危機管理センターバイオハザード生命科学)/インフルエンザパンデミック

  influenza                                                          <・・・世界的大流行/パンデミック・・・>            パンデミック 考察 wpe8B.jpg (16795 バイト)    index.1102.1.jpg (3137 バイト) 

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                     担当 :  高杉 光一  

     INDEX                         

No.1 〔1〕最近の状況 2005. 3. 9
No.2     <1>新薬やワクチンの状況 2005. 3. 9
No.3     <2>血清ワクチン抗生物質新薬...の違い 2005. 3. 9
No.4 〔2〕 スペイン風邪/1918年ウイルスの脅威 2005. 3. 9
No.5     <3>スペイン風邪のゲノム 2005. 3. 9
No.6 〔3〕 新型・ヒトウイルスの考察 2005. 3.23
No.7      ≪おさらい≫ 2005. 3.23
No.8     <4>高病原性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)とは 2005. 3.23
No.9 〔4〕 パンデミックと文明のターニングポイント 2005. 3.23
No.10 〔5〕 パンデミックウイルスへのアプローチ 2005. 4.14
No.11     <5>高病原性は、HAタンパク質の開裂部位に 2005. 4.14
No.12 〔6〕 ワクチン開発と新薬の状況 2005. 4.14
No.13     <6>リバースジェネティクス法      2005. 4.14
No.14     <7>ワクチン開発 2005. 4.19
No.15     <8>新薬の状況 2005. 4.19
No.16     <日本の状況...> 2005. 4.19

  

参考文献

日経サイエンス    (2005・03)

     特集:インフルエンザの脅威

          1918年の殺人ウイルスを追う 

              (J.k.タウベンバーガー/A.H.リード/T.G.ファニング.....米陸軍病理研究所)

          パンデミックは再来する

              (堀本泰介/河岡義裕.....東京大学医科学研究所)

  

  〔1〕 最近の状況   

 

「...ええ、響子です。これは、緊急の仕事になります。塾長、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よるしく、」高杉が言った。

「ええ...新型・ヒトインフルエンザの脅威が高まっています。高病原性・鳥インフル

エンザウイルスが、ヒトに対する新型・インフルエンザウイルスに変化し、パンデミック

(世界的大流行)を起こすのは時間の問題と言われます...

  ええ、高杉・塾長...現在、状況はどうなのでしょうか?」

「そうですね...」高杉が言った。「1997年に、H5N1亜型のウイルスが家禽からヒ

トに感染し、6人が死亡しました。これ以降、鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感

が相次いでいます」

「それは、ヒトへの本格的な大感染も、あるということでしょうか?」

「これは、微妙で、難しい問題です...

  しかし、これ自体は、“純粋な鳥・ウイルス”です。“人・ウイルス”になったわけでは

ありません。ただし、この高病原性・鳥インフルエンザウイルスが、ヒトの体の中で、

人・インフルエンザウイルスと遺伝子が混ざり、“ハイブリッドウイルス”が出現するの

が怖いですね。

  今の所、この“ハイブリッドウイルス”がパンデミックを引き起こす可能性が、一番高

いようです」

「あの、ブタは、どうなのでしょうか?」

「ブタも、同様です。ハイブリッドウイルスが出現するための、“混合容器”になりえま

す。ブタでも、すでに鳥インフルエンザウイルスが検出されていますからね。もちろん、

ブタには、人インフルエンザウイルスも感染します。ブタは、最も要注意でしょう。ま

あ、後で詳しく考察して行きます...

「うーん...怖いですねえ」

「しかも、このH5N1ウイルスは、ニワトリで100%近い致死率を示しています。ヒトに

感染した場合でも、感染例は少ないですが、致死率70%を超えています。あの強毒

染性において最悪といわれたスペイン風邪でさえ、致死率はわずか数%だっ

たのですから、」

「はい、」

「高病原性・鳥インフルエンザウイルスが、今後どのように変化するかはわかりませ

ん。しかし、この致死率というのは、スペイン風邪とは桁違いのものです。これが、ヒ

トウイルスに変化した場合、“驚異的な殺人ウイルス”が出現する可能性がありま

す。我々、人類としては、最悪の事態を考慮しておく必要があります。重大な危機で

す」

「そうですね、」響子が、高杉を見つめてうなづいた。

「ともかく、鳥インフルエンザウイルスが、ヒトに直接感染するという不安は、すでに

として認識され始めています...これが、現状でしょう...パンデミックは、何時

起こっても、おかしくない状況です。SARS(新型肺炎)に続き、新型インフルエンザも、

当然ありうるわけです。

  もともと、中国大陸の南部では、WHO(世界保健機関)が、新型インフルエンザを警戒

していて、SARSが網に掛かったわけですから、」

「はい、」

                       wpeB.jpg (27677 バイト)

 

「うーむ...」高杉は、宙を見た。「これが...さらに新型人・インフルエンザウイル

に、どのように変化するのかは、メカニズムはよく分っていません。しかし、それは

時間の問題と言われます...

  スペイン風邪の、“1918年ウイルス”は、4000万人の犠牲者を出したと言われ

ますが、それを越える殺人ウイルスになる可能性は、否定できないと言われます」

「当時とは、社会情勢が相当に違いますが、その影響はどのように出るでしょう

か?」

「くわしい考察はこれからするわけですが、まず、簡単に説明しておきましょう。

  1918年当時と比べて、マイナス要因は...世界人口が爆発的増加している事で

す。濃密な世界人口の中でのパンデミックということになります。それから、航空輸送

網の発達による世界のグローバル化があります。空気感染のインフルエンザは、そ

の感染力にもよりますが、わずか数日で全世界に広がる可能性があります。

  人口の密集地帯で強力なインフルエンザの感染が広がったら、はたして社会シス

テムが何処まで対応できるでしょうか...2003年の新型肺炎・SARSの状況や、

2004年暮れのアンダマン海での大津波災害のように、まさに成す術もないという状

況になるかも知れません。ともかく、それに備えて、“準備しておく事”が重要です。

  それから、プラスの要因としては...表裏の関係にあるわけですが、人類文明の

発達があります。つまり...衛生環境の飛躍的な改善と、これも飛躍的な医療の発

ンターネット等による情報の同時共有があります。そして、当然、機動力も当時

とは格段の差です。

  これらを、どのようにうまく連携できるか、有機的に結合する事ができるか、人類文

明全体が真に試される時です...」

「そうですね...」

「さて...これらの関係が、どのように現れるかは...まさに私たち、個人の対応、

会の対応、国家の対応、にかかって来るわけです。それから、パンデミックは、1国

で対処できる問題ではありません。迅速な国際協調と連携が大事になってきます。

  くり返しますが、パンデミックは、社会が対処する問題ですが、同時に1人1人が対

できる問題でもあります。それには、まず“知ること”、そして“準備”し、“対処”する

ことが重要です」

2002年の暮れに発生し、2003年の春に大流行した、新型肺炎・SARSも大変で

したわね。あれも、春から初夏にかけて、大流行したんですよね...」

「そうです...考えてみれば、スペイン風邪も、第1波が来たのは、1918年の3月

ですねえ...第2波は9月に来ていますし...」

「はい」

「ともかく...新型というのは、予想外に強敵だと思うべきでしょう。新型だったが、ラ

クな相手だった、などということは、まずないと考えるべきです。パンデミックのようなも

のが、何故人類文明に襲いかかるかは分りませんが、“責めるに易し、護るに難し”

と言うことです。

  相当の覚悟が必要でしょう。これは、むろん、インフルエンザに限った事ではありま

せんがね」

「はい」

<1> 新薬やワクチンの状況      house5.114.2.jpg (1340 バイト)

 

「ええと...新薬やワクチンなどは、どのようになっているのでしょうか?」 

「...H5N1ウイルスは、ノイラミニダーゼ阻害物質に感受性があります。ノイラミニダ

ーゼというのは、H5N1の“N”の部分で、ボール状のウイルス表面にある2種類のタ

ンパク質の1つです。

  したがって、新しいノイラミニダーゼ阻害薬である、抗インフルエンザ薬“アマンタ

ジン”“オセルタミビル(商品名:タミフル)、それから、“ザナミビル(商品名:リレン

ザ)は有効と思われます。しかし、ヒトの新型・インフルエンザウイルスが、どのような

ものに変異するかは、当然、予断は許されません...」

「薬剤に対する耐性ウイルスは、どうなのでしょうか?」

「まあ、先の事になりますが、手を打っておく必要はありますね」

「ええ、それから、ワクチンはどうでしょうか?」

「ワクチンについては、後で説明しますが、プラスミドを用いたリバースジェネティクス

で、H5N1ウイルスに有効なヒト・ワクチンのための原型ウイルスが作成されてい

ます。“人工ウイルス”ですね。これは、H5N1ウイルスの野生株から致死性の作用

を除去したもので、便利なものになるようです。

  ええ、このH5N1ウイルスの試作ワクチンは、日本や欧米で、近々、臨床試験が

開始されるようです...

  リバースジェネティクス法については、これも後で説明します」

「はい...ええ、では、本題に入りたいと思います。まず、スペイン風邪ですね...

夏美さん、進行をお願いします」  

「はい」夏美が、自分のノートパソコンに手をかけた。「あ、高杉・塾長...1つ、基本

的なことをお聞きします。ここで言う、新薬とワクチンは、どのように違うのでしょう

か?」

「そうですね。基本的なことですから、しっかり簡単に説明しておきましょう...」

<2> 血清ワクチン抗生物質新薬...の違い wpe8B.jpg (16795 バイト)

 

「まず...

