魂を貪るもの
其の三 軋轢
3.暗雲

 見慣れた猫ヶ崎高校の正門に到達して、ちとせはほっとため息をついた。
 やや緊張が解ける。
 幸いにも『ヴィーグリーズ』から襲撃はなかった。
 学校に来るまでも人目があるとはいえ、襲撃があるかもしれないのに本気で気を抜いているほど、ちとせも悠樹も愚かではない。
 面白いことに、緊張はしているが、外に発する緊張感はないのだ。
 あくまで心に余裕を持たせるということができる。
 日常の延長でしかないように、非現実的なことを目の前にしても動じない。
 驚くべきことには素直に驚くものの、すぐに自分の中にそれなりの解釈を生み出して消化してしまう。
 教師として、ほとんど毎日といっていい時間を接しながらも、真冬も昨日、そして今日ほどそれに感心したことはない。
 ――私も見習うべきかな。
 と、まで思うようになっていた。
 特に鈴音という女性を知ってからは、その思いは強くなっている。
 ちとせと悠樹の雰囲気にまったく溶け込んでいるあの女性が羨ましかった。
 だから、今朝は自分も茶目っ気というものを出してみた。
 演じるというのとは少し違う。
 見えている世界を変えるために違う自分を出してみた。
 そんなところだろう。
 それがうまくいったかどうかはわからないが、三人とも笑顔で応えてくれた。
 もっともちとせは頭を抱えていたが。
「レポートレポートレッポート」
 ちとせが門を入ったところでぶつぶつと言い出し始めた。
 どうやら、まだ頭を抱えているようだ。
 真冬は自分が彼女に振ったことではあるが、苦笑してしまった。

 昼休み。
 猫ヶ崎高校の昼休みは開放的なもので、校外に出ることも許されていた。
 給食はないが学食はあり、弁当やパン等の販売も購買部で行なわれている。
 ほとんどの生徒や教師は学食の食堂や持参の弁当を教室や部室に持っていって昼食を済ませるが、校外に出てレストランや定食屋に入る者も少なからずいる。
 真冬はいつも外食なのだが、狙われている身としては気安く校門を出る気にもなれず、購買部で買ったパンを化学部の部室で頬張ることにした。
 部員は誰もいない。
 たまに部活の時間以外にもたむろしている生徒もいるが、ここで食事を取っている部員は真冬も見たことがなかった。
 いくら部室とはいえ、化学実験を行なう場所で、食事をするのには抵抗があるのだろう。
 今も微かな薬品の匂いが鼻をつくし、目の前の机にも化学反応で染みができている。
 やはり食事に向いた場所ではない。
 しかし真冬は気にした様子もなく、パンが入ったビニール袋を机の上に置き、棚からカップを出した。
 そして、真冬が自腹で買い、この部室に備え付けてあるコーヒーメーカーでゆっくりと熱い液体を注ぐ。
 生徒は自販機で缶飲料を買って飲むことはあっても、このコーヒーメーカーを使うのはまれだった。
 使っているのはほとんど真冬自身だけといっても良い。
 実験の化学反応の煙やらに巻かれることもあり、改めて考えてみればいろいろと問題のありそうなコーヒーメーカーなのだから仕方がないといえば仕方がない。
 『ヴィーグリーズ』にいる頃はもちろん、学生の頃から真冬は実験室で食事をすることについて気にかけたこともなかった。
 薬物の匂いが充満していても平気だった。
 逆に心が落ち着く気さえした。
 実験とその結果だけが生きがいだったから。
 今は違う。
 だが。
「この癖だけは直らんな」
 苦笑しつつ、コーヒーを手に席に着こうとした時、がらがらと音を立てて部室の扉が開いた。
「おや、悠樹くん」
