危機管理センターバイオハザード(掲示板)エイズHIV・薬剤療法

 バイオハザード  〔AIDS〕   HIV克服=先進国の・・・重い使命と、重い責任        

    
    HIV/エイズ・ウイルス戦略   


              HIV・薬物療法・・・ワクチンと比べ大きな成果
 
          
       
【 25 種類以上の薬を承認 ・・・
薬物の併用=高活性・抗レトロウイルス療法 HIVを劇的に抑制


                                   

 トップページHot SpotMenu最新のアップロード            担当 :  夏川 清一/里中  響子

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プロローグ      ・・・メキシコ発、新型インフルエンザの現況/“フェーズ・5”・・・   2009. 5.15
No.1     <過去のインフルエンザ・パンデミック> 2009. 5.15
No.2 〔1〕 “HIV・薬剤療法”とは・・・  2009. 5.15 
No.3    薬剤の投与・・・1部・感染細胞の残存! 2009. 5.28 
No.4    HIVに籠絡(ろうらく)される免疫細胞・・・ 2009. 6.10 
No.5 〔2〕 HIVの・・・様々な“隠れ家” 2009. 6.27
No.6        【血液脳関門】 2009. 6.27
No.7 〔3〕 “新たな攻撃方法”の拡大・・・  ウイルス複製を完全に阻害する 2009. 7.11
No.8    <薬物療法の今後の展望・・・> 2009. 7.11
No.9        現在/研究されている・・・薬物標的】 2009. 7.11

 

    参考文献   日経サイエンス /2009 - 02  

                       エイズウイルスへの挑戦    D.I.ワトキンス   (ウィスコンシン大学) 

                       HIVを退治するには    M.スティーブンソン  (マサチューセッツ大学)

                       

 

  プロローグ                  《危機管理センター》

            wpe73.jpg (32240 バイト)           

     ・・・メキシコ発、新型インフルエンザの現況/“フェーズ・5”・・・

 

「ええ...薫風かおる、1年で最もいい季節になりましたね...里中響子です...

  今回は、“HIV・ワクチン=戦略の再編成”に引き続き、“HIV・薬物療法の考察”を開始します。

標的がHIVということで、重複する説明もあると思いますが、別の角度から眺めることで、理解も

深まるのではないでしょうか。

  私たち自身も、そうしたことで理解を深めつつ、考察を確かなものにして行きたいと考えていま

す。引き続き、よろしくお願いします...」

 

・・・2009年5月中旬現在・・・

  メキシコ発新型インフルエンザが、“フェーズ・5”から、“フェーズ・6”への移行をうかがってい

ます。さいわいにして、今のところ弱毒性であり、従来の季節性インフルエンザと大差がないとい

うことなので、私たちも静観することにしましょう。

  むやみに騒ぐことは、“狼少年・シンドローム”を引き起こします。つまり、日頃そんな事で空騒

ぎしていると、本物の狼が来た時に、誰も信用しなくなるということですわ。もっとも、この新型イ

ンフルエンザに関して言えば、“大いに騒いで周知徹底しておく”ことが、重要と考えています。

  でも、そのうちに夏になり、シーズンオフということで...インフルエンザ・ウイルスの勢力が弱

まることが予想されます。

  逡巡(しゅんじゅん)するようですが...そうは言っても、最近は夏でも流行が起こりますし、これか

日本で蔓延する恐れもあります。きわどい所でしょうか。ともかく、合併症で重症化する恐れも

ありますので、そうしたリスクのある方は、甘く考えるのは禁物です」

 

「そうですね、せっかくの機会ですから...過去の新型インフルエンザについて、その概略に触

れておきましょう。

  近代・現代/科学力で...最初に捕捉されているパンデミック/世界的大流行は、“スペイン

風邪”です。これは、厨川アンが、かつて専門的に研究していた分野ですが...ええと...ここ

では、私の方から、簡単に説明しておきましょう...詳しくは、リンクを作っておきます」

 

       

            <過去のインフルエンザ・パンデミック>

 

“スペイン風邪”第1波が人類を襲ったのは...1918年/第1次世界大戦の真っ最中です。

それが、厭戦気分(えんせんきぶん/戦争をいやに思うこと)に拍車をかけたようですね...

  全世界で4000万人/日本国内で50万人もの犠牲者を出したと言われています。この数字

については、データによって多少のズレがあります。いずれにしても、4000万人の死亡は、

類史上でも未曾有の大打撃です。

  まさに...驕れる(おごれる/思いあがる)人類文明に、“神罰(/神が下す罰)が下った様相です。

1次世界大戦の真っ最中ということで、私はそうした印象を持ちました...

  “スペイン風邪”は、知られている限りでは...発生は、1918年3月/アメリカ国内の軍のキ

ャンプだったと言うことです。それから、同年/9〜11月にかけて、第2波が発生しています。こ

第2波が、毒性を増し感染力も増しパンデミックを引き起こしています。

  第1次世界大戦の交戦国から、果てはアラスカ太平洋の島々までも、“1918年ウイルス”

の猛威が襲い、世界人口の1/3が感染したと言われます...これは、翌年/1919年まで続

きます...

  まさに殺人ウイルスですが...この当時は細菌は知られていましたが、それよりも遥かにサ

イズの小さい、“ウイルスという概念”は知られていませんでした。こうした状況が、より被害を拡

したようです」  

                          詳しくは、こちらへどうぞ・・・・・(スペイン風邪/1918年ウイルスの脅威)

 

「次に来たパンデミックは、“アジア風邪”です。これは、1957年/5月初旬から始まったようで

すね。国内の感染者数は、100万〜300万人...死者6000〜8000人ということです。

  次に、“香港風邪”が、1968年秋から流行します。これは、国内の感染者は14万人...死者

2000人です」

                          (東京新聞/2009.5.10/新型インフル= 国内感染100万人想定も)

 

「今回を除く、最も最近の新型インフルエンザパンデミックは...

  1977年“ソ連風邪”です。これは、今回の新型インフルエンザと同じく【H1N1型】です。あ

あ...そうそう...“スペイン風邪” 【H1N1型】ですね。これらは、それぞれウイルスの型

同じでも、遺伝子的には違ううです...

  でも、2009年/新型インフルエンザについては...いずれにしても、詳しいことは今後の研

を待つことにしましょう」

                         詳しくはこちらへ・・・・・<人類に大被害をもたらした、主なインフルエンザ>

 

       

                              

「え、さて...」響子が、モニターから顔を上げた。「私たちは、これまでも、何度か指摘している

ことがあります。それは...

 

  “タミフル、リレンザ”“プレ・パンデミック・ワクチン(/【H5N1】の予測ワクチン)の、1本槍・2本槍

はなく...“フレキシブルで総合的な感染症対策/ハード・ソフト両面での対応の充実”...とい

うことを提唱しています。つまり、“全方位の総合力”を上げるということです。

  私たちの周囲には...それこそ多彩な新興感染症が、渦を巻いて待機しているいるというこ

とですわ。脅威は、インフルエンザ・ウイルスだけではないのです。

  過去において、すでに知られているものだけでも...SARS(新型肺炎)や、ニパ・ウイルス

エボラ・ウイルスのようなものがあり...“地球温暖化”で、西ナイル熱デング熱のようなもの

も、北半球の人口密集地帯に侵入して来ています。

 

  そして...これも毎回提唱していることですが...根本的な解決策は、“反グローバル化/

文明の折り返し”だということですね...その第1歩は、“万能型・防護力”/〔人間の巣〕

内展開・世界展開です。

  “万能型・防護力”/〔人間の巣〕世界展開は...多彩な新興感染症に対し、特効薬的な

効果があります...“地球温暖化対策/・・・海洋酸性化対策/・・・気候変動対策”としても、

おそらく...“全世界で実行可能な・・・究極的モデル”と考えています。

 

   《危機管理センター》 としては...世界状況がこの段階に至っては...戦術的対策膨大

な資本投入をするのではなく...戦略的/万能型・防護力”の構築こそが、急務と考えます。

  〔人間の巣/・・・コンパクトな未来型都市/・・・大自然と協調する千年都市〕は、私たち

の子孫/未来社会への大きな遺産になります...この未来風景なら...おそらく安心して、

を託せるのではないでしょうか...」

 

  〔1〕 “HIV・薬剤療法”とは・・・       

            

「ええと...」響子が言った。「夏川さん、アン...今度は、HIV・薬物療法の考察ということです

ね。引き続き、よろしくお願いします」

「はい...」アンが、手で赤毛を細くすき上げた。「HIV・ワクチン開発が...失敗の連鎖で翻弄

(ほんろう)されて来たのとは対照的に...HIV・薬物療法の取り組みは、大きな成果を上げている

と言えます」

  響子が、うなづいた。

「ええ、これまでに...