  “血清”と言うのは、血液が凝固する時に、血餅(けっぺい/固まった血)から分離する、

黄白色透明の液体のことです。“免疫血清”というのは、“免疫”を持っている動物か

ら得られた、特異な“抗体”を含有している血清のことを言います。血清は、破傷風や

蛇の毒などに使われます。

 

  “ワクチン”というのは、免疫原(/抗原)として用いられる、各種伝染病“弱毒

菌”死菌”、または“無毒化毒素”のことをいいます。生体にこれを接種し、“抗体”

を生じさせます。“死菌”、“生ワクチン”、“トキソイド”3種類のワクチンがあります。

 

  “抗生物質”は、ペニシリンをはじめとするストレプトマイシンなどです。これは、“血

清”や“ワクチン”とは違い、免疫系を利用するものではありません。ペニシリンの青カ

ビは有名ですね...これはまあ、細菌に対して、細菌壁の合成を阻害して菌を殺す

わけです。

  ちなみに、抗生物質は細菌ワクチンはウイルスを得意としているようです。

 

  “新薬”というのは、ノイラミニダーゼ阻害薬である、抗インフルエンザ薬“アマン

ジン”“オセルタミビル(商品名:タミフル)、それから、“ザナミビル(商品名:リレ

ザ)などで...定義はどのようになっているかは知りませんが、ワクチンとも、抗

生物質とも違うものです。

  人類文明は、このような薬剤で、細菌やウイルスの海から、社会を守っているわけ

です...ええ、詳しくは、SARSの所で説明しています。そちらをお読みください」

「はい、」夏美が言った。「ありがとうございました」

 

 〔2〕 スペイン風邪“1918年ウイルス”の脅威

     アラスカから、太平洋の島々まで広がり、世界人口の1/3が感染...

              死亡率2.5〜5%(通常のインフルエンザの50倍)、4000万人の犠牲者...

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「塾長、」夏美が、ノートパソコンから顔を上げた。「スペイン風邪とは、どのようなもの

だったのでしょうか。まず、その概略を説明をしていただけるでしょうか、」

「うむ、そうですねえ...

  4000万人という史上最大の死者を出した、スペイン風邪とは、何故どのような

メカニズムで起こったの。また、何故、あれほど強毒性だったのか、何故、驚異的な

感染力を示したのか...実は、その謎は、まだほとんど解明されていません。

  いや...当時アラスカで埋葬された犠牲者の冷凍遺体から、スペイン風邪の

“1918年ウイルス”を回収するのに成功しています。そして、ゲノムも分りました。今

まさに、大車輪で解明が進んでいるところです」

「ゲノムが回収されたのですね?」

「そうです...

  スペイン風邪は、1918年から翌19年にかけて流行したインフルエンザです。特

徴的なことは、第1次世界大戦と重なっていることです。そのため、交戦国では戦時

体制の情報管理が行われ、被害の実態を世界で共有するということは、なかったと

いうことです。

  それからスペインは、第1次世界大戦には参戦していませんでした。それで、情報

の検閲がなく、“交戦国で、凄まじいインフルエンザが蔓延している”というニュース

は、スペインを発震源として伝わりました。そのため、“スペイン風邪”という名称で、

世界中に知られるようになったわけです」

「ふーん、そうなんですか...スペインで発生したとか、特に犠牲者が多かったとか

では、ないんですね」

「そうです...」高杉は、片手で、自分のノートパソコンのキイボードを叩いた。犠牲

者は4000万人(データによっては2000万人)以上と言われ、日本でも50万人(データによっては

40万人)以上と推計されています。当時の世界や日本の人口を考えれば、莫大な犠牲

者でしょう...

  ちなみに、第1次世界大戦で欧州に派兵された米軍のうち、4万3000人余りが、

このインフルエンザによって死亡しています。この数は、第1次世界大戦における米

軍犠牲者の、40%近くにのぼっています...

  また、私は日本の様子を母などから聞いていますが、母が子供の頃、ともかく身近

な人が、何人も死亡したと聞いています...」

「劇症型でしょうか?」響子が聞いた。「症状は、どうだったんでしょうか?」

「まあ、劇症型でしょう。インフルエンザそのものは、最悪の強毒性のものです...

  参考文献によれば、米軍キャンプでは、兵士たちの多くは皮膚が青ざめ激しい苦

悶の末に、呼吸困難で絶命したとあります。こうした劇症型の多くは、発症から48時

以内に死亡したと記録されているようです」

「うーん...48時間ですか...」

「まあ、手の尽くし様もなかったでしょう...2003年の新型肺炎・SARSを思い出し

ます」

「そうですね、」響子が、うなづいた。「あの時も、台湾や中国大陸では、手の打ち様

がない有様でした。医療機関が、パニックに陥って...あ、SARSでは、医療機関の

犠牲者が多かったのも、特徴でしたわね...」

「うん、」夏美が、うなづいた。

「スペイン風邪で、」高杉が言った。「そうした劇症型で死亡した患者を解剖してみる

と、肺に体液や血液の貯留が認められたそうです。ともかく、毒性も感染性も、きわめ

て強かったということでしょう」

「あの、劇症型でない患者も、あったわけでしょうか?」夏美が聞いた。

「そうです。ここは、大事なところです...

  1918年当時、現在と最も違うのは、インフルエンザの病原体ウイルスである

は、知らなかったと言うことです。インフルエンザが、濾過(ろか)性病原体であるウイル

スと分るのは、1930年代になってからですね。

  それからもう1つは、抗生物質が発見される以前だったと言うことです。そのため、

インフルエンザで体力の衰弱した患者に、日和見細菌が感染し、肺炎で死亡する例

が多かったようです。こうした場合は、劇症型とはならないわけです」

「うーん、はい、」夏美がうなずいた。「感染力については、どうでしょうか?」

「それでは...世界的大流行の経緯を、ザッと話しましょう...」

「はい」

                            

 

「4000万人もの犠牲者を出した、スペイン風邪の第1波が人類を襲ったのは、知ら

れている限りでは、1918年の3月...アメリカ国内の軍のキャンプだったと言うこと

です。それから、同年の9月から11月にかけて、第2波が発生しています。

  この第2波が、毒性を増し感染力を増し世界的大流行を引き起こしています。第

1次世界大戦の交戦国から、果てはアラスカや太平洋の島々までも襲い、世界人口

の1/3が感染したといわれます。これは、翌年の1919年まで続くわけですね」

「すごい感染力ですわ」響子が言った。「まさに、全地球ですね」

「ワクチンはなかったのかしら?」夏美が聞いた。

「当時は、インフルエンザの病原体が、ウイルスであるということも分っていなかった

わけです。当然、弱毒生ワクチンのような、特効薬もなかったわけです」

「そうかあ...」夏美が言った。

「くり返しますが...ペニシリンなどの抗生物質が発見される以前のことで...イン

フルエンザで衰弱した体に、日和見細菌が襲い、多くの人が肺炎で死亡しています。

日和見細菌が襲うという意味では、エイズと似ています。エイズでは、カリニ肺炎など

を引き起こすわけです。

  近い将来、人類が飢餓に陥った時...衰弱した体に怖いのは、こうした身近にい

る日和見細菌などです。今は抗生物質があるにしても、飢餓によって社会システムが

ダウンすれは、相当な犠牲が出るということです。落武者にとって、竹槍の農民が怖

いのと同じことです...」

「そうですね」夏美が、コクリとうなづいた。「現代人は、あまりにも、抵抗力がないわ

よね」

「うーん、そうですね」響子が言った。

「ええと、それから...一部には、インフルエンザウイルスそのものが、重いウイルス

性肺炎を引き起こし、数日で死亡するケースがあります。こうしたケースでは、先ほど

も言いましたが、解剖で肺に多量の出血や体液の貯留が認められています。いわゆ

る劇症型ですね。

  スペイン風邪で、特徴的なことの1つに、若者の犠牲者が多いということがありま

す。普通は、インフルエンザで死亡することのない、15歳から35歳の若者が、こうし

た劇症型で多くがが死亡していることです。これ“1918年ウイルス”の謎の1つです」

 

<3>スペイン風邪のゲノム           wpe8.jpg (3670 バイト)

 

「高杉さんは、どう思います?」響子が、首を傾げた。「4000万人もの犠牲者を出し

たことについては...」

「スペイン風邪の実態は、科学的解明は、これから進んでいくと思います。“1918年

ウイルス”のゲノムも回収されていますしね。

  “1918年ウイルス”の8つのRNA分節のうち、5つについてはすでに分析を終え

ているそうです。系統発生学から、次第にその姿が浮かび上がって来ると思います」

「あの、8つのRNA分節というのは?」

「そうですね、まず、インフルエンザウイルスについて説明しましょう。

  インフルエンザウイルスというのは、小さなウイルスで、実に単純な構造をしていま

す。形としては、脂質でできたボールのような形をしています。その脂質のボールに

に、数種類のタンパク質が埋め込まれているだけです。あと、ボールの中に、8本の

RNAがあります。

  しかし、これだけのセットで、ウイルスは宿主の体細胞に入り込み、自らを増殖で

きるのです。表面タンパク質(2種類)のうち、特に重要なのが赤血球凝集素(HA)で、

これがウイルスの宿主細胞への侵入を可能にします。

  つまり、ウイルスがどの宿主に感染するかは、このHAの形状によって決まるわけ

です。そして、これがつまり、H5N1などと表現される“H”になるわけです。“H”“ヘ

マグルチニン”、それから“N”“ノイラミニダーゼ”と呼ばれる“糖タンパク”のことで

す。糖タンパクというのは、糖とタンパク質が結合した、複合タンパク質のことですね。

  “H”は、H1〜H15まの亜型があります。ヒトに感染するのは、現在はH1H3

みです。ブタは、H1、H3、H4、H5、H9の型に感染します。

  ヒトのH1H3は、いずれもブタにも感染するし、高病原性・鳥インフルエンザウイ

ルス(H5N1)H5は、ブタに感染するわけです。だから、ブタが混合容器になっ

て、“ハイブリッドウイルス”が出現する可能性が、高いわけです...」

「うーん...分りました」夏美が言った。

「それから、もう1つの表面タンパク質に、ノイラミニダーゼ(NA)があります。これは、

H5N1などと表現される“N”になるわけです。“N”は、N1〜N9までの亜型がありま

す。このタンパク質は、新たに生まれたウイルスを、感染細胞から切り離す役割を果

たします。つまり、こっちの方は、“感染しやすさ”に影響するわけです。

  高病原性・鳥インフルエンザウイルスは、新薬のノイラミニダーゼ阻害薬に感受性が

あると言います。これはつまり、この機能を阻害して、ウイルスの増殖を押さえ込める

ということです」

「ああ、そうなんですかあ...」夏美が言った。

「シンプルですわね...」響子が言った。「でも怖い」

「うん...これが、そんなに怖いものなのでしょうか?」夏美が聞いた。

「単純な風景だが、怖くもなります...生命体は、本質的には平等なのだと思いま

す。蚊やハエだって、ろくな脳細胞もないのに、人をからかいますからねえ...ゴキブ

リだって、人間の知恵に負けていないです...

