京の日常
−其の七 過去から未来へと続く道−
「こんなもの、焼き尽くしてやる!!」
「無駄だよ」
「くっ、攻撃がまったく効かない」
「だから言っただろうに。闇に落ちた人間は邪神に勝てぬと」
ことごとく技が返されてしまい、打つ手が俺にはなかった。
俺は負けるのか? 闇を選んでまで勝とうと決心して……。
「おまえに残るのは絶望という名の二文字だけ。こんな戦いのために妾は復活したのか。初代当主の草薙の方がもっと強かったぞ」
「くそっ!」
「人間は代を重ねるほど強く成長していくと奴はほざいていたが……その逆だったようだな」
クシナダは攻撃を休めた。
俺はようやく炎から脱出でき、身体を休めることができた。
だが、かなりの体力を消耗させられている。
「甘やかされた人間は堕落するのみ。成熟した文化は後は落ちるのみ。今の現状に満足している人間に何ができる?」
「……」
「たくさん食料を持っているものと持たないもの、どちらが必死に食料を探す? それと同じことだよ」
「それが俺とどう関係あるんだ!!」
「……甘えだね」
「甘え? 甘えとはなんだ!!」
「おまえにはまだ勝とうとする気持ちがない。この戦いを生きようとして戦っているだろう? 神と戦って生きようと思っている」
「そんなことはない!!」
「おまえの人格には喋っていない。心の奥に追いつめられた魂に言っているのだ」
「心の奥の魂だと」
「ふっ、なぜ妾は復讐相手にそんなこというのかな。まだ妾にも人の魂が残っているとでもいうのか」
「何を言っているんだ、クシナダ!!」
「おまえとはもう戦えない。客が来たからな。……望まぬ客だが」
俺はクシナダの向いている方向を見る。
ゆっくりと歩いてくる人間……あいつは……。
「彼女の名前は織田霧刃。退魔武術・天武夢幻流の使い手。"凍てつく炎"の名を持つ退魔師にして退魔師狩り」
「ようやく会えたな、神」
「クシナダと呼べばいい。草薙の現後継者よ。おまえとはもう遊べない……死ね……」
冷たく言い放ち、クシナダが片手を振り上げる。
その瞬間、地面が揺れ大爆発を起きる。
学校の敷地が崩壊していく。
「<大和のオロチ>!!」
俺はどこかに吹き飛ばされる感覚を最後に感じた。
そしてゆっくりと目を閉じて行く。
地面に落ちた時には、無数の火傷、背中からの大量の血、折れた骨、つまり重傷を負っていた。
「かなわない相手だったのか……」
『闇の封印を解いても勝てないなら仕方がない』
「これが……死ぬって感じか……」
『一日で二回死ぬ経験をできるとは』
「ごめんなさい。七瀬さん……」
『……もうだめだ』
闇の京は呟く。
強いものには逆らわないほうがいいと……。
だから俺はもう出てこない。
一人でやっててくれと、突き放してしまった。
だから今、僕の心にあるものはいつもの人格。
そういったら可笑しいのかもしれないけど……。
こう言うのが一番正しいから……。
いったいどこからこうなったのか。
闇の力を借りてもだめだった。
残るのは本当に後悔だけだよな。
葵姉さんとの約束破っちゃた。
あんなに近くにいてくれたんだ。……僕を見守っていたんだ。
ありがとうって言いたかったな……。
七瀬さん……ごめん。
僕がもう少ししっかりしていたら……。
きみにまで被害は与えなかったのに……。
結局、僕の求めていたものは何だったのだろうか?
力なのか、やさしさなのか…それとも、寂しさを消してくれる人?