  “25種類以上の薬”が、承認されているようですね。“これらをうまく組み合わせて治療”に当

たれば...“ウイルスの複製を抑制”し...“血中のウイルス濃度”を...“通常の検査では検

出できない程度にまで・・・低く保てることも多い”...ということです...」

「それがいわゆる、HIV・薬物療法ということですね?」

「そうです...

  でも、残念ながら、特効薬/ワクチンとは違います。また、“感染克服者(elite controller)のよう

な、完璧な克服でもありませんわ。現在の所、HIV・薬物療法は、“治療を中断すると、再度急激

にウイルスが増加”してしまうのです」

「うーん...」響子が、ゆっくりと顎に手をかけた。

「でも...

  こうしたHIV・薬物療法が、感染者希望の光となっています。したがって、今はこの希望の

を、さらに拡大して行くということです。私たちは古来より、様々な疾病を飲みますが、こ

れで完治するものも多いのです。

  特に、“免疫系を攻撃して来るウイルス/HIVに対しては・・・薬物療法というのは強い味方”

です。でも、色々な意味で、HIVは非常に狡猾なのです」

「はい!」響子が、指を組んだ。「このページでは、そうしたHIV・薬物療法について考察して行き

ます。ええと、夏川さん...これらの薬物は、カクテルで使うのですね?」

 

「まあ...」夏川が、白い歯をこぼして笑った。「単にカクテルにして、かき混ぜて使えばいいとい

うものではありません...

  様々な薬剤の開発...複雑な併用と効果...数限りない試行錯誤の積み重ねがあるわけ

です。そうした中で、少しづつ勝ち取って来た成果だということですね。

  こうした、HIVに対する強力な薬剤の併用は、“高活性・抗レトロウイルス療法/HAART”

呼ばれています」

「はい...」

「こうした薬物療法が...

  無数の感染者健康を保ち、寿命を延ばしています。そして感染者たちは延命しながら、“特

効薬/ワクチンの完成を待って来た・・・”という状況です...しかし、そのワクチンが、“戦略的

な再編成”を強いられる状況になっているのです」

「うーん...」響子が、唇にコブシを押し当てた。「こうなっては、薬物療法の方に、さらに頑張っ

てもらわなければなりませんね」

「その通りです...」アンが、体をのり出した。「ワクチンがそうした状況でも、私たちにはもう1つ

薬物療法というものがあります。

  でも、これも完璧ではありません...こうした強力な薬物でも、“HIVを根絶できない理由”を解

明するというのが、この方面の“最重要課題”の1つなのです」

「うーん...」響子が、首をかしげた。「何故なのでしょうか...?」

「あ、でも...そうですね...

  この10年間で...重要な知見が集まって来ているようですわ。HIV“隠れ家/・・・貯留部

(リザーバー)性質を明らかにし...どう根絶すれば良いのか、しだいに分かって来ているよ

うです...ワクチンのようにクリーン・ヒットホームランでなくても、着実HIVを追い詰めて来

ているのは、確かだと思います」

「今までよりも、さらに...ということですね?」

「もちろんです。ともかく、ウイルスを完全に根絶することが可能なのかどうか...まもなく、はっ

きりとして来るかも知れません」

「はい...」

 

HIVも...」夏川が、響子に言った。「全てのウイルスと同じように...複製のために、ヒト

身体の細胞に入り込みます」

「はい、」

「そして...

  ヒト細胞の機構を利用して...自分自身のゲノムをコピーし、ウイルス遺伝子タンパク質

に翻訳するわけです...つまり、設計図から自分のタンパク質を製造するということですね。こう

やって、新しいウイルス粒子が作られ...他の細胞へ、急速に感染を拡大して行くわけです。そ

数量は、ご存知のように、半端なものではありません」

「はい、」響子が、夏川の手を見ながらうなづいた。

「ところが...

  HIVは、ヒトに感染するほとんどのウイルスと少し違い...自らのゲノムを、細胞のゲノム

挿入するのです。後で詳しく説明しますが、これにはウイルスが持つ“インテグラーゼ”という

を使います」

「はい。“インテグラーゼ・阻害剤”というがありますね?」

「そうですね...それはズバリ、その酵素を阻害するです。

  ともかく...HIV・遺伝子は、細胞のゲノム挿入されているために、細胞が複製するたびに

一緒にコピーされ...娘細胞に伝えられて行くようです。そんなわけで、完全な排除が難しいの

です」

「あの、夏川さん...」響子が言った。「感染された細胞は...死んだり免疫細胞破壊され

たりするわけですよね...娘細胞へ分裂して行くのかしら?」

薬で激しく叩くと...」アンが言った。「1部活動を停止したりして、隠れてしまうようです...

  つまり、“生き残り戦略”ですわ...後で説明しますが、細胞のゲノムの中に入って休眠状態

になり、そのまま娘細胞遺伝子が引き継がれて行くようです。それに、HIV“隠れ家となる

細胞”や、“隠れ家となる部位”は、色々とあります。これも、後で詳しく説明します...」

 「うーん...はい...」響子が、うなづいた。

 

「ふつう...」夏川が言った。「免疫系というのは...

  感染細胞破壊することによって、ウイルスを排除するわけです。そのため、感染細胞侵入

の存在を知らせるために...細胞表面ウイルス・タンパク質の断片を、“抗原提示”するわ

けです。

  これで免疫細胞は、簡単に感染細胞識別できるわけですね。いわゆる、指名手配情報/タ

ンパク質情報/・・・顔写真が...バラ撒かれる状況になります。

  まあ...私たちの身体では、私たちの頭脳をはるかに超える、“精密かつ勤勉な追跡作業”

が行われている様子です...この私たちの自己/アイデンティティーというものは...私自身

でありながら、“それをはるかに超えた何者かとリンク”しているようです...

  そりが、高杉・塾長の言われる...“36億年の彼”という“超越的・人格”なのかも知れませ

ん...」

「はい...」響子が、開け放った窓の外に、ポン助の姿を見た。花壇の向こうで、トマトの苗に水

をやっていた。

HIVの場合...」夏川も、つられて窓の方を眺めた。「これまもで話してきたように...

  免疫系だけでは、なかなか感染細胞排除できないのです。まあ、1つには、ウイルス免疫

系自体の構成要素攻撃するからです...しかししばらくの間は、私たちの体は、新しい免疫

細胞を作り続けます」

「はい、」響子が、夏川に視線を戻した。

「しかし...

  “治療を受けていない人”では...時間がたつにつれてウイルスが優勢になり...やがて、

イズが発症します...したがって、是非、是非...早い段階検査を受けて欲しいわけです。

いほど色々な対策も打てるのです」

「はい...そして、HIVの場合は、潜伏期間非常に長いということですね」

「そうです...」夏川がうなづいた。「そして、その長い戦いの中で...免疫系が沈没して、日和

見感染菌の独壇場となり、エイズ発症となるわけです。カリニ肺炎などの諸種の感染症や、カポ

ジ肉腫などの悪性腫瘍が発生して来るわけです」

「でも...

  HIV・薬物療法で、“血中のウイルス濃度”を抑えておけば...通常の日常生活ができるとい

うことですね?」

「そうです...

  そうした予防対処支援活動の方は、“エイズ関係の広報”の方をご覧ください。ここでは、

HIVの病理や、最近の薬剤の研究開発の動向などについて考察します」

「はい」響子が、コクリとうなづいた。

 

薬剤の投与・・・1部・感染細胞の残存    

                  

「ええ...」アンが、響子を見た。「いいかしら...」

「あ、はい...」響子が、メモから顔を上げた。バインダーの上に、ボールペンを置いた。

「くり返しますが...

 

  “強力な薬剤の併用”は・・・HIVの複製を抑制します!そして、HIVが新しい

細胞に広まるのを制限することで・・・免疫系を守ります!

  理論的には、こうした治療法で・・・残った健全な免疫系が、感染細胞を排除

し・・・エイズは治るはず・・・なのです!

 

  では、何故...こうした治療法で...残った健全な免疫系が、感染細胞を退治できないので

しょうか...?...ここが、エイズ治療/HIV感染治療難関なのです」

「はい...」響子が、頭を反対側に振った。

大きな原因の1つは...」アンが、赤毛を指ですくった。「“1部の感染細胞が・・・生き残る”とい

うことです...そして、細胞ゲノムの中にHIV・遺伝子を隠蔽(いんぺい)し、活動が休止状態となっ

ているために、免疫系に探知されないということです」

「うーん...」響子が、口にコブシを当てた。「うまいやり方ですね...」

「そうですね...

