My Work Stationgroup C量子情報科学量子コンピューターの概略

       量子コンピューターの概略   

                                           <量子デバイスを組み上げる!> 

           本格化・前夜・・・/・・・次世代テクノロジーの遠望 

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淡島祐次・准教授/ニュー・テクノロジー                          アシスタント/折原マチコ    塾長/高杉光

 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                担当 :  塾長/高杉 光一 

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プロローグ     ...ニュー・テクノロジー/担当/淡島祐次です...  2008.11.25
No.1 〔1〕 “量子デバイス・コンピューター” とは・・・  2008.11.25
No.2 〔2〕 汎用・量子コンピューターを創る・・・ 2008.11.25
No.3     <@ 量子ビット記憶装置の構築・・・ > 2008.11.25
No.4     A 単一量子ビット操作能力の構築・・・ > 2008.11.25
 ***                                                 推敲完了  2008.12. 2
No.5     =tea time= 2008.12.10
No.6     B 量子ビット処理/理論ゲートの構築・・・ 2008.12.10
No.7 〔3〕 “カップリング”〜 “量子もつれ”を作る 2008.12.25 
No.8     次世代テクノロジーと・・・文明の折り返し 2008.12.25 
No.9     <量子もつれ考・・・> 2008.12.25 
No.10 〔4〕 チップ上で、イオンを操作する・・・ 2009. 1.19
No.11 〔5〕 光子カップリングする方法 2009. 2. 7
No.12     哲学的側面に触れると・・・> 2009. 2. 7
No.13     <システムの構築・・・光共振器マイクロミラー・アレイ 2009. 2. 7
No.14 〔6〕 量子情報技術の展望・・・・・ 2009. 2.24

    

  参考文献  日経サイエンス /2008 - 11 

                   イオンで作る量子コンピューター

                                C.R.モンロー (メリーランド大学)

                                D.J.ワインランド (米国立標準技術研究所)

 

 

プロローグ      room12.982.jpg (1511 バイト)   淡島祐次 wpe8.jpg (26336 バイト)


「寒くなりましたね!折原マチコです!

  今回は久しぶりに、本来の仕事/塾長のアシスタントの仕事に戻ります。ええ...《量子コ

ンピューターの概略》ということですね。私には、何のことかさっぱり分りませんが、今回は塾長

の他に、強力な助っ人が登場します。

  ニュー・テクノロジー/担当/淡島祐次さんです!ええ、大学の准教授ですね。ニュー・テ

クノロジーの分野は、以前から準備されていたわけですが、今回いよいよ始動ということになり

ました。したがって、このページは、《量子情報科学》と、新展開の《ニュー・テクノロジー》

テゴリー(範疇/はんちゅう)の、両方に分類されることになります...」

 

「ええと、淡島・准教授、どうぞよろしくお願いします!」マチコが、淡島に丁寧に頭を下げた。

「よろしくお願いします」淡島が、律儀そうに頭を下げた。「量子コンピューターについては、特に

詳しいというわけではありませんが、周辺状況については、多少話ができると思います」

「はい...

  淡島・准教授は大学で...ニュー・テクノロジー全般について、講義されているのですね?」

「そうです...

  量子コンピューターは、今まさにフロンティアの領域ですから、まだ専門家というのはいないと

思います。しかし、研究者は相当にいると思います。企業レベルで、開発競争も進んでいるよう

です...が、実現するのは、まだ少し先になるでしょう...」

「うーん...そうなんですか...

  ともかく今回は...量子コンピューターについて、ようやく『日経サイエンス』に論文が掲載さ

れました。さっそく、企画/担当の響子さんの方から、考察して欲しいという依頼がありました。

そこで塾長も、《ニュー・テクノロジー》の新展開に踏み切りました。

  淡島さん...量子コンピューターというのは...エレクトロニクス/電子工学コンピュータ

とは、どのように違うのでしょうか...本格的考察に入る前に、一言、説明していただけない

でしょうか...」

「そうですねえ...

  そもそも、基本的な、コンピューター・デバイス(コンピューターの内部回路を構成する素子)が全く違ってい

ます。いわゆる、ショックレー等が発明した、トランジスター(半導体素子)は使いません。代わりに、

量子デバイスを使うことになります。この量子デバイスの開発が、次世代テクノロジーの1つにな

ります」

「じゃ...ガソリン自動車と、電気自動車のような違いなのかしら?」

「うーむ...もっと違いますねえ...

  量子デバイスというのは...“量子もつれ”“量子テレポーテーション”“重ね合わせ”など

という...これまでの電子工学では使われたことのない、“量子情報科学/テクノロジー”を使う

ことになります。ここが、次世代テクノロジーの開発になるわけです。

  ただ単に、新しいタイプのコンピューターが出現するのとは、スケールが違います。ここから、

まさに、量子情報科学が爆発するスタートになります。人類文明が、エレクトロニクスから、量子

情報科学へ、大きくシフトして行くのかも知れません...今後は...それが、21世紀に本格化

て行くということですね...」

「うーん...大変な話ですね、」

「まあ...」高杉が言った。「量子コンピューターの話は、後でゆっくりと聞くことにしましょう...

  ともかく、淡島さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」淡島が、あらめて高杉の方に頭を下げた。

「あ、淡島さん...コーヒーをどうぞ!」マチコが言った。

「はい...」淡島が、頭を下げた。

どうかね...マチコ...さん、」高杉が、ゆっくりとコーヒーカップを取り上げながらマチコに聞い

た。「風邪は、治ったのかな?」

「うーん...」マチコが、コーヒーカップの中でスプーンを回した。「もう1つ、はっきりしないのよね。

インフルエンザの予防接種をしようと思っているんだけど、まだ熱があるのよ...」

「ふむ...」

淡島さんは、」マチコが言った。「予防接種は受けたんですか?」

「私は、10月中に受けています」

「うーん...」

「はは...」高杉が、どんよりとした窓の外を眺めながら、コーヒーカップを口に当てた。

  淡島も、スプーンを置き、コーヒーカップを口に運んだ。

 

  〔1〕 “量子デバイス・コンピューター” とは・・・

                 

「ええと...」マチコが言った。「淡島さんに、専門的な事を聞く前に...

  塾長...量子コンピューターというのは、最近、時々耳にするんだけど...もう一度、塾長

にお聞きします...今までのエレクトロニクス/電子工学コンピューターとは、量子コンピュー

ターはどのように違うのかしら?」

「うーむ...そうだねえ...

  まず...量子コンピューターができれば、今までのスーパー・コンピューターも、子供の玩具の

レベルになってしまうと、聞いています。まあ、量子コンピューターにも、得意・不得意の分野があ

るようですが...人間的・インターフェースの限界というのもあるのでしょう。

  究極的には、認識主体の鏡に映し出され...主体的な意味が形成されるわけですから。その

意味では、まさに、人間的・インターフェースの限界というのがあるのでしょう...“唯我独尊”

まさに、“私/主体”こそが、この世の中心にあるわけです...」

「でもさあ...私たちは、現在のパソコンでも十分よね、」

「人間の構築した文化的空間と...リアリティー・レベルでは、だいぶ違ってくるだろうねえ。マチ

コさんは、文化的空間のことを言っているわけです」

「はい...」

自然界は、はるかに複雑に、はるかに高速に、システマティック(系統的)に流れています。しかも、

原因があって結果があるという、因果律さえ破れているようです。こうしたリアリティー世界にア

プローチして行くには、次世代型/量子デバイス・コンピューターが、ぜひ欲しい所でしょう...」

「うーん...

  それじゃ、塾長...リアリティーである自然界は...例えは、生命体などは...量子コンピュ

ーターで動いているのかしら?」

「さて...それは、考えたことが無いなあ...

  しかし、自然界の情報系というものは、おそらく量子コンピューターさえ、遠く及ばないでしょう。

ただ、こうした次世代テクノロジーは、そうしたものに、1歩近づいて行くのは確かでしょう。いず

れにしても、生命体というのは、最大の謎です。こう思惟している私の脳も、それ自体が、生命の

と重なるわけです...」

「うーん...淡島さん...

  先ほどの話の続きになりますが...量子コンピューターは...どのように、原理が違うので

しょうか?」

「まず...」淡島が、資料に手を載せた。「量子コンピューターデバイスには、“量子もつれ”

使われます。これは、半導体素子トランジスターとは、そもそも原理が違います。

  このことは、塾長も《量子情報科学のスタート》言っておられますね...“量子もつれ”の、

“光子の偏光”が...“縦偏光”“横偏光”“重ね合わせ”で表現でき...これを“量子ビット

(キュービット)と言うと、説明されています。それと、“量子テレポーテーション”の技術が応用され

ることも、言っておられます」

「ええと...」高杉が顎を上げ、自分のモニターをのぞいた。「それは、2003年の2月でしたね。

あれから、もう5年がたっているわけですか...

  研究開発の方も、基礎が固まってきたというわけでしょう。しかし、正直のところ、当時、そうし

た概念というものは、チンプンカンプンなものでした。今回の“参考文献”の論文で、ようやくその

概略/遠望が見えてきたという所でしょうか...具体的な、工学技術の問題として...」

「そうですね...」淡島が、深くうなづいた。「確かに当時は、掲載論文も具体性に欠けるもので

した。まだ、量子コンピューターの、理論的検証が終わったばかりの段階だったのでしょう」

「今回の、『日経サイエンス』の論文で、いよいよ具体的なものになって来ましたね...

  まず、淡島さん、基本的なことから、分かりやすく説明していただけないでしょうか。まさにフロ

ンティアの領域で、難しいことは分かりますが、」

「はい...」淡島が眼鏡をはずし、ハンカチで拭いた。眼鏡の下の目が、小さく細かった。「ええ

と、すみません...まだ、慣れていないもので...」

「はい...」マチコが、優しくほほ笑んだ。「淡島さんの、いつもの講義のペースでどうぞ。時々、

私たちが質問しますわ」

「はい...」

 

「ええ...」淡島が言った。「では...まず...

  一般的に...コンピューター速度信頼性は、ここ数十年という短期間に、劇的に向上して

きました。それは、単にコンピューターパソコンにとどまらずに、インターネット携帯電話の普

及で、まさに人類文明の中で、“情報革命”を引き起こしつつあります。

  このこと自体、ホモサピエンス“第2・言語能力”を獲得するものです。そして、文明のステー

が、次世代へシフトすることを意味しています...この辺りは、塾長の方が詳しいですね、」

「まあ...」高杉が、顎に手を当てた。「“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代の、まさ

に、入口にいるということですね...

  それが、“文明の折り返し/反・グローバル化”/〔人間の巣のパラダイム〕と、まさに、重

なって来るということです...人口爆発/感染症パンデミック/地球温暖化”と、緊急事態は、

まさに輻輳してやって来ています」

「はい...」淡島が、うなづいた。「ええ...

  最新のコンピューター・チップは、1インチ(2.5cm)四方シリコン基板に、10億個近くのトラン

ジスターを搭載しています。将来的には、素子のサイズはさらに縮小し、分子のサイズに近づくと

言われています」

「はい...」マチコが、高杉の方を見た。

「ええと...」高杉が言った。「“耳慣れない量子力学の用語/新しい概念”が出てきますが、そ

れを説明するだけで膨大なことになります...ここはひとまず、量子コンピューターというものの、

概略を望見することを先行しましょう」

「はい...」淡島が、資料に目を落とした。

「そうした中で...」高杉が言った。「新しい概念定着してくると思います。その後で、あらめて、

新しい概念や、量子力学的基盤というものを、考えるということにしましょう」

「はい...」淡島が、もう一度うなづいた。「では、話を戻しますが...