わからないな……きっと永遠にわからないかもしれない。
もう、疲れてきたよ……考えるのも……。
ああ、本当に死ぬんだ……七瀬さんと天国で会えたらいいのに……。
地獄じゃ会えないよな……。
足音が聞こえてくる……誰かが僕のところに……。
そして僕の前で足音が止まった。
死神のお出迎えかな…………。でも、暖かい光と体温が包む。
僕を抱きしめてくれる人がいる。
「起きなさい、京くん。いつまで寝ているつもりですか」
−猫ヶ崎高校校庭−
霧刃とクシナダが対峙していた。
「神よ、ここで消してやろう」
「一つ聞いて良いか。なぜ妾を付け狙う?」
「……」
「やはりこれか?」
「……」
「そうか、やはりこれか」
クシナダが霧刃に見せたもの。神剣<草薙>だった。
見るものを引き付ける妖しい光が刀身から放たれる。
霧刃はじっとそれを見つめる。
「おまえにも何かわけがあるようだな。まあ、いい。余計な詮索はしないでおこう」
「……」
「さきほどよりは楽しめそうだ」
「……」
霧刃は腰の神刀<細雪>を抜刀できる体勢を取る。
「まずはこいつからいくか」
クシナダの髪が徐々に伸びていき、辺り一面に漂う。
それはやがて鋼のような堅さになっていった。
それが高速で霧刃に襲い掛かる!
霧刃は間合いを開けずに器用にかわしていく。
何も表情を変えずに、ただひたすらかわしていく。
「いつまでかわし続けるつもりだ」
さらに高速で鋼の髪で攻撃を続ける。
その時、霧刃の刀が光る!!
眩いばかりの閃光がクシナダの目を焼く。
「こ、これは……」
「私を甘くみないことだな」
鋼の髪がすべて細かく切断されていた。
襲い掛かってきた髪の動きのすべてを見切れないとできない芸当だ。
「強力な霊気を宿した刀だ。それに感情を現さないために太刀筋が見えにくい」
「……」
「ならば、私も刀を持って戦おう」
クシナダは左手に持っていた神剣を鞘から抜いた。
「数百年振りだな。さてとやるとしようか……」
「覚悟」
霧刃が間にも止まらぬ速さでクシナダの目前まで突進し、連続で刀を振るう。
クシナダは器用に霧刃の刀で受ける。
鍔迫り合い。
霧刃が力を込めて神剣を弾く!
神剣を弾いた慣性を利用して再度、クシナダに攻撃する!!
「ふふ、楽しいぞ!!」
「容赦はしない」
「神と互角に戦える人間がこの世にいる。純粋に剣の戦いでやりたくなったぞ」
クシナダは鞘で霧刃の攻撃を弾いて間合いを取った。
「草薙流<漠焔斬>!!」
クシナダの剣から火炎が燻り、真正面から切り込む。
対して霧刃は居合い抜きで相手の剣の中心点を狙っていく。
互いの剣が重なり合い、鋭い音が鳴り響く。
刀の強度も互角。
「楽しいぞ!! 楽しいぞ!」
「黙れ」
霧刃は剣を弾くとクシナダの脇腹を狙って振り下ろす!!
クシナダはそれを見て刀を反転させて弾く。
霧刃は後方に飛び、クシナダから離れた。
「神よ、今度は確実に死に至らしめてやろう」
霧刃の表情が次第に興奮し、狂気を帯びはじめているのがクシナダにはわかった。
微笑をして突きの構えを取る。
「そう興奮するな。闇の娘。おまえは私と同じだよ。人間の無力を知ったものとして」
「……」
「仲間にしてやるぞ。殺してからな!!」
クシナダは手に妖気を溜めていく。
黒き光に包まれた右手は剣に共鳴を与え始める。
高き音が鳴り響き大地が震えはじめる。
「無駄だ」
霧刃が刀身を背負うような構えを取る。
そして全身から放出させた霊気を刀へ溜めていく!!
大地が揺れがさらに激しくなり、辺りの建物に亀裂が入っていく。
「草薙流<虚無炎殺斬>!!」
「天武夢幻流<虚空裂刺閃>!!」
互いの技が激突した時、暗闇の背景が真っ白な閃光に包まれる。
そして、さきほどの数倍の破壊音が鳴り響く!!
