|              
         プロローグ                          
                  ・・・構造的/既得権/巨悪の影が・・・              
                    
                    
                                              
         シンクタンク=赤い彗星ビル3F/インターネット・オープン・ルーム                             
                                     
         窓から、朝の微風が入っていた。支折と江里香が、その風を受け、外を眺めていた。                           
       草原には、すでに日中の猛暑を予感させる空気がよどんでいる。眼下には、夏の花々                           
       が、まるで雑草のように咲き乱れていた。                           
                          
        インターネット・カメラの1つが、すでに二人を補足していた。その姿をモニターに映し出                         
       している。やがて、カウントダウンが始まり、カメラにランプが点灯した。支折が、バインダ                         
       ーのメモ読み返した。ランプが...赤...黄...青と変わった。                         
               
       「お久しぶりです!」支折が、頭を下げた。「星野支折です!      
         激動の2008年も、夏が巡って来ました。“2008年/洞爺湖サミット”も終わり、時代                                                 
       の通過点と変わりました。サミットの結果については、ご存知のように、〔世界市民〕が落                                                 
       胆するものでした。                                                 
         世界のリーダー陣は、“持続可能な開発/・・・経済発展”というパラダイムを、超える                                                
       ことができなかったということです。これは政治の逡巡であり、それゆえにサミットの空洞                                                
       化が顕在化して来ました。来年以降は、どうなるのでしょうか...」                                               
         支折が、メモに目を落とした。                                               
       「でも...“洞爺湖サミット”は、無駄ではなかったと思っています...                                              
         人々が集い、“地球温暖化”と、“文明の危機”で、深い共通認識を持ったのではない                                                
       でしょうか。そして、いよいよ、“文明の折り返し”がやって来ていることを、確信したと思                                               
       います。“グローバル化/資本主義の暴走/歴史的・既得権構造”の中で、“文明の折                                             
       り返し”という共通認識が醸成されるには、やはり多少の時間がかかるのだと思います。                                            
         もし今後、着実に〔人間の巣のパラダイム〕が、世界展開されて行くのであれば...                                            
       今回の時間的ロスは吸収できるでしょう。人類文明に、“大艱難(だいかんなん)/巨大危機                                            
       の輻輳”が、大津波のように押し寄せて来ています。                                            
         私たちは、この人類文明史的な“大艱難/大試練”に対し...〔人間の巣〕/“万能                                            
       型・防護力”を展開し、“文明の折り返し”を果たしていく必要があります。これが、人類                                            
       文明が存続し、次のステージへ上昇して行くための...〔極楽浄土・パラダイスへの門                                            
       /超越的領域への門〕...ということになります...」                                            
         江里香が、横で大きくうなづいた。                                           
                                                   
       「ええと...」支折が、窓から1歩離れながらメモを見た。「今回は...                                           
         その初期段階...〔人間の巣〕における...《新・社会形態の創出》ということを考                                           
       察します...ハードウェアーよりも、ソフトウェアーの方...その社会性の方を考察した                                           
       いと思います。ハードウェアーとしての究極の“地球温暖化対策”と、“万能型・防護力”に                                           
       ついては、これまで、重ねて説明して来ています。                                           
         ええ...ソフトウェアーの方...現在、日本社会でも非常に閉塞感のある...政治/                                           
       行政/文化/教育/医療/福祉...など、様々な現実的課題が、〔人間の巣〕に移行                                           
       した場合、どのように改善されるかということですね。今回は、そのことを考察したいと思                                           
       います...」                                           
             
        江里香が、1歩さがって、支折の後を歩いた。支折が、プロジェクターで映された壁面                                           
       スクリーンの方を眺めた。                                           
       「世界構造の面でも...」支折が、大型スクリーンの方を眺めながら言った。「〔世界市民                                           
       の版図/・・・世界市民の生活〕に...構造的/巨悪の影が...クッキリと投影される                                           
       時代になりました。                                           
         これは、“資本主義の暴走/ギャンブル化/ヤクザ化”に、起因しているものと思われ                                            
       ます...明瞭な資本主義の劣化です...“慣習法/世界市民の合意”から乖離した、                                           
       “資本の原理/資本市場システム/経済至上主義”が、空洞化/劣化/空転を引き起こ                                          
       しています...                                          
         アメリカ発の“サブプライムローン問題”...“反社会的な投機マネーの暴走”...そし                                           
       て、“核兵器の拡散/原発の拡散”などは...まさに、その典型だと考えています。                                           
         また...現在の世界システムのバックボーンになっている、“核戦略体制・覇権体制”                                          
       もまた、空洞化しているということですね...アメリカは、老朽化核弾頭を、新設計のRR                                          
       W(Reliable                 
      Replacement                  
      Warhead)/高信頼性・代替核弾頭に総入れ替えするという、25カ年                                          
       計画に着手しています。                                          
         アメリカは、そのための新型・核弾頭/RRW1を開発していますが、“覇権体制/覇                                           
       権主義”そのものが、20世紀の遺物として沈没しつつあるということです。世界構造の中                                          
       で、巨大な軍事組織・巨大な軍需産業は、壮大な無駄になりつつあるということです。こ                                          
       れを取り除くことだけでも、“地球温暖化対策”に大きく貢献します。                                          
         ええ、こうした過渡期の、人類文明の曲り角の中で...今回はより身近な、私たちの                                          
       生活面を考察しようと思います。生活の座標から、世界構造を俯瞰(ふかん/高いところから見下ろ                                          
       すこと)してみようと思います。                                          
         日本も世界も、構造的・閉塞状況に陥っています。文化・文明そのものが、非常に逼迫                                          
       (ひっぱく)して来ているのを感じます。こうした事態の、緊急の打開策としての...〔人間の                                          
       巣の展開〕...を考察してみます」                                          
                               
        支折が、後ろについてくる江里香をの方を見た。                                           
       「今回は...                                            
         < シンクタンク=赤い彗星>のメンバーが中心となります...所長の片倉正蔵さ ん...工学関係で、高杉・塾長とも似ていると言われる、関三郎さん...そして、社会                                             
       派の菊地良治さん...それに、《神と霊魂の統合》を担当されている、トランスパーソナ                                             
       ル心理学の、綾部沙織さんにも参加していただきました...」                                             
                                           
        「あ、そうそう、それと...」支折が、江里香にこぼれるような笑みを浮かべた。「普通の                                            
       女の子を自称している、< シンクタンク=赤い彗星>の事務・担当/二宮江里香さ んにも参加していただきます...江里香さん、よろしくお願いします」                                            
       「あ、はい!」江里香が、深く腰を折って頭を下げた。「よろしくお願いします!」                                          
                                                
        二人は、作業テーブルの方へ歩き、それそれの席に着いた。                                             
                                                     
                                              
                                              
      〔1〕                                                                                                                                                          
      〔人間の巣〕                                      
      は、“多細胞生物の細胞”・・・                                                                                                                                                      
                                           
                     
                                        
        「ええと...」支折が、作業テーブルを見回した。「皆さん、よろしくお願いします...                                           
                              
