京の日常
−其の八 狂気に落ちるは自己の憎しみ−



 クシナダの妖力によって、結界の中に大量の妖魔が出没していた。
 妖気にひかれた低級の妖魔なのだが、その圧倒的の数の多さに鈴音がうんざりしていたのは事実である。


「これで百匹!!」


 鈴音はちとせから霊力を帯びている木刀を使って退治していた。


「ったく、怪我人に、こういう戦いを挑ませるちとせも酷いよな」


 ちとせは葵を呼びにいっており、悠樹は逃げ遅れた生徒を守りにいっている。


「このバカげた妖気は神霊級の何かが来ているのは間違いない。それに匹敵する霊気も二つ……いや、一つはあきらかに劣っているな。でも、この力はなんだか暖かいものを感じる」


 放課後ということもあって、それほど人がいなかったのが不幸中の幸いだった。
 鈴音はとにもかくにも避難場所に妖魔を近づけないように戦い続けるだけだ。


−緊急時特別シェルター


 猫ヶ崎高校の理事長の娘にして生徒会長でもある吾妻ほまれは多くの避難者を引き連れて特別シェルターに身を寄せていた。
 このシェルターは核爆発が起きてもびくともしないと言われている。
 ほまれが作らせていたものだ。
 しかし、何のために作らせたのか? その理由は誰にもわからない。
 今、役に立っているのは事実なのだが。


「まったく非常識な事態ですわね」
「何かとんでもないことが起きているということだけしか……」


 この非常事態でも動じずに優雅に眉を曇らせるほまれに傍らの一般生徒がこちらは怯えと困惑のない交ぜになった表情で応える。


「この学園の秩序を壊す人は許しません」
「しかし、相手は殺人者ですよ。……相手が悪すぎます」
「とにかく高校から脱出することが大切です」
「しかし、あたりにはわけわからないものが!」
「妖魔だと言っている人もいますよ」
「そんなもの迷信です!!」
「いや、ホントに外には妖魔がいますよ。ほまれ先輩」
「悠樹さまが言われるなら本当ですわ」


 ほまれの無茶苦茶な意見をなんとか悠樹の説得で押し留めていた。
 しかし、数時間、狭いシェルター内に閉じ込められいるために疲れが出ている。
 皆の疲れがピークに達した時、科学部の一人がほまれに向かって進言した。

「やはり、ここは現状を打破するためにスパコン君の凍結解除を!!」
「スパコン君ってあなたたち科学部が開発したロボットでしょう?」


 ほまれは眉間にしわを寄せた。


「出動のたびに校舎を破壊するために凍結にしてあるあれを使いたいと言うの?」
「迅雷先輩といると被害が大きくなるから凍結したんですよね」
「そうです。生徒会は学校の秩序を守らねばなりませんから」
「こういう時のためにスパコン君があるんです!!」
「しかし……」
「でもあれは戦力にはなりますよ、ほまれ先輩」
「悠樹さまがそうおっしゃるのでしたら……凍結解除の許可致します」
「ありがとうございます。早速、作業に取りかかります」
「……もしかしてここにあるのですか?」
「そうです。この傑作品をほったらかしにするわけないでしょ」
「そ、そうですか……」


 こうして凍結状態にあったスパコン君は出撃することになる。
 科学部が必死にいろいろなパーツを付けていく。


「……もしかして、この機会に性能をアップさせるつもりなのかな」


 不安な気持ちになりながら悠樹とほまれは作業を見ていた。


−妖魔進入限度防衛線付近−


「これで二百!!」
「鈴音さん、こっちもなんとか防げているよ。姉さんの結界もあるしね」


 鈴音とちとせと葵が絶え間なく襲い来る妖魔たちを連携して撃退していく。


「でも、いくら低級妖魔といってもこの数はきついですね」
「でも、迅雷先輩がいない状況ではボクたちがやらないと」
「そうですね、京くんもがんばっているみたいだし」
「あいつは今度あったらとりあえず殴る!!」
「怖っ! 鈴音さん、手加減してあげてよね。……死なないように」
「鈴音さん後ろからまた接近しています」
「わかってるよ」


