魂を貪るもの外伝
疾 風 迅 雷
第壱伝 ≪出会い≫



 初めて自意識を持った時、おれは無数の惨殺死体の中央で、真っ赤な血に染まった剣を持ち、立っていた。
 表情などというものは浮かべていなかっただろう。

「タスケテ!」
「うわぁぁぁぁっ!」
「く、来るな化け物ぉっ!」
「痛いよぉぉっ!」
「どうかこの子だけは!」
「お母さぁぁぁぁん!」
「来るな殺人鬼!
「この悪魔めが!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「まさかこのおれが……!?」

「迅雷くん……わたし、きみのこと好きだったのに……」

 ――!?
 おれは勢いよく起き上がった

「気がつきましたか、迅雷(じんらい)主将」
 傍には、香澄――天之川(あまのがわ) 香澄(かすみ)――がいた。
「香澄……おれは……どうしたんだ?」
「私にも分かりません。下校中、歩いていたらいきなり倒れたのです」
「そうか。……で、ここは……おれの部屋……香澄が連れて来てくれたのか?」
「はい」
 ちっ、情けねえ。
「ありがとうよ、香澄」
「いいえ、どういたしまして」
 それにしても。
 嫌な夢を見たな――。
「あの、迅雷主将」
「あん? 何だ?」
「ルビーって――誰ですか?」
 ――ッ!
 ルビー……だと……。
 なぜ香澄がその名前を知っているんだ……?
「うなされながら呟いていましたから」
「……うなされていた、か。情けねぇなぁ、ほんっと」
「そこの写真の少女と、何か関係が?」
「ああ。ルビーっていうのは、この女の子だ」

 その写真には、一人の小さなガキと一緒に写る女の子――ルビーの姿があった

「先ほど見ていた夢は、迅雷主将の過去ですか」
「いや、違う」
「はい?」
「数奇な運命に惑わされた、哀れなガキの夢を見たのさ」
「……そう、ですか」
「ああ」
「もしよろしければ、その夢の内容、教えていただけますか?」
「……香澄」
「はい」
「中学の頃に、おれの周りで起きた事件――御杖(みつえ)の入院の原因になった事件――を覚えているだろう」
「……はい」
 おれと香澄が中学に通っていたころ、ある事件が起きた。
 剣道部の主将だった牧原(まきはら) 御杖(みつえ)という女子生徒が、ある男に襲われたのだ。
 襲った男は、おれの過去と接点があった。
 いや、ターゲットはおれだったのだ。
 御杖は、おれのせいで襲われ、入院に至るほどの重傷を負わされたのだ。
 彼女はそのケガのせいで、中学最後の剣道大会に出ることができなくなった。
「あの事件の根っこにも関わっている。おまえにはあまり聞かせたくないんだがな」
「迅雷主将の、いいえ、迅雷さんの心の痛みが癒されるのなら……」
「……そうか」
 おれは深く長いため息を吐いた。
 そうだ。
 香澄には。
 いつか話さなければならないことだ。
「わかった、話すぜ」

 ――おれが香澄と出会ったのは。満十一歳の誕生日だった。
 だから、その半年近く前になる。

「迅雷。次の任務が入ったぞ」
「……」
「明日の晩、ワシントンで裏パーティーがある。その出席者を皆殺しにしろ」
「……わかった」
 当時、おれは組織のためなら、どんな任務だろうとこなした。
 理由は、わからない。
 だが、物心のついた時からすでにそこにいたおれにとって唯一、微小ながからも気を許せるヤツらだった。
 たぶん幼心が少しはあったんだろう。
 独りになるのは怖かった。
 しかし、その日、おれは――。

 ピチャッ……ピチャッ……。
 剣から血が滴り落ちる音。
 おれは、いつものように惨殺死体の中央で座り込みながら、余韻に浸っていた。
「行くか」
 ゆっくりと立ち上がると、その部屋から外に出た。
 その時。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ――!?
 しまった。
 生き残りがまだいたのか!
 気配を消して部屋に入り、中で泣いていた少女に近づいた。
 ちょうど、おれと同じ位の年齢のようだった。
 悪く思うなよ。
 ゆっくりと血に濡れたままの剣を振り上げた。
 だが、おれは。
「!? な……」
 剣を振り下ろす事ができなかった。
 その上、間の抜けた声まで出してしまっていた。
 少女はすぐこちらを見た。
「き、きみも生きていたんだ。……良かったね」
「!」
 おれはとっさに剣を隠していた。
 バレはしなかった。
「きみも辛いんだよね」 少女は涙声で話しかけてきた。
 おれより少し年上だろうか。
「ね、一緒に泣こう」
 そう言うと、彼女はおれを抱き寄せた。
 そして、泣き崩れていた。
 おれはなぜ、剣を隠したのだろうか。
 おれはなぜ、彼女を殺さなかったのだろうか。
 おれはなぜ、何も話せなかったのか。

 今なら理由が明確になっている。
 おれは彼女に一目惚れしていたのだ。

 生まれて初めての抱擁。
 それは、甘美な、そして、血生臭い匂いがしていた。

 これが、少女ルビーとの出会いだった。


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