        綾部沙織さんは...一緒の仕事は、今回が初めてになりますね。でも、お仲間ですの                                          
       で、お互いによくご存知と思います。沙織さん、よろしくお願いします」                                         
       「はい...」綾部沙織が、柔和な顔をほころばせた。「こちらこそ、よろしくお願いします」                                       
       「ええ...さっそく、本題に入りたいと思います...                                       
         日本社会が...〔人間の巣/未来型都市〕へ移行した場合...政治/行政/文化                                      
       /教育/医療/福祉...など、様々な難題が、どのように変わって行くのかということで                                      
       すね。これまでの考察で、その概略は浮かび上がってきていますが、今回はもう少し、具                                      
       体的に考察してみます。                                     
         つまり...日本国民/〔世界市民〕が直面している...現在の閉塞感/閉塞状況に                                     
       対する、論理的・打開策という位置づけになります...つまり...                                    
                                            
         気候変動に対応する、既存社会インフラの限界・・・                                   
             競争主義/市場原理主義の、マラソンによる疲弊・・・                                   
               核兵器体制/覇権主義の、文明史的な終焉と終止符・・・                                   
                                           
         こうした...文明史的背景/時代的大課題は...戦術レベルの対策では、どうにもな                                   
       らない所まで来ています。加えて、“地球温暖化/飢餓・人口爆発/感染症圧力の増大”                                   
       など、グローバル危機が輻輳して、津波のように押し寄せて来ています。くり返しますが、                                   
       パラダイムシフトは不可避だということです」                                   
             
        支折が、天井を滑らかに動く、インターネット・カメラを見上げた。                            
       「ええ...」支折が、カメラを見上げながら言った。「こうした大問題を...市民レベルの                            
       目線/生活目線で...明日の生活をどうするかという視点から、考察してみようと思いま                            
       す...こうした生活目線が、そして“スローフード/スローライフ”の流れが、実際に民主                            
       主義的な、政治の奔流を作り出して行くのだと思います...                            
                  
        ええ...久しぶりですので、前置きが長くなってしまいましたが...片倉さん、まず喫                            
       緊の課題である、私たちの医療/福祉などは、〔人間の巣〕への移行すると、どのように                            
       変貌して行くのでしょうか?」                            
       「そうですねえ...」片倉が、無造作にマウスを動かした。「まず...                            
         〔人間の巣〕への移行...日本における具体策としては、【日本版/ニューディール                            
       政策】/“大公共事業による日本列島改造”と言っても...過渡期の問題があります。                            
       急激に、そうなるというものではありません。そもそも、民主主義的課程を経て、国民望め                            
       ば、〔人間の巣/未来型都市〕への移行は、可能だということですねえ...」                            
         支折がうなづいた。                            
       「しかし、そうは言っても...                                    
         喫緊の文明の流れとして、多くの選択肢があるわけではないでしょう。また、時間的余                                    
       裕も、ほとんどないのが現実です。当面、間違いのない方向へ歩き出すものとして、〔人                                    
       間の巣のパラダイム〕が選択されると言うことです。                                    
         この他に、今の所、“パラダイムの選択肢”は無いように思います...太陽系開発で                                    
       は、大宇宙植民は不可能ですし...海底都市では、〔人間の巣〕以上に難しいものがあ                                    
       ります...人類文明が軟着陸する手段は、この地球表面における、〔人間の巣〕の展開                                    
       の他には、無いように思います...                                    
         これに失敗すれば...古生代の末期、中生代の末期のような、地質年代的な生態系                                    
       の激変を引き起こすと考えられます。“種の大量絶滅”です。そして、その後の、広大な空                                    
       きニッチには、全く異質な地球生命圏の姿が...広がって行くのかも知れません...」                                    
       「はい...                                    
         もし、〔人間の巣〕へ移行しなかった場合は...ハードランディングとなり、生態系に                                    
       よる淘汰が進むということですね。まず、ほんの一握りの人類が、奇跡的に、生き残って                                    
       いけるかどうかという状況ですね...                                    
         あるいは、〔人間の巣を獲得した人々〕だけが...その過酷な環境を、生き抜いて行                                   
       けるかどうかということですね...コンパクトな〔未来型都市〕で、文明を維持し、生態系                                   
       の激変を耐え抜いていくということですね...」                                   
       「それゆえに...」片倉が言った。「今...“文明の折り返し”が、必至なのです...                                      
         〔人間の巣のパラダイム〕は、安定指数の高い、最終的な選択肢だと、私は確信して                                       
       います。現在、CO2の排出量取引/クリーン・エネルギーへの転換/原発の普及・世界                                       
       的拡散、などが進行していますが...究極的形態/着地点となると...やはり、〔人間                                      
       の巣〕になると考えますねえ...」                                      
       「はい...」支折が、フワリとしている髪をなでた。「それなら...                                      
         最初から、〔人間の巣〕を展開して行くべきだということですね...それで、“万能型・                                         
       防護力”も獲得できます...これは、生態系では、〔超越的領域〕になりますわ。でも、そ                                        
       れゆえに、開放系システムとしての生態系との相互作用を、慎重に維持しなければなり                                        
       ませんね」                                        
       「その通りです」                                        
                                                
       「くり返しになりますが...                                        
         人類は、“地球温暖化/飢餓・人口爆発/感染症圧力の増大”の、現状に対して...                                        
       “万能型・防護力”を獲得し...かつ、〔生態系との協調型パラダイム〕に、シフトして行                                        
       くということですね。それなら、片倉さん...なんとか、軟着陸が可能なのでしょうか?」                                        
       「さて、先のことは分かりません...しかし、それが最善の策ということでしょう...                                        
         アメリカの、トルネードやハリケーンを克服するのも、〔人間の巣〕なら容易でしょう。ア                                        
       ジアの台風やサイクロンも同様です。それから、大地震や大噴火、厳しい自然環境に対                                        
       処するのも、〔人間の巣〕なら、最大限の防御が可能だということです。                                        
         これは、発展途上国でも対処できる、〔新・文明スタイル/未来型都市〕です。完成す                                        
       れば、〔千年都市〕になり、以後、環境破壊が進むこともありません。生態系は、安定化                                        
       し、複雑性と多様性を取り戻すでしょう。私たちも再び、感動というものを取り戻して行け                                        
       るでしょう」                                        
       「はい...」支折が片倉を見つめ、コクリとうなづいた。                                        
       「紛争地域の問題解決も...〔人間の巣〕という安定した器と、自給自足型・農業社会に                                        
       なれば、おのずと終息して行くでしょう...飢餓・人口爆発という難問も、自給自足型・安                                        
       定社会でこそ、解決へ向かい、軟着陸が可能なのです」                                        
       「はい、」支折がうなづいた。「そこで...                                        
         今回の...〔人間の巣〕の社会形態の考察に入りたいと思います。今、日本で問題に                                        
       なっている、医療/福祉などは、具体的に、どのような形態に移行するのでしょうか。現                                        
       実問題として、国民にとっては、そのことに非常に関心があると思いますが、」                                        
                                                
