プロローグ
・・・構造的/既得権/巨悪の影が・・・
シンクタンク=赤い彗星ビル3F/インターネット・オープン・ルーム
窓から、朝の微風が入っていた。支折と江里香が、その風を受け、外を眺めていた。
草原には、すでに日中の猛暑を予感させる空気がよどんでいる。眼下には、夏の花々
が、まるで雑草のように咲き乱れていた。
インターネット・カメラの1つが、すでに二人を補足していた。その姿をモニターに映し出
している。やがて、カウントダウンが始まり、カメラにランプが点灯した。支折が、バインダ
ーのメモ読み返した。ランプが...赤...黄...青と変わった。
「お久しぶりです!」支折が、頭を下げた。「星野支折です!
激動の2008年も、夏が巡って来ました。“2008年/洞爺湖サミット”も終わり、時代
の通過点と変わりました。サミットの結果については、ご存知のように、〔世界市民〕が落
胆するものでした。
世界のリーダー陣は、“持続可能な開発/・・・経済発展”というパラダイムを、超える
ことができなかったということです。これは政治の逡巡であり、それゆえにサミットの空洞
化が顕在化して来ました。来年以降は、どうなるのでしょうか...」
支折が、メモに目を落とした。
「でも...“洞爺湖サミット”は、無駄ではなかったと思っています...
人々が集い、“地球温暖化”と、“文明の危機”で、深い共通認識を持ったのではない
でしょうか。そして、いよいよ、“文明の折り返し”がやって来ていることを、確信したと思
います。“グローバル化/資本主義の暴走/歴史的・既得権構造”の中で、“文明の折
り返し”という共通認識が醸成されるには、やはり多少の時間がかかるのだと思います。
もし今後、着実に〔人間の巣のパラダイム〕が、世界展開されて行くのであれば...
今回の時間的ロスは吸収できるでしょう。人類文明に、“大艱難(だいかんなん)/巨大危機
の輻輳”が、大津波のように押し寄せて来ています。
私たちは、この人類文明史的な“大艱難/大試練”に対し...〔人間の巣〕/“万能
型・防護力”を展開し、“文明の折り返し”を果たしていく必要があります。これが、人類
文明が存続し、次のステージへ上昇して行くための...〔極楽浄土・パラダイスへの門
/超越的領域への門〕...ということになります...」
江里香が、横で大きくうなづいた。
「ええと...」支折が、窓から1歩離れながらメモを見た。「今回は...
その初期段階...〔人間の巣〕における...《新・社会形態の創出》ということを考
察します...ハードウェアーよりも、ソフトウェアーの方...その社会性の方を考察した
いと思います。ハードウェアーとしての究極の“地球温暖化対策”と、“万能型・防護力”に
ついては、これまで、重ねて説明して来ています。
ええ...ソフトウェアーの方...現在、日本社会でも非常に閉塞感のある...政治/
行政/文化/教育/医療/福祉...など、様々な現実的課題が、〔人間の巣〕に移行
した場合、どのように改善されるかということですね。今回は、そのことを考察したいと思
います...」
江里香が、1歩さがって、支折の後を歩いた。支折が、プロジェクターで映された壁面
スクリーンの方を眺めた。
「世界構造の面でも...」支折が、大型スクリーンの方を眺めながら言った。「〔世界市民
の版図/・・・世界市民の生活〕に...構造的/巨悪の影が...クッキリと投影される
時代になりました。
これは、“資本主義の暴走/ギャンブル化/ヤクザ化”に、起因しているものと思われ
ます...明瞭な資本主義の劣化です...“慣習法/世界市民の合意”から乖離した、
“資本の原理/資本市場システム/経済至上主義”が、空洞化/劣化/空転を引き起こ
しています...
アメリカ発の“サブプライムローン問題”...“反社会的な投機マネーの暴走”...そし
て、“核兵器の拡散/原発の拡散”などは...まさに、その典型だと考えています。
また...現在の世界システムのバックボーンになっている、“核戦略体制・覇権体制”
もまた、空洞化しているということですね...アメリカは、老朽化核弾頭を、新設計のRR
W(Reliable
Replacement
Warhead)/高信頼性・代替核弾頭に総入れ替えするという、25カ年
計画に着手しています。
アメリカは、そのための新型・核弾頭/RRW1を開発していますが、“覇権体制/覇
権主義”そのものが、20世紀の遺物として沈没しつつあるということです。世界構造の中
で、巨大な軍事組織・巨大な軍需産業は、壮大な無駄になりつつあるということです。こ
れを取り除くことだけでも、“地球温暖化対策”に大きく貢献します。
ええ、こうした過渡期の、人類文明の曲り角の中で...今回はより身近な、私たちの
生活面を考察しようと思います。生活の座標から、世界構造を俯瞰(ふかん/高いところから見下ろ
すこと)してみようと思います。
日本も世界も、構造的・閉塞状況に陥っています。文化・文明そのものが、非常に逼迫
(ひっぱく)して来ているのを感じます。こうした事態の、緊急の打開策としての...〔人間の
巣の展開〕...を考察してみます」
支折が、後ろについてくる江里香をの方を見た。
「今回は...
<
シンクタンク=赤い彗星>のメンバーが中心となります...所長の片倉正蔵さ
ん...工学関係で、高杉・塾長とも似ていると言われる、関三郎さん...そして、社会
派の菊地良治さん...それに、《神と霊魂の統合》を担当されている、トランスパーソナ
ル心理学の、綾部沙織さんにも参加していただきました...」
「あ、そうそう、それと...」支折が、江里香にこぼれるような笑みを浮かべた。「普通の
女の子を自称している、<
シンクタンク=赤い彗星>の事務・担当/二宮江里香さ
んにも参加していただきます...江里香さん、よろしくお願いします」
「あ、はい!」江里香が、深く腰を折って頭を下げた。「よろしくお願いします!」
二人は、作業テーブルの方へ歩き、それそれの席に着いた。
〔1〕
〔人間の巣〕
は、“多細胞生物の細胞”・・・
「ええと...」支折が、作業テーブルを見回した。「皆さん、よろしくお願いします...
綾部沙織さんは...一緒の仕事は、今回が初めてになりますね。でも、お仲間ですの
で、お互いによくご存知と思います。沙織さん、よろしくお願いします」
「はい...」綾部沙織が、柔和な顔をほころばせた。「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ええ...さっそく、本題に入りたいと思います...
日本社会が...〔人間の巣/未来型都市〕へ移行した場合...政治/行政/文化
/教育/医療/福祉...など、様々な難題が、どのように変わって行くのかということで
すね。これまでの考察で、その概略は浮かび上がってきていますが、今回はもう少し、具
体的に考察してみます。
つまり...日本国民/〔世界市民〕が直面している...現在の閉塞感/閉塞状況に
対する、論理的・打開策という位置づけになります...つまり...
