魂を貪るもの外伝
疾 風 迅 雷
第参伝 ≪覚醒≫



 ――運命の日。
「ルビー」
「ん? 何、迅雷くん?」
「これ……」
「え?」
 おれは、ルビーに誕生日にネックレスをプレゼントとして渡した。
「わぁっ! きれい! これ、どうしたの?」
「誕生日だろ? だから、さ。ルビーの名前にちなんで、ルビーのネックレスを……」
「嬉しい……」
 ルビーは早速ネックレスを付けてくれた。
「どう、似合う?」
「ああ」
 ネックレスを付けたルビーに対して、今までにない大人の魅力を感じていた。
「ルビー、キスをしても……良いか?」
「え……、うん」
 ルビーは一瞬驚き戸惑ったが、その直後顔を赤らめながら頷いた。
「ん……」
 甘いキスだった。
 ディープとも言えないが、フレンチとも言えない。
 その中間くらいに位置する甘い初キッス。
「恥ずかしいね」
「そうだな」
 二人はお互いに顔を見合わせて、笑い合った。
 幸せはそこまでだった。

 それから数時間後、おれは首領に呼び出されていた。
「迅雷」
「……何だ、また任務か?」
「ああ」
 首領のサングラスが鈍く光った。
おれは寒気を感じた。嫌な、予感がする。「今度は何だ?」
「あの女を殺せ」
「……え、あの女って……」
「ルビー・イクノだよ」
 おれは言われた言葉を理解するのに、苦しんだ。
 わかりたくない。
 でも、わかりたい。
 まさかとは思う。
 違ったら嬉しい。
 でも、予想通りだったら?
 おれは、彼女を殺せるのか?
 おれの心は葛藤で壊れそうになっていた。
 できない
 できるわけがない。
 彼女を殺すなんてできやしない!
 それが答えだった
「嫌だ」
「殺せ」
「嫌だっ!」
「いいから言う通りにしろ」
「何でだ! 何で彼女を殺す必要がある!」
「……」
「……どうした、何か言え!」
「では、教えてやろう」
 首領は、サングラスを指で上に少し上げ、話し始めた。
「あの女は危険なのだ」
「なに?」
 ルビーが危険?
 どういうkとおだ?
「理由を知りたそうな顔だな」
「当たり前だろう!」
「あの女には特別な力があるのだ。我々が最も恐れている能力が」
 ルビーに恐るべき能力……?
「おまえも聞いた事あるだろう? 消滅者(バニッシャー)の一族の噂を」
 消滅者、だと!?
確かに聞いたことはある。
だけど、ま、まさか、ルビーが!?
「あの女は覚醒こそしていないが、その一族の最後の生き残りなのだ」
「まさか、そんなわけないだろう!? おれが彼女と出会ったあの会場に、彼女の両親がいたんだ! もし仮に、消滅者の一族だとしたら、あれほどあっけなく殺られるはずがないじゃないか!」
「あの女の両親は、ずっと昔に、とっくに殺されているのだ」
「なに……?」
「お前が殺したあの女の両親とやらは、義理の親だろう」
「なっ……」
「なぜ、そんなことがわかるのかって? 昔、組織総動員で消滅者の能力者を二人殺したことがあるからだよ。そして、念のために調べてみたが、あの女と我々が殺した能力者の遺伝子配列は一致した」
「……」
「どうだ、納得したか?」
「……するかよ」
「ん?」
「納得なんかするかよ!!」
 おれは猛りを抑えきれずに首領へ向かって襲いかかっていた。
 この時の力は、それまでで最高だっただろう。
「フン、ガキが、このゲラルに逆らうとは愚かなことだ。眠れ、永久に……」
「うぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 おれの攻撃は当たらず、逆に左腕を斬り落とされた。
 とっさに体を横に反らしたため、心臓に当たらずに済んだのだ。
「命令に従わぬ者は、滅殺あるのみ。まさか、おれが、弱いなどと思っていたのではあるまいな?」
「ぐっ……」
 ヤツ――ゲラルは再び、手にした剣でおれの心臓めがけて攻撃を仕掛けてきた。
 くそっ、殺られる!
 生まれて初めての恐怖感。
 絶対的な死。
 それを予感した。
「死ね」
 ゲラルが剣を振り下ろした。
 しかし
死んだのはおれでなく、ゲラルの剣だった。
 そう、剣が真っ二つに折れたのだ。