       「その前に...」片倉が、申し訳なさそうに手を立てた。「まず、社会の基本単位という問                                        
       題で、一言、コメントしておきましょう...                                        
         このパラダイムの真髄は...〔人間の巣/未来型都市〕が...全ての社会基盤/                                        
       生活基盤になるということです...細胞が、生命の最小基本単位であるのと、非常に似                                        
       たイメージかも知れません...」                                        
       「はい...」支折が髪を揺らし、反対側に頭をかしげた。                                        
       「文明全体の中での...〔人間の巣〕とは...                                        
         そう...多細胞生物の、1個の細胞に例えたらいいと思います。私たちは、〔人間の                                        
       巣〕の考察に当たって、人類文明全体の形態を...比較的単純な、“多細胞・生物体”を                                        
       モデルにしてみました...                                        
         こうした、基本形態の考察については、後で考察して行くことになると思いますが、過                                        
       渡期の問題があります。こうした全体構造があることを、まず頭に入れておいて欲しいと                                        
       思います」                                        
       「はい...」支折が、唇を拳で押さえた。「高杉・塾長が指摘していた...“新陳代謝シス                                        
       テム”の導入ですね?」                                        
       「そうです...」片倉が、マウスの上に手を載せた。「しかし、これは...これまでの考察                                        
       を推し進め...今回初めて登場させたモデルです。プラナリアほど単純ではなく、スルメ                                       
       イカぐらいの動物か、あるいは植物でいえば、リンゴの木に例えてみました...」                                       
       「人体ではなく...」支折が、唇に微笑を浮かべた。「スルメイカか、リンゴの木ですね?」                                       
       「そうです」片倉が、投げ出すように肩を揺らした。                                       
       「うーん...リンゴの木ですか...」                                       
       「まあ、60兆個の細胞からなる人体では、少々複雑すぎます」                                       
       「うーん...世界人口が65億では...桁違いですね」                                       
       「せいぜい、スルメイカで十分でしょう...                                       
         その1個の細胞が、〔人間の巣〕に相当します...何故、このようなアナロジー(類推)に                                       
       したかと言うと...つまり生物体は、生態系と相互作用を持つ、“完璧な永続性のシステ                                       
       ム”だからです。“1つの人格を持つ/安定した永続性システム”を、文明形態に取り入れ                                       
       るということです。ここが大事です...」                                       
       「うーん...」支折が、首をひねった。「スルメイカの頭脳が...つまり、“地球政府/世                                       
       界政府”というわけですね、」                                       
       「はは...」関三郎が、陽気な声で笑った。「ちょうど、そのぐらいの頭脳ですね...それ                                       
       に、イカの神経というのは、非常に分かりやすいのです。ともかくスルメイカも、立派な1つ                                       
       の生命体です。必要なものは、すべて備えています」                                       
       「それは、そうでしょうね、」支折が言った。                                       
       「ま...」片倉が、関の方を見て砕けた笑い方をした。「これを考え出したのは、関君です                                       
       がね...しかし、人類文明全体を、1つの人格を持ったスルメイカにたとえれば、学ぶべ                                       
       きことは非常に多くあります...その統合性は、人類文明の比ではありません...」                                       
       「高杉・塾長が...」支折が言った。「地球生命圏の広がりを...“36億年の彼”とし                                       
       て、1つの人格を与えたのと似ていますわ...そうなのかしら...?」                                       
       「鋭いですね、支折さんは...」関が、ニッコリと笑った。「実は、そういうことです...」                                       
       「何といっても...」片倉が言った。「独立した生命体は...完璧な“新陳代謝システム”                                       
                                               
       を持ち、“しなやかな永続性”を備えています...私たちが机上で考えたものとは、レベ                                       
       ルが違います...                                       
         そして、重要なことは、生態系と相互作用し、“36億年の彼”ともリンクしているという                                        
       ことです。これまでの人類文明ように、自然は征服するべき対象ではなくなります。世界                                        
       の深淵を知り、世界の深淵と共生して行くというスタンスです...征服などは、本来不可                                        
       能なことです」                                        
         支折が、瞬(まばた)きしてうなづいた。                                       
       「まあ...」関が言った。「実際の文明の姿は...                                       
         そうですね...スルメイカよりも、リンゴの木の方が近いでしょう...自給自足で光合                                       
       成をし、美しい花を咲かせ、豊かな実を付けます。また、自然環境に耐え...静かにそ                                       
       れをくり返して行く...意味も無く、くり返していくのです...                                      
                                              
         生態系と協調                                
        して生きて行くとは、全体スケッチとしては、そういうことですね。そのくり                                      
       返しに、意味はありません...生命は、ひたすら、その無意味な努力をくり返して行くわ                                      
       けです。それが、生命潮流のベクトルです...                                      
         まあ、生存/存続に意味を見出すのは...文化・文明であり、死生観からくる独特の                                      
       価値観になりますね...ともかく生命体は、生存/存続の方向へ、膨大な動因がかかっ                                      
       ています。私たちは、その動因によって生かされ、存続し、流れて行きます。                                      
         その生存/存続の営みに、意味はないのです...ただ、そうしたリアリティーの中に、                                      
       “我/・・・主体性の鏡”が発現しているということです...“私/・・・この主体性の発現”                                      
       こそが...まさに“神”に祈りたくなるような...最大の謎ですね...この相互主体性こ                                      
       そ、まさに“命の形”であり、“意識の形”なのです...」                                      
                              