  素子のサイズが、分子のレベル以下になると...コンピューターはこれまでとは...“基本的

に、まるで違ったものに見え始める”と言われます。これは素子の働きが、量子力学によって支配

されるようになるからです。この問題は、他のナノ・テクノロジーとも共通するものです」

「うーむ...一般相対性理論と、量子力学の競合しているのが...このナノテクの領域だと聞い

たことがありますねえ...そういうことなのですか、」

「そうです...まず最初に、量子コンピューターとはどのようなものか、概略を簡単に説明してお

きましょう」

「お願いします」

 

量子コンピューターでは...

  原子/イオン(1価の陽イオン/電子を1個だけ取り除かれた原子)光子、それから人工の微細構造(微小

電子機械システム=MEMS・マイクロマシンや、半導体リソグラフィーなどの微細加工)に、データを保存し、処理するこ

とになります。

  現在...量子コンピューターの開発で、最も進んでいるのが、“補足イオンを操作する研究”

です。今回の“参考文献/論文”のテーマですね。“補足イオン”にデータを蓄え...“量子テレ

ポーテーション”で、他のイオンに転送できるようにします。

  この転送を実現するのが、“量子もつれ/量子テレポーテーション”技術展開になります。こ

“量子力学の不思議な原理”については、塾長の言われたように、後で考察することにしましょ

う。その方が、具体的に分かっていただける部分も多いと思います」

「はい...」

「もっとも...

  “量子もつれ”については...塾長がすでに、《量子情報科学のスタート》で、詳しく説明され

ていますね。しかし、それが実際に、量子コンピューター・デバイスの中で、どのように組み込ま

れているかは、別の興味があると思います。こうしたことについて、別の角度から説明したいと思

います」

「はい、」マチコが、コクリとうなづいた。

「ええ...このタイプの...“補足イオン”を利用する量子コンピューターには、その開発を阻む

原理的な障害は、何もないと言われます...しかし、そうは言いますが、簡単なことではないよ

うですね...」

「うーん...」マチコが、ミケの頭を撫でた。ミケが目を細め、体を低くした。

  〔2〕 汎用・量子コンピューターを創る・・・  wpeA.jpg (42909 バイト) wpe89.jpg (15483 バイト)

            wpe8.jpg (26336 バイト)    wpeB.jpg (27677 バイト)   

「ええ、いいですか...?」淡島が、いつものような講義口調で言った。

「どうぞ...」高杉が言い、作業テーブルに両手を置いた。

「はい...」淡島が、自分の紙資料に目を落とした。「ええ...汎用的な...つまり、どのような

計算もできる量子コンピューターを創り出すには、次の3つの基本的な要素をクリアしなければな

りません。つまり...

 

  【第1】...信頼性のあるメモリー/量子・記憶素子/量子ビット記憶装置の構築

  【第2】...量子計算に必須となる、単一の量子ビットを操作する能力/単一量子ビッ

         操作能力の構築

 第3】...量子ビットを処理する、少なくとも1種類の論理ゲート/“量子ビット処理の

        論理ゲートの構築

 

  ...この3つの要素をクリアしなければ...次世代型/量子デバイス・コンピューターを組み

立てることはできません...」

「うーむ...」高杉が、うなづいた。「なるほど...骨格ですね...」

「はい...さて...

  まず第1量子ビット記憶装置の構築から、概略を説明しましょう。その過程で、“量

子もつれ”や、“量子テレポーテーション”や、“重ね合わせ”の概念なども、説明して行きます。

  あ、これらは、くり返し考察して行きます。多少、飛んでしまうことがあるかも知れませんが、何

度も説明しますので、ご承知置きください」

「はい、」マチコが、力強くうなづいた。

「そうですね...」高杉が、言った。「難しい概念ですから、一度にすべてを説明するのではなく、

私の方からも、くり返し説明して行きましょう...分かる範囲で、ということですが...」

「はい、」マチコが、高杉の方にうなづいた。

 

@ 量子ビット記憶装置の構築・・・ > 

           wpeB.jpg (27677 バイト) wpe8.jpg (26336 バイト)

「ええ...」淡島が言った。「現在...

  量子コンピューターを試作しようと...世界中の科学者が、幾つかのアプローチを追及してい

ます。そうした中で、最も進んでいるのが、“補足イオンを操作する研究”です。そういうわけで、

“参考文献”に沿い、この方面の研究を考察してみたいと思います。

  これは、先ほども言いましたが...“1価の陽イオン/電子を1個取り除いた原子”を使った、

量子デバイスということになります...これは、塾長がこれまで説明していた、“光子”“量子も

つれ”を利用したものではないですね。“1価の陽イオン”“量子もつれ”を使う、量子デバイス・

コンピューターです」

「そうですね...」高杉が、腕組みをした。「この方面が、一番進んでいるようですね...」

「はい...

  これは“真空容器”の中に、“イオンの短い列”を閉じ込め、レーザー照射して信号を入力し、

ータを共有させます...ちなみに、“短いイオン列の閉じ込め”は、近くの電極で発生した、電場

によって行います。もちろん、ここで目標としているのは、“スケーラブル”量子コンピューター

の開発ということです」

「はい、」マチコがうなづいた。

「つまり...

  “量子ビット/キュービット”の数を、数百数千に増やせるようなシステムが目標です。こうし

た所まで到達して、量子コンピューター本領発揮ということになります。それには、技術的なブ

レークスルー(難関突破)が必要なようです...」

「うーむ...」高杉が、腕組みをほどいた。「まず...

  “量子計算”の、原理・実証実験では...“短いイオン列/8つの量子ビット”を、“量子もつれ

状態”にし...初歩的・量子コンピューターが、単純なアルゴリズムを実行することが、証明され

ていますね...

  しかし、“長いイオン列/約20以上の量子ビット”イオン列になると...実質的に制御不能

だろう...と思われていますね?」

「その通りです...

  イオン集団振動モードが、非常に多くなり...それらが、互いに干渉しあうためですね、」

「うーむ...」

 

「うーん...淡島さん、」マチコが言った。「だいたいさあ、“量子ビット”というのは、何かしら?」

「ああ...はい...」淡島がうなづいた。「これから説明します...

  “量子ビット”“重ね合わせ”...“量子もつれ”“量子テレポーテーション”についても、簡

単に説明して行きましょう。塾長の言われるように、日常の常識を外れた難しい概念ですので、

今後、くり返し説明して行くことになります」

「お願いします」マチコが、神妙な顔で言った。

「そこで、まず...“重ね合わせ”という概念から説明しましょう。“量子ビット”を説明するには、こ

“重ね合わせ”の概念を理解してもらう必要があります」

「はい、」

“重ね合わせ”というのは...

  量子力学の2面性...粒子性波動性のうちの...波動性で考えると分かりやすいと思いま

す。ピアノの鍵盤をいくつかたたくと、複数の音波和音となりますね。これは、言うまでもなく、

“音の重ね合わせ”です。

  これと同じように、複数の量子状態は、音と同じように、“重ね合わせの状態になり得るという

ことです...」

「...」

確率論的に...1個の原子は、同時に2つの場所を占めたり...2つの異なる励起状態の、

“重ね合わせ”になったりします...このあたりは、日常の概念としては、ややこしいかも知れま

せんね...」

「とりあえず、」高杉が言った。「聞き流しておきましょう。話が進みませんから、」

  マチコが高杉の方を見、無言でうなづいた。

「いいですか...」淡島が言った。「“重ね合わせの状態の粒子を観測すると...

  これらの“複数の状態”が、ただ1つの結果“収縮”するというのが...通常の解釈です。ど

の結果が表れるかは、“重ね合わせの状態における、波の相対的な大きさに応じた確率で決

まります...」

「うーん...」マチコが、たまりかねて頭をかしげた。

「ええと...」淡島が、眼鏡の中央を押した。「いいですか、マチコさん...

  量子コンピューター大きな計算能力を持つのは...この“重ね合わせ”によるのです。つま

り、かのどちらかの値を持つ、普通のコンピューター“1ビット”とは異なります...“1量

子ビット”は、同時にとの両方の値を取り得るのです...これが“重ね合わせ”です...」

「うーん...」マチコが、さらに悩ましげに首をかしげた。

「ともかく、このことは覚えておいてください...

  “1量子ビットの系では...“2の1乗個・・・/同時に2つの値/をとることができます。

  “2量子ビットの系”では...2の2乗個・・・/同時に4つの値/00011011を取る

ことができます。

  “3量子ビットの系”では...2の3乗個・・・/同時に8つの値”を取ることができます...一

般的に、“N量子ビットの量子コンピューター”では、“2のN乗の値を同時に操作”することが可

能なのだそうです...」

「...はい、」

「これが...実際に扱えるかはともかく...膨大な数になるのです...

  300個の原子の集合体でも、原子がそれぞれ“1量子ビット”を保持しているなら...宇宙の

全素粒子の数よりも大きい値になると言います...」

「うーん...」マチコが、ボンヤリとうなづいた。「2の300乗ですかあ...」

 

ええ...」淡島が言った。「それよりも、いいですか...

  “補足イオンの磁気的方向”を...“上向き”と同時に“下向き”にして...つまり、“ある量子

ビット”を、“重ね合わせ状態”にしたら...そのデータを処理して観測するまで...その

状態を維持しておく必要があるわけです...処理観測ができなければ、コンピューターとして

役に立ちませんからね、」

「淡島さん...」マチコが、口をとがらせた。「あのさあ、それよりも...

  “上向き”と同時に、“下向き”にするなんて...そんな事が、できるのかしら...両方をやろう

としたら、だいいち、動かなくなってしまうのじゃないかしら...?」

「ああ...」淡島が、ほくそ笑んだ。「はい...分かります...

  という“1ビット”の状態と、という“1ビット”の状態の...“重ね合わせ状態”ということなの

です。だから、つまり...それを“1量子ビット/1キュービット”というのです...

  いいですか...何故、そんな事が可能なのかというと...今言ったように...ピアノの鍵盤

幾つかたたくと、複数の音波“重ね合わせ状態”になり...和音となるようなものなのです。逆

に、和音は、複数の音波“重ね合わせ状態”だということですね。分解すれば、複数の音の和

だということです...」

「うーん...」

「そうした、“重ね合わせ”複数のデータが...

  “和音という1つの状態/量子ビット”には含まれているということです。つまり、複数の量子状

というのは、和音のように、“重ね合わせの状態になり得るということなのです。ここが、“新し

い概念/新しいテクノロジー”の導入になります...何故そうなるかは、基礎科学の問題です。

  塾長も言われましたが、こうした問題は、徐々に、くり返し説明して行きましょう。まあ私も、そ

して、塾長もそうでしょうが、この分野の最先端の研究者というわけではありません。したがって、

全てを理解して説明しているわけではないのです。

  おそらく、そうであろうという辺りを、説明しています。科学とは、そういう学問ですし、テクノロ

ジーとは、失敗試行錯誤の上に、この辺りでいいだろうという所に確立されます...」

「はい...」マチコが、コクリとうなづいた。「それでさあ...

  何故、今までの“1ビット”ではなくて、“1量子ビット”が必要なのかしら...そこが、分からない

のよね、」

「マチコさんは、現在のパソコンで満足だということですから、もっともなことです...

  まあ、その辺りも、じっくりと説明して行きます。ともかく今は、量子コンピューターの概略を説

明して行きましょう」

「その通りですねえ...」高杉が言った。「我々も、全てが分かっているわけではありません...

  最先端の科学者にしても、全てが分かっているなら、苦労はないわけです。分からないから、

失敗を重ね...修練し...試行錯誤をするわけです。量子コンピューターの開発のような基礎

科学的/次世代テクノロジーの開発は、その典型になりますね...