「ここだと思いましたよ。もうすぐちとせも来ます。購買寄って来るって言ってましたけど」
 悠樹がビニール袋を手に部室へと入ってくる。
「しかし、先生、ここで食事ですか」
「職員室は飲食禁止だし、学食のようにあまり騒がしい場所は好きではないんだ。普段なら外に食べに行くんだがな」
「なら、せめて家庭科室が良いんじゃないですか?」
「悠樹くんも、ここでの食事は気が進まないか」
「薬品の匂いがしますからね」
「ならば、キミの言う通りに家庭科室に移るか。鍵を借りてこなければいけないが」
「ぼくが行ってきましょう。先生はここにいてください。ちとせが来るかもしれませんから」
「いや、鍵の管理は教師の役目だな。キミがここで待っていたまえ」
 真冬がカップを置いて立ち上がった。

「ふぅ、メンチカツサンド、ゲット!」
 ちとせはレジで金を払い、袋を受け取った。
 購買のメンチカツサンドは人気が高く、その棚の前に行列ができるほどだ。
 ちとせも好んでよくこれを食べる。
「さすがに化学部の部室で食事ってのは気が引けるけど」
 渡り廊下を歩きながら、空を見上げる。
 雲一つない真っ青な空。
 まさに、快晴。
「こんな晴れの日は屋上で食べたいものよね」
 ため息が口を出る。
 真冬のことは尊敬しているが、この快晴の日に化学部の部室にこもって食事をする神経にはついていけない。
 あの部室で昼食を取るのは部員の悠樹ですら乗り気でなかった。
 せめてこの渡り廊下まで引っ張って来て、あの化学好きの教師に日を浴びせよう。
 ちとせは、そう決めた。
「!」
 ちとせの足が唐突に止まる。
 殺気が背中に突き刺さっている。
「誰!?」
 後ろを振り向く。
 だが、そこには、ちとせの予想に反して敵はおらず、何人かの生徒たちが行き交っているだけだった。
 ちとせに視線を向けているものはいない。
「いない?」
 いや、いる。
 確かにいる。
 姿は見えないが、気配はする。
「まずいわね」
 殺気がじわじわと迫ってくるのを肌で感じる。
「これは……完全にボクを狙ってる」
 どうやら、このまま真冬のいるところに行くわけにはいかなくなってしまったようだ。
 今、自分を狙ってくる相手は『ヴィーグリーズ』くらいだ。
 そして、復讐を宣言している"氷の魔狼"シギュン・グラムを除けば、彼らが自分を狙うのは真冬の居場所を突き止めるためだ。
 少なくとも、この殺気を発している相手は、真冬が学校にいることを知らないのだろう。
 そうとするならば、このまま一人で対処するしかない。
 ちとせは拳を握り締めて、霊気の充実を図る。
 だが、この場で何かを仕出かすつもりはなかった。
 騒ぎを起こせば撤退してくれるかもしれないが、どのような力を持った相手かもわからないのに下手に手を出すわけにもいかない。
 反撃を受ければ、もしかしたら他の生徒に被害が出てしまうかもしれない。
 瞬時にそう判断して、ちとせは渡り廊下を飛び出した。
 そして、後ろを振り返らずに全速で走る。
 案の定、殺気はちとせを追って来た。
 どこか被害を出さずに戦える場所まで逃げ切るしかない。

「くっ……」
 ちとせが思い切り扉を開け放つ。
 追い詰められたのは、奇しくも屋上。
 望んだ通り、昼食で来たのであれば、どれほど良かったことか。
「まんまと嵌ったな」
 甲高い声が響いた。
 ちとせが首を廻らせる。
 屋上のフェンスの上に逆光に照らされて立つ人影が一つ。
 真っ赤なツインテールを風に靡かせた少女が跳躍し、ちとせの目の前に軽やかに着地した。