  何度も述べていることですが...HIVは、おもに免疫細胞ヘルパーT細胞に感染します。こ

細胞というのは、ほとんどが消化管(/哺乳類では、食道・胃・小腸・大腸など)リンパ節結合組織

存在しています...それから、他のリンパ節血流にも存在します」

血流/血液中にも...ですね?」響子が確認した。

「そうです...」アンが、うなづいた。「エイズ研究では、血中/血液中のものが、採取しやすいこ

ともあって、よく利用されるようです。

  一般的なことですが...ほとんどの種類ウイルス感染では...大部分のヘルパーT細胞

いうのは、戦いの中で不要になり、死んで行くのです...免疫系の司令官も、ラクな職務では な

いということです。

  でも、1部は...“再感染”の兆しがあった場合に即応できるよ うに...“寿命の長い・・・ヘル

パー・メモリーT細胞”として、生き残るわけです。この“再感染”に備えた即応体制というのは、 前

にも説明しましたが、“獲得免疫”ということになります。

  つまり、“様々な抗原に感染”することで身につく、“後から獲得する免疫系”す。T細胞

細胞感染情報を記憶し、再侵入してきた抗原を、効率よく迎撃します。ヘルパー・メモリーT細

は、こうした免疫システムの記憶装置になっているわけです」

「うーん...

  記憶装置は、コンピューターなどでもそうですが、寿命が長くなくては困るわけですね。こ

れが、いわゆる、メモリーT細胞と呼ばれているものですね、」

「そうです。ここでは、所在・系列を分かりやすくするために、フルネームで、ヘルパー・メモリーT

細胞と呼ぶことにしましょう」

「はい」    

「さあ...」アンが、体を揺らした。自分のモニターに目を投げた。「問題なのは...

  “HIV感染では・・・このヘルパー・メモリーT細胞がHIVに感染し・・・ウイルスのほとんどを作

っているようだ”、ということです」

ヘルパー・メモリーT細胞が、ですか?」響子が、重ねて聞いた。

“参考文献”には、そう書いてあります...

  この細胞は、先ほども言ったように免疫システムの記憶装置であり、寿命が長いのです。それ

感染したまま、活動が休止状態になり、潜伏してしまうと、発見排除も非常に難しくなるわけ

でしょう...“参考文献”からは、そのあたりの詳しい状況は分かりませんが...」

「うーん...」響子が言った。「すると...

  免疫システムの中枢/ヘルパー・メモリーT細胞が...実は、“HIVを大量に生産している”

いうわけかしら...なんと、皮肉なことでしょう...」

「だから...狡猾なのですわ」

  響子がうなづき、宙を見つめた。   

 

感染/ヘルパー・メモリーT細胞は...」アンが言った。「“記憶する異物”との戦いに備え、

胞分裂する際に、自分自身のタンパク質DNAを作るとともに...新しいHIV粒子も作り 出す

仕掛けになっているわけです。

  つまり、言ってみれば...完全に籠絡(ろうらく)され、丸めこまれて、HIVに自由にあやつられて

いるわけです。人間社会が、家畜を扱うようなものかも知れませんね。そういうやり方は、私はあ

まり好きではありませんが...」

「はい、」響子が、うなづいた。「それは、私も同様ですわ...

  ともかく...“インテグラーゼ(/酵素)によって細胞ゲノムに挿入されてたHIV ・遺伝子が、そ

っくり細胞タンパク質として翻訳されるということですね...そして、その中から、HIVも出現して

来るということで すね?」

「まあ、そうです...」夏川が、微笑した。「いいですか、もう一度、説明しましょう...

  感染/ヘルパー・メモリーT細胞のほとんどは...ウイルスの存在や、免疫系の攻撃によっ て

死んでしまうのです。が、しかし、1部休止状態に戻るのです。つまり、“生き残り戦略”が発動

す るのでしょう。

  さて、そこで...逆転写酵素を持つRNAウイルス(/レトロウイルス)/・・・HIVは...DNAの形で

細胞ゲノムに挿入され、そこで静かにしているわけです。休止状態では、ウイルス・DNA複製

転写もされず、ウイルス・タンパク質が作られることもありません。

  したがって、HIV・ゲノムが継承されているにもかかわらず...細胞表面タンパク質断片

“抗原提示”されることもないわけです」

活動状態の...」響子が言った。「感染/ヘルパー・メモリーT細胞は...

  “抗原提示”しているために、他の免疫細胞によって破壊・処理さ れるわけですね。そして、そ

れを察知し、全滅を回避するために、“生き残り戦略”が発動し、1部休止状態になって潜伏

るとわけ ですね、」

「そうです...

  まあ...こうしたウイルスの持つ休止状態・戦略のために...“抗・HIV薬”も、感染細胞に対

して何の効果もなくなってしまうわけです。そして免疫システムは、感染細胞の存在すら、認識で

きないというわけです...つまり、ここを何とかしHIVを退治しなくてはならないわけです...

  そもそも、研究というのは...まさに、失敗勘違い誤謬の山です... まあ、だいたい現

在の 所は、こんな状況だということですかね...」

 

「うーん...」響子が、椅子の背に上体を倒した。「本当に...

  HIVというのは、狡猾なウイルスだということ は、よく分かりました。でも、それにしてもです...

単純なゲノムと、キャプシド(タンパク殻)からなるウイルスが...これ ほどの“悪知恵/狡猾さ”を持

つとは考えられませんわ...」

「そうですねえ...」夏川も、頭をかしげた。

「何度も言うことですが...

  私たちは...“この弾丸の飛んできた方向・・・その背景の何事かを”...を 見極めるべきな

のではない でしょうか。戦術的鍔迫り合い(つばぜりあい)だけでは、最終的には各個に撃破で総

崩れになってしまいます。

  この状況に、人口爆発による飢餓が加われば...この破滅因子だけで...人類文明壊滅

的な打撃を受けることになります。“地球温暖化”による気候変動は、容易に地球規模の大飢饉

を作り出します」

「そうですね...」アンがうつむき、横顔でうなづいた。

「響子さんの持論ですね...」夏川が言った。

《危機管理センター》としては、ここが焦点になります...

  戦術よりは戦略の方が大事ですし...そうした意味では、“万能型・防護力”/〔人間の巣〕

展 開することが、“全世界で遂行可能な最良の策”と考えています。

  感染症に対しても、食糧危機に対し ても、気候変動に対してもです最良の策です。もちろん、

然災害に対しても、大自然と協調する、最強の社会体制になります」

「そうですねえ...」夏川が、口に手を当てた。

「現在、北朝鮮核兵器保有が大問題になっていますが...

  ノドン・ミサイルテポドン・ミサイルを、日米共同開発“ミサイル防衛システム”で、空中で

相殺するという戦術は...そもそも、非常に馬鹿げていますわ。まさに、“戦争ゴッコ”レベル

です。

  で も、〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕ならば...“専守防衛/第1級・耐核シェルタ

ー”の 側面を持ちます。つまり、軍事的にも最強の側面を持つのです。北朝鮮核兵器を保有す

るという方向なら、日本【日本版/ニューディール政策】で、〔人間の巣〕を展開していけば

いいわけですわ...」

「うむ、」

世界が混迷の時代に突入していますが...

  【平和憲法】を持つ“日本の国際平和戦略”としては、〔人間の巣〕は、最も相応しいものだ

と思います。〔人間の巣〕全国展開/世界展開が、“文明の第3ステージ”の姿になると思わ

れます」

麻生・内閣は...」アンが、赤毛を撫でおろした。「ただ、右往左往しているようですね...

選挙が近いですし、長くは続かないと思いますが...どうしてこんなことになったのかしら?」

「なによりも...」響子が言った。「そんな事よりも...

  人類文明は、これまで経験しなかった、“巨大な構造的な危機”に直面していることですわ。こ

破局点を回避し、脱出するには、文明自体のパラダイムシフトが必要です。もう1歩 進めて言

えば、“文明の折り返し”であり...〔人間の巣への移行〕ということです...

