の除目

Bloody Way


















 遡る事30年───

 英国某所─────

 宵の晩───────

「……」

 個室で、ワインを傾けソファーに深く座する男が一人。
 年の頃は20前といったところか、まだ幼さの垣間見える顔立ちをしている。

「……」

 男はワイングラスを床に投げ捨て絨毯を中身で濡らすと、苦々しい表情で彼の右側に位置する大きな窓から、魔性の輝きを放つ月を見つめた。

「……人類があの地に立った、か」

 小声でそう呟くと、苦笑する。

「ククッ、『NASA』め、とんだ茶番を見せてくれたものだ」

 苦笑はするものの、眼は笑っていない。
 男は、懐から煙草を取り出すと、次にライターを取り出そうとした。

「……む」

 いつも入れているズボンの右ポケットにライターが無い。
 しかし彼は探そうとは思わなかった。
 無いのなら、自分で火を放てばいい。

「……」

 男が指先に念じると、ピンポン球程度の大きさの火球が生成される。
 それを煙草の先端につけると、火球を消し、喫煙を始めた。

「……ふぅ」

 大きく一つ。

「……ふぅ」

 また一つ。

「茶番、か……」

 肺の中を煙草の煙で満たすと、そう呟く。

「お前はどう思う」

 そして体勢を全く変える事なく、一人暗闇の部屋の中、そう問い掛ける。
 一人?
 違う。

「さてな」

 いつの間にか入り口に別の男が一人、立っていた。

「気に入らないのか?」

 入り口に立っていた男は、そう問い返す。

「……今の俺の心中を察すれば、問うまでもなかろう」

 部屋の主である男は、吸っていた火の点いたままの煙草を手で握り潰す。
 熱い、とは感じなかったようだ。

「名誉な事ではないか、組織の筆頭に選ばれたのだ」

 言って、もう一人の男は、男が座るソファーの傍に立つ。

「何が不満だ?」

 そして、彼の肩に手を置きそう問い掛ける。

「不満……、なわけではない。俺はどんな茶番を演じさせられるのか、という漠然とした不安だ」
「不安? 不満ではなく、不安か。お前らしくない」
「知らぬ訳はなかろう? 東西ドイツの一件を」

 ソファーに座る男は、肩に置かれた手を振り落として問う。

「……勿論」

 手を払われた男は短く答える。

「多分、今度はソ連相手に下らない事をしなければならないのだろうな」

 そしてそう付け加える。

「ソ連か……」

 ソファーに座っている男は、苦虫をような顔をする。

「忌々しき連中よ……」
「ソ連が、か?」
「いいや……、300人の老人共だ」
「……」

 男達はそれきり数分間黙った。
 お互い、口から何かを発しようという意志さえ見せなかった。
 数分……
 数分後、ようやくソファーに座った男は口を開く。

「お前は、今の地位でいいのか?」
「……私か?」
「此処に俺が二人称を使う相手が、他にいるのか」
「……構わない」

 そう男は答えると、ソファーに背を向けた。

「まだ下らない研究に没頭し続けるつもりか?」
「下らなくはない。世界の浄化には欠かせないものだ」
「フン……、体よく利用されるだけだぞ……、『人類の進化』とやらにな」
「構わない……、連中が私を利用するよりも、私の研究には価値がある」
「ククッ……、つまりそれは遠回しに、お前の目的を達成するには、私では取るに足りぬと言っているのだな」
「お前は……、違う」

 言われて、男は振り返りながら言い返した。

「違う……、か……。言わんとしている事は理解出来る、がな……」

 男は再び月を見やる。

「そうそう……、今日は七夕という日だそうだな」

 月を見ながら、背中越しの男にそう話し掛ける。

「七夕?」

 言われた男は、何の事か、と首を傾げて疑問符を浮かべる。

「ああ……、先日お前が行った国……、日本に伝わる伝説だ」
「伝説か……、ギリシア神話のようなものか」
「そう、だな……」
「……ギリシア神話は、架空のものではない」
「多くの神話・宗教に登場する神は、実在する……、それくらい心得ている」
「……ならば、その日本の七夕とやらも、実際に起こり得ぬ話というわけでもなかろう」
「……」

 月を見ながら、男は言われた言葉を吟味する。

「……確かに、正論だ」

 暫くし、そう答える。

「それで、その七夕がどうした?」
「……いや。先日お前が使役していた悪魔……、暴走して処分されたそうだな」
「……その通りだが、何が言いたい」
「暴走した先が、天之川という名前の者だったらしい」
「天之川……、ああ、思い出した……、七夕……、Milky Wayの事か」

 男は納得したように頷く。

「確かに、因果なものだ」
「だろう……、フフッ」

 男は懐に手を入れると、煙草を取り出し火を点け、再び喫煙を開始した。

「……それはやめられないのか?」

 煙草を吸う男を見て、疑問に思い問い掛ける。

「……ふぅ。殺すか」

 ポツリと男は呟く。

「何?」

 問いに対しての答えとして成り立っていない。
 男はその言葉の意図するところが分からずに疑問を持つ。

「ああ、煙草はやめられんさ……、それとは別だ。思いついた」
「何を殺すというのだ?」
「300人も要らないのではないか? 一人で十分だろう……」

 男はそう言うと、ソファーから立ち上がる。

「……」

 そう言われ、もう一人の男は目を丸くする。

「俺とお前……、目指す道は正反対だ……、然し俺はお前を親友と思っている」
「……」
「現在裏に保たれている秩序を破壊すれば、周りは皆敵となるだろう」
「……」
「……共に歩まぬか? Milky Wayならぬ、Bloody Wayを……」

 男はそう言い残すと、部屋から出て行った。

「……」

 部屋に残された男は、部屋の外に出た男の背中が消えるまで見届け続けていた。
 そして、姿が見えなくなった頃に、一言呟く。

「面白い。それでこそ貴様だ……、ゲラルよ」














 この話は、ゲラルとランディという二人の男の――酒の席でシギュン・グラムが聴いた――話である。










後書き


どうも、ひろえです。


七夕記念小説。

……うーん、何だコリャ?(笑


先日エルさんに見せられたとあるモノから想起して書いたモノですね。

……うーん、何だコリャ?(笑


どっちがどっちで誰か、途中で分かった人いるかな…?

大元の人達が、あんまり出番無くて出てないから、分からなさそうだけれど(笑


ま、ちょっとした裏話です、心に留めておく程度で結構。



ちなみに、文月=陰暦7月/除目=就任式/Milky Way=天の川

知っているとは思いますが、一応……


んでは、またの機会に。















後述―ランディ

後述―ゲラル