京の日常
−其の三 かくて事件は勃発する−



−猫ヶ崎高校 空手部部室前−


「京さんの草薙流武術についてです」
「草薙流がなにか……」
「草薙流の目的は知っていますか?」
「それは魔を退治する武術として……」
「基本的にはそうです。しかし一部違います」
「違うって……」
「京、なんか大事な話みたいだから先に行くね」
「ああ、ごめん」
「ううん。じゃ、後で」


 七瀬さんは走って空手部道場まで行った。
 この女性は確か神代葵さん。
 この街でも有名な神社に仕えている人。
 くわしくは知らないけど霊気が使えるとか噂で。


「今の彼女なの?」
「えっ!? ……まだ違いますけど」
「私の妹が幼なじみとつきあっていましてね」
「はぁー……」
「いいと思いません? 学生時代に恋愛って」


 なんで恋愛の話になるんだろう?


「話を戻して、違いからでしたね」
「はぁ」


 マイペースな人だな。


「草薙流は魔を滅する技であり、神をも滅する技。つまり使っている本人しだいで変わってしまうのです」
「それは当たり前のことじゃ……」
「ふふ、簡単にいうとね」
「簡単にいうと?」
「あなたが魔の人間に変わることもあるの」


 魔の人間? つまり、人間というものがなくなるのかな。


「あなたの技の<無限>などがそうですね。黒き炎はあなたがまだ闇に傾いている事」
「<無限>の炎が……」
「まだ完全ではありませんけど、もし完全な形でやると……」
「魔に犯され魔物の仲間入りになるということですか?」
「そうです」


 そういえば、赤い炎が紫になったり、黒くなったり……。
 僕の感情でいつも変わっていたような。
 迅雷先輩の試合の時は赤い炎。
 でも、不良や親父の時は紫や黒の炎が出てきた。
 たんなる怒りの感情で変わると思っていた。
 つまり……。


「僕の感情バランスを正の方へ持っていかないと」
「いずれ闇に取り込まれますね」
「あなたのお父様はそんなに血を受け継いでいないみたいですけど」
「親父はどちらかといえば肉体を使う技の方が得意だから」
「でも、あなたは血を濃く受け継いでいる」
「言いたいことはわかりましたけど、どうして葵さんが知っているんですか?」
「それは……」
「それは?」
「秘密です」


 葵さんはおどけた様子で笑っている。
 つかみどこのない人だな。
 でも、なぜか親近感を覚えるんだよな。
 しかしなんで秘密なんだろう?


「あれ? 姉さん。ここで何しているの?」
「あら、ちとせに……響さんだったかしら?」
「こんにちは」


 最近、『Lunar』というバンドで活躍している人達だ。
 <ボーカル>月嶺響
 <ギタリスト>諸刃野つるぎ
 <ドラム>鳳朱鷲
 <ベース>風祭秀一郎
 と、神代ちとせで構成されるバンドである。
 軽音部に入るために結成されたということらしいが……。


「あれ京くんじゃない」
「どうも……」
「この人が、あの有名な?」
「ちとせ、何しにきたの?」
「バンドの練習だよ」
「あら、そうなの。がんばってね」
「うん。もしかして姉さん、ナンパしてるの?」
「バカな事いうんじゃありません!!」
「京くんにはちゃんと彼女いるんだからね」
「い、いや、まだ告白は……」
「そんなこと知っています!!」
「だから話を聞いてくれ」


 この後、三人と別れた僕は道場に向かった。
 小さな道場に部員が所狭しと入っている。
 一ヶ月前には、がらがらだったのにな。
 七瀬さんが新しい人と乱取りをしているみたいだ。
 告白か……。
 みんなどのような気持ちで相手に伝えているのかな。
 やっぱり勇気がいるよな。
 失敗した時、恐くないのかな?
 胸が痛くなる恋か……。
 僕はまだそこまで達したことがない。
 ほんとに人を好きになったことがないのかな……。