気候変動に対応する、既存社会インフラの限界・・・
競争主義/市場原理主義の、マラソンによる疲弊・・・
核兵器体制/覇権主義の、文明史的な終焉と終止符・・・
こうした...文明史的背景/時代的大課題は...戦術レベルの対策では、どうにもな
らない所まで来ています。加えて、“地球温暖化/飢餓・人口爆発/感染症圧力の増大”
など、グローバル危機が輻輳して、津波のように押し寄せて来ています。くり返しますが、
パラダイムシフトは不可避だということです」
支折が、天井を滑らかに動く、インターネット・カメラを見上げた。
「ええ...」支折が、カメラを見上げながら言った。「こうした大問題を...市民レベルの
目線/生活目線で...明日の生活をどうするかという視点から、考察してみようと思いま
す...こうした生活目線が、そして“スローフード/スローライフ”の流れが、実際に民主
主義的な、政治の奔流を作り出して行くのだと思います...
ええ...久しぶりですので、前置きが長くなってしまいましたが...片倉さん、まず喫
緊の課題である、私たちの医療/福祉などは、〔人間の巣〕への移行すると、どのように
変貌して行くのでしょうか?」
「そうですねえ...」片倉が、無造作にマウスを動かした。「まず...
〔人間の巣〕への移行...日本における具体策としては、【日本版/ニューディール
政策】/“大公共事業による日本列島改造”と言っても...過渡期の問題があります。
急激に、そうなるというものではありません。そもそも、民主主義的課程を経て、国民望め
ば、〔人間の巣/未来型都市〕への移行は、可能だということですねえ...」
支折がうなづいた。
「しかし、そうは言っても...
喫緊の文明の流れとして、多くの選択肢があるわけではないでしょう。また、時間的余
裕も、ほとんどないのが現実です。当面、間違いのない方向へ歩き出すものとして、〔人
間の巣のパラダイム〕が選択されると言うことです。
この他に、今の所、“パラダイムの選択肢”は無いように思います...太陽系開発で
は、大宇宙植民は不可能ですし...海底都市では、〔人間の巣〕以上に難しいものがあ
ります...人類文明が軟着陸する手段は、この地球表面における、〔人間の巣〕の展開
の他には、無いように思います...
これに失敗すれば...古生代の末期、中生代の末期のような、地質年代的な生態系
の激変を引き起こすと考えられます。“種の大量絶滅”です。そして、その後の、広大な空
きニッチには、全く異質な地球生命圏の姿が...広がって行くのかも知れません...」
「はい...
もし、〔人間の巣〕へ移行しなかった場合は...ハードランディングとなり、生態系に
よる淘汰が進むということですね。まず、ほんの一握りの人類が、奇跡的に、生き残って
いけるかどうかという状況ですね...
あるいは、〔人間の巣を獲得した人々〕だけが...その過酷な環境を、生き抜いて行
けるかどうかということですね...コンパクトな〔未来型都市〕で、文明を維持し、生態系
の激変を耐え抜いていくということですね...」
「それゆえに...」片倉が言った。「今...“文明の折り返し”が、必至なのです...
〔人間の巣のパラダイム〕は、安定指数の高い、最終的な選択肢だと、私は確信して
います。現在、CO2の排出量取引/クリーン・エネルギーへの転換/原発の普及・世界
的拡散、などが進行していますが...究極的形態/着地点となると...やはり、〔人間
の巣〕になると考えますねえ...」
「はい...」支折が、フワリとしている髪をなでた。「それなら...
最初から、〔人間の巣〕を展開して行くべきだということですね...それで、“万能型・
防護力”も獲得できます...これは、生態系では、〔超越的領域〕になりますわ。でも、そ
れゆえに、開放系システムとしての生態系との相互作用を、慎重に維持しなければなり
ませんね」
「その通りです」
「くり返しになりますが...
人類は、“地球温暖化/飢餓・人口爆発/感染症圧力の増大”の、現状に対して...
“万能型・防護力”を獲得し...かつ、〔生態系との協調型パラダイム〕に、シフトして行
くということですね。それなら、片倉さん...なんとか、軟着陸が可能なのでしょうか?」
「さて、先のことは分かりません...しかし、それが最善の策ということでしょう...
アメリカの、トルネードやハリケーンを克服するのも、〔人間の巣〕なら容易でしょう。ア
ジアの台風やサイクロンも同様です。それから、大地震や大噴火、厳しい自然環境に対
処するのも、〔人間の巣〕なら、最大限の防御が可能だということです。
これは、発展途上国でも対処できる、〔新・文明スタイル/未来型都市〕です。完成す
れば、〔千年都市〕になり、以後、環境破壊が進むこともありません。生態系は、安定化
し、複雑性と多様性を取り戻すでしょう。私たちも再び、感動というものを取り戻して行け
るでしょう」
「はい...」支折が片倉を見つめ、コクリとうなづいた。
「紛争地域の問題解決も...〔人間の巣〕という安定した器と、自給自足型・農業社会に
なれば、おのずと終息して行くでしょう...飢餓・人口爆発という難問も、自給自足型・安
定社会でこそ、解決へ向かい、軟着陸が可能なのです」
「はい、」支折がうなづいた。「そこで...
今回の...〔人間の巣〕の社会形態の考察に入りたいと思います。今、日本で問題に
なっている、医療/福祉などは、具体的に、どのような形態に移行するのでしょうか。現
実問題として、国民にとっては、そのことに非常に関心があると思いますが、」
「その前に...」片倉が、申し訳なさそうに手を立てた。「まず、社会の基本単位という問
題で、一言、コメントしておきましょう...
このパラダイムの真髄は...〔人間の巣/未来型都市〕が...全ての社会基盤/
生活基盤になるということです...細胞が、生命の最小基本単位であるのと、非常に似
たイメージかも知れません...」
「はい...」支折が髪を揺らし、反対側に頭をかしげた。
「文明全体の中での...〔人間の巣〕とは...
そう...多細胞生物の、1個の細胞に例えたらいいと思います。私たちは、〔人間の
巣〕の考察に当たって、人類文明全体の形態を...比較的単純な、“多細胞・生物体”を
モデルにしてみました...
