企画/総合管理センター危機管理センターバイオハザード新型肺炎・SARS<第1弾>

  バイオハザード                   <新型肺炎SARSとの攻防・・・ 第1弾>

      拡大するSARS 被害  

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         トップページHot SpotMenu最新のアップロード   担当 :    里中  響子  /  外山 陽一郎

    INDEX               wpeB.jpg (27677 バイト)

プロローグ 重症急性呼吸器症候群  Severe Acute Respiratory Syndrome 2003.06.09
No.1 〔1〕 SARS現状の考察 ... 2003.06.09
No.2 〔2〕 新型肺炎・SARS の概要 2003.06.09
No.3           【 新型肺炎SARSコロナウイルス 】 2003.06.09
No.4 〔3〕 エマージング感染症       2003.06.13
No.5             ≪ブラッキーの、ここだけの話だぜ/No.1      

                                  細菌とウイルスの違い

                                                  エボラ出血熱(国際伝染病)

2003.06.13
No.6 〔4〕 感染爆発 2003.06.20
No.7      ≪免疫...血清とワクチン≫ 2003.06.20
No.8      ≪何故、医療機関から、感染が拡大したのか!≫ 2003.06.2
No.9         【5人の、スーパー・スプレッダー】 2003.06.20
No.10         【中国広東省/深圳(しんせん)】/2003年4月5日の状況 2003.06.20
     

       wpe1D.jpg (34276 バイト)                        <チャッピー>  wpeA.jpg (57117 バイト) 

 
  新型肺炎・SARSの、リアルタイムの詳しい情報は、厚生労働省、外務省等の、

公式ホームページを見て下さいい。ここでは、SARSについて、私たちスタッフが、

独自に考察しています。

  また、判明しているものは、そのつどコメントをしていきますが、データもまだかな

り流動的です。例えば、WHOは、潜伏期間は最大10日と見ていますが、他の研究

機関では、14日〜16日の説もあります。

                                  <担当: 里中 響子>    

 

          参考文献       wpeE.jpg (25981 バイト)     

                 日経サイエンス/7月号/トピックス/ 隙を突いて蔓延したSARS

               東京都感染症情報センター ...他  ( インターネット)

               東京新聞/テレビ/その他

 

プロローグ                wpe8.jpg (3670 バイト) house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

                       <危機管理センター/ 里中 響子>

   新型肺炎・SARS     

         重症急性呼吸器症候群 Severe Acute Respiratory Syndrome

 

「危機管理センターの、里中響子です...

  新型肺炎・SARS(サーズ)が、依然猛威を振るっています。脅威を感じるのは、一

度は安全宣言の出されたカナダのトロントで、再度感染が拡大している事です。

  一方、新たな患者発生がゼロと発表された中国の北京では、WHOがそれに疑

問符を投げかけています。都市の状況全体から判断して、終息に向かっているよう

には思われないというコメント付です。広範囲に広がってしまったバイオハザードの

中で、双方の思いが入乱れている観があります...」

 

“分子生物学” 、“生物情報科学”を担当する、外山陽一郎です...

  私は、カナダのトロントで、SARS感染が再発しているのを聞いた時、このSARS

コロナウイルスの脅威を、再認識しました...

  むろん、これがバイオハザードの典型的な脅威であり、まさに最悪のケースとし

て、“有り得る事態”と言えます...

  しかも、これが、最も先進的なカナダで起こったということに、何かしら運命的な警

告の意味を感じます...」

 

( WHO(世界保健機関)は5月14日に、カナダのトロントを、SARS感染地域から除外しました。しかし、

5月26日に再指定しました。10日あまりでの、再指定となったわけです。)        

〔1〕 SARS現状の考察・・・   

 

「外山さん、よろしくお願いします」里中響子は、外山に小さく頭を下げた。「高杉・塾

長にも、後で参加していただくことになっています。とりあえず、私たち二人で始めた

いと思います」

「ホウ、塾長が来られますか。頼もしいですねえ、」

「はい。ええ...大変なことになっていますね、外山さん」

「そうですねえ...もはや、あっさりと片付くという状況ではなくなりました」

はい。そろそろ終息に向かうと思われていたのですが、再度拡大とは、どういうこと

なのでしょうか?」

「うーむ...」外山は、難しそうに、両腕を組んだ。「まず、台湾で拡大している情況

が出て来ました北部の台北で、躍起になって拡大を押さえ込んでいるのに、南部の

高雄の方にまで広がりました。台湾は国連に加盟していないので、WHOにも加盟し

ていません。この感染の拡大は、WHOの指導がなかったのが大きかったようです

ね。

  それから、台湾から日本の関西地方にきた旅行者の中で、発症者があり、日本

国内で大問題になりました。まあ、予想通りというか、案の定というか、やはり日本の

対応は、“生ぬるい”ものでした。しかし、日本としては、“感染”はなく、良い教訓と

なったのではないでしょうか」

「はい、」響子は、真顔でうなづき、唇に指を当てた。「ともかく、“この教訓を生かせれ

ば”、ですけれど、」

「そうですねえ...あの“薬害エイズ事件”も、“BSE・狂牛病事件”も、はたしてどれ

だけ教訓になったでしょうか。事件の記憶はあっても、そのことでどれだけ厚生労働

省や農水省の体質が改善され、システムが変ったのか...」

「はい、」

「まあ、相変わらず、天下り行政をやっているわけですからねえ...」

「でも、そろそろ、何とかしてもらわないと...」

「はい。まさに、そうですね...

  さて、次に、先ほど響子さんの言われていたように、カナダのトロントで、再度感染

が広がっています。詳しい考察は今後の推移を見ながらということになりますが、た

った一人の患者の扱い方のミスが、1万人前後の隔離にまで波及しているようです。

  死亡者も増えていますね。しかし、当局は、被害の影響は限定的としていますか

ら、予防的な処置で混乱しているとも言えます...ともかく、先進的な地域ですか

ら...」

「でも、サミットの参加国であり、バイオハザードには最も先進的なカナダで、再度感

染が拡大したのは、非常に驚きました」響子は、考え深げに首を傾げた。「何故、こ

んな重大なミスが起こったのかしら?」

「まあ、こんなことは、実地で訓練できるものではないですからねえ。それと、偶然の

連鎖が、相乗的に作用します」

「はい、」

「それから、これは最新のテレビ・ニュースなので、状況はよく分らないのですが、響

子さんも言っていた中国・北京の状況です。新たな患者発生が、ついにゼロとなった

北京のことで、WHO(世界保健機関)がそれに疑問符を投げかけています。都市の状況

全体から判断して、とても終息に向かっている様には思われないということですね。

  何故、これが問題かと言えば、もともと中国当局は、初動期においてWHOに協

力せず、“対応の遅れを招いた”ことが、今回の世界的な蔓延を引き起こしたという

側面があるからです。こうした経緯もあり、WHOは中国当局に対して、非常に厳しい

見方をしているのではないでしょうか」

「あの、外山さん、」響子が、身を乗り出した。「北京では、感染ルートの半分以上が

分らないというようなことが言われています。これはどういうことなのでしょうか?」

「うーむ...まさに、手を焼いているようですねえ...」

「はい...」

「最近分ってきたことですが、当初考えていたよりも、SARSコロナウイルスというの

は、はるかに“手強い相手”らしいと言うことですね。“十分な装備”を持ち、さらに

“知識と経験”も積んで入る、“医療関係者”に感染者が集中しています。

  ここが、この新型肺炎・SARSの非常に特徴的な所ですね。感染ルートを解明する

上でも、徹底的に調べる必要があると思います」

「はい」響子は、小さくうなづいた。

「まあ、この謎は、いずれ判明するでしょう...

  が、しかし、こうやって見ている感染ルートに、大きな見落としがあるのかも知れま

せん。空気感染、接触感染...環境の中での耐性や生存率...ともかく、インフル

エンザのような強力な空気感染のような拡大はないわけですが、想像以上に感染力

の強いウイルスです」

                                           

「外山さん、この“SARSコロナウイルス”は、空気中でどのぐらい生存していられる

のでしょうか?」

「ああ、はい...

  ええと、ですね...空気中というよりは、排泄された“便”“尿の中”においてで

すが、室温という条件下で、“最低1日〜2日間”は、“安定して生息”できることが判

明しています。現在、大車輪で研究が進んでいるわけですが、こうしたことが確認さ

れたのは、先月の5月のことですね...