  そうした上に、研究成果というものがあるのです...量子情報科学テクノロジーの展開は、

量子コンピューターの試作の方向で...ようやく、まだ緒(ちょ)に就いたばかりという所でしょう」

「はい!」マチコが、高杉にうなづいた。

 

「さて...」高杉が、マチコを眺め、顎に手を当てた。「量子力学において...

  “複数の状態が重なり合う”ということでは、“相補性”という概念もありますねえ...波動

であると同時に、“光子”という粒子でもあるという...“重ね合わせの状態”です。つまり、それ

“光子”という和音だということです。他の粒子もそうですね。波動性粒子性が、“重ね合わせ

の状態”にあります...それが、リアリティーの中に含まれています...」

「うーん...そうかあ...」マチコが、高杉に言った。「それが“重ね合わせ”なのね...」

「さて...これが、正しい説明かどうかは分かりません...しかし2つの状態が、確かに重なって

います...つまり、和音だけではなく、こうした“重ね合わせ”リアリティーの姿が、素粒子とし

て存在している、ということですねえ、」

「はい...」マチコがうなづいた。

「それから...

  量子力学は...アインシュタインの嫌っていた...確率によって記述される世界だということ

です。この辺りのリアリティーの姿を、最も深く理解していたのは、【波動関数】を発見したシュレ

ーディンガーだと言われています。

  さて...我々が、はたして、正鵠(せいこく/弓の的の黒ぼし)を射た説明ができるかどうかは分かりま

せん...まあ、努力して、道元禅師(/『正法眼蔵』の著者)シュレーディンガーの心に、少しでも近

づきたいと願っていますがね...」

「うーん...

  あの、さあ、塾長...【不確定性原理】は、ハイゼンベルクが提唱した訳でしょう...シュレー

ディンガー【波動関数】というのは、何かしら...?」

「ふむ...そうだねえ...」高杉が、宙を見た。「量子力学が成立したのは、1925年のとです。

  この時の基礎となったのが...ハイゼンベルク“行列力学”です...そしてもう1つ、シュレ

ーディンガー“波動力学”が...全く別の面から、ほぼ同時に量子世界を説明したのです。そ

れから、【不確定性原理】ハイゼンベルクによって提唱されたのは...この2年後/1927年

のことですね。《量子力学の黎明期》の頃のことです...」

「うーん...はい...」

「ともかく...」高杉が言った。「とりあえず...

  我々は...間違い誤解を恐れず...前進して行くということです。その中で、間違いは修

して行くということです。まあ、それが、学問技術の進歩には必要な、真摯なスタンスという

ことです」

「はい!」マチコが、両手を握ってうなづいた。

 

「いいですか...」淡島が、紙資料から目を上げて言った。「先ほども言ったように...

  “ある量子ビット”を...“重ね合わせ状態”にしたら...そのデータを処理して観測

するまで、その状態を維持しておく必要があるわけです...この“真空容器/電磁トラップ”は、

“補足したイオンの重ね合わせ状態の寿命(/コヒーレンス時間)が、10分間を上回り...非常に良

好な“量子ビット記憶装置”になり得るということです。

  “電磁トラップ”の詳細はよく分かりませんが...“コヒーレンス時間”比較的長いのは、“補

足イオン”周辺環境との相互作用が、非常に弱く抑えられているからです。隔絶した環境が作

られているからです。

  量子メモリー/量子・記憶素子は、この“電磁トラップ”だけではありませんが、一応こうしたも

が、量子コンピューターメモリーとして開発が進んでいるということです。“電磁トラップ”など

の詳細については、開発競争の中では、機密事項になっている部分が多いのかも知れません」

「うーん...でも...少し具体的になって来たわよね...」マチコが言った。

 

A 単一量子ビット操作能力の構築・・・ >   

    wpeA.jpg (42909 バイト)        

「ええと...」淡島が、紙資料をめくった。「量子コンピューターを創るには...“量子ビット記憶

装置”の次に、“単一量子ビット操作能力”が求められます。“単一量子ビット”を十分に操作で

きなければ、量子コンピューターは夢に終わってしまいます。

  これもまた、量子デバイス基本的可能性の問題ですね...ともかく、半導体素子ではない、

“量子もつれ素子”ということになります...“量子もつれ”も、“補足イオン”を使うか、“光子”

使うかで、システム全体が大きく異なって来ます。

  最終的に、どのようなものが汎用型になるのかは、まだ分かりません...あれこれやっている

うちに、さらに斬新なものが生まれて来るもかもしれませんね...」

「うーん...はい、」マチコが、うなづいた。「でも、今は、“補足イオン”の方が進んでいるわけで

すね、」

「うーむ...そうです...」

 

「ええと、いいですか、マチコさん...」淡島が、顔を上げた。

「はい、」マチコが、ミケの首を掴んだ。

“補足イオン”の...“磁気的方向/・・・上向き、下向き=ということで...“量子ビット”

を表現すれば...振動磁場を一定時間にわたって“補足イオン”に加えることで...“量子ビッ

ト”“反転(/からに、あるいはからに変えること)や、“重ね合わせ”が可能です...」

「うーん...とりあえず、」マチコが、うなづいた。

  淡島も、それに小さくうなづいた。

「いいですか...

  “電磁トラップ”の中で、“補足イオン”どうしを隔てている距離は...一般的には、数マイクロ

メートル程度と言われます。この短い距離を考えると、振動磁場を特定のイオン1個だけに加え

るのは、非常に難しい技術でしょう...

  しかし、実際の量子計算では、1つ“量子ビット”を動かし、その隣はそのままにして置くとい

操作は、どうしても必要になりますね。したがって、ここは重要なポイントになります...ま、し

かし、“対象とする量子ビット”、あるいは“複数の量子ビット”に的を絞り、レーザービームを当て

ることで、この問題は解決可能なようですね...詳しいことは、分かりませんが...

  まあ...楽な技術開発ではないということでしょう。しかし、量子コンピューターの開発では、

全てがそういう状況なのかも知れません。半導体素子/トランジスターに代わり、“量子もつれ

/量子テレポーテーション”や、“重ね合わせ”という、量子情報科学次世代テクノロジーが使

われて行くわけですから、」

「うーん...はい、」

「まあ...

  数マイクロメートル間隔の、イオン/原子の1個1個に的を絞り、レーザービームを当てて行く

とい作業ですから、実に細かい技術です...それも超高速のスピードと、高い信頼性が要求さ

れます」

「うーん...そんなに細かいことが、必要なのかしら...」

「そうです...」淡島が、口に掌を当てた。「まあ...そうですねえ...

  この、目の前にあるパソコンも...トランジスター・チップ上で動いているわけです。これも、相

当に細かな世界です...しかし、インターフェース人間サイズということで、この大きさになって

います。そういう意味では、あまり変わりがないのかも知れません...いずれにしても、肉眼で見

えていて...ピンセットでつまむような世界ではありません...」

「あら...そのぐらいは、私でも分かるわよね、」

「はは...」淡島が、悪戯っぽく頭をかいて見せた。「すみません、」

「うーん...」マチコが、その冗談に満足そうな笑みを作った。「でも、さあ...

  電子デバイスと、量子デバイスでは、計算能力がまるで違うわけですね...“重ね合わせ”

を使うことによって、」

「それだけではありません。“量子テレポーテーション”を駆使すれば、抵抗なしでコピーが可能

になります。まあ、この辺りは、今回の“参考文献”では、あまり触れていませんね...

  ええと、塾長...もう少し、説明を進めておきましょうか?」

「うーむ...そうですねえ...あまり、難しくならない程度に、」

「はい...」淡島が、資料に目を落とした。

 

「...ええ...」淡島が言った。「では...

  “補足イオンの実験”では、ですねえ...電気的に浮揚させた個々のイオンが...小さな棒磁

のように振舞います...各々の棒磁石の方向(/上向きと、下向き)が、“量子ビット”に対

応するわけですね...“電磁トラップ内のイオン”は、レーザー冷却法によってほぼ静止させるこ

とができます。

  あ...レーザー冷却法というのはですね...レーザー光線で、原子に光子を散乱させること

で、原子の運動エネルギーを奪う冷却法のことです...絶対零度(−273.15℃)近く、ボーズ=ア

インシュタイン凝縮に近い所まで冷却します...この場合は、静止させることが目的ですが、」

「うーん...すごいわねえ...コンピューター・デバイスで、こんなことをやっているわけね...」

「そうです...

  これらの“補足イオン”は...“真空容器”の中にあるので...周囲の環境からは分離されて

います。そうした環境下で、イオンどうしの電気的反発力(クーロン斥力)による強い相互作用を利用

し、“量子もつれの状態”を作り出すことができるのです...」

「あら...この“真空容器/電磁トラップ”の中で...“量子もつれの状態”が作り出されるわけ

ですか?」

「そういうことですね...

  そのための“電磁トラップ”です...この量子デバイスは、“量子もつれ状態”が創出されなけ

れば、そもそも、意味をなしません...」

「ああ...はい、」マチコが、うなづいた。

「それから...

  毛髪よりも細いレーザービームを...個々のイオン/原子照射することによって...“量子

ビット”に蓄えられている量子データを、操作・計測できるわけです...」

「うーん...そういうことだと...いうわけですね...」

「そうです...」淡島が、微笑した。あまり笑わない顔が、少し笑うとひどく楽しそうだった。「まず、

そういうものだと、覚えておいて下さい」

「はい...」マチコが、顎に手をかけた。

「ええ...

  “量子ビット記憶装置”...“単一量子ビット操作能力”...その次が、“量子ビット処理の

論理ゲート”の構築です...

  この量子ビット操作に、意味を与えなければなりません。“論理ゲート”で、操作できるようにし

なければ、道具にはなりませんからねえ、」

「はい...少しわかったような気がするわねえ...」マチコが、ニッコリと笑った。

 

「うーむ...」高杉が、椅子の背に体を引いた。「まあ...

  量子デバイス・コンピューターは、概念的にも難しいものです。量子力学の知識も必要でしょ

う...それから、何と言っても現在開発中の、次世代型/量子情報科学/テクノロジーです。私

たち自身も、時代の進展と共に、ここで学びつつ、考察して行くことになります...まさに、ここが

現場ですね...」

「はい...」淡島が、小さくうなづいた。「そうだと思います...

  大車輪の開発競争が展開している...次世代テクノロジー/量子デバイス・コンピューター

が、テーマです。私たちの情報源も、“参考文献/公開されている科学論文”だけという状況です

ね。これは、非常に限られた情報です...」

「そういうことですねえ...何とか、淡島・准教授の力をお借りて...進めて行きたいと思ってい

ます」

「さあ...はたして、何処までお力になれるでしょうか...」

「ここでは、何でも、ざっくばらんに話していただければいいわけです...」

「はい...」

「うーん...」マチコが、高杉の方を見た。「一息入れましょうか?」

「うむ、そうだな...今度は、お茶がいいな、」

「はい、」マチコが立ち上がった。窓の向こうに、立冬の暗い空が垂れこめていた。

 

 

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tea  time=

 wpeA.jpg (42909 バイト)     wpe56.jpg (9977 バイト)   wpe8B.jpg (16795 バイト)      

  リンク・ゲートから、《クラブ・須弥山》の羽衣弥生(はごろもやよい)が入って来た。後ろ

に、ワゴンを押して、コッコちゃんがついて来る。

「あ、弥生...」マチコが片手を上げた。「すみません...」

「お久しぶりね、マチコ...」弥生が、細い指を組み合わせた。「風邪をひいているん

ですって?」

「うん。でも、大したことはないの。コッコちゃん、ご苦労様でーす!」

「ウン!」コッコちゃんが、赤い鶏冠(とさか)を揺らした。

  マチコもワゴンに片手を添え、作業テーブルへ歩いた。弥生が、高杉と淡島に挨拶

し、それからお茶の支度を始めた。マチコが、サンドイッチの皿を作業テーブルへ移し

た。

「どうですか、弥生さん...」高杉が言った。「今年の、師走の様子は...?」

「大変ですわ...」弥生が、細い指を急須に当て、湯を注ぎながら言った。「社会が、

どんどん壊れて行くようですわ。生活を、維持できない人々が急増しています...私

の周りでも...」

「そうですか...」高杉が、腕組みをした。「世界中が、非常に不安定になってきまし

たねえ...」

「どうすればいいのか、分からない状態ですわ...」弥生が、高杉と淡島の前にスッと

茶碗を押し出した。

「すでに...」淡島が、茶碗に手を添えて言った。「それほど、深刻ですか?」

「はい...