  つまり、生命体とは、不可分の全体だと思います。それは、生態系に織り込まれた

有機物と無機物の織物で、四次元世界線が描く影絵のようなものです。その時間的

プロセス性が、意味のある人間的側面として、個々の生物体として認識されるのかも

知れません。

  生命の最小単位は細胞ですが、ウイルスはそれにも到達しない、機動性遺伝子

のようなものです。したがって、ウイルスが生命かどうかは意見の分かれるところで

す。単独では生きていけないし、呼吸新陳代謝もしていない。しかし、増殖はできる

のです。まあ、こうしたものが、生命体や生態系の中を泳ぎまわっているわけです」

「はい...生態系の概念も変わってきますわね」

「ま、いずれにしても、生態系には、こうしたヤツも存在していると言うことです。そし

て、人類社会の最大の脅威にもなる。私は、ウイルスもまた、“36億年の彼”という、

巨大な全体の1部だと思うわけです...」

「塾長...」夏美が言った。「これは科学的ではないのですが...スペイン風邪は、

神様が戦争をしている人類に、罰を与えたという考えは、どうなのでしょうか?」

「面白いですねえ...」高杉は、ほくそえんだ。「私は、については詳しくはない

が、超越者の意思というものは、真剣に考えます。

  それに、“人間原理空間”の立場で考えれば...つまり、科学を少し超えた次元

で考えれば...このパンデミックの出現は、“何者かの意思”が作用していたとは考

えられないだろうかと思います。例えば、“36億年の彼”の意思とかです...

  人類文明がこのまま推移すれば、地球生命圏のホメオスタシス(恒常性)が、必ず起

動してくると思いますね。このパンデミックにしろ、エイズにしろ、気候変動にしろ...

私たちの人類文明というものは、ある意味では非常に“もろいもの”だと思います」

「はい」響子が言った。「でも、どれだけの人が、そのことに“気付いている”でしょう

か?」

「うむ...そのホメオスタシスの起動が、“人類の恐れ”でもあり...それが“希望の

光”なのかも知れません、」

「はい」

 

  〔3〕 新型・ヒトウイルスの考察        

              

                                              <夏川 清一

「響子です...

  ええ、バイオハザード担当の夏川清一さんの準備が出来ましたので、ここから参

加していただくことになりました。夏川さん、よろしくお願いします」

「はい、」夏川は、白いガウンの胸に、ボールペンをさした。「ええ...よろしくお願い

します、」

「お忙しそうですね」

「危機が、身近に迫っています」夏川は、クリップで留めた資料を、パサッ、と作業テ

ーブルに置いた。それから、ゆっくりと椅子を引き、腰を沈めた。「我々にとって、新型

肺炎・SARSは想定外でした...H5N1鳥ウイルスの強毒性も想定外です。エイズ

ウイルスエボラウイルスも、BSE(牛海綿状脳症)のプリオンも、みな想定外です...」

「はい、」

「実に、想像性豊です。機能美に溢れ、造形美に溢れ、神秘に溢れています。たかだ

か人類の知恵で、何処まで彼らに対抗できるでしょうか」

「その人類もまた、この生態系に織り込まれた、神秘の影絵の一部です」高杉が言っ

た。

「その通りです。いよいよ分らなくなってきますねえ、」

「はい、」響子が微笑した。「ええと...引き続き、高杉・塾長に、お話を伺うことにし

ます。夏川さんには、さらに専門的な、突っ込んだお話を伺おうと思います。よろしい

かしら?」

「どうぞ。感染症のことでしたら、」

                           wpeB.jpg (27677 バイト)

 

「夏川さん、」高杉が、気さくな声で言った。「さっそくですが、パンデミック(世界的大流行)

は、本当に近いのでしょうか?日常生活に浸っていると、現実感がないですねえ、」

「高杉・塾長でさえ、そうでしょうか?」夏川は、資料に両手を添えながら、顔をほころ

ばせた。

「はい、」高杉も微笑した。「あのインドネシアの大津波のように、突然襲ってくるので

しょうか、」

「...ウイルスは、常に身近にいるのです...そのウイルスが変異し、パンデミック

が、人類社会を襲うのです...

  実際に、1918年のスペイン風邪/【H1N1型】1957年のアジア風邪/【H2N

2型】1968年の香港風邪/【H3N2型】1977年のソ連風邪/【H1N1型】と、

パンデミックは幾度となく、確実に、人類社会を襲っています...

  そして、今まさに、次のパンデミックが近いと考えられています。しかし、今度のパ

ンデミックは、色々な意味で、非常に恐ろしいものと予想されています。高病原性・鳥

インフルエンザウイルス(H5N1)が、新型・ヒトインフルエンザウイルスに変異する可

能性が最も高いわけですが、これまでのものとはケタ違いの病原性です。この強毒

性のまま、パンデミックウイルスに変異したら、人類は激減する可能性があります」

「あの、夏川さん...」響子が言った。「現在、高病原性・鳥インフルエンザウイルス

(H5N1)ワクチンがあるそうですが、それはヒトに効くのでしょうか?」

「トリのワクチンは、ヒトには効きません。免疫機構が違うわけですから、」

「あ、そうですか...そうだとは思ったのですが、」

「現在、ワクチン開発は色々な事がやられていますからねえ...しかし、新型のヒト

インフルエンザウイルスは、まだ姿を見せていないわけです。したがって、便利なツー

ルは用意できても、新型ウイルスも、そのワクチンも、まだ存在しないわけです」

「ワクチンに関しては、後でもう少し詳しく考察します」高杉が言った。「夏川さん、よろ

しくお願いします」

「はい」

 

**********************************************************

    index.1102.1.jpg (3137 バイト)           ≪おさらい≫        wpe8B.jpg (16795 バイト) 

「ええと...」夏美が、響子の方を見て言った。「繰り返しになりますが、簡単に“おさ

らい”をしておきます。専門的な難しい内容なので、ここで単語の意味を確認しておき

たいと思います」

「あ、はい」響子が言った。「夏美さん、お願いします」

「はい...

  まず、インフルエンザウイルスは、A、B、C、の3つの型に分けられます。それぞれ

ゲノム構造タンパク質構造が違うのです。ヒトはこの全てに感染しますが、このう

ち最も病原性が強く、爆発的な流行を起こすのが、A型です。つまり、問題になるのは

A型インフルエンザなのです。

  A型インフルエンザは、ほぼ10年ごとに変異して、世界的な大流行を引き起こして

います。もう少し正確に言うと、10年〜40年に1回程度の確率で、病原性の非常に

強い、強毒型が登場してくるようです」

「はい、」響子が、うなづいた。「10年から、40年の周期ですね?」

「そうです。それから...

  A型インフルエンザは、H5N1などと“型”で表現されます。このは、“赤血球凝集

(HA)/ヘマグルチニン”、それから“ノイラミニダーゼ”と呼ばれる糖タンパク

のことです。糖タンパクというのは、糖とタンパク質が結合した、複合タンパク質です。

このHとNの2種類の糖タンパクが、ウイルスの表面にあります。ちなみに、Hは病原

性の強さに、Nは感染力の強さに影響すると言われます。

  ええ...1〜151〜9までの亜型があります。そして、HとNの組み合

わせで、ウイルスの毒性増殖の速さなどに違いが出てくるわけです...ええと、こ

んな所かしら、」

「はい、夏美さん、ありがとうございました」

 

<4> 高病原性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)とは

             wpeB.jpg (27677 バイト)

「さて...話が重複しますが、よろしくお願いします...」高杉が言った。「繰り返すこ

とで、より理解が深まると思います」

「はい、」響子が言った。「そうですね...実際、二度三度と話が交差することで、理

が深まるような気がします」

「そうですね」夏美が言った。 

「さて...じゃ、まず、H5N1について考察を進めて行きしましょう...

  高病原性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)が、最初に問題になったのは、

1997年です。香港で、家禽からヒトに感染したからです。これは、大きなニュースにな

りました。この時は、6人が死亡しています。香港一帯では、膨大な数量の家禽が処

分され、ようやく新型インフルエンザの流行を押さえ込みました。世界中が、ホッとし

たものです...

  しかし、これ以降、鳥インフルエンザウイルスヒトへの感染が相次いで起こって

います。特に、2003年の暮れから2004年にかけては、H5N1ウイルスがアジアで

蔓延し、日本でも山口県京都府の養鶏場で騒ぎが広がりました。日本での騒ぎ

は、京都府を最後に、それ以降は静まっています。

  ところが...2004年の7月以降、東南アジアでは再び勢いを取り戻しました。ヒト

への感染に関しては、ベトナムタイで、これまで合計47人が感染し、このうち34人

が死亡しています。その他の国では、データがありませんが、それなりの感染はある

のではないでしょうか。もはや、H5N1ウイルスの根絶は不可能と言われています。

  一方、2003年に...オランダでH7N7ウイルスのヒトへの感染が続発(1人死亡)

ました。ヨーロッパやカナダでは、H7N7H7N4など、H7亜型ウイルスが出現し、

ヒトに感染しています。それから、H9N2ウイルスがヒトに感染した例もあるようです。

  夏川さん、これらのアジア以外でのウイルスをどう思いますか...」

“意外性”あたりに、“当り”があると推測すれば...」夏川は、深く推理するよう

に、凄味のある微笑を高杉に向けた。「案外、このあたりに、パンデミックを引き起こ

すウイルスがあるのかも知れません。H5N1以外の所に...」

「可能性が一番高いのは、H5N1でしょう...」高杉は、それに応じて言った。「しか

し、1番人気に“当り馬券”があるとは限らない...そういうことですか。SARS(新型肺

炎)の出現も、意外でしたからねえ...自然界にあるのは、H5N1だけじゃあないと

言うことですか、」

「そういうことです。ま、いずれも、危険リストの上位にはいますがね...ああ、H9N

2ウイルスは、H5型やH7型のような高病原性ではありません。低病原性のウイルス

です。しかし、あの4000万人の死者を出したスペイン風邪致死率: 数%)でさえ、こうし

た分類からすれば、低病原性のウイルスですからねえ...