「おまえは……シルビア!」
 抜き放った刃が陽光を反射して、ちとせの目を焼く。
 身構えたちとせの脳裏に一つの疑問が過ぎった。
 ちとせは殺気に追い詰められて屋上に来た。
 だが、ちとせが屋上へと到達した時にシルビアはすでに屋上にいた。
 そして、姿の見えぬ殺気に追い抜かれた覚えはない。
 つまり、敵はもう一人いる。
 それに気づいた瞬間。
 ちとせの背中を衝撃が襲った。
「かはっ!?」
 強烈な一撃に逆海老に身を反らせて吹き飛ばされ、無様に地面に叩きつけられる。
 体勢を立て直そうとすると、背中に熱い激痛が走った。
 ちとせのブラウスの背の部分に赤い染みが広がる。
 昨夜、シルビアに斬られた傷が開いたのだ。
「うぐっ……」
 ちとせが背中の痛みに喘ぎながら後ろを振り向くと、今まで誰もいなかったはずの屋上の入り口に、ラーンの姿があった。
「ラ、ラーン…!」
 その手には鋼鉄製のランスが握られている。
 ちとせの背中に一撃を浴びせたのは、この重量武器だろう。
「ぐっ、くぅっ、……あ、あなたが殺気の正体……でも、どうやって姿を……?」
「私には水があります」
 ラーンの足元で大量の水が渦を巻いていた。
 全身を水の螺旋が駆け巡ると、水が取り巻いた部分のラーンの姿が消えた。
「水のヴェールで光を屈折させれば、視界に姿を認識させないことぐらい簡単な芸当です。もっとも透明のままであまり激しく動くことはできませんが」
 水を全身に膜のように張り巡らせて光を屈折させ、身体に光が当たらないようにしていたというわけだ。
 光が当たらなければ、姿が見えない。
 その姿を隠した状態で殺気だけを強烈に発して、ちとせの混乱を誘って焦燥心を煽った。
 そして、あえて手を出さず正体を掴ませないで、ちとせが迂闊に手を出せない状況を作り出した。
 さらに学校の被害を抑えたいちとせの心理を利用して、シルビアが待ち構える屋上に誘導するように追い詰めたのだ。
 シルビアがフェンスから飛び降りて、ちとせを挟むようにラーンと向かい合う。
「ラーン、力をもっと見せてヤりなよ」
「もちろんよ、お嬢」
 ラーンの周りに渦巻いていた大量の水が薄い幕のように広がっていく
 そして、屋上を包むように透明な水のドームができあがった。
「これで先程の私のように、ここは外からは見ることはできません。認識でいるのは無人の屋上のみ」
「そして、音も漏れないってワケだ」
 シルビアがラーンの言葉を継いで邪悪に笑い、愛剣フランベルジュをちとせに向けた。
「あなたがここに誘われてきたということは、シンマラ師の居場所をよくご存知ということに他なりません」
 ラーンもランスを軽々と持ち上げ、ちとせに切っ先を向ける。
「見つからないように後をツけるよりも、ココでこうやってオマエに直接尋ねる方が効率的ってモンよ」
 前後から交互に言葉を紡ぐ赤い髪の少女と青い髪の少女。
 二人の言葉は、彼女たちが真冬の居場所を知らないということの証明だった。
 もちろん、ちとせには真冬の居場所を彼女たちに教えるつもりは毛頭ない。
 だが、真冬はすぐ近く、同じ校内にいる。
 このまま真冬の居場所を隠し通すことなど不可能に近い。
 時間稼ぎにもならないだろう。
 しかし、学校に来たことに後悔はない。
 真冬先生には真冬先生らしくして欲しかった。
 だから、真冬を学校に連れてくることは必要なことだったと思っている。
 今は後悔よりも、先を考えることだ。
 どうにかこの場を切り抜け、真冬と合流するのが最良の選択だろう。
 ちとせには今一つの選択肢があった。