        綾部沙織が、唇を結び、ゆっくりと関三郎にうなづいた。                                       
                                               
       「うーん...」支折が、口に手を当てた。「話を戻します...ええと...〔人間の巣〕は、                                      
       リンゴの木の...1個の細胞に相当するいうことですね?」                                      
       「そうです...」片倉が言った。「その“スルメイカ/リンゴの木”の...1個1個の細胞                                      
       が、〔人間の巣〕に相当します。私たちは、そのようにモデル化してみました。                                      
         ご存知のように、生命の最小単位は細胞です。細胞は、それぞれが独立していて、生                                      
       命として立派に存続して行ける単位です。単細胞生物は、ウイルスのように他に依存す                                      
       ることはなく、それだけで“自己増殖”し、“新陳代謝”をし、強いアイデンティティーを持っ                                      
       ています」                                      
       「その細胞が...」支折が言った。「〔人間の巣〕のモデルということですね。たった1個                                      
       の細胞が残っても、生態系と相互作用し、生存して行く可能性があるわけですね。完璧な                                      
       開放系システムとして...」                                      
       「その通りです...                                      
         〔人間の巣〕の社会形態としては...多様化・複雑化を許容します...自由に、合理                                      
       的に、それそれが、多様な形態をとればいいでしょう。〔人間の巣〕で、それぞれが、〔理                                      
       想郷〕を創出して行けばいいのです」                                      
       「ただし...」支折が言った。「“リンゴの木”という、制約を超えない範囲で...ということ                                      
       ですね、」                                      
       「そうです...                                      
         おそらく、これ以外の方法では、〔極楽浄土/理想郷〕を創出するのは、難しいのでは                                      
       ないでしょうか。人類文明はこれまで、様々な社会形態を試行錯誤してきました。しかし、                                      
       それが巨大な構造体になると、多様化・複雑化ベクトルとぶつかって来ます。これは、支                                      
       折さんたちが考察してきたことですが...」                                      
       「はい...」支折が、頭をかしげた。「官僚機構がよい例ですわ...                                      
         巨大な官僚機構/共産主義社会は、その非効率性で崩壊しました...やはり、人間                                      
       サイズということを考える必要があったのですわ。現在のグローバリズムが行き詰まって                                      
       いるのも、やはり人間サイズということを忘れてしまったからです」                                      
       「まあ...“家族という最小単位”では、生きていくのが難しいですねえ...                                      
         自然界では、そういう選択肢もあるのですが、家族単位では、文明社会は形成できま                                      
       せん」                                      
       「つまり...」支折が、反対側に頭をかしげた。「釈尊/・・・仏陀が言われるように...                                      
       “過度の苦行は不要”であり...“中道を行け”ということなのかしら...?」                                      
       「まあ...」                    
        関が言った。「そういうことかも知れませんね...適正規模の、〔人間の巣〕                                      
       で、歩んで行くのがいいということでしょう...                                      
         東西冷戦構造時代の中で、資本主義が共産主義に勝っていたのは、自由主義という                                      
       自由度があったからでしょう。もともと、地球表面/生態系空間では、生命潮流ベクトル                                      
       の、多様性・複雑化というバイアス(偏向)がかかっています。画一主義/官僚主義という                                      
       硬直性は、相性が良くなかったということですね。                                      
         まあ、現在は...その資本主義・自由主義も、巨大構造化して、暴走/ギャンブル化                                      
       で、手の付けられない状態になっていますね」                                      
       「うーん...そうですね...                                      
         日本社会の閉塞的状況も...アメリカの、トルネードやハリケーンも...ドイツの“脱・                                       
       原発”も...すべて〔人間の巣〕で、乗り切っていけるということですね。それから、中国                                      
       の社会混乱も、〔人間の巣〕の展開で、乗り切っていって欲しいと思います。〔人間の巣〕                                      
       なら、それが可能ですわ」                                      
       「うーむ...」片倉が言った。「そうなってくれると、いいですねえ...」                                      
       「正しい道は、1本なのかも知れません」関が言った。「インドやバングラディシュでも、〔人                                     
       間の巣〕の展開だけが、社会安定化の道かも知れません」                                     
       「それを言うなら、」支折が言った。「世界構造全体がそうですね。〔人間の巣〕の世界展                                     
       開が、喫緊の課題だということですわ」                                     
       「まあ、その通りでしょう」片倉が笑った。「その、“文明の折り返し”が、喫緊の課題なの                                     
       です」                                     
       <人間の巣/標準的・未来都市モデル・・・>                    「さて...」片倉が言った。「今度は、考察に当たっての基本条件です...          
          〔人間の巣〕と言っても、多様なものがあります。また、その多様性・複雑化は、大いに                   
       歓迎するものです。しかし、具体的に考察するとなると、基本的な要素や、標準値いうも                   
       のが必要になります。まず、考えなければならないのは、〔標準的=人間の巣〕というこ                   
       とですね。                   
         つまり、最も多数を占める〔人間の巣〕は...私たちは、“自給自足型・農業都市”だ                      
       ろうと考えています。それは、支配階級の存在しない、“原始・共産主義社会”のような形                     
       態が、〔原型的=人間の巣〕だということですね。                     
         人口規模は...とりあえず、数万人としておきましょう...こうした〔人間の巣〕が、さ                    
       らに数個ほどが連携し、30万人ほどの近隣の〔人間の巣〕が、ゆるく交流することになり                    
       ます...その上に、道州制や国家、そして“世界政府/地球政府”のような、広域的サ                    
       ービスが展開するという風景です」                    
       「はい...」支折がうなづいた。                    
       「観光地や...または、臨海地/漁村などは...その業務に対応しますが、原則的に                    
       は、“自給自足型・農業都市”という形にしたいと思います...それぞれの屋外業務施設                    
       は、散在することになると思いますが、居住空間としては、〔人間の巣/未来型都市〕に                    
       置くことにします...それが、ホモサピエンスの領分ということです」                    
       「あくまでも...」支折が言った。「〔人間の巣〕と、“自給自足型体制”が、主体になると                    
       いうことですね?」                    
       「そういうことです。生産効率や、利潤追求が、第1ではない社会です...“スローフード                    
       /スローライフ”のパラダイムになっているということですね。このソフト/意識の変革が、                    
       まさに“文明の折り返し”の真髄になります」                    
       「私たちは、ここで...“物質的欲望の原理/市場原理主義”を越え...“人間性の原理                    
       /スローフード・スローライフ”へ回帰していくということですね、」                    
       「まあ、回帰ということですが...                    
         かつてのように、戦争の影におびえ、覇権の影におびえるものではなく...より純粋な                    
       形で、“人間性の原理の確立した社会体制”ですね。それが、“文明の第3ステージ/意                    
       識・情報革命”時代の、基本的スタンスということになります...」                    
       「はい...」支折が、モニターを見ながらうなづいた。「ええ...                    
         〔標準的=人間の巣〕では...夏用の屋外簡易ハウス・菜園を、毎年、抽選等で割り                    
       振ることになりますね...これは、かつて私たちが考察したバリエーションですが...観                    
       光地や臨海施設などは、そういう形の延長と考えていいわけですね...屋外施設として                    
       は、」                    
       「うーむ...そうですねえ...                    
         ともかく、観光地や漁村においても、食料、その他は、自給自足が原則になります。こ                    
       れは、工業都市や学園都市なども同じです...過渡期の問題もありますが、原則的には                    
       “自給自足型・農業生産”を行い...居住空間は、〔人間の巣/未来型都市〕とするこ                    
       とを考えています...それが、ホモサピエンスの領分ということです。                    
         〔原型的=人間の巣〕を持ち...その他に、いわゆる観光サービスや特産品、工業                    
       製品を流すという形ですね...詳しくは、行政/経済の所で考察しましょう...」                    
         支折がうなづいた。                    
       「まあ...」片倉が言った。「一言、言っておくと...                    
         広域ネットワークや国家は、技術・情報サービス等で税収をはかり、その業務を持っ                    
       て、税収を還元して行きます。細かなデザインは、まあ徐々に考察しましょう。ともかく、                    
       〔原型的/標準的=人間の巣〕は、“自給自足型・農業都市”/“原始・共産主義社会”                    
       ということにして、考察を進めて行きます」                    
       「はい、」                    
                            
       「おっと...」片倉が、マウスを止めた。「このことも、一言触れておきましょう...                    
         〔人間の巣〕...その建造物/ハードウェアー群に関しては...かなりの規模が集中                    
       し...総合的に、コンパクトな高機能空間を維持していることが必要です。まあ、これは                    
       初期段階の話ですが...かなり分散化したものになるでしょうから、」                    
       「うーん...初期段階としては、そうですね...?...ええと...」                    
       「つまり...初期段階では、多少分散型になるのもやむを得ません...                    
         マンション規模の、分散した〔人間の巣〕になるかも知れませんね...これは、試行錯                    
       誤の時代を経て、洗練されたものに進化して行くということです。最初から完璧な、〔千年                    
       都市〕は望めません。過渡期というものがあります。しかし基本的には、現在のような乱                    
       開発はあり得ません...こうした所は、広域行政サービスの管理になります」                    
       「そうですね...                    
         最初は、マンション規模の、〔人間の巣〕が分散して、ゆるく“自給自足型・農業都市”                    
       を形成して行くような風景もありますよね...発展途上国などでは、こういう形になるのか                    
       しら...」                    
       「まあ、発展途上国に限らないでしょう...                    
           