  いずれにしても、便や尿は要注意です。また、最低でも1日〜2日間ですから、私

たちとしては、“さらに幅を広く見ておいた方が安全”です。それから、“消毒の徹底”

ですね。排泄物をしっかりと消毒し、便器も消毒し、“手洗い”もしっかりとするというこ

とです。日本国内での感染は、まだ報告されていないわけですが、やがて国内での

感染も予想されます。準備はしておくべきですね」

「はい」

「まだ、日本ではマスクをしている人はいませんが、マスク、消毒液、殺菌用の石鹸

等は、すぐにでも準備しておくべきです。非常時に備えておくというのが、“危機管

理”ですから、こうした出費は、決して無駄だとは考えないことです。

  そもそも、生きるということ、生存するということは、一生が危機管理のようなもの

です。動物は、常に身の回りに迫る危険を意識しているでしょう。それが、人間も含め

た、生態系の中での、自然な風景なのです。ただ、人間だけが、文明の安全システ

ムの中で、それを忘れてしまっているのです。

  しかし、大自然の方は、決してその大原則を忘れているわけではないのです。今

回のようなホンの小さな綻(ほころ)びから、新種のウイルスが文明社会に侵入し、文

明全体を揺り動かしているのです。

  まあ、文明や人間社会というものは、私たちが日頃思っているほど、基盤が磐石

なものではないし、永続的に安定しているものでもないのです。しかし、1個の生命体

として、生態系の相互作用の中に身を置いた時、その自らの大きさと、深さに気付く

ことがあります...」

「はい...」響子は、背筋を伸ばし、口元を引き締めた。「いいお話ですわ...」

「ま、ともかく、準備はしておいて欲しいですね」

「はい。国民としては、“臨戦体制”ということですね」

「現在、人類が総力を上げて、“SARSコロナウイルス”の解明に邁進しているわけ

です。いずれ、全ての謎が判明します。また、やがて、“ワクチン”も出来てくると言わ

れています。が、しかし、まだ少々時間がかかるようです」

「外山さん、本当に日本でも、SARSの上陸を覚悟した方がいいのでしょうか?」

「まあ、日本だけが、特別ということはないでしょうね」外山は、眼鏡の縁に手をかけ

た。「今は、自衛隊のディフェンス・コンディションで言えば、臨戦体制よりもさらに上

交戦段階と言っていいでしょう。

  国民は“臨戦体制”でも、関係者は海外の感染地域へ出動し、制圧に協力し、ノ

ウハウを積むことです。そして、国内では、十分な予算をつぎ込み、万全の対バイオ

ハザードの体制を敷くということです。むろん、空港や港湾の水際でのブロックが最

優先課題です。

  そして次に、国内でバイオハザードが発生した場合の、危機管理体制の整備

す。自治体の行政機関や、保健医療機関、非常時の緊急輸送システムなども、事前

に検討しておくことが必要です。最低でも、通信訓練や、図上演習はやっておくべき

です。実際に、非常事態が発生した場合、こうした訓練や確認事項や研究は、非常

に役立ってきます。また、地震や火災の時にも、応用のできるものです」

「はい」

「くり返しますが、コトは、今回の新型肺炎・SARS だけで終る問題ではないと言うこ

とです。テロサイバー・テロも恐いわけですが、バイオハザードもまた非常に恐い

わけです。

  いむ、むしろ、バイオハザードの方が恐いと言えます。テロというのは、人間同士

の争いですが、バイオハザードというのは、異種生命体からの攻撃になるわけです。

こうした細菌やウイルスは、これまででも戦争や自然災害よりも、はるかに多くの人

命を奪ってきているのです」

「はい...

  それにしても、台湾では、病院に勤めている人たちが、バタバタと倒れたと聞きま

す。看護婦も、集団で病院を退職したというような記事も読みましたこんな風に

機関が麻痺したら、大変な事態になりますね、」

「まさに、その通りです!

  アメリカは、バイオ・テロに備え、医療関係者に天然痘のワクチン接種を進めてい

ますが、そうした事態に対処するためです」

「うーん、アメリカは、そこまでやっているのですか!」

「そうです!

  まあ、日本は、いずれにしても、のんびりとしていますねえ。エイズにしても、狂牛

病(BSE)にしてもそうでした。官僚は国家や国民の安全など真剣には考えていま

せんね。心底、国民の期待を裏切っていますから...しかも、それで平然としていま

す」

「はい。これを機会に、行政機関も、医療・保険機関も、ぜひ危機管理体制の充実を

はかって欲しいですね」

「ポイントはそこです。実際に動く、国民や社会の期待に答えられる、本物のシステ

ムを創って欲しいですね」

「はい」

  〔2〕  新型肺炎・SARSの概要         

 

「ええ、外山さん...それでは、“新型肺炎・SARS” とはそもそもどんな病気なの

か、その概要を説明していただけないでしょうか」

「はい。まだ実際のところ、よく分っていない部分が多いのです。しかし、話を進める

ために、これまでの感染拡大の経緯と、ガイドラインを簡単に説明しておきましょう」

「はい」

「詳しいことは、事態の推移を見ながら、逐次考察を重ねていくことにしましょう」

「はい」

 

  【 新型肺炎SARS・コロナウイルス

    <感染拡大の経緯>     < 疫学的考察

   “疫学”/ 疾病・事故・健康等について、原因、発生条件を、統計的に明らかにする学問 )

 

「まず、昨年の11月に、中国の広東省で、奇妙な新型肺炎が発生しました。これが

始まりです。もっとも、最初にどのような状況があったのか、非常に興味深い所です

が、まだ解明は進んでいないようです。いったい、そこで何があったのでしょうか。い

ずれ、研究論文等もどんどん出てくると思いますので、その時にあらためて考察した

いと思います」

「これは、楽しみの1つですね」

「そうですね。非常につらい体験なわけですが、科学的な興味は、深いものがありま

す。まあ、こうした力、信念や情熱が、やがてSARSを克服していくのだと思います」

「はい」

「さて...

  私も、よくは覚えていないのですが、昨年の11月頃だったでしょうか...うわさの

ようなニュースを聞いたのを、確かに記憶しています。それは、中国南部で、奇妙な

新型肺炎が発生したというものでした。いや、それは、新型のインフルエンザというも

のだったかも知れません。

  ともかく、それが中国南部だということで、頭の中でマークし、注視していました。

しかし、それ以後、2月初旬のWHOの発表になるまで、それに関する新しいニュー

スは全く聞きませんでした。

  しかし、その“昨年11月〜今年2月初旬”にかけて、まさにその中国南部で、“S

ARS感染が野放しで拡大”していたのです。しかも、中国当局は、この事実をWHO

には伏せていました。後に、中国は公式に謝罪したわけですが、これが感染を拡大

させた一因だと言われています。

  さて、2月に入って、“病院が封鎖された”とか、“死亡者が出ている”というような

話が表面化してくるわけです。しかも、こうした“うわさ”を押さえ込むことが出来ず、こ

の頃にはすでに、町中が大騒ぎになっていたと言います。

  そりゃあ、そうでしょう。あのカナダのトロントでさえ、押さえ込めなかったほどの強

敵だったわけです」

「でも、」響子が言った。「中国南部というのは、“新型のインフルエンザ”が出現する

可能性の高い場所として、そのスジの関係者によって、監視されていたのではなか

ったでしょうか?」

「そうです。だから私も、中国の南部と聞いて、注視していたわけです。『日経サイエ

ンス』の論文などで、そうした監視のことを読んでいましたから、」

「それで、監視の実態は、どうだったのでしょうか?」

「うーむ...

  WHOの感染症研究グループは、中国南部で致死性の新型インフルエンザが出

現する恐れがあると見て、監視を続けていたと言っています。まあ、それ以外の研究

者や研究グループが、どのようにこの地域に入っていたのかは、今のところ実態は

よく分りません。いずれにしても、かなり広い地域になります。また、香港の返還と

経済の爆発的な成長で、広東省の人口も急激に拡大していたはずです...」

「はい...そういう要素もありますね...」

「まあ、本格的な調査が進み、これから色々と分ってくると思います...

  ちなみに、WHOが広東省で新型肺炎の発症を知ったのは2月9日です。しかし、

中国政府の協力が得られず、それ以後も“傍観するしかなかった”といいます。ま

た、このことについて、後に中国政府は公式に謝罪しています。

  まあ、当事国の協力が得られなければ、国連機関としては手の打ち様がないわ

けです。それから、台湾のWHO加盟を中国が妨害していたわけですが、これもまた

最悪の結果を招いてしまいました。日本も、このことでは中国に気を使い過ぎだと言

われていますが...ともかく、台湾はたまらなかったでしょう...」

「はい」響子は、静かにうなづいた。「台湾も、WHOの指導を受けていたら、あれほど

SARSの対応で混乱することはなかったと言われています...」

「ともかく、SARS被害がここまで拡大したのは、中国当局の責任が大です。公平に

見ても、台湾はそのSARSで大きな被害を受けたわけですし、WHOの加盟では、

中国当局は譲歩すべきだと思いますね。私は、政治的なことはよく分りませんが、」

「そう言えば...台湾は、中国からの医療物資の援助を、断わっていましたわね」

「そうです...台湾は、言外に、そのことを言いたかったのだと思います。“1つの中

国”という基本政策はともかく、それならば、何とかして欲しかったと...」

「はい。今回は、台湾は、本当に気の毒だったと思います」

「ま、いずれにしても、大勢の人々が感染し、隔離され、15%ほどの患者が亡くなり

ました。中国当局も、今回のことでは、各方面に大きな借りが出来たのではないで

しょうか。特に、台湾には、」

「そうですね。初動期の対応がまずかったと言うことですね。日本も、阪神大震災の

時に、自衛隊を出動させず、被害を拡大させたという苦い経験があります。しかし、

バイオハザードとなると、それが一気に地球規模に拡大してしまうということですね」

「はい。ええと...話はどこから脱線したのかしら?」

「ええと...2月9日以降の話ですね。2月9日に、WHOが広東省での新型肺炎を

察知した所です」

「あ、はい。それから、どうなったのでしょうか?」

「その翌日、2月10日には、元・米海軍の感染症調査役カニオン(Stephen Cunnion)

が、友人からのメッセージで現地の状況を知り、プロメド・メール(ProMED-mail/感染症関

連の国際的な電子メール配信リスト)に投稿し、世界が知る事態になったわけです」

「ええと...“染症関連の国際的な電子メール配信リスト/プロメド・メール”です

か...インターネットに、そんな配信リストがあるわけですね」

「はい...全体を時間系列で追うと、こんな感じになりますね...