  〔人間の巣のパラダイム〕で...感染症種々の紛争も含め...地球上にある基本的な諸

問題は、おそらく特効薬的・解決に向かうものと思います...《危機管理センター》としては、こ

こ を、強く強く、主張します!」

「はい!」アンが、うなづいた。「響子さんの気持ちは、よく分かります!」

 

                      

「ああ...と...」夏川が、片手を上げた。「ちょっと、補足説明をしておきましょうか、」

「はい、」響子が、夏川の方を向いた。

“HIV感染者から単離した・・・不活性/T細胞が・・・HIVを作らない”...ことを発見したのは、

ええ...1997年ですね...」

「それは...」響子が、脚を組み上げた。「“休止状態の・・・感染/T細胞の単離”...ということ

で、 いいのかしら?」

「そうです...

  “潜伏している・・・感染/T細胞の単離”です。これは、3つのチームが別々に発見したようで

す。そ して、“これらの細胞は・・・再び活性化すると・・・ウイルスも複製を開始した”、ということ

で す...」

  響子が、無言でうなづいた。

「私の方も、」アンが言った。「ひとことあります...

  こうした潜伏性を示すウイルスというのは、HIVだけではないということです。同じように、休止

状態になるウイルスはたくさんありますわ。ヘルペス・ウイルスなどは、自分自身の潜伏を促進

するタンパク質さえ作ります」

「はい、」響子が、うなづいた。「うーん...

  ヘルペスですか...帯状疱疹ウイルスなども、これに属 するわけですね、」

「そうです。DNAウイルスヘルペス・ウイルス科に属します。あ、これ以上の詳しい説明は、こ

の次の機会にしますわ」

 

「それじゃ、いいですか...」夏川が言った。「話を戻しましょう...」

「はい...」響子が、夏川に顔を向けた。

ヘルパー・メモリーT細胞寿命にもとずく推定ですと...

  “HIVの隠れ家/ヘルパー・メモリーT細胞が・・・自然に死に絶えるまでには・・・50年以上か

かる”のだそうです。まさに、厄介な場所へ逃げ込んでいるということでしょう。猛烈に新陳代謝

している人体60兆個の細胞世界で、そんな場所/細胞があるということです。

  “勝手知ったる・・・他人の細胞世界”ということでしょうが...まさにそこが、“ウイルスにとっ

ての世界/ウイルスの独壇場”だということですね...魚にとっての海ウイルスにとっての細

...人 間は、実際には、 その世界をわずかに覗(のぞ)いているに過ぎないのでしょう」

「それは、ウイルス世界の...人間的側面ということかしら?」

「はは...そうかも知れません...

  しかし、最近分かったことですが...“治療を中止すると・・・HIVが再増殖”するのは、“ヘル

パー・メモリーT細胞に潜伏しているHIVの・・・再活性”...だけではないようなのです」

「他でも、増殖がしていると?」

「そうです...

  治療が成功し...血中ウイルスが存在しないように見える時でさえ...1部のヘルパーT

細胞その他の細胞で...少量の新しいウイルスが作り続けられているようなのです」

「それは、まだ、はっきりとは分ってはいないのでしょうか?」

「そうですね...

  ウイルス細胞内にうまく隠れているためか...あるいは、細胞から放出されても、組織の 中

に閉じ込められたままで、血液中に入らないようです。そのために、検査では見つけられない よ

うですねえ...HIVについては、まだまだ、分からないことが多いのです」

  響子が、小さくうなづいた。

「例えば...いいですか...

  “HIV感染から数週間以内/・・・血液中にウイルスが検出される以前”から...“腸管のヘル

パーT細胞が・・・激減し始めている”...ということが、分かって来たのです。

  ええと...これは...最近/2007年の発見ですね。これによると、“血液中にウイルスが検

出される以前”から、すでに“HIVによるヘルパーT細胞への・・・先制攻撃”は始まっているので

す...

  したがって...治療中であっても...“腸などの組織では・・・ウイルスは複製を続けている”

と考えられると言います。この活動は、ウイルスが血液中に溢れ出すまで、かなりの長期間にわ

たって、発見されないということです」

「はい...」響子が、両手を握った。「ワクチンとは別の角度から...少しづつHIVの姿が見えて

きましたわ」

「そうですね。しかし、まあ、それはこれからでしょう」

「はい」

 

HIV籠絡(ろうらく)される免疫細胞・・・>      

           

「さて...」夏川が、マウスに手をのせて言った。「ええ...

  “血液中のヘルパーT細胞”というのは...先ほどアンが言ったように、研究用に採取しやす

いのです。したがって、エイズ研究のほとんどは、ヘルパーT細胞が中心となっています」

「はい、」響子が言った。「そういう事情があるわけですね、」

「そうです...

  しかし、最近になって...マクロファージ樹状細胞のような、他の免疫細胞の実態が、少し

づつ分かって来ました。こうした免疫細胞も...“治療が中断された後や・・・ウイルスが耐性を

持つようになった後で・・・再びHIVが増加する一因”...になっているようなのです」

マクロファージ樹状細胞にまで...HIVの影響が広がっているということですね?」

「そうです...

  マクロファージ樹状細胞というのは...ご存知のように、組織の中にしか存在しないため

に、まだあまり詳しくは分かっていないのです。しかし、最近の発見から...“薬物治療では・・・

これらの細胞でのHIV複製が・・・完全に止まってはいない”ことが、分かって来たのです」

「でも...」アンが、眼鏡の端を押した。「この複製は、わずかな量のようですね?」

「そうです...」夏川が、アンにうなづいた。「だから...

  最終的に、ウイルス血液中に入っても、少な過ぎて検出できないのかも知れません。しかし、

近くのT細胞に感染し...HIVの隠れ家である、休止状態“感染/ヘルパー・メモリーT細胞”

を、常に補充しておくには、十分な量だろうということですねえ」

「そうした、バックアップがあるということが、問題なのですわ」アンが腕組みをした。

「うーん...」響子が、頭を揺らした。「そういうことが、しだいに見えてきたということですね?」

「そうです...

  ええと、それから...“1部の・・・感染/マクロファージ”ということですが、“彼等は、自分の中

に取り込んだウイルスや・・・免疫系の他の細胞によっては・・・殺されることはない”ようです。

  まあ、これは、“顔がきく”とでも言うのでしょう。そうやって、マクロファージに潜伏するHIVは、

薬物治療中断した時に備え、じっと 待機 しているようです...まあ我々、治療する側から見

れば、そんな風に見えるということですが...」

「うーん...」響子が首をかしげた。「ヒマな事をしているようでも...それが、戦略的に、非常に

効果的なわけですね、」

「はは...その通りですねえ...

  ウイルスのやっていることなど、全て暇つぶしのようなものですかも知れません。しかし、この

バックアップが、非 常に手強いようですねえ。だから、根絶に至らないわけです。そして、頃合い

を見 て、復活するわけです」

 

「それを言うなら...」アンが言った。 「そもそも、“生物体の営み”は...

  “目的性のはっきりしない・・・膨大な無駄の連鎖”...なのかも知れませんわ。ただ、“存続す

ること・・・進化することへの・・・強力な動因”が、かかっているということでしょう。また、細胞分裂

や、遺伝子の発現の時には、さらに壮大な動因が発動して来るようです...

  に、山々の膨大な数量の細胞か一斉に芽吹き...には、紅葉して一斉に葉を落とす...

無限に、 これをくり返してきたわけです。そしても、その膨大な数量の細胞群が、正確で地道

な努力でくり返 しています...

  でも、その風景に、“何の意味もない”のかも知れませんね...ただ生命のベクトルがあり、

力な動因が流れているのかも知れませんわ...」

「その風景に...」響子が言った。「意味を与えるのは...“私/主体/・・・1人称の認識の鏡”

ですわ。つ まり、【人間原理空間/・・・ストーリイ性の発現】ということではないかしら、」

「うーん...

  そういうことなのかしら...ふふ、響子さんの、一家言(いっかげん/その人独特の主張・論説)のある分

野ですね...」

「ええ...」響子が、口元の笑いを手で押さえた。 「“36憶年の彼”という超越的人格は...

  “地球生命圏を形成し・・・超時空間的に全生物体とリンク”するものです...この、高杉・塾長

が提唱している≪ニュー・パラダイム仮説≫で、この辺りはうまく説明できると思います...」

「うーむ...」夏川が、パラリと髪をなで上げた。

「いいかしら...」響子が言った。「“この世”には...