「あっ、やっと来た」
「うっす!! 京師範お待ちしていました」


 京師範……なんでこの若さで師範と呼ばれなければいけないんだ。


「今日こそ京に勝つよ。勝負!!」
「僕は負けるつもりはないよ」
「おお。部長と副部長の戦いが見れるぞ!!」
「みんな真ん中を開けろ!!」


 僕と七瀬さんはいつも試合をしている。
 いつしか部員達はこれを見るのが日課になっているらしいが……。
 僕の放課後はこうして終わる。


−喫茶店『クインーオブキャッツ』−「………」 「やっぱり部活の後のパフェっておいしい」


 ……やっぱり居辛いよ。
 部活が終わり、七瀬さんが僕を誘って喫茶店に入ろうと言ってきた。
 別に暇だからつい「いいよ」と返事をしたのだが……。


「まわりには女性ばっかりじゃないか」
「京は頼まないの? おいしいよ、このパフェ」


 今、七瀬さんが食べているのは『味皇特製キングオブキャッツ』
 この店で一番の人気らしい。
 ちなみに僕は甘いものはあまり食べないためにコーヒーを飲んでいる。


「よくブラックのコーヒー飲めるよね?」
「そうかな。慣れると結構おいしいけど。豆一つ違っても味変わるし……」
「うーん、ぼくにはわからない世界だ」
「ここの店の入れたコーヒーはおいしよ」
「京の意外なこだわりだね」
「そうかな?」


 しばらく喫茶店でお互いの話をして盛り上がった。
 最近気づいたことなのだが、七瀬さんにはついついいろいろ喋ってしまう。
 つまりあまり喋らない家のことなどつい喋ってしまうのだった。


「じゃあね、明日!!」
「ああ、明日」


 七瀬さんは手を振って坂道を走って行く。
 僕は姿が見えなくなるまでその姿を見ていた。


「……やっぱりなんか物足りない」


 今までこんな感じになったことはないのに……。
 桜花先生の時は純粋な憧れだったと思うけど……。
 これが恋しているということなのかな?


 いつもの帰り道を歩いていると電柱に大きな犬がいた。
 なにか怪我をしているみたいだった。
 よろよろと歩きながらどこかを目指している感じのようだ。


「……御主人のところにもどっている? 足、なにか傷めているようだし……」


 僕は鞄からテーピングを取り出し犬に近寄る。
 空手部でいつも手に巻いているものだ。
 それを傷めている足にまいてやる。
 ここに消毒薬があればよかったのにと思うがしかたがない。
 犬は驚いた顔している。
 何かな…この犬。人の声がわかるような気がする。


「これでよしと」
「………」
「そんな顔するなよ。睨んだ顔してさ。しょうがないか……」


 大きな犬は多少しっかりとした足で歩き出す。
 何歩か歩いた後こちらを振り向く。


「すまない。人間」
「……空耳かな。すまないとか聞こえたような……」


 気がつくと犬はどこかに行っていた。
 僕はなんかいいことしたのかなと思い家に帰っていた。
 この時、僕がしたことは後の運命を大きく変えていくことをまだ知らない。



 京が犬の手当てをした二時間前。
 つまり部活をしていたころある泥棒が神社に入り込む。
 その泥棒はなんも知らずに刀に手を伸ばす。


「この刀、見るからに高そうだな。良い鞘に、刀身だ」


 彼の運命はここで決まる。
 刀から凄まじい霊力が帯び出てくる。
 泥棒は寒気を覚え出す。霊感がなくても感じるぐらいの霊力。


「私を抜いたのは貴様か……」
「どこから声が!?」
「ふふふ、礼を言うぞ。おかげで草薙の血を滅ぼすことができる」


 霊が泥棒の頭を掴む。
 身動けない泥棒は暴れまわる。
 微笑みながら手に力をいれていく。
 ひさしぶりに殺るこの感覚がぞくぞくしてくる。


「去ね」


 そう言ってすべて燃やしつくす。
 何もかもが滅び去る。
 泥棒の姿、形もなにもかも、存在そのものを。


「我が魂を封印したもの。妾はまだ完全ではない」


 霊は近くに霊力が高い神獣がいるのに気づく。


「まずはこいつから霊力を食らうか」


 この街で神隠し事件がはじまる。
 その事件に街の住民は恐れおののくだけだった。


「妾の名前はクシナダ。遠き過去から蘇った神」


 過去の汚点を取り除く。
 我が願いはただ一つ。


「草薙流を滅ぼすということ!!」


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−次回予告−
 京の近辺で相次ぐ失踪事件。
 神代葵は京に告げる。
 私の神社で封印していたものが解かれたと。
 さらに強すぎる霊力がこの街に徘徊しはじめたことも。
 そしてその中にある女性がやってくる。
 悲しみと憎悪を共にして。
 京はどのようにして立ち向かっていくか?
 過去の清算が今、はじまる。