「せめて、ラーンの結界さえ破れれば……」
 ラーンが屋上に結界を張ったのは、ちとせに騒がれたくないからだ。
 騒ぎが大きくになれば、当然に真冬にも気付かれるし、騒動の犯人として顔が知れ渡ればシルビアたちの今後の行動にも響く。
 そうなれば、『ヴィーグリーズ』の作戦にも影響が出るだろう。
 だから、結界を破れば、シルビアたちは渋々でも撤退するはずだと、ちとせは思っている。
 ちとせが神扇を手にして、全身に霊気を込める。
 女神の力が淡い光とともにその身に降り注ぎ、ちとせの姿が古代の巫女のものへと変わった。
「神降ろしか!」
 シルビアが呻く。
 ちとせの霊気が爆発的に上昇するが、状況は二対一のままだ。
 シルビアもラーンも、各々一人ずつを相手にしても苦戦は必至の相手だ。
 それを同時に二人の相手をしなければならないのだ。
 圧倒的に不利な状況だった。
 だが、やるしかない。

 ラーンがランスを大きく振りかぶる。
 馬上武器であるランスの本来の使い方ではない。
 だが、重量武器だけに振り回すだけでも破壊力は折り紙付きだ。
 実際、すでに背中に一撃食らったちとせのダメージは深刻だった。
 先日シルビアに刻まれた傷口が開いただけでなく、強烈な打撃により肉体が悲鳴を上げていた。
 この状態で、巨大な武器を振るうラーンだけでなく、素早さに長けたシルビアとも刃を交えなければならないのだ。
「くっ!」
 ちとせがラーンの間合いから離れるように前方へと走る。
 正面には、シルビア。
 まるでちとせを迎え入れるようにシルビアの凶剣が閃く。
 ちとせはそれを紙一重で避け、神扇でシルビアの首筋を狙った。
「遅い!」
 ツインテールを揺らしてちとせの攻撃を躱わしたシルビアが、邪悪な笑みを浮かべながら、空いている左手をちとせに向けた。
「痺れろ!」
 電撃が迸る。
 だが、ちとせは舞うようにして、その禍々しい光を潜り抜ける。
「疾い!」
 そして、目を見張るシルビアの顔面に、ちとせの膝が突き刺さった。
 口から血を滴らせて、よろめきながらちとせを睨みつけるシルビア。
「よくも!」
「お嬢!」
 ラーンのランスがちとせを背後から襲うが、それより一瞬早く、ちとせが目を血走らせているシルビアに向かって飛んだ。
 ランスは虚しく空を切り、ラーンの一撃は床の一部を粉砕しただけだった。
 重量武器の空振りにバランスを崩すラーンを尻目にちとせはシルビアへの連続攻撃を試みた。
 シルビアの顔や腹を狙って拳脚が叩き込む。
 冷静なラーンよりも、血の気の多そうなシルビアを攻め続けた方が隙を突きやすいというちとせの判断だった。
 しかし、シルビアもそう甘い相手ではない。
「調子に乗るなァァ!」
 シルビアの全身で雷光が弾ける。
「きゃあっ!?」
 驚いて後ろに飛び退くちとせ。
 バチバチと音を立てて掌が痺れている。
 血の混じった唾を床に吐き、シルビアが唇を濡らしている紅を拭う。
「ヤってくれるッ!」
 シルビアがフランベルジュを一振りすると切っ先から雷撃が走った。
 幾筋もの電撃の刃が床を削りながらちとせに襲い掛かる。
 ちとせは鍛えられた運動神経で稲妻の嵐を何とか凌ぐが、反撃する機会を得られない。
「まるで、嵐!」
「嵐には雨も必要ではなくて?」
 背後から聞こえてきたラーンの言葉にちとせの背筋に冷たいものが走る。
「!」
 ラーンがランスを振り上げる。
 同時にランスから大量の水が舞い上がった。
 そして、ちとせの周囲を取り囲み、シャワーのようにちとせへと何本もの水流を放った。
「しまっ……!?」
