京の日常
−其の五 我が断罪許されず−



−神代神社−


「そうですね…昔のお話からしましょうか…。神代は守るもの。草薙は攻めるもの」
「……それが?」
「私たちの先祖は多くの魔物、霊と戦っています。最初は御祓いの役目だったのです。神代は…」
「どのくらいから昔からなんですか?」
「記録にあるのは、平安時代と思います」
「平安時代から……」
「そのころ一人の若者が神代神社に倒れていました。その若者は魔を祓う武術を唐から会得したと。……やがて神代神社の一人の女性と結婚しました。そして周りが羨むような仲の良さで生活していました」
「その若者が、草薙の先祖?」
「そうですね。だから表に神代、裏に草薙というものがあるのです」
「でもなんでそれが分裂したのかが……」
「分裂? してませんよ」


 葵さんは微笑む。
 教師が生徒にやさしく教えるみたいに。


「えっ?! でも今まで違う名字やこの神社に聞いたことも……」
「江戸時代からですね。徳川幕府に草薙が御召し抱えられたことは」
「徳川に?」
「そうです。それがきっかけで表世界に草薙は出ました。草薙と神代はちゃんと裏でもつながっています。今でも連絡やお参りに来ているのですよ、京くん」


 京くん……なぜか葵さんが言うとなつかしく感じる。
 現在でも分裂しておらず、交流が会った。
 でも僕の記憶には一切ない。いくらさかのぼっても。
 記憶?!
 そういえば、中学の頃から記憶が思い出せない。
 どうして? たしか……。


「記憶にないのは当たり前です。あなたは一度、記憶喪失になりましたからね」
「記憶がなくなった!?」
「ええ、ある出来事があって……」
「ある出来事……?」


 なんだ……ある出来事って……。
 ……なぜか知るのが恐い。
 知らない方がいいと頭が警告している…。
 これを知ったら……僕の罪が……。
 罪!? なんでここに罪という言葉が……。


「このお話は後でしましょう。とりあえずは神剣<草薙>のお話を……」
「……ええ」
「その前にあなたの武術がなぜ分家の名前がついているのか? もともと草薙とは関係ないのです」
「関係ないって……」
「東<アズマ>の先祖は草薙家の弟子。弟子が新たに発展させた武術なんです。ただ、なぜ草薙の名前がついたのか? それは神剣<草薙>を守るためにつけられた名前だからです」
「神剣を守るために!?」
「そうです。そのため分家として認められているのです。代々、神剣を守ることが役目なんです。アズマの血統は」
「草薙の弟子が僕の先祖……。ならどうして親父は神剣を神代に……」
「それは誰かが狙っていると……。神剣の隠された能力を」
「神剣の能力?」
「はい、その能力はわかりませんが……『神剣の力を導き出せば求めているものが叶う』と、そう聞きました」
「求めているものが叶う」
「はるか昔、その神剣で神を封じたということです」
「神……もしかして?!」
「ええ、多分、昨今の神隠し事件に関係していると思います」
「その神がアズマの血統を狙っている」
「封じ込められた復讐でしょう」
「神剣が盗まれ、神が蘇る。そして、誰かが親父を狙っている」


 なんだよ………なんでこんなことに……。
 災いがいっきに降りかかってきたようだよ。
 これがアズマの宿命だというのか……。
 誰がそんなことを決めたんだよ!!
 神なんて本当に存在したのか!!


「ごめんなさい。私たちの管理が悪くて」
「いいえ」


 事態は一辺に悪くなる。
 何もわからない僕はそのことは知らない。
 ただ僕が言えることは、わけのわからない事件に巻き込まれた。
 そして、過去の罪が現代に降りかかる。
 僕とは関係ない罪が降りかかってくることだけ……。


−爪砥川周辺−


 いつもなら部活をしている時間……。
 爪砥川の近くにある公園に今いた。
 現状を把握するため……もしくは逃げ出すため?
 いや、運命からは逃げないと決めたはず。
 すべては謎につつまれた過去のせいか。
 神か……現代にいるのか……。


「アズマの宿命か……」


 僕はしばらく川の流れを見ていた。
 お気に入りの場所でゆっくりと時を過ごした。
 夕方になり赤く空が燃え上がっている。


「こんなところにいたの、京?」
「……七瀬さん」
「家、大変だったね」
「ああ……」
「……部活の後輩が京のこと心配してたよ」
「………」
「………」
「………」
「……」
「………」
「いい加減元気出せ―――!!」


 そういって僕の頭を右手で殴る。
 思わぬ攻撃にクリティカルヒット!!
 頭が痛くなる。


「暗い顔しない! くよくよしないの。笑ってさえいればいいことあるよ」
「笑って……」
「そうそう。暗い顔じゃ、幸運の神様も逃げちゃうよ」
「……ありがとう。励ましてくれて」
「ううん。当たり前のことだよ」
「笑ってれいれば、いつかはいいことあるか」


 笑った顔がとてもまぶしく見える。
 この笑顔が僕を救ってくれる。
 いつもいつも……僕を助けてくれる……。
 彼女はどんなことをしても守る……僕が死んでも……。




「妾の力はもとにもどりつつある。いよいよ草薙を刈る時期に……」


 クシナダは歩き出す。闇の中から光の中へと。


「草薙の強い匂いはどこに……?」


 過去の復讐を果たしに彼女は行動する。
 右手に神剣<草薙>を持ち、血の後をつけていく。


「……あそこか……一番強い匂いが感じられる」


 目的は人が集まる場所……すなわち猫ヶ崎高校。


−爪砥川周辺−


「七瀬さんも部活に戻ったことだし……帰るか。と言っても帰る場所はないか。……仕方がない。友達の家にでも……」


「その必要はない」


「えっ!? 強い殺気!!」


 正面に一人の女性が立っていた。
 黒のコートに帽子、すべて黒。
 表情を何一つ変えず、こちらにやってくる。
 圧倒的、気が身体から滲み出ている。
 迅雷先輩とは違った気……互角? いや、あきらかに強い!!


