仏道清安寺・談話室世紀末の清安寺

                        世紀末の清安寺         

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード          担当 : 高杉 光一 良安/清安寺の修行僧 

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No.1  清安寺境内  2001. 1. 9
No.2   特別道場・第2ステージ/“まほろば”の心とは 2001. 1. 9

 

                        

 1清安寺の境内  

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  響子は清安寺境内の石段を下りながら、大晦日の鹿村を見下ろしていた。下界の

村も、その向こうの山々も、すっかり木々が葉を落とし、ボンヤリと白く霞んだように

見える。彼女は、自分の吐く白い息を両手で包み、また石段を上り始めた。

「おーい!」石段の一番上から、高杉が声をかけた。「始めるぞーっ!」

「はあーい!」

  響子は、両手をカシミヤのコートのポケットに突っ込み、トン、トン、トン、と磨り減っ

た石段を駆け上がった。例年だと、もうこの辺りは根雪に埋まっているという。しか

し、ここ数年に限っては、大晦日でも根雪が来ないことが多いらしい...これも、や

はり、地球温暖化の影響かしら、と彼女は思った。

                                                        

  囲炉裏の真中に置かれたブリキのストーブが、赤く焼けてきている。そのストーブ

の上には、重そうな鉄瓶が乗せてあり、蓋と注ぎ口から真っ白い蒸気が上がってい

る。良安は、その鉄瓶から急須に湯を移し、しばらく冷ましてから茶を注いだ。

「さあ、お茶をどうぞ、」良安は、炉端に座った高杉と響子に茶を勧めた。

「良安さん、根雪はいつごろ来るんですの?」正座している響子が、両手で茶碗を受

け取りながら聞いた。

「うーむ...今夜あたり、来るかも知れません。空模様があやしくなってますから、」

「ふーん...大荒れになるのかしら、」

「たぶん、今夜は記録的な大雪かもしれません。雪が遅れてますから。まあ、いず

れ、根雪は来るわけですから、」

「これは、清安寺名物の干し柿ですね」高杉は、黒く干からびた干し柿を取り上げた。

「はい、」良安は、精悍な顔に笑みを浮かべた。「毎年、秋に...大量に作りま

す...裏山に、柿の木が何本もありましてね。これがまた、大変な仕事なのですが、

楽しいものです」

  高杉は、茶をすすり、太陽の光をたっぷりと浴びた干し柿をかじった。

「これは、うまい!」高杉は、思わず声を出した。

「そうですか、」良安は、しっかりとうなづいた。「1個1個皮をむいて作るのは大変です

が、みなさんがそう言います。だから、作りがいもあるのです...」

「贅沢なものですねえ、」

「みな、自然の恵みです。大根も白菜も野沢菜も、キュウリもナスも、大量に漬けて

あります。これで、清安寺は、雪に埋もれた冬を越してきたのです。何百年も、」

「これ...子供の頃に食べた干し柿の味ですわ、」響子が言った。

  良安は、黙ってうなづいた。それから、高杉の方に聞いた。

「今日のテーマは、何か持ってこられたのでしょうか?」

「ええ。“特別道場”の第2ステージ、“まほろば”について考察しようと思います」

「そうですか。私も高杉さんの仏道シリーズは、ずっと読んでいますよ」

「ありがとうございます。しかし、なにぶんにも私は俗世間の身です。ご指導のほど、

よろしくお願いします」

「いや、高杉さんの話は、参考になることが多いです。それが、現代風というものな

のか、独学から来たものなのか...」

  障子を開け、一真が顔を出した。清安寺のもう1人の修行僧で、良案よりはだいぶ

年下の僧だ。彼は、ほとんど付きっきりで、風邪で寝込んでいる玄信和尚の世話をし

ている様子だった。

「どうだ、和尚は?」良案が、声を落として聞いた。

「薬を飲んで、よく眠っています」

「そうか...」

「談話室の方も、準備が出来ています...」

「うむ...」

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  障子の隙間から、子猫がもう一匹入ってきた。寺に住み着いている猫だ。一真は、