  ともかく、H5N1のような高病原性ウイルス(致死率: 鳥で100%近く。ヒトで70%以上)は、イン

フルエンザとしては異常に高い致死率です。もちろん、感染症としても、異常な致死

率です。こうしたものが、密かに人類文明の周囲に忍び寄って来ています

「はい...

  まさに、今、人類文明の叡智が試されているのを実感します。地球政府のような強

力な指導力が、ここでも必要とされています。いずれにしても、人類文明全体が、大き

な岐路に差し掛かっているのではないでしょうか...

  ま、それについては、後で考察しようと思いますが、何故こんな異常なウイルス

出現したのでしょうか?」

「そうした全体的な見方は、高杉さんの方が得意でしょう。これには、総合的な視野

が必要ですから、」

「あるいは、そうかも知れません...専門性が無いぶんだけ、視野が広いかも知れ

ません。しかし、この高い致死率の高病原性ウイルスが、パンデミック(世界的大流行)

なったら、まさに一大事です」

「そして...」夏川は、白いガウンの腕を組んだ。「その可能性が、きわめて高いわけ

ですよ...グローバル化した世界の中での空気感染ですから、1週間で世界中に蔓

延します」

「うーむ...

  数日...数時間...数十分...と、きわどい勝負になるでしょう。旅客機を1機

感染地域から逃がしたら、クモの子を散らすように、また飛行機を乗り継ぎます。グロ

ーバル社会の弱点が、もろに出てしまうわけです。しかも、特効薬の生ワクチンは、

どう見ても、1ヶ月は先でしょう。

  新薬の“ノイラミニダーゼ阻害薬”が、H5N1に感受性があるようですが、新型とな

ると、未知のものです。あらゆる意味で、保証されるものではありません... 」

                       

「塾長、」響子が言った。「...H5N1は、最初の頃よりも毒性が増して来ているよう

ですけど、そうなのでしょうか?」

「そうらしいねえ...」高杉が、うなづいて、ノートパソコンに目を落した。「ともかく、順

を追って話そう。高病原性・鳥インフルエンザウイルスのH5N1は、いくつかの遺伝子

に分類されます...

  ベトナムやタイを中心に、東南アジアに広がっているH5N1ウイルスは、単一遺伝

子型で、“遺伝子型 Z”と言われるものです。これに対し、日本の“山口県阿東町の

鶏場大分県九重町の民家京都府丹波町の養鶏場に出現したのは、別の

遺伝子型であり、“遺伝子型 V”と言われるものです。

  まあ...中国の南部を発信源とし、異なる遺伝子型のH5N1ウイルスが出現した

ものと思われます。そして、おそらく、それらが野鳥を介して広がって行ったのでしょ

う。実際、そうした野鳥からも、H5N1ウイルスが確認されています。

  現在は、“遺伝子型 Z”のウイルスが優勢です...ベトナムやタイで広がっている

この遺伝子型のウイルスが、ヒトに感染し、大勢の死者を出しています。したがって、

増殖能力病原性ヒトへの感染能力が...他の鳥ウイルスよりも非常に高いよう

です。

  日本で出現した“遺伝子型 V”では、ヒトへの感染も死者も無かったわけですね。

あ、いや...当時はともかく、後の詳しい調査では、京都の養鶏場で、多少人への

の感染はあったようです。しかし、いずれにしても、犠牲者は無かったわけです。むろ

ん、今後どのように推移していくかは、未知数です」

「はい、」

 〔4〕 パンデミックと   

        文明のターニングポイント

        wpeB.jpg (27677 バイト)

「この高病原性・鳥インフルエンザウイルスは...」高杉が言った。「一度出現する

と、その蔓延力病原性の強さから、発生国や地域の養鶏業に、甚大な被害を与え

ます。

  その有様は、日本では、京都府丹波町の採卵養鶏場/浅田農産船井農場の一

連の騒動で、つい先日のこととして記憶していると思います。

  ともかく、感染発覚の初動期に、適切な処理を怠ると、地域社会が壊滅的な被害

をこうむる恐れがあります。大量の鳥ウイルスを浴びることにより、ヒトへの感染が起

こり、それが新型・ヒトインフルエンザウイルスへ変異する可能性が、非常に高いから

です。ベトナムやタイでは、ヒトからヒトへの感染も報告されています...

  それから、響子さんの言うように、現在流行中のH5N1ウイルスは、明らかに強毒

性を増しています。それが何故なのかは、まだ解明されていないようです」

「医療技術の発達した現在で、」夏川が言った。「70%の致死率というのは、異常な

高さです...つまり、現代の医療技術でも、延命が非常に難しいと言うことです。ど

の薬も、効かないということです...」

“ノイラミニダーゼ”阻害薬”は、有効だと効いていますが、その新薬は使わなかった

のでしょうか?」響子が聞いた。

「詳しいことは分りませんが...まさに今、その新薬を試している所ではないでしょう

か。そして、ウイルスの側も、パンデミックに向けて...人間よりもはるかに高い次元

で...何者かが知恵を絞っているのかも知れません...生物進化のベクトル(力と方

向)とは、いったい何なのでしょうかねえ、」

「...人類もまた、」高杉が言った。「この生態系、この地球生命圏が生み出した、最

高モードの芸術作品です。人類文明に壊滅的な打撃を与えて、懲らしめはするでしょ

うが、絶滅することは無いでしょう...しかし、先ほども言いましたが、人類文明は、

まさに大きな岐路に立たされています。

 

  “持続的発展可能な経済...?”ですか...そして、“世界のグローバル化”です

か...“少子化対策”ですか...いったい、そんなことを言っていられる状態なので

しょうか?

 

  私たちは、科学技術文明世界のグローバル化を、このまま推進して行っていい

ものかどうか...一部、あるいは全面的に、大自然へ回帰の方向へ転換すべきな

のかどうか...ともかく、人類社会は今、文明史的にも大きなターニングポイント

差しかかっています...ここは、まさに、文明史的な議論が必要です」

「もう、あまり時間は無いと言うことですね、」

「そうです...

  政治家は、概して現状肯定的で、小さな“修正の積み重ね”を好みます。いわゆる

“改革積み重ね”です。そこに、政治力の活用の場があるからです。しかし、文明のタ

ーニングポイントとなると政治を越えています。そこで活躍するのは、宗教や哲学や思

想です。そうしたものが、民衆と共に、社会的パラダイムを変えて行けるのです」

「はい」響子が言った。「今、日本の社会でも、政治と国民が、乖離していますよね」

「そうですね...

  “迷った時”は...まあ、迷わずに...納得のいく所まで、“道を戻る”ことです。そ

れが一番確かです。つまり、かっての良き時代は...世界中の人々や民族や国家

が、まだグローバル化せずに、それぞれに豊な文化を育んでいました。その頃まで、

戻ることです。

  その時代は、確かに、文化の多様性という意味においても、世界は安定していた

のです。これは、生態系の生物の多様性とも、共通のものがあります。単調な風景、

単調な世界、単調な文化は、非常にもろく壊れやすいと言うことです。

  その、良き時代とは、何時頃でしょうか?文化が...グローバル化によってパレッ

トの絵具がかき混ぜられ、ペースト状の灰色になる以前...それぞれの色が、豊に

発色していた頃です。それらが、適度に混ぜ合わされ、新しい創造性が育まれてい

た頃です。これらを、社会工学的に創出していくことです。どのぐらいの社会単位で、ど

のような結合がいいのか、どのような未来都市がいいのかも...

  それから、現在の世界人口を入れる器として、どの程度の機動性や科学技術を社

会の中に取り入れるか...それらを統一的に運営する人類文明をデザインする時期

に来ています。ともかく、世界の閉塞状態を打破する大哲学を必要としています...

現状の政治では無理です。宗教、哲学、思想が、この大艱難の時代をリードしていく

必要があります」

「今が、その時でしょうか?」響子が言った。

「そうです...

  パンデミックで、非常にあっさりと、世界人口が激減するかも知れません。もし、パ

ンデミックの兆候が現れたら、世界の航空輸送網“緊急凍結”する準備をして置くこ

とです。感染地域だけでなく、世界同時に実施することも検討すべきです。同様に、

舶、鉄道、ハイウェイも、きめ細かく“緊急凍結”する準備も整えておくべきです。

  非常に社会的影響が大きいわけですから、法的にも準備し、社会のコンセンサス

も、とっておくべきです。スペイン風邪では、アラスカや、太平洋の島々にまで感染が

拡大しています。まさに、恐るべき感染力です。むろん、世界中で、消毒液等の準備

も、万全に整えておく必要があります」

「世界の航空輸送網を、“緊急凍結”することなど、でしょうか?」

パンデミック・ウイルスが、世界中にバラ撒かれるよりはましです。それが、致死率

が70%のもの高病原性ウイルスで、非常に感染力の強いものだったら、結局、世界

中がパニックに陥ります。結果として、“同じこと”になります。そうなったら、航空輸送

網どころの話ではなくなるでしょう。

  現在でも...SARS(新型肺炎)の時には...渡航制限や欠航などの措置が取られ

ていました。しかし、空気感染の新型・インフルエンザウイルスとなると、“時間単位”

“分単位”“秒単位”で、緊急に“飛行場を凍結”するなどの、強権が発動しなけれ

ばなりません...

  2003年の春から初夏にかけて...SARSが中国の北京に蔓延していた頃、

陸鉄道が、それでもどんどん内陸部へ人や物資を運んでいました...あの風景を見

ていて、非常に危機感をもちました。“鉄道を止められないのか”と...

  しかし、大動脈である鉄道は、止められなかったのです。分っていても、システム

は、止められなかったのです。だからこそ、あらかじめ、その“準備”をしておいて欲し

いと言うことです...」

「あの...どのぐらい、止めておけばいいのでしょうか?」夏美が聞いた。

「新型・インフルエンザウイルスの場合、どうでしょうか、夏川さん?ワクチンが開発製

造されるまで、どのぐらいの期間が必要でしょうか?」

「そうですねえ...