  クラブ》の方も、客足はさっぱりですもの...それでも、何とか景気づけのために

サービスしていますが、ほとんどが赤字です...最近は、商売ぬきの、たまり場のよ

うですわ...」

「はは...」高杉が、顔を崩した。「弥生さんらしいですね、」

「はい...」弥生が、一瞬顔を輝かせ、唇を結んだ。「それでも、いいと思っていますの

よ...今まで、お世話になっていますし、できる所まで続けるつもりですわ」

我々も、」高杉が言った。「せいぜい、顔を出すようにしましょう」

「お願いしますわ」弥生が、指を組んだ。

「やるべきことは...」マチコが、自分の茶碗を引き寄せながら言った。「はっきりして

いるわよね。大公共事業で、【日本版/ニューデール政策】を推進するべきよね」

「そうだねえ...」高杉が、お茶をすすった。「“地球温暖化”という、現実問題が、重く

のしかかって来ています。そこからくる“壮大な感染症危機”や、“気候変動”“食糧

危機”が輻輳してやって来ます。

  したがって、“21世紀の新田開発”は、今までと同じ“新田開発”をするわけでは

ありません。“文明の折り返し”の中で進める、“新田開発”になるねえ。〔人間の巣

のパラダイム〕の中での、“人間の生き方の大転換”が求められます...」

「大変ですね...」淡島が言った。

しかし、まあ、それほど難しく考えることもありません...

  ともかく、やるべきことは、19世紀〜20世紀初頭の、労働集約型農業への回帰

す。あの郷愁の、全てが美しかった...『赤毛のアン』の時代への回帰です。ただし、

人口爆発という状況下で、軟着陸するには、〔人間の巣〕が必要だということです」

「なるほど...」淡島が言った。「やるべきことは、すでに明白なわけですか...」

  高杉がうなづいた。

「日本の現状では、」高杉が言った。「ただ、“総選挙”をすればいいという状況ではな

いですね...何を選択し...どのような社会を創出して行くかということです...」

「...」弥生が、静かにうなづいた。

  お茶が終わると、弥生は仕事があると言って引き返して行った。マチコが、リンク・

ゲートまで送り、後で行くと手を振った。

****************************************** 

B 量子ビット処理/論理ゲートの構築・・・     

              wpe8.jpg (26336 バイト)   

「さあ...」マチコが言った。「ええと... 

  汎用/量子コンピューター3つの基本要件は...“量子ビット記憶装置”...“単一量

子ビット操作能力”....そして3つ目が、“量子ビット処理の論理ゲート”の構築よね...」

「そうです...」淡島が、人差し指を立てた。「少なくとも1種類の...“量子ビットを処理”する、

“論理ゲート”が必要になります...量子デバイス・コンピューターですから...」

「はい、」

「ええ...いいですか...

  現在ある...プロセッサー(CPU/中央処理装置)基本構成要素には...“AND”“OR”など

がありますね。もちろん、こうした古典的“論理ゲート”と同様なものであってもいいのですが、

“量子ビット”に特有の、“重ね合わせ状態”についても、有効に機能する必要があります...」

「うーん...はい、」

「この機能が有効にならなければ、量子コンピューターとしての意味が失われます。3つとも重

要ですが、ここが最重要なポイントになります...」

「そうかあ...もっともな話よね...」

「そこで...」淡島が、眼鏡の中央を押した。「いいですか、マチコさん...

  “2量子ビット系・・・/2量子ビットの論理ゲート”として...最もふさわしいと考えられてい

るものに、【制御NOT】と呼ばれている論理ゲートがあります。これについて、簡単に説明しま

しょう」

「はい...」マチコがうなづいた。「その前にさあ...

  “2量子ビット系・・・/2量子ビットの論理ゲート”というのはさあ...2の2乗個・・・/

時に4つの値・・・/00011011を操作できる...量子コンピュータータイプのことで、

いいのかしら?」

「そうです...」淡島が、嬉しそうにうなづいた。「その通りです...そして...

  “補足イオン”を用いる量子コンピューターの...“2量子ビットの論理ゲート”としては...

【制御NOT】と呼ばれる、論理ゲートが基礎になるということです。これは、言葉の通り、“2個の

イオン”で構成されます。仮にこれらをとしましょう...」

「うーん...難しそうな話ねえ...」

「いや、簡単な話です...図があると分かりやすいのですが、いいですか...

  の方を、“制御ビット”としましょう...ここで、の値がなら、【制御NOT】/論理ゲートは、

の値はそのままにします...そして、の値がなら、【制御NOT】の値を反転するよう

にします...つまり、の値がならに...ならにするということです。いいですね...?」

の値がならそのままで...の値がなら、【制御NOT】の値を反転するということで

すよね?」

「そうです...

  さて...“入力される側”に対してとられる措置...つまり、反転するかしないかが...

の条件によって決まるために...【制御NOT】【条件論理ゲート】とも呼ばれています。この

【制御NOT】が、“2量子ビットの論理ゲート”の基礎になると言うことです...」

「うん...」マチコが、コクリとうなづいた。

「さて...次に...

  の値が...“重ね合わせ状態/・・・であると同時に、である”場合です...この場合に

は、“2つのイオン”は、“もつれた・・・重ね合わせの状態”になります...ここが、量子コ

ンピューターポイントになります...」

「...」マチコが、首をかしげた。「“もつれた・・・”ということは、“量子もつれ”のことかしら?」

「そうです、」淡島が、うなづいた。

「うーむ...」高杉が言った。「今回の“参考文献”では、ここはこれ以上の説明はないですね?」

「そうですね...」淡島が、高杉に言った。「ともかく...“量子もつれ”という現象そのものは、

その内部において、力学的構造がありません。したがって、こうした現象が、基礎物理学におい

確認・確証されたという以外に、説明ができないのです...

  そのうちに、詳しい論文も出てくると思います。あ、ここでも、後で、“量子もつれの作り方”とい

うものを、少し考察してみましょう...ともかく、とりあえず、量子デバイス・コンピューターの概略

を、簡単にスケッチしてみましょう。その後で、さらに考察します」

「うーむ、そうですね...」高杉がうなづいた。

 

「うーん...」マチコが、高杉と同一のモニターを見ながら言った。「【制御NOT・・・条件論理ゲ

ート】かあ...こんなことが、コンピューター制御の基本になっているわけね...私は、普通の

コンピューターのことも分からないけれど...」

「そうですねえ...」淡島が、自分用に用意されたモニターを眺めた。「ともかく...

  量子演算”を行うためには...【制御NOT...条件論理ゲート】と...“参考文献”には出

てきませんが、もう1つ...【量子位相ゲート・・・ユニタリ変換ゲート)との組合せで、実現で

きることが証明されています...

  この2つの基本デバイスについて...位相回転角の増大や、デコヒーレンス対策が課題と言

われています...」

「うーん...2つの基本的な論理ゲートがあるわけね、」

「そうです...

  開発初期においては...まず、素因数分解用データベース検索用暗号解読などの、専用

型・量子コンピューターが実現すると考えられています。その後で、汎用型・量子コンピューター

へと移って行くものと思われます。

  汎用型・量子コンピューターになって、全データの“量子重ね合わせ状態”を持つ、大規模なデ

ータベースが構築されます。膨大な気象予測地球シミュレーターなども、こうした汎用型・量子

コンピューターで、その威力を発揮できるでしょう」

「つまり、それが、量子コンピューター本格化ということかしら?」

「そうです...それは、まだ少し先の話になるでしょう...まず、専用型・量子コンピューター

実現すると考えられています」

「うーん...10年ぐらい先になるのかしら?」

「さて...どうでしょうか...」

現在...」高杉が言った。「量子情報通信まで含めれば...膨大な量子情報科学のテクノロ

ジーが、日本産・官・学の連携で動いているようですね。リスクが大きいので、現在は産業界

というよりも、官・学が主導で動いているのでしょうか?」

「そうですねえ...」淡島が言った。「そうした方面も、少し調べておきましょう...量子通信プロ

トコルについても、多少、私の耳に入ってきていることもあります...」

「お願いします」

  淡島がうなづいた。

「それが...」マチコが言った。「塾長が、いつか話していた...地球規模の量子情報系の出現

になるのかしら?」

「うーむ...」高杉が、天井を見た。「いずれ...

  “文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代本格化して来るだろうが...それは、“文明

の折り返し”/〔人間の巣のパラダイム〕同一軌道が条件だということです。そうでなければ、

非常に高い確率で、文明の破局が来るということです...」

「はい!」マチコが、コクリとうなづいた。

 

「ええと...」淡島が言った。「いいですか...話をまとめましょう...」

「はい...」

「ええ...

  既存の、古典論的コンピューターを参考にして考えると...数種類“量子論理ゲート”

することが必要になります。それぞれが、“数個の補足イオン”でできた、“量子論理ゲート”

をつなぐわけです...

  “各・量子ビット”の状態を表す“イオン”を...複数個...設けておくことで、従来と同じ“誤り

訂正技術”を、量子コンピューターにも適用できると考えられます。このように、冗長性(じょうちょうせ

い)を持たせることで...エラー発生率が十分に低ければ...システムはエラーを許容できるよ

うになります...」

「なるほど...」高杉が、顎に手を当てた。

「最終的には...

  微細なチップ上に...多数の電極を、複雑な形に配列し...そうした電極の間に、少なくとも

数千個のイオンを保持して操作するような...そうしたデバイスをつくればいいわけです。おそ

らくそうしたものが...当面の実用的な...“補足イオン型”/量子コンピューターを構成するの

かも知れません」

「まだ、先は長いということですか、」

「そうですが...すでに民間企業レベルでも、開発競争に入っています...詳しい事情というの

は、もちろん、分かりませんが...」

「ああ...」高杉が、顔をほころばせた。マウスを動かした。「そういえば...ボス(岡田)がこの間、

NECのイベント会場へ出かけた時、パンフレットを持ってきました...

  ああ、これですね...“量子ビット”に関連した、素子のようなものが展示してあったと言ってい

ました...ええと...このパンフレットには、こう書いてあります...

 

量子ビット間に結合制御用量子ビットを挟む、“可変式結合回路”を新たに開発

周波数の異なるマイクロ波を当てることで、量子計算に必要な1量子ビットの操作と

  2量子ビットの操作を切り替える動作を実行可能

 

  ...と、ありますね。何のことかは、詳しい説明はありません...しかし、こうした技術開発で、

民間レベルでも少しづつ、量子コンピューターに近づいている様子ですね...こうした技術の積

み重ねが、やがて量子デバイスの本格化につながって行くものと思います...」

「そうですか...」淡島が言った。「ええと...それは、NECですか?」

「そうです」

「ふーむ...」

  〔3〕 “カップリング”〜 “量子もつれ”を作る! wpeA.jpg (42909 バイト)

          wpe8.jpg (26336 バイト) 

「さて...」淡島が言った。「話を進めましょう...