こうした、基本形態の考察については、後で考察して行くことになると思いますが、過
渡期の問題があります。こうした全体構造があることを、まず頭に入れておいて欲しいと
思います」
「はい...」支折が、唇を拳で押さえた。「高杉・塾長が指摘していた...“新陳代謝シス
テム”の導入ですね?」
「そうです...」片倉が、マウスの上に手を載せた。「しかし、これは...これまでの考察
を推し進め...今回初めて登場させたモデルです。プラナリアほど単純ではなく、スルメ
イカぐらいの動物か、あるいは植物でいえば、リンゴの木に例えてみました...」
「人体ではなく...」支折が、唇に微笑を浮かべた。「スルメイカか、リンゴの木ですね?」
「そうです」片倉が、投げ出すように肩を揺らした。
「うーん...リンゴの木ですか...」
「まあ、60兆個の細胞からなる人体では、少々複雑すぎます」
「うーん...世界人口が65億では...桁違いですね」
「せいぜい、スルメイカで十分でしょう...
その1個の細胞が、〔人間の巣〕に相当します...何故、このようなアナロジー(類推)に
したかと言うと...つまり生物体は、生態系と相互作用を持つ、“完璧な永続性のシステ
ム”だからです。“1つの人格を持つ/安定した永続性システム”を、文明形態に取り入れ
るということです。ここが大事です...」
「うーん...」支折が、首をひねった。「スルメイカの頭脳が...つまり、“地球政府/世
界政府”というわけですね、」
「はは...」関三郎が、陽気な声で笑った。「ちょうど、そのぐらいの頭脳ですね...それ
に、イカの神経というのは、非常に分かりやすいのです。ともかくスルメイカも、立派な1つ
の生命体です。必要なものは、すべて備えています」
「それは、そうでしょうね、」支折が言った。
「ま...」片倉が、関の方を見て砕けた笑い方をした。「これを考え出したのは、関君です
がね...しかし、人類文明全体を、1つの人格を持ったスルメイカにたとえれば、学ぶべ
きことは非常に多くあります...その統合性は、人類文明の比ではありません...」
「高杉・塾長が...」支折が言った。「地球生命圏の広がりを...“36億年の彼”とし
て、1つの人格を与えたのと似ていますわ...そうなのかしら...?」
「鋭いですね、支折さんは...」関が、ニッコリと笑った。「実は、そういうことです...」
「何といっても...」片倉が言った。「独立した生命体は...完璧な“新陳代謝システム”
を持ち、“しなやかな永続性”を備えています...私たちが机上で考えたものとは、レベ
ルが違います...
そして、重要なことは、生態系と相互作用し、“36億年の彼”ともリンクしているという
ことです。これまでの人類文明ように、自然は征服するべき対象ではなくなります。世界
の深淵を知り、世界の深淵と共生して行くというスタンスです...征服などは、本来不可
能なことです」
支折が、瞬(まばた)きしてうなづいた。
「まあ...」関が言った。「実際の文明の姿は...
そうですね...スルメイカよりも、リンゴの木の方が近いでしょう...自給自足で光合
成をし、美しい花を咲かせ、豊かな実を付けます。また、自然環境に耐え...静かにそ
れをくり返して行く...意味も無く、くり返していくのです...
生態系と協調
して生きて行くとは、全体スケッチとしては、そういうことですね。そのくり
返しに、意味はありません...生命は、ひたすら、その無意味な努力をくり返して行くわ
けです。それが、生命潮流のベクトルです...
まあ、生存/存続に意味を見出すのは...文化・文明であり、死生観からくる独特の
価値観になりますね...ともかく生命体は、生存/存続の方向へ、膨大な動因がかかっ
ています。私たちは、その動因によって生かされ、存続し、流れて行きます。
その生存/存続の営みに、意味はないのです...ただ、そうしたリアリティーの中に、
“我/・・・主体性の鏡”が発現しているということです...“私/・・・この主体性の発現”
こそが...まさに“神”に祈りたくなるような...最大の謎ですね...この相互主体性こ
そ、まさに“命の形”であり、“意識の形”なのです...」
綾部沙織が、唇を結び、ゆっくりと関三郎にうなづいた。
「うーん...」支折が、口に手を当てた。「話を戻します...ええと...〔人間の巣〕は、
リンゴの木の...1個の細胞に相当するいうことですね?」
「そうです...」片倉が言った。「その“スルメイカ/リンゴの木”の...1個1個の細胞
が、〔人間の巣〕に相当します。私たちは、そのようにモデル化してみました。
ご存知のように、生命の最小単位は細胞です。細胞は、それぞれが独立していて、生
命として立派に存続して行ける単位です。単細胞生物は、ウイルスのように他に依存す
ることはなく、それだけで“自己増殖”し、“新陳代謝”をし、強いアイデンティティーを持っ
ています」
「その細胞が...」支折が言った。「〔人間の巣〕のモデルということですね。たった1個
の細胞が残っても、生態系と相互作用し、生存して行く可能性があるわけですね。完璧な
開放系システムとして...」
「その通りです...
〔人間の巣〕の社会形態としては...多様化・複雑化を許容します...自由に、合理
的に、それそれが、多様な形態をとればいいでしょう。〔人間の巣〕で、それぞれが、〔理
想郷〕を創出して行けばいいのです」
「ただし...」支折が言った。「“リンゴの木”という、制約を超えない範囲で...ということ
ですね、」
「そうです...
おそらく、これ以外の方法では、〔極楽浄土/理想郷〕を創出するのは、難しいのでは
ないでしょうか。人類文明はこれまで、様々な社会形態を試行錯誤してきました。しかし、
それが巨大な構造体になると、多様化・複雑化ベクトルとぶつかって来ます。これは、支
折さんたちが考察してきたことですが...」
「はい...」支折が、頭をかしげた。「官僚機構がよい例ですわ...
巨大な官僚機構/共産主義社会は、その非効率性で崩壊しました...やはり、人間
サイズということを考える必要があったのですわ。現在のグローバリズムが行き詰まって
いるのも、やはり人間サイズということを忘れてしまったからです」
「まあ...“家族という最小単位”では、生きていくのが難しいですねえ...
自然界では、そういう選択肢もあるのですが、家族単位では、文明社会は形成できま
せん」
「つまり...」支折が、反対側に頭をかしげた。「釈尊/・・・仏陀が言われるように...
“過度の苦行は不要”であり...“中道を行け”ということなのかしら...?」
「まあ...」
関が言った。「そういうことかも知れませんね...適正規模の、〔人間の巣〕
で、歩んで行くのがいいということでしょう...
東西冷戦構造時代の中で、資本主義が共産主義に勝っていたのは、自由主義という
自由度があったからでしょう。もともと、地球表面/生態系空間では、生命潮流ベクトル
の、多様性・複雑化というバイアス(偏向)がかかっています。画一主義/官僚主義という
硬直性は、相性が良くなかったということですね。
まあ、現在は...その資本主義・自由主義も、巨大構造化して、暴走/ギャンブル化
で、手の付けられない状態になっていますね」
「うーん...そうですね...