カブの漬物の皿を盆から取り上げ、高杉と響子の間に置いた。

「ちょうど良く漬かっています」

「どうも、ありがとう」響子は、目でうなづき、首をかしげた。

  一真は口元を結び、小さく頭を下げ、また出て言った。

 

 

 〔2〕 特別道場・第2ステージ    wpeA.jpg (42909 バイト)      

                              “まほろば”の心とは・ ・ ・

 

  3人は居間の隣にある談話室の方に移動した。高杉は、囲炉裏のある部屋の方を

所望したが、良安が譲らなかった。昔から近在の人々を集め、四季折々、ここが談話

室になっていると言った。そして、その談話室には、すでに火鉢と座布団が3枚セット

されてあった。彼等が入ると、その後からミケもしっかりと入ってきた。居間のストー

ブの暖気が回り、談話室の方も十分に暖かだった。

  響子は、座卓の上でノートパソコンを開き、専用回線を接続し、カメラを調整した。

「さあ、いいかな?」高杉が言った。

「はい、」

  響子は、高杉と向かい合って、座布団の上で正座した。良安は、座卓より少し離

れて、火鉢の横に座っていた。子猫のミケは、響子の膝元へ行き、両手を揃えた。

 

「さてと、響子さん...第1ステージ“無門関峠の道場”で、禅における“悟り”という

ものが、多少は理解できたでしょうか?」

「はい。そう思っています...」響子は、真っ直ぐに高杉を見て言った。「でも、“特別

道場・草枕”だけではなく、“無門関・草枕”と、“正法眼蔵・草枕”の方も、参考になり

ました」

「まあ、そうですね。それらを平行に進めてきたので、そういうことになると思います。

さて、そこで、第1ステージで、

  “無門の関”を超え、“悟り”の世界に一歩足を踏み入れたとしても、それで全てが

終りではありません。そこが、究極というわけではないのです。

 

  確かに、“一”に通じれば、“百”に通じるというのは本当です。しかし、それを体現

するには、“時間的な熟成”が必要です。言い換えれば、断片的に“無門の関”を超

えているだけでは、とても“百”に通じるほどの覚醒はありません」

「ふーん...」響子は、考え深げに言った。「そういうことなのですか...覚醒すれ

ば、それで全てがクリアーになるというわけではないのですね?」

「その意味を知るには...“真に”、その意味を知るには、さらに修行が必要だという

ことです。これまでに、すでに“聞いて知っている言葉”、すでに、“その意味を理解し

ていると思っていた概念”も、ここであらためて、“その裸の概念を体現していく”こと

になります」

「それを“体現”していくことが、この第2ステージの“まほろば”ということですね?」

「そうです。まさに、そういうことです。“無門関峠の道場”で見た“悟り”の断片の風景

を、この第2ステージで固定化していく。“悟り”を、より安定した確かなものにしていく

わけです。そしてそれは、第1ステージから、第2ステージに変容することでもあるわ

けです。また、なぜそこに“変容”があるのかも、その意味を自分自身で知ることにな

ります...」

「はい、」

  良安は、黙って二人の話に耳を傾けていた。高杉は、その良安から、また響子の

方に目を戻して言った。

「良安は、永平寺で正修行をし、さらにここ清安寺で玄信和尚の下で修行をしていま

す...言ってみれば、良安はエリート中のエリートなわけです。しかし、仏道を学び

たいと思っている人の殆どは、そのようなエリートの道を歩けるわけではないのです」

  良安は、目を上げて、静かに高杉を見た。

「私は...私のように、日々生活に追われている人達に、エリートではない私の歩ん

でいる“禅修行の道”を示したいのです...私の言わんとしていることが、分るかな、

響子さん?」

「はい...もちろんです。高杉さんは、自分の歩んできた、試行錯誤の足跡を示し

ているということでしょうか?」

「うむ。まあ、そんなところですね、」

  響子は、黙ってうなづいた。

「さあ、それでは、“第2ステージ”の修行について話して行きますか、」

「はい、」

“禅の風景”    《 第2ステージの修業...No.1 》      

 