  “偉大なベクトル/力と方向性/・・・生命潮流”がも存在している様です。 そしてそこには、

物連鎖/淘汰圧力の喧騒があります。その増大する喧(かまびす)しい喧騒が、“偉大なベクトル”

フィードバックし...そして、“何者”かが...そこにあり続 けているようです。

  現在の所、私たちが知ることのできるのは、そこまでですわ。それは、“私/主体/・・・1人称

の認識の鏡”を含んでいる、“最大の謎/・・・この世の最大のミステリー”であるだけに、“覚醒”

し越えて行くには、難しいものがありますわ」

“何者か”...の発現ねえ...」夏川が、ガウンのポケットに手を入れた。「はは...“最も怪し

い存在/怪しい不審人物”は...まさに、この“私/・・・主体の発現”ということですか...」

「ええ...」響子が、口をすぼめ、楽しそうに笑った。「“私/主体/・・・1人称の鏡”に、“この世

の全て”が映し出されます...

  その、“相互主体性”という形で...“壮大な人間的ストーリイ”が紡がれ...流れて行きます

わ。生命体の各個体・・・全主体的意識が、相互主体的に表現/形成され・・・相互主体的/種

の共同意識体空間”を形 成しているようです。 この“夢のような世界は・・・まさに夢そのもの”

のかも知れません」

「うーむ...」夏川が、宙を見た。

「ともかく...

  こうした...“心の領域”と、“物の領域”再統合が...これからやって来る、“新しい文明ス

テージ”パラダイムになって行くと思われますわ...

  シンクタンク=赤い彗星で、綾部沙織さんが始めた《神と霊魂の融合》も、そうした

“遠い未来ステージ”を睨(にら)んだものになります...まだ、ほとんど進んでいないようですが、」

  響子が、椅子の下に来たチャッピーの頭を細い指で押さえ、自分のモニターをのぞき込んだ。

                  

「ええ...」夏川が言った。「話を進めましょう」

「はい...」響子が、顔を上げた。

2001年に...

  米国立衛生研究所(NIH)マーティンらは...SIV(サル免疫不全ウイルス)に感染したサルでは、

“感染後・数週間で・・・ほとんどのヘルパーT細胞が無くなってしまったのに・・・ウイルスは大量

に作られていた”...と報告しているようです」

「はい...ウイルスを作っているのは、ヘルパーT細胞なのに...それが無くなっても、大量の

ウイルスが作られていたというわけですね?」

「そうです...

  そして実は、この時、ウイルスを作っていたのは、“感染/マクロファージ”だったわけですね。

その後、このSIVに感染したサルに、“ウイルスの複製を抑制し・・・新しい細胞への感染を阻害

する薬”を投 与し、サルを治療したのです。しかし、サル血中ウイルス濃度は、あまり下がらな

かったと言い ます」

「うーん...そうですか...薬物療法は、あまり効かなかったわけですね」

「このことは...いいですか...

  “感染/マクロファージ”は...ウイルスに感染し...新しいHIV粒子を大量に放出しても、な

かなか死なないことを意味しているようです...まあ、“参考文献”からは、これ以上の詳しいこ

とは 分かり ま せんが、」

マクロファージは...その立場が逆になっても...強力免疫細胞だというわけですね?」

「そのようですねえ、」

「ともかく...」響子が、組み上げた脚を下ろした。「HIVは...

  免疫系の司令官/ヘルパー・メモリーT細胞に的を絞り、先制攻撃を仕掛けて攻略し... その

寿命の長さを盾にして立て籠(こも)り...1方では、マクロファージ籠絡(ろうらく)しているわけです

ね。

  HIVは、免疫系を完全に丸め込んでいるのではないでしょうか?人間が、家畜を丸めこんみ、

好き勝手に利用しているように...いずれも、あまり気持ちのいいものではありませんね...」

「はは...免疫系を家畜のようにですか...」夏川が、体を伸ばした。「なるほど、そうかも知れ

ません」

免疫システムの、」響子が、唇に指を当てた。「長い歴史的な進化の中で...

  こうした天敵のようなベクトル/力と方向も...同時に発現していたと いうことでしょうか...

絶対的強者/生態系の絶対的覇者を作らないように...?」

 

                   

「響子さんは...」アンが、顔をほころばせた。「哲学的に...考えるのがお好きですね、」

「そうかしら...」響子も笑った。「そうかも知れませんが...たまたま、そのことが気にかかって

いるからかも知れませんわ...《危機管理センター》とし ては、最後は、総合戦略を決断します

から、」

「私から見れば、うらやましい立場ですわ」

「あら...アンも、《危機管理センター》を手伝ってくれているのだし...同じ立場ではないかと

思っていましたけど、」

「少し違います...私は、ずっと科学者として生きてきましたから...」

「そういうものかしら...」響子が、首をかしげて見せた。

 

「ええと、話を戻しましょうか...」アンが言った。「夏川さん...

  マクロファージT細胞では、HIV増殖の仕方が違いますね...それは、どのように違うの

でしょうか?」

  夏川が、モニターに目をやった。

「そうですね...

  まず、この違いというのは...ウイルス“生き残り戦略”にとっては、有利に働くようです。

細胞ではウイルス構成成分が、“細胞の表面近く”で1つにまとまります。そこで、新たなウイ

ルス粒子となって、細胞表面から離脱して行くわけですね...

  ところが、マクロファージでは...1部のウイルス粒子のようですが...細胞内“膜小器官”

と呼ばれる部分に蓄積するらしいのです。最終的には、“膜小器官”細胞表面に移動して、

積したウイルス粒子を放出するようですがね、」

「それは、どういうことでしょうか...?」

「つまり、ですねえ...

  T細胞のように...細胞表面タンパク質断片“抗原提示”されれば...他の免疫細胞に、

自分が感染し ていることを公示できるわけです。

  ところが、マクロファージの場合は...HIVが、“膜小器官”という膜で仕切られた部分に詰め

込まれてしまうので...“抗原提示”が妨げられ...免疫系から逃(のが)れやすくなっているよう

です」

「ふーん...」響子が、うなづいた。「はい、」

 

「ええと...」アンが、響子に言った。「“感染/マクロファージ”での、ウイルス複製抑制するに

は...」

「はい、」

“T細胞よりも・・・高い濃度の薬”が、必要なことが明らかになっています」

「どうしてかしら?」

正確な理由というのは、まだ分かっていないようですわ...

  ただ、細胞タンパク質の中には...正常な機能として...“薬などの生物学的物質を・・・細胞

から排出する機能”...があります。実はこうした機能は、“薬の取り込みと滞留を阻害して・・・

薬物療法を妨げている”...という側面があるのです」

「うーん...」響子が、うなづいた。

マクロファージでは...

  こうした細胞タンパク質活性が、特に高いのかも知れません... そのことが、細胞内

に効果的に留まるのを、妨げているようです。だから、“高い濃度の薬”が必要になるのでしょう。

ワクチン療法とは違う、薬物療法ならではの...生物体奥深い抵抗性があるわけですね」

「そうした事も...問題としなくてはならないわけですね」

「でも...ともかく研究が進み、こうした事も、しだいに明らかになって来ているわけです」

  響子が、うなづいた。

樹状細胞の方も...」夏川が言った。「同様なのかも知れませんが...

  “参考文献”では、現在までのところ...樹状細胞HIVにどのように反応するかは、“ほとん

ど分かっていない”と 言っています。ただ、樹状細胞も、“ウイルスが再び増加する一因”ではある

ようですね...まあ、今後、解明されて行くでしょう」

「はい、」響子が、うなづいた。「ええと、夏川さん...

  そもそも...その樹状細胞というのは、どのようなものでしょうか?時々耳にはするのですが、

よく知る機会がありませんでした。」

「そうですねえ...

  まあ、樹状細胞は...“抗原提示・細胞”として機能する、1種の免疫細胞です。皮膚組織

は じめとして、外界に触れる鼻腔腸管などに存在します。

  その名前 の示すように、周囲に樹状の突起を伸ばしている細胞ですね...“抗原”を取り込

むと、樹状細胞活性化され、脾臓(ひぞう)などのリンパ器官に移動します。そしてリンパ器官

は、取 り込んだ“抗原”に...ええと、特異的な、T細胞B細胞活性化するようですね...」

「うーん...樹状細胞HIVの関係は...まだよく分かっていないのですね?」

「そのようです...

  先ほども言ったように、マクロファージ樹状細胞というのは、組織の中にしか存在しない

め に、まだあまり詳しくは分かっていないのです。血液から簡単に採取できる、T細胞などとは違

うわけですね」

  響子がうなづいた。

 

「ここで...」アンが言った。「“血液中のHIV”について、簡単にまとめておきましょうか」

「はい、」響子が言った。「お願いします」

“血液中のほとんどのHIVは・・・感染/ヘルパー・メモリーT細胞で増殖したもの”...だという

ことですね。そして、これらの“感染/T細胞”はというのは...細胞表面HIVタンパク質断片

を、“抗原提示”していています」

「はい」

「通常ですと...