 水流の勢いはそれほどでもなかった。
 だが、息ができない。
 視界も濡れてぼやけた。
 ずぶ濡れになったちとせが、床に溜まった水たまりに足を滑らせ、バランスを崩した。
 その隙を逃すことなく、シルビアの雷撃が飛ぶ。
「くっ!」
 ちとせが紙一重で避ける。
 しかし、ちとせの周りに舞った水が、シルビアの雷撃をちとせへと導く。
「きゃあああああああっ!?」
 全身を稲妻に焼かれて絶叫を上げるちとせ。
「水の伝導度が高いのは知っているでしょう?」
「つまりは、アタシとラーンの相性は抜群なのさ!」
 シルビアが続けざまに雷撃を放つ。
 電撃を纏った水がちとせを包み込み、容赦なく激痛を撒き散らす。
「うあああああああああっ!?」
 ちとせの身体から力が抜け、膝を折って崩れ落ちる。
 電撃を浴びせられ神経を焼かれたためか、目も虚ろになっている。
「だいぶ効いたみたいじゃンか。けど、まだお寝んねには早いぜェッ!」
 倒れているちとせの腹へ、蹴りを打ち込む
「あぐうっ!」
 苦痛の声を上げるちとせへもう一発蹴りを浴びせるシルビア。
 爪先に鳩尾を抉られ、ちとせの目が大きく見開かれる。
「がはぁっ!?」
 内臓への凄まじい衝撃に、ちとせが身悶える。
 間をおかずに新たな一撃が腹に突き刺さる。
「うああああっ!?」
「オラァ、もう一発!」
 大きく足を振り上げるシルビア。
 しかし、今度は大振りの隙を突いて、ちとせも地面を転がって飛び退いた。
「へぇ、まだ動けるんだァ?」
 シルビアが冷たく目を細める。
 ちとせが後ろのラーンにも気をつけながら間合いを取る。
「はぁ…、はぁ…、はぁ……、うぐっ……」
 呻きながら痛む腹を手で抑える。
 息が荒い。
 足元もおぼつかない。
 気力で身体を動かしているようなものだった。
 それを簡単に見破って、シルビアが笑った。
「次は今の倍の電撃を浴びせてヤるぜ」
 シルビアがフランベルジュをちとせへと向け、ラーンが全身から水流を巻き上げた。
「これであなたは逃げられません」
 ちとせの背後から取り囲むようにしてラーンの水撃が襲う。
 同時にシルビアに向かって、ちとせが走り始めた。
 シルビアに密着すれば、ラーンも攻撃を躊躇するに違いない。
 ちとせがそういう判断を下したのだとラーンは瞬時に悟った。
「悪くない判断です」
 ラーンはしかし、水流を鎮めることはなかった。
 その声が落ち着き払っているのは、ちとせの動きにまるでスピードがなかったからだ。
「ダメージが溜まってるンじゃないか? 遅いぜッ!」
 シルビアも小馬鹿にした視線をちとせに浴びせながら、フランベルジュを振るった。
 刃から放たれた雷の龍が荒れ狂う。
 そこで、ちとせが唐突に消えた。
「何!?」
 目の前で喪失した標的にうろたえるシルビア。
「上か!?」
 ちとせは空中に飛んでいた。
 だが、疾い。
 速度の切り替えにシルビアは目で追うだけで精一杯だった。
「ワザと弱ってるフリを!?」
「振りじゃないわよ?」
 ちとせが苦しそうな表情で、目下のシルビアを睨みつける。
「ただ、まだ寝るには早いって言ったのはあなたでしょ」
 愛剣から放たれた雷光が空中に舞い上がったちとせの下を迸っていく。
 その直線状には、ラーンの作り出した水流が渦巻いていた。
「!」
 シルビアの電撃が水流を駆け抜け、ラーンへと迫る。
「きゃああああッ!?」
 ラーンが悲鳴を上げて、その場に倒れた。
「貴様、これを狙って!」
 シルビアが叫ぶ。
 そこへ向かって、ちとせが空中から蹴りを放つが、これは簡単に避けられた。