 

  2002年11月頃〜翌年2月9日まで: 

    305人が発症、5名が死亡、とWHOに報告。

  2月下旬: 

    香港を旅行し、Mホテルに宿泊したアメリカ人が、ベトナムのハノイ

   で体調を崩し、入院。

  3月上旬: 

    ハノイにおけるその病院の医療スタッフ約20人が、同様の症状を

   示す。また同時期に、香港の病院の医療スタッフ約20人も、同様の

   症状を示す。

  3月12日

    WHOが全世界に、SARSについての警告を出す。

  3月15日 

    WHOが緊急旅行勧告を出す。

  4月2日: 

    WHOより、感染拡大防止のため、香港、広東省(中国)への渡航

   延期勧告が出される。

 4月3日: 

    日本では、感染症法における、“新感染症”として取り扱われること

    となった。

 

  ...と、まあ、こんな流れです」

「あの、感染症法における、“新感染症”というのは、どのような内容なのでしょう

か?」

「はい...

  感染症法で定められている疾患は、1〜4類に分かれています。“新感染症”は、

この中の“1類感染症”に準じた扱いとなります。アメリカでは、これを“カテゴリーA”

としていますね。このには、“エボラ出血熱”“ペスト”“野兎(やと)病”...それ

から生物兵器として使われた場合、最も危険度が高いとされる“天然痘ウイルス”

も、この中に入ります。こうしたものは、国や状況によって、また時代によっても変動

するものです。

  ちなみに、4月3日より、日本では、“SARSコロナウイルス”は、“新感染症”とし

て取り扱い、“エボラ出血熱”等に準じた扱いとなったわけです。ワクチンや治療薬が

見つかれば、また別の扱いになると思います...」

「はい...

  ええ、外山さん...それでは、SARSについて、もう少し具体的な話を聞かせて

いただけるでしょうか...その正体はどのようなものなのか、現在分っている研究成

果などでいいのですが、」

「はい、その前に、現在分っているガイドラインを簡単に説明しておきましょう...

 

新型肺炎・SARSの原因 / <SARSコロナウイルス>

  原因は、コロナウイルス科に属する新種のウイルスと発表されていま

す。コロナウイルスというのは、大型のRNAウイルス(DNAではなく、RNAを遺伝子

としているウイルス)の一種で、表面に糖タンパク質の突起があります。発病は、

ウイルスが免疫細胞に侵入して起こります。まあ、肺の組織が炎症をおこ

し、重い肺炎出血を引き起こします。

  普通の風邪の3分の1は、SARS病原体とは別のコロナウイルスによる

ものと言われています。

  

感染経路

  主要感染経路は、“飛沫感染”と考えられています。“接触感染(分泌物、

出物などに含まれるウイルスが、手や食物などを通して感染)も考えられます。また、“そ

の他の感染経路”も、否定できないと言います。

  インフルエンザのような、強力な“空気感染”は否定的です。これは、こ

れまでの感染拡大の実態からも、このように見られています。一方、4割か

ら7割が感染ルート不明というようなニュースも流れています。したがって、

6月初旬現在、SARS感染の実態は、まだ相当に流動的なようです...

 

潜伏期間

  2〜10日 通常2〜7日間と考えられています。 )

  WHOは、“最大10日”と見ていますが、他の研究機関では、“最大

14日〜16日”という説もあります。

 

治療法  <死亡率14%〜15%>(6月現在の推定)

  呼吸管理等の“対症療法が中心”となります。ステロイド、リバビリンの

投与など、さまざまな治療法が試みられていますが、現在のところ確立し

たものはありません。  

 

  ...まあ、こんな所ですかね」外山は、自分のノートパソコンから顔を上げた。

「はい。ありがとうございました」響子が言った。「それにしても、死亡率が約15%と

いうのは、非常に高いように思うのですが、どうなのでしょうか?」

「うーむ...

  抽象的な表現になりますが、非常に厳しいと思います。それから、私は治療現場

にいるわけではないので、よくは分らないのですが、死亡率14%〜15%というの

は、“集中治療施設”等の現代医学の威力で、何とかその数字に押さえ込んでいる

状況だと思います」

「うーん、そういうことなんですか!それじゃ、日本も、うかうかとはしていられません

ね!」

「まさに、そういうことです!

  SARSが東京に入ってきたら、大変なことになりますね。まあ、おおよその状況

は、北京の様子を見ていれば、想像はつくと思います。そうなれば、不況だの、失業

だのという状況ではなくなります。

  特に現在の日本の状況では、国家そのものが大きくぐらついてきます。ともかく、

油断なく、絶対にブロックしなければなりません」

「はい!」

                                              

 

    〔3〕  エマージング感染症  wpeB.jpg (27677 バイト)    

 

「ええ...高杉・塾長が来られました、」里中響子が言った。「ここからは、塾長にも

話に加わっていただきます。塾長、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」高杉は、響子にうなづいた。「専門は、外山さんな

ので、私は傍聴するだけですね」

「いやいや、」外山が、片手を上げた。「私は“分子生物学”と“生物情報科学”担当な

ので、一般的に言えば、専門家ではありません。ただ、生物や微生物ということで共

通しているだけです」

「うーむ...」高杉は、統括責任者として、うなづいた。「しかし、現在、ここのスタッフ

では、外山さんしかいないでしょう」

「はい」響子が答えた。「そのうちに、危機管理センターに、バイオハザード担当者を

置きたいと考えています。今回は、それが間に合いませんでした」

「うーむ...よろしく頼む」

「はい」

「私は、一応、多少の専門知識はありますが、」外山が言った。「それが一般的にどう

生かされるかが課題です。そのあたりは、広範な知識を持つ塾長に、ぜひ意見を仰

ぎたいですね」

「はい、」響子が、会話を引き取って言った。「今後も、皆さんの協力を得て、“危機管

理センター”を運用していくことになります...ええ、そういうことで、さっそく始めた

いと思います。

  ここからは、“エマージング感染症”というテーマになります。外山さん、そもそもエ

マージング感染症というのは、どのようなものを言うのでしょうか?」

「はい...」外山は、トン、トン、とテーブルを指でたたいた。「まず、エマージング感

染症というのは、“エマージング・ウイルス”によって起こるということですね。このウイ

ルスは、ふだんはどこに潜んでいるか分らないのです。ところが、ある日突然出現

し、人類に大被害を及ぼします。生態系の中に、何故こんなシステムが内在している

のか、非常に興味深い所です。

  この“エマージング感染症”代表例は、あの有名な、“最強・最悪”と言われる、

“エボラ出血熱”でしょう。これは、1995年6月に、アフリカのザイールで突然発生

し、200人を超える死者を出しました。

  このタイプのウイルスは、普通の病原体とは異なり、ある期間流行すると、何故か

かき消すように姿をくらましてしまいます。そして、次の出現まで、どこに身を潜めてい

るのか、ほとんど分っていません...」

「ふーん...」響子が言った。「でも、流行のきっかけはあるわけですよね、」

「まあ...環境や生態系の変化によると、考えられています。つまり、ウイルスに都

合のよい状態になると、凶暴化して、猛威を振るうらしいと言われています...」

「これらは、」高杉が、口を開いた。「今回のSARSのように、新種のものが多いわけ

ですか?」

「そうですねえ...こうしたエマージング感染症そのものが、20世紀の終わり頃か

ら頻発しています。風邪や、インフルエンザのようなものは、だいぶ昔からあったわけ

です。しかし、ほとんど毎年のように人類社会を襲うようになったのは、ごく最近のこ

とです。

  エボラ出血熱は1995年ですし、SARSは2002年です。インフルエンザや、新型

のインフルエンザも、毎年のように騒がれています。こうしたものが、今後も続々と人

類社会を攻撃し続けると考えた方がよさそうですね。人類には、益々敵が存在しなく

なり、生態系のバランスの上からも、天敵が必要なのでしょうか...」

「確かに、」高杉が言った。「このままでは、地球生態系を潰してしまう恐れがありま

すね」

「はい。しかし、人類に対しては、大型動物の天敵は無理でしょう...ゴジラか、モ

スラか、異星人のようなものが出現すれば話は別ですが、大概は小型銃器で制圧さ

れてしまうでしょう。そうなると、やはり、人類の最大の強敵だった病原体ということに

なりますね...」

≪新人類の出現は...≫                       

 

「あの、」響子が言った。「ホモサピエンスを超える新人類はどうかしら?」

「うーむ...可能性は、ありますがね...どうでしょうか、塾長?」

「そうですねえ...