「あの、高杉さん、その前に1つ質問があります」

「うむ、何かね?」

“禅”というものの、最大の特徴というか、それらしいものとは、何でしょうか?」

「漠然とした質問ですが、響子さんの聞きたいと思っていることは分ります...それ

は、“禅の風景”ということでしょう...うーむ、禅的な風景の最大の特徴とは、やは

“解脱の風景”でしょうか...

 

   ピン、と張り詰めた禅的な緊張感の中で、

    全てのものが、それそのものに成り切っている姿...

 

ですかね。どうでしょうか、良安さん?」高杉は、良案の方を見た。

「それでいいと思います」良安は、高杉を見て答えた。「説明を抜きに、簡単な言葉で

答えるのは、難しいものです」

“禅的な緊張感...”ですか?それは、何処から来るものでしょうか?」

「うーむ...“修業”と、“覚醒”ですね。覚醒とは、“悟り”のことです...」

「それが、“禅の姿”ですか、」

「まあ、現在の力量における、私の答えです...茶道でも、剣道でも、あるいはバレ

リーナのような人でも、それなりの修行を積んだ人には、ピン、と張りつめたような、

空間を支配する緊張感があるものです。禅においては、そうした禅的な緊張感中に

おいて、“永遠の相”を見ていくのです...」

「...」

「まあ、“永遠の相”などと、急に言われても分らないかも知れません...

  そうですね、これは眼前する風景の中に、“時間と空間が統合されたリアリティー

の姿”を見ていくということですね。相対性理論によって、幾何学的に統合された時

間と空間の融合した姿とは、すなわち“リアリティー”のことなのです。つまり、私たち

が見慣れていて、かつ物理学の基礎ともなっている二元的な時間座標と空間座標

は、この眼前するリアリティーを、まさに2つに分断した産物なのです...これを、2

つに分断する以前の、“リアリティーを見よ!”、ということなのです」

      <この辺りの詳しい説明は、第1ステージの“無門関峠の永遠/二元的時間の超越”をご覧下さい>

「はい...」

「時間と空間に分断される以前の、“リアリティーを見よ!”いうことは...時間的

広がりも、空間的広がりも存在しない世界を見よ、ということなのです...したがっ

て、そこにあるのは、時間的存在、空間的存在を超越した“リアリティー”のみで

す...そうした“時の無い世界”を、“永遠”と呼ぶのです...」

「...そんなものを、いったい、どうやって見ろとおっしゃるのでしょうか?」

「ジッ、と目をこらして、何かを見ようとしてはいけない。分析的に、何かを特定しよう

として見れば、それは観察であり、二元性に陥ってしまいます...したがって、あえ

て説明するとすれば、“心を空っぽにして、無心で見つめる”ということです。まあ、

こうしたことの意味は、修行の中で次第に分ってくることです...」

「時間と空間に分断される以前の、“リアリティーを見よ!”。そして、“心を空っぽにし

て、無心で見つめる”ということですね、」

「まあ、とりあえずは...」

「はい、」

「いずれにしても、“禅的な緊張感に覚醒していること”が大事です」

“内外打成一片”の深意 《 第2ステージの 修業...No.2 》   

 (ないげだじょういっぺん)

 