日本社会の閉塞的状況も...アメリカの、トルネードやハリケーンも...ドイツの“脱・
原発”も...すべて〔人間の巣〕で、乗り切っていけるということですね。それから、中国
の社会混乱も、〔人間の巣〕の展開で、乗り切っていって欲しいと思います。〔人間の巣〕
なら、それが可能ですわ」
「うーむ...」片倉が言った。「そうなってくれると、いいですねえ...」
「正しい道は、1本なのかも知れません」関が言った。「インドやバングラディシュでも、〔人
間の巣〕の展開だけが、社会安定化の道かも知れません」
「それを言うなら、」支折が言った。「世界構造全体がそうですね。〔人間の巣〕の世界展
開が、喫緊の課題だということですわ」
「まあ、その通りでしょう」片倉が笑った。「その、“文明の折り返し”が、喫緊の課題なの
です」
<人間の巣/標準的・未来都市モデル・・・>
「さて...」片倉が言った。「今度は、考察に当たっての基本条件です...
〔人間の巣〕と言っても、多様なものがあります。また、その多様性・複雑化は、大いに
歓迎するものです。しかし、具体的に考察するとなると、基本的な要素や、標準値いうも
のが必要になります。まず、考えなければならないのは、〔標準的=人間の巣〕というこ
とですね。
つまり、最も多数を占める〔人間の巣〕は...私たちは、“自給自足型・農業都市”だ
ろうと考えています。それは、支配階級の存在しない、“原始・共産主義社会”のような形
態が、〔原型的=人間の巣〕だということですね。
人口規模は...とりあえず、数万人としておきましょう...こうした〔人間の巣〕が、さ
らに数個ほどが連携し、30万人ほどの近隣の〔人間の巣〕が、ゆるく交流することになり
ます...その上に、道州制や国家、そして“世界政府/地球政府”のような、広域的サ
ービスが展開するという風景です」
「はい...」支折がうなづいた。
「観光地や...または、臨海地/漁村などは...その業務に対応しますが、原則的に
は、“自給自足型・農業都市”という形にしたいと思います...それぞれの屋外業務施設
は、散在することになると思いますが、居住空間としては、〔人間の巣/未来型都市〕に
置くことにします...それが、ホモサピエンスの領分ということです」
「あくまでも...」支折が言った。「〔人間の巣〕と、“自給自足型体制”が、主体になると
いうことですね?」
「そういうことです。生産効率や、利潤追求が、第1ではない社会です...“スローフード
/スローライフ”のパラダイムになっているということですね。このソフト/意識の変革が、
まさに“文明の折り返し”の真髄になります」
「私たちは、ここで...“物質的欲望の原理/市場原理主義”を越え...“人間性の原理
/スローフード・スローライフ”へ回帰していくということですね、」
「まあ、回帰ということですが...
かつてのように、戦争の影におびえ、覇権の影におびえるものではなく...より純粋な
形で、“人間性の原理の確立した社会体制”ですね。それが、“文明の第3ステージ/意
識・情報革命”時代の、基本的スタンスということになります...」
「はい...」支折が、モニターを見ながらうなづいた。「ええ...
〔標準的=人間の巣〕では...夏用の屋外簡易ハウス・菜園を、毎年、抽選等で割り
振ることになりますね...これは、かつて私たちが考察したバリエーションですが...観
光地や臨海施設などは、そういう形の延長と考えていいわけですね...屋外施設として
は、」
「うーむ...そうですねえ...
ともかく、観光地や漁村においても、食料、その他は、自給自足が原則になります。こ
れは、工業都市や学園都市なども同じです...過渡期の問題もありますが、原則的には
“自給自足型・農業生産”を行い...居住空間は、〔人間の巣/未来型都市〕とするこ
とを考えています...それが、ホモサピエンスの領分ということです。
〔原型的=人間の巣〕を持ち...その他に、いわゆる観光サービスや特産品、工業
製品を流すという形ですね...詳しくは、行政/経済の所で考察しましょう...」
支折がうなづいた。
「まあ...」片倉が言った。「一言、言っておくと...
広域ネットワークや国家は、技術・情報サービス等で税収をはかり、その業務を持っ
て、税収を還元して行きます。細かなデザインは、まあ徐々に考察しましょう。ともかく、
〔原型的/標準的=人間の巣〕は、“自給自足型・農業都市”/“原始・共産主義社会”
ということにして、考察を進めて行きます」
「はい、」
「おっと...」片倉が、マウスを止めた。「このことも、一言触れておきましょう...
〔人間の巣〕...その建造物/ハードウェアー群に関しては...かなりの規模が集中
し...総合的に、コンパクトな高機能空間を維持していることが必要です。まあ、これは
初期段階の話ですが...かなり分散化したものになるでしょうから、」
「うーん...初期段階としては、そうですね...?...ええと...」
「つまり...初期段階では、多少分散型になるのもやむを得ません...
マンション規模の、分散した〔人間の巣〕になるかも知れませんね...これは、試行錯
誤の時代を経て、洗練されたものに進化して行くということです。最初から完璧な、〔千年
都市〕は望めません。過渡期というものがあります。しかし基本的には、現在のような乱
開発はあり得ません...こうした所は、広域行政サービスの管理になります」
「そうですね...
最初は、マンション規模の、〔人間の巣〕が分散して、ゆるく“自給自足型・農業都市”
を形成して行くような風景もありますよね...発展途上国などでは、こういう形になるのか
しら...」
「まあ、発展途上国に限らないでしょう...