  “2つのイオン量子ビット/・・・2量子ビット系”...を扱う【制御NOT/条件論理ゲート】

を作るには、まず“イオンをカップリング”する必要があります。“カップリング”というのは、“イオ

ンに会話”をさせるということです。

  この場合、どちらの“イオン量子ビット”プラスに帯電しているので...イオンの運動“クー

ロン斥力”として知られる現象を通じて...“電気的に強くカップリング”しています...」

「うーん...」マチコが手を組んだ。「“カップリング”かあ...

  つまり、カップルになるわけね...“クーロン斥力”で、“電気的に強くカップリング”しているわ

けね...“量子もつれ”とは違うのかしら?」

「大事な所ですね...」高杉が言った。「“量子もつれ”の概念自体が、最近の量子情報科学で、

一般にも知られるようになったものです。分かるようにお願いします」

「正直なところ...」淡島が、首を横にした。「私にとっても、新しい概念なのです...正直、十分

に理解しているとは言い難いですねえ」

「私と同様ですか...

  量子もつれ光子の伝送距離などは...まさに現在、基礎物理学において、実証実験が進め

られているものですからねえ...」

「そういうわけですから...齟齬(そご/くいちがい)のないように、慎重に話を進めて行きたいと思い

ます。そうした上でも、齟齬が起こる場合もあります...その時は、修正して行きます」

「そうですね...そういうことで、お願いします」

「はい...

  ええ、1995年に遡りますが...当時、オーストリア/インスブルック大学にいた、シラクゾラ

が、“クーロン相互作用”を利用して、“2個のイオン量子ビット”内部状態を、間接的に“カッ

プリング”し、【制御NOT/条件論理ゲート】を実現する方法を提案したようです」

「はい...」マチコが、真面目な顔で答えた。

「まず、その概略を説明しましょう...厳密に言えば、その変種ということになりますか、」

「はい、」

「ええ...

  まず...2個の小石を、ボウルに入れた状態を考えて下さい。それらの小石は、イオンのよう

に帯電していて、互いに反発するとします...

  2個の小石は、いずれもボウルの一番底に落ち着きたいわけですね。一番底の部分が、位置

エネルギー的に、一番安定しているわけです。ところが、クーロン斥力のために、“ボウルの両側

/傾斜の少し上の所/底より少し上の所”で、距離を保ち並んで停止します...厳密に言えば、

停止しているわけではありません...振動しています...」

「はい、」

「この状態では...小石は連携して運動しています...

  例えば、ボウルの中で、2つの小石間隔を保ったまま、並んだ方向に沿って、前後に振動

ています...つまり、くっついたり離れたりする方向で振動しています...」

「うーん...はい...」

「実は...“イオントラップ/電磁トラップ”中の、“イオン量子ビット対”も...これと同様の動き

をしているのです...」

「あ...その、例えということですね?」

「そうです...

  イオンは、“電磁トラップ”に補足された状態で...“バネで連結された2つの重り”のように、

“前後に振り子運動”をするわけです。この“イオントラップ/電磁トラップ”中のイオン列というの

は、“ニュートンの揺りかご”金属球のような振る舞いをするわけです...イオンは、その振動

運動を通じて、相互作用をしをしています。つまり、“カップリング”しているわけです」

「淡島さん...“ニュートンの揺りかご”というのは、何かしら?」

「ああ...」淡島がうなづいた。「はい...

  “ニュートンの揺りかご”というのは...パチンコ玉を数個糸で吊るし、水平に1列に並べたよ

うなヤツです...端のパチンコ玉を取り上げて、コツンと当てると、そのエネルギーが伝搬して、

反対側のパチンコ玉に伝わり、ポンと跳ね返るというやつです。見たことはないですか?」

「うーん...」マチコが、手を組んだ。「そういえば、そんなものを、見た事があるわね...“イオ

ントラップ”の中のイオンというのは、そんな状態にあるわけね、」

「そうです...

  “真空容器/・・・イオントラップ電磁トラップ”中のイオンは、“ニュートンの揺りかご”の状態

に例えられます。そのイオンレーザー・ビームを当て...“電磁トラップ”固有振動数に合

致したペースで、イオンをビームで“押す”わけです...

  これで、この振動運動を刺激できるわけです...つまり、影響を与えることができるわけです」

「うーん...ブランコを押すようにですか...で、それが、どうしたのかしら?」

「いいですか...

  “補足イオン型/量子コンピューター”を作る、1つの方法は...“補足イオン列の運動”を通

じて、“イオンをカップリング”することです...」

「はい...それは、分かります...

  つまり...どうやって、“イオンをカップリング”させるかということですね...あ、そうか、これ

“イオンはカップリング”しているのかあ...」

「そうです...」淡島が言い、唇をつまみながら、しばらく“参考文献”を眺めた。

  高杉も、自分のモニターの方を読んでいた。マチコが、ミケの頭を撫でながら待っている。

 

「ええ、いいですか...」淡島が、眼鏡に手を当てた。「もう少し、詳しく話ましょう...」

「はい...」マチコが、顎に指を当てた。

“イオントラップ”中では...

  電極の間で...1つのイオン列が、電気的に浮揚しています。各イオンプラスに帯電してい

て、クーロン斥力が働いています。これは、“ニュートンの揺りかご”のようです。そして、どれか

つのイオンを、レーザー・ビームを照射して振動を加えると、相互作用しているイオン列全体

することになります...」

「うーん...」マチコが、大きくうなづいた。

レーザー・ビームの照射は、イオンの磁気的方向を、反転させることができます...

  この磁気的方向は、前に説明したように...イオンが表現できるデータになります。例えば、

“上向き=“下向き=0というように、表現するわけですね。それを、反転させることができ

るわけですね...これが、データの操作になるわけです」

「はい...」

「ええ...少々ややこしいですが、いいですか...」

「はい...」マチコが、両拳を胸に当てた。

「ここでは...

  イオンの磁気的方向が、“上向き=の時にだけ...レーザー・ビームが、イオンに影響を及

ぼすようにすることができます...つまり、“量子ビット”の値がの場合にだけ、運動を刺激

するようにできるのです...」

「つまり...“下向き=の時は、何もしないというわけね?」

「そうです...

  さらに...イオン/微小な棒磁石は...空間的に振動している間に、向きが回転します。そ

回転の量は...イオン片方だけが“”の状態の時と...両方とも“”の状態の時とで、変

わってきます...」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「分かったような...分からないような話よねえ...」

「はは...」淡島が、自嘲気味に顔を崩した。「実は、私もそうです...

  まあ、これは、抽象概念の中の話ですから、実際の風景ではありません。実際は、量子の世界

ですから...」

「そんなあ...」マチコが両腕を開き、椅子の背に体を倒した。「真面目に聞いていたんですよ、」

「はは、すみません...

  ま、この“参考文献”だけでは、理解するのは困難でしょう...次世代テクノロジーで、取得で

きる資料も限られていますから...」

「うーむ...」高杉が、同調してうなづいた。「私たちも、まさに学びつつ、次世代テクノロジを、

垣間見てみたいわけですねえ」

「うーん...」マチコが、納得してうなづき、腰を浮かして座り直した。

「そうした中で...」高杉が、マチコを見て言った。「なんとか、考察を重ね、全体像を浮かび上が

らせようということです」

「はい...」マチコが、横にいるミケの頭を押さえた。それから、頭から背中の方に撫で下した。

 

「いいですか...」淡島が言った。「ともかく...こうした結果として...

  特定のレーザー・ビームを...注意深く調整した時間だけ照射し...“補足イオン”に、力を及

ぼせば...【制御NOT/条件論理ゲート】実現できるということです。

  “重ね合わせ状態”にあ“量子ビット”を、この【制御NOT/条件論理ゲート】で処理すると、

それらのイオンは...“量子もつれ状態”...になるということです...」

「うーん...」マチコが、ミケの首をつかんだ。「やっと、“量子もつれ”という言葉が出て来たわね

え...」

「そうですね...

  ともかくこれは...多数のイオン任意の量子計算を行うための、基本操作になるものです。

ここから、膨大な量子コンピューターの計算が拡大して行きます...」

「でも、一度聞いただけでは、分からないわねえ」

「まあ、今回は...

  量子計算というものが、どのようなものかが分かればいいとしましょう。量子情報科学につい

ては、少しづつ情報を増やし、理解を深めていくしかないでしょう。全く新しい、次世代型テクノ

ロジーになりますから。量子通信についてもそうですね」

「今回の考察は、」高杉が言った。「本格化・前夜の、予備知識という位置づけでいいでしょう」

「はい!」マチコが、両手を握った。

 

「ところで、どうなのですか...」高杉が、淡島に聞いた。「【制御NOT・ゲート】と言うのは、どの

ぐらい開発が進んでいるのですか?」

「うーむ...」淡島が、頭をかしげた。「そうですねえ...

  これまでに複数の研究グループが、実際に機能する【制御NOT・ゲート】を作っています。え

えと...オーストリア/インスブルック大学...アメリカ/ミシガン大学/アナーバー校...

国立標準技術研究所...イギリス/オックスフォード大学...などです。個別の詳しいデータは、

ここにはありません」

「で...日本は、どうなのですか?」

「出遅れていますね...

  日本では、東京大学総合研究大学院大学電総研理化学研究所大阪大学...などで、

量子情報通信などの研究が始まりました。

 

 “量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会/報告書”

 

  が、平成12年6月/2000年6月に出されています...後で、“参考文献”として取り上げま

すので、そちらの方に《ホームページのリンク》も入れておきます」

「はい、」高杉が言った。

「ええ...

  その報告書にも、戦略的/総合的な取り組みでは、出遅れているとありますが、8年後の現在

は、果たしてどうなのでしょうか。しかし、いずれにしても、民間企業も含めて、これから本格化す

次世代テクノロジーです。

  出遅れがあったようですが、長い開発競争は、ようやく始まったばかりです。今後、開発状況

の方も、少し調べてみることにしましょう」

「お願いします...」高杉が頭を下げ、ゆっくりと手を組んだ。

 

次世代テクノロジー・・・文明の折り返し

              wpe8.jpg (26336 バイト)  

「ところで...」高杉が、組んだ手をゆっくりと離した。「人類文明のステージの、大きなシフトにつ

いて、少し触れておきましょう。

  というのは、人類文明は今、文明発祥以来最大の転換点を迎えつつあります。それが、これま

でもしばしば提言されてきているところの、“文明の折り返し点/ターニングポイント”の問題

です。この戦略的視点を抜きにしては、次世代の遠望も、次世代テクノロジーも語れません」

「はい...」淡島が指をそろえ、高杉を見た。「そうですね...」

文明の発達段階の中で...

  これのでの...“早い/便利/豊かさの追求”という、“時代を突き動かしてきた価値観/時

代的パラダイム”は...“文明の第1ステージ/農耕・文明の曙”“文明の第2ステージ/エネ

ルギー・産業革命”で...1つの終局が来るということです。

  “ニュートン力学のパラダイム”と同様に、皆無となるわけではありませんが...“ニューパラ

ダイム/相対性理論”が登場した暁には、それは古典的であり、あるいは原始的となります。つ

まり、“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の到来で、そうした時代的価値観/時代的パラダ

イムは、“古いステージ/過去の遺物”になって行くということです...」

  高杉は、自分のモニターに目を投げ、また顔を上げた。

大自然の征服”...“粗野で巨大なエネルギー/核分裂・核爆弾”...“野生の香りを残す覇

権主義”...“欲望の延長された資本主義”...などは、“文明の第3ステージ”において、やが

て...

 

    “原始文明のステージ/欲望に突き動かされたステージ/古典的パラダイム”

 

  ...として、やがて過去の彼方へ過ぎ去って行くということです。まあ、このことは、大きなテ

ーマですので、別途に考察することにしていますが、」

「はい...」淡島が、うなづいた。「ふーむ、そういうものですか...大きな視野で俯瞰(ふかん)して

みることも、大切なことですねえ」

「まあ、それが、私の仕事です...

