京の日常
−其の九 記憶は未来へと続く魂へと−



 京は神剣<草薙>の刀身にそっと触る。
 きらめきが増していき、暗闇が明るくなる。
 京はそれをクシナダに見せる。


「これが我の魂への扉」
「汝は神の使いか」
「神と同じ力を持ち、神の性質を強く受け継ぐもの」
「ならば妾と同じ力を持つ人間だというのか」
「それも違う。汝は神ではない……」
「神ではない? それは嘘であろう。虚言を弄するなど神にあるまじき行為」
「我は嘘など吐いていない。汝は我と同じもの。我の片割れ……」
「妾が片割れとはどういうことなのか?」
「人間の願いを叶えるのが我の役目。しかし、願いにはいつも欲望が渦巻いている。誰もが持つ欲望。人の業……それは負の財産」
「もしかして……妾は……」
「その負は神剣にとって耐えられないもの。いつしかその負は除去される。……それが汝だ」
「……」
「人の業が深ければ深いほど汝は強くなっていく」
「妾は人の業から作り出されたもの……人造の神……」
「そして、人の業に対抗するもの。それが我、鳳凰。運命は回った……汝の時間は終わったのだ」


 クシナダはうつむいていた。
 やがて笑いはじめる……その笑いはいつまでも続く。


「……ようやく妾の目的が決まった。この因果律を打ち消すこと……」
「無駄だよ。汝は我に勝てない……」
「ふふ。人の器に入る神の力はいくばくのものか?」
「……」
「人間には限界があるんだよ……」


 クシナダは高速で術を唱え出す。
 京は何もしないでただ立つのみ。背中の赤き鳥の羽をはばたかせて。
 京の目は赤い色に変化している。
 京であり、京でない姿。


「このものの願いは強く、悲しみに彩られている」
「そんなの妾が知ったことじゃないね!!」


 クシナダは手刀で空間を切る。
「絶望の第二章<裁きの血>」


 切断された空間から無数の手がでてくる。
 血を求めて何本も何本も……現れては、京に向かっていく。
 京はすっと神剣を構えた。


「……希望の運命<鳳凰の舞>」


 そうつぶやくと神剣から炎が溢れてくる。
 神剣の剣の長さの三倍近くの炎がうねりを上げている。
 その炎に触れた無数の手は空間燃やし尽くされていく。
 京はゆっくりと剣を振り下ろす。
 次元が裂け、炎が舞い上がり、そして消えていく。
 炎が消えた後には、血を求めていた手は、一本も残っていなかった。


「……馬鹿な。まったく攻撃が効かない。おまえにそこまで霊力が存在しているというのか」
「言ったはずだ。汝の時間はもう終わったと。運命の輪は燃え尽きている。あとは元の時間へ帰るのみ」
「妾がそう簡単に納得すると思うのか!!」


 険しい顔をしてクシナダは高く飛び上がった。
 そして、術を唱える。
 今までにない量の妖気が体内から放出され、それを一つに集めて大きな妖気の塊を作り出す。


「何をするつもりだ」
「……知れたこと。すべて破壊してくれるわ。妾の意味がない世界など滅ぼしてくれる」
「……生きていて意味がないことはない。何かしらの意味は存在する。それに気づくかどうか。……気づく人間は少ないが」
「妾には関係ない」
「すべては我が生まれてきたことから始まった。我はなぜ生まれたのだろうか。人の負を取り除くために生まれたのか……わからぬ。だが我は役目を続ける……」
「……」
「それでも我は希望を持つものに力を与える。このものの希望は成就させるため汝には消えてもらう」
「その前にこの世界を終わらせてやるよ!!」


 全妖気を凝縮した塊をクシナダは作り上げた。


「絶望の果て<死への階段>」


 自分もろとも世界を滅ぼそうと空中から地上に落下させる。


「すべてが消えてなくなればいいのだ」


 高笑いしてクシナダは叫ぶ。
 京は落下してくる妖気の塊を見上げ、神剣を掲げ上げた。


「まさかそれに吸い込ませるつもりなのか。そのようなことができるはずなど!!」
「まだ人は生きていく時間を残されている。人の魂が腐敗しきるまでは我は彼らを守る」
「その時間はもうすぐやってくるかもしれないぞ」
「その時は我が責任もって裁きを下そう」