それから....病院や、エネルギー施設などは、最初から独立した建造物でもいいわ
けです。工場や倉庫などもそうですね。ともかく、最初から、〔一体型・人間の巣〕とはい
かないでしょう...分離した方がいい施設も、色々あるわけです」
「そうですね、」
「基本的には...頑丈な建造物に、適量の土をかぶせ、〔人間の巣の1部〕として、コン
パクトに構成することです。ただし、“地理的条件”、“頑丈な構造物”、“自給自足型・農
業社会社会”という大原則は、しっかりと守っていくことです」
「はい、そういうことですね」支折がうなづいた。
〔2〕 〔人間の巣〕の、医療・福祉は・・・

(第2回目/2008.10.24)

「おはようございます!」事務/二宮江里香が、バインダーを胸に抱き、深く頭を下げた。「今
回は、このページでの、《第2回目の、インターネット公開作業》になります。
お彼岸の過ぎ、10月も半ばが過ぎ、すっかり秋らしくなりましたね。ススキの穂波が、風に
揺れている季節になりました。8月は雨が多く、9月も天候不順が続きました。10月からは、本
来の秋が戻ってくるのでしょうか。でも、年々、紅葉の季節が遅くなっているそうですね。
私は、普通の女の子ですから、詳しいことは分からないのですが、どこかで“気候変動”が起
こり始めているのを感じます。私たちは、今から、急いで〔人間の巣のパラダイム〕を展開し、
“気候変動/食糧危機/文明社会の崩壊”に、備えて置くべきではないでしょうか。
あ、それから...“バーチャル金融システムの崩壊/世界経済の大破綻”に際しても、最後
には、〔人間の巣〕/“自給自足型・農業社会”への準備が、私たちの拠り所になるのだそうで
す。〔人間の巣〕が、〔世界市民〕を防護してくれるのだそうですよ。
いよいよ、1929年の世界恐慌/第2次世界大戦の入り口を超えるような、史上最大級の
不景気が警告され始めています。世界を動かしているエンジンが止まり、物資の世界的循環
が止まった時、そこに残されているのは、“自給自足型・農業社会”なのだそうです。単純な構
図ですね。
私たちは、“未曾有の文明の閉塞状況”に備え、しっかりと〔人間の巣〕/“万能型・防御力”
を、世界展開しておきたいですね。支折さんは、いずれ、“世界経済の破綻/グローバリズム
の破綻”は、やって来ると言っています。“文明の折り返し”は、必至だそうですよ。
1929年/世界恐慌の時...アメリカで発動されたのが、フランクリン・ルーズベルト大統
領の、“ニューディール政策”だそうです。このアメリカの大国家政策というのは、日本の〔明
治維新〕と同様に、世界史的な成功例として、高く評価されているのだそうですよ。
“ニューディール政策”というのは...“緊急銀行救済法”、“TVA(テネシー川流域開発公社)など
の大公共事業”、“民間資源保存局による大規模雇用”だそうです。内需拡大/公共事業によ
る...開発/発展型・巨大プロジェクトですね。
でも、このような開発/発展型のパラダイムは、もう破綻しているのだそうですよ。地球環境
は、もう限界に来ているそうです。有史以来の、豊かさの追求も、覇権主義も、自然征服も、グ
ローバリズムの流れも、全てが、いよいよ、限界が来ているそうです」

「私たちは、この未曾有の国難に際し...
【日本版/ニューディール政策】/〔大公共事業による、人間の巣の全国展開/21世
紀・日本列島改造計画〕を提唱しています。
この未曾有の国難は...文明スケールの、“大艱難(だいかんなん)時代”と連動し...1929
年の世界恐慌を超える、“文明の折り返し/生き方の大転換”になるのだそうです。その有
力な選択肢が、〔人間の巣〕になるのですね...
あ、ええと...〔バーチャル空間・女性総理大臣候補/秋月茜さん〕も、この【日本版/
ニューディール政策】を旗印に掲げ、“国民的・首班指名選挙/国民的・総理大臣”に立候補
しました。茜さんが、多くの支持が得られたと、大変感謝していました。
ええと...ですから日本の進路は、〔人間の巣〕/“万能型・防御力”の展開の方向で、ま
ず、間違いはないのだと思います。それにこの政策は、“失敗のない政策”なのだそうですよ。
計画の1割が進行すれば、1割の成果があり...3割が展開すれば、3割の超安定社会が実
現するのだそうです。そういう過渡期があるわけですね。
そして、全国展開すれば、日本全体が〔未来型都市/千年都市〕を獲得できるのです。住
宅用の樹木を伐採することもなくなりますね。“自給自足型・農業社会”が安定化し、“究極的・
地球温暖化対策”が本格展開します。
そういう意味で、【日本版/ニューディール政策】というのは、“失敗のない政策”なのだそ
うです。また、〔人間の巣〕は、何処でも、誰でも、いつでも、バラバラに開始できる、多様化・
分散化の開放系システムなのだです。分散化のシステムですから、全てが連動している必要
はないのだそうですよ。
ええ...日本が水先案内となり、実行して行けば...〔人間の巣のパラダイム〕は、世界
展開に拡大して行くのだそうで...そしてそれは、“究極的・地球温暖化対策”としても、絶大
な成果を上げるということです...」

二宮江里香が、バインダーを胸に当てた。インターネット・正面カメラをまっすぐに見、再び
深く頭を下げた。
「では...」江里香が、ようやく緊張の取れた顔を輝かせ、支折の方を向いた。「支折さん、お
願いします」
「はい!」支折が、満面の微笑でうなづいた。「御苦労さま!
江里香さんの初仕事でしたが、しっかりと纏(まと)めたと思います。内容的にも、的確で、い
いものでした」
「はい!」江里香が、胸に当てた手に、キュッと力を入れた。
「次は、もっと長いものをお願いすることになりますよ」
「はい!」
「ええと...」支折が、小指で髪をなで上げた。「では...
〔人間の巣〕における、“医療・福祉の体制”という...具体的なテーマに入りたいと思いま
す。これは、社会派・研究員の菊地良治さんにお願いします。
菊地さん...〔標準的=人間の巣〕/“自給自足型・農業社会”における...《医療・福祉
のスケッチ》...ということでお願いします。まず、全体状況の、大まかなスケッチから入りた
いと思いますが、」
「はい...」菊地が、ゆっくりとモニターから顔を上げた。
<〔人間の巣〕における、医療のスケッチ・・・>

「ええ...」菊地が、あらためてモニターに目を投げた。「まず...
〔人間の巣のパラダイム〕のもとでは...社会活動・生活全般が、自給自足型になります。
食料や関連産業ばかりでなく、医療サービス等においても、主体的・自律的にシステムが運営
されることになります。
これは一面では、高度・医療体制の後退という側面も出てきます。しかし、総体的な満足感
ということでは、より人間的なシステムになります。つまり医療体制も、〔人間の巣〕の単位で、
主体的に運営することになります。医療水準としては、従来よりもはるかに高いものが提供さ
れるはずです」
「はい...」
「全体風景を、あえて言葉で表現すれば...
〔人間の巣/未来型都市〕の総合管理下で...“大家族的なマン・パワー”で、“慣習法”
のもとに、“非営利的”に運営されるます。これだけでも、医療環境としては、理想に近づきま
す。ただし、高度先端医療を、無制限に提供できるわけではありません...これは、経済原理
のもとで、今までもそうでしたが...」
「はい...」支折が、顎に拳を当てた。「自給自足の、平等社会ということですね...