  一言、参考のために言っておけば...“文明の第3ステージ/意識・情報革命”開闢(かいび

ゃく)は...“文明の折り返し”〔人間の巣のパラダイム〕展開と...同一の軌道上におい

て、可能だということです。

  現在の、“開発型・発展型のパラダイム”/=“早い・便利・豊かさの追求”という、価値観

競争原理では、これ以上の存続は不可能だということです。また、文明形成の意味も、失われて

いるということです。つまり、“生命潮流のベクトルの本流”から、外れているということです...」

「なるほど...意味のないものということですか...」

「そうです...

  その意味で、惰性的に続いている...“戦争ゴッコ/覇権主義”...は、すでに“20世紀の

遺物”の意味しか持ちません。現在の延長線上では...“地球温暖化”“地球環境の沈没/生

態系の大崩壊”、そして、文明の破局しかありません。

  カタストロフィー・ポイント/破局点が、大接近して来ています...それは、感染症のパンデミッ

かも知れませんし、飢餓かも知れませんし、気候変動や、天変地異かも知れません。大量の核

爆弾が温存されている以上は、そうした大量破壊兵器による破局も、皆無ではありません。

  とりあえず...この全てに対処できるのが、〔人間の巣〕です。また、“意識・情報革命/・・・本

格的情報ハイウェイ時代”というものは、〔人間の巣のパラダイム〕の中でこそ実現します。現在

の、“早い・便利・豊かさの追求”という時代的パラダイムは、過去のものとなると思います...」

「では...新しいパラダイムは、どんなものがやって来るのでしょうか?」

「それは難しい問題です...

  が、現在分かっていることは...“物の領域”“心の領域”の、統合の時代がやって来るとい

うことです...そして現在、すでに“文明の折り返し”が、まさに目前まで迫って来ているという

ことです...

  私たちはそれを、受け入れる覚悟が必要だということですね。そして、その方向へ向かって、

極的な行動をとるということです...」

「うーむ...大局的な話ですねえ...」

「ともかく...

  大自然の背後にある、濃密な自然情報系は...それ自体は、“生命潮流”とは直接ぶつかり

合うものではないようです...今の所は...

  むしろ、“文明の発祥と展開”は、“生命潮流のベクトル上”にある事象だと思われます。つまり、

文明の発達/・・・文明の深化は、リアリティー世界での必然ということでしょうか...そうだとす

ると、見えてくるものも、あるわけです...」

文明としての齟齬(そご/くい違い)は...」淡島が、言った。「文明の暴走と、人口爆発相乗効果

にあったのでしょうか、」

「そうですねえ...

  しかし、“真実の結晶世界/リアリティーの世界”には...“不要なものも”“間違い”“くい違

い”というものは存在しません。“この世/リアリティー世界”は、過不足のない連続した世界

からです。が...人類文明という視点から眺めれば、まさに、そういうことになりますねえ...」

「塾長はさあ...」マチコが、椅子の背にそっくり返った。「また、難しい話をはじめたわね...」

「はは...」高杉が笑った。「一言、言っておく必要があるのでね、」

  淡島が、笑って口を押さえた。

 

「ええ...」淡島が、紙資料をゆっくりと撫でた。「話を戻しましょう...

  複数の研究グループが...実際に機能する【制御NOT・ゲート】を作っていると言いました

が、まだ完璧に動作するものは出現していません...これは、“レーザー強度の揺らぎ”や、周

囲の“電場ノイズ”など...イオンに引き起こされる、運動を乱す要因が残っているためだと考え

られています」

「うーん...」マチコが、頭を横にした。「ノイズ(雑音)かあ...」

「現在の...

  “2量子ビット・ゲート”“忠実度”は、99%をわずかに超える程度といいます。つまり、論理

ゲート】誤作動する確率は、1%未満ということですね。

  この値が、どのような位置にあるかというと...実用的・量子コンピューターでは、“誤り訂正”

が適切に機能するためには、“忠実度/99.99%”程度が求められています。つまり、誤動作

する確率は、0.01%未満が必要ということです...」

「うーん...厳しいわねえ...100分の1に減らすのかあ...実現は、可能なのでしょうか?」

「まあ...大仕事でしょう。しかし、可能と、考えられています...

  “補足イオン型/量子コンピューター”を目指している研究者にとっては、この背景ノイズを減

らしていく作業は、目的達成の“関門の1つ”と考えられているようです。途方もなく厄介な作業

すが、前にも言ったように...実現を阻む原理的な障害はない、と言われています」

「うーん...」マチコが、どこかへ行こうとするミケの尻尾をつかまえた。

  ミケが、フウーッ、といって脚を踏ん張った。それから、フギャッ、と怒って振り返り、マチコの手

に爪を立てた。

「オッ...」と、マチコが、尻尾を持ったまま、攻撃をよけ、尻尾で吊り上げた。その後で、ミケを開

放してやった。

 

<量子もつれ考・・・>   

            wpe8.jpg (26336 バイト)  wpeA.jpg (42909 バイト)   

「あの、淡島さん...」マチコが、電磁ペンをクルクル回しながら言った。「“量子もつれ”の意味が

さあ...もう1つ、分からないのよね...」

「そうですねえ...

  “量子もつれ”の概念は、これまでの日常にはなかったものです。基礎物理量子力学で、“相

補性”や“確率の概念”...あるいは、【不確定性原理】や、【ベルの定理(局所原因の否定/局所的・部

分的存在の否定・・・数学的証明)のように...そうした中に、“量子もつれ”という現象/概念が、加わる

ということです。

  まあ...“量子もつれ”という言葉については...“参考文献/日経サイエンス”では統一さ

れているようですが、他にも色々と言われています...例えば、“量子もつれ合い”とか、“量子

相関”とか...“もつれ合いスワッピング”とか...あ、スワッピングというのは、物々交換をする

ことですね...

  最先端の現場では、まだ言葉の統一がなされていないのでしょうか。それとも、この数年の間

に、そうしたものがすでに統一されてきているのでしょうか。まあ、これは言葉の問題であり、大き

な問題ではないですね」

「うーん...次世代テクノロジーかあ...」

「ええ...

  “総務省/郵政事業庁/・・・21世紀の革命的な量子情報通信技術の創生に向けて”

   (ホームページ//“量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会 報告書/平成12年6月”)

  ...で、“量子もつれ”について、研究報告されています。参考のために、抜粋して掲載してお

きます...

 

  ええと...“もつれ合いスワッピング”については...次のように説明されています。


2つのもつれ合ったペアがある時、それぞれのペアからひとつずつ粒子を選び、この

2つの粒子の合同測定を行う。その結果、ノイマン射影により、残された2つの粒子が、

もつれ合うことになる...≫

 

  それから...“量子もつれ合い状態の光子対”については...こう説明されています。


量子論的な状態測定すると破壊されるが、2つの互いに相関のある状態の内の

片割れをのみを測定した場合、一方は破壊されるが、破壊されていないもう一方の状

態についての情報を示唆する。この状態は、隠れた変数理論を用いても説明できない

量子論特有の性質であり、もつれ合った状態と呼ぶ...≫

 

  ついでに...“観測による射影”については...こう説明されていますねえ...

 

“観測による射影”とは、上記(1)で述べた量子重ね合わせの状態にあるキュービッ

(量子ビット)を1回でも観測すると、同時に0と1の両方の値をとっていた状態が、0か1

のどちらかに決定してしまうという性質である。この性質を利用すれば、キュービット

状態の変化の有無により、通信途中で傍受(観測)されたかどうかの判定が可能にな

る。量子暗号における量子暗号鍵配布はこの性質を活用している...≫

 

  あと...“量子もつれ合い/量子相関”については...次の説明がありました。

 

“量子もつれ合い”とは、2つ以上のキュービット(量子ビット)がある場合に互いに、

を持つことができる性質である。この性質を利用して、例えば、相関のあるキュー

ビットの集合体を、送信者受信者が共有することにより、瞬時に大量の情報を遠隔

地に伝達できるという理論(“量子通信”のうち“量子テレポーテーション”)が確立して

いる。本報告書においては、量子もつれ合い量子相関と表現している場合もある≫

 

   ...と、説明しています...ここでは、抜粋はこれぐらいにしておきましょう。量子情報科学は、

新しいテクノロジーの分野です。説明することが、山ほど広がっています。それを、今回のように、

少しづつ紹介していこうと思います」

「そうですね...」高杉が言った。「よろしくお願いします...

  ええ...実際に、私たちにとっても、新しい概念の世界です。私たちも、日々、勉強することば

かりです。20世紀初頭に始まった量子力学の新しい概念の波は、理解するのが非常に難しい

がゆえに、事実上棚上げにされていた観があります。

  科学の現場でも、【ベルの定理(局所原因の否定/局所的・部分的存在の否定・・・数学的証明)などは、まさ

に回避して進んで来たわけです。そして、そうした矛盾もまた、随所に顕在化してきたということ

なのでしょうか...

  それが...量子情報科学テクノロジー・スタートによって...ようやく本格化の俎上(そじょう)

に載ったようです。量子力学非局所性の概念が、量子デバイス上で実体化するということです

ねえ。また、“量子テレポーテーション”などという言葉も、実在のものとして登場してきました。

  時代の流れが...デカルトの言うところの...“思惟するもの/心の領域”と、“延長されたも

の/物の領域”統合で...学問的課題に、ようやく到達して来たというところでしょうか、」

「そうですねえ...」淡島が言った。「いずれにしても...

  近い将来...量子情報通信や、専用型・量子コンピューターが、まず具体化して行くでしょう。

汎用型・量子コンピューターが実現するのは、その後になるようです」

「うーむ...

  量子コンピューター量子情報通信による“情報ハイウェイ”が...いよいよ地球生命圏・規

で、ネットワーク化されることになりますねえ...それは、この地球生命圏に、新しい側面を付

与することになるかも知れません...

  このドローイング(デッサン、製図)は...人類文明の英知を結集し、慎重に進めていくべきです。

分水嶺に降るこの最初の雨水が...“文明の第3ステージ”という大地の、最初の原型刻印

て行くことになります...こういう原型の刻印は、修正が不可能です...

  人類文明における“宗教的原型”が...釈尊キリストが生まれた、紀元前後大宗教時代

にありますが...まさにそれが、ホモサピエンス文明精神性を形成しました。そして、その影

響は、2000年たった今後も続いて行くわけです...

  現在、そうした規模の、“情報ハイウェイ”ドローイングが、地球生命圏に付与される段階に

あります。現在のインターネットの次にくる、次世代/量子情報通信で、“情報ハイウェイ”本格

するわけすね...それが、どのような位置づけになるのかは、現在は想像を絶しています」

「はい...」淡島がうなづいた。「まあ...いずれにしても、これからでしょう...」

「そういうことですが...」高杉が、ゆっくりと椅子の背に体を倒した。「あまり時間がありません」

「そうですね、」

「結局、さあ...」マチコが言った。「“世界政府/地球政府”が必要ということかしら...?」

「そう...」高杉が、小さく、強くうなづいた。「ここで考察する課題ではないですが、まさにその通

りでしょう」

「はい!」

  〔4〕 チップ上で、イオンを操作する・・・ wpe7.jpg (10890 バイト)  

          wpe8.jpg (26336 バイト)

「ええ...マチコです!」マチコが、インターネット正面カメラの方に頭を下げた。「年が変わりまし

た!少し時間がたちましたが、明けましておめでとうございます!