 鈴音は右手を思いっきり妖魔に向かって振る!!
 手から巨大な霊気のかたまりが放たれ、妖魔を粉砕する。


「さすが鈴音さん!!」
「……あたしは疲れてきたぞ」
「そんなこと言わずにさ」
「はいはい」
「?! 何か地下から音が……何かしら……」
「ホントだ……シェルターから何が……」


 地下からの振動はしばらく続いていたが、やがて止まった。
 そして、シェルター入り口から何か物体が出てくる。


『出撃準備完了です』
『各部異常なし。配線コード問題なし!! よし、スパコン君出撃!!』


 突然何かの音楽が鳴り響く。


「これ知っている。……有名なロボットアニメの出撃の音楽だよ」
「何かが出てくるぞ」
「!? あれは凍結状態になっていたスパコン君」


 腕組みをしてスパコン君と呼ばれる科学部が開発したスーパーロボットが入口から登場する。
 そしてスパコン君はゆっくりと歩き出す。
 ひさしぶりに歩く地上の感触を確かめながら歩いているようだ。


『敵確認。排除する。スパコンービィーム!!」


 スパコン君の近くにいた妖魔は発射されたビームによって次々と排除されていく。


「す、すごい!!」
「あれは機械のようですけど……」
「あいつがいたらなんとかなるんじゃないのか?」


『いちかばちかだ!! スパコンた・つ・ま・きー!! スパコン超電磁スピィーン!!』


 巨大な妖魔を発見したスパコン君は超電磁の竜巻を放った。
 そして、妖魔は高々と舞い上がった後、地上目掛けて落下し、あえなく砕け散った。


「何か以前のスパコン君と違うような気がするけど……」
「ちとせ!!」
「あっ、悠樹。シェルターの中は大丈夫なの?」
「今のところはね。スパコン君はどう?」
「どうって……なんか変!!」
「それがさ、ロボット物のテレビゲームに嵌っている先輩がデータをこっそりと変えたそうだよ」


『スパコン肘打ち、正拳、裏拳!! とぉりゃぁぁー!!』


「あの後ろについているコードは?」
「あれは……どうやら新世紀なんとかって作品のコードの真似だとか言っていたよ」
「……何を考えているのかな。科学部って」


『スパコンローリングバスタービームライフル!!』


「もう彼女は誰も止められないか」
「何それ?」
「はは、何でもないよ」


『これでもくらえ、スパコンロケットパンーチ!!』


「……何だかボク、疲れてきたよ」
「あたしもなんだか戦う気力が……」
「がんばれぇ、スパコン君!!」
「姉さんは気楽なんだから……」


 ちとせは頭を抱えこんでいる。その隣で葵は手を振って応援している。
 スパコン君の活躍により妖魔のうち半分が消滅した。
 ちとせたちはただその姿を眺めていた。
 スパコン君の能力がさらに強くなったのを見て冷汗しながら……。
 異常が起きたのは、それから十分後だった。


「なんだか様子がおかしくありません?」
「妖魔以外にも攻撃しているような……」
「残った建物を攻撃しているね」
「やっぱりこうなるんだね」


『敵、目標ターゲット……地球!!』


『スパコン君各部異常発生!!』
『回路を切断しろ!!』
『だめです。回路切断できません!!』
『ケーブル解除して奴を止めろ!!』
『ケーブルを解除……しました!!』
『スパコン君止まりません!!』
『……なぜ止まらん!!』
『ま、まさか暴走?!』


「なんか暴走しているね」
「あいつどこへいくつもりだ?」


 スパコン君は明後日の方向へ向かって飛んでいった。
 その様子をちとせたちと科学部員は呆然と見つめていた。
 そして大きな花火が空高く舞い上がった。
 とりあえず妖魔の危険はスパコン君のおかげでなんとか助かった。
 ありがとう、スパコン君!