「あと一人ね」
「フン、甘いね」
 シルビアが電撃を自分の足元に叩きつけた。
 ちとせの全身を熱い激痛が駆け巡る。
 電撃の光がちとせを包み込んでいた。
「きゃああああああああああああああっ!?」
 苦痛の中で視線を下げると、足元に大きな水溜りができているのがわかった。
 それはシルビアの足元にまで流れを作り、そこから赤い頭の小悪魔が電撃を送り込んでいた。
 ちとせの歪む視界の端でラーンがゆっくりと立ち上がるのが目に入った。
「アハハハッ、ラーンをなめないことね!」」
 シルビアがちとせに電撃を浴びせ続けながら哄笑する。
「そ、そんな電撃を浴びたはずじゃ!?」
「お嬢の電撃が当たる直前に純水に変えたのです」
 ラーンの声は落ち着いており、まったくダメージを受けていないようだった。
「純水による絶縁化!?」
 ちとせが息を呑む。
 水が電気を通すのは、溶け込んだイオンなどの電解質による。
 水中に溶けた電解質の量が多ければ多いほど電流が多く流れ、不純物を除した水は電気が通らない。
 つまり、絶縁化するのだ。
「電解質がなければ水にも電気は通らない。もちろん、あなたの足元にあるのは電気伝導率の高いただの水ですけどね」
「さあ、たっぷり喰らいなァッ!」
 シルビアが極大の電撃をちとせの足もとに続いている水流に叩きつけた。
「うあああああああああああああああああああああっ!」
 ちとせは全身から煙を上げて膝から崩れ落ち、水溜りにばしゃりと倒れ込んだ。
 舞踏を司る女神が悲鳴を上げながら、深刻なダメージを負って神降しに耐えられなくなったちとせの肉体から分離されて天へと昇っていく。
 神降しが解け、ちとせは巫女姿からブレザーとミニスカートの女子高生姿に戻ってしまう。
「どうやら、限界みたいだなッ!」
 シルビアがにやりと笑って倒れたちとせを蹴り転がして仰向けにする。
「うぐっ!」
 もはやちとせには反撃どころか、指一本動かすこともできなかった。
 乱れたブラウスからはピンク色のブラジャーと深い胸の谷間と臍が、短くカスタムされている裾の捲れたスカートからはブラジャーと同じ色の下着が覗いていたが、身体が感電して麻痺しており、苦しげに息を吐くことしかできない。
 シルビアが意識の朦朧としているちとせの髪を掴んで耳元に唇を寄せる。
「エロい格好になったじゃないか。ズタボロにしてヤるから楽しみにしとけよ」
 そう囁き、ちとせの臍の見えている腹部に拳を落とした。
「がはぁっ!?」
 そして、腹に埋めた拳を捻り、抉る。
「くあっ、うぐあああっ!」
「イイ声で啼くじゃん。でも、地獄はコレからだぜ」
 シルビアの腕に電光が走る。
 光の奔流とともに電熱がちとせの肉体に叩き込まれる。
 神降しが解けた生身の肉体へ、今まで以上の強力な電撃が流し込まれ、ちとせの身体が衝撃に跳ね上がる。
「きゃあああああああああああああっ!」
 絶叫に次ぐ絶叫。
 ちとせの瞳に霞がかかり、絶叫が途切れると同時に意識が闇へと沈む。
 シルビアが獲物の腹に深々と埋めていた拳をわざともう一度捻って内臓を痛めつけた後に引き抜く。
 唇から喉を逆流してきた血が溢れ出し、ちとせは咳き込んで意識を半覚醒させた。
「うぅっ、あく……」
 全身を弛緩させ、ぐったりと大の字で倒れているちとせの肉体を時折電撃の余韻が蝕み、痙攣させている。
 ちとせの無惨な姿を見下ろしながらシルビアがゆっくりと立ち上がり、口元に薄ら笑いを浮かべた。
「ラーン。拷問の準備をしな」
 そう言って、ちとせの張りのある豊かな胸を踏みつける。