        それから....病院や、エネルギー施設などは、最初から独立した建造物でもいいわ                    
       けです。工場や倉庫などもそうですね。ともかく、最初から、〔一体型・人間の巣〕とはい                    
       かないでしょう...分離した方がいい施設も、色々あるわけです」                    
       「そうですね、」                    
       「基本的には...頑丈な建造物に、適量の土をかぶせ、〔人間の巣の1部〕として、コン                    
       パクトに構成することです。ただし、“地理的条件”、“頑丈な構造物”、“自給自足型・農                    
       業社会社会”という大原則は、しっかりと守っていくことです」                    
       「はい、そういうことですね」支折がうなづいた。                   
        〔2〕 〔人間の巣〕の、医療・福祉は・・・ 
		                                                                                                     
		 (第2回目/2008.10.24)                
                        「おはようございます!」事務/二宮江里香が、バインダーを胸に抱き、深く頭を下げた。「今 回は、このページでの、《第2回目の、インターネット公開作業》になります。     お彼岸の過ぎ、10月も半ばが過ぎ、すっかり秋らしくなりましたね。ススキの穂波が、風に 揺れている季節になりました。8月は雨が多く、9月も天候不順が続きました。10月からは、本 来の秋が戻ってくるのでしょうか。でも、年々、紅葉の季節が遅くなっているそうですね。      私は、普通の女の子ですから、詳しいことは分からないのですが、どこかで“気候変動”が起 こり始めているのを感じます。私たちは、今から、急いで〔人間の巣のパラダイム〕を展開し、 “気候変動/食糧危機/文明社会の崩壊”に、備えて置くべきではないでしょうか。     あ、それから...“バーチャル金融システムの崩壊/世界経済の大破綻”に際しても、最後 には、〔人間の巣〕/“自給自足型・農業社会”への準備が、私たちの拠り所になるのだそうで す。〔人間の巣〕が、〔世界市民〕を防護してくれるのだそうですよ。   いよいよ、1929年の世界恐慌/第2次世界大戦の入り口を超えるような、史上最大級の 不景気が警告され始めています。世界を動かしているエンジンが止まり、物資の世界的循環 が止まった時、そこに残されているのは、“自給自足型・農業社会”なのだそうです。単純な構 図ですね。   私たちは、“未曾有の文明の閉塞状況”に備え、しっかりと〔人間の巣〕/“万能型・防御力” を、世界展開しておきたいですね。支折さんは、いずれ、“世界経済の破綻/グローバリズム の破綻”は、やって来ると言っています。“文明の折り返し”は、必至だそうですよ。     1929年/世界恐慌の時...アメリカで発動されたのが、フランクリン・ルーズベルト大統 領の、“ニューディール政策”だそうです。このアメリカの大国家政策というのは、日本の〔明 治維新〕と同様に、世界史的な成功例として、高く評価されているのだそうですよ。   “ニューディール政策”というのは...“緊急銀行救済法”、“TVA(テネシー川流域開発公社)など の大公共事業”、“民間資源保存局による大規模雇用”だそうです。内需拡大/公共事業によ る...開発/発展型・巨大プロジェクトですね。   でも、このような開発/発展型のパラダイムは、もう破綻しているのだそうですよ。地球環境 は、もう限界に来ているそうです。有史以来の、豊かさの追求も、覇権主義も、自然征服も、グ ローバリズムの流れも、全てが、いよいよ、限界が来ているそうです」                           「私たちは、この未曾有の国難に際し...   【日本版/ニューディール政策】/〔大公共事業による、人間の巣の全国展開/21世 紀・日本列島改造計画〕を提唱しています。   この未曾有の国難は...文明スケールの、“大艱難(だいかんなん)時代”と連動し...1929 年の世界恐慌を超える、“文明の折り返し/生き方の大転換”になるのだそうです。その有 力な選択肢が、〔人間の巣〕になるのですね...   あ、ええと...〔バーチャル空間・女性総理大臣候補/秋月茜さん〕も、この【日本版/ ニューディール政策】を旗印に掲げ、“国民的・首班指名選挙/国民的・総理大臣”に立候補 しました。茜さんが、多くの支持が得られたと、大変感謝していました。     ええと...ですから日本の進路は、〔人間の巣〕/“万能型・防御力”の展開の方向で、ま ず、間違いはないのだと思います。それにこの政策は、“失敗のない政策”なのだそうですよ。 計画の1割が進行すれば、1割の成果があり...3割が展開すれば、3割の超安定社会が実 現するのだそうです。そういう過渡期があるわけですね。   そして、全国展開すれば、日本全体が〔未来型都市/千年都市〕を獲得できるのです。住 宅用の樹木を伐採することもなくなりますね。“自給自足型・農業社会”が安定化し、“究極的・ 地球温暖化対策”が本格展開します。   そういう意味で、【日本版/ニューディール政策】というのは、“失敗のない政策”なのだそ うです。また、〔人間の巣〕は、何処でも、誰でも、いつでも、バラバラに開始できる、多様化・ 分散化の開放系システムなのだです。分散化のシステムですから、全てが連動している必要 はないのだそうですよ。   ええ...日本が水先案内となり、実行して行けば...〔人間の巣のパラダイム〕は、世界 展開に拡大して行くのだそうで...そしてそれは、“究極的・地球温暖化対策”としても、絶大 な成果を上げるということです...」                         二宮江里香が、バインダーを胸に当てた。インターネット・正面カメラをまっすぐに見、再び 深く頭を下げた。 「では...」江里香が、ようやく緊張の取れた顔を輝かせ、支折の方を向いた。「支折さん、お 願いします」 「はい!」支折が、満面の微笑でうなづいた。「御苦労さま!   江里香さんの初仕事でしたが、しっかりと纏(まと)めたと思います。内容的にも、的確で、い いものでした」 「はい!」江里香が、胸に当てた手に、キュッと力を入れた。 「次は、もっと長いものをお願いすることになりますよ」 「はい!」 「ええと...」支折が、小指で髪をなで上げた。「では... 