「誰?」
「こんなところに逃げていたとはな」
「逃げる? 何だそれは」
「お前は知る必要ない。……ただ死ね」


 無表情が恐怖を増長させる。
 冷たい視線が僕の身体を縛り、動けなくする。
 蛇に睨まれた蛙のようだ………。


「親子で恐れている」
「親父のことなんで知っている……」
「私が殺した」
「親父を……殺した?」


 あの親父が殺された……?
 あの火事はこいつのせいなのか。


「このやろうーーー!!」
「雑魚が」


 拳を全力で女性に当てようと飛び掛かった。
 しかし、むなしく外れて……。
 女性はいつの間にか刀を抜いていた。
 斬りかかってくる!!
 背中に当たる、そして………。


「虚空裂刺閃!!」


 突き!?
 しまった、体勢が崩れている。
 右方にジャンプして交わそうとしたその時。


「逃がしはしない」
「!?」


 突然やってきた何か大きなものに弾き飛ばされる。そして……。
 お腹に刀がもろに突き刺さる。鋭い痛みが走る。
 血が出てくる……。力が……抜ける……。


 ポタ、ポタ、ポタ………。 「血が……出ている……」
「無様だな。親子そろってな。無様だ。……無様……無様……」


 技が見えなかった。とんでもない速さだった。
 お腹に刺さっている刀はすでに抜き取られている。
 目眩いが……くそ……目が見えない………。
 親父の仇なのに……。




「死んだか」
「主よ、神が見つかった」
「そうか、どこだ?」
「猫ヶ崎高校」
「わかった」


 女性、織田霧刃は、刀を鞘に納めて移動する。
 今日を弾き飛ばした影、ケルベロスは京を一目見る。


「こいつは……あの時の……」
「どうした、ケル?」
「主よ、こいつをどこかに葬るので先に行っててくれ」
「……放っておけばいい」
「そうか、わかった」


 霧刀の姿が見えなくなり、ケルベロスは京に近づく。
 そして、ケルベロスは京に何かの液体を垂らす。
 それは京の腹部に染み込んで行く。


「これでおまえに対する義理は果たした。次に会う時は、手加減はしない」
「う、ううん……」
「猫ヶ崎高校で待っている」


 ケルベロスはそう言い残し消えて行く。
 京は目を覚ます。血が止まっている。




「なんで血が止まっている……?」


 誰かが助けてくれたのか?


「それに何で高校の名前が……もしかして、さっきの女性……」


 走り出す。猫ヶ崎高校へ。
 不吉な予感を頭に流し、それを振り切る。
 血が大量に流れたせいか、少し目眩がするが関係ない。


「頼む。無事でいてくれ」


 なぜそう思ったのかわからない。
 直感だと思う。これから始まる災いに反応したのだろう。
 とにかく走りに走った。


−猫ヶ崎高校−


「なんだ……これは?」


 人が大量に倒れていた。
 正門から校舎に続く道のりに大勢の人が……。
 どうして……。さっきの女性か?
 いてもたってもいられなくなり部室に走る。
 そこで……。


「う、嘘だろう……」


 見えたのは部員のやられた姿……大量の血が道場に……。
 奥に倒れているのは……も、もしかして……。


「な、な、七瀬さん!!」


 七瀬さんが……血が……あれ……なんでこんなに血が……。
 そんなはずない、よね……。


「七瀬さん……」
「きょ、京……よかった……無事なんだ……」
「よかった……生きていたよ……」
「な、なに泣いているの……京……」
「何がおこったんだよ、これは?」
「わからない……ただ……変な化物に草薙は……どこだ……と……」


 七瀬さんの口から血が大量に出ている。
 足や手からにも血が出ている。
 僕を探していたということは……封印されたもの……。
 ぼ、僕のせいでみ、みんなに迷惑……。


「また、笑っていない……京は笑顔が一番だよ……」
「喋らないで、今、救急車呼ぶから!!」
「……ねぇ、お願いだから笑ってよ……」
「……七瀬さん」
「ねぇ、最後のわがままだからさ……」
「そんな死ぬみたい感じで言うなよ!!」
「ふふ……楽しかったね……京と一緒に……。死ぬ時ってさ……素直になれる……よね……。ぼくね……京の……ことさ……」
「なんだよ……素直になるって……」
「……」
「七瀬さん? 七瀬さん!!」
「…………」
「嘘だろ……」


 七瀬さんの身体がだんだん冷たくなっていった。
 血が通わなくなった身体は動かない。
 顔は幸せそうに笑って目を閉じている……。


「な、七瀬さん? ね、騙しているんだろう? いつもみたいに笑ってよ……僕を励ましてよ……」


 死、絶対的な死……彼女は死んだ……。
 とりかえしがつかないことを僕はやってしまった……。
 僕のせいで七瀬さんは死んだ……。
 僕のせい……。
 僕のせい……。
 僕の……。
 僕の……。
 僕……。


「うわぁーーーーーーーー!!」


 僕の叫び声が学校の中に響き渡る……。


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−次回予告−
 七瀬の死に京は発狂する……。
 そして、その殺した相手を見つけた時、京に異変が起こる。
 クシナダと京の死闘が今、はじまる。
 神の恨みと京の恨みが交差する時……霧刀は何を思う。

「お前は苦しんで死ね!! いたぶって殺してやる!!」