生産性・第1主義ではないのだし、もし高度先端医療を多く導入したいなら、〔人間の巣〕の
生産性を向上させる必要がありますね。もちろん、そういう〔人間の巣〕の存在していいので
す。ただし、生態系と協調できる範囲で行うということですね、」
「人はいずれ死んでいくわけです。不自然な形で、それに抵抗/介入しない方が、賢いのだと
思います。ま、これは、人生観や価値観の問題になりますね」
「その上で、何が提供できるかということですね。どのように、人生を送るかということですね」
「そうです」
「大自然と協調して生きる、人生観ということになりますね」
「ともかく...
“自給自足型・農業”が...生産性・第1主義ではなく、“労働集約型・農業”に変貌するよう
に...医療サービ
スにおいても、医療効率・第1主義ではなくなって来るとおもいます。もちろ
ん、〔人間の巣/未来型都市〕で、衛生管理/隔離/緊急対応処置などの基本課題は、さら
に徹底されるでしょう。
その一方で...“市民参加型/人間的医療看護”の方向へシフトして行くと思われます。例
えば、尊厳死を望んでいる人間に、“それはできない相談だ!”という様な、傲慢な医療体制で
はなくなるでしょう」
「はい...」支折が小さくうなずき、まばたきした。「患者中心の、人間的医療ということかしら。
当然のことかも知れませんけど、」
「“医療は、人間の生と死の、1つの側面を見続けて行く”わけですが...“人間の身の丈に合
った、生と死の姿を体現して行く”と、いうことです」
「うーん...
これは、価値観や人生観をも内包した...非常に高度な人間的課題ですわ。だからこそ私
たちは、〔極楽浄土〕を求め続けて行くのだと思います。こうした課題を抜きにしては、〔極楽
浄土〕の建設はできないのだと思います...」
「ま...」菊地が、宙を見た。「そうですね...
ともかく...コンパクトな、高機能空間社会へシフトすることになります。この方が、人間にと
っては、万事に都合がいいのです。医療環境の満足度という点でも、理想とするものが実現で
きると思います。
そういう意味で、ホモサピエンスは初めて、〔人間の巣/・・・原初的・巣の社会形態〕を獲
得するわけです。これにより、“巣を持つ種/ホモサピエンスの亜種”として...“社会形態的
な進化の道”を歩むことになるのかも知れません。
まあ、そうしなければ、文明社会の壊滅”は必至という状況です。最悪の場合、“種の大量
絶滅”のコースに突入しますね。こうした社会形態の進化に関しては、関さんとも同意見です」
関三郎が、腕組みしながら、コクリとうなづいた。
「うーん...」支折が、関の方に顔を向けた。「環境への適応ではなく、進化なのでしょうか?」
「あえて...」関が、腕組みをほどいた。「進化という言葉を使わせてもらいました。しかし、定
義としては微妙な所です...
眼前の風景としては、適応なのかも知れません...が、長い人類文明史の上では、“社会
形態的な進化”と呼べるものに、体系化して行くかも知れません。我々が進化と呼ぶのではな
く、後世の人々が歴史の中で、進化と呼ぶことになるのかも知れません」
「うーん...そんなものかしら...」
「現在...
理論研究員/秋月茜さんと協力し...“都市形態”と“巣の形態”との、比較考察を行って
います...“文明都市から巣への移行”...というものは、今後、想像を絶する進化の可能性
を秘めているのです...進化とは、もともとが、そうレベルの問題なのです。
むろんこれは、都市のシステマチックな進化ということもできますが...それを越えて、巣の
領域へ入って行くということです。私たちは生態系との相互作用/環境圧力に対して、〔人間
の巣〕という“衣/・・・新たな殻/新たな皮膚”を獲得することになるのです。
これは、ホモサピエンスが、“火を用いたこと/言語を用いたこと/文明を発祥させたこと”
に続くような、大きな飛躍になると考えますね...」
「はい...」支折が、細い顎を突き出し、サラリと髪を揺らした。「以前から言われていた、想像
を絶する進化の可能性とは...そういうことだったのですね...?」
「そうです...まだ、考察の段階ですが...」
「さて...」菊地が言った。「実質的に...
非常に楽な...ゆとりのある共同体社会で...高度医療ではなく、それなりに満足のいく
医療が実現できると思います。その上での、様々な価値観や、人生観の体現の場になります」
「でも...
〔人間の巣〕において、試行錯誤に入る前の段階/戦略的設計図の段階において...理
想とする太い線を、力強く、しっかりと、引いておくことが重要になりますわ...それが、私たち
の仕事だと思います」
「その通りです!」片倉・所長が、両手を組んで、重くうなづいた。
「ええ...」菊地が、モニターをのぞきながら言った。「具体的な話に移りましょう。医療技術支
援などについてです...
こうした分野は、情報革命の中で、より広域的な情報支援体制が敷かれるものと思われま
す。また、医療教育/医師・技師・看護師等の育成プログラムなどについては、人材を医療学
園都市などに派遣して、〔人間の巣〕の単位で、主体的・計画的に実行されて行くことになりま
す。
ええ、医療学園都市の運営主体・財政支援などについては、後で別途考察します。これは、
〔人間の巣〕の枠を超える、もっと広域的な課題になりますね、」
「はい」
「ええと...それから...
医療設備などの財政措置も、全て自己責任ということになります。〔人間の巣〕の、“自給自
足型・生産体制”の中で、主体的に整備・管理するということです。高度な医療設備が欲しい
のなら、市民合意/市民負担で購入し、技術者も自らの財政負担で育成することになります。
また、
難かしい病気等に関しては...医療学園都市などへの搬出も考えられます。その方
が、適合している場合もありますね。ただし、その予算措置/費用なども、原則的に〔人間の
巣〕が負担することになります...」
支折がうなづいた。
「これはつまり...
〔人間の巣〕の中での平等性は、“慣習法的に保証”されますが...全国民が、全て平等と
いうことではありません。医療に熱心な〔人間の巣〕もあれば、宗教に熱心な〔人間の巣〕もあ
るということです。これは〔人間の巣〕の運営の、価値観の多様性の中での選択肢ということ
になります。
また、資本主義のダイナミズムを取り入れている〔人間の巣〕では、勝者と敗者/支配者と
被支配者が明瞭になります。努力した勝者は、より多くの権力と富を持ち、医療サービスも最
高のものを享受できるでしょう。一方、敗者はその逆になり、上を目指すことになります...