		  〔人間の巣〕における、“医療・福祉の体制”という...具体的なテーマに入りたいと思いま す。これは、社会派・研究員の菊地良治さんにお願いします。   菊地さん...〔標準的=人間の巣〕/“自給自足型・農業社会”における...《医療・福祉 のスケッチ》...ということでお願いします。まず、全体状況の、大まかなスケッチから入りた いと思いますが、」 「はい...」菊地が、ゆっくりとモニターから顔を上げた。  <〔人間の巣〕における、医療のスケッチ・・・>                  「ええ...」菊地が、あらためてモニターに目を投げた。「まず...   〔人間の巣のパラダイム〕のもとでは...社会活動・生活全般が、自給自足型になります。 食料や関連産業ばかりでなく、医療サービス等においても、主体的・自律的にシステムが運営 されることになります。   これは一面では、高度・医療体制の後退という側面も出てきます。しかし、総体的な満足感 ということでは、より人間的なシステムになります。つまり医療体制も、〔人間の巣〕の単位で、 主体的に運営することになります。医療水準としては、従来よりもはるかに高いものが提供さ れるはずです」 「はい...」 「全体風景を、あえて言葉で表現すれば...   〔人間の巣/未来型都市〕の総合管理下で...“大家族的なマン・パワー”で、“慣習法” のもとに、“非営利的”に運営されるます。これだけでも、医療環境としては、理想に近づきま す。ただし、高度先端医療を、無制限に提供できるわけではありません...これは、経済原理 のもとで、今までもそうでしたが...」 「はい...」支折が、顎に拳を当てた。「自給自足の、平等社会ということですね...   生産性・第1主義ではないのだし、もし高度先端医療を多く導入したいなら、〔人間の巣〕の 生産性を向上させる必要がありますね。もちろん、そういう〔人間の巣〕の存在していいので す。ただし、生態系と協調できる範囲で行うということですね、」 「人はいずれ死んでいくわけです。不自然な形で、それに抵抗/介入しない方が、賢いのだと 思います。ま、これは、人生観や価値観の問題になりますね」 「その上で、何が提供できるかということですね。どのように、人生を送るかということですね」 「そうです」 「大自然と協調して生きる、人生観ということになりますね」 「ともかく...   “自給自足型・農業”が...生産性・第1主義ではなく、“労働集約型・農業”に変貌するよう に...医療サービ
		スにおいても、医療効率・第1主義ではなくなって来るとおもいます。もちろ ん、〔人間の巣/未来型都市〕で、衛生管理/隔離/緊急対応処置などの基本課題は、さら に徹底されるでしょう。   その一方で...“市民参加型/人間的医療看護”の方向へシフトして行くと思われます。例 えば、尊厳死を望んでいる人間に、“それはできない相談だ!”という様な、傲慢な医療体制で はなくなるでしょう」 「はい...」支折が小さくうなずき、まばたきした。「患者中心の、人間的医療ということかしら。 当然のことかも知れませんけど、」 「“医療は、人間の生と死の、1つの側面を見続けて行く”わけですが...“人間の身の丈に合 った、生と死の姿を体現して行く”と、いうことです」 「うーん...   これは、価値観や人生観をも内包した...非常に高度な人間的課題ですわ。だからこそ私 たちは、〔極楽浄土〕を求め続けて行くのだと思います。こうした課題を抜きにしては、〔極楽 浄土〕の建設はできないのだと思います...」 「ま...」菊地が、宙を見た。「そうですね...   ともかく...コンパクトな、高機能空間社会へシフトすることになります。この方が、人間にと っては、万事に都合がいいのです。医療環境の満足度という点でも、理想とするものが実現で きると思います。   そういう意味で、ホモサピエンスは初めて、〔人間の巣/・・・原初的・巣の社会形態〕を獲 得するわけです。これにより、“巣を持つ種/ホモサピエンスの亜種”として...“社会形態的 な進化の道”を歩むことになるのかも知れません。   まあ、そうしなければ、文明社会の壊滅”は必至という状況です。最悪の場合、“種の大量 絶滅”のコースに突入しますね。こうした社会形態の進化に関しては、関さんとも同意見です」   関三郎が、腕組みしながら、コクリとうなづいた。 「うーん...」支折が、関の方に顔を向けた。「環境への適応ではなく、進化なのでしょうか?」 「あえて...」関が、腕組みをほどいた。「進化という言葉を使わせてもらいました。しかし、定 義としては微妙な所です...   眼前の風景としては、適応なのかも知れません...が、長い人類文明史の上では、“社会 形態的な進化”と呼べるものに、体系化して行くかも知れません。我々が進化と呼ぶのではな く、後世の人々が歴史の中で、進化と呼ぶことになるのかも知れません」 「うーん...そんなものかしら...」 「現在...   
		理論研究員/秋月茜さんと協力し...“都市形態”と“巣の形態”との、比較考察を行って います...“文明都市から巣への移行”...というものは、今後、想像を絶する進化の可能性 を秘めているのです...進化とは、もともとが、そうレベルの問題なのです。   むろんこれは、都市のシステマチックな進化ということもできますが...それを越えて、巣の 領域へ入って行くということです。私たちは生態系との相互作用/環境圧力に対して、〔人間 の巣〕という“衣/・・・新たな殻/新たな皮膚”を獲得することになるのです。   これは、ホモサピエンスが、“火を用いたこと/言語を用いたこと/文明を発祥させたこと” に続くような、大きな飛躍になると考えますね...」 「はい...」支折が、細い顎を突き出し、サラリと髪を揺らした。「以前から言われていた、想像 を絶する進化の可能性とは...そういうことだったのですね...?」 「そうです...まだ、考察の段階ですが...」 「さて...」菊地が言った。「実質的に...   非常に楽な...ゆとりのある共同体社会で...高度医療ではなく、それなりに満足のいく 医療が実現できると思います。その上での、様々な価値観や、人生観の体現の場になります」  「でも...   〔人間の巣〕において、試行錯誤に入る前の段階/戦略的設計図の段階において...理 想とする太い線を、力強く、しっかりと、引いておくことが重要になりますわ...それが、私たち の仕事だと思います」 「その通りです!」片倉・所長が、両手を組んで、重くうなづいた。                                   
		「ええ...」菊地が、モニターをのぞきながら言った。「具体的な話に移りましょう。医療技術支  援などについてです...   こうした分野は、情報革命の中で、より広域的な情報支援体制が敷かれるものと思われま す。また、医療教育/医師・技師・看護師等の育成プログラムなどについては、人材を医療学 園都市などに派遣して、〔人間の巣〕の単位で、主体的・計画的に実行されて行くことになりま す。   ええ、医療学園都市の運営主体・財政支援などについては、後で別途考察します。これは、 〔人間の巣〕の枠を超える、もっと広域的な課題になりますね、」 「はい」 「ええと...それから...   医療設備などの財政措置も、全て自己責任ということになります。〔人間の巣〕の、“自給自 足型・生産体制”の中で、主体的に整備・管理するということです。高度な医療設備が欲しい のなら、市民合意/市民負担で購入し、技術者も自らの財政負担で育成することになります。   また、 