  これらの感染細胞は...感染そのもので死んだり...“抗原提示”を受けて、免疫系の攻撃

破壊されます。ところが、“1部”は生き残って休止状態になるわけです。この状態というのは、

細胞のDNAに、HIV・ゲノムが挿入された形で...活動を休止/潜伏してしまうわけです...」

「はい...」響子が言った。 「“勝手知ったる他人の細胞”で...細胞のDNAの中にHIV遺伝子

を隠蔽(いんぺい)し、潜伏 してしまうわけですね」

「そうです...

  そして再活性化で...HIV新しいコピーを作ることができるわけですが...何年間もじっと

していることも多いようですね」

「それも、“生き残り戦略”なのですね...

  薬剤耐性を獲得することも、大問題ですが...細胞ゲノムの中に隠れていると、そもそも薬が

効かないということになりますね?」

「そうです...」アンが、うなづいた。「そして、マクロファージの場合は...T細胞よりも“高い濃

度の薬”が必要になるということです」

「はい、」響子がうなづいた。「ええと...

  マクロファージ/貪食(どんしょく)細胞というのは...血液中にはなく...組織の中にしか存在

しません...“単球/・・・白血球の1種”が、組織内マクロファージに移行するようです」

 

  〔2〕 HIVの・・・様々な“隠れ家”      

             

「ええ、さて...」アンが肩を回し、後ろを振り返った。プロジェクターで壁面スクリーンに表示され

ている、人体図を眺めた。「HIVが、“隠れ家とする・・・細胞”は...“ヘルパーT細胞”や、“マク

ロファージ”“樹状細胞”などだということが分かって来ました...

  そして、次に...“隠れ家とする・・・部位/臓器”があるわけですね。それは...“脳/中枢

神経系”...“リンパ節”...“消化管”...“生殖管”...と言われています。HIV感染した、

ルパーT細胞マクロファージ樹状細胞などが...そうした身体の、部位/臓器に存在してい

るわけです」

「はい...」響子が、片手を伸ばし、コーヒー・カップを引き寄せた。すっかり冷めてしまった、残っ

たコーヒーを口を当てた。

強力薬剤併用療法でも...」アンが、再び壁面スクリーン画像を見ながら続けた。「HIVが生

き残ってしまうの は...ヘルパーT細胞マクロファージが、本来持っている特性だけではありま

せん。

  これら の細胞は、身体構造上薬や免疫細胞が及びにくい場所にも、存在しているからなので

す...これは、“狡猾なウイルス”と表現する以上のものかも知れませんね。そういうことになっ

てしまっているのです」

「はい...」響子が、コーヒーカップを両手に持った。「そういう場所へも...を送り込む必要 が

ある、ということなのかしら?」

「そうですね...」アンが、長い赤毛を揺らした。「あるいは、追い出して叩く、という こ とですわ」

「はい...」響子が、冷めたコーヒーを飲んだ。

「そうした場所の1つが...今も指摘しましたが、“脳/中枢神経系”です...

  中枢神経系が、HIVに感染しやすいというのは、かなり以前から知られています。末期のエイ

ズ患者で起こる神経症状は、脳内“感染/マクロファージ”から放出される、神経毒主な原

と言われています」

「...」

「ご存知のように...

  どのような分子細胞でも、に入るには、“血液脳関門”を通らなけれ ばならないわけです。

この“血液脳関門”というのは、血液脳脊髄液との間の、物質交換を制限する機構です。HIV

は、ここを通りぬけているわけですね」

「あの...」響子が言った。「ええと...

  その前に、“血液脳関門”について、簡単に説明していただけないでしょうか。いい機会ですか

ら、」

「はい...そうですね、」アンが、チラリと夏川の方を見た。

「いいですよ...」夏川が言った。「私の方から、説明しましょう」

 

************************************************

                   【 血 液 脳 関 門 】  

           

「ええと...」夏川が、モニターをスクロールした。「“血液脳関門”というのは...

  今、アンが言ったように、“血液と脳脊髄液との間の・・・物質交換を制限する機構”

です。体内に入ったというのは、血液リンパ液に乗って、体内を循環するわけで

す。そして、標的細胞に到達すると、毛細血管透過して、細胞が渡されます。

  血管というのは、隙間だらけの壁のようなものです。さまざまな物質が透過可能

のです。ところが、“脳の毛細血管”というのは、他の毛細血管とは異なっていま す。

容易に、“異物を透過させない性質”があるのです。これが、“関門”になっているわけ

ですね。

  したがって...も、簡単には通過させてくれないのです。 これは、を守るため

と考 えられます。“脳/中枢神経系の・・・1種の防護機構”なのです。コンピューター・

ルームを守る、警備システムのようなものですかね...あるいは、“箱根の関所”

ような ものと言えば、分かりやすいでしょうか。

  この、“血液脳関門”を通過できないは...何とかここを通過させ、その後で、

の 効力を発揮できるように...構造式をデザインするわけです。例えば、覚せい

ヘロインなどは、簡単にここを通過できるようです。つまり、こういう構造式に変え

て、 後で、薬の効力を発揮できるようにるわけですね...」

                                   

****************************************************************

 

「はい...」アンが、頭を下げた。「夏川さん、ありがとうございました...

  ええ...中枢神経以外組織において、“HIVに感染したマクロファージ”は...“血液脳関

門”を 通 過し、中枢神経系定着できるらしいのです。この辺りは、まだ解明されていないようで

すが...ともかく、中枢神経系感染するわけですから、そういうことなのでしょう...」

「アン...

  マクロファージは、組織の中にしか存在しないのではなかったかしら?“血液脳関門”を通過で

きるのでしょうか?」

「ええと...」アンが、夏川の方を見た。「そうですね...

  詳しい状況は分かりませんが...単球/白血球の1種が、組織内マクロファージに移行す

るようですから、“血液脳関門”も通過してしまうのでしょうか、」

「その単球/白血球の1種は...」響子が言った。「つまり...血液及び組織内に見出される、

大型の単核細胞ということですね...だから、血液中にもあるということですね?」

「そうですね...そう推測するわけですが、詳しいことは“参考文献”からは分かりません...」

「はい...」

「ともかく...」夏川が、両手を組んだ。「“血液脳関門”を通過したHIVは...

  中枢神経系定住している、“小膠細胞(しょうこうさいぼう/ミクロ・グリア細胞)という、“特殊なマクロ

ファージ”感染し始めるようです。このように、中枢神経系の細胞に感染することで、HIVは あ

る程度...実質的にも...薬の攻撃を回避しているようだといいます。

  つまり...具体的なHIVの利益としては...先ほど響子さんが言った、“プロテアーゼ・阻害

剤”幾つかが、“血液脳関門”効率的に通過できないために、現場までは届きにくいというこ

とです...その分だけ、得をしていることになります」

「あの...」響子が言った。「私が先ほど言ったのは、“インテグラーゼ・阻害剤”の方ですわ」

「ああ...」夏川が、髪をなで上げた。「そうでしたかね...

  ともかく...“血液脳関門”を透過しにくいのは、“プロテアーゼ・阻害剤”幾つかということで

す...この分だけ、HIV薬の影響力を回避できる、ということでしょう。まあ、我々に見える範

囲内ということになりますが...」

  響子が、うなづいた。

       

「ええ、いいですか...」アンが、自分のモニターに顔を寄せた。「さらに...

  体内を循環している、他の免疫細胞のほとんどは、脳内には入らないということです。つまり、

夏川さんの言う、“箱根の関所”があるからでしょう...

  それから、脳内の感染細胞から複製 されたHIVが、外へ出て行けるかどうかは、まだ確認さ

れていないようです。

  でも、“感染/マクロファージ”が “血液脳関門”透過したわけですから、逆も可能と考えられ

ています。つまり、HIVを完全に排除するには、脳内“感染/マクロファージ・・・感染/小膠細

(ミクロ・グリア細胞も、排除しなければならないということですわ」

「はい...」響子が、うなづいた。

「ええと...」夏川が言った。「これも...1部の薬は、ということですが...

  “消化管や、生殖管の壁部なども・・・薬が通過しにくい場所”になっているようです。血液中

ウイルスが存在しないように見える人でも、“精液”には、HIVRNAが含まれていることが多い

と言います」

「そうですね...」アンが、眼鏡の真中を押した。「ともかく...