  昨日の東京新聞(2003.6.12/1面)に、最も古い現代人の化石が発見されたという

ニュースが載っていました。エチオピア中部のアファール渓谷で、1997年に出土し、

復元や解析が続けられていたものです。“ホモサピエンス・イダルトゥ”と名付けられ

たそうです。出土した火山灰の分析から、16万年前のものと判明したそうです。

  アフリカで発見された、“旧人/古代型ホモサピエンスの最も新しい化石は、約30万年

のものです。また、これまでは“新人/現代型ホモサピエンスの最も古い化石は、約10

万年前のものでした。そこで、今回の“ホモサピエンス・イダルトゥ”の発見は、16万

年前ですから、この空白期を埋めるものになったわけです」

「ほほう...」外山が、肩を揺らした。「16万年前に、“ホモサピエンス・イダルトゥ”で

すか...いや、これは面白いですねえ...“ホモサピエンス・イダルトゥ”ですか、」

「この化石は、“旧人”から進化したばかりの原始的な“新人”だということが分った

そうです。頭蓋骨の解析などから、」

「ほほう...“旧人”から“新人”への、過渡期の“原始的・新人”ですか...なるほ

ど...6万年遡った所に、進化の過渡期の“ホモサピエンス・イダルトゥ”が確認され

たということですね...

  まあ...考古学的な人類の起原は、約700万年前に、サルと分かれた猿人とい

われています。一昔前には400万年前などとも言われていましたが、今は700万年

前と言われているようですね。これが、“ホモエレクトス”といわれる“原人”です。

  以来、先ほど塾長の言われた、長い“旧人”の時代を経て、約20万年前に“新

人”に“進化”したと考えられています。その過渡期の16万年前に、今言われた“ホ

モサピエンス・イダルトゥ”が確認さたということでしょう...」

「いわゆる、“アフリカ起源説”ですね、」高杉が言った。

「そうです。この約20万年前に出現した“新人”が、それまでいたネアンデルタール

ジャワ原人などと入れ替わっていったわけです...“ホモサピエンス・イダルト

ゥ”のような、“進化過程の骨格”が発見されたというのは、面白いですねえ...」

「それは、征服されたのでしょうか?」響子が聞いた。

「どうでしょうか...そうした、種の中から進化したわけですから、必ずしも、全てが

そうだったとは思いません。むろん、後の世界に見られるように、異民族による大侵

略のような戦争もあったかもしれません。しかし、混血ということも多かったのではな

いでしょうか。

  当時はまだ、人類だけが自由に地上を闊歩していた時代ではなかったのです。人

種の争いよりも、他の動物との争いや、厳しい自然環境の克服の方が、はるかに大

変だったと思います」

「現在の人類文明も...」高杉が言った。「紀元後2003年、紀元前で数千年...

合計しても1万年ぐらいでしょう。この時間スケールを使うと、数万年というのは、かな

り大きな時間です」

「つまり...」響子が言った。「そのぐらいで、数万年ぐらいで、新人類が出現するの

でしょうか?」

「いや、数万年というよりも、数十万年でしょう...」外山が、首をかしげ、高杉の方

を見た。

「現代人の、細かな系統樹の流れを、詳細に調べてみる必要があるでしょう、」高杉

は言った。「まあ、そうしたことを専門としている学者もいるわけです...

  しかし、ミュータント(突然変異体)とか、新人類の話は、具体的には聞いたことがない

ですねえ。文明を築き上げ、その変幻自在の力で環境を克服し始めたホモサピエン

スには、もはや生物体としての進化は必要ないということでしょうか...どうなので

しょう、外山さん?」

「確かに、多少のことなら...いや、相当のことでも、人類は科学技術の力で克服し

ていくでしょう。しかし、私としては、それは甘いと思っています...」

「と、言うと?」

「やはり、生態系が企てている進化は、あると思います...塾長は、どう思われます

か?」

「まあ、私も、生命進化の流れは、もっとはるかに巨大なものだと思っています...

しかし、小さな“淀み”のようなものだって、無数にあるのではないでしょうか...

  例えば、科学技術文明の出現によって、自然淘汰適応というものが、ごく粗(あ

ら)く乗り越えられて行きます。したがって、科学技術は、一時的には、はるかに先へ

行っているように見えます。まあ、パラダイムが粗ければ、いずれ矛盾が露呈してくる

わけですが...」

「うーむ...それが、科学の爪痕...生態系の破壊として、残っていくというわけで

すね」

「そうです。しかし、そんなごく粗い科学技術でも、単純な機械仕掛けで、一時的には

生態系を支配することができるわけです。つまり、進化の流れに、淀みを作れるので

はないでしょうか...」

「なるほど...分ります...」

「あの...」響子が言った。「このままでは、人類が全生態系のバランスを破壊してし

まうから、エマージング感染症のようなものが、出現したということかしら?」

「まあ、そうです」外山が言った。「何者が、そのバランスを...つまり、この地球とい

う全生態系の“ホメオスタシス(恒常性)を、統括し、維持しようとしているかは知りませ

んがね、」

「いるとしたら、」高杉が、笑みを浮かべた。「当然、“36億年の彼”でしょう。しかし、

不思議ですねえ...この世界というのは...」

「はい、」外山がうなづいた。「この世界というのは、確かに、不思議の塊です...」

                                       

 

≪地球上の全生物種は...≫

 

「外山さん、」響子が言った。「このエマージング感染症について、もう少し詳しく説明

していただけないでしょうか、」

「はい...

  この新顔、あるいは古顔のエマージング感染症が、毎年のように出現するように

なったのは、先ほども言いましたように、20世紀の終わり頃からです。これらのほと

んどは、野生動物由来の、“人獣共通感染症”です...まあ、ウイルスですがね、」

「ウイルスというのは、どのぐらいの種類があるのでしょうか?」響子が聞いた。

「うーん...」外山が、うなった。「分りませんねえ...そもそも、人類が把握している

生物種そのものが、ほんのごく一部だということです。大型哺乳動物などは、ほとん

ど把握していると思いますが、昆虫となると、どうでしょうか。それが、さらに細菌やウ

イルスとなると、ほとんどが確認されていないと言った方がいいかも知れません」

「ふーん...確認されているのは、どれぐらいかしら?」

「そうですね...現在の生物学が認知している全生物種は、約150万種といわれ

ます。しかし、実際には、数千万から1億を超える生物種が実在していると考えられ

ています...しかし、まあ、分らないだけに、かなり幅があります、」

「うーん...種の“多様性”が高いほど、安定しているわけですよね?」

「いえ...多様性が高いほど、安定していると錯覚する向きもありますが、実際には

“多様度”の高低と、生態系の安定度は、関係がありません。砂漠などは、多様度は

低いですが、それなりに安定しています。まあ、響子さんが言っているのは、少し違う

意味なのかも知れませんが...

  ちなみに、植物は、25万種弱が認知されていますが、実際には30万種〜50種

が現存するといわれています」

「それじゃ、ウイルスはどうなのかしら?」

「はい...国際ウイルス分類委員会が確認しているのは、約3万種と言われます。

そのうち、人類と関連する哺乳類と鳥類に感染するウイルスは、約650種あると言

います。しかし、野生動物と“平和的に共存しているウイルス”については、ほとんど

実態が分らないというのがが現状のようです。

  まあ、SARSコロナウイルスも、そうした未確認ウイルスの1つだったわけです。し

たがってですね、エマージング感染症についても、これから本格的に取り組んでいく

課題と言った方がいいのではないでしょうか。今後、益々被害が拡大していくような

ら、なおさらです...」

「はい、」

「それにしても、SARSコロナウイルスは、“濃厚接触”によらない“飛沫感染”が主

要ルートと言われます。しかも、強力な感染力ということで、グローバル化世界の中

で、容易に広がってしまいました。幸いインフルエンザのような強力な“空気感染”

無いようですが、このような型のエマージング感染症は、初めてのケースになると言

われています」

「あの、外山さん...“濃厚接触”というと?」響子が聞いた。

「まあ、動物から人間に移ったウイルスが、人間の間でさらに拡大するのは、“濃厚

接触”による場合に限られるわけです。例えば、エボラウイルスの場合は、“注射器

の使い回し”が指摘されています。

  それから、20世紀最大の疫病と言われているエイズは、エマージング感染症とは

違いますが、エイズウイルスが人間の間で拡大したのも、いわゆる“濃厚接触”によ

るものです。性的なもの、輸血、血液製剤、それからドラッグなどに使う“注射器の使

い回し”などです。

  したがって、今回のSARSコロナウイルスのような“飛沫感染”は、初めてのケー

スになると言っていますねえ、」

「インフルエンザのような、“空気感染”のケースもあるわけですよね、」響子が言っ

た。

「まあ、こうした“飛沫感染”は、エマージング感染症では初めてのケースと言われて

います。が、それ以上の状況については、ちょっと分りません。これから解明され、整

理・統計も進んでいくと思います...」

「はい...でも、もし、エイズウイルスが、SARSコロナウイルスのような“飛沫感染”

だったら、非常に恐ろしい事態になっていたのではないでしょうか」

「そうですね。幸い、エイズウイルスは感染力は弱いですし、潜伏期間は非常に長い

わけです。恐いのは、最強最悪のエボラウイルスの出現ですが、これは“濃厚接触”

をさけることが大事です。まあ、出血で噴出した血液などには、絶対に素手では触れ

ないことです」

「あ、はい...」響子が、インターネットの画面をチラリと見、うなづいた。「ええ、ブラッ

キーが、“エボラ出血熱”について、それから“細菌とウイルスの違い”について解説

して下さるそうです。

  ええ...それでは、ブラッキー、よろしくお願いします」

「おう...」

 

   ブラッキーの、ここだけの話だぜ No .1     

                       

     <ブラッキー>         東シナ海上空      <ミーコちゃん>         航空宇宙基地/“赤い稲妻”

≪ ブラッキー: 元・米海兵隊軍曹/特技はM60軽機関銃、各種ヘリ・小型飛行機の操縦、情報収集、他≫

( “エボラウイルス”も、真中にドットの入った“エボラ・ウイルス”も、意味は同じです。こうしたドットは、一般的

に、分りやすくするために、入れています。)

 

「それじゃ、ミーコ君、操縦席を頼むぜ。ちょいと、仕事だ...」

「はーい、」ミーコちゃんは、副操縦席で、音楽を聴きながら答えた。

「オートパイロットだから、大丈夫だ。“赤い稲妻”からコンタクトが入った

ら、適当に答えておいてくれ」

「はーい...ルン・ルン・ルル・ルンルン・・・」

細菌とウイルスの違い                 

「ああ...ブラッキーだ。ま、よろしく頼むぜ...