「さて、『無門関』の中(第1則・趙州狗子の無門禅師の評語)に、“内外打成一片”という一語があ

ります。これは、内もなく外もなく、一切の二元論的対立を超越し、“一片”となった姿

のことです。したがって、これは“悟りの境地”であり、様々な公安で幾度となく指し示

されている所と同じです。

  さて、響子さん...この一語の真意を、もう一度説明していただけますか。響子さ

んの言葉で、」

「はい...ええと...塾長が今言われたように、内と外という二元論的対立を超越

し、“一片”になるということです...」

「うむ。では、それは、どのようなものですか?」

「...つまり、“一片”になると...」

「うーむ...それはまだ、言葉の上で理解しているに過ぎないですねえ...」

「...」

「もちろん、言葉の上で理解することは大事なことです。しかし、この第2ステージの

“まほろば”では、それで満足するわけには行かないのです。その、さらに深い所に

ある“深意”に覚醒してほしいのです」

「それは...どのようなものでしょうか...」響子は、小首をかしげ、唇を引き結ん

だ。

「修行が進めば、分ってくることですが...しかし、ここは談話室です。言葉で説明す

る以外のことは出来ません。したがって、一応、簡単に説明してみることにしましょう」

「はい、」響子は、目顔でうなづいた。

「まず...この“世界”とは何か...それは、“私の姿”だと言って来ました。覚えて

ますか?」

「うーん...確か、“まほろば”の詩の1節だったでしょうか?」

「そう、そこでも言ってました...さて、それでは、この“世界”、“私の姿”とは、私の

内なる世界の風景なのでしょうか?」

「...」

「私の見るもの、聞くもの、私の五感に入ってくるものは全て、私の内側の世界とも言

えるわけです。そうでしょう?」

「はい...」

  高杉は、ほくそえんだ。

「...しかし、ここのところが実は、微妙に違っているのです。内側ということと、“内

外打成一片”とは、似ているとはいえ、明らかに違うのです」

「はい、」響子は、真顔でうなづいた。「それは分かります...」

「...うむ...内側といえば、リンゴで言えば、皮より内側の部分です。しかし、“内

外打成一片”といえば、皮の内側と外側、皮の表裏が一体となった、厚さがゼロの皮

す。したがって、無門禅師の言わんとしている所は、この眼前している世界と、自

己とは、“内外打成一片”の関係になれということなのです...それは、言い換え

れば、こういうことです。

 

  この世界というものは、自己の内側にあるのではない。ましてや、二元論的に考え

られているように、自己の外側にあるのでもない。では、それは何処にあるのか?そ

れは、自己の内側でもなく、外側でもなく、表裏が一体となったような、自己という“線

分”の上に広がっているということです。

 

  むろん、リアリティーは、1次元の線分ではなく、時間も空間をも越えるものです。

かし、そのような“内外打成一片”、表裏一体の不可分の自己の上に、この世界であ

“真実の結晶世界”があるということです。これが“私の姿であり、これが私たちの

知る“認識の自己発現形式”なのです...

  ちなみに、最後に断っておきますが...“の見るもの、聞くもの、私の五感に入

って来るものは全て、“私の内側の世界”とも言えると言いましたが、これは今も説明

してきたように、正確には誤りです。何故なら、“内側・外側”、あるいは“自己の上”と

いう二元的概念は、そもそも超えなければならない対象そのものだからです...」

「...」

「ところで、響子さん...実は、ここまで話してきたことは、“第1ステージ/無門関

峠の道場”で学ぶべきレベルの話でした。しかし、ここは、“無門の関”を超えた第2

ステージ“まほろば”です。したがって、“まほろば”のレベルの話をしなければな

りません...」

「はい、」響子は高杉を見つめ、かすかに微笑して見せた。「私も、それを知りたいと

思っていました、」         

「この第2ステージは、言葉の理解ではなく、“内外打成一片”、を体現し、それを安

定したものとする場として設定しています」

「それを、言葉で説明するのは、非常に難しいというわけですね?そのために、『無

門関』の公案で示されているように、多くの祖師たちが“1指”を立て、“棒で叩き”

子猫を切って見せたと...」

「まさに、その通りです。しかし、ここは談話室ですから、何とか様々な角度から、言

葉で説明していくつもりです」

「はい、」

「とりあえず、第1ステージから第2ステージへ移行する修行としては、無門関・草枕

平常是道( へいじょうこれみち ).. <無門関.第十九則>を参照してください」

 

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