七瀬さんと初めて会ったのは……。
それは猫ヶ崎高校の入学式が終わってのことだった。
部活の勧誘が盛り上がっている中、一人で歩いていた。
しかし、僕は目も通さず、勧誘を断っていた。
「なんで勧誘ばっかりしているのだろう? 部活なんておもしろくもないのに……」
校門まで歩いていく途中で看板に目がつく。
『求む空手部部員募集!!』
「空手部ね……」
「空手部、興味あるのですか?」
「はっ?」
「ぼくも入ろうと思ってるんだけどさ、人がいなくてさ。一緒に入ってくれる人、探しているんだ」
「は、はぁ……」
「ということで一緒に入ろう!!」
「な、なんで僕が空手部入るのですか?」
「いいから、いいから。あっ、初心者でしょ。ぼくが教えて上げるよ。だからさ。ねっ、一緒に行こう!!」
強引に押されて部室まで案内されていく。
押しの強い女性だよ、僕の名前も知らないのに……。
もちろん相手の名前も知らない。
「そうそう、ぼくの名前は七瀬琴美。きみは?」
「東<アズマ>京……」
「京って呼ぶね。これからさ!!」
「は、はぁ……」
「さ、これから頑張ろう!!」
こんな感じで空手部に入れられた。
何度もやめようかと思っていたけど、笑顔を見るたびにやめた。
同じクラスだったこともあって、よく喋った。
彼女のおかげで高校生活が楽しく思えるようになった。
だから今では感謝している。
でも……僕は何も恩返しをしていない。
何も、何も………。
京の日常
−其の六 闇からの誘惑−
−猫ヶ崎高校−
僕は泣いた……ただ泣きじゃくるだけ。
彼女をゆっくりと抱く、しかし顔色も何も変えない。
目を閉じたまま……。
「ぼ、僕が……。あの時一緒に帰っていたら……部活に戻っていたら……」
後悔の念が浮かび上がる。
こんな事件が起きるなんて思わなかった。
でも、僕は自分を許せなかった。
許せない……許せない……許せない。
僕は許せない……。すべて僕の責任……。
「鈴音さん、ここに逃げ遅れた人がいるよ」
「ちとせ、こいつは……京とかいうやつだよな」
「京くん? なんでここに……うわっ!!」
「人が死んでる」
「………」
「急いで京くん!! 強力な霊がやってきているの」
「………」
「……京くん?」
「おい、どうしたんだ?」
「………死んだ」
何も聞こえなかった。声も聞こえない。
ただ人がいるんだということぐらいしかわからなかった。
頭の中にあることは断罪という言葉のみ。
「こいつ……あいつに似てる……」
「あいつ?」
「霧刀に……」
「鈴音さんのお姉さんに……京くんが似ている?」
「……死んだ。死んだよ。……みんな……死んだ。僕のせいで死んだ……僕のせいで……」
「あの事件の時と同じだ。ちとせ!! こいつをはやく病院か安全な場所へ!!」
「鈴音さん?」
「精神が壊れかけている。あいつの二の舞になる!!」
「確かに危ない感じがするね。姉さんに治してもらったほうがいいかも……」
「………」
誰が悪い? ……自分だ。
殺したのも自分……。
みんな、みんな自分のせいだ……。
『仇を取らなくていいのか?』
「仇?」
『そう、仇だ。俺が力をかしてやる。思いのままに力を開放させろ!!』
「自分の本能のままに……。本能のままに……」
「鈴音さん、京くんの足持って」
「いや、あたしが背負っていくよ」
「僕の本能のままに……」
☆
人は誰もが闇の部分を持っている。
どんなにやさしい人でも、無口の人でもそうである。
仮面をかぶることで普通の生活ができている……。
もし、その仮面が外れた時、人は普通の世界からいなくなる。
思いのままにできる世界を望む。
それは甘い誘惑であり、本能であり、永遠の欲望である。
−神代神社−
葵が不安そうに縁側から外を眺めている。
「今日はなんだか妖気がさらに増えているわね。この方角は、猫ヶ崎高校」
何か不吉なことが起こるかも……。
まさか京くんのプロテクトが外れたとか……。
「一度は封じたけど……やっぱり嫌な予感がする!!」
葵は家の鍵を閉め、急いで走る。
頭の中の嫌な感じがぐるぐる回る。
「京くんの記憶が蘇ったら……あの子また……闇に落ちて行く!!」
結局、すべてが因果律のせいだったのか。
運命という言葉を用いたほうがいいのか。
すべての人が猫ヶ崎高校に集まる。
集めたのは、クシナダか? それとも京なのか?
☆
ねぇ、葵姉さん、僕がもしも悪魔になったら殺してくれる?
僕の中にさ……闇からささやきかけるんだ。
思いのままに殺せって……。
草薙の後継者ってみんな苦しむのかな……?