  まず、細菌とウイルスだが...こいつらは、何と言っても、大きさが違う

ぜ。それから、細菌のことは、よく“バクテリア”とも言う。まあ、これは同じ

意味だ。数字をあげると、ざっと、こんなとこだな...

 

細菌(バクテリア) : 菌の幅は、0.2〜10ミクロン(多くは、0.5〜1ミクロン

          球状、棹(さお)状、らせん状などを示す単細胞生物

          (グラム染色法によって、グラム陽性菌グラム陰性菌

          大別される。)

ウイルス   : 細菌より小さな粒子。10〜400ミリミクロン。素焼きの

          菌濾過器を素通りしてしまい、光学顕微鏡では見えない。

         ( 1ミクロンは、1ミリメートルの1000分の1の長さ)

           ( 1ミリミクロンは、1ミクロンの1000分の1の長さ)

 

  さて、こういうわけだが...じゃあ、細菌とウイルスとは、どんな所が違

うのかということだな...こいつは、ウイルスの構造を見れば分るぜ...

  ウイルスというのは...まず、細菌よりもはるかに小さい粒子だ。それ

で、その中心部に、DNARNAのいずれかの遺伝子を持つ、核タンパク

質複合体コアがある。それから、そのまわりには、“キャプシド”と呼ばれる

タンパク質構造体があるわけだ。全体としては、まあ、こういう単純な構造

だ。しかし、こいつは、一筋縄じゃあいかねえ野郎だ...

  まず、このコアのまわりにある“キャプシド”で、生物体の細胞にくっつく

わけだ。が、ここが非常に微妙で、ずる賢くて、奥の深い所だ。つまり、人

や動物に感染したり、しなかったりとよ...また、恐い所でもあるわけだ。

 

  しかし、ウイルスというヤツは、こんな単純な構造だから、自分自身で物

質代謝やエネルギー代謝は出来ねえ。それで、他の生物に寄生して、

ンパク質合成系を利用するわけよ。まあ、何とも、たいした知恵だぜ...

  しかし、こいつは、色々な意味で半人前だな。こんなことでは、一人前

の生物とはいえねえ。まず、物質代謝もエネルギー代謝もない。これは、

つまり、呼吸もしていないってことよ...

  まあ、呼吸をしていなけりゃ、“生きている”とはいえない。こいつを、あえ

て表現すれば、生物多様性の中を流れている、“機動性・遺伝子”のよう

なものだ。生物でも、無生物でもなく、その中間てとこだな...

  が、“悪知恵”はたっぷりと持ってるぜ。“エボラ・ウイルス”や“エイズ・ウ

イルス”を見ても分るようにな...“インフルエンザ・ウイルス”だって、一筋

縄じゃいかねえ野郎さ...

 

  一方、細菌の方だが...こっちの方は、単細胞であっても、一人前の

生物体だ。自分で代謝ができるし、自己増殖もできる。進化だってする。鞭

毛を持っているヤツは、単細胞のくせに、泳いだりもするぜ...まあ、脳ミ

ソがどこに有るのか無いのか知らんが、大したヤツ等よ...

  こいつらは単細胞だが、この“細胞”という単位が集合して、地球上の

あらゆる多様な生物を創り出しているわけだ...ヒトの場合は、約60億

の細胞の集合体だ。これらが、ヒトの姿を形成し、猛烈な速度で細胞の生

滅をくり返している...

  その、一瞬ごとの膨大な細胞の生滅と、生態系との相互作用のプロセ

スの中に、“命”“人格”が見えてくるぜ...」

 

エボラ出血熱(国際伝染病)              

                        エボラ・ウイルス:   菌子状のウイルス

                          :   フィロ・ウイルス ひも状ウイルス)

「次に、“エボラ・ウイルス”だが、こいつは“悪いヤツ”だぜ...オレも少

々のことじゃ驚かねえが、こんな悪いヤツはよう、滅多にいるもんじゃあね

え...構造は、さっきも言ったように、比較的単純だがよ...

  ま、響子さんたちが言ってたように...こいつは、まず、“エマージング

感染症”の、エボラ出血熱を引き起こす、“エマージング・ウイルス”だ。気

に喰わねえヤツだが、まあ、簡単にガイドラインを紹介しておくぜ...

 

  “エボラ・ウイルス”というのは、そもそも、アフリカのスーダンザイー

に常在する、大型のウイルスだ。ともかく、でかいヤツだ。エボラ出血熱

というのは、こいつの感染によって起きる、一種のウイルス性の出血熱だ。

“エボラ”というのは、ザイールの村にある、川の名前だそうだ。そこで患

者が発生したから、その名前が付けられたわけだ。

  ええーと...それから、響子さんたちも説明したと思うが、この“エマー

ジング・ウイルス”というのは、“ある日突然出現し、猛威を振るうというタイ

プのウイルス”だ。今回、中国の広東省で発生したSARS・コロナウイルス

も、この“エマージング・ウイルス”だと考えられている...

 

  最初に、この“エボラ・ウイルス”が確認されたのは、1976年だそうだ。

オレはよう...アメリカの海兵隊軍曹として、ベトナム戦争に参加した。あ

のベトナム戦争が終ったのが、1975年だ。あの最後の、サイゴン撤退の

時のことは、よく覚えているぜ。あれは、でかい敗戦だった...

  つまりよう、あのベトナム戦争の終った翌年に、“エボラ・ウイルス”が確

認されていたわけだ...

  この時、アフリカのザイール、あのエボラの周辺で、280人の人命が奪

われ、“エボラ・ウイルス”という病原体が確認された。それ以後、このエボ

ラ出血熱は、エボラ以外の所で、散発的に発生していたようだ...

 

  さて、次に、1995年...この年は、阪神大震災があり、パソコン・OS

の“ウインドウズ・95”が発売され、ともかく、何かと色々と大きな事件の

あった年だったぜ...

  その年、世紀末の1995年6月、あのエボラで、再びエボラ出血熱が出

現した。そして、200人を超える死者を出した。世界中が、“エボラ・ウイル

ス”に、改めて戦慄した...

 

  この“エボラ・ウイルス”は、SARS・コロナウイルスのような、“飛沫感

染”は少ないとされてるぜ...響子さんたちも説明していたように、“濃厚

接触”による感染がメインのようだ...この点では、エイズ・ウイルスと似

ているぜ。

  “エボラ出血熱”の症状というのは、2週間ほどの潜伏期間の後、急激

に発病すると言うぜ...頭痛、高熱、セキをともなう胸痛などが始まり、そ

れから嘔吐下痢が起こってくるという...そして、1週間ほどたつと、

血、吐血、下血、歯ぐき、膣、皮下などからも出血するようになるというぜ。

 

   まあ...環境や生態系の変化が、“エボラ・ウイルス”の凶暴化を招く

と考えられているようだ。ともかく、治療法が無いのが困るぜ。感染した場

合、致死率は8割近いという...

  1999年の末、アメリカ陸軍・感染症医療研究所が、“エボラ・ウイルス”

の表面にあるタンパク質に結合し、ウイルスの活動妨げる“抗体”を発見し

たそうだ。ま、研究は進んでいるんだろうぜ...