		難かしい病気等に関しては...医療学園都市などへの搬出も考えられます。その方 が、適合している場合もありますね。ただし、その予算措置/費用なども、原則的に〔人間の 巣〕が負担することになります...」   支折がうなづいた。 「これはつまり...   〔人間の巣〕の中での平等性は、“慣習法的に保証”されますが...全国民が、全て平等と いうことではありません。医療に熱心な〔人間の巣〕もあれば、宗教に熱心な〔人間の巣〕もあ るということです。これは〔人間の巣〕の運営の、価値観の多様性の中での選択肢ということ になります。   また、資本主義のダイナミズムを取り入れている〔人間の巣〕では、勝者と敗者/支配者と 被支配者が明瞭になります。努力した勝者は、より多くの権力と富を持ち、医療サービスも最 高のものを享受できるでしょう。一方、敗者はその逆になり、上を目指すことになります...  
		多様な価値観を持つことは、多様性・複雑化/分散化の中では、それこそ自由なのです。た 
		だし〔人間の巣のパラダイム〕による、厳格なルールが存在します。つまり〔人間の巣〕とは、 “自給自足型社会”であり...そのダイナミズムは、経済であれ宗教であれ、〔人間の巣〕の 内部に限定されるということです。   その単位で、〔理想郷〕を建設すると言うことですね...それが、多様性・複雑化/分散化 
		の中での、〔理想郷〕を建設するバランスのとれた姿です。そのエネルギーが外部へ作用し始 めると、覇権が起こり、生態系の喧噪/食物連鎖の喧噪の姿が復活します」 「ともかく...」支折が、唇に指を当てた。「人類は...野生の喧騒から、文明種族への昇華を 果たしているということですね...   現在は、とても褒められた状態ではありませんが、それでもいよいよ、“文明の第3ステージ /意識・情報革命”へ昇華しようとしているわけですね...うーん...そのカギとなるのが、 
		〔人間の巣のパラダイム〕ということですよね...」 「そうです...そして現在は、深刻な人口爆発の状態にあります」 「これが、覇権競争をやっていては、どうしようもないですね、」 「その通りです...したがって、ダイナミズムは“細胞”の中、〔人間の巣〕の中に限定します。 その小単位によって、〔理想郷/極楽浄土〕の可能性が出て来るのですが...この課題は、 
		《極楽浄土のインフラ建設》で、高杉塾長が考察していますね」 「はい、」 「ともかく...   他の〔人間の巣〕も...“自給自足型社会”であり、隷属や支配を受けるいわれもないわけ ですね。“覇権主義は20世紀以前の遺物”です...〔人間の巣〕の間での“慣習法的・権威” や、“文化的優位性”、あるいは“特産物による経済的優位性”までは否定しませんが、それは 隷属・支配とは違います」 「全体として...緩やかで、穏やかな、ゆとりのある、“自給自足型社会”だということですね」 「そうです...   まあ、そうはいっても...現実には、相当強力な調整や管理が必要になります。そのため に、広域行政サービスや、“世界政府”の緩やかな管理が必要でしょう。   大災害...感染症...全生態系の復元事業...全生態系の監視業務...それらに加え て、これまでの歴史的経緯から、紛争等の調整も、“世界政府”の主要な任務の1つになると 思います。   これらを総括すると、〔人間の巣のパラダイム〕の維持・推進ですね...これは、生物個体 の頭脳に当たる総合調整の役目です...広域行政サービスは、さしあたり臓器でしょうか、」 「うーん...そうですね、」 「最も危険な因子は...相変わらず、“人類の暴走”なのです。ともかく全ての元凶は、人口の 爆発的増加と、科学技術の暴走です。この暴走と言うものを、“世界政府”はしっかりと押さえ 込んで行かなければなりません」   <“都市”から“巣”へのシフト>  
                             「はい...」支折が、うなづいた。「ええ、話を戻しますが...   これまでも、全ての国民が平等な医療を享受していたわけではありませんね。地域格差や、 経済格差が歴然としてありました。それに、設備・技術・習熟度という面でも、それこそ、まちま ちの医療サービスでした。それが、〔人間の巣〕の単位で、平等になることはいいことですわ」 「そうですね...   人類は、頭脳の進化によって...最初の地球文明/巨大文明を開花させました...これ は、生命潮流によるプログラム的開花かも知れませんね...もちろんこれは、異論もあるとこ ろだと思います...   しかし、ともかくホモサピエンスは、その文明の力によって医療が徹底され、弱者をも等しく 救済して行く道を開拓しました。病気や怪我をしても、そのことによって、自然環境から淘汰さ れること無く、治癒するゆとりが保証されたわけです。また、たとえそれが、遺伝子による欠陥 でもです...この遺伝子の欠陥という所は、進化のベクトルの上で、非常に重要になります」 「そうですね...」 「さて...関さん...」菊地が、関の方に肩を回した。「そうした上で...   人類文明は、新たに、〔人間の巣〕/“万能型・防護力”を獲得しようとしています。これは、 ホモサピエンスにとって、“非常に強固な社会的・殻”になりますね。現在、理論研究員/秋 月茜さんと考察を開始されたようですが...“都市”と“巣”とは、基本的にどのように違うの ですか...つまり、一言で言うと...?」 「ま...」関が、体をのり出した。「現在、まさに考察中なわけですが...   “都市”と“巣”とは、基本的な違いがいくつかあります。単純な“鳥の巣”では問題になりませ んが、社会性を持つハチやアリの“巣”となると、相当に大規模な巣が存在しますから、そうい うものが研究対象になります。実際、我々が参考にしているのも、“巨大なアリの巣”のようなも のです」 「で...“都市”と“巣”とは、どのように違うのでしょうか?」菊地が重ねて聞いた。 「まだ、考察を始めたばかりだと、まず断わっておきましょう...   それに、生物学における、既存の学問的成果というものも、蓄積されているはずです。その 上で、まあ、専門外の私に言わせれば...“人間の都市”と“動物の巣”との違いは...“巣” の方が、規格統一/シンプルに洗練されているということですね...   自然界の創造物と人工的創造物の比較の常ですが、“自然界の創造物の方が、桁違いに 優れている”ということです。その奥深い想像力には、人間の創造力などは、はるかに及ばな いということです。   例えば、精巧なロボットにしても、ようやく二足歩行です。それは、雑多な昆虫類にも遠く及 びません。人工的創造物は、まず自然界の模倣から始まるのです。〔人間の巣〕にしても、同 様なのですね。 人類は、〔人間の巣〕を展開するに当たり、生態系において本能で作られる巣の形態というも のを、もっと深く知る必要があります。その外見上だけでなく、体系的に深く組み込まれている 仕組を知る必要があります。   こうした高度な知恵/生存適応能力が、いったい何処から発現しているのかということも、1 つの大問題です。しかし、それはまあ、イワシやイカが群れを作るのと同じですね。本当の深 い所の意味は、外部から眺めているだけでは分かりません...」 「そうですか...」菊地がうなずき、モニターに目を流した。 「ともかく、現在言えることは...   〔人間の巣〕は、“都市”と“自然界の巣”の、中間段階のものだということです。まだ、“巣”と 言える段階ではありません...“巣”とはもっとシームレス(縫い目なく)に、システマチック(組織的) に一体化しているものだと思います...今はまだ、こんな程度のことしか言えませんね」   菊地がうなづいた。 「ええ...」支折が首をかしげ、顎に指を当てた。「〔人間の巣〕は...基本的には、自然界に 存在している、“ハチの巣”や“アリの巣”に近似して行くということでしょうか...