危機管理センターバイオハザード新型肺炎・SARSワクチンと抗ウイルス薬

  バイオハザード               <新型肺炎SARSとの攻防・・・ 第2弾>

  ワクチン・・・ 抗ウイルス薬 

  
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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード      担当 :    里中  響子  /  外山 陽一郎

     INDEX                      house5.114.2.jpg (1340 バイト)

No.1 〔1〕 SARS感染の検査体制 2003.07.11
No.2     ≪新型肺炎・SARSの症状 2003.07.11
No.3     ≪3種類SARS感染の検査体制 2003.07.11
No.4 〔2〕 ワクチンと抗ウイルス薬の開発 2003.07.11
No.5     ≪SARSワクチンの開発≫ 2003.07.19
No.6     ≪抗SARSウイルス薬の開発≫ 2003.07.19
No.7 〔3〕 新興感染症の風景 2003.08.10
No.8     ≪“うがい”を習慣化≫ 2003.08.10
No.9     “抗生物質”の普及と、社会の危機意識の低下 2003.08.10
No.10     ≪ブラッキーの、ここだけの話だぜ/No.2 /“抗生物質”とは... 2003.08.10
No.11 〔4〕 主な新興感染症の素描         2003.09.03
No.12     ≪ エボラ出血熱 〜 エイズ 〜 新型肺炎・SARSまで... ≫ 2003.09.03
No.13         狂牛病/C型肝炎/ハンタウイルス肺症候群 2003.09.07
No.14        インフルエンザ(新型)  西ナイル熱 2003.09.17

  

      参考文献               wpe7.jpg (10890 バイト)  house5.114.2.jpg (1340 バイト)

                    日経サイエンス/8月号

                      SARS が残した本当の脅威  ( 西村 尚子/サイエンスライター )

                             流行阻止へ徹底撲滅を (永武 毅/長崎大学...熱帯医学研究所教授 )

               

 

   SARS感染 検査体制    index292.jpg (1590 バイト)     

 

「里中響子です...

  “SARS・掲示板”にも書きましたが、WHOのブルントラント事務局長が、2003

年7月5日、ジュネーブで記者会見し、“SARS・制圧宣言”を行いました。

  これは、世界で最後まで残っていた、台湾の“SARS・流行地域指定”を、解除し

たことによるものです。これで、“SARS・流行地域指定”は、事実上無くなりました。

今後は、再流行の可能性のある、“冬に備える”ということになります...」

「そうですね、」外山が言った。「風邪などの原因になる、ヒト・コロナウイルスというの

は、一般的に“低温”“低湿度”の環境を好みます。SARS・コロナウイルスは、新種

といわれますが、この意味では同じ範疇に入ると思います。発生が、11月頃、中国

広東省ということですね...」

「WHOは、もともと、その中国広東省で、新型のインフルエンザ・ウイルスを監視して

いたわけですね?そうしたら、SARSが出現したと、」

「そうです。当初、WHOは中国当局の協力が得られず、感染の拡大に拍車をかけて

しまいました...2002年の11月頃から、2003年の2月9日までの話です。その

時、305人が発症、5名が死亡、とWHOに報告されました...

  それ以後、香港、シンガポール、ベトナムのハノイ、カナダのトロントと、感染地域

が急速に拡大して行ったわけです...

「うーん...

  外山さん、もう一度確認しますが...中国の南部で、新型インフルエンザの出現

を監視していたら、SARS・コロナウイルスが現れたということですね。これは、つま

り、SARSも、“低温・乾燥の環境を好む”ということで、いいわけですね?」

「そうです。

  つまり、“低温・低湿度”ということは、“冬”ということですね。したがって、北半球

が、“高温・高湿度”の夏の環境に移行したことで、SARS感染が一応終息を見たと

考えていいわけです」

「はい...でも、これから、南半球が、冬に入りますわ...これは、やはり、危険な

のかしら?」

「そうですねえ...

  “冬”ということでは、その条件下にあるということは、言えると思います。まあ、しか

し、WHOが“SARS・制圧宣言”を行っていますし、オーストラリアの観光地などで

は、スキー客を呼び込みたいわけですから、私はあえて口をさしはさむ立場にはあり

ません。したがって、ここは、“個人の責任において”“十分に注意して欲しい”という

ことです...

  まあ、もう一度言いますが、これから冬に入る南半球は、世界的な大感染の後だ

けに、十分な注意が必要です...」

「はい。南半球の話は、よく分かりました。

  ええと、それで、もし今年の冬、インフルエンザとSARSが“同時流行”したら、大

変な事態になると聞いていますが、そうなのでしょうか?」

「そうです!

  まず、初期症状が似ているので、一般的に区別しにくいという事があるのではない

でしょうか。しかし、インフルエンザとSARSは、違うウイルスですし、ワクチンも違う

わけです。いずれにしても、何とか、SARSの再流行は押さえ込みたいものです。特

に、今年の冬は...

  来年の冬になれば、多分、“生ワクチン”も完成すると思うのです。今年の冬が、厄

介ですねえ...あ、ワクチンについては、後でもう少し詳しく説明します」

「はい」

 

  ≪ 新型肺炎・SARSの症状    

 

「外山さん、前に聞いたかも知れないんですけど、新型肺炎・SARSの症状というの

は、どのようなものなのでしょうか。普通のコロナウイルスによる風邪とは、どのように

違うのでしょうか?」

「そうですね、それを説明しておきましょうか...

  まずコロナウイルスというのは、ごくありふれたウイルスです。これは、大型のRNA

ウイルスの一種で、表面に糖タンパク質の突起があります。まあ、この形が、王冠と

か太陽のコロナに似ているので、コロナウイルスと命名されたようです。

  動物では、私たちの身近な、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、マウス、ニワトリなどで、十数

種類のコロナウイルスが見つかっています。症状としては、呼吸器疾患、肝炎、腸炎

などを引き起こしているようです。

  ヒトに感染するものは、ヒト・コロナウイルスと呼ばれています。普通の風邪の3分

の1は、この種のコロナウイルスによるものだと言われています。しかし、これは一般

的には、鼻風邪などの軽い上気道炎を起こす程度のものです。これは、SARS・コロ

ナウイルスのように、高熱が出るわけでもなく、肺炎になるわけでもなく、数日で直っ

てしまう、ごく軽いものです」

「はい。場合によっては、風邪をひいているのすら、分らないような、」

「そうですね、」

「うーん...動物の、呼吸器疾患や肝炎などを引き起こすコロナウイルスは、ヒトに

は移らないのでしょうか?」

“種の壁”を超えて感染することは、無いと考えられています。一部に、例外はあるよ

うですが、一般的には、無いということですね。

  まあ、一般的なコロナウイルスは、こんな程度の、ごくおとなしいウイルスなので

す。ところが、SARS・コロナウイルスの場合は、“感染ルート”でも“症状”でも、これ

までのコロナウイルスの常識では、考えられないものだと言います。何故、このような

ものが出現したのか、非常に不思議なのです」

「はい...

  それで、その新型肺炎の症状というのは、どのようなものなのでしょうか?」

「そうですね。まず、“異常な高熱”“激しいセキ”、そして“重い肺炎”などを引き起こ

すわけです...

 

 

 

  まあ、通常...2〜7日(最大10日)の潜伏期間を経て、“38℃以上の高熱”を発しま

す。同時に、“悪寒”、“震え”、“頭痛”、“筋肉痛”、“倦怠感”、などの症状が出ます。

この発症後、3〜7日間ぐらいの間は、“痰(たん)”のからまない“乾いたセキ”と、“呼

吸困難”が見られることが多いようです。

 

  この“呼吸困難”ですが、患者の10〜20%は、気管内に管を入れて、“人工呼吸

器”を装着するほどの重症になるようです。また、多くの患者は、発症後、6〜7日で

回復に向かいます。ただし、致死率は、約15%にも達しています。

 <エボラ出血熱/致死率50〜90%>   <日本脳炎/致死率20〜50%>   <インフルエンザ/致死率1%以下>

 

  また、このSARSは、年齢によっても重症化する患者が大きく異ります。年齢が高

くなるにつれて、致死率も高くなっているわけです。これは、抵抗力が落ちているせい

だと考えられます。それから、糖尿病や、腎臓病などの、基礎疾患を持っている患者

も、致死率が高いですね。

  ただし、抵抗力のそれほど高くない乳幼児に、患者がほとんどいません。これは、

興味深い特徴の1つです。まあ、“はしか”“水ぼうそう”のように、子供は症状が軽

く、大人は重症になるというような感染症もあるわけで、今後の研究課題の1つだと

思います。

     

 

  ...ええ、説明しておくのは、だいたいこんな所でしょうか...」

「はい...だいたいの状況が分ってきました。これで、冬に向かっての、SARSへの

心構えが、少し整った気がします」

「まあ、この冬、最も怖いのは、新型のインフルエンザの出現でしょう。もともと、WHO

は、こっちの方を監視していたわけですから。したがって、SARSの再流行と新型の

インフルエンザが重なると、その相乗被害は、予想を越えたものになる可能性があり

ます...

  ウイルスの話ですから、その恐れが無いという保証はないわけです。そして、そこ

に大きなリスクが予想されるなら、“可能な限りの危機管理体制”を敷いて置くべきだ

ということです。そして、未然に防ぐことが出来たら、それこそが最良の結果なので

す」

「はい...