多様な価値観を持つことは、多様性・複雑化/分散化の中では、それこそ自由なのです。た
だし〔人間の巣のパラダイム〕による、厳格なルールが存在します。つまり〔人間の巣〕とは、
“自給自足型社会”であり...そのダイナミズムは、経済であれ宗教であれ、〔人間の巣〕の
内部に限定されるということです。
その単位で、〔理想郷〕を建設すると言うことですね...それが、多様性・複雑化/分散化
の中での、〔理想郷〕を建設するバランスのとれた姿です。そのエネルギーが外部へ作用し始
めると、覇権が起こり、生態系の喧噪/食物連鎖の喧噪の姿が復活します」
「ともかく...」支折が、唇に指を当てた。「人類は...野生の喧騒から、文明種族への昇華を
果たしているということですね...
現在は、とても褒められた状態ではありませんが、それでもいよいよ、“文明の第3ステージ
/意識・情報革命”へ昇華しようとしているわけですね...うーん...そのカギとなるのが、
〔人間の巣のパラダイム〕ということですよね...」
「そうです...そして現在は、深刻な人口爆発の状態にあります」
「これが、覇権競争をやっていては、どうしようもないですね、」
「その通りです...したがって、ダイナミズムは“細胞”の中、〔人間の巣〕の中に限定します。
その小単位によって、〔理想郷/極楽浄土〕の可能性が出て来るのですが...この課題は、
《極楽浄土のインフラ建設》で、高杉塾長が考察していますね」
「はい、」
「ともかく...
他の〔人間の巣〕も...“自給自足型社会”であり、隷属や支配を受けるいわれもないわけ
ですね。“覇権主義は20世紀以前の遺物”です...〔人間の巣〕の間での“慣習法的・権威”
や、“文化的優位性”、あるいは“特産物による経済的優位性”までは否定しませんが、それは
隷属・支配とは違います」
「全体として...緩やかで、穏やかな、ゆとりのある、“自給自足型社会”だということですね」
「そうです...
まあ、そうはいっても...現実には、相当強力な調整や管理が必要になります。そのため
に、広域行政サービスや、“世界政府”の緩やかな管理が必要でしょう。
大災害...感染症...全生態系の復元事業...全生態系の監視業務...それらに加え
て、これまでの歴史的経緯から、紛争等の調整も、“世界政府”の主要な任務の1つになると
思います。
これらを総括すると、〔人間の巣のパラダイム〕の維持・推進ですね...これは、生物個体
の頭脳に当たる総合調整の役目です...広域行政サービスは、さしあたり臓器でしょうか、」
「うーん...そうですね、」
「最も危険な因子は...相変わらず、“人類の暴走”なのです。ともかく全ての元凶は、人口の
爆発的増加と、科学技術の暴走です。この暴走と言うものを、“世界政府”はしっかりと押さえ
込んで行かなければなりません」
<“都市”から“巣”へのシフト>

「はい...」支折が、うなづいた。「ええ、話を戻しますが...
これまでも、全ての国民が平等な医療を享受していたわけではありませんね。地域格差や、
経済格差が歴然としてありました。それに、設備・技術・習熟度という面でも、それこそ、まちま
ちの医療サービスでした。それが、〔人間の巣〕の単位で、平等になることはいいことですわ」
「そうですね...
人類は、頭脳の進化によって...最初の地球文明/巨大文明を開花させました...これ
は、生命潮流によるプログラム的開花かも知れませんね...もちろんこれは、異論もあるとこ
ろだと思います...
しかし、ともかくホモサピエンスは、その文明の力によって医療が徹底され、弱者をも等しく
救済して行く道を開拓しました。病気や怪我をしても、そのことによって、自然環境から淘汰さ
れること無く、治癒するゆとりが保証されたわけです。また、たとえそれが、遺伝子による欠陥
でもです...この遺伝子の欠陥という所は、進化のベクトルの上で、非常に重要になります」
「そうですね...」
「さて...関さん...」菊地が、関の方に肩を回した。「そうした上で...
人類文明は、新たに、〔人間の巣〕/“万能型・防護力”を獲得しようとしています。これは、
ホモサピエンスにとって、“非常に強固な社会的・殻”になりますね。現在、理論研究員/秋
月茜さんと考察を開始されたようですが...“都市”と“巣”とは、基本的にどのように違うの
ですか...つまり、一言で言うと...?」
「ま...」関が、体をのり出した。「現在、まさに考察中なわけですが...
“都市”と“巣”とは、基本的な違いがいくつかあります。単純な“鳥の巣”では問題になりませ
んが、社会性を持つハチやアリの“巣”となると、相当に大規模な巣が存在しますから、そうい
うものが研究対象になります。実際、我々が参考にしているのも、“巨大なアリの巣”のようなも
のです」
「で...“都市”と“巣”とは、どのように違うのでしょうか?」菊地が重ねて聞いた。
「まだ、考察を始めたばかりだと、まず断わっておきましょう...
それに、生物学における、既存の学問的成果というものも、蓄積されているはずです。その
上で、まあ、専門外の私に言わせれば...“人間の都市”と“動物の巣”との違いは...“巣”
の方が、規格統一/シンプルに洗練されているということですね...
自然界の創造物と人工的創造物の比較の常ですが、“自然界の創造物の方が、桁違いに
優れている”ということです。その奥深い想像力には、人間の創造力などは、はるかに及ばな
いということです。
例えば、精巧なロボットにしても、ようやく二足歩行です。それは、雑多な昆虫類にも遠く及
びません。人工的創造物は、まず自然界の模倣から始まるのです。〔人間の巣〕にしても、同
様なのですね。
人類は、〔人間の巣〕を展開するに当たり、生態系において本能で作られる巣の形態というも
のを、もっと深く知る必要があります。その外見上だけでなく、体系的に深く組み込まれている
仕組を知る必要があります。
こうした高度な知恵/生存適応能力が、いったい何処から発現しているのかということも、1
つの大問題です。しかし、それはまあ、イワシやイカが群れを作るのと同じですね。本当の深
い所の意味は、外部から眺めているだけでは分かりません...」
「そうですか...」菊地がうなずき、モニターに目を流した。
「ともかく、現在言えることは...
〔人間の巣〕は、“都市”と“自然界の巣”の、中間段階のものだということです。まだ、“巣”と
言える段階ではありません...“巣”とはもっとシームレス(縫い目なく)に、システマチック(組織的)
に一体化しているものだと思います...今はまだ、こんな程度のことしか言えませんね」
菊地がうなづいた。
「ええ...」支折が首をかしげ、顎に指を当てた。「〔人間の巣〕は...基本的には、自然界に
存在している、“ハチの巣”や“アリの巣”に近似して行くということでしょうか...ともかく、そう
いう形式で、生態系との相互作用をとって行くという流れだと思います...