ともかく、そう いう形式で、生態系との相互作用をとって行くという流れだと思います...   “ハチの巣”や“アリの巣”の姿というものを、もっと深く研究してみる必要がありますね。文明 的・破壊力を持たない彼等は、生態系と融合していますわ。その適応性を深く学ぶべきです。 “人間の生き方”をその方向へシフトするわけですから、徹底的に考察する必要がありますわ」  「そうですね...」菊地が言った。「それは、やってもらいましょう」 「はい、」   「ともかく...」菊地が言った。「現段階では...   〔人間の巣〕は、どの程度の人口規模が最適か...またそれが、どの程度に広域的にネッ トワーク化し...どの程度に交流するか...これによって、まず、大枠が決まって来るという ことです。それによって、どの程度に分業化を許容し、相互扶助が保証されるかということにな りますね。   当然、 “規模が大きければいい”というわけではありません。私たちは、グローバル化の暴 走から、“究極的な規模/世界が1つになった状態”の、脆弱性(ぜいじゃくせい)をイヤというほど 知っています。そこで起こる、輻輳(ふくそう)する破局を、現在では、十分に理解しているというこ とです」 「はい、」支折がうなづいた。「ええ...何度も言って来ていることですが...   グローバル世界の直接的な脅威は...まず、パンデミック(世界的大流行)を引き起こす感染症 の被害です。それは、新型インフルエンザに限定されたものではありませんね。新型肺炎・SA RSもあますし、西ナイル熱や、デング熱もあるわけです。   それに、エイズ・ウイルスやエボラ・ウイルスなどの、アフリカ系の感染症も独特の脅威とな っています。感染症を取り上げただけでも、グローバル世界にとっては、壊滅的被害が想定さ れるわけです。しかも直接的被害だけでなく、地球のネットワークが破壊され、膨大な2次3時 の被害が広がるということです」   菊地が、無言でうなづいた。 「ええと...   〔人間の巣のパラダイム〕は...グローバル化とは逆の流れになるわけですわ。多様性・ 複雑化、そして分散化の流れをつくり出します。これは、感染症を抑制して行く流れになります ね...   うーん...また、余計な事をくり返してしまいましたが...ええと...基本スケール/基本 尺度/基本単位は、〔人間の巣〕になるということですね...〔人間の巣〕が、1つの細胞/ 生命の基本単位/生命の最小単位に相当します。この細胞/〔人間の巣〕が、壮大な人類文 明を、“言語的・亜空間座標”に構造化して行く原動力になります。   こうした〔人間の巣のパラダイム〕で、“世界人口が、どれぐらいのスピードで抑制されて行 くのか”、ということですわ。現在は、〔人間の巣〕を展開することが最大課題ですが、次の段 階では、“人口減少のスピード”というものが、最大課題になって来ると思います...」 「うーむ...」菊地が、椅子の背に体を起こした。「まあ、ともかく...   難かしい病気や感染症どに関しては...〔人間の巣〕を越えた研究補助・国家補助を考慮 してもいいのかも知れません。もともと、そうしたものは、広域行政サービスの問題ですから、」  「はい...」支折が、少し腰を浮かせた。「ともかく、行政組織の考察は後ですることにしましょ う。道州制や、国家体制や、“世界政府”の課題ですね、」  「ああ、いや...」菊地が、指を立てた。「一言だけ、コメントしておきます」 「はい」   「行政サービスの役割が大きくなり過ぎると、大きな政府になります。そうなると、“自給自足・ 自主独立”の姿に逆行することになります。これは、今言ったように、〔人間の巣パラダイム〕 とも矛盾してくることになるわけです...」    支折が、うなずいた。 「そうした、広域ネットワークは、いずれにしても存在することになります...   そして、その輸送・交通ラインは、これまでと比べると、非常に細いものになると思います。 一方、情報革命が進行しますから、情報ハイウェイの方は、非常に太く高速なものになると考 えられます。   このあたりは、実際には、どのように考えられるのでしょうか...バーチャル空間では、まさ に世界は1つになって、突き進むのでしょうか...?」 「難しい課題です」関が、短く言い、口の上に拳を当てた。 「しかし、確実にやって来ます...」菊地が、関を見て言った。 「うーむ...   インターネットによる、バーチャル空間が成立した以上は...それが、完全に消滅してしま うということはないのだと思います。それは、生命潮流の中で、継承されて行くのだと思います ね...例え、ホモサピエンス文明が滅亡してもです...   それは、“思念エネルギー/巨大な夢の塊”となって、この地球生命圏の近傍に存在し続け るのだと思います。あるいは記憶として、“36億年の彼”の人格に溶け込み、それなりの意味 を持つのかも知れません」 「そんなものですか...」菊地が、ボンヤリと関を眺めた。 「まあ...   その“夢の器”は、まさに“もう1つの空きニッチ”のようなものでしょう。一見、フォーマットさ れたような、膨大なメモリー空間に例えたらどうでしょうか...ホモサピエンス文明の後は、そ の開拓された膨大なメモリー空間に、さらに稠密な、別のストーリイが構造化して行くのかも知 れませんね...」 「でも...」支折が言った。「どうなのかしら...   こうした情報ハイウェイを必要とする人々は、それほど多いのかでしょうか?これは医療を はじめとして、様々な技術支援や情報サービス、広域管理などにも使われるものですが... 一般人は、それほど必要とするものかしら?“スローフード/スローライフ”の、普通の日常生 活の中で...?」  「そうですね...」菊地が、口に拳を当てた。「大自然と共生し...“スローフード/スローライ フ”を享受する人々には、情報ハイウェイは必要ないのかも知れません。ただ、こうした問題 は、何も今からデザインする必要はないのだと思います...ちょっと気になっていたもので、 一応コメントしたまでです」  「うーん...でも...   情報ハイウェイのあり方は...初期デザインがその原型を形成して行きますわ。最初の“自 己組織化による水路付け”が、非常に重要なものになりますわ...」 「最初の分水嶺の雨水が...」関が、天を仰ぐようにして言った。「山の原型/山と渓谷の原 型を削り出して行くわけです...   つまり、【人間原理空間】の、歴史ストーリーの原型”を削り出していくということです...ま あ、ビビる必要はありませんが...“その意義/意味する所”は、しっかりと認識しておくべき ですね...   私たちは、ホモサピエンス文明史の最先端を...まさに、そのペン先で...【人間原理空 間・ストーリイ】を書いているということです...それは、“巨大な夢の塊”として、どこかに記 憶されて行くのでしょう...ただ消滅するだけではないのです...夢にも、何らかの相互作用 があります...」 「山の原型の削り出しは...」支折が言った。「修正/やり直しが効きませんものね...」 「そうです...」関が唇を結び、支折を見つめた。 <ヒトの器官の進化・・・意識の進化>                                 
                
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