  特効薬である弱毒生ワクチンの開発は、SARSほど難しくは無いと思います。しか

し、出来てみなければ分らないとも言えます。そして、開発できても、生産、流通、投

にも、それなりの時間がかかります。

  まあ、発生源を封印することが第一でしょう。そして、1ヵ月、2ヶ月ぐらいすれば、

ワクチンの体制が整うでしょうか...しかし、空気感染ですから、時間との勝負です。

SARSのような時間的余裕はありません。ともかく、あらゆる輸送網を遮断しても、

鳥や渡り鳥がいますからねえ...ブタも、身近にいます。

  ともかく、水禽類(アヒルやカモなど)は、あらゆるインフルエンザの天然の宿主です。自

ら発病することなく、ウイルスを運びます...」

「そうですねえ...野鳥がいますねえ...」高杉が、つぶやいた。

「しかし...出来る事はすべてやらなければなりません...

  ともかく、高病原性ウイルスだとしたら、京都府の浅田農産のニワトリように、相当

の犠牲者が出ることになります。いかに、初動期に押さえ込むかが、非常に重要にな

ります。空気感染ではないSARSでさえ、あの有様だったのですから、」

「SARSは、どうして押さえ込めなかったのでしょうか?」夏美が聞いた。「結局あれ

は、自然に終息したんですよね。WHO(世界保健機関)は、“勝利宣言”をしたようですけ

ど、」

「うーん、」響子が首をかしげた。「あれは、“勝利宣言”ではなく、“制圧宣言”だったと

思います。“SARS掲示板”に掲載した覚えがあります。

  そうそう...WHOのブルントラント事務局長が、2003年7月5日、ジュネーブで

記者会見し、“SARS制圧宣言”を行ったのです」

「うーん、さすが、危機管理センターの響子さんよね、」

「“勝利宣言”でも、“制圧宣言”でも、同じような意味ですけどね、」

「SARSは、」高杉が言った。「“SARS・コロナウイルス”を特定するのに、時間がか

かりました。とうとう大流行が終息するまで、特効薬のワクチンは開発されませんでし

たねえ。

  翌年の2004年の2月になって、“インターフェロン”ウイルスの増殖と肺炎症状

を押さえるのに有効というニュースがありました。これは、肝炎の治療などに使われる

“持続型インターフェロン(アルファ型)です...ワクチンの開発は、手間取っているよう

ですね。最近の状況は、私の耳には入ってきていませんが...」

「何故、ワクチンが出来ないのでしょうか?」夏美が聞いた。

「それは、SARSのページでも説明しましたが...“変異の早い、RNA型ウイルス”

だからです。そういう意味で克服の難しいものに、エイズ・ウイルスエボラ・ウイルス

などがあるわけです...

  そして、もちろん、インフルエンザ・ウイルスも、このRNA型ウイルスです。毎年イン

フルエンザの予防接種をするのは、変異が早く、毎年型が微妙に異なっているからで

す。現在、ヒトの間で毎年流行(エピデミック)しているのは、2種類です。H3N2型(香港風

邪)と、H1N1型(ロシア風邪)です。H2N2型(アジア風邪)は、姿を消しています」 

 

 

  〔5〕 パンデミック・ウイルスへのアプローチ 

             index.1102.1.jpg (3137 バイト)    

 

「うーん...」響子が、考えながら言った。パンデミック・ウイルスは、10年〜40年

の周期で現れています...私たちは、きわめて近い将来に、パンデミックに確実に

遭遇するようです。

  それが、何者かの意思によるのか...あるいは、地球生命圏のホメオスタシス(恒

常性)の復元力によるものか...それとも、単なる確率論的な偶然か...は分りませ

ん...その判断は、現段階では、容易ではありません...」響子は、高杉を見た。

「うむ...」高杉は、うなづいた。「この世界は...単なる物理学的な確率論を超え

た、何かがあると考えるべきだろうねえ...物理学は、デカルトの言うところの“思惟

するもの(/精神)を説明していない。その“意識”というものが無ければ、この世界

の認識も無いわけだからねえ...

  デカルトは、この世界を、物質精神とにを厳密に分離したが、物質よりも精神を確

実なものとしたわけだ。したがって、この地球生命圏も、現代物理学を基盤とした生物

で、全てが説明できるわけではないのは当然だろう。“思惟するもの(/精神)によ

る、後の半分が説明されていないわけだ...そこに、様々なイメージや可能性が秘

められている...つまり、“何でも有りの魔法の領域”と言うわけだ」

「はい...」響子がうなづいた。「ともかく、はっきりしていることは...

  人類文明が、このまま地球環境を破壊し続ければ、地球の全生態系が沈没してし

まうということですね...それは、明社会として、座視することは出来ません」

「響子さんの言うとおりです」夏美が言った。「これまでも、地球生態系における大量

絶滅は、何度かありました...

  私は、<新春対談・2002>“地球生命圏に、6度目の大量絶滅は近いの

か!”<地球生命圏が経験した過去5回の大量絶滅>で、そのことを担当しまし

た。それは、次のようなものです...

 

《第1の絶滅》 ( 4億3900万年前/古生代/オルドビス紀の末期 )

継続期間:  1000万年

海生生物の絶滅比率/(確認値)  60%

海生生物の絶滅比率/(推定値) : 85% 

推定原因:  海水準の変動

《第2の絶滅》 ( 3億6300万年前 古生代/デボン紀の末期 )

継続期間:  300万年未満

海生生物の絶滅比率/(確認値) : 57%

海生生物の絶滅比率/(推定値) : 83% 

   推定原因:   小惑星・彗星の衝突、地球寒冷化、

           海洋の無酸素化

《第3の絶滅》 ( 2億4800万年前 古生代/ペルム紀の末期 )

継続期間:  不明

海生生物の絶滅比率/(確認値) : 82%

海生生物の絶滅比率/(推定値) : 95% 

   推定原因:  気候変動や海水準の変動、小惑星・彗星の衝突、

            活発な火山活動、

《第4の絶滅》 ( 2億1000万年前 中生代/三畳紀の末期 )

継続期間:  300万年 〜 400万年

海生生物の絶滅比率/(確認値) : 53%

海生生物の絶滅比率/(推定値) : 80% 

   推定原因:  活発な火山活動、地球温暖化

《第5の絶滅》 ( 6500万年前 中生代/白亜紀の末期 )

継続期間:  100万年未満

海生生物の絶滅比率/(確認値) : 47%

海生生物の絶滅比率/(推定値) : 76% 

   推定原因:  小惑星・彗星の衝突、活発な火山活動

 

  ...と、言うものです。第3の絶滅が最大で、第5の絶滅では、地球上から忽然と

が姿を消しています...最近の研究では、この第5の絶滅の時、地球規模の火

が、あったとか無かったとか、議論されています。しかし、いずれにしても、小惑星か

彗星の衝突があったのは事実です。また、それが恐竜の絶滅に、少なからず影響し

たのも、事実だと思います」

「ええ、」響子が言った。

「でも、“第6の絶滅の危機”と言われる現在は、人類文明の地球環境破壊による

為的な危機です。いわば、“生態系内部のガン細胞”が原因の、種の大量絶滅が始

まっているわけです。

  これには、生物体のホメオスタシス(恒常性)と同じように、生態系や生命圏もまた、

ホメオスタシスが起動し、病を癒そうとするとしていると考えられます。次のパンデミッ

クは、その“生態系のホメオスタシスの起動”なのではないでしょうか?」

「はい...」響子がうなづいた。「私も、高杉・塾長も、同じ考えです...

  生物体での自然免疫系...様々なサイトカインにあたるものが...生態系では

フルエンザの世界的大流行であり、エイズであり、新型肺炎・SARSなどに相当す

るのかも知れません。

  そして、大問題なのは、次のパンデミックウイルスは、強烈な病原性を持つ可能性

が高いということです。遺伝子変異の中で、病原性が弱まる可能性もありますが、人

類としては、最悪の事態に備えるべきです。

  もし、このパンデミックウイルスが“生態系のホメオスタシスの起動”から来るもの

なら、なおのことです。それこそ、人類が激減することになります」

「そうだとしたら...」夏美が、高杉の方を見た。私たちは、どうしたらいいのでしょう

か?」

「ま、ともかく、」高杉が言った。「地球生態系から、人類文明の重荷を取り除くことで

すね...それが、抜本的解決策です。そして、それには、ともかく地球上の総人口を

減少させることです。それも、急速に減らす必要があります。それと、地球環境の復元

です。

  それが出来ない時...きわめて毒性の強いパンデミックウイルスのようなものが、

人類文明に波状攻撃仕掛けてくるかもしれません...」

「私は、それはすでに始まっていると思いますの...」響子が言った。

「しかし、」高杉が言った。「地球温暖化による気候変動でも、大飢饉は簡単に起こるわ

けです。そうなったら、単純な飢餓で、人類は激減しますね。こうした現象は、生態系

の中では、よく見られることです...

  イナゴやバッタの大発生もそうですし、ネズミの大発生も、結局は飢餓によって適正

な数量に、調整されるわけです。いずれにしても、否応無しに、人口は激減する方向

に向かいます。仮にそれを乗り越えたとしても、人類文明による環境破壊が進み、

態系が沈没します。結局それこそ、“第6の種の絶滅の淵”に立つことになります」

「そうですね...」響子が、首を横にした。「“My weekly Journal”の津田・編集

長も言っていました。大型哺乳類の総個体数としては、人類は異常な数量だそうで

す。また、地球生態系に占める“種の総重量/総トン数”も、きわめて異常で、生態系

がきわめて歪(いびつ)なものになっています」

「うむ...」高杉は、大きくため息をついた。「ともかく、生態系からの過酷な淘汰圧力

がかかる前に、世界の総人口を半減させる必要がありますね。人類社会全体は今、

“非常に脆(もろ)く不安定な状態”に陥っているのを、ぜひ知って欲しいと思います。そ

“種の存在の基盤”、“文明の存在の基盤”である生態系が、すでに半分沈みかか

っているのです」

「はい...」夏美が、うなづいた

「そして、」と、高杉は言った。「文化的にも、社会的にも、政治的にも...世界は危機

的状態にありますね...グローバル化によって、感染症などに対しても、常に脆弱

(ぜいじゃく)になっています。そして、まさにこの状況下で、パンデミックが忍び寄って来

ています」

「まさに、」夏川が、口を開いた。「人類社会全体が、タガが緩んでしまいましたね。これ

は、冷戦構造の終結から来るものですか」

「そうです...そして、その結果から来る、世界のグローバル化...民族、文化、宗

教等のあつれきが、一気に噴き出して来たようです」

「何か“巨大な複合的な危機”が忍び寄っている気配を感じますね」

「そうです。21世紀の前半に、人類文明の“大艱難の時代”がやって来ると、私は見

ています。そして、それを乗り越えれば、文明は再び安定期に入ると思います。まあ、

それが、22世紀に入ってからになるのかどうか...」

「はい、」夏美が言った。

 