  インフルエンザにも、色々な種類があるし、新型のインフルエンザの出現も、濃厚

という状況だということですね」

「そうです。1997年に、香港で、“トリ・インフルエンザ・ウイルス”というのが発見され

ています。これは、それまでは人間に感染しなかったウイルスですが、何かのきっか

けで、人間にも感染するようになったのです。

  このように、これまでは人間に無害なものが、急に豹変することもあるということで

す。SARSも、そのように豹変したのかも知れません。ジャコウネコ科のハクビシン

ら感染したというような話は、こうしたことを根拠としているわけです」

「そういえば、何年か前に...香港で、何十万羽か何百万羽かのニワトリを、強制処

分したニュースがありました。ニワトリが、新型のインフルエンザ・ウイルスの感染源だ

ということでした...」

「そう...“トリ・インフルエンザ・ウイルス”は、その時の話です。

  まあ、この中国南部という地域では、ごく最近でも、“トリ・インフルエンザ・ウイル

ス”“SARS・コロナウイルス”といったものが、実際に出現しているわけですね。そ

れから、1998年には、マレーシアで、“ニパウイルス”というのも出現しています」

「はい

  “ニパウイルス”の話は、覚えています。日経サイエンスにも、論文が載っていまし

たから、」

「そうですね。まあ、この種の感染症は、中国南部で出現するようです。一方、エイズ

やエボラ出血熱などのウイルスは、アフリカで出現しています...

  エイズなどは、世界中に蔓延していますが、その昔はごく狭い地域の、不思議な

風土病だったと思われます。しかし、文明の侵略が進み、グローバル化で掻き回し、

1つの皿の中でスープにしてしまったわけです。

  ともかく、たった1種類のウイルスが、毎年のように、人類文明全体を危機に陥れ

るような状況が出てきたわけです。さあ、グローバル化というものを、これ以上進めて

いいものかどうか、真剣に議論する時期に来ています...」

「はい!

  この地球生命圏で...私たちには見えない深い所で、何かが起こっているという

ことでしょうか?」

「私は、そう思っています...高杉・塾長なら、例の“36億年の彼”を引き合いに出

してくるかも知れませんね、」

「うーん...はい、」

     3種類 SARS感染の検査体制   

  ええ、それでは外山さん...さっそくですが、SARSに感染しているかどうかは、

どのように調べられているのでしょうか?その検査体制について、簡単に説明してい

ただけるでしょうか?」

「はい。それには、現在、3種類の方法があります。

 

〈1〉  直接ウイルスを分離する方法 

〈2〉  抗体検査法  

〈3〉  ポリメラーゼ連鎖反応法 (PCR法) 

 

  簡単に説明しますと..“直接ウイルスを分離する方法”というのは、そのものズ

バリで、分ると思います。それから、“抗体検査法”というのも、体内に“抗体”が出来

ているかどうかを調べる検査です。

  この“抗体”というのは、前にも少し説明していますが、体内に侵入してきた抗原(こ

の場合は、SARS・ウイルス)に対抗して出来る物質です。特定の抗原と特異的に反応して、

凝集・沈降、または抗原毒素を中和するなどの作用があります。まあ、具体的には、

“免疫グロブリン”で、これはBリンパ球・形質細胞によって生産されます。

  存在している場所は...血清のガンマ・グロブリン分画に含まれているわけです。

したがって、ここを検査し、SARS・ウイルスの抗体が存在すれば、当然、抗原が体

内に侵入してきているという証拠になります。つまり、SARSに感染しているというこ

とです...」

「はい、」響子は、深くうなづいた。

「ええと...どこまで話したかな、」外山は、口元を崩し、響子を見た。

「うーん...“直接ウイルスを分離する方法”と、“抗体検査法”の話です。つぎに、

“ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)の話を、お願いします」

「そうそう...

  その前に、今話した、“直接ウイルスを分離する方法”と“抗体検査法”について、

もう少し説明することがあります...ええ、これらの検査法は、非常に具体的であ

り、“精度が高い”わけですが、“膨大な作業”が必要になります。まあ、これが、難点

ですね。

  それから、もう1つ...感染後、“2週間”ほどたたないと、体内に抗体が出来ない

わけです。したがって、それだけ“検査が遅れる”ということになります...そこが、ブ

ランクになるわけですね。これが、非常に困るわけです...」

「はい...その間に、飛行機で、別の国や地域へ移動してしまうということも、あるわ

けですね?」

「そういうことです...

  これが、インフルエンザのような“空気感染”だとしたら、もっと広い国や地域に拡

散してしまいます。だから、インフルエンザは、世界的に流行してしまうわけです」

「うーん...」

「しかし、もしこれが、飛行機ではなく、船の移動なら...潜伏期間は船の中で起こり

ます。離れた地域間での拡散は、比較的容易に防げると思われます。それに、海上

に浮かんでいる船なら、停船も出来ますし、海と空からのアプローチも容易なので

す。船は、それそのものが、隔離病棟のように管理できますから、」

「はい...

  マチコや夏美たちも、“老朽原子炉の解体”のページで言っていました。これから

は、やはり“原子力船”がいいのでしょうか?」

「まあ...私も、そう思いますね...

  船がいいし、同じ船でも、環境汚染の少ない“原子力船”や、電子コントロールの

“ハイブリット型の帆船”がいいですね。風力エネルギーも、帆を電子コントロールす

れば、相当なものになります。それから、太陽電池パネルや、燃料電池などを組み合

わせれば、経済効率の面でも優れた船になるのではないでしょうか。

  実際に、その方面の開発が、どのあたりまで来ているのかは知りませんが、環境

汚染は、格段に少なくなるでしょう。

  それから、船舶の輸送なら、あの空から落ちてくる騒音が無くなるのがいいです

ね。まあ、空から、変な物体が落ちてくる危険も無くなりますし...」外山は、笑った。

「はい。船は、港から港への輸送ですから...」

「それと、一番肝心なのは...20世紀の末から、エマージング感染症が、毎年のよ

うに発生するようになったという事実です。航空機ネットワークというのは、こうした

染症に対して、非常に“危険な輸送媒体”だということになって来ました。まあ、航空

機も色々な対策は立てるにしても、その最大の魅力である“速さ”が、問題視されつ

つあるわけです」

「はい。“速さ”が美徳ではなくなり、“スロー”が叫ばれ始めているのも、これからの

時代を象徴していると思いますわ。でも、“スロー”が、時代を席巻するとも思えませ

ん。これからは、“科学技術の思想”と、“大自然回帰の思想”が、互いにせめぎ合い

ながら、進んでいくのでしょうか...」

「まあ、21世紀の前半は、そんな時代背景で推移していくのでしょう...

「“原子力船”は、どうかしら?」

“原子力船”にこだわる必要は無いですが、主要・輸送交通手段が船になるという

のは、悪い話ではないと思います。スピードも、船ぐらいが一番“人間的”なのではな

いでしょうか...この“人間的”というのは、重要なポイントになります」

「うーん...“人間的”ですか...覚えておきます」

「それは、“幸せ”というサイズなのです...」

「はい...ええ、話を戻します...

  外山さん、3番目の、“ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)というのは、どのような

ものなのでしょうか?」

「はい...

  この方法はですね、数時間で、感染の有無を確認できると言われています。まず、

SARS・ウイルスが持つ遺伝子のうち、SARS・ウイルスに特有な塩基配列相補的

な配列を持つ、“遺伝子断片(プライマー)を用意するわけです。この“プライマー”

は、患者の検体に相補的な配列があると、互いに結合するのです。これで、検体中

のRNAを“釣り上げる”のです...分りますか?」

「はい。相補的な関係を利用し、“釣り上げる”わけですね。それで、SARSウイルス

の有無が分ると?」

「まあ、そうですが、それだけでは確認は難しいのです...

  この方法が、“ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)”と呼ばれているのは、釣り上げ

たRNAを、さらに“PCR法”で何万倍にも増やし、それが本物のSARSかどうかを確

認することにあるわけです...」

「うーん...はい...そっちの方が大事なわけですか、」

「そうです!ただし、この方法にも問題点があります。ここでもやはり、感染直後

は、ウイルスはそれほど増殖していないために、たまたま検体にはSARS・ウイルス

の遺伝子が含まれていないこともあるのです...

  このために、感染していても“陰性”と出てしまうことがあるようです。つまり、“精

度”は、それほど高くないということになりますね。まあ、運用で改善される面もあるの

でしょうが、これが難点になるわけです。

  いずれにしても、あらゆる感染症に共通する問題でしょうが、感染直後にはウイル

スの量が少なく、それを検出するのは非常に難しいのです。しかし、感染予防や治療

の面からは、その“確認は早いほどいい”わけです...」

「はい。難しいですね、」

「まあ、そんな所から、検体を数万〜100万倍にも増やすというような、“PCR法”が

導入されたわけでしょう。しかし、今度は、そうしたものを完璧なものにしろという、厳

しい要求が来るわけです」

「はい、」

「それに答えて、バイオ企業や製薬会社は、日夜研究開発に邁進しているというわ

けです...」

「うーん...ともかく...この“ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)”というのは、早い

けれども、“精度に難点”があるということですね...」

「そうです。いずれにしても、SARS研究は世界中で大車輪で進んでいます。検査体

制の方も、色々と工夫し、しっかりとしたものが出来てくると思います」

「はい」

 

  ワクチン 抗ウイルス薬 開発       

                   

 

「ええと、外山さん...

