魂を貪るもの外伝
疾 風 迅 雷
第弐伝 ≪初恋鬼械≫



 【殺戮鬼械(さつりくきかい)

 おれは、敵からも仲間内からもそう呼ばれ、恐れられていた。
 機械のように無感情で、鬼のように人間を殺戮する。
 そういうところから、その名が付けられたらしい。
 別に嫌ではなかった。
 むしろ、他者が自分を認めているということに対して、誇りすら持っていた。

 本当に、哀れなガキだった。

 そんなおれが、恋をしてしまった。
 初恋だった。
 人を好きになる。
 人に対して好意を持つ。
 初めて覚えた感情だった。

「アハハ、泣き疲れちゃった、ね」
「……」
 おれは相変わらず何も言えなかった。
「ねぇ、きみも両親……もういないの?」
「……ああ」
 嘘は付いていなかった。
 おれには両親がいない。
 呪われた子供だから捨てられたそうだ。
「そっか。ねぇ、わたしたち、これからどうなるんだろうね?」
「……わからない」
「そうだよね。わかるはずないよね」
「……」
 おれは、自分の初恋の相手の親を殺したという事実に対して、生まれて初めて罪悪感を覚えていた。
 くそっ、よく不可解な感情を味わう日だ。
 彼女は俯いたまま、何も喋らなかった。
 その時。
何を思ったのかおれは生まれて初めて自分から人間に話しかけていた。
「……名前は?」
「わたし? わたしはルビー。ルビー・イクノ。アメリカ人と日本人のハーフなの」
「ハーフか。日本語が話せる訳だ」
「きみは?」
「おれ……おれは……影野……迅雷」
「迅雷くん、ね。お互い、これからがんばろう、ね?」
 ルビーは優しく微笑んだ。
 両親が殺された直後だというのに、健気にも儚く微笑んだ。
 おれはそんな彼女を見て、とてつもなく、やるせなくなった。
 彼女を幸せにしてあげたい。
 彼女はおれが守るんだ。
 おれはやはり、どんなに粋がっていても、どんなに強がっていても、ただのガキだったんだ。
 ――昔、組織の首領にこう言われたことがあった。
「殺戮鬼械も、所詮はガキだ」
 まさにその通りだった
 おれは無邪気にも彼女を誘ってしまった。
「おれが今住んでいる場所に……来ないか?」
「え?」
 彼女は驚いた様子だった。
「食べる物も、寝る場所もある。それに、おれがいる」
「迅雷くん」
「ルビーと一緒にいたいんだ」
「うん、わかった」
 おれはルビーを抱きかかえ、ゆっくりと歩き始めた。

 おれとルビーはヘリポートに着いていた。
「ちょっと待ってろ」
 おれはルビーを下ろし、右手から霊気を空高く放った。
 ルビーには見えないように、だ。
「もうすぐヘリが来る」
「え?」
 しばらくすると、大きなプロペラ音を立てて、ヘリが降りてきた。
「迅雷さま、お迎えにあがりました」
「ああ」
「へ……迅雷さま?」
「ん、ああ、気にするな」
 ルビーは、おれが様付けされて呼ばれた事に驚いていた。
「じ、迅雷さま、その少女は?」
「おれの友だちだ。文句でもあるのか」
「い、いいえ!」
 操縦者に睨みを利かせると、そいつは前を向いて何も言わなくなった。
「さぁ、乗れ」
「う、うん」
 ルビーは圧倒された様に、ヘリに乗り込んだ
「迅雷くんって、スゴイ偉い人なんだね」
「……そんなんじゃないさ」

 おれたちが本部に着くと、幹部どもが全員驚いていて、文句を言ってきた。
 ルビーを襲うとしたやつもいたが、もちろん、おれは許さなかった。
 そんなやつらをあしらい、おれは首領にチョクで話を付け、ルビーをここで住ませるという事を許可してもらった。
 それから、束の間の平穏で幸せな時を過ごした。

 そして、運命の日――。
「今日はルビーの誕生日か。プレゼント買って帰らないと、な」
 おれは随分と穏やかになっていた。
 自分でも気付いていた。
 ルビーといる自分が一番生き生きしている。
 ルビーはおれにとって、自分自身の生命よりも尊い存在になっていた。
 しかし、おれは、この時はまだ、この後起こる悲劇を……。
 惨劇を……。
 まったく、予想していなかったのだ。


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