  しかし、相変わらず“国際伝染病”に指定されているし、治療法が確立

されたというマスコミ報道もない...したがって、“最強・最悪”の野郎に変

りはないってことだ。しかも、エボラに近い類似や新種のウイルスが、いつ

出現するか分らない。こいつは、“要注意”だぜ。

  ともかく...あらゆる可能性に備え、バイオハザードの対策は、しっかり

とやっておくべきだろうぜ。航空機が結ぶ、グローバル・ネットワークという

システムも、そろそろ考え直してみるべきかも知れねえなあ。19世紀のよ

うに、船の時代に戻るというのも、悪い話じゃあないと思うぜ...」

                                       

    

                        

                             

 

「ブラッキー!どうもありがとうございました!」響子が言った。「今回は、ブラッキーの

初解説になったわけですが、非常に詳しく、丁寧なものでした。東シナ海の状況はど

うでしょうか?」

「台風が通過したが、梅雨前線も北上してるぜ」

「雨でしょうか?」

「まあ、晴れてるぜ。快晴とは、いかねえがな...沖縄の琉球諸島の方は、島が霞

んで見えるぜ...」

「はい...ええ、ブラツキー、気をつけて帰還してください!」

「おう、心配はいらねえぜ!」

 

     〔4〕感 染 爆 発 wpeD.jpg (10922 バイト)  

            wpeB.jpg (27677 バイト) 

  

「ええ...」外山が言った。「ブラッキーが、“エボラ・ウイルス”について紹介してくれ

ましたが...私の方からも、幾つか補足しておきましょう」

「あ、はい。よろしくお願いします」響子が言った。

「まず...ブラッキーは、ウイルスを一般的な意味で、“粒子”と紹介していました。

しかし、この“エボラ・ウイルス”の場合は、菌子状の大型ウイルスです。別の言い方

をしますと、“フィロ・ウイルス”の1種です。“フィロ・ウイルス”というのは、“ひも状ウイ

ルス”のことです。まあ、こういうワームのような形状のウイルスもあるということです

ね...」

「はい...うーん...」

「それから、“エボラ・ウイルス”が恐いのは、RNA型遺伝子のウイルスで、変異が

非常に早いということです。それで、すぐに変異してしまい、ターゲットが絞れないの

です。したがって、血清(血液が凝固する時に、血餅から分離する、黄白色透明の液体)が、すぐに役に

立たなくなるようです。

  これは、同じRNA型の“エマージング・ウイルス”ということで、SARSにも言えるこ

とかも知れません。まあ、今後の研究になるわけですが、そうだとしたら、非常に厄

介ですね...」

「はい。その可能性もあるということですね?」

「そうです。それから、ブラッキーの話だとアメリカ陸軍・感染症医療研究所が、エボ

ラ・ウイルスの活動を妨げる“抗体”を発見したそうですが、すぐに変異してしまって

は効果がなくなってしまうわけです。まあ、私は詳しいデータを持っていないので、何

ともいえないのですが、そんな所が、克服できない原因なのかも知れません...」

「はい...ともかく、第一線の研究現場の話、ということですね?」

「そうです。しかも、彼等は、ふだんは忍者のように...カタツムリやナメクジなど、

何処の誰とも分らないの生体の中に身を潜め、ジッと息を殺しています。そうやって、

大感染の時機をうかがっているわけです。ともかく、人類を標的にしているのか、彼ら

自身の都合でそうやっているのかは知りませんが、厄介な相手です...」

「うーん...」

「まあ、“エマージング・感染症”の代表格である、エボラ・ウイルスだけでなく、インフ

ルエンザ・ウイルスも同様ですし、SARS・コロナウイルスも、そうかもしれないと言う

ことです...」

「はい、」

「くり返しますが、変異が早いとされるRNA型遺伝子のウイルスは、エボラ、インフル

エンザ、エイズ、SARSなどです。いずれも、人類にとっては、やっかいな連中です。

  それから、これは別の話になりますが、エイズ・ウイルスなどは“レトロ・ウイルス”

と呼ばれています。これは、“逆転写酵素”を持つRNA型ウイルスです。“逆転写酵

素”というのは、聞いたことがあるでしょう?」

「はい」

“逆転写”というのは、もともと“レトロ・ウイルス”で発見されたものです。本来なら、

DNAからRNAへ遺伝情報が伝達されるわけですが、それがRNAからDNAへ伝達

されるので、“逆転写”というのです。

  そして、これに関与する酵素が、“逆転写酵素”です。まあ、mRNA(メッセンジャーRNA)

から、人工的にDNAを合成する技術に使われます」

「はい」

「したがって、“レトロ・ウイルス”では...感染後、ウイルスの遺伝情報が逆転写

れて、宿主細胞のDNAに組み込まれるのです。ヒトに感染するものでは、エイズ・ウ

イルスの他に、“ATL(成人T細胞白血病)・ウイルス”がありますね...もちろん、これら

は、“エマージング・ウイルス”ではありません...インフルエンザのように、冬に一

気に拡大し、その後消えてしまうというようなタイプではないですから...

「うーん...はい、」響子が、うなづいた。

「まあ、私も専門外のことなので、“エボラ・ウイルス”については、これ以上のことは

分りません。バイオハザード専任の方が配置につかれましたら、そちらの方から詳し

く解説していただきましょうか」

「はい...そうします」響子が、小さくうなづいた。

                        

≪免疫...血清とワクチン≫             

 

「さて...」響子は、双方向の、大型のプラズマ・スクリーンに顔をむけた。「ええ、

月の14日だったでしょうか...WHOは新型肺炎・SARSの感染が、縮小傾向

入ったことを発表しました。詳しくは、WHO、厚生労働省、外務省等の公式ホームペ

ージをご覧下さい...

  しかし、カナダのトロントのように、小さなミスから、再度感染が拡大することもあり

ます。つまり、非常に手強い感染症だということですね。今後も、十分な注意が必要

です。

  それから、11月が来れば、新型肺炎・SARSの発生から1周年になります。このこ

とも、留意しておいて欲しいと思います...」

「うーむ...」高杉が、口を開いた。「“エマージング・ウイルス”であるSARSは、イン

フルエンザのように、今後も連続して発生する危険性があるわけですか...」

「そうですね」外山が、高杉にうなづいた。「その可能性が、非常に高いと思います」

「ワクチンや治療法が確立するまでは、気の抜けない状況が続きますね」

「そういうことになります...しかも、なかなか厄介な相手になるかも知れません」

「まあ...バイオハザードに、個人が余り神経質になるのも考えものでしょう。しか

し、総合的な意味において、個人としても、危機管理の意識をもつことは、非常に大

切なことですね。あらゆる場面で、身の危険に対処して行くということは、生きて行く

ことの資質であり、能力ですから、」

「まさに、その通りだと思います」外山が、もう一度うなづいた。

「あの、」響子が、外山の方を見た。「SARSのワクチンは、1年から2年で出来るの

でしょうか?」

「うーむ...そう言われています。しかし、WHOがSARSを確認したのが2月です

から、まだ半年にもなりません。発生したのは、去年の11月で、半年以上になりま

すが、」

「うーむ...外山さん...SARS・ウイルスは、RNA型の遺伝子だと言いますね。

エイズ・ウイルスやエボラ・ウイルスのように、変異が非常に早く、すぐにワクチンが

無効になるというようなことは、あるわけですか?」

「その可能性が高いようですが、私には何とも言えません。現在、世界中で、大車輪

で解明が進んでいる最中ですから、」

「はい、」高杉は、小さくうなづいた。

「あの、外山さん、素朴な疑問なんですけど、」響子が言った。「先ほど、エボラのこと

で、“血清”と言われましたよね?」

  外山は、黙ってうなづいた。

“血清”と“ワクチン”とは、どのように違うのでしょうか?」

「ああ、はい...

  それじゃ、まず、“免疫”というものから話しておきましょうか。“免疫”というのは、

お2人は分っていると思いますが、現代医学の1つの焦点にもなっています。ここ

で、改めて、簡単に説明しておきましょう」

「はい。よろしくお願いします」響子が言った。「SARSでも、結局は、“免疫”が関係し

て来る訳ですし、

「そうですね...これは、まず、生体の基本的かつ最高度の防御システムです...

 

  “免疫”というのは、そもそも生体が疾病(しっぺい/病気)や感染症に対して、抵抗力

を獲得する現象を言います。自己と非自己を識別し、自己を守るシステムです。まあ、

脊椎動物で、特に発達しています...

  もう少し具体的に言うと、人体に外から入って来る細菌やウイルスなどの異物を、

“抗原”といいます。そして、この“抗原”に反応する物質を、“抗体”というわけです。

つまり、侵入してくる細菌やウイルスに対し、リンパ球、マクロファージなどが働いて、

特異抗体を形成し、抗原を排除・制御するシステムです...

  臓器移植の際の、“拒絶反応”なども、こうした非自己に対して、排除として作用し

ているのです。それから、“アレルギー”というのは、この免疫反応の異常から来るも

ので、味方である自己を攻撃してしまう疾病です。アレルギーの原因となる抗原物質

を、“アレルゲン”と言いますね...

  ちなみに、免疫には、“細胞性免疫”“液体性免疫”とがあります。“細胞性免疫”

というのは、“T細胞”といわれるリンパ球が、異物の周りを取り囲んで攻撃するもの

です。“液体性免疫”というのは、血液中に“免疫グロブリン(ガンマ・グロブリン)という抗

体ができて、細菌などが侵入してくると、ぴったりと表面にくっついて、菌を破壊して

しまう反応です...」

「うーん...そうなんですか。“細胞性免疫”が“T細胞/リンパ球”で、“液体性免

疫”が、血液中の“免疫グロブリン(ガンマ・グロブリン)というわけですか...」

「そうです...ともかく、専門用語が多く、医学の最先端領域です。理解するのも容

易ではありませんが、一応、言葉ぐらいは覚えておいてください」

「はい、」

「さて、それじゃ、“血清”と“ワクチン”の話をしましょう...