「京くんだったら大丈夫よ。やさしい子なんだから。……闇に負けない心を必ず持てるから……。だからそんなことは言わないで……」
「わかったよ。葵姉さんがそういうなら大丈夫だよね」
「僕、葵姉さんのことが好きだから……」
「私も好きよ。京くん……」
「葵姉さん本当に大好きだよ」
−猫ヶ崎高校−
「なんだこの強烈な妖気は……」
「何かがやってくる。鈴音さん、急いで逃げよう!!」
ちとせと鈴音の二人は京を抱えて校庭に向かって走って行く。
日が落ちたために、辺りは闇に包まれていた。
「こんな時に迅雷先輩いないんだから!!」
「どこに行っているんだ?」
「部活の遠征だよ」
「道理で現れないわけだ」
校庭を出て正門に向かっている時にそれは起こった。
空間がゆがみはじめ景色がおかしくなっていく。
「これって、結界だよね」
「ああ、何かがくる」
「……」
「うそっ!! 正門から出られない」
結界は学校一面を覆い尽くしていた。
空気の色も感じが変わっている。
「あの妖気を発している霊体がやったの?」
「多分、そうだろうな。逃がさないためなのか?」
「どうして……こうなったのかな……」
「余計な話は後にしてここから脱出することを……」
鈴音の動きが止まる。
ちとせは不思議そうに顔を見る。
「鈴音さん?」
「………」
ちとせは鈴音をよく見てみる……。
腹部が赤くなっている……。
血だ。
鈴音はその場に崩れ落ちた。
京が立っている。
「……うそっ?! 京くんなんで!!」
「邪魔だからよ。少し眠ってもらった」
「あいつが来ている……。どこかにいけ!!」
「声が……口調が変わっている……」
「さっさっといけっていってるだろうが!! こいつを連れていけ!!」
京の目つきが変わっている。
何かに乗っ取られているみたいに……。
☆
『仇をとりたいなら俺を呼べ、そうすれば勝てる』
「仇……七瀬さんの仇……」
『そう、おまえは強くなる。世界で一番に。誰も止められないほどの強さに……。さあ、俺を復活させろ。そうすれば願いは叶う』
「七瀬さんの仇……仇、仇。仇……」
憎むべき敵……殺した敵。
仇が討てるなら……どうなってもいい……。
『そうだ、願うんだ。草薙の闇の部分であるこの俺に!! そして闇に落ちろ!! 所詮、光は闇に勝てないんだ!! あの女が封印した俺を出せ!!』
「……闇が一番強い……闇……仇……俺の……闇……」
『そう、それでいい……いまこそ復活だ……やっと封印から逃れられた……』
−猫ヶ崎高校−
「出てこい、神!! 八つ裂きにしてやる!!」
封印されたものに俺は手を出した。
七瀬さんの仇を討てるならどうなってもいい。
草薙の闇。それは禁断のアイテム。
歴代の継承者はみなこれに苦しむ。
光を取るか、闇を取るか?
俺は闇を取った……。
受け入れた闇は心地よかった。
今まで抑えていたものがどこかに吹っ飛ぶ。
「どこにいやがる!!」
「そんなところにいたのか」
空間が歪み、手が出てくる。
やがて足が出てきて、身体が出てくる。
「妾はクシナダ。邪悪の化身……」
「おまえが……みんなを……」
「いいご飯だったよ。うめき声や憎しみが妾に染み込んでくる」
「ふん。それももうおしまいだ」
「おや? 邪気の匂いが漂う。なるほど、堕落したか。現継承者は闇に落ちたのか……」
「おまえを殺すためなら、なんだってやってやる!!」
「妾に勝つつもりか。面白い。やってみるがいい。神に対してどこまで抗えるか」
「ああ、やるさ」
俺は炎を呼び出す。暗い闇の炎が出てくる。
「一気に殺してやる!!」
「試してみるか」
闇の炎に包まれた俺はクシナダに向かってダッシュする。
何も抵抗しないクシナダに向かって闇を撃ち込む!!
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
拳を連続で打ち込み、相手にガードをさせない。
頭から手足のいたるとこに拳を当てる。
顔が変形してぐちゃぐちゃになるまで打ち込む。
「おまえは苦しんで死ね!! いたぶって殺してやる!!」
「……」
「二度とこの世に出られないほどにしてやるぞ!!」
「………」
さらに打ち込む。死ぬまで打ち込んでやる!!
だんだん破壊衝動が楽しく思えてくる。
殴ることが快感になっていく……。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
「やはりそうか」
「?!」
クシナダの髪が腕にまとわり付いてくる。
腕の動きが鈍る。
「くっ?! 腕に絡み付きやがる」
「おまえは大切なことを忘れている。闇に闇をぶつけても効きはしない。ましてや神である私に攻撃しても無駄なだけだ」
「戯れ言を抜かすな!!」
右足に炎を出して髪を燃やす。
そして左足で脇腹を攻撃する!!
「これでどうだ!!」
「だから無駄だ。無駄、無駄。つまらん、実につまらん。長い眠りから覚めて復讐をしてやろうと思ったのが、まさかこんな間抜けと戦うことになるとは」
クシナダは右手を振り上げる。
俺が放ったはずの炎が襲い掛かってくる!!
避けようとするが、どこまでもついてくる!!
「わかるか。闇の神に闇で勝とうという愚かさが。妾はこんなものに封印されたのか。……いっそのことすべてを滅ぼすか」
−猫ヶ崎高校屋上−
「闇に取り込まれたか」
「そのようだな」
「まさか生きているとは思わなかった。だが、生き長らえたところで無駄だったな」
「………」
「いくぞ、ケル。神なら相手にとって不足はない」
「主の探し求めたものを取りに行くとしよう」
「ああ……」
−次回予告−
闇に取り込まれた京は邪神であるクシナダに敗れる。
クシナダが神剣で殺そうとする時、霧刃は行動に移る。神との最狂の戦い。
そして、葵が京の過去を語り出す。
それに呼応するように輝き出す神剣。
何が正しいのかわからない京はどうするのか?
葵の祈りは届くのか?
次回、お楽しみに。
「憎しみで人は簡単に殺せます。でも簡単にしないから人として生きることができるんです」