  この仕事は、2008年から、2009年という年末・年始をまたいでの仕事になりました。大量の

失業者が出ている“激動の年/大変動の年”が始動しています。ともかく私たちは、私たちの仕

事を、しっかりと続けて行きたいと思っています...今年も、よろしくお願いします!」

 

「そういう訳で...」マチコが、カメラ目線を外した。「塾長、淡島さん...今年もよろしくよろしく

お願いします!」

「はい!」高杉が、重々しく頭を下げた。「今年も、よろしくお願いします!

  激動の2009年が、すでに始動しています。その方面については、 My Weekly Journal》

方で、各スタッフが、本格的な考察を行っています。私も、《2009・新春対談》で、“塾長として

のコメント”を出しましたが、本格的な考察はこれからになります。

  ええ...そういうわけですが...淡島さん、今年もよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」淡島が、作業テーブルの上で両手を揃えた。

 

「さっそく、本題に入ります...」マチコが言った。「ええと...淡島さん...

  “補足イオン”を使って...“本格的な量子コンピューター”というものが...本当に作ること

ができるのでしょうか?」

「そうですねえ...」淡島が、胸ポケットに手を当てた。「いいですか、マチコさん...

  くり返しますが...長いイオン列...量子ビット数にして、約20以上のイオン列は...実質

的に制御不能だろうと考えられています。これは、イオン集団振動モードが非常に多くなり、

それらが互いに干渉しあうからです...そこに、1つの限界が見えます」

「うーん...振動モード干渉かあ...」

「そこで...」淡島が言った。「工夫が必要になります...

  量子コンピューターハードウェアーを...“制御可能な小さな塊に分割”する、という手法の

検討です。短いイオン列を、チップ上で、方々に動けるようにするわけです...そして、その短い

イオン列に、それぞれ計算を実行させようというわけです」

「うーん...せこい考えねえ...」

「いや...」淡島が、笑って手を立てた。「ええと、いいですか...並列処理とは、そういうもので

す。その小さな処理能力相乗効果が、莫大な処理速度を生み出すのです...」

「そうかあ...」

「いいですか...

  電気的な力イオン列を動かしても...“イオン・トラップ”内部状態は乱れないようになっ

ているので、イオン列が運ぶデータそのものは、保存されるわけです...それから、イオン列ど

うし“量子もつれ”の状態にすればいいわけです。

  そうすれば...データを転送したり、多数の論理ゲート動作を必要とするような処理を、実行

できると考えられています...こうした技術が熟成して行くには、やはり多少時間が必要です。

  しかし、“ヒトゲノムの解読”でも経験したように、技術的な飛躍には、それほど時間はかから

ないのかも知れません...ただ、汎用型・量子コンピューターや、量子通信ネットワークインフ

ラ整備などでは、それなりに時間はかかるでしょう...」

「うーむ...」高杉が、腕組みをした。「どうも...

  現場/現物を見ていない我々には...いまひとつ、実感というものが無いですねえ...」

「実物を見たとしても...」淡島が、顔をほころばせた。「コンピューター・デバイスですから、中の

様子が見えるわけではありません。それは現在の電子デバイスでも同様でしょう...」

「まあ...そういうことですねえ...」

 

「この量子チップの設計は...

  実は...デジタル・カメラに使われている、CCD(電荷結合素子)に似た所があります。CCDが、多

数のコンデンサーが並んだアレイ(配列)の中で電荷を次々と動かしていくのと同様に、この量子

チップ線形トラップが並んだ格子の中で、個々のイオン列を動かして行くのです」

「ふーむ...」高杉がうなづいた。

米国立標準技術研究所で行われた...“補足イオン”/実験の多くは...“マルチゾーン線形

トラップ”の中で、イオンを往復させるもののようです...

  しかし、もっと大規模なシステムに拡張するには、イオンどんな方向にも導けるように、多数

の電極を備えた、より高度な構造のものが必要となります。イオンを閉じ込めて、往復を正確に

制御するには...電極10〜100μm(マイクロメートル)と、非常に微小なものが要求されます」

「ふーむ...」

「まあ、この辺りは...

  最新のコンピューター・チップ製造に使われている技術が、応用できるようです。つまり、先ほ

ども言いましたが、微小電子機械システム・・・MEMSマイクロマシン...それから、半導体リ

ソグラフィーなどの、微細加工技術が応用できるようです」

電子デバイスも、量子デバイスも...どっちも、微細領域加工技術で作るというわけですか。

ただし、電子制御ビットを扱うのと...“量子もつれ”制御“量子ビット”を扱うのが...根本

的に異なって来るわけですか」

「そういうことになりますね...

  量産型の微細加工技術としては、その辺りが最先端ですから...しかし、加工技術としては、

単なる電子を扱うのよりは、はるかに高い技術が要求されてくるはずです。これは、ナノ・テクノ

ロジーの領域とも重なって来るのでしょうか...」

カーボン・ナノチューブのような、ナノテクですか...」

「そうですね...

  ええ...この1年間ほどの間に、幾つかの研究グループで...初の“集積イオントラップ”

実証した様子です...ミシガン大学と、メリーランド大学/物理科学研究所の科学者たちが...

ガリウム・ヒ素半導体を使って、“量子チップ”を作った様子です...

  一方...米国立標準技術研究所の科学者たちは...イオンが、チップ表面の上に浮遊する、

“新構造のイオントラップ”を開発した様子です...

  それから...通信システム・メーカーアルカテル・ルーセントと、米国立サンディア研究所の

グループは、さらに一風変わった“イオントラップ”を、シリコンチップ上に制作した様子です。もち

ろん、その詳細は分かりません...

  事情が、どうなっているのか、外部の人間にはよくは分かりませんね...技術を公開/共有

するといっても、特許などの問題もあり、壮大な開発競争になっています...次世代のパラダイ

を切り開くような、巨大な総合技術開発としては、“ヒトゲノムの解読”以来になるでしょうか」

「淡島さん...」マチコが、首を横にかしげながら言った。「アメリカの話ばかりでさあ...日本

はどうなのかしら?」

「そうですねえ...

  “参考文献”の著者は、メリーランド大学米国立標準技術研究所の科学者ですから、やはり

アメリカ中心の話題になってしまいます。もちろん、高杉・塾長も紹介したように、NECなどでもや

っているわけです。

  私が知っている日本の研究グループだけでも、相当数にのぼります。まあ今後、国内での話

も、喧(かまびす)しくなってくるでしょう...」

「はい...」マチコが、口に手を当てた。

「ええ...」淡島が、高杉の方に顔を向けた。「これらの、開発された“チップ・トラップ”について

は、まだ、完成されているわけではありません...多くの仕事が残っている様子です...未完

成品ということですね」

「はい、」高杉が、うなづいた。「それは、分かります...最初から、完成品ができるわけではな

いですから、」

「そうですね...」淡島が、モニターに目を投げた。「まず...

  近くの“チップ表面”から発生する...“原子ノイズ”を減らす必要があるようです。これは、

体窒素液体ヘリウムで、電極を冷やすという方向になるようです。

  それから、イオン温度が上昇し...その熱運動によって、位置が乱れるのを防ぐために...

“チップ上”を移動するイオンの動きを、巧妙に調整する必要があるようです...これは、単純な

T字路に沿ってイオンを動かすのにも...実は、電気力慎重に同期させる必要があるようです

ね...」

「うーむ...」高杉が、うなづいた。「まあ...

  こうした基礎技術の開発というのは...かつて、歩いてきた、懐かしの道なのでしょうねえ...

現在の、コンピューター技術の開発/発展の歴史や、DNA解読技術の開発/発展の歴史のよ

うに...同じ、技術開発の道を歩いているのかも知れませんねえ...」

「私たちは部外者ですが、現場ではそうかも知れませんねえ...

  そういう意味では...“開発のやり方”という意味では...すでに非常に多くのものを学び、そ

の蓄積もあるのだと思います...」

  高杉が、深くうなづいた。

「ただ...」高杉が言った。「“大量生産/大量消費・・・開発/発展型の経済主導の時代”

いうのは、すでに過去のパラダイムになりつつありますね。次に来る、“文明の第3ステージ/意

識・情報革命”の時代の、“新らしい価値観”が、この“情報ハイウェイ・ウェブ”に実装されること

になります。

  この“情報ハイウェイ・ウェブ”が...“未曾有の大艱難の時代”を、軟着陸に導くことになる

のだと思います...まず、それには、“世界政府/地球政府”が必要になります...」

「うーん...はい...」マチコがうなづいた。

  〔5〕 光子カップリングする方法・・・ wpe8.jpg (26336 バイト)  wpe7.jpg (10890 バイト) 

        wpeA.jpg (42909 バイト) 
 

「さて...」淡島が、紙資料をトントンとそろえた。「“補足イオン/量子コンピューター”の実現へ

は、もう1つのアプローチで、研究開発が進んでいます...

  それは、“イオンが放出した光子によって・・・イオンどうしをカップリング”する方法です。つ

まり、これまで説明してきた...“振動を通じてイオンをカップリング”...するのではなく、“光

子を使って、量子ビットを関連付ける方法”...ということになります」

「うーむ...」高杉が首を回し、椅子の下に来たミケの頭に手を触れた。「この方法だと...イオ

ン制御の困難性の幾つかを、回避できそうですねえ...まあ、他の問題が出て来るのかも知れ

ませんが、」

「そうですね、」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。「そういう...“カップリング”もあるわけね...」

「そういうことです...」淡島が、紙資料をテーブルに置き、その上をひと撫でした。「ええと...

  これを研究しているのは、シラクゾラーということですが...“参考文献”の著者のお仲間な

のでしょうか...二人の詳しい説明はありません。この彼等と、その共同研究者であるミシガン

大学/デュアンと、ハーバード大学/ルーキンが、2001年にこの基本的概念を提示していま

す...」

  淡島が、紙資料をめくった。

「ええと...それによれば、ですねえ...

  “離れた2つの補足イオン”から、光子が放出され...その、“光子の特性/・・・偏光・色”が、

放出元のイオン“磁気的・量子ビット状態”と、“量子もつれ”になるというものです。光子はそ

の後、光ファイバーを通って、ビーム・スプリッターに導かれ...“光検出器”に到達します...」

「うーむ...」高杉か、ミケの頭を指先で撫でた。「ともかく...先を聞きましょうか、」

「そうですね、」淡島がうなづき、マチコの方を見た。「まず、一通り説明しましょう」

「はい」マチコが、うなづいた。

「まず、ここで使われるビーム・スプリッターとは...

  光ビームを2つに分ける光学装置です。しかし、ここでは“逆の働き”をします...つまり、ここ

光を統合することにより...遡って、“放出元のイオンどうしをカップリング”するのに使われま

す」

「...」マチコが、反対側に頭を倒し、腕組みをした。

                  wpe8.jpg (26336 バイト)  wpe7.jpg (10890 バイト)

「ええと...」淡島が肩を回し、リモコンでスクリーン・ボードの電源を入れた。

  スクリーンに、大きな略図が表示された...“補足イオンの真空容器”2つある。そこから、

それぞれ光ファイバーが下方へ伸び、ビーム・スプリッターをはさんで結ばれいる。そして、その

ビーム・スプリッターからは、また2本の光ファイバーが伸びていて、“光検出器”に繋がれてい

る...今、淡島が説明した概念図だった。

「いいですか...」淡島が言った。「この図のように...

  “補足イオン”が、離れた場所2つあります...ぞれぞれの“真空容器”の中にあり、隔離さ

れた状態にあるわけですね。これは、分かりやすく単純に描いてあるわけです。この“双方の補

足イオン”に、レーザーパルスを照射し、励起させます。

  すると、イオン光子を放出し...それぞれが光ファイバーに入り...2つの光子は、ビーム・

スプリッターで、干渉するわけです...」

「うん、」マチコが、コクリとうなづいた。「それは、分かるわよね...なんとなく...」

「次に...