  今回のSARS感染は、一応終息しましたが、1周年の11月が近づいています。

SARS・ウイルスは、すでに世界中にばら撒かれた状態になっていますので、立冬

の頃に再び牙を向いてくるのではないかと心配です。ワクチンなどの対策は、十分な

のでしょうか?」

「そうですね。この冬に再流行した場合は、生ワクチンは間に合わないでしょう。した

がって、再度、厳戒態勢が必要になってくると思います。

  ただ、最強の“弱毒生ワクチン”が間に合わなくても、“不活化ワクチン”“組換え

ワクチン”“成分ワクチン”などというのもあります。

  こうしたワクチンは、いわゆる“生ワクチン”ほど開発に時間がかからないので、比

較的早く供給されてくるものもあると思います。したがって、これまでのように、全くの

“お手上げ”という状態ではないはずです。

  ええ、それから...SARS・ウイルスに対する“抗ウイルス薬”の開発も始まって

います。こっちの方も、期待が持てるようになると思います。ただし、今年の冬となる

と、研究開発は、時間との戦いになりそうです」

「あの、“抗ウイルス薬”というのは、どういうものなのでしょうか?」

「これは、“ワクチン”や“血清”などではなく、いわゆる“一般的な薬”です。後で、その

概要や、開発状況についても説明します」

「はい」

「ともかく、今年の冬は、“再度・厳戒態勢”を敷くことになると思います。感染が確認さ

れたら、すぐに“情報公開”し、“初動感染”で押さえ込むということが大事ですね。空

気感染ではないので、多少足が遅いわけですから、マスクや消毒で、しっかりと対応

することです。

  この冬は、“バイオハザード対応の危機管理”ということでは、典型的な実践配

備になりそうですね。冬までは、数ヶ月という時間的余裕もありますし、なんと言って

も、本物の脅威が背景になるわけですから...」

「はい。でも、“SARS終息宣言”で漫然としていたら、冬はアッという間に来てしまい

ますわ。大丈夫かしら?」

「まあ、そう願いたいですね。

  今回の、世界的な大感染の危機を、厚生労働省や各自治体などが、どこまで実の

あるものにしているかということが、試されるわけです。ともかく、“やり過ぎ”というぐ

らいの、万全の体制を敷いて欲しいと思います。間違っても、今回、中国当局がWH

Oから非難されたような、“甘い観測・甘い対応”というのは厳禁です」

「最悪を考えて、ということですね?」

「そうです。危機管理とは、本来そういうものなのです。

  まあ、私は“バイオハザード対応の危機管理”に加えて、ライフライン輸送交通

網、シーレーン、地震災害など、“複合的な危機管理”というものを組み込み、実際

に走らせて欲しいと思っています。複合の部分は、“図上演習”“通信訓練”でいい

わけです。ともかく、これだけでも、研究課題は山ほど出てくるはずです...」

「はい、」

「ただ、今回厄介なのは、先ほども言ったように、インフルエンザとSARSが、同時に

襲い掛かってきた場合ですね。これも、“複合的な危機管理”のバリエーションの1

になるわけですしかも、可能性は高いと思った方がいいかも知れません。

  それから、そのインフルエンザが、“新型”の場合は、どうするかということもあるわ

けですし、“新型・SARS”というようなケースもあるわけです。RNA型ウイルスは、変

異が早いですからねえ...」

「うーん...大変ですね、」

「しかし、まあ、SARSの世界的な大感染から、半年というような時期です。甘く見る

というようなことはないと思いますが、可能な限り、万全な体制を敷いて置くということ

ですね」

「はい...私としては、空気感染のインフルエンザにも、SARSにも対応できるよう

な、使い勝手の良いマスクが欲しいですわ」

“マスク”、“うがい薬”、“薬用石鹸”...それから病院の廊下などに設置してある、

“消毒液”なども、広く準備しておく必要があるかも知れません。そうすれば、インフル

エンザの対策にもなりますね」

「はい」

「しかし...人間は、雑菌に対して、ますます“抵抗力”というものをなくしていきます

ねえ...これはまた、別の問題として、戦略的に考える必要があるかも知れません」

「はい。それは、私も気にしていました。あまりにも、神経質になるというのは、どうか

しら、」

「人類全体として考えなければならないことが、確かに増えてきていますね。マチコさ

んや夏美さんが、この間話していたように、やはり“地球連邦政府”のようなものが、

必要な時代になって来ているのでしょうか」

「はい...ええ、話を進めたいと思います...

  外山さん、現在開発されている、ワクチンや抗ウイルス薬について、もう少し詳しく

説明していただけないでしょうか」

「はい」

「...今、プラズマ・スクリーンにデータを表示します...」響子は、立ち上がり、プラ

ズマ・スクリーンの方へ歩いて行った。

 

           wpe73.jpg (32240 バイト)   

 

  外山は、響子がデータ表示に手間取っている間、スイカに手を伸ばした。そして、

塩の小ビンを二本の指に挟み、パラリと塩を振りかけた。すると、チャッピーが足元に

寄ってきた。外山は、下に手を伸ばし、チャッピーの頭をひと撫でした。チャッピーは

首を縮め、目を細めた。

  外山は、スイカをガブリと食べた。スイカは、サクッと甘かった。それから、窓の方を

眺め、天井を見上げた。そうしていると、チャッピーが、ヒョイ、と外山の膝の上に飛び

乗った。

「あ...すみません、」響子が言った。「用意が出来ていなくて、」

「かまわんよ、」外山は、片手でチャッピーの頭を撫でた。「まあ、スイカを食べましょ

う」

「はい、」響子は、白い歯を見せた。そして、キイボードを幾つか叩いた。プラズマ・ス

クリーンに、開発中のワクチンのデータが表示された。

 

             house5.114.2.jpg (1340 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)         

 

SARSワクチンの開発≫         

 

「さて、外山さん、」響子が言った。「肝心のSARS・ワクチンの開発ですが、現在どの

ような状況になっているのでしょうか?」

「はい...

  ワクチンというものについては、≪第1弾≫の“拡大するSARS被害”の所で、簡

単に説明しています。まず、それを、もう一度復習してみましょうか、」

「はい」

「そもそも、“ワクチン”というのは...免疫原(/抗原)として用いられる、各種伝染病

“弱毒菌”“死菌”、または“無毒化毒素”のことを言うのです。そしてこれを、生体

に接種し、“抗体”を生じさせるのが目的であり、それが治療になるわけです。

  こうしたワクチンには、“生ワクチン”、“死菌”、“トキソイド”という3種類がありま

す...

  “生ワクチン”は、BCG、痘苗、ポリオ生ワクチンなどに使います。“死菌”は、チフ

ス、コレラ、インフルエンザ、ポリオ・ソーク・ワクチンなどに使います。

  “トキソイド”というのは、病原菌の毒素(/トキシン)を含む細菌培養疫に、ホルマ

リン(ホルムアルデヒド)を加え、免疫力を保ったまま、毒の力を消滅させた液です。これは、

破傷風ジフテリアなどの、“予防接種”や治療に用います。別名で、アナトキシン

も言う...ということでしたね...」

「はい、」響子が、コクリとうなづいた。

 

「さて、今回は、SARS・ウイルスに対して考え得る、もう少し具体的なワクチンにつ

いて考察します。遺伝子工学や、分子生物学等の進展で、いろいろな試みも進んで

いるようです。

  ちなみに、SARS・ウイルスのゲノムは、2万9751個の塩基からなっています。形

もゲノムサイズも、これまでのコロナウイルスとほぼ同じだそうです。ゲノムの解読が

完了したのは...ええと、4月15日ですね、」

「うーん...それじゃ、SARS・ウイルスの桁外れの凶暴性は、いったいどこから来

たのでしょうか?」

「まあ、そこが問題なわけです...

  しかし、実は、このSARS・コロナウイルスは、“新種”だったのです。これまでのコ

ロナウイルスは、3つのグループに分類されていたのですが、そのどれにも属してい

ないというわけです...」

「もう1つ...4つ目のグループが出来たということですね、」

「そうです。ゲノムを比較した時、“塩基配列の相同性”が高ければ...つまり、よく似

ていれば、それは“進化系統的にきわめて近い”と、解釈できるのです。まあ、こうし

て、既知のコロナウイルスは、3つのグループに分類されていたわけです。しかし、そ

こに、4つ目のグループが登場したということですね...

  ちなみに、ジャコウネコ科のハクビシンや、コウモリなどから、SARS・コロナウイル

スとよく似たものが見つかっています。ニュースなどで、良くご存知だと思いますが。ま

た、野生動物を売買する動物商から、SARS・ウイルスの抗体が見つかったという報

告もあります。そういう人たちは、すでに感染していて、抗体ができていたというわけ

ですね...」

「はい...

  それじゃ、外山さん、現在開発が進められている、SARS・ワクチンの方の説明を

お願いします」

「はい...

  開発途上なので、詳しいことはよく分らないのですが、その概略を述べておきます。

まあ、こんな研究開発が進んでいますよ、ということですね...

 

〈1〉 弱毒生ワクチン ...( いわゆる、“生ワクチン”です)        

  “弱毒化したウイルス”を、ワクチンに用います。したがって、この接種し

た弱毒化したウイルスが、体内で増殖し、その抗体を作り出すことで、免

疫を獲得させるわけです。これは、自然感染に近い形で免疫を獲得させる

ので、高い効果が持続します。

  この“生ワクチン”の開発は、“弱毒化したウイルス”を、いかに開発する

かがカギになります。つまり、製品化までに要する時間が、推定しにくいわ

けです。したがって、SARS・ワクチンの開発も、1年かかるのか、2年かか

るのか、はっきりしないという要素があるのです。

  ちなみに、“弱毒株”は増殖のスピードが遅く、低温でも生存できる特徴

があります。そこで、ウイルスを“低温培養”し、生き残った株をさらに低温

培養することによって得られるようです...

<新型肺炎・SARSの克服は、この最も効果の高い、弱毒生ワクチンの製

品化の動向にかかっています...

  しかし、それほど単純に克服できるかどうかは、まだはっきりしないもの

があるようです。変異の早いRNA型ウイルスである、SARS・ウイルスの、

実態解明にかかってくるのかも知れません...

  例えば、そういう意味で克服の難しいものに、エイズ・ウイルスやエボラ・

ウイルスなどがあるわけです...まあ、そうでないことを、祈ります...>

 

〈2〉 不活化ワクチン                              

  これは、ホルマリン(ホルムアルデヒド)などの化学物質、熱、紫外線などを用

いて、ウイルスの活性を失わせ、免疫獲得に必要な成分だけを取り出した

ワクチンです。

  まあ、弱毒生ワクチンほど効果は高くないので、“繰り返し接種”するな

どして、大量に投与する必要があります。すでにあるものでは、インフルエ

ンザ・ウイルス、B型肝炎・ウイルス、日本脳炎・ウイルスのワクチンがあり

ます。

<ウイルスを不活化させればよいので、開発にかかる時間は、弱毒生ワク

チンよりも短いといわれます...>

 

〈3〉 組み換えワクチン                             

  ウイルス遺伝子のうち、必要な部分を微生物に組み込み、微生物の体

内で増やしたものを、ワクチンとして用います。

 

〈4〉 成分ワクチン                                

  SARS・ウイルスから、免疫獲得に必要な部分のみを取り出し、ワクチ

ンとして用います。

<SARS・ウイルスでは、表面のスパイク表面にある糖タンパク質の突起部分のタ

ンパク質のみを抽出し、投与することも考えられているようです...>

 

抗SARSウイルス薬の開発≫       

「それでは、外山さん、抗SARSウイルス薬というのは、そもそもどのようなものなの

でしょうか...一般的な薬だということですが、」

「はい...