 

  “血清”と言うのは、血液が凝固する時に、血餅(けっぺい/固まった血)から分離する、

黄白色透明の液体のことです。

  それから、“血清療法”というのがあるわけですが、これは、特異抗体を含む“免

疫血清”を、患者に注射する治療法です。1890年、北里柴三郎と、ドイツ人のベーリ

ングが、破傷風でこの方法を始めました。それから、ジフテリアや、蛇の毒などにも用

いられています。マムシに噛まれたら、血清を注射するというアレですね。

  ちなみに、“免疫血清”というのは、“免疫”を持っている動物から得られた、特異

な“抗体”を含有している血清のことを言います。

 

  “ワクチン”というのは、免疫原(/抗原)として用いられる、各種伝染病“弱毒菌”

死菌”、または“無毒化毒素”のことをいいます。生体にこれを接種し、“抗体”を生

じさせます。“死菌”、“生ワクチン”、“トキソイド”3種類のワクチンがあります。

 

  ...まあ、色々と専門用語が並びましたが、こんなところでしょうか...」

「はい...あの...この3種類のワクチンは、どう違うのかしら、」

「そうですね、“死菌”は、チフス、コレラ、インフルエンザ、ポリオ・ソーク・ワクチンなど

に使います。“生ワクチン”は、BCG、痘苗、ポリオ生ワクチンなどに使います。

  “トキソイド”というのは、病原菌の毒素(/トキシン)を含む細菌培養疫に、ホルマ

リン(ホルムアルデヒド)を加え、免疫力を保ったまま、毒の力を消滅させた液です。これ

は、破傷風ジフテリアなどの、“予防接種”や治療に用いると聞いています。アナト

キシンとも言いますね...」

「はい...うーん...免疫系というのは、普段よく耳にしますし、分っていると思って

いたのですが...

  うーん...よく分っていませんでした...」響子は、口に手を当てて笑った。

「まあ、詳しく説明していたら、非常に専門的なことになってしまいますからねえ、」

「でも、今回、聞いて良かったと思っています...」

「それで、何だったかな...」高杉が言った。「感染爆発の話だったかな?」

「あ、はい...」響子は、白い歯をこぼし、うなづいた。「SARSの感染爆発の考察で

す。“何故、医療機関から、感染が拡大したのかです...」

  何故、医療機関から、感染が拡大したのか!≫ 

 

「これは、どうなのでしょうか?」高杉が、外山の方に聞いた。「実際に、何故、医療機

関から感染が拡大したか、本当の原因が分って来ているのでしょうか?」

「そうですねえ...」外山が言った。「“スーパー・スプレッダー”というのがいて、この

特殊な感染者が“感染爆発”を引き起こしていることは分っているようです。しかし、

何故か、と聞かれると、どうなのでしょうか...

  今まさに、そうしたことも含め、SARS・コロナウイルスの実態解明が進んでいる

のではないでしょうか。いずれ、続々と、研究論文が発表されて来ると思います」

「うーむ...まあ、私たちの考察は、それからということですか...」

「そうですね...ここでは、すでに分かっているものについて、幾つか考察してみま

しょう、」

「はい、」響子が、うなづいた。

 

       wpe73.jpg (32240 バイト)            

 

「ええ...」外山が言った。「新型肺炎・SARSの感染拡大経路の調査が、現在、各

国で大車輪で進行中です。こうした中で、感染拡大に大きな影響があったと思われ

る、“スーパー・スプレッダー”と呼ばれる特定の患者の存在が明らかになって来て

います」

「うーむ...」高杉は、右手のコブシを見つめた。「この“スーパー・スプレッダー”の存

在というのは、それほど大きかったのですか?」

「確かなことは、本格的な調査が完了してから、発表されると思います。しかし、現

段階で眺めてみても、“スーパー・スプレッダー”は、決定的な要因になっているよう

に見えます。まさに、“スーパー・スプレッダー”が、カギなのかも知れません...」

「外山さん、」響子が言った。「“スーパー・スプレッダー”というのは、どのように定義さ

れているのでしょうか?」

「“スーパー・スプレッダー”というのは、“10人以上への、感染拡大の感染源となっ

た患者”です...」

「つまり...10人以上に、感染させた人ですね?」

「そういうことです...アメリカのCDC(疾病対策センター)・MMWRは、シンガポール

における、5人の“スーパー・スプレッダー”についてまとめたデータを、インターネット

で公表しています。それについて考察してみましょう」

「はい、」

   【 5人のスーパー・スプレッダー 】             wpeE.jpg (25981 バイト) 

     Super Spreader ( 2003年/ 2月25日〜4月30日/ シンガポールの状況 ) 

           <スーパースプレッダー : 10人以上への、感染拡大の感染源となった患者

 

「くり返しますが、これはシンガポールにおける、5人の“スーパー・スプレッダー”に

ついてまとめたデータです...比較的小さな集団で、コンパクトにまとまっています

ので、新型肺炎・SARSの感染拡大の経路を、理解しやすいと思います。

 

  “最初のスーパー・スプレッダー/22歳” が、2月の下旬に香港を訪れ、2月20

日〜25ホテルMに滞在しました。その後症状が現れ、3月1日にシンガポー

ルでTTS病院に入院しています。

  この患者から、21(/9人の医療従事者と12人の家族・見舞い客)へ、感染が広がりました。  

 

  “2番目のスーパー・スプレッダー/27歳・看護婦” は、この21人の中の1人で

す。この看護婦は、“最初のスーパー・スプレッダー”の看護を担当していました。し

かし、その後、症状が出て、3月10日に、同病院に入院しました。

  この看護婦から、23(/11人の医療従事者と12人の家族・見舞い客)へ、感染が広がりまし

た。

 

  “3番目のスーパー・スプレッダー/53歳” は、糖尿病虚血性心疾患を患(わずら)

っていました。さらに、下痢を伴った敗血症で、3月10に、TTS病院に入院しまし

た。この人は、“2番目のスーパー・スプレッダー”の看護婦と同室でした。

  この患者からは、23人(18人の医療従事者と5人の家族・見舞い客)へ、感染が広がりました

 

  “4番目のスーパー・スプレッダー/60歳” は、慢性腎不全糖尿病によりTTS

病院3月5日から20まで入院しました。また、3月24SG病院ステロイド

性胃炎下血のため入院しています。つまり、この患者は、TTS病院とSG病院の

2つの病院に関係し、感染を拡大しました。

  この患者からは、少なくとも40人(医療従事者・見舞い客等)へ、感染が拡大しました。2

つの病院に関係したことが、感染をさらに拡大させたと考えられます。

 

  “5番目のスーパー・スプレッダー/64歳” は、野菜商でした。3月31SG病

へ行き、130人の患者を訪問しています。入院したわけではないようですね。しか

し、虚血性心疾患左心不全病歴がありました。

  4月5日、咳などの症状が出て、8日に、NU病院に入院しています。さらに、9日

に、TTS病院に転院しました。この患者から12人(医療従事者、入院患者、家族・見舞い客、乗車

したタクシーの運転手、市場での同業者)へ、感染が拡大しました...

 

  ...これが、シンガポールにおける、5人の“スーパー・スプレッダー”の流れで

す。もちろん、“スーパー・スプレッダー”以外の患者から感染が拡大することもある

けです

  しかし、“スーパー・スプレッダー”による爆発的な感染拡大は、この新型肺炎・

SARSの、きわめて特徴的な現象のようです。それと、まさに、“病院”が感染拡大

の舞台となっていることが分ります...」

「どのような人が、“スーパー・スプレッダー”になるのかしら?」響子が聞いた。

「そこが問題です...色々考えられているのでしょうが...まあ、現時点では不明

とされています。これから、北京での感染爆発や、台湾での状況など、続々と情報が

集まって来るからでしょう...」

「はい、」

糖尿病や、虚血性心疾患や、慢性腎不全などにかかっているケースが目につきま

すが、最初の2人は、22歳27歳と若いですからねえ...この人たちが、2人と

も、こんな病気を持っていたかどうか...」

“サイレント・スーパー・スプレッダー”という言葉を聞きました。こうした慢性病にか

かっていると、感染が分りにくいとか...それで、“スーパー・スプレッダー”だと、怖

いですね、」

「はい。そんなことも聞いています...

  ともかく、これから地域や都市のデータ数千人のSARS患者のデータが集まっ

てきます。また、各感染地域の“スーパースプレッダー”の流れも分ってくると思いま

す。それから、死亡者のデータ回復者のデータ様々なレベルの後遺症のデータ

なども集まって来るわけです。

  本格的な解析は、いずれにしても、これからになります。現在は、ともかく、感染拡

大が止まり、急速な縮小傾向に入ったということですね...」

「史上希(まれ)な、貴重なデータが集まりそうですねえ、」高杉が言った。

「そうですね」響子が、高杉を見た。「これが、良い教訓として、生かされればいいん

ですけど、」

「SARSは、去年の11月に、広東省で発生したわけです」外山が言った。「それか

ら、もう半年以上になります...SARS・コロナウイルスは、“エマージング・ウイル

ス”と言われますが、インフルエンザなどとは、だいぶ様相が異なりますねえ...

  まあ、エアロゾル感染(空気感染)インフルエンザと異なるのは、当然ですが...