  “HIV・感染者のHIVを・・・完全に排除”するには...少なくとも、“潜伏感染しているT細胞を

・・・全て除去”、する必要があると言われています。それが、私たちの勝利です。

  こうした、“隠れ家となっている細胞や・・・各部位/臓器に残存する感染細胞”に対処するた

めには...“休止状態の感染T細胞を・・・刺激・分裂させるような化合物...を使うという方法

も研究されているようです。

  これは...感染細胞が、休止状態から活動状態に移行し...ウイルスを複製するようになれ

ば、“強力な薬剤併用療法/高活性・抗レトロウイルス療法/HAART”によって...攻撃

がしやすくなるということです」

「はい...

  それから...活性化状態にし、ウイルスを作らせることで、タンパク質断片“抗原提示”され、

免疫細胞攻撃目標にする、ということもあるわけですね?」

「当然、そういうこともあるわけです...

  この方法は...他の病気の治療用として承認されている薬を使って...すでに、ヒトでの“限

定的な臨床試験”が、数回、行われているようです。でも、今のところは、まだはっきりとした成果

は出ていないようです」

「はい...」響子が唇を結び、手を組んだ。

 

理想的なのは...」夏川が言った。「“感染/T細胞”を刺激して...

  細胞表面に提示される、ウイルス・タンパク質産生を活性化させながらも...新たなウイル

ス粒子までは作らせないようなが...一番いいわけです。その方が、患者の負担は少ないわ

けですから...」

「うーん...」響子が、口を押さえた。「ムシのいい話ですが...まさに患者には、理想的という

わけですね」

「そういうことです...」夏川が、顔を和ませた。「そのために、現在...

  休止状態“感染/T細胞”の、“クロマチン(染色質/染色体を作っている、DNAとヒストンというタンパク質の

複合体を主成分とする)の構成を変化させる方法”が調べられています...つまり、“HIV・タンパク質

の・・・合成を誘導する薬”の、可能性ということです」

「はい、」

「しかし...

  こうした、いわゆる“クロマチン再構成薬”も...T細胞にしか作用しないものだとすれば、マク

ロファージ樹状細胞にもHIVが存在していた場合...あまり効果は期待できなくなります。こう

した勝負では、たいがい我々が競り負けていますからねえ...」

「うーん...」響子が、頭をかしげた。「でも、そうした挑戦も始まっているということですね、」

「そうです!」夏川が肩を引き、大きくうなづいた。

  〔3〕 “新たな攻撃方法”の拡大・・・   

              ウイルス複製を、完全に阻害する

           

「さて...」夏川が、モニターにチラリと目を投げた。「HIV感染者の、体内のHIVを除去す る“も

う1つの方法”があります。

  それは、“ウイルスの複製を・・・完全に阻害するという方法”です。これが可能なら、HIV

だけでなく、“隠れ家”となっている全ての細胞や部位/臓器で、活動ができなくなるわけです」

HIVの複製を...」響子が、体をのり出して聞いた。「薬剤で、完全に阻害することが、可能な

のでしょうか?」

「もちろん、」夏川が言った。「可能性はあります...

  現在...HIVで知られている2つの酵素のうち、1つを阻害する薬が、一般に使用されていま

す。さらに詳しく言えば...もう1つの方も、2007年アメリカで、第1号が認可になっているよ

うです」

「はい...」響子が、モニターをのぞいた。「ええと、それが... “インテグラーゼ阻害剤”の方で

すね?」

「そうです...

  “第二世代・・・抗HIV薬”として...すでに日本でも使用されているのが...先ほど響子さん

が言った“プロテアーゼ阻害剤”です。

  プロテアーゼというのは、タンパク質分解酵素ですが...“参考文献”の説明では...HIV・

ゲノムのコピーを行う逆転写酵素や、HIV・タンパク質を、成熟させる働 きをしているようですね」

「はい...」響子が、うなづいた。「このプロテアーゼというのは...

  辞書で引くと...“タンパク質のペプチド結合を、加水分解する酵素の総称”ということですわ。

つまり、そういう働きもあるということですね...?」

「そうですねえ...

  酵素には、色々な働きがありますが、“参考文献”では、それ以上のことは分かりません。ちな

みに、“プロテアーゼ阻害剤”は、日本では現在(2008年6月現在)8種類が認可されています。まあ、

補足説明すれば...非 常に高い薬だということですね...」

「高いのですか?」

「そうです...

  薬の開発には、莫大な資金がかかるわけですねえ。しかし、HIV・パンデミックは、“先進国

の責任が、非常に大きい感染症”です。したがって、“先進国は、感染/治療の克服に、大

きな義務を負う”ということです。

  そうした事もあり、“HIV・新薬は、経済原理のみ、供給するべきものではない”ということで

す。私は、その方面のことは詳しくないので、この程度のことしか言えませんが、“感染者は、大

いなる被害者”だということです」

「はい...

  特に、貧困階層や、貧困地帯貧困国では、ということですね...それで、夏川さん、“プロテ

アーゼ阻害剤”の方の、効果のほどはどうなのでしょうか?」

「そうですね...

  “参考文献”では...“プロテアーゼ阻害剤”による、標準的な治療を開始すると...“数週間

で・・・血液中のウイルス濃度は、検出できないレベルにまで低下する”...ということです。また、

“ウイルス数の減少速度は・・・患者間でかなり一致している”...ということです」

「うーん...と言うと...?」

「この治療によって...“ウイルスの複製が・・・完全に阻止されたと考えられる”...ということで

す」

「それは、素晴らしいですね!」響子が、首を伸ばした。「特効薬には、ならないのでしょうか?」

「うーむ...それほど単純な風景でもないようです...

  まず...誰にでも効くというわけでもないようですし...重い副作用が生じる例もあるようです

ねえ...まあ、だから日本でも、“8 種類もの薬を認可”しているのでしょう」

「はい...」響子が、考え込むように視線を落とした。「そういうことですね...」

「しかし、最近の研究では...

  以前の薬では攻撃のできなかった、“インテグラーゼ(逆転写して作ったHIVのDNAを、細胞のDNAに組み込

むウイルス酵素)を標的とする...“新薬・ラルテグラビル”を...既存の薬物療法に加えることで、

効果があるようです。

  実際に...“血液中のウイルス数が減少する”ことが、明らかになっているようです。この成功

は、“感染細胞を・・・より速く・・・効果的に攻撃できる”...という可能性があるということです」

「はい...」

 

「ええと...」アンが、ため息をつきながら、声を出した。「いいかしら...

  これらの推測が...正しいなら...“感染初期に・・・抗ウイルス療法をもっと強めること”で、

“潜伏 するウイルス量を減らし”...その後の...“ウイルスの補充・複製も、大幅に抑制できる”

とい うことになります...光明が、見えて来るのかも知れませんわ...」

「そうですねえ...」夏川が、モニターを見つめた。「もし、“潜伏感染/ヘルパー・メモリーT細胞”

を除去できれば...“貯留部位の感染細胞”も...“免疫系によって完全に排除”できるかも知

れませんね」

「はい...」響子が、髪に手を当てた。

<薬物療法の今後の展望・・・>       

               

「さて、最後になりますが...」夏川が言った。「“薬物療法の今後の展望”について話ましょう。

  ワクチン療法の方は、すでに話したように、“戦略の再編成/見直し”に直面しています。しか

薬物療法では、ここ数年新たな動きがありました。

  それは...“ウイルスの複製にお いて・・・これまでは標的になっていなかった段階を阻害する

・・・いくつかの新薬が認可されている”...ということです」

「はい...」響子が、そばに来たチャッピーの頭を、そっと押さえた。

「まあ、具体的には...“インテグラーゼ阻害剤”などですね...

  それから、細胞・表面の...“CCR5・受容体を阻害する薬”もそうですね。ここを阻害すると、

HIV細胞へ侵入できなくなるのです」

「はい」

「それから、“ある種の細胞タンパク質が・・・優れた治療標的”である可能性も、これまでの研 究

から示されています。

  どういうことかと言うと...HIVは、これらのタンパク質の1部...例えば“CCR5・受容体”

を乗っ取ってしまい、“複製を手伝わせている”わけですが...“細胞内・制限因子”といって、“ウ

イルスの複製を妨げるもの”も、幾つか 判明しているのです」

「うーん...細胞の中は...まだまだ未知のジャングルのようだということですね?」

「そうです...」アンが言った。「私たちにとっては、それ以上の、はるかなジャングルですわ。い

い機会ですから、そのことについて、少し話しておきましょう...