<5> 高病原性は、HAタンパク質の開裂部位に

        wpeB.jpg (27677 バイト) house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

 

「高杉・塾長...」響子が言った。「今のところ、鳥ウイルス(H5N1)が、パンデミック

ウイルスになる可能性が一番高いわけですが...そもそも、それほどの強毒性が無

ければ、これまでのインフルエンザのように、人類にとってはそれほどの脅威にはな

らないわけです。

  例えば、スペイン風邪のようなものであっても...世界のグローバル化という側面

はあるにしても、現代文明の総合力で、何とかなりそうです。世界人口が70億人に

膨れ上がっていますから、無傷というわけには行かないでしょうが、世界の形は維持

されると思います。

  ところが、高病原性・鳥ウイルス(H5N1)が、パンデミックウイルスになった場合、

その病原性の強さにもよるわけですが、世界人口が激減することも考えられます。生

態系に対する人類文明の荷重が、危機的状態になった今、まさにそれに合わせるよ

うに、高病原性・鳥ウイルス(H5N1)が出現しました...」

「そうですね、」高杉が、うなづいた。

「そこで...その、高病原性・鳥ウイルス(H5N1)の、“高病原性”について、説明し

ていただけるでしょうか?」

                                  

「はい...ええ...

  鳥インフルエンザウイルスの表面には、2つのタンパク質があると言いました。“H”

で表現されるHAタンパク質と、“N”表現されるノイラミニダーゼです。そして、いわゆ

“病原性”は...ウイルスのHAタンパク質の、宿主細胞(鳥やヒト)におけるタンパク

質分解酵の感受性によって決定されます...

  夏川さん、これは、どういうことなのでしょうか。もう少し、詳しく説明していただける

でしょうか」

「私たちにも分るように、」夏美が言った。

「そうですね...」夏川は、顔を崩し、うなづいた。「そうしましょう...

  ええ、まず...ウイルスが感染性を持つためには、1本のポリペプチドとして合成

されいるHAタンパク質が、2つのサブユニットに分断される必要があります。この分

断により、開裂部位の下流にある“膜融合ドメイン”露出します。そして、HAタンパ

ク質は、エンドソーム膜(細胞に取り込まれたウイルスを包む膜)ウイルス膜を融合させる活性

獲得するのです...」

「うーん、」響子が、首をかしげた。

「いや、これから、分るように説明します...」

「それにしても、」高杉が言った。「難しい言葉が出てきましたねえ...

  “膜融合ドメイン”ですか...ドメインという言葉は、インターネットなどで使われま

すが、分子生物学でも使われますねえ...たしか、このホームページでも、1度か2

登場しています。意味は、“領土”とか“領域”の意味でした...

  ええ...すると、1本のポリペプチドとして合成されいるHAタンパク質が開裂

て、2つのサブユニットに分断される...すると“膜融合ドメイン”露出し...ウイ

ルス膜と、細胞側のウイルスを包み込んでいる膜が、融合するわけですね。そして、

一体化する...

  なるほど、分りました...すると、HAタンパク質が開裂いないウイルスは、感染性

が無いということですか?」

「そうです...そして、その開裂部の状態が、まさに問題なのです...

  高病原性・鳥インフルエンザウイルスの、HAタンパク質の開裂部位には、“塩基

性アミノ酸”の配列が連続しているのです。そして、この配列を特異的に認識するの

タンパク質分解酵素“フリン”などです。これは、ほぼ全ての臓器に存在します。

つまり、ウイルスHAは全ての臓器で活性化され、全身感染を引き起こし、重症化

します。これが、極めて毒性の強いと言われる原因の1つです。

  これに対し、低病原性ウイルスでは、開裂部位に“塩基性アミノ酸”配列の連続性

は無く局所に存在するタンパク質分解酵素しか作用しません。これは、具体的には

“トリプシン”などで、呼吸器腸管にのみ存在するタンパク質分解酵素です。つまり、

低病原性のウイルスでは、感染は呼吸器や腸管に止まるため、軽い症状で済むわ

けです」

「うーむ...そういうわけですか、」高杉は、体を引き、腕組みをした。

「高病原性・鳥インフルエンザウイルスは、H5H7の型です...

  これらの型のHAタンパク質は、を含めて、ほとんどの臓器と組織に親和性があ

ります。H5N1は、何度も言いますが、ニワトリで100%近い致死率になります。それ

から、ベトナムやタイで、40例ほどのヒトへの感染も認められたわけですが、致死率

は70%を越えています...

  ええ...病態としては...いわゆる急性全身性症状強い伝染性を示します。こ

れは、京都の養鶏場の感染被害でも、その強烈な毒性と、感染性で、その実態が分

ると思います」

「うーむ...」高杉は、首をかしげた。「それで...低病原性の方の病態というのは、

どうなんですか?」

「まあ...低病原性のウイルスは、H1〜H15まで、全てにあります。呼吸器腸管

に、組織親和性がありますね。病態としては、軽度です。まれに、重症化することもあ

りますが...」

「4000万人の死者を出したスペイン風邪でさえ、数%の致死率です。それが、70%

を越えるとは、すごい致死率ですね...

  しかし、夏川さん、鳥インフルエンザは、もともとヒトには感染しないものと言われ

ていました。ボランティアによる感染実験でも、そのことが証明されています。それ

が、何故、“感染するという事実”が出てきたのでしょうか?そこの所を、分るように説

明してもらえますか、」

「ええ、」響子が言った。「肝心な所ですわ!」

「まあ...絶対ということは無いわけです...私の今言ったことも、現在分っている

状況では、ということです」

「もちろんですわ。でも、種を超えて感染するメカニズムは、どういうものなのかしら?」

「そうですね...

  ヒトの細胞には、ヒトのウイルスに対する受容体(レセプター)があります。これは、

ガラクトース(単糖の1つ)“2−6結合”したシアル酸です。そして、鳥細胞には鳥ウイル

スに対する受容体があるわけです。

  ええと...鳥の場合は、ガラクトース“2−3結合”したシアル酸ですね。つまり、

この差が、ウイルスが種を越えて感染するさいの“バリアー”になっているのです」

「うーむ...専門的な話ですねえ...するとブタなどは、ヒトウイルスの受容体も、

ウイルスの受容体も、両方持っているということですか?」

「そうなります...

  ブタの上部気道細胞には、ヒトウイルスと鳥ウイルスの両方の受容体が存在しま

す。東南アジアの国々では、ヒトブタが密接する環境にあります。かっては日本

の農村もそうでしたが、こうした所でヒトウイルスと鳥ウイルスが出合い、“ハイブリッド

ウイルス”が誕生すると考えられています」

「うーむ...ブタが“ハイブリッドウイルス”の混合容器になっている、と考えられてい

るわけですね...

  そして最近は、鳥ウイルスがヒトに感染し、ヒトが混合容器になってしまう可能性も

あるわけですね...高病原性・鳥ウイルスが、直接ヒトに感染し、その病原性の強い

まま、ヒトの新型ウイルスに変異する可能性があると聞きますが、」

「ありますね...

  私たちの知識などは、両手で水をすくっているようなものです。病原菌やウイルスを

相手に、予想通りなどということは、まず無いでしょう。自然界を追いかけて行くのが

せいぜいです。そして、それを、何とか応用するということですかね...」

アジア風邪も、香港風邪も...」響子が、指を立てた。「鳥ウイルスと、ヒトウイルス

との“ハイブリッドウイルス”だと聞いていますけど、そうなのかしら?」

「その通りです。アジア風邪も、香港風邪も、鳥ウイルス由来のHAタンパク質をもつ

“ハイブリッドウイルス”です...スペイン風邪以前の、インフルエンザウイルスのサ

ンプルが採取できれば、面白いんですがね、」

「つまり...」響子が言った。「アジア風邪も香港風邪も、それそのものは、新型のヒト

のインフルエンザウイルスですよね。そして、これらは、ヒトウイルスと鳥ウイルスのハ

イブリッドだということですね?」

「そうです...

  スペイン風邪ウイルス(H1N1)のHAタンパク質は、鳥ウイルス由来のものです...

アジア風邪ウイルス(H2N2)は、スペイン風邪とH2N2鳥ウイルスのハイブリッドです。

そして、香港風邪ウイルス(H3N2)は、アジア風邪ウイルスとH3鳥ウイルスとのハイブ

リッドです。

  これらのパンデミックウイルスHAタンパク質は、いずれもヒト細胞の受容体(レセプ

ター)に対し、強い親和性を示します...まあ、だからこそ、世界的な大流行を引き起

こしたわけです...逆に言うと、この仮説は、正しいということですね...」

「うーん、そういうことね、」響子が言った。

「パンデミックウイルスが、どのようなメカニズムで発生するかは、まだ解明されていま

せん。可能性としては、4つのケースがあります。それを、まとめてみます...」

 

@ ヒトウイルスと鳥ウイルスが同時にブタに感染し、そこでハイブリッドウ 

  イルスが生まれ、それがヒトに感染するケース...東南アジアのヒト・ 

  ブタ・鳥が密接する環境が、それを助長します。

A 鳥ウイルスがブタで増殖を繰り返すうちに、ヒトで感染できるように変化

  するケース。 

B 鳥ウイルスが、ニワトリで感染を繰り返すことで、ヒトに伝播しやすくなる

  ケース。

C 鳥ウイルスが、ヒトに感染し、ヒトがハイブリットの混合容器になるケー

  ス。

 

  いずれにしても、次のパンデミックの起点を見逃さないことです。感染の検出と予防

に、人類の命運がかかってきます...」

「それと、」高杉が言った。「新薬ワクチンの開発がカギですね。それが、パンデミッ

クに対する人類の防波堤になります。

  ええ...私は、最新の“リバースジェネティクス法”による、“弱毒H5N1組換えワク

チンウイルス”の制作について説明しようと思っていたのですが...これは、第一線

で活躍しておられる、夏川さんに代わってもらいましょうか、」

「はい」響子がうなづいた。「そうですね、」

「それはいいのですが...」夏川は、首をかしげた。「私も、感染症の第一線にいると

いうだけで、インフルエンザ・ワクチンが専門というわけではありません」

「はい、」響子が言った。「それはもちろん、承知していますわ」

 