 京の神剣が輝きを増す。光の閃光が空に向かって突き進む。
 妖気の塊は半分に割られ、神剣の刀身に吸い込まれ出した。
 そして、すべての妖気を吸い込んだ神剣の輝きが止まる。
 京はクシナダに向かって歩く。
 クシナダはあきめられたようにうつむいた。


「……鳳凰よ、また汝と会う日は必ずある。その時には必ずこの因果律を抜けて見せる」
「……クシナダよ、その言葉を我は覚えておく」


 クシナダはその言葉を聞いて微笑む。
 京は高速で術を唱え出す。
 神剣がクシナダに触った時すべては終わっていた。
 消えていなくなったもう一人の自分を京は見つめ、神剣を鞘の納めた。


「これで汝との約束を一つ守った」


 その時、空間が歪んだ。
 刀で斬られたように、宙が裂ける。


「……闇の娘。生きていたか」


 裂けた空間から、二つの影が現れる。
 神獣とその上に乗っている人間。
 ケルベロスと、霧刃だ。


「……すまない、ケル」
「いや、主よ気にするな。だが、これは……」
「闇の娘よ。我と戦うか? それとも退くか?」


 京と霧刃は無言のままたたずむ。
 緊迫した空気が流れ込んでくる。
 ケルベロスはお互いの成り行きをじっと見守る。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……一つ尋ねる。おまえが神剣の魂か?」
「そうだ。我が名は鳳凰」
「……そうか」


 霧刃は刀を鞘に納め、後ろを振り向く。
 そしてそのまま歩き出す。
 ケルベロスもその後を何も言わずについていく。


「いいのか。闇の娘、神に裁きを行える人間よ?」
「そいつはくれてやる」
「そうか……」


 霧刃はそのままこの場から去っていった。
 京はそのままじっと何も動かずにいた。


 こうして猫ヶ崎高校の悪夢は終わりを告げた。
 敷地に張られていた結界も消えてなくなり夜空の星が見えてきた。
 残された生徒たちもシェルターから出てきている。
 その中で神代姉妹と鈴音は京を探していた。
 しかし、京の姿は見つけることはできなかった。


「……京くん」
「また明日に会えるよ、きっと」
「……そうですね」
「だって京くん、姉さんの婚約者でしょ」
「な、な、なんだって!!」
「正確にいうと元です。でも、ちとせ、なんでその話を知っているの?」
「昔、京くんが遊びに来ていたことなんとなく……」
「お、おいあいつと本当に結婚するのか、葵」
「ふふ。それはわかりませんよ。鈴音さん。京くん次第ですわね」
「なんで鈴音さん焦っているの?」
「えっ?」
「いや、なんかさっきものすごく焦っていたから」
「そ、それは……なんでもない!!」


 鈴音はそっぽを向く。葵とちとせはそれを見て笑い出す。
 やがて悠樹も来て一緒に家に帰ることになる。
 明日から猫ヶ崎高校に行くために彼女らは帰る。
 ものすごく遅れた下校。
 また授業はそれでもはじまる。
 そしていつもの生活に戻っていくのである。