 ちとせの顔が苦悶に歪むのを見てシルビアの唇の端がさらに歪んだ。
「まさか、ここで、するつもり?」
 足下の獲物に苦痛を与えるのがこれ以上ないほどの愉悦であるように、ちとせの豊かな胸のふくらみを踏み崩しているシルビアには、さすがにラーンは眉を寄せた。
 ここは敵地に等しい。
 長居は無用の場所なのだ。
 だが、シルビアは聞く耳を持っていなかった。
「……コイツはシンマラの行方を知っている」
 シルビアはブーツでちとせの胸をたっぷりと踏み躙ってから、今度はちとせの両足の間に立った。
 足を使って、ちとせの両太腿を左右へと広げる。
 そして、スカートを片足の爪先にひっかけ捲り上げた。
 あられもなくちとせのピンク色を基調として黒色の刺繍が入った下着が露わになったところで、両股を広げられ無防備になったその柔らかな布へと狙いを定め、ゆっくりと足を降ろす。
 ブーツの鋭利なヒールの先が股布へと食い込み、ビクンッとちとせが身体を震わせた。
「それに」
 シルビアが嘲りの視線でちとせを見下し、ヒールの先端を下着へと押し込むように深く沈める。
「うっ!」
 ちとせが悩ましげに眉を寄せ、両膝を立てて股を閉じようとするが、赤い髪の少女はそれを許さない。
 足を上下に揺り動かして、ちとせのショーツを乱暴に踏み弄る。
「くっ……やめ……ああっ……!」
「アタシはコイツを壊したいんだ」
 シンマラは自分を裏切り、この少女に与みしている。
 ――憎い。
 憎くて、憎くて、仕方がない。
 シルビアの足に自然と力が込められ、メリメリと音を立ててヒールが一層深々とちとせの下着に沈み込む。
 そのまま股布を貫かんばかりの勢いで激しく踏みつけ、ちとせの股間を抉るように突き潰す。
「うっ……、あっ……!」
 ちとせの口から苦痛の吐息が漏れ、無意識にシルビアの足を持ち上げようと電撃で痺れている両手を伸ばす。
 だが、シルビアはその手を蹴り退け、今度はブーツの爪先を女性としてもっとも大切な部分に捻じ込むように下着の中央を踏み潰す。
「あっ、ううっ、はうぅっ!」
 シルビアは嗜虐の歓喜に唇を歪ませたまま、前屈みになり獲物の苦痛と屈辱に歪んだ顔を覗き込む。
 重心がかかったシルビアの爪先がショーツに深く沈み込み、ちとせの股間が軋んだ音を立てる。
「くあぁっ、……ああああっ!」
 下着越しとはいえ、女子高生に与えられるにはあまりにも酷すぎる蹂躙。
 だが、ちとせには反撃する力も残っておらず、なすがままに痛めつけられ、苦痛に悶えることしか許されない。
 ブーツの爪先が、グリグリと執拗に、そして、嗜虐的に、股間を踏み躙る。
 潰し、抉り、捻じ込み、執拗なまでに痛めつける。
「うああっ、ああっ、あうぅっ!」
「痛めつけて、痛めつけて、痛めつけて、苦痛で犯し抜いてやる。徹底的にねッ!」
 シルビアは散々にちとせの股間を踏み潰した挙句、怒気を発散させるように勢い良くブーツをショーツ目掛けて振り下ろした。
 鈍い音を立てて靴底がショーツに半ばまで埋まり、女性としてもっとも大事な部分が無慈悲に踏み潰される。
「はっ、うっ……」
 びくんっと大きく背を反らせた後、ちとせの身体から力が抜け、項垂れた。
 苦悶に歪んだ唇から、血の混じった涎が流れ落ちる。
 完全に失神した獲物を見下ろしながら、赤毛の悪魔は、まだまだ痛めつけ足りぬというように、尚もちとせの股間をブーツで激しく踏み躙る。
 その瞳には、嫉妬と狂気の炎が宿っていた。


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