  まあ、SARS・ウイルスに効く薬ということですね。言葉どおりの意味です。具体的

なことは、開発途上の新薬だけに、データはあまりありません。したがって、どのよう

なものかについてだけ、簡単に説明しましょう...

 

〈1〉 プロテアーゼ阻害薬                            

  そもそも、感染というのは、ウイルスが体内に入り、それが莫大な数に

増殖することによって、症状が出てくるわけです。この、プロテアーゼ阻害

というのは、“ウイルスの遺伝情報をもとに作られるタンパク質”に、攻撃

を仕掛けるものです...

  まあ、具体的に言うと、こういうことになります...ウイルスの遺伝情報

で作られるタンパク質というのは、ウイルス自身が持つ特有のプロテアー

(タンパク質分解酵素/タンパク質のペプチド結合を、加水分解する酵素の総称)によって、適切

に切断されなければならないのです。それがあってはじめて、ヒトの体内で

作られる“ウイルスのンパク質”となり、ウイルス自身が増殖できるので

す。

  そして、このプロテアーゼ阻害薬というのは、まさにこのプロテアーゼの

働きを阻害し、ここでウイルス増殖のメカニズムを切断してしまおうというも

のです。

<これは試験管内の実験ですが、“ライノ・ウイルス(鼻風邪を引き起こす)に対し

て使われるプロテアーゼ阻害薬に、“抗SARS・ウイルス作用”が見られた

との報告があり、その応用が期待されています。これは、ドイツの研究グ

ループの報告です...>

 

〈2〉 ウイルスと細胞膜の融合を、阻害する薬                

  コロナウイルスというのは、前にも言いましたが、表面に糖タンパク質の

突起があります。これが、王冠のようだとか、太陽のコロナのようだとかいう

わけで、コロナウイルスと命名されました。

  さて...コロナウイルスは、口などからヒトの体内に入ります。その後、

ウイルスは宿主の胞膜と融合し、そこからさらに細胞内部に侵入する

わけです。まあ、これは他のウイルスでも同じですが、そうやって細胞内で

増殖するのです。そして、ドッと増えたところで、細胞の外へ繰り出すわけ

です。それから、細胞の外に出たウイルスは、さらに他の細胞へ、同じよう

にどんどん侵略を繰り返し、大増殖していくわけです。

  一方、そうした外部からの侵略者に、自動的に立ち向かっているのが、

脊椎動物などに多く見られる“免疫システム”なのです。これは非常に高度

で完璧な防御システムで、まさに驚異的なナノテクノロジーの世界です。

  しかし、勝手にやりすぎて、アレルギーが発現したり、免疫システムが暴

したりという現象もあります。まあ、そうなると、非常に厄介な病気になる

わけですね...

 

  さて、抗ウイルス薬の話に戻ります...コロナウイルスが宿主の細胞膜

と融合するには、表面にある糖タンパク質の突起...これをスパイクとい

いますが、この構造を変換させることが必要だといいます...

  したがってこの新薬は、スパイクが構造を変換するのを阻害することで、

ウイルス増殖のメカニズムを切断してしまおうというものです...

<この薬は、マウス・コロナウイルスでは、高い“抗ウイルス活性”があるこ

とが証明されています。またエイズ・ウイルスでも、同様の薬が開発されて

います...>

 

〈3〉 RNA合成阻害薬                              

  これは、細胞の中で、ウイルスのRNAが合成されるのを阻害する薬だ

といいます...詳しいことは分りません...

 

〈4〉 インターフェロン   <IFN>                      

  インターフェロンというのは、ウイルス感染の阻止作用を持つ糖タンパク

です。まあ、ウイルスに感染した細胞が、ウイルスに抵抗するために、

自ら作り出す物質です。何種類かの型に分類されていますね...

  現在、数種が製品化され、“C型肝炎”“ガン治療”に用いられていま

す。しかし、まだ薬理メカニズムには、不明な点が多くあるようです。

<コロナウイルスの中では、マウス肝炎・ウイルスに対して、効果があるこ

とが認められています>

  

〈5〉 可溶性レセプター                             

  先にも少し触れましたが、コロナウイルスが、宿主の細胞膜と融合する

のは、表面にあるスパイクです。この薬は、ウイルスのスパイクに結合する

可溶性レセプター”を投与することで、先回りしてスパイクを“ブロック”して

しまうものです。

  したがって、この薬の場合は、ウイルスが細胞膜上のレセプターに結合

するのを阻害することで、増殖メカニズムを切断してしまおうというもので

す...

<マウスとヒトのコロナウイルスでは、培養細胞中で、効果が確認されて

います。 >

 

〈6〉 抗SARSウイルス血清   .....“血清”            

  ええ、参考文献では、血清がこちらの“抗SARSウイルス薬”の分類に

入っていますので、ここで説明します。

  この“抗SARSウイルス血清”というのは、SARS発症後に回復した患

者の血液を採取し、血清を精製したものです。

  “血清”と言うのは、前にも説明していますが...血液が凝固する時

に、血餅(けっぺい/固まった血)から分離する、黄白色透明の液体のことです。

“血清療法”というのは、特異抗体を含む“免疫血清”を、患者に注射する

治療法です。

  この場合は、“SARS・ウイルスの抗体を含んでいる血清”を、患者に注

射するということになります。つまり、SARS発症後に回復した患者の血液

を採取し、血清を精製したものということですね...

 

<中国では、実際に“血清”は有効だった、との報告があります。しかし、

血液製剤なので、他の感染症の感染リスクがあります。例えば、B型肝

炎、C型肝炎、エイズなど、諸々のウイルスの感染のリスクです...

  そんなものは、検査で排除できるはずだと思うかも知れませんが、あの

薬害エイズ事件で、血友病患者を守りきれなかった風景を見れば、分ると

思います。私は専門家ではありませんが、非加熱製剤を、簡単なチェックで

確認できるのなら、あれほどの薬害エイズ被害者は出なかったわけです。

  いずれにしても、“血清”も、SARS・ウイルスに対する、有力な武器の1

つであることに、変わりはありません...>

 

                                     

 

 3〕 新 興 感 染 症 の 風 景        

 

“うがい”を習慣化≫                   

 

「さて、外山さん、」響子が言った。「この冬、再びSARSが流行する恐れがあるという

ことですが、私たちは具体的にどうしたらいいのでしょうか?」

「そうですねえ...あと3ヶ月もすれば、11月になります。中国の広東省で、SARS

が最初に発生していた季節が、また巡ってくるわけです...」

「うーん...1周年ということですね、」

「そうです...現在、南半球のオーストラリアやニュージランドは冬です。しかし、特

にSARSが大流行しているというようなニュースは、伝わってきていません。これは結

構なことです」

「はい、」

「しかし、安心するわけには行きません。あれだけ感染が広がった中国や台湾で、S

ARS・ウイルスを、完全に消滅させたわけではないという事です。冬になったら、また

当時の環境下で、息を吹き返す可能性が大きいわけです...」

「すでに、タネはいっぱい撒(ま)かれているということですね?」

「そういうことです。あれだけ消毒を徹底しても、絶滅させたわけではないということで

す。ウイルスが、他の生物体の中に入ってしまえば、消毒液は効きませんからねえ」

「はい、」

「まあ、くり返しますが、この冬再び流行する可能性は、大きいと思います。危機管理

体制をしっかりとっておくことが、何よりも大事ですね。それが、空振りに終ってもいい

わけです。未然に防ぐということが、最良の結果なのです」

「はい!ええ...それでは、個人的には、どんな準備をしたらいいのかしら?」

「まあ、個人的な危機管理としては、“マスクの着用”、“手洗い”、“うがい”の徹底な

どですね...あとは、その時の情報を的確に入手し、対応するということです...」

「はい!これまで言われていたようなことを、確実に実行するということですね?」

「そういうことです...しかし、ですねえ...ウイルスの感染は完全には防げないと

しても、重症化を防ぐには、“うがい”は非常に効果的だといいます。

  SARSは、まず、“のど”に感染したウイルスが繁殖するのです。そして、その一部

が、上気道に落ちていくわけですね。それが、さらに繁殖し、肺炎を引き起こすわけ

です。したがって、ただの“うがい”でも、病原体をひきはがすので、しっかりと励行す

れば、ウイルスの増殖を抑えられるわけです。これだけでも、発症がしにくくなるとい

います」

「ふーん...そうなんですか、」

「殺菌力のある“うがい薬”などを使えば、さらに効果が高まるわけです。まあ、これは

一般的な風邪や、インフルエンザなどの対策にもなるわけですから、この冬は“うが

い”はしっかりと励行して欲しいと思います」

「はい。それで、何回ぐらいやればいいのでしょうか?」

「そうですねえ...まあ、状況によります。自宅にいる時などは、それほど必要はな

わけです...まあ、数回といったところですかね。特に、人込みの中へ出かけた時

とか、帰宅した時などは、しっかりと“うがい”をすれば、効果は高いと思います。

  何度も言いますが、危機管理というのは、“未然に防ぐ”というのが、最上の結果

なのです。日々無事であるということが、最も大事なことなのです...」

「はい!」

  “抗生物質”の普及と、社会の危機意識の低下wpe73.jpg (32240 バイト)

 

「ええと、外山さん...