  “参考文献”のような、科学雑誌の概念図は、非常に単純化して分かりやすく描いてあります。

でも実際には、巨大化学プラントのような複雑さなのです。しかも、それを遥かに凌ぐ、複雑なタ

ンパク質酵素を、いとも簡単に生産し、最後にアポトーシス(プログラム細胞死)して 行きます。

  巨大化学プラントを、いともアッサリと、アポトーシスしてしまうのです...まさに、膨大なシステ

ム/膨大な複雑系ですわ。

  もし、現代科学で...同じようにDNAの設計図から、膨大な種類のタンパク質を生産するとし

たら、工場の総面積だけでも、見当もつかないものになります。人員供給の面もそうですね。それ

を細胞は、リボソーム /小顆粒で、非常にスムーズにこなしているわけです。

  つまり、巨大化学プラントミクロに圧縮し...さらに未知のジャングルのような、奥深さがあ

りま す。そのような細胞60兆個も集まり...臓器を形成し、1個の人体を作っているのです。こ

の、膨大な秩序・努力・安定化が、“存続・・・生命潮流のベクトル”の中で、・・・壮大な無駄・・・

を、くり返し演じています...それが、個体であり、細胞であり、・・・命の最小単位・・・です...」

「アンは...」響子が言った。「“存続・・・生命潮流のベクトル”は...どのようなものだと考えて

いるのかしら?」

「分かりませんわ。それは、響子さんにお任せします。響子さんは、どのようにお考えかしら?」

「うーん...」響子が、口に手を当てた。「そうした中に価値観を見出すのは...“・・・存在の覚

醒・・・”かしら...」

「さすがですね...」アンが、眼鏡を押し上げた。

「あら...私の考えているのは...多分その1点だけなのですわ」

「1つに通じれば、100に通じると言いますわ。そんな諺(ことわざ)がありましたけど、何だったかし

ら?」

「うーん...」響子が、頭をかしげた。

 

「ええ...」夏川が、笑って言った。「話を進めますよ...」

「あ、はい...」響子が、姿勢を正した。

6年前と言いますから...2003年頃になりますかね...

  イギリス/ロンドン大学/キングスカレッジ/マリム(Micheal H. Malim)の研究グループは...

“A3G”と呼ばれる、最初の“細胞内・制限因子”同定しています。このタンパク質は、マクロファ

ージとT細胞に、豊富に存在するようです」

「はい...」響子が言った。「T細胞マクロファ ージに豊富に存在するなら...感染細胞を退治

するには朗 報ですね?」

「そうです...

  ただ、残念なことに...HIV“A3G”への対抗手段として、“Vif”というタンパク質を作るよ う

になったということです。しかし、幸いなことに...“細胞の=A3G”“HIVの=Vif・タンパク質”

両方が、“薬の有望な標的”になるということです。

  つまり、いいですか...“HIVのVif・タンパク質を阻害する薬か・・・細胞側のA3G・タンパク質

を分解から守る薬”ができれば...ヒトの細胞を、HIV・感染に対して、抵抗性を持たせることが

できるということ です」

「はい...」響子が、うなづいた。「これは、初めて聞く話ですわ」

「それから、ええと...

  去年/2008年に...アメリカ/ニューヨーク/アーロン・ダイアモンド・エイズ研究センター

/ビニアシュ(Paul D. Bieniasz)と...アメリカ/カリフォルニア大学/サンディエゴ校/グァテリ(John

 C. Guatelli)のチームは、2つ目になる“細胞内・制限因子”を...それぞれ別々に同定しているよ

うですねえ...」

「はい、」響子が、目を見開いた。

「ええ...この“因子”は、“テザリン”と名付けられたようです...

  これは、“ウイルスの新しいコピー粒子が・・・感染細胞から外へ出て行くのを防ぐもの”...と

いうことです。しかしHIVは、“テザリン”に対する防護手段も発達させてきました。この場合は、

“HIVの=Vpu・タンパク質”です...」

「つまり...」響子が、脚を組み上げ、両手をのせた。「HIV“Vpu”を、阻害する薬ができれば、

HIV感染細胞から離脱できず...新しい細胞に、感染できないというわけですね?」

「そうです...

  まず、これが手始めということでしょう...今後も、基礎研究によって、新たな治療標的の発見

が続くと考えられています。そして、様々な 方法で、HIVを攻撃する“新しい抗ウイルス薬”の開

発 につながっていくと思われます」

「そうですね...」アンが言った。「それから...

  既存の治療法効果を補ったり...それを強化したりする薬を設計できれば...貯留してい

る部位や、隠れている部位を激しく叩き...HIVを根絶できるかも知れません...」

「はい、」

 

「ええ...」夏川が言った。「現在...

  HIVに対する“長期強化療法”の影響を調べる、大規模な研究が行われています。2年以内に、

結果が出るということです。この結果によって...“感染者のHIV根絶が・・・実現可能な目標か

どうか”...そのことが、分かるだろうと言われています」

「はい...」響子が、うなづいた。「2年以内...ということですね?」

「そうです...

  HIVも、極めて狡猾ですが...人類文明の医学の総力というものも、“着実に積み上げ られて

・・・HIVを追い詰めて行く”ということです」

「はい!」響子が、大きくうなづいた。

 

「私の方から...」アンが言った。「可能性のある薬物標的について、現在分かっているものを、

まとめておきましょうか」

「あ、お願いします」

 

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                 現在/研究されている・・・薬物標的】

                     

                   

「ええと、」アンが言った。「まず...

 クロマチン  ・・・〔染色体を構成する、DNAとタンパク質の複合体〕

  “クロマチン再構成薬”は、休止状態感染T細胞の、クロマチン構造

させます。そのことによって、HIV・タンパク質の合成を活性化させます。こ

の過程で、感染細胞免疫系から見えるようになり、攻撃が容易になります。

 

 LEDGF  ・・・〔水晶体上皮由来細胞・増殖因子〕

  “LEDGF” という細胞タンパク質は...HIV・感染細胞において、HIVのウ

イルス酵素/“インテグラーゼ”が...逆転写されたHIVDNA(/HIVはRNA

ウイルス/レトロウイルス)を、細胞ゲノムに挿入するのを助けています。

  いくつかの発見から...籠絡(ろうらく)された細胞タンパク質/“LEDGF”

阻害す れば、HIVの複製低下すること が示されています。

 

 Vif  ・・・〔ウイルス感染因子〕

  “A3G” という細胞タンパク質は...HIV・遺伝子劇的に変異させて、 そ

生存能力低下させます。

  でも...HIV“Vif・タンパク質”は、“A3G”阻害し、それに対抗していま

す。 したがって...“Vif”阻害するか、あるいは他の方法で“A3G”守れば

“A3G”HIVと戦うという、“本来の任務”を遂行できることになります。

 

 Vpu  ・・・〔ウイルスタンパク質・U〕

   HIV・感染細胞は...新たに複製された未成熟ウイルス粒子を、細胞表面

につな ぎとめています。HIV“Vpu・タンパク質”は、それを切断し、未成熟ウ

イル ス粒子を放出させます。

  つまり...“Vpu・阻害剤”は、未成熟ウイルスが放出されるのを防ぎ、他の

細胞に感染拡大するのを防ぎ ます。

 

  ...ええと、“参考文献”に載っていたのは...こんな所かしら...」

 

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「はい...」響子が言った。「ありがとうございました...

  “Vpu・タンパク質”というのは、タンパク質を切断するプロテアーゼ/タンパク質分解酵素

1種なのでしょうか?」

「うーん...」アンが、夏川の方を見た。

「正確を期すために...“参考文献”からは...読み取れないと言って置きましょう...

  先ほども言いましたが...“プロテアーゼ阻害剤”については、2008年6月現在で、日本では

8種類が認可されています...

  “インテグラーゼ阻害剤”の方は...2007年/アメリカで、第1号が認可されているようです。

“raltegravir/RAL”という薬ですね...

  阻害剤には...もう1つ、“逆転写酵素・阻害剤”が使われているようですが...“参考文献”

に は、その記載がありませんでした。詳しいことは、専門のホームページの方でお願いします」

「はい...」響子が、頭を下げた。「ええ、夏川さん...アン...ありがとうございました...

  HIV・ワクチン療法HIV・薬物療法と、2部にわたり長くなってしまいましたが、これでひとまず

終わります。これまで紹介してきたように、HIV・治療の研究開発は、鋭意続行しています...」

 

                  

「ええ、響子です...

  長い間、ご静聴ありがとうございました。これで、HIVの概略と、最新情報のいくら か

は、分かっていただけたのではないでしょうか。どうぞ、次の展開に、ご期待下さ い!」

 

                              

 

 

  

                                                                                  


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