“ハチの巣”や“アリの巣”の姿というものを、もっと深く研究してみる必要がありますね。文明
的・破壊力を持たない彼等は、生態系と融合していますわ。その適応性を深く学ぶべきです。
“人間の生き方”をその方向へシフトするわけですから、徹底的に考察する必要がありますわ」
「そうですね...」菊地が言った。「それは、やってもらいましょう」
「はい、」
「ともかく...」菊地が言った。「現段階では...
〔人間の巣〕は、どの程度の人口規模が最適か...またそれが、どの程度に広域的にネッ
トワーク化し...どの程度に交流するか...これによって、まず、大枠が決まって来るという
ことです。それによって、どの程度に分業化を許容し、相互扶助が保証されるかということにな
りますね。
当然、 “規模が大きければいい”というわけではありません。私たちは、グローバル化の暴
走から、“究極的な規模/世界が1つになった状態”の、脆弱性(ぜいじゃくせい)をイヤというほど
知っています。そこで起こる、輻輳(ふくそう)する破局を、現在では、十分に理解しているというこ
とです」
「はい、」支折がうなづいた。「ええ...何度も言って来ていることですが...
グローバル世界の直接的な脅威は...まず、パンデミック(世界的大流行)を引き起こす感染症
の被害です。それは、新型インフルエンザに限定されたものではありませんね。新型肺炎・SA
RSもあますし、西ナイル熱や、デング熱もあるわけです。
それに、エイズ・ウイルスやエボラ・ウイルスなどの、アフリカ系の感染症も独特の脅威とな
っています。感染症を取り上げただけでも、グローバル世界にとっては、壊滅的被害が想定さ
れるわけです。しかも直接的被害だけでなく、地球のネットワークが破壊され、膨大な2次3時
の被害が広がるということです」
菊地が、無言でうなづいた。
「ええと...
〔人間の巣のパラダイム〕は...グローバル化とは逆の流れになるわけですわ。多様性・
複雑化、そして分散化の流れをつくり出します。これは、感染症を抑制して行く流れになります
ね...
うーん...また、余計な事をくり返してしまいましたが...ええと...基本スケール/基本
尺度/基本単位は、〔人間の巣〕になるということですね...〔人間の巣〕が、1つの細胞/
生命の基本単位/生命の最小単位に相当します。この細胞/〔人間の巣〕が、壮大な人類文
明を、“言語的・亜空間座標”に構造化して行く原動力になります。
こうした〔人間の巣のパラダイム〕で、“世界人口が、どれぐらいのスピードで抑制されて行
くのか”、ということですわ。現在は、〔人間の巣〕を展開することが最大課題ですが、次の段
階では、“人口減少のスピード”というものが、最大課題になって来ると思います...」
「うーむ...」菊地が、椅子の背に体を起こした。「まあ、ともかく...
難かしい病気や感染症どに関しては...〔人間の巣〕を越えた研究補助・国家補助を考慮
してもいいのかも知れません。もともと、そうしたものは、広域行政サービスの問題ですから、」
「はい...」支折が、少し腰を浮かせた。「ともかく、行政組織の考察は後ですることにしましょ
う。道州制や、国家体制や、“世界政府”の課題ですね、」
「ああ、いや...」菊地が、指を立てた。「一言だけ、コメントしておきます」
「はい」
「行政サービスの役割が大きくなり過ぎると、大きな政府になります。そうなると、“自給自足・
自主独立”の姿に逆行することになります。これは、今言ったように、〔人間の巣パラダイム〕
とも矛盾してくることになるわけです...」
支折が、うなずいた。
「そうした、広域ネットワークは、いずれにしても存在することになります...
そして、その輸送・交通ラインは、これまでと比べると、非常に細いものになると思います。
一方、情報革命が進行しますから、情報ハイウェイの方は、非常に太く高速なものになると考
えられます。
このあたりは、実際には、どのように考えられるのでしょうか...バーチャル空間では、まさ
に世界は1つになって、突き進むのでしょうか...?」
「難しい課題です」関が、短く言い、口の上に拳を当てた。
「しかし、確実にやって来ます...」菊地が、関を見て言った。
「うーむ...
インターネットによる、バーチャル空間が成立した以上は...それが、完全に消滅してしま
うということはないのだと思います。それは、生命潮流の中で、継承されて行くのだと思います
ね...例え、ホモサピエンス文明が滅亡してもです...
それは、“思念エネルギー/巨大な夢の塊”となって、この地球生命圏の近傍に存在し続け
るのだと思います。あるいは記憶として、“36億年の彼”の人格に溶け込み、それなりの意味
を持つのかも知れません」
「そんなものですか...」菊地が、ボンヤリと関を眺めた。
「まあ...
その“夢の器”は、まさに“もう1つの空きニッチ”のようなものでしょう。一見、フォーマットさ
れたような、膨大なメモリー空間に例えたらどうでしょうか...ホモサピエンス文明の後は、そ
の開拓された膨大なメモリー空間に、さらに稠密な、別のストーリイが構造化して行くのかも知
れませんね...」
「でも...」支折が言った。「どうなのかしら...
こうした情報ハイウェイを必要とする人々は、それほど多いのかでしょうか?これは医療を
はじめとして、様々な技術支援や情報サービス、広域管理などにも使われるものですが...
一般人は、それほど必要とするものかしら?“スローフード/スローライフ”の、普通の日常生
活の中で...?」
「そうですね...」菊地が、口に拳を当てた。「大自然と共生し...“スローフード/スローライ
フ”を享受する人々には、情報ハイウェイは必要ないのかも知れません。ただ、こうした問題
は、何も今からデザインする必要はないのだと思います...ちょっと気になっていたもので、
一応コメントしたまでです」
「うーん...でも...
情報ハイウェイのあり方は...初期デザインがその原型を形成して行きますわ。最初の“自
己組織化による水路付け”が、非常に重要なものになりますわ...」
「最初の分水嶺の雨水が...」関が、天を仰ぐようにして言った。「山の原型/山と渓谷の原
型を削り出して行くわけです...
つまり、【人間原理空間】の、歴史ストーリーの原型”を削り出していくということです...ま
あ、ビビる必要はありませんが...“その意義/意味する所”は、しっかりと認識しておくべき
ですね...
私たちは、ホモサピエンス文明史の最先端を...まさに、そのペン先で...【人間原理空
間・ストーリイ】を書いているということです...それは、“巨大な夢の塊”として、どこかに記
憶されて行くのでしょう...ただ消滅するだけではないのです...夢にも、何らかの相互作用
があります...」
「山の原型の削り出しは...」支折が言った。「修正/やり直しが効きませんものね...」
「そうです...」関が唇を結び、支折を見つめた。
<ヒトの器官の進化・・・意識の進化>  
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