  “抗生物質”の普及が、感染症に対する危機意識を低下させたと言われていま

す。SARSの大流行も、やはりそうした危機意識の低下が招いたものなのでしょ

うか?」

「はい。その油断が、SARS発生地の中国広東省にあったことは、間違いありませ

ん。それから、世界各地の社会集団が、微生物の感染によって起こる感染症に対し

て、非常に危機意識が低下がしていたのも、間違いないと思います。

  かっては、ペストやコレラなどは、戦争以上に人の命を奪っていたわけです。ところ

が、抗生物質が、状況を一変させました。抗生物質はまさに、微生物の侵略に対す

る、人類社会の防波堤になったのです」

「はい、」響子は、深くうなづいた。「でも、最近では、抗生物質の使い過ぎで、メシチリ

ン耐性黄色ブドウ球菌MRSAなど、抗生物質が効かない病原菌なども出てきて

いると聞きます。

  そこで、そもそも、抗生物質とはどのようなものなのでしょうか。まず、そのあたり

ら聞いて置こうと思います...」

「そうですねえ...

  抗生物質というのは、“カビ”“放線菌”“細菌”によって作られます。この物質

は、“他の微生物を抑制する作用”を持つのです。または、“制ガン作用”を持つことも

もあるようですね...

  抗生物質の始まりは、ペニシリンです。1928年、フレミング青カビからペニシ

リンを発見したことで始まります」

「はい。有名な話ですね、」

「そうです...その後、1941年に、フローリーらがペニシリンの分離抽出に成功しま

す。それ以来、ストレプトマイシン、クロロマイセチン、テトラサイクリン、トリコマイシン

ど、多くの抗生物質が発見されて行きます。

  こうしたものは、医薬以外でも、農薬食品保存薬などとしても使われています。

まあ、私は専門家ではないので、詳しい分類を学んだわけではないのですが、どうも

抗生物質は細菌類に有効なようですね。そしてワクチンや血清など、免疫システム

に関係するものは、ウイルス対して有効なようです...まあ、それぞれ、得意とし

ている分野があるわけでしょう...」

「うーん...そうなんですか、」

「ま、ともかく、抗生物質というのは、これから説明しますが、免疫システムとは全く別

の防衛手段なのです...」

「はい...ええ、それでは、外山さん...

  抗生物質のペニシリンは、青カビから発見されたと聞きました。いったい、このペニ

シリンとは、そもそもどんな薬なのでしょうか?

  あ...ええと...ちょっと待ってください...ブラッキーの方からサインが出てい

ます。 ええ、これについては、ブラッキーが説明してくれるそうです。

  それじゃ、ブラッキー、お願いします!」

「オウ!」ブラッキーは、くわえタバコで、コクリとうなづいた。

 

  ブラッキーの、ここだけの話だぜ No.2   

【“抗生物質”とは...】 ...<参考文献/広辞苑、その他 ...>

                               

    航空宇宙基地/“赤い稲妻”                       <ブラッキー>         <ミーコちゃん>

 

「ブラッキーだ。よろしく頼むぜ...

  前にも話したが、細菌というのは、単細胞生物だ。こいつ等は、曲がりな

りにも、“細胞”という生物体の最小単位として、自分で生きて行ける存在

だ。呼吸もしているし、増殖もできるし、進化もする...

  この細菌に比べて、ウイルスというヤツは、それよりもはるかにサイズが

小さいのが特徴だ。それから、このウイルスというヤツは、第1に、呼吸をし

ていないぜ。第2に、自分自身の力で増殖することができねえ。ま、増殖は

できるんだが、他の生物体のシステムを借用して増殖するわけだ...言っ

てみれば、半人前だな。しかし、ワルということでは、むろん一人前だ...

  ともかく、オレがウイルスのことを面白く思っていねえのは...エイズ・ウ

イルスやエボラ・ウイルスのような、最強・最悪のタチの悪い奴らがいるか

らよ...それに加え、SARS・ウイルスというのも、いったい一筋縄でいく

相手かどうか...ま、これから、分ってくるだろうぜ...

 

  ま、ともかくだ...ここは、抗生物質の話をしようぜ。この抗生物質とい

うのは、さっき外山さんも言ったように、“細菌に対して威力がある”ようだ

ぜ...深い領域については、おれにはちょっと分らねえが...」

     【ペニシリン.../抗生物質の1つ           

「ペニシリンはよう、1928年に、フレミング青カビのペニシリウム・ノター

ツムから発見した...それから、1941年に、フローリーらが、分離抽出

に成功し、臨床的有効性をも証明した...

  ちなみに、このペニシリンという抗生物質はよう、ブドウ球菌、連鎖球菌

などの発育を阻害する作用を持っているぜ。それで、肺炎、淋病、敗血症

など、多くの細菌性疾患に非常に効果的なわけだ...

  少し専門的になるが、ペニシリン類とセファロスポリンC群の抗生物質

は、総称して、ベータ・ラクタム抗生物質と言ってよう、“細菌壁の合成を

害”して菌を殺すわけだ...まあ、“細菌壁の合成を阻害する薬”という

ことを、覚えておいてもらおうか。ペニシリンとは、そういう薬だということだ

ぜ...

  それから、ペニシリン・ショックという言葉があるが、これはペニシリン・ア

レルギーによって起きるものだ...」

 

【ストレプトマイシン.../抗生物質の1つ

「うーむ...」ブラッキーは、プカリとタバコの煙を吐いた。「ストレプトマイシ

というのはよう...1944年、アメリカ人のワクスマン等により、ストレプト

ミセス・グリセウスから分離された。こいつは、土の中にいる放線菌の一種

だ。

  このストレプトマイシンは、グラム陰性桿菌をも含む、広範囲の細菌性疾

患に有効だ...グラム陰性というのは、細菌類の染色法から来るものだ

ぜ。これには、グラム陽性(結核菌、ジフテリア菌など、)グラム陰性(チフス菌、赤痢菌、

淋菌など、)の二種類がある...ま、これは、細菌類の外皮の性質によるもの

で、細菌を大きく2つに分ける時に使われるぜ...

  おっと...そうそう...桿菌(かんきん/バチルスというのは、棒状、円筒形

状の細菌の総称だ...ま、枯草菌、結核菌、根粒菌、腸内細菌などがあ

るな...

  ともかく、このストレプトマイシンというのは、初めて結核の薬物治療の道

を開き、それ以後、抗生物質開拓の端緒となった薬だぜ...」

 

【トリコマイシン...抗生物質の1つ

こいつは...ストレプトミセス・ハチジョウエンシスから発見された...

ま、詳しいことは分らんが...原虫、真菌、酵母類、スピロヘータ(梅毒の病原

体の俗称)などに有効だ。それから、トリコモナス膣炎、膣カンジダ症に外用す

る...ということだ、」

【バンコマイシン...抗生物質の1つ/グリコペプチド系抗生物質 

「このバンコマイシンというのはよう...ブドウ球菌属、ストレプトコッカス

属、腸球菌属、クロストリジウム属などのグラム陽性菌に対して抗菌力が

あるぜ。それから、多剤耐性のMRSAに対して優れた抗菌力を示すこと

で知られてるぜ...

  ちなみに、このMRSAというのは...メチシリン耐性黄色ブドウ球菌

ことでよう、黄色ブドウ球菌の中で、抗生物質の効かない菌のことだ。ま、

いずれにしても、バンコマイシンは有効なわけで、こいつは細菌の細胞壁

合成阻害作用により、殺菌的に作用するわけだ...

  それからこの薬は、経口投与(/口からのむ)してもほとんど吸収されない

ので、MRSA腸炎の場合は、経口投与が原則だ。その他のMRSA感染

症では、まあ、静脈内投与になるぜ...

  それにしても、このバンコマイシンもまた、バンコマイシン耐性MRSA

VRSAの出現が、次々と報告されているぜ...ま、もともとMRSAに

有効な薬はごく限られているわけだし、抗生物質の使い過ぎには、十分な

注意が必要だろうぜ...

  ちなみに、このバンコマイシン以外でMRSAに効くのは、同系統の抗生

物質で、テイコプラニンというのがあるそうだ...

 

  ...ま、説明しておくのは、こんなとこかな...」

                                        

 

「はい!ブラッキー、どうもありがとうございました!」響子が、ブラッキーの方に片手

を上げた。「これからも、頼りにしていますので、よろしくお願いします!」

「オウ...」ブラッキーは、プカリと煙の輪を吐いた。

 

〔4〕 主 な 新 興 感 染 症 の 素 描 

                                  

    < 1976年のエボラ出血熱 〜   2003年の新型肺炎・SARSまで >

 

  響子は、日傘をたたみ、航空宇宙基地“赤い稲妻”の一角にある危機管理センタ

ーに入った。強い陽射の中を散歩してきたので、建物の中に入ると、一瞬真っ暗な感

じがした。外を振り返ると、芝生の中に置いてある鉢植えの朝顔が、紫色の可憐な花

を咲かせていた...

「お帰り、響子!」空港管制センターに詰めている支折が、インフォメーション・スクリ

ーンから声をかけた。「外は、暑かったでしょう?」

「ええ...」響子は、ハンカチで額の汗を拭いた。そして、迎えに出てきたチャッピー

に手を伸ばし、頭をひと撫でした。「...今年はもう、夏は来ないのかと思っていたけ

ど、今日は暑くなったわねえ...」

「響子、後でこっちへ来ない?」支折が、スクリーンの中で言った。

「ええ、こっちの方の仕事が終ったら、」

「うん。待ってるわよ。手作りの水ようかんが届いているの」

「そう...」

 

  響子は、総合監視センターを覗いた。それから、バイオハザードの作業ルームに

入った。すると、外山が、たっぷりの氷と、オレンジ・ジュースを用意して待っていた。

「まず、一杯どうぞ、」外山は、笑いながら、サッ、と手を振った。

「はい...」響子は、椅子に掛け、グッ、とジュースを飲んだ。

 

                         

 

「ええ...それじゃ、始めましょうかね」外山が言った。

「はい、」響子は、両手で包むように、冷たいオレンジジュースのグラスを持った。「外

山さん...1976年以降に流行した“新興感染症”というと、まず、どのようなものが

あるのでしょうか?」

「そうですねえ...私も、いま数えていたのですが、主なもので11種類ほどあります

かね...スクリーンに、データを表示しましょう...」

「あ、はい、」響子は、奥のプラズマ・スクリーンの方に体を向けた。

「ええ...年代順に表示してみました。まず、ざっと説明して行きましょう...」

「はい、」

  ≪ エボラ出血熱 〜 エイズ 〜 新型肺炎・SARSまで ≫

                              <参考文献 : 広辞苑/現代用語の基礎知識>  

 

 1976年     “エボラ出血熱” / レジオネラ症(在郷軍人病)  

 

<エボラ出血熱>

「この年は、“エボラ出血熱”が流行しました。これは、アフリカのスーダンや

ザイールに常在する大型ウイルスの感染によって起こる、1種のウイルス

出血熱です。この1976年には、280人の犠牲者を出しました。

  しかし、この年、病原体のエボラ・ウイルスを確認しています。ただし、

原体の宿は分っていません。つまり、エボラ・ウイルスは、宿主となる生

物体の中で、おそらくは、あまり悪さをせずに、共生しているのではないで

しょうか...