−南側校舎−


 霧刃とクシナダは互いの技が効かないことがわかり、うかつに手を出せないでいた。


「人間がここまで力を手に入れるとは思ってもいなかったぞ」
「………」
「しかし、いい加減、この場に出すべきだな。妾の後ろにいる神獣を」
「……いつから気づいていた」
「戦いの前からずっと……」
「そうか」


 霧刃がクシナダに斬りかかる。
 クシナダはそれを余裕で避ける。
 その瞬間に霧刃はクシナダの頭上に飛び上がる!!
 そしてクシナダの背後に姿を現したからケルベロスが炎を吐いた。
 クシナダに向かってではなく、霧刃に目掛けて。
 霧刃は刀にその炎を吸い込み、クシナダにその火炎刀を振り下ろす。
 クシナダはケルベロスの炎は自分を狙ってくると思っていただけに、虚を突かれ、霧刃の攻撃を避けることができなかった。


「妾の……肉体が……妾の身体が!」
「絶望を抱いて死ね」
「……許さん!!」


 クシナダの持っている神剣が妖しく輝きはじめる。
 神剣が宙に浮く。


「妾の願いを叶えたまえ、神剣」
「……」
「主よ、気をつけろ。邪神の身体が修復している」
「人間よ、残念だったな。おまえに絶望を与えてやる」


 クシナダは再生された自分の身体を見て微笑む。


「<絶望の嵐>」


 巨大な闇のかたまりが出現する!!
 すべてを覆い尽くす闇。
 それが霧刃とケルベロスを飲み込んだ。


「闇の彼方は、無の地獄。人間にいつまで耐えれるかな?」


 姿形も残さずに。
 クシナダは笑う。敵がいなくなり笑う。


「さて、妾もだいぶん力を使ったが、ここにはまだまだ霊能力者がいるな。食らうとするか……すべてを……」
「絶望からは何も生み出さない。すべては希望を追いかけるために……人は生きていく!」
「!?」


 クシナダは突然、背後から何かの攻撃を受ける!!
 振り向くと以前倒したはずの男が立っていた。


「草薙の後継者。おまえはたしかに死んだはず。なぜ生きている?」
「……僕には大事な人たちがいる。その人たちのためにも死ぬわけにはいかない」
「……闇の波動が消えている? なるほど……覚醒したか……それとも元に戻っただけか」
「おまえは危険な存在だ。だから……おまえを倒す!! この命に代えてもな!!」
「また同じ事の繰り返しだよ。力は覚醒してもまだまだ妾に届かない。しかも、神剣はこちらの味方だ」


 神剣を京へ見せる。
 京はそれをじっと見つめる。


 おまえも泣いているんだね……。神剣。
 でも泣かないで……。
 さぁ、僕と一緒に草薙の敵を倒そう……。
 京は心の中でそう呟く。
 神剣の光が妖しい輝きから清清しいものへと変わりはじめた。


「こ、これはどういうことだ?」
「……記憶の封印が解けた。僕は思い出したんだ。昔、親父からあるものと契約させられたことを」
「あ、熱い!! 何だこの熱は!!」


 クシナダが思わず手放した神剣は、まるで意志があるかのような動きで京の手へと移った。
 京はその柄を無言で握る。


「本来、この剣はアズマの一族しか触れられない。僕は正統後継者、東京<アズマ・キョウ>……」


 すべてを元に戻すため!!
 過去から未来へ向かうため!!


「神剣・草薙!! 今こそ我に力を!!」


 京は輝きを強めた神剣を地面に突き立てた。  そして、その輝きに包み込まれる。
 クシナダはただ見ているだけで何もできない。
 恐れによって身体を動かせないでいた。


「この妾が……何を恐怖している?! なぜ動かん!!」
「それは我を恐れているため……」
「その姿は?!」
「我は鳳凰……すべてを光へと変えるもの」


 京の背中から紅の翼をした美しい鳥の化身が浮かび上がる。


「……そして我は鳳凰をまた、こうも呼ぶ。我の痛みを伝えてくれもの。罪の痛み<ギルティペイン>とね」
「……すべては仕組まれていたのか。それともこれが妾の定めなのか。だが、まだ終わったわけではない。人間の身体が基盤になっているなら……」
「すべてを燃やし尽くす紅蓮の炎よ。我を導き、願いを叶えたまえ」


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−次回予告−
 鳳凰の力を手に入れた京は反撃を開始する。
 そして、霧刃は無の次元から帰還する。
 その時、京と霧刃は何を思うのか?
 戦い終わり、京の願いが神剣に届く時、また運命は回り出す。

「……そいつはくれてやる」
「僕の願い……それは……」