  〔6〕 ワクチン開発と新薬の状況 wpe8B.jpg (16795 バイト)  

       

 

<6> リバースジェネティクス法           

 

「まず...」夏川は、腕組みをして言った。「“リバースジェネティクス法”というのは、

ラスミド(環状DNA)を用いた遺伝子工学の新しい手法です。

  プラスミドと言うのは、ご存知でしょうが、細菌の核外遺伝子です。これは細胞の核

の外...つまり、細胞質中で自律的に増殖していますが、通常は生育に必須のもの

ではありません。“リバースジェネティクス法”では、このプラスミドの環状DNAを利用

するわけです。

  米陸軍病理研究所の参考文献の著者たちが、米疾病対策センター(CDC)などと

協力して、スペイン風邪の1918年ウイルスの研究に、この手法を用いています。そ

れを、簡単に紹介しましょう。

  この新技術を用いたのは、“1918年ウイルスの遺伝子”を、1本以上保有するイン

フルエンザウイルスを、組み立てるためです...そして、これらの“遺伝子組み替え

ウイルス”が、動物の生体内や、ヒトの培養細胞内で、どのように振舞うかを観察する

ためです...そうやって、“1918年ウイルス遺伝子”の実態を探ろうというわけです

ねえ...」

「あの、」響子が、小さく手を上げた。「スペイン風邪ウイルスの再生は、“危険”ではな

いのでしょうか?アラスカの冷凍遺体からの、スペイン風邪ウイルスの回収もそうで

すが、」

「もちろん、非常に危険をともなう仕事です」夏川が、響子を眺め、ゆっくりとうなづい

た。「だから、専門家による、慎重な仕事になるわけです。パンデミック・ウイルスも、

ボラ・ウイルスなどもそうですが、それなりの厳重な管理のもとで、特別な研究施設

中で行われるわけです。しかし、やらないわけには行かない」

「はい...もちろんそうですわ、」

「さて...

  これらの“遺伝子組み替えウイルス”を構築するために...“リバースジェネティク

ス法”が使われたわけです。先ほども言いましたが、これは、プラスミド(環状DNA)

用いた新しい手法です。

  インフルエンザウイルスの遺伝子はRNAですが、この手法では、まずDNA版のイ

ンフルエンザウイルス遺伝子を作成することになります。そして次ぎに、“DNAの各遺

伝子コピーをプラスミドに挿入”するわけですね。それから、これらのプラスミドを、様々

に組み合わせて、ヒトの生体細胞に注入します」

「生身の人間には使えないので、組織培養した、生きている細胞で試すわけです」高

杉が、補足した。

「そうです...

  すると、ヒトの細胞機構が、プラスミドの遺伝情報にもとづいて、遺伝指令を発する

わけです。こうやって、必要な遺伝子だけをもつ、インフルエンザウイルスを生成できる

わけです。その遺伝子からはもちろん、そのタンパク質がコードされるわけですね。こ

れが、概略です...」

「これは、スペイン風邪の研究だけでなく、」高杉が言った。「次のパンデミックウイルス

の研究にも使えるわけですね」

「確かに、そういう計画はあるようです...

  高病原性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)と、現在循環しているヒトのインフ

ルエンザウイルスを組み合わせた、次のパンデミックの“人工ウイルス”を作る計画

があります。その、可能性の高いパンデミックウイルスの、自然発生の可能性毒性

感染性を評価しようというものです。

  こうした研究により、パンデミックウイルスの、ある程度の予測を得ようというもので

す。また、こうした研究により、“対策”と、“警報”を発することが出来ますね...」

「うーん、」響子が、首を斜めにした。「それって、やっぱり、ものすごく“危険”なことじゃ

ないかしら?」

「うむ、」高杉が言った。「“人工ウイルス”が、研究施設から外部に漏れるという話は、

FS小説のネタにもよく使われる。つまり、それなりに危険性も高いということでしょう」

「もちろん、万全を尽くします...科学と技術の粋(すい)を集めて...」夏川は、白いガ

ウンのポケットに右手を突っ込み、苦笑した。「しかし、先ほども言ったように、あえてそ

うしたリスクを冒(おか)しても、やらなければならないのです。

  これは、文明社会の使命なのです。いずれ、確実に、パンデミックはやって来ます。

それで、人類が激減するのでは困るでしょう」

「もちろん、そうですけど...」響子が言った。

「むろん、勝手にやるのではなく、許可予算が下りて、初めて出来るわけです。そこ

で、十分な議論が尽くされ、実行に移されるわけです」

「でも、そうした危険は、冒すべきなのかしら...これは、私の意見ですけど。そうやっ

て人類は、原子爆弾を作り、今でもその核兵器が、地球社会を脅かし続けています」

「.....」

「地球生態系から、人類が激減すべき今...」高杉が、つぶやくように言った。「まさ

に、その今...よくも高病原性・鳥インフルエンザウイルスなどという格好なアイテム

が出現して来たものです...

  これは、偶然なのでしょうか?人類にとっては非常に大きな脅威ですが、生態系に

とっては、“願ってもないこと”なのかも知れません。何かの手違いで、人類が激減した

として...それは結局、結果的に世界人口が激減し、地球環境が好転することにな

るのかも知れません」

「うーん...」夏美が、口にコブシを当てた。

「ええ...」響子が、夏美にうなづいた「何のための“危機管理センター”なのかと思

います...人類文明の壊滅的な被害が、より大きなスケールでは、地球環境が好転

するなんて...」

生命進化のベクトル(力と方向)の上で...」高杉が言った。「地球生命圏のホメオスタ

シス(恒常性)が...つまり、全生態系のバランスが...大局的に作動したのかも知れ

ません。もし、そうだとしたら、こうした現象は、今後も続々と出現するはずです。最大

の病根である人類が、適正な量まで激減するまでは...

  まさに、政治も、科学行政も...結果的に“衆愚”に陥ってしまうのは、どうしたこと

でしょうか...今こそ、“人類文明の叡智”が試されています」

「分ります!」夏川が言った。「私も、同感です。しかし、人類文明としては、パンデミック

による世界人口の激減は、甘受するわけにはいかんでしょう」

「もちろんです!何とか、世界人口をスムーズに減少させ、文明を地球生態系にソフト

ランディングさせなければなりません...この地球環境と共存できるように...

  しかし、現状を続ければ、良くてハードランディングでしょう。いずれにしても、ハード

ランディングとなれば、多くの犠牲者が出るでます...このまま何もしなければ、社会

的大混乱の中で、結局人類は、壊滅的打撃を受けることになります...」

「そうですね...」夏川が、深く考え込みながら言った。「70億人、80億人の人類を受

け入れる選択肢は、地球生態系には最初から無いのです。したがって、人類が適正な

数量まで減少するか、それとも文明によって、生態系が沈没するかです。地球生態系

が沈没すれば、それこそ“6度目の大量絶滅”があるわけです。地球の地質年代的

な、大変動の風景になるわけです。

  どうでしょうか...人類は細々と、科学技術の補助を受けて、生き延びることができ

るでしょうか...全てが絶滅した、新世界の広大な空きニッチ(空いている生態的地位)に、

今度こそ自らの確かな足場を確保していけるでしょうか...」

「そうですね、」響子が言った。「絶滅期間は、どのくらい続くのでしょうか?」

数十万年かも知れないし、数百万年かも知れません...文明が発祥して、わずか

万年弱の人類には、長すぎる時間ですかねえ...」

「でも...私たちは目撃できませんけど...数百万年後の地球の姿というものは、

確かに、巡って来るわけですわ...その時、文明はあるのでしょうか...」

「目撃できるのは...」高杉が、力強く言った。「おそらく、“36億年の彼”だけでしょ

う」

「うーん、そうですね」

「ともかく、世界の人口も、日本の人口も、共に減少させて行くことが急務です。“穏や

かに”、かつ“急速に”減少させていく必要があります。国家形態や、社会形態や、社

会保障などは、次元の違う呑気な話です...

  我々は今、地球生命圏という、奇跡を越える“命の世界”に存在しています。そし

て、自らのエゴで、“命の世界”を破壊しようとしています。70億の人類と、地球生命

をどうコントロールして行くか...これほどの一大事を、心配し過ぎるということは

ありません...

  ろくに心配せず...真剣に考えず...ただ動物的に滅んで行くのであれば...

高病原性のパンデミックウイルスを受け入れればいいのです。それもまた、“賢明な選

択肢”かも知れません。世界人口を激減させるのに、大量破壊兵器も使わず、どこか

らも文句も出ず、これほどうまい方法は無いわけですから... 

「うーむ...」夏川は、目を閉じた。

「逆説的ですが、これも1つの智慧かも知れません...

  全生態系を守るための、“36億年の彼”という超越者の智慧...あるいは神の智

なのかも知れません...」

  夏川は、下を向いて、黙ってうなづいた。

「いずれにしても...」高杉は言った。「この世というのは、実に不思議です。“人間原

理空間”のストーリイを、現代物理学で説明できるのは、半分だけです。デカルトの言

う、“思惟するもの”...この残り半分の統合が21世紀の課題ですが...その領域

に、“36億年の彼”や、“神”が存在するのでしょうか...」

「うーん...」夏美が言った。「私たちは、その超越者に、会えるのでしょうか?」

「信じるか、信じないかは別として...“神に会った”主張する人々はいます。宗教は、

人間社会には不可欠な要素です」

「あ、そうですよね、」

「人間は、直感として...残りの半分の“思惟するもの”の領域を知っているのです」

「はい...」響子がうなづいた。

<7> ワクチン開発                     wpe8B.jpg (16795 バイト)

    index.1102.1.jpg (3137 バイト)       

「それで、ワクチンの話は、どうなったのでしょうか?」夏美が言った。

「はい...」夏川が言った。「ええ...それでは、ワクチンの話をしましょう...

  私も、現場の人間ではないので、分かっていることだけを、かいつまんで話します。

何しろ、最先端で、フル稼働している分野ですから、まさに日進月歩です」

「はい」夏美がうなづいた。

「ええと、何から話しますかね...