  まあ、宿主は、カタツムリやナメクジのような生物かも知れないし、私た

ちが想像もしていないような生物なのかも知れません...」

「うーん...共生ですか?」

「そうです。例えば、ヒトの体内にも、ほとんど悪さをしない微生物がいます。

それから、人体にとって必要な微生物もいます。例えば、乳酸菌のように、

人体にとって必要であり、共生関係にある微生物もいるわけですね、」

「はい、」

「しかし、生物体の中でおとなしく隠れている微生物というのは、見つける

のは非常に困難です。この最強・最悪のエボラ・ウイルスでさえ、宿主の生

物体がいまだに特定されていないのです。しかも、宿主が、たった1種類

というように、限定されているわけでもないわけですね」

「はい...」

「この深遠で戦略的な悪知恵は、明らかにエボラ・ウイルス自身が考えた

ものではないでしょう。彼等には、核酸のRNAはあっても、脳ミソはないの

です。

  では、誰がいったい、この意味のあるエマージング感染症を展開してい

るかと言えば、それは“生態系がもつ知恵と戦略”ではないかと、私は考え

ています...

  高杉・塾長は、そうした辺りをまとめて、“36億年の彼”という人格を与え

ているようですが...塾長は、個々の動物などに見られる“睡眠”“無意

識”、あるいは“超個性”というものは、その“36億年の彼”の領域に入ると

見ているようですがね...」

「うーん...外山さんは、どう考えているのかしら?」

「私は、そこまでは拡張して考えていません。しかし、個体としての生物体

が、自らが生き延びる作戦を遂行しているように、“種のレベル”での“戦略

的意識”の発現があり、その実行があると見ています。それが生態系の中

でどのように階層化し、ネットワークを作っているのかは分りませんがね。

  まあ、高杉・塾長の言う“36億年の彼”は、その頂点に立つものでしょう

ね...」

「“睡眠”や“無意識”は分るのですが、“超個性”というのは何かしら?」

“超個性”というのは、例えば私という1個の個体の中で、私個人の領分

を超えている部分のことです。どういうことかと言うと、もっとも分りやすいの

は、私は“男性”だということですね。これは、男女というペアの片一方でし

かないわけです。つまり、私という個体の中に、私を超えた部分、つまり、

“種の戦略”に属する部分が存在しているということです。ということは、そ

こに“種の戦略的意識”が、明らかに存在しているということです...」

「うーん...“種”というのは、すると人間の場合は、文明社会ということで

しょうか?」

「いや、社会という共同体と、膨大な生物種がもつ“種の共同意識”とは、

少し違うでしょう。アリやハチのように、社会性をもつ動物でも、その社会共

同体と、進化をもつかさどる“種の共同意識”とは、ステージが違うのでは

ないでしょうか。

  ヒトの場合でも、社会共同体レベルでは、人体の進化には手が届かな

いわけでしょう。たしかに、重なる部分はあるわけですがね...」

「うーん...はい!

  ええ、エボラ・ウイルスに関しては、ブラッキーがもう少し詳しく説明して

いますね...」

レジオネラ症(在郷軍人病)

「それから、この同じ年に、“レジオネラ症”というのも流行しています。これ

は、ビルの冷房用冷却装置の冷却水に発生した、レジオネラ菌によって引

き起こされる肺炎です。この年、アメリカのフィラデルフィアで開催された在

郷軍人大会で発生したので、“在郷軍人病”という別名があります」

「このレジオネラ菌というのは、もともと無害な菌だと聞いていますが、」

「そうです...レジオネラ菌というのは、そもそも水中や土中に常住してい

る菌です。また、病原性というのは、ほとんど無いとされていました。しか

し、この感染症は、老齢の人たちに多発している事からも分るように、体力

の落ちている人や、免疫力の低下している人に感染しやすいようです」

「うーん...はい、」

メモ  <日和見(ひよりみ)感染症>       

*************************************************************************

「こうした所から、ですね...」外山は、スクリーンにメモ・ページを呼び出し

た。

「ええと...ここですね...

  この“レジオネラ症”は、“日和見感染症”の1つではないかと考えられて

います。“日和見感染症”というのは、普通の健康体の人なら、感染しても

病原性を現さず、発病もしない無害なものなのです」

「はい、」響子が、スクリーンを眺めながら、うなづいた。「日和見感染症とい

うのは、何度も耳にしているのですが、病原体には、どんなものがあるの

でしょうか?」

「原因となるものには、ウイルス、細菌、原虫、カビなど、色々ありますね。

まあ、この種の病原体は、いったん人体の“抵抗力や免疫力が低下”する

と、急に活発化し、発症するというわけです...」

「あの...確か、エイズでも、免疫不全に陥ると、こうした日和見感染症に

かかると聞きましたけど、」

「そうですね。エイズ患者にしばしば見られるカリニ肺炎は、この“日和見感

染症”の典型的な例だと思います。“免疫不全”に陥っているエイズ患者に

は、ありふれた低レベルの雑菌カビなどが、非常な脅威となってしまうわ

けです」

「はい...

  人体が持つ免疫システムというのは、非常によく出来た防御システム

のですね。したがって、それがダウンしてしまうと、人体という統合システム

は、非常にもろくなってしまうということですね、」

「そういうことです...

  ご存知のように、アレルギーはこの免疫システムの過剰反応から来るも

のです。また、ごく希にですが、この免疫システムが、メチャメチャに暴走

る疾患もあると聞きます...それはもう、過剰反応などといったレベルで

はなくなるわけですね」

「あの、話は少し違いますが...“資源・エネルギー・未来工学”担当の堀

内さんや、津田・編集長が、しばしば“飢餓”に言及していますよね。そうし

た時にも、やはり日和見感染症は脅威になるのでしょうか?」

「そうです!そうした“飢餓”の状況下では、抵抗力や免疫力が低下した状

態になります。ると、この種の“日和見感染症”が、強大な敵となって、人

類社会に襲いかかって来ます。これは、心しておくべきことです」

「はい!」

「実は、“飢餓”が非常に怖いのは、こうした日頃敵でさえなかった“日和見

感染症”のようなものが襲いかかって来るからなのです。むろん、“飢餓”そ

のものも大きな脅威ですが、その他、人体や社会の諸々の弱点や綻(ほこ

ろ)びが、一気に噴き出し、被害を拡大して行きます。普段は、何ということ

もない低レベルのトラブルで、あっさりと非常に多くの人命が失われていく

と考えられます...」

「うーん...それでは、私たちはどうしたらいいのでしょうか?」

「日頃から、しっかりと“準備”をしておくことです。そうした、非常時に備え

ておくということが大事です。個人としても、社会としてもです」

「はい...」

「また、そうした折に、“よき指導者”が社会の頂点にいないと、社会的なレ

ベルでの、甚大な被害に直結します。国家や県の指導者や、市町村の首

長の“見識・能力・技量”が問われる場面は、私たちはこれまでも、しばし

ば見て来ているわけです」

「はい!いいかげんな理由で首長や議員を選んでいると、いざという時に、

何もできないという結果になりますね」

「そういうことです...

  日頃から、本当の意味で、力量のある指導者や代議員を選んで行くこと

、何よりも大切です。それから、非常時に備え、“食糧の自給率の向上”

“備蓄”だけは、十分にやっておいて欲しいですね」

「うーん...“地球規模のトラブル”が、これからは、しばしば発生するよう

時代になるんでしょうか?」

「この地球の“大・人口爆発”を目撃していれば、ピークの裏側に脆(もろ)

が見えてくるのは当然です。異常気象が数年も続けは、人類社会は大打

撃を受けます。

  その非常時に備えておくことこそ、現在の指導者の、当面の重大な責務

ではないでしょうか。また、それを予測し、計画を立て、結果責任を負うの

が、政治の仕事ではないでしょうか...こうした事態は必ずやって来ます」

「はい!食糧の“自給率の向上”と、“備蓄”ですね、」

「そうです。それから、準備を多様化しておくことも大事です。単なる経済性

だけではなく、安全性や非常時の保険という考えも、食糧戦略には重要な

ことです。

  まあ、こうした話は、津田・編集長の専門分野ですね。しかし、話が出ま

したので、私の方からも、あえてここで指摘しておきます」

「はい!」

                                                   

 

 1982年     出血性大腸炎 溶血性尿毒症症候群         

                       < 病原性大腸菌/O-157 >

 

「この1982年には、出血性大腸炎溶血性尿毒症症候群が流行しまし

た。ちょっと聞きなれない言葉ですが、要するに、“病原性大腸菌/O-

157”による、食中毒騒動のことです。

  私は、後におこる日本での騒ぎが印象的なのですが、この頃すでに問

題になっていたわけですね。しかも、流行は世界的にあったようですね」

「はい。データでも、感染域は、全世界になっています」

「ええと...まず、“病原性大腸菌”について説明しましょうか?」

「あ、はい、そうですね...」

「そもそも、大腸菌というのは、人や動物の腸内、特に大腸内に多数生息

しています。まあ、173種といわれますね。普通は、腸内では病気を引き

起こさないのですが、中には病原性を現すものもあります

  こうした“病原性大腸菌”は、約20種類ほどの菌型があり、赤痢やコレ

ラのような症状を呈するものもあると言われます」

「うーん...赤痢や、コレラですか。相当に、激しい症状ですよね」

「そうです」

 

<日本における集団感染>

「日本における集団感染としては、1990年に埼玉県浦和市の幼稚園

起こったものが、記憶に新しいと思います。この時は、死者2人が出ていま

すね。浦和市は、現在は“さいたま市”になっています。

  それから、1996年の5月末に、岡山県で集団感染がありました。そし

てこの感染では、同年の7月末までに、死者7人と、全国で8700人の感

染者を出しました。特に、大阪市と堺市では、小学校の児童を中心に、

6500人という患者を出し、食中毒の感染としては記録的な大量発生を引

き起こしています。

  この大感染は、当時かなり大きな騒ぎになったのを記憶しています...