「……主。あれでよかったのか?」
「……」
「……願いを叶える剣。主の願いとは……」


 霧刃の足が止まる。そしてケルベロスをじっと見つめる。
 しばらく無言のままの時が過ぎ、霧刃はまた歩き出す。
 ケルベロスはその姿を見てある考えを思いつく。


 もしかしたら、主の殺された恋人や両親らを生き返らせるために神剣を?
 いや、余計な詮索はやめておこう。
 我は主の友なのだからな……。


 こうして霧刃はこの街からしばらくの間、帰ってくることはなかった。




「……すべて終わったんだね」
『汝の願いは一つ叶えた』
「ありがとう」
『……そういえば初めて聞くな。ありがとうとは』
「そうなのかい?」
『ああ、なかなかいないぞ。そのような人間はな』
「そうか……」
『汝の願いの分の影響だがしばらく力が使えなくなる。それでよかったのか?』
「……うん。あの敵は僕の倒すべき敵だからね」
『だが、もう一つの願いは……』
「無理なのかい?」
『いや、できるのだが……』
「……」
『汝の記憶をすべて、それが代償だ』
「……やっぱりそうか。なんとなくそんな感じがしていたんだ……」
『すべての人間の汝と出会った記憶がなくなる。そして、汝も関わった人間の記憶を失う。誰も汝のことは知らないし、汝もまた誰のことも知らない。……それでいいのか?』
「僕の願い……それは……この戦いで死んだ人達をみんな生き返らせて欲しいこと。それが僕の罪のつぐないだから……」
『……記憶のすべて失われることになってもいいのか?」
「それで七瀬さんが生き返るなら……」
『……もう一度聞く。本当にいいのか?』
「……ああ」
『分かった。汝の願いを受託した』
「……そうだ…七瀬さんにこれを渡してくれる?」


 京はいつもはめているグローブを神剣の魂に渡す。
 神剣はそれを受け取り、複雑な術を唱え出す。
 そして彼らは光に包まれる。
 京はそっとつぶやく……。


「約束守れなかったね。葵姉さん……。そして……七瀬さん……さようならは言わないよ」


 ……また会えたらその時こそ、きみに……。


−猫ヶ崎高校空手部部室−


 ……あれっ? なんでぼくはここで寝ているのだろう?
 ぼくが部室で起き上がって周りを見渡すと、部員のみんなも寝ていた。
 おかしいな……たしかぼくたちは練習していて……。
 誰かをぼくが呼びに行って……あれ?
 誰だったかな? ……うん?
 この手に持っているものは……グローブ?
 空手に使えるタイプだよね……。
 誰のだろう?
 でもこれを見ていると……何か悲しくなるよ。
 誰かがいなくなったようなそんな感じ……。
 あれっ? なんでぼく泣いているんだろう……。
 おかしいよ、ぼく…。なにか悲しいことがあったっけ……。


「あっ、七瀬ちゃん起きたんだ」
「……ちとせさん」
「どうしたの? 泣いているけど……」
「ううん。なんでもないよ。どうしたの?」
「それがさ、科学部のスパコン君がさ暴走したせいで校舎が全壊。おまけに怪我人も出て……」
「また、あのスパコン君のせいなの?」
「そうなんだ。爆発に巻き込まれた人達をここに連れてきたんだ」
「ぼく……気絶してたんだね」
「そうだよ。校舎がないから仕方がなくここに寝かせていたのさ」
「だからこんなに人がいっぱいいるんだ」
「今回さ、迅雷先輩がいないからみんなで止めたんだよ」


 ちとせさんはくわしく事情を教えてくる。
 だんだん聞いていくうちにこれが真実なんだと思い出した。
 真実? なんでそんな言葉が出てくるのかな?


『さようなら…っていったらきみは怒るね。だからまた会う日まで……』


「きょ、京……。どこにいくの……」
「? どうしたの……。やっぱり変だよ七瀬ちゃん」
「ううん。なんでもないよ。さっ、後片付けにいこうよ」
「そうだね。ああ、しばらくは青空学級かな」
「生徒会長がそんなことさせないんじゃない?」
「そうだね。ほまれ先輩なら校舎なんかすぐに直しそうだし」
「さっ、がんばってやろう!!」
「あれ、手に嵌めてるグローブは?」
「わからないけど……内緒」
「なにそれ。あっ、恋人でしょ」
「違うよ」
「そうかな。そういえば美化委員長とかあたり……」
「えぇーー。その人、ぼくは苦手だよ」


 ちとせと七瀬は笑いながら騒ぎの場所へと向かっていった。
 その様子を神剣は遠くから眺めていた。


「これですべては元に戻った。しばらくは我を使うものはいないだろう。……また次なる災いの時に……」


 この事件は猫ヶ崎高校の大事件の一つとして記憶されることになった。
 すなわち、スパコン君の暴走事件。
 世間を騒がせてしまったことでスパコン君は再び凍結状態になる。
 ただし本当の真相は闇に葬られたままであった……。


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−次回予告(最終話)−
 悪夢を乗り越えた猫ヶ崎高校は元の生活に戻る。
 それぞれの生活が始まり、事件は過去のもとへと風化していく。
 七瀬は三年生になり、部活の勧誘をはじめる。
 そのとき、新たな事件が……。
 別れはただいまをいう呪文。さようならはおはようをいうために。

「ぼくときみってどこかで会わなかったかな?」