  まあ、製造では...毒性が強すぎて、やたらには触れられないわけです。また、毒

性が強すぎるために、培養に使う鶏卵が死んでしまうことが障害になっています。これ

はワクチンの開発や、メーカーの製造段階に、非常に障害になります。

  そこで、H5N1に有効なヒトワクチンのための“原型ウイルス”が作製されました。

ええと、これも...“リバースジェネティクス法”が使われたわけですね。これは、H5N

1ウイルスの野生株から、致死性の作用を取り除いたものです...」

「それは、高病原性・鳥インフルエンザウイルスに対する、ヒトワクチンのための準備、

ということでいいのでしょうか?」響子が聞いた。

「そうです。鳥インフルエンザウイルス(H5N1)のヒトへの感染が、40人以上(30人以上

が死亡)に達しています。それから、“ヒトからヒトへの感染”も確認されています。これ

は、鳥インフルエンザウイルスが、“ヒトに対する適応を獲得”したことを示していま

す。感染性で、爆発的な広がりは見られませんが、それはもはや容易に超えられる障

と見ていいでしょう。時間の問題です...」

「うーん...恐いですね」響子が、高杉の方を見た。「H5N1のワクチンは、近々臨床

試験が開始されるということですが、どういう状況でしょうか?」

「そうですねえ、」高杉が言った。「その後の、アメリカの情報はありませんが...もう

始まっているのかも知れません。夏川さん、日本では、どういう状況になっているので

しょうか?」

「ええと...そうですねえ...」夏川は、クリップで留めたメモ用紙を取り上げた。「日

本の情報が、公開されたものがあります...

  日本の国立感染症研究所のグループが、2005年3月12日までに...高病原

性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)から、新しい予防ワクチンを開発(東京新聞/

2005年3月13日/新型インフルエンザ・予防ワクチン開発)とあります。感染防御効果を、動物実験

確認しています...

  インフルエンザワクチンでは初めて、“免疫増強剤”を加えたのが特徴です。ヒトで

の感染防御が、海外のワクチンに比べて高いと期待されています。また、現在の日本

のワクチン製造能力で、数億人分の供給が可能になるということです...まあ、国際

貢献も、できるわけですね」

「臨床試験はどうなっているのですか?」

来年中の新薬承認、を目指しているようですね...まず、動物を使った前・臨床試

を始め、その後本格的な臨床試験に入ることになります。

  ええ、マウスの実験では、免疫増強剤を加えたワクチンは、加えない場合に比べて、

1/10の量で、抗体価の上昇や、ウイルス増殖の抑制等、強い感染防御効果が確

認されるそうです。この効果と、大量生産が順調に進めば、海外への緊急支援も可能

になるといいます...」

「それは、心強いですね」響子が言った。「“危機管理センター”の管理者としては、危

機は常に“杞憂(きゆう/取越し苦労)で終るのが“最高の結果”です。そのために、様々な

準備や、検証や、対策など、“取越し苦労”を重ねるわけです。

  でも、その“取越し苦労”は、決して無駄ではありません。何故なら、それが文明の

本質だからです。それが、社会形成の本質だからです」

「うむ、」高杉が、2度うなづいた。

「ええ...実際の臨床試験では...」夏川が、メモに目を通しながら言った。「2004

年にベトナムの患者から採取した、新しい流行株のウイルスから作った、試験用ワク

チンを使うといいます。これは、今年に入って流行しているウイルスにも有効だそうで

す...」

<8> 新薬の状況           wpe8B.jpg (16795 バイト)     index.1102.1.jpg (3137 バイト)

 

「ええ、特効薬であるワクチンは...」夏美が言った。「パンデミックウイルスが出現し

てからでないと、対応できません...開発・製造にかかる時間も、未知数です。パン

デミックウイルスは、その“発生の起点”を押えるのが最も有効ですが...ワクチンで

は、その“起点”で対応するのは、不可能なのですね?」

「そうです」夏川が言った。「新型肺炎・SARSの場合がそうですが...2年たった現

在でも、ワクチンが完成したというニュースは聞かないですね。開発は進んでいるんで

しょうがね。まあ、2年ぐらいはかかるかも知れんと言われてましたから。

  インフルエンザの場合は、それほど時間がかからない言われています。しかし、そ

れも約束されたものではありません。まあ、予測どおりには行かないことが多いもの

です...特に、未知の相手となれば...」

「すると、やはり...」夏美が、髪を揺らした。「人類が用意できる“唯一の武器”は、

新薬である“抗インフルエンザ薬”なのでしょうか?」

「そうですね...今のところは...

  パンデミックウイルスが、どのようなメカニズムで発生するのか...また新型ウイ

ルスが、どれだけの時間経過でパンデミックを引き起こすのか...まだ、はっきりし

たことは、全く分っていません。

  しかし、高病原性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)が、ヒトからヒトへの感染

獲得したことから、やはり“時限爆弾のスイッチ”は、入ったと見るべきでしょう」

「はい!」夏美がうなづいた。

「その場合、夏美さんの言うように...人類が用意できる有効な“唯一の武器”は、

イラミニダーゼ阻害薬である“抗インフルエンザ薬”でしょう。“アマンタジン”“オセ

タミビル(商品名:タミフル)、それから、“ザナミビル(商品名:リレンザ)は有効

と思われます」

「はい」

「日本では、危機管理対策の一環として、その備蓄が始まっています。ええと...夏

美さんの方に、そのデータがあるのでしょうか?」

「あ、はい。データと呼べるほどのものではありませんが、一応調べてあります」

「では、お願いしましょうか、」

「はい」

   <日本の状況>index.1102.1.jpg (3137 バイト)    

「ええ...

  “抗インフルエンザ薬/ノイラミニダーゼ阻害薬”は、インフルエンザというものの治

療法を、大きく変えました。やがてやってくるパンデミックの被害も、この新薬で大幅に

軽減できると期待されています...

  “オセルタミビル(商品名:タミフル)“ザナミビル(商品名:リレンザ)は、いずれ

も日本で保険適用されています...

  2004年の8月に、厚生労働省の諮問機関がまとめた『新型インフルエンザ対策報

告書』によりますと...昨シーズン(平成15〜16年)に日本が確保した量は、“タミフル”

約1420万人分(使用量は約620万人分)です。“リレンザ”の方は、約36万人分です。“タ

ミフル”は、世界の流通量の約半数にのぼるそうです...

  この報告書では、新型インフルエンザが発生した場合、2500万人が医療機関を訪

れると推定しています。厚生労働省は、この数量を備蓄の目標とし、都道府県に対し

“災害対策用・備蓄医療品リスト”への追加を要請しました。

  しかし、流行の規模によっては、さらに多くの薬が必要となり、備蓄を急ぐ必要があ

るとされています...」

「それは、」響子が言った。「日本で製造されているのかしら?」

「いえ。いずれも、海外の製薬会社が製造しているものです」

「うーん...はい、」

「どうなのでしょう、夏川さん、」夏美が言った。「これで、パンデミックが防げるのでしょ

うか?」

「分りません...

  私たちは、単純に、医療技術文明論の観点から検討してきました。しかし、実際に

はパンデミックというのは、経済力社会性が大きく影響します。例えば、日本では“抗

インフルエンザ薬”の備蓄を進めていますが、発展途上国などでは、経済的な面で、備

蓄は不可能だといいます。

  では、これを放っておいていいのかというと、そうはいきません。人道的配慮というよ

り、感染そのものが拡大してしまうわけです。最近の、新型肺炎・SARSのケースで、

よく分ったと思います。しかも、高病原性・鳥インフルエンザウイルス(H5N1)は、空

気感染です。また、毒性においても、感染性においても、SARSの比ではありません」

「ただし、」高杉が言った。「我々には、“抗インフルエンザ薬/ノイラミニダーゼ阻害

薬”がある、ということですか、」

「そうですね...

  しかし、それとて、万能ではありません。そのうちに、薬剤耐性ウイルスも出現する

でしょうし、それ1つに頼るわけには行きません」

「単純な可能性ですが、」高杉が言った。「新型インフルエンザと、新型肺炎・SARSが

重なって、人類社会を襲ったケースが恐いですね。そういう強力な感染症ウイルス

が、重なって大流行するということは無いわけですか?」

「もちろん、“無いというルール”は無いでしょう...大自然/生態系というのは、常に

人類の想像を越えています...」

「はい、」響子が言った。「ええ、この辺で終りたいと思います...高杉・塾長、最後に

何か、一言お願いします」

「はい...そうですね...

  この“パンデミックの危機”は、何処から来たのか...いずれにしても、人類は自ら、

人口を減少させることが急務でしょう...この地球上に溢れてしまった人類が、地球

環境における諸悪の根源になっています。ともかく、人口が多すぎるのです。

  それから私は、グローバル化にも反対します。かってのよき時代は、世界はグロー

バル化などはしていなかったのです。それぞれの地域社会があり、独特の風土・風習

があり、多様な文化の国家があったのです。

  人類社会は、この頃に回帰すべきです。地域社会の独立性を高めるべきです。そし

て、世界人口を減少させ、他の生物種との共生を高めることです...地球の生態系

の本来の姿に立ち返るべきです。そのために残された時間は、もうあまりありませ

ん。生態系からの、凄まじい複合的な環境圧力が、人類社会を襲い始めています」

「つまり...ある程度、過去へ立ち帰るという方向ですね、」

「そうですね...

  大局的な意味で、人類文明はターニングポイントに来ているということです...そし

て、道に迷った時は、“分る所まで立ち返る”ということです...歴史を振り返るという

ことです...そこには、確かに、生態系の中で安定した人類社会があったのです。

  他の生物種と同じように、大自然へ回帰するのも、大きな選択の1つです。あるい

は、大自然と折り合い、謙虚な文明社会を形成するのも...知的生命が誕生したこ

との、生命進化上の1つの意義かも知れません...」

「はい...高杉・塾長...夏川さん、それから夏美も...どうもありがとうございまし

た。今回は、これで終ります」

 

      

 

「ええ、危機管理センターの里中響子です...

  今回の考察は、これで終ります。危機管理センターでは、パンデミックウイルスにつ

いて、今後も益々、監視を強化して行く予定です...」

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