ニュースでも、連日報道し、日本全体でもかなりの緊張状態に陥っていた

と思います...

  最近では、この春、新型肺炎・SARSで緊張しましたが、この種の非常

事態下の緊張感というものは、貴重な体験として、大事にしたいものです。

そして、次におこる危機に、しっかりと備えて欲しいと思います。個人レベ

ルでも、自治体レベルでも、国家レベルでも、」

「はい!

  ええと、外山さん...この“O−157”というのは、どんな大腸菌なので

しょうか?」

「うーむ、そうですねえ...そもそも、大腸菌というのは、菌体の抗原抗体

反応の違いによって、173種”に分類されています。“O−157”は、157

番目に認定された菌であることを意味しているわけです」

「はい。大腸菌は、173種類あるわけですね」

「そうです」

「それで...大腸菌の大多数は無害なのに、この“O−157”は、発症す

ると腹痛下痢、血便を引き起こしますよね...それから、死者も出ます。

何故なのでしょうか?」

「はい。それは、この大腸菌は、“ベロ毒素”というタンパク質を出すからで

す。まあ、症状としては、下痢や血便など、赤痢とほとんど見分けがつかな

いといいますね。また、“溶血性尿毒症症候群”を引き起こします...」

「うーん...はい...大腸菌を殺しても、この毒素というのは、残るわけで

すね」

「はい。それから、1つ付け加えておきますと、“耐性”をもった病原性大腸

菌が報告されるようになっています。“耐性”というのは、MRSA(/メシチリン耐

性黄色ブドウ球菌)のように、抗生物質が効かない病原性大腸菌ということです」

「はい。これは、一般的な生活をしている日本人にとっても、ごく身近な感

染症の1つですね」

「そうです。まあ、手洗いなどをしっかりとすることで、相当な予防効果があ

ると思います」

 

 

1983年     エイズ (後天性免疫不全症候群)                 

         <日和見感染症のカリニ肺炎カポジ肉腫などの悪性腫瘍を起こす> 

    

「ええ...エイズが広がったのは、この年でしたか...」

「はい!」響子がうなづいた。「もう、20年にもなるわけですね...」

「まあ、エイズについては、すでにかなり知れ渡っていると思いますが、一

応概略を紹介しておきましょう...

  このエイズは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染によって起こりま

す。要するに、このウイルスは、ヒトに“免疫低下”を引き起こすわけです

ね。性交では、体液血液などを介して感染します。唾液にもウイルスは存

在しますが、ごくわずかなので、頬や唇へのキス程度では、感染しないとさ

れています」

「エイズでは、一時、同性愛が問題になっていました。それはどうなったの

でしょうか?」

「うーむ...最近では、異性間性交での感染が増加傾向にあると言われ

ています。日本でも、今年に入ってからも、厚生省が“警告”を出したり、“キ

ャンペーン”を張ったりしています。まあ、特に若者は、自分自身のこととし

て、もっとキッチリと、真剣に受け止めて欲しいですね」

「はい!」

「渋谷などでの、若者の性風俗の乱れの報道を見ていると、非常に危うい

ものを感じます。エイズは、大勢の中に埋没していれば、安全というわけで

はないのです。

  むしろ、エイズというのは、そうした大勢の中での錯綜した性交渉によっ

て、感染が拡大しているのです。また、人の波の中で、身を守る意識が麻

していることも、非常に危険なことです...

  いずれにしても、エイズに関しては、そうした“リスク”を避けることが、ま

ず第一の対策だと思います」

「あの、外山さん...エイズにも、新型肺炎・SARSに見られたような、“ス

ーパー・スプレッダー”が存在すると聞いたことがあるのですが、」

「そうですねえ...

  私は、専門家ではないので、正確な所は分りません。しかし、どのような

感染症にも、こうした非常に感染を拡大する“スーパー・スプレッダー”が存

在するという話は、聞いたことがあります。

  ただ、エイズの場合は、SARSと違って、“非常に多くの人と性交渉を持

つ人”、というようなことになりますね。しかし、そうした人間的な側面がある

にしても、そこに“スーパー・スプレッダーが存在する”という風景は、広い

視野から、しっかりと認識しておく必要があります」

「はい...

  ええと、それから...一時、“薬害エイズ事件”が大きな騒ぎになりまし

たが、あれはどうなったのでしょうか?」

「はい。このホームページでも、“薬害エイズ事件”はしばしば取り上げてい

ます。しかし、あの非加熱の血液製剤で、再びエイズ患者が出るということ

は、もう無いわけです。

  確かに、社会的には現在も大問題ですが、感染症という視点から見れ

ば、あの事件はもう過去のものです。今後は、あのような人為的な悲劇が

二度とくり返されないように、医療全般で情報公開を徹底し、また社会全

体としても、しっかりと“ガラス張りのシステム”を構築していくことが大事だ

と思います。結局、隠してコントロールするよりも、“公開”し、みんなで考え

て行く方がいいと、分っているわけですから...」

「はい!」

 

<エイズの発症>

「では、外山さん...エイズの発症について少し聞きたいのですが...

子感染というのが、約20%もあるそうですね、」

「はい。一応、帝王切開の方が、感染率が低下するといいます。それか

ら、HIV感染者が妊娠すると、エイズ発症が早まる可能性があるとも言い

ます...」

「はい...

  ええ、私たちが最も知りたい、“エイズ・ウイルスに感染”というのは、ど

のような状況や経緯になるのでしょうか?」

「そうですねえ...“感染”から数週間後に、咽頭痛、筋肉痛、倦怠感など

の、インフルエンザのような症状が、一時的に出るといいます。それから、5

年から10年の潜伏期間の後、発病するようです...」

「うーん...忘れた頃に、発病するわけですね?」

「ま、感染が分ったら、忘れるはずも無いですがね...ともかく、エボラ出

血熱は、全身の細胞から血が噴き出すというような、“劇症型”で人を殺し

ます。一方、エイズの方は、“真綿で首をしめる”ように殺すといいます。ま

あ、どっちも歓迎できないコトですがね...」

「はい...うーん...」

「しかし、エイズの方は、最近は治療法も出来てきています。ともかく、“万

感染”してしまったら、“できるだけ早い段階で、適切な医師の指示を仰

ぐ”ということが大事になってきます」

「はい!できるだけ早い対応が、いいのですね?」

「そうです!」

メモ  <免疫不全の仕組み>                   

************************************************************************

「それにしても、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)によって、どうして免疫不全などとい

うことが起こるのでしょうか?」

「うーむ...そうですねえ...

  私も第一線の研究者ではないので、詳しい状況というのは分りません。

しかし、聞く所によると、“HIV-1”が生体に侵入するとですね、これが“CD

4リンパ球”に侵入し、ポトーシス(細胞の自立的な死/自殺)を起こすようです

ねえ...こうやって、多くの“CD4リンパ球”が壊されるために、“免疫グロ

ブリン”が生産できなくなり、免疫不全の状態になってしまうということで

す。分ったでしょうか?」

「...エイズ・ウイルスが、“CD4リンパ球に侵入して、アポトーシスを起こ

すということですね。それで、免疫グロブリンの生産が出来なくなってしまう

と、」

「まあ、簡単に言ってしまえば、そういうことです。しかし、実際には、免疫シ

ステムそのものが、非常に高度で複雑な“生体防衛システム”です。決し

て、一口で言えるような、単純なものではないのです...」

「うーん...“CD4リンパ球”に、アポトーシスを起こさせるというのが、とて

も不思議なんですが...

「そうですねえ...

  人体というものを、有機的に形成しているは、約60億個の細胞です。そ

して、これらは時間軸上で、“アポトーシス”という細胞の自殺によって、猛

烈なスピードで消滅しています。しかし、その一方、“細胞分裂”によって、

な数の細胞が、新しく生まれているのです。それが、いわゆる、新陳

代謝というものですね。

  記憶をつかさどる脳神経などの細胞をのぞいて、1週間ほどで全ての細

胞が生まれ変わると言われます...そうした、凄まじい生滅のプロセス性

の中に、人体や人格というものが認識されるわけです。

  “HIV-1”による CD4リンパ球のアポトーシスは、こうした膨大な新陳代

謝の海の中で起こっているわけです。さて、問題は、“HIV-1”が、何故、

“CD4リンパ球”にアポトーシスを起こさせるのかです...」

「はい...」

「こんな“複雑で有意義”なことを、“ウイルス自身の知恵”でやっているは

ずはありません。“好き・嫌い”や膨大な“生存目的”のために、ウイルスが

そこまでやっているとは思えません...」

「では、そうしたことに、意味などあるのでしょうか?」

「あると思います...“意味”はあります。過不足なく、“意味”はあるので

す...この世界のリアリティーとは、そうしたものだからです」

「うーん...」

「ともかく、ここは膨大な地球生命圏の内部です。ここで、何が起こっている

のか...その全てを私たち自身が知るのは、おそらく困難なのではないで

しょうか」

「うーん...はい!」

 

 

 1986年     牛海綿状脳症 (狂牛病)                     

   <これに関しては、狂牛病・変異プリオンの考察で詳しく考察しています> 

 