かし、1周年になる、11月頃までには何とかしないと、妙なことになります」

「妙なこと?」響子が、小首をかしげた。

「それまでには、何とか、現在の感染を、完全に制圧して置きたいものです」

「そうですね」高杉が、うなづいた。「冬の始まりに発生した“エマージング感染症”

が、夏を越したというのでは、困りますね」

「うーん...はい、」響子が、うなづいた。

ともかく、病院内での、感染防御策の徹底で、“スーパー・スプレッダー”は、出現

くくなる”、というようなデータもあるようです...」

「ふーむ...」高杉が、深くうなづいた。「“スーパー・スプレッダー”とは何者で、何故

生まれるのか、ですね...まあ、現場では、相当に分ってきてはいるのでしょう」

「もちろん、そうだと思います。“スーパー・スプレッダー”の実態が解明されてくれば、

この世界的な感染の全体像も分ってくるのではないでしょうか...

  ちなみに、シンガポールでは、約81%の症例からは、2次感染は発生していない

そうです。また、2次感染が発生している場合でも、3人までが大部分と言われます。

 つまり、10名から、40名以上というような、“スーパー・スプレッダー”による感染爆

発が、このバイオハザードに主要な役割を果たしている...ということでしょうか、

「ふーむ...」

「あの...」響子が言った。「日本は、幸いこれまでに、感染はなかったようなのです

が、今後、何をしたらいいのでしょうか?」

「そうですねえ...

  当面は、拠点病院の施設の拡充でしょうか...それから、その周辺での、感染防

御対策の周知徹底でしょう。カプセル型のストレッチャーなどもあるようですからね。ま

あ、それから...各種の、色々なマニュアルも作っておくべきでしょう。それから、

レベルでの、消毒機材の備蓄も大事です...」

「そうそう、」高杉が言った。「1つ、言っておきたいことがあります。それは、“複合的

な危機管理”というものを、準備しておくということです。実際の危機というのは、“複

合的”にやってくるものです。まあ、最低でも、こうした図上演習は、毎年やっておく

べきだと思いますね」

「そうですね...バイオハザードでも、単なる感染症対策の問題ではなく、ライフライ

ンや交通輸にまで影響することが、今回のことで分ったと思います...

「まさに、その通りです。特に、今回は、グローバル化の中で、航空機輸送が、大混

乱になりました。

  それから、大都市・北京の状況は、これから分ってくると思いますが、ライフライン

の列車をどのように運行するか、私はハラハラとして見ていました。また、都市部から

周辺地域への感染をどのように防ぐのか、現在もその推移を気にしています。

  ...まさに、中国当局は、国家の存亡を賭けた戦いだったのではないでしょう

か...」

「そうですねえ...」外山が言った。「まだ、終息したわけではないのですが、大変だ

ったと思います。まあ、これからも、まだまだ大変でしょうが...」

「もし、これが東京だったら、どうするのか...」高杉が言った。「日本の当局者・関係

者は、今回の北京の状況から、多くのことを学んで欲しいと思いますね...まあ、そ

れも、これからのことになると思いますが...」

「まあ、日本も、本格的なバイオハザード対策が進んでいくのではないでしょうか

たちも、しっかりとウオッチして行く必要がありますね」

「でも、医療機関から、何故感染が拡大したかしら...その本当の理由が分らな

いような気がします、」

「うーむ...」外山が、うなづいた。「それも、“スーパー・スプレッダー”がカギを握っ

ているのではないでしょうか。本格的な解明は、ともかく、これからになります...」

「そうですね...」高杉が、天井を見上げ、口元を崩した。「おそらく、SARSでは、ま

た意外な風景が見えてくるのではないでしょうか...予期しなかった、何かが出て

来るような気がしますね...厄介なことですが、興味津々という所もあります...」

「まあ、そうですがね...エイズにしろ、エボラにしろ、ビックリするような話ですが、

楽しい話じゃあないです...」

「確かに...しかし、この地球の生態系というのは、知れば知るほど、奥が深い感じ

がしますねえ...」

「あの...いいかしら、」響子が言った。「今回は、このあたりで終了したいと思いま

す...」

「はい、」外山が答えた。

「ええ...最後に、SARSの感染爆発が、まさに進行していた、4月5日、中国広東

の風景を、簡単に描写しておきたいと思います...」

 

                                    

                          

【中国広東省/深圳(しんせん)】/2003年4月5日の状況

    参考文献 東京新聞(2003年4月6日)/『肺炎、怖くないよ』“大陸市民”はマスクなし

 

「...まさに、感染が拡大していた時期の、4月5日...」響子は、大型のプラズマ・

スクリーンの記録画像を見ながら言った。「...香港から、電車でわずか30分ほど

大陸に入った、深圳の街です...

  感染予防のマスクを付けている人は、ほとんどいませんね...マスクを徹底し、

異様な緊張感の漂う香港市内とは、ガラリと様相が一変します。新型肺炎に対す

る、緊張感が全く感じられません...

  この画面は、香港との境界の羅湖ですね。鉄道駅入国管理局がある所です。

双方の人々でごった返しています。香港が来た人々はマスクを付けているのに対

し、深圳の側の人々は、ほとんどマスクを付けていません...

  商店には、1元(/約14円)の格安のマスクが山積みにされています...大声でマス

クを売っている店員も、自分ではマスクを付けていません...うーん...沽券(こけん)

に関わるとでも、思っているのでしょうか...」

「...まさに、新型肺炎を、甘く見ていますねえ...」外山が、ポツリと言った。「2月

初旬まで、中国当局は、WHOに非協力的でした。しかし、4月に入っても、まだこの

状況だったわけですか...」

「まさに、香港市街との、“温度差”を感じますね」高杉が言った。「中国当局やマスコ

ミの対応が、この2つの街の、全く異なる社会状況を作っているようです」

「マスコミは、大切ですね!」響子が、強く言った。「マスコミは、この事態に気付くべき

です!」

「そうですねえ...中国当局が、SARSを軽く見ていること...それを伝えるマスコ

ミの姿勢が、社会状況に端的に現れています...市民は、“政府は、マスクを付け

なくても安全だと言ってる”、と言ってますし...」

「何処の国でも、市民に直接語りかけるマスコミの姿勢は、非常に大事です」高杉が

言った。「日本は、文化の面で、マスコミの姿勢がおかしくなっていますが、中国当局

は、SARSで莫大な被害を出しましたね...」

「はい...」響子がうなづいた。「国家の舵取りというのは、大事ですね、」

「文化が空洞化し、無くなってしまうというのも、恐ろしい話ですがね...」高杉は、

苦笑した。

「暑い所ですから、マスクを付けたくない気持ちは分りますが、」外山が言った。

「でも、香港系の高級ホテルでは、従業員全員がマスク着用だと言っています」響子

が言った。

「中国でも、共産党指導部の責任追及が始まっているようですね」高杉が言った。「し

かし、マスコミの報道姿勢というものも、今後、別の次元で問われて来るのではない

でしょうか...国の内外から...マスコミは、世界共通の土台がありますから、」

「はい、」響子が、うなづいた。

「これからは...」外山が言った。「あらゆる角度から、今回のバイオハザードが研究

されて行くと思います。マスメディアの研究も進め、対応を進化させて欲しいですね」

「はい、」

                        <チャッピー>     wpe8.jpg (3670 バイト)      

 

「ええ...お疲れ様でした...

  “SARS”との攻防 <第1弾>は、これで終了します。<第2弾>では、発表さ

れた研究論文等を参考文献とし、さらに深く考察しようと思っています。どうぞ、ご期

待ください!

  ええ、ブラッキーたちも、伊豆諸島上空まで帰って来ているようです...チャッピ

ー、チャッピー、いらっしゃい...」

「ニャー...」


 航空・宇宙基地“赤い稲妻”

        room12.982.jpg (1511 バイト)  wpe89.jpg (15483 バイト)   

                                                     “赤い稲妻”/管制塔>

「こちら、航空宇宙基地“赤い稲妻”!ブラッキー、応答願います!」

「おう...ブラッキーだ、」

「こちら、マチコ!状況はどうでしょうか?」 

「梅雨前線で、どんよりと曇っているが、雨はないぜ...」ブラッキーは、操縦席か

ら、サイドの窓を覗いた。「この位置だと、左手に富士山が見えるんだが、陸がボンヤ

リと分るだけだ...」

「了解!まもまなく、米軍の横田基地の管制空域に入ります!そのまま飛行を続け

てください!」

「おう...このあたりのことは、心配はいらねえぜ...

  海兵隊にいた頃は、ヘリでも飛行機でも飛んでるんだ...ともかく、ベトナムのト

ンキン湾は、懐かしかったぜ...あの頃は、機関銃を抱いていたが、今は平和で静

かな海だったぜ...」

「うーん...ブラッキー元軍曹には、今回は思い出の旅だったのでしょうか?」

「そういうことだ...ま、後は大丈夫だぜ、」

「了解!ミーコちゃんは元気でしょうか?」

「おう、元気だぜ...今は、眠っちまってるがよ、」

「了解!着陸準備は、完了しています!いつでもどうぞ!」

「了解だ!」

 

         wpe7.jpg (7162 バイト)                                     <ミーコちゃん>