 その闇が変化した姿を見て、悠樹の顔がこれ以上ないほどに引き攣る。
「ははっ、まいったね、これは……」
「こら、悠樹!」
 遥か後方から、ちとせの怒声が悠樹の耳に届いた。
「何で、敵がボクなのさ!」
 悠樹の前で変化した闇は、ちとせの姿をしていた。
「知らないよ」
 ――運命神に聞いてくれ。
 悠樹は心底困った顔をした。
「いくら偽者とはいえ惚れた女性の顔が相手ではやりにくいはず。それが狙いなのでしょう」
「ラーン、惚れた女性とか言わないでよ」
「ラーン、惚れた女性とか言わないでよ」
 ラーンのフォローにちとせと悠樹がまったく同じタイミングと同じ言葉で反応する。
 そして、同時に頬を赤く染めた。
「二人とも、日頃、あたしをからかってる罰だぜ!」
 二人の反応を見て、鈴音は一人勝ち誇っている。
 だが、影たちは場の雰囲気などお構いなしだ。
 影シギュンと影霧刃が同時に動き、緩んでいるちとせと鈴音に襲い掛かる。
 闇色の鉄爪と漆黒に鈍く輝く日本刀が閃く。
 しかし、神扇と細雪によって、影シギュンと影霧刃の攻撃は簡単に受け止められていた。
「油断はしてないっての、節穴の魔狼さん」
「姉貴の偽者にしては間が抜けてんなっ!」
「最初は驚かされたけど、ボクの恐怖心を抉るには迫力不足だったね」
「こけおどしだな、それとも姉貴の強さを踏みにじってあたしを怒らせたかったのか?」
 ちとせも鈴音も涼しい顔だ。
 その時には影ラーンと影ちとせも動き始めていたが、悠樹とラーンも一歩も引く気配はない。
「私は自身と向かい合うことにしたのです」
 ラーンはランスを構え、微動だもせずに鋭い眼光で自分の影を射抜いている。
 ドッペルゲンガーは襲いかかろうとしているが隙を見出せないのか、威嚇するようにラーンの間合いの外をじりじりと動いているだけだ。
 悠樹は影ちとせの攻撃を見切って避けている。
「ちとせより優雅だね」
 軽口を叩く彼の顔はなぜか困惑した顔つきのままだ。
 四人が四人とも運命神の戯れ事に対して、力強い反応を見せている。
 否、悠樹以外の三人は力強い反応を見せていた。
 悠樹とて心は表情ほど乱れてはいないだろう。
 彼の場合は、戦いの後でちとせにとやかく言われるのが嫌なだけかもしれない。
「強いな」
 真冬は自分以外の四人の様子に感嘆した。
「弱イノハ、オマエダケダヨ、シンマラ」
 電撃が迸った。
 毒々しいほどの輝きが、悠樹とラーンの間を突き抜ける。
 影に対して二人は有利に戦っていたが、一瞬の出来事に動けなかった。
 シルビアだ。
 シルビアが電撃を放ったのだ。
 狙いは至近距離の二人ではない。
 そして、ちとせでも、鈴音でもない。
「先生!」
 影ちとせの攻撃をひらりと避けて、振り返りながら悠樹が叫ぶ。
「わかってるよ!」
 ちとせは悠樹の警告に対して真冬の代わりに応えた。
 運命神の狙いは、あくまで真冬だけなのだ。
 迫り来る電撃を受け止めるために真冬の前に立つ。
 影シギュンがちとせの邪魔をしようとするが、鈴音は影霧刃を弾き飛ばしてその動きを牽制する。
「ちとせくん!」
「センセは自分の身だけを考えて!」
 神扇を広げて、飛来する電撃を受け止める。
 熱風がちとせのポニーテールをなびかせる。
「うぐぐっ!」
 電撃の塊の圧力は、影たちの攻撃とは比べ物にならない。
 勢いに押されるが、ちとせは歯を食いしばって耐える。
「鈴音さん、まとめていくよ!?」
「おうよ!」
 鈴音は瞬時にちとせの呼びかけの意図を察し、相手をしていた影シギュンと影霧刃を追いて飛び退いた。
「てりゃぁぁぁっ!」
 気合の声を上げて、ちとせが受け止めていた電撃を神扇で打ち払う。
 電撃は影たちへと方向を変えて弾かれた。
 そして、影シギュンと影霧刃を飲み込んだ。
 電撃を浴びて四散する二つの影。
「やった?」
 ちとせが息を吐こうとした瞬間、背中を殺気が駆け抜ける。
「!」
「目晦マシダゼ」
 振り返ったちとせの目に映ったのは邪悪に唇を歪めているシルビア。
 意思のない瞳に、表情の強張ったちとせの姿が映っている。
 ちとせは見た。
 シルビアの双眸に写った自分の姿が闇に覆われていくのを。
 同時に、視界も闇に閉ざされていく。
 電撃で四散したはずの影が、ちとせを飲み込んでいた。
「ちとせ!」
 鈴音が駆け寄ろうとするが、彼女もまた足元から湧き出した闇に包み込まれる。
「何!?」
 細雪で薙ぎ払うが、闇は千切れても、すぐに寄り集まって、鈴音を包み込み続けた。
 まるで手応えがない。
「テメーモ飲ミ込マレテナ」
 抵抗むなしく鈴音もまた影に飲み込まれ、真冬だけがシルビアの前に残された。
「ちとせくん、鈴音さん……」
 真冬が唇を噛み締める。
 二人は運命神の狙いである自分を守ろうとして、影に飲み込まれたのだ。
 シルビアは笑っていた。
 だが、感情はない。
 ただただ笑みの形に唇を歪めた不気味な笑いを顔に張り付かせたまま、シルビアが真冬へと色のない瞳を向けた。
「サァ、シンマラ。懺悔ノ時間ダゼ」


>>BACK   >>INDEX   >>NEXT