 驚いて辺りを見回すおれの視界に、部屋の入口に立つルビーの姿が映り込んだ。
「ル、ルビー!?」
「迅雷くん、……大丈夫!?」
「ほう、消滅者の能力に覚醒したか」
 ゲラルがサングラスの下から視線をルビーへと向ける。
「ルビー、来るな!」
「ちょうど良い。迅雷、殺せ」
「!?」
「殺せば、先ほどのことは許してやろう。おまえが殺さないなら、おれがおまえもろとも女を殺すだけだ」
「……ねぇ、迅雷くん……どういうことなの……?」
 おれは彼女に何も言えなかった
「どうした、迅雷よ。殺さないのか? おまえはその女が好きなんだろう? おれはそういう愛憎劇が大好きなのだ。さあ、愛するものを自らの手で殺せ」
 ゲラルは、ゆっくりと、一歩ずつ、こちらに向かって来た。
 おれはもはや正常な思考ができなくなっていた。
 ただただ、動けなかった。
 そんな時。
「迅雷くん」
 ルビーが声をかけてきた
 そして、おれは無言でルビーの方を見た。
「迅雷くんになら、殺されても良いよ」
「ルビー」
「迅雷くん。わたし、大好きだから、殺されても良い。そうしないと、迅雷くんが殺されちゃう」
「……嫌だ! そんなの! そんなことできない!」
 おれの頬を涙が伝っていた。
 涙。
 初めて流したものだった。
「笑わせてくれる。女、おまえは、おまえの両親を殺したのが、この迅雷だということを知っているか?」
 ゲラルは妖しげな笑みを浮かべながら、ソレを言ってしまった。
「……嘘……迅雷くん……だったの?」
「……」
「何で……何で……何で!?」
「……」
「私、信じてたのに! 迅雷くん……私、きみのこと好きだったのに……」
「……」
 心苦しさから、何も言えなかった。
 涙だけが目から溢れこぼれてきた。
「ごめん、ごめんよ……ルビー」
「うっ……うぅっ……」
「ルビー」
 そして、おれがルビーに近付こうとした瞬間。
 それは、起こった。
 ダァァァァァァァンッ!!
 大きな銃声が響き渡った。
「じっ……迅雷くん!?」
 撃たれたのは、おれだった。
「もたもたし過ぎだな。タイムオーバーになってしまったぞ」
 脇腹から赤い液体が溢れ出してくる。
 次第に意識が薄れていく。
「いやぁぁぁぁっ!! 迅雷くんっ!!」
 ルビーが駆け寄ってきた。
 ダメだ。
 来ては、ダメだ。
「さて、次はおまえの番だ」
 ゆっくりとゲラルが拳銃をルビーに向けるのが見える。
「やめて! わ、わたしにはさっきの力があるのよ!?」
「いや、おまえにはまだ使いこなせない。先ほどは、とっさに出た。……ただ、それだけだ」
 ゲラルは撃鉄を起こした。
「や、め、ろ……」
 おれは身体を起こし、ゲラルに背を向けるようにルビーを抱いた。
戦う力が残っていない以上、ルビーを守る方法はこれしかなかった。
「見苦しいが、見上げた根性でもあるな。よかろう、今度は脳を撃ち抜いてやろう」
 ダァァァァァァァンッ!!
 再び銃声が鳴り響いた。
 視界が変わっていた。
 ゲラルの身体が、ぐらりと揺れるのが見える。
 なぜ、だ?
 サングラスが砕けた。
 だが、ゲラルの目が晒されることはなかった。
 頭部そのものが消滅していたからだ。
 ゲラルは死んだ。
「じ、迅雷くん、大丈夫?」
 ルビーが声を掛けてきた。
 彼女はおれの腕から抜け出して、おれの正面に、おれとゲラルの間にいた。
 だが、すぐにおれの腕の中に戻ってきた。
 崩れ落ちてきた。
 微笑みを浮かべていた。
 初めて会った時と同じ、儚くて美しい微笑みを。
 彼女の左胸から血が滲み出ている。
「ル、ルビー」
 おれは何もできなかった。
 ゲラルを倒したのは、ルビーの消滅者の能力だった。
 ゲラルの銃弾から庇おうとしたおれを逆に守ったのは、ルビーの身体だった。

 おれを救ったのは、ルビーの生命(いのち)だった。

「じっ……ん……らい……く……ん……」

 ルビーは最後の力を振り絞って、おれの頬を手でさすりながら言った。

「愛してる」

 そして、ルビーは力尽きた。


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