大地の揺れがなくなった時、校庭は原形を留めていたかった。
☆
「京くん、さきほどの揺れは凄かったわね」
「葵姉さん、ここは危ないよ」
「そうね。でも、結界があるし……」
葵はすんなりと学校を包む結界の中に入る事ができた。
よくよく調べると、入る事は可能だが脱出は無理ということが分かった。
「今まで、葵姉さんのこと忘れていたなんて……」
「ううん、いいのよ」
「僕の罪、思い出したよ。闇に落ちた僕が姉さんを……」
「もう、終わった事よ。それにあなたは……」
「そうかもしれないけど、許されることじゃないから……」
「……でも」
「僕の心にはいつも二つの心があった。草薙の後継者に必ず宿すもの。光と闇といえる心……」
「……」
「闇の心がいつも僕に囁いていた。姉さんを奪えって……。奪ってものにしろって」
「……京くん」
葵は膝枕をしている京に向かって微笑む。
京はその笑顔を見て、心を和らげる。
「あなたにあやまることがあるの…」
「あやまることって…?」
「あなたの記憶を消したこと」
「そうか。やっぱり葵姉さんが……」
「あなたが闇に落ちてしまった時に、私は闇を封印するためにあなたの記憶というものを消してしまった。一本の剣を使って……」
「それが神剣<草薙>ということか」
「私はそれをあなたのお父様に貸してもらったの。そして神剣を媒介にしてあなたの力と記憶を霊力で封印しました。しかし、それはあなたとの思い出をすべて消し去るということ」
「結果、僕の記憶は中学生以前だけない」
僕は罪を犯した。
葵姉さんに襲い掛かるということを……。
記憶を消されてもそのことは感じていたかもしれない。
だから、人とあまり接触しようとはしなかったかもしれない。
だから、引越しが多くなったのかもしれない。
感情というものをなくしてしまったのかもしれない。
誰も僕のことを知らない土地へ逃げていった。
でも、この土地へとまた辿り着いた。
大切な人にも巡り合えた。
大切な大切な人……僕に感情を呼び覚ました人。
「京くん、もう大丈夫よ」
「ありがとう、葵姉さん」
「残酷かもしれないけど戦いに……」
「僕の宿命みたいだからね」
「……死んではダメよ」
「もう、死なないよ。絶対に。そして、闇の力も使わないよ」
僕の闇の心は今、休眠している。
そしてまた蘇る時を探している。
でも、僕は次は勝利するつもりだ。
このような罪を二度と起こさないために。
そして、ゆっくりと僕は立ち上がる。
傷もすべて治してくれたようだ。
「京くん。人間はね、いつも光と闇で戦っているの」
「戦っている?」
「憎しみで人は簡単に殺せます。憎くてたまらない人を殺したいと願っています。でも、簡単にはしないから人して生きることができるのです。人は自分の手を汚さずに他人に裁いてもらおうとします。その上で人の裁きに不服を言います。しかし、その人たちも殺すことを実行しない。殺すことをしてはいけないと心で思っているから。闇と光はいつでも対立している不変なものです。だから……そんなに思いつめないで……」
……葵姉さん。
「ありがとう。生きて帰ってくるよ」
「京くん! それに姉さん!」
「あらっ、ちとせ、まだ逃げていなかったの?」
「悪霊たちと戦っているのよ!!」
「……クシナダによって悪霊が集まっているのか?」
「そのようですね。そちらは私たちがなんとかします」
「わかったよ。僕はクシナダを再度、封印してくる」
僕が閃光が出ているところに行こうとした時。
唇にやわらかいものが飛び込んできた。
あ、葵姉さん?!
「な、な……」
「………」
「………」
「………」
「………」
互いの唇がひき離れる。
愛しそうに葵姉さんは僕を見つめている。
「帰ってきたら続きをやりましょう」
「?!」
「これはその印よ。恋人にご迷惑でした?」
「ね、姉さん!! 何言っているのよ!!」
顔を真っ赤にさせたちとせが思わず叫ぶ。
その様子を見て葵姉さんはくすりと笑う。
僕もつられて笑う。
「わかったよ。帰ってきたらこの続き……」
「恋人さんには黙っててあげるからね」
「ふふ。それじゃ……」
「ええ、いってらっしゃい」
こうして僕は再びクシナダのもとに走り出した。
今度は悔いのないように戦う。
七瀬さんが言っていたように……。
「やってみなくちゃわからない!!」
−次回予告−
霧刃とクシナダの戦いに京は乗り込む。
そして神剣が京のもとにくるときに京の身体が光出す。
その光は京に何をもたらすのか?
再度の死闘が今、始まる。
「絶望からは何も生み出せない」
「それが妾の定めなのか」