「ええ、次に狂牛病ですが、」響子が言った。「これに関しては、このバイオ

ハザードの上記のページで詳しく考察しています。そちらのページの方を、

ご覧になってください。高杉・塾長と、白石夏美さんが担当しています」

 

 

 1989年     C型肝炎             

        <C型肝炎ウイルス>         

 

「外山さん、それでは、C型肝炎について、お願いします...」響子が、ス

クリーンに、C型肝炎のデータを表示して言った。

「はい...うーむ...1989年に、C型肝炎が流行していたわけです

か...」外山が、アゴに手を当てた。「確かに、C型肝炎が騒がれていた時

期がありました。しかし、それほど鮮明な記憶がないですねえ...流行

は、全世界になっていますか...」

「はい...これは、“C型肝炎ウイルス”によって引き起こされるわけです

ね...」響子も、スクリーンを見ながら言った。

「そうです。まあ、ここでは、ここに表示しているウイルス性肝炎について、

ざっと説明しましょう。あまり詳しい説明よりも、全体像を見ていくほうがい

いでしょう」

「はい、」

 

<ウイルス性肝炎>

「ええ、このウイルス性肝炎というのは、つまり、ウイルスの感染によって

起きる肝炎ということです。日本における肝臓疾患の約70%は、ウイルス

性のものだと言われています。これに対し、私たちが気にするアルコール

による肝炎は、20%程度ですね、」

「うーん...ウイルス性の肝炎が、圧倒的に多いわけですね、」

「まあ...だから、酒を飲めということにはなりません」外山は、笑った。「つ

まり、お酒を飲まない人も、肝炎になりますよ、ということですね...

  ええ、現在、ウイルス性肝炎は、A〜Eまでの5種類の型が知られてい

ます。これらは、それぞれ、ウイルスの種類が異なるわけです。それから、

未確定のF型や、G型といわれるRNAウイルスなども発見されているよう

です。まあ、ここでは、あまり詳しい話よりも、概略を説明しておきましょう」

「はい、」

「まず、A型肝炎というのは、以前は“流行性肝炎”とも言われていました。

これは、消化器伝染病と同じように、経口感染します。つまり、口から体内

に入るということですね。しかし、治りやすく、現在日本では、大幅に減少し

つつあると言われます」

「あ、そうなんですか、」

「さて、次に、B型肝炎ですが、これはHBV(B型肝炎ウイルス)によって起きるも

ので、以前は“血清肝炎”とも“輸血後肝炎”とも言われていました。まあ、

輸血などのさい、血液を介してうつるわけですね。この肝炎は、慢性化しや

すいと言われています」

「はい、」

「ちなみに、このB型肝炎というのはですね...結核につづいて、“第二の

国民病”と言われるほど、患者数が多いようです...しかし、このウイルス

については、すでにかなり細部まで分ってきています。また、予防のため

“B型肝炎ワクチン”も、実用化されています。まあ、完全制圧も近いとい

うことでしょうか...」

「うーん、それは嬉しい話ですね...それじゃ、つぎに、問題のC型肝炎の

方をお願いします」

「うーむ...C型肝炎も、輸血との関係が深く、感染すると8割が慢性化

ると言われます。

  ちなみに、このウイルスは、直径が0.5〜0.6ミクロンの球状粒子で、

表面に無数のスパイク状の細いトゲが付いています。ウイルスとしては、

ラビウイルス科という、日本脳炎ウイルスの仲間であることが分っていま

す。

  それから、最近のことですが、C型肝炎の一部が、別のウイルスと分り、

F型と言われているようです。まだ未確定ということですが、その後、どうい

う状況になっているのでしょうかね...」

「あの、外山さん...このC型肝炎の治療薬というのは、どうなっているの

でしょうか。ボスの知人にも、C型肝炎の人がいたと聞いています。すでに、

亡くなったそうですが...」

「そうですねえ...色々な対処療法があるのだと思いますが...ニュース

としては、1992年から、4種類のインターフェロンが、治療薬として認可さ

れています。

  まあ、私も、専門家ではないわけですが、このC型肝炎というのは、非常

に慢性化しやすいわけです。そして、やがて肝硬変、さらに肝癌へ進むケ

ースが多くなるわけです...」

「うーん...これも、困りますよね、」

「まあ、そういうことです...エイズなどとはだいぶ様相が異なりますが、

肝硬変や肝癌へ進んでいくというのも、確実に命を縮めます...」

「これは、輸血が問題なんですよね。その辺りはどうなのでしょうか?対策

としては?」

「日本赤十字社が、献血のさいに、“C型肝炎ウイルスの検査”を導入した

のは、1989年です。まあ、平成1年なのですが、この年に世界的な流行

があったわけです...

  ちなみに、この1989年から1999の10年間に、45万人が陽性と判定

され、献血不適格とされています。献血者は、年間延べ約600万人といわ

れますがね...」

「うーん...早く、何とかして欲しいですよね」

「まさに、そういうことですねえ...

  マスコミも、分けの分からない芸能ニュースなどよりも、こうした現場で、

日々地道に努力している人々のことを、もっと取り上げて欲しいですね」

「はい!早く、ちゃんとした国になって欲しいですね!」

 

 1993年     ハンタウイルス肺症候群            

 

「ええ...この“ハンタウイルス肺症候群”ですが、これに関しては、私の

手元にはほとんどデータがありません。アメリカ南西部で、1993年に流行

したというデータがありますが...

  ともかく、この感染症は、“ハンタ・ウイルス”によって引き起こされます。

宿主はシカネズミということです。まあ、ウイルスとしては、高熱腎臓障害

と、出血をともなう腎症候性出血熱(HFRS)同一のグループになります」

「データは、それだけでしょうか?」

「これだけです。現在手元にあるのは...まあ、現地のアメリカでは、しっ

かりと研究されていると思いますから、そのうちに論文の発表などもあるの

ではないでしょうか...」

「はい、今後の展開次第ということですね」

「そうです...ともかく、グローバル化の中で、こうした新興感染症が、続

々と登場して来ていることが大問題なのです...それをどう管理して行く

かということですね...

  これは、今後の人類文明全体のデザインをどうしていくかということと合

わせて、非常に大きな問題になって来ると思います。まあ、当面は、空港

や港の管理と、疫学的な対策が中心になりますが、」

「はい!」

 

 

 1997年     インフルエンザ/ (新型)         

            <トリ・インフルエンザ・ウイルス>        

 

「ええ、この年、香港新型インフルエンザのために、大量のニワトリが処

分されたニュースがありました。病原体は、“トリ・インフルエンザ・ウイルス”

ですが、これもデータらしいものは、現在、私の手元にはありません。

  しかし、中国南部で発生する新型のインフルエンザというのは、人類に

とって大きな脅威となっています。今回のSARS騒動は、WHOが中国南

部で、この種の新型インフルエンザを監視していて遭遇したものです。

  SARSは、初期症状はインフルエンザと非常によく似ていて、最初は新

型のインフルエンザと考えられていたようです。しかし、SARSは、インフル

エンザのような空気感染ではなく、新型のコロナウイルスと分ったわけで

す。

  いずれにしても、中国南部は、今後も、要注意の監視地域です...」

 

 1998年     脳炎(新型)   <マレーシア/ニパウイルス/コウモリ>  

 

「ええ...マレーシアで発生したこの不思議な“脳炎”については、サイエ

ンスに論文の掲載もあり、私も読んでいます。しかし、結局、原因は曖昧の

まま、感染は終息しました。ここで登場したのが、ニパウイルスであり、主な

宿主はコウモリと言われていますが、結局、はっきりしたことは分らなかっ

たのだと思います。

  また、ブタの濡れた鼻面というもの、新型ウイルスの発生源として注目

されていましたが、その後どのような展開になったのか、私の所にはデー

タがありません。ともかく、この新型の感染症は、“トリ・インフルエンザ・ウイ

ルス”と同様に、何とか食い止められ、再度の大きな感染はないようです。

  まあ、東南アジアに位置するマレーシアも、地球儀を見れば分るように、

中国南部にあります。ここ数年の動きを見ても、まさにこの中国南部という

のは、2002年のSARS、1998年のニパウイルス1997年のトリ・イン

フルエンザ・ウイルス、と新型感染症の発生源となっています。

  重ねて言いますが、中国南部は、要注意地域の1つです。SARSの失

敗を教訓とし、新型感染症の拡大を未然に封じ込めていくことが大事で

す...」

 

 1999年  西ナイル熱  <アフリカ、アメリカ/西ナイル・ウイルス/トリ>  

 

「1999年の8月、アメリカのニューヨーク市を中心に、突然発生しました。

これは、家蚊が媒介するウイルス性の脳炎ですね。干ばつ後の雨による蚊

の大発生と時を合わせ、脳炎患者が異常発生しています。

  当初はセントルイス脳炎ウイルスと考えられていたわけですが、詳しく調

査した結果、西ナイル・ウイルスと分かったわけです。

  この西ナイル・ウイルスというのは、“人畜共通伝染病”を起こすウイル

スの1つで、“蚊”“鳥”によって人間にも感染します。まあ、1種の風土病

とも見られています。

  そもそも、このウイルスは、1937年に、アフリカのウガンダで発見され

ています。それ以後、エジプトやイスラエルなどで感染者が出ていました

が、アメリカで感染者が出たのは、1999年が初めてです。以来、大流行

が心配されています。

  

  感染すると、発熱、頭痛、発疹などがあります。高齢者や体力のない人

は、髄膜脳炎なって死亡します。この意味では、致死率の高い伝染病と言

えます。

 

  日本でも、輸入動物によって、このウイルスが国内に侵入する危険性が

指摘されています。予防法や治療法の確立されていない伝染病の1つであ

り、注意が必要ですね。

  それから、つい最近、“SARS・掲示板”にも載せましたが、“感染症法”

と“検疫法”が改正の運びになり、輸入動物は“届け出制”に強化されるよ

うです。これは、この西ナイル・ウイルスもターゲットの1つだったわけです。

ともかく、法案が国会を通過するのが待たれます...」

 

 

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