  光子の振動数は、“イオンの磁気的向き(/上向き・下向き)によって決まります。“上向き”“下向

き”が半々の...“重ね合わせ状態にあるイオン”...が放出する光子は、“振動数も2つの重

ね合わせ”になります...」

「...?」マチコが、首をかしげた。「...よく分からないわねえ、」

「そうですね、」淡島が、うなづいた。「そうかも知れません...

  しかし、まず、一通り説明することにしましょう。新しいテクノロジーの、難解な領域です。理解

するには、基礎的知識が必要になります。したがって、全体風景を固めながら、くり返し説明して

行くことにしましょう...そういう訳で、ともかく、話を進めることにします。学問とは、本来、そう

いうものですから、」

  高杉が、深くうなづいた。

「はい!」マチコも、コクリとうなづいた。「でも、さあ...

  光子の振動数が、“重ね合わせ”になるというのは...音の振動数を重ねて、和音になるとい

う...アレなのかしら?」

「そうです...」淡島が言った。「ええと...いいですか?」

「はい、」

「この離れた...“双方の補足イオン”から出た光子が...

  “偏光・色が同じ状態”にある場合は...ビーム・スプリッターはこれらを、“両方とも1つの光検

出器”に導きます...しかし、“偏光・色が異なる状態”の場合は...干渉しないために、別々の

“光検出器”に向かうことになります...ここが、ミソ(味噌/特色とする点)です...」

「うーん...ミソかあ...」マチコが、ポカンと口を開けた。

「そして...いいですか...ここが肝心です...

  この現象がひとたび起こると...元の“補足イオン”どうしは...“量子もつれ状態”になるの

です!どちらのイオンが、どちらの光子を放出したのか...区別できなくなるからだということで

す...ここが、難解かも知れませんが...まあ、今の所は、こういうものだと納得して下さい。そう

でないと、話が進みません...いずれ、全体構造の中で、理解できると思います」

「うん...それは、いいけどさあ...」マチコが、前後に体を揺らした。「“量子もつれ”というのは、

こういう風に作るんだあ...その、“量子もつれ状態”“補足イオン”どうしは、“量子テレポーテ

ーション”で結ばれているということかしら...」

「そうですね、」

                       wpeA.jpg (42909 バイト)        wpe8.jpg (26336 バイト)  

「ええ...」淡島が言った。「もう一度、別の角度から説明しましょう...

  いいですか...“補足イオン”から出た光子は...2方向から、ビーム・スプリッターに入って

来ます...それらの2つの光子が、“偏光・色が同じ状態”の場合は、“互いに干渉しあい”“同

じ経路”から出てきます。

  ところが...“偏光・色が異なる状態”...つまり、“補足イオンの量子ビット状態が異なる状

態”の場合は...干渉することなく、別々の経路をたどり..“別々の光検出器”に導かれます」

「うん...」マチコがうなづいた。

「そして...

  ここで、重要なポイントとなるのが...“光子が検出器で観測された後”には...どのイオン

どちらの光子を発したのか...まるで区別できなくなることです。つまり、この“量子現象”が、

“補足イオン”の間に...“量子もつれ状態”を生じさせるのです...少々難解な所です...」

「うーん...」マチコが腕組みし、体を横にかしげた。「この“量子現象”というのがさあ...分か

らないわけよねえ...

  でもさあ...“量子もつれ”というのは、どうしてなのかしら...そこに、観測だとか、区別でき

ないとかいうけど...そこに、“私”だとかの、“主観”が入って来る気がするわよねえ...」

「はは...」高杉が、顎を撫でた。「そこIに...“主体性/・・・存在の哲学体系”の、糸口があり

ますねえ...」

「はい...」マチコが手を組み、高杉の次の言葉を待った。

「しかし...」高杉が言った。「まあ、ここは、話を先に進めましょう...その話は、いずれ時が熟

した時に、考察しましょう。脱線し過ぎてしまいます」

  マチコが顔を落とし、うなづいた。

「そうですね...」淡島も言った。「ええと...実は、ですねえ...

  イオンから放出された光子というのは...毎回、うまい具合に、“全部が回収・検出”されるわ

けではないのです。いや、むしろ大半の場合は、光子は失われて、イオン“量子もつれ状態”

にはならないようです」

ビーム・スプリッターに入れて...」マチコが言った。「“光子をカップリング”しなければ、“量子

もつれ状態”にはならないわけね、」

「しかし、後は、このプロセスをくり返し...“2個の光子”“同時に検出器に補足”されるのを、

単に待ちさえすればいいわけです。そして、この種のエラーは、それで克服できるのだそうです。

“補足イオン列”は、時間が経てば、次々に“量子もつれ状態”になって行くのでしょう...」

「うーん...」マチコが、さらに腕組みを深くした。「つまりさあ...そういうことだと...いうわけ

ね...?」

「つまり...」淡島が、ほくそ笑んだ。「そういうことだと、いうわけです...

  ええ...“量子もつれ状態”に、いったん成功すれば...イオンどうしが遠く離れていても、“量

子ビット”一方を操作すれば、他方に影響が及び...【制御NOTゲート】ができ上がる、と言

ういうことです」

「それが...」マチコが、手を立てた。「たとえば...太陽系の端であってもさあ...成立すると

いうことかしら...?」

「理論的には、そうですね...

  ただ、現実にはどうでしょうか...太陽風電磁波の嵐の中を、そこまで“量子もつれ粒子”

飛ばすとなると、相当な物理的干渉が起こるでしょう...それに銀河空間からも、相当な電磁波

の干渉がありますからねえ...

  ただし、いずれは、“量子テレポーテーション”による、“量子通信”が開発されて行くと思われ

ます。現在、“量子もつれ光子を飛翔させる実験”が行われていますが...片割れ“真空容器”

に入れて...太陽系の端まで運び、“量子通信”が確立されれば...」

  淡島が、高杉の方に顔を向けた。

「...後は、高杉さん...時空間を超えた、“超・時空間通信”になるのでしょうか?」

「どうなのでしょうか...

  我々はそうだと思っているわけですが...まだ全てが、確信をもって断定できるような段階で

はないですねえ。特に、我々のような、門外漢の場合はです...しかし、はは...我々も、もの

好きであり...好奇心が強いですからねえ...」

「うーん...そうよね...」マチコが、鼻をつまんだ。

人間的影響哲学的側面触れると・・・         

                         wpe8.jpg (26336 バイト)   

哲学方面では...」高杉が、ゆっくりと脚を組み上げた。「なかなか、参考になる文献は、見当

たらないですねえ...したがって、勝手に解釈することにしましょう...

  そういう訳で、これが、“考察の叩き台”になってくれれば、幸いと考えています。しっかりとした、

学問的な裏付けがあるわけではないので、よろしくお願いします」

「はい...」マチコが唇を引き結び、インターネット・カメラに小さく頭を下げた。

「ええ...

  “量子デバイス・コンピューター”や、“量子通信”では...量子力学非局所性/超・時空間

側面が...私たちの日常生活において、顕在化して来るのかも知れません。そうしたもの

が、物理空間の中で具体化し...それが広く、応用・拡大して行くということですしょう。これは、

ホモサピエンス時間認識・空間認識が、大きく変容して行くということかも知れません...

  “量子テレポーテーション”とは...空間を超えた同時性が...物理的・宇宙空間拡大して

行くということでしょう。こうした同時性というものが本物なら...これまでのように、単なる量子

の世界や、“量子コンピューター”量子デバイスの世界ではおさまらなくなります。マクロの惑星

空間となると、人間の感性に与える影響は、はかり知れないものがありますねえ」

  マチコが、頭の後ろで手を組み、そっと体を伸ばした。

「さて...」高杉が、続けた。「それではいったい...

  ホモサピエンス“共通意識世界/この世”や...文明を構築している、“膨大な言語的・亜

空間の座標系”や...“因果律によるストーリイ性の発現”と、“時間・空間の人間的側面”など

は...いったい、どのように変容して行くのか、ということですねえ...

  はは...“案ずるよりは、産むが易し”ということですかね...“なるようになる”と...?」

「そうですねえ...」淡島が、紙資料の上に両手をそろえた。「そうした問題は、確かにあります。

しかし私は、テクノロジーの方面の話ばかりで、そうした理論哲学方面の話は、ほとんど耳に

していませんねえ...科学的成果も、ほとんどがソフト面ではなく、ハード面になっていますね、」

「そうなのです...」高杉が言った。「しかし、今後の問題として、ソフト面が気になります...

  リアリティーというのは...“眼前している切れ目のない・・・上下・左右/360度の全体風景”

なのですが...【ベルの定理】では...物理空間局所性というものを、数学的に否定してい

るといいます。私は、その数学的内容は知らないのですが...時空間距離にある現象の間に、

“光速を超える情報交換があり得る”...としているようですね...

  この【ベルの定理】は...科学技術文明の現場では、煙たい存在だったようです。つまり、あ

えてそれに触れず、科学技術の現場では、ここを回避してきたようですね。“心の問題”を回避し

てきたようにです。しかし、《量子情報科学》では、いよいよこの中に、足を踏み入れたわけです

ねえ...いや、つまり...こういう論点で、いいのでしょうか?色々言ってきているわけですが、」

「そうですね...」淡島が、小さくうなづいた。「私は、それでいいのだと思います...

  黎明期の量子力学の...あの“新しいパラダイムの波”が...再びよみがえるのでしょうか。

しかし、難解ですねえ...というよりも、既存の社会との整合性が、大きく崩れて来るかも知れま

せん...」

人類文明が...」高杉が、宙を見て言った。「還元主義的・機械論の...科学技術文明の途上

“棚上げにしてきたパラダイム”が...棚の上から崩れ落ちてきた...という所でしょうか。そ

うした時代が、やって来たということなのでしょうか、」

ニュートン力学の、あの終末期のようにですか...じゃあ、アインシュタインの出現が待たれま

すね」

「そうですね...しかし、それよりも、はるかに難しいようです...

  実際的にも...“物の領域”“心の領域”が、再統合される時代になったようです。そうした

体の枠組みの中で...“人間的空間の人間的風景/・・・因果律を超えた人間原理ストーリ

イ”というものを...再構成して行くステージが到来したのでしょう...それが、まさに、“文明の

第3ステージ/意識・情報革命”の時代と、重なるのかも知れません」

「うーん...」マチコが言った。「そうした未来というのは...もうそこまで来ているのかしら?」

「すぐ、そこまで来ているのは...」高杉が、言った。「間違いないでしょう...

  50年〜100年で、文明社会がどれほど変わるかということです...200年前は、あの江戸時

代のど真ん中だったわけですからねえ...」

「はい...」マチコが、ミケの頭を撫でた。

 

システムの構築・・・光共振器マイクロミラー・アレイ

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「さて...」淡島が言った。「この方面の技術開発について、少し説明して置きましょう...

  ええ...アメリカ/ミシガン大学とメリーランド大学のチームが...約1メートル離れた2つの

“補足イオン量子ビット”を...放出光子の干渉を利用して...“量子もつれ状態”にすることに

成功しています...」

「うーむ...」高杉が、スクリーン・ボードに目を投げた。

「ただ...」淡島が、高杉に言った。「問題は...

  先ほども言ったように...“量子もつれ”生成率が低いことです。放出された単一の光子が、

光ファイバーに捕捉される確率が、非常に低いのです。イオン“量子もつれ状態”になる現象

は...ええと...わずか、1分間/2〜3回の発生だったようです...」

「ふーむ...そんなに少ないのですか...」

「はい...

  ただ...“補足イオン”高反射率の鏡で囲う“光共振器”をうまく組み込めば、“量子もつれ”

生成率は、劇的に高められるということです。しかし、“光共振器”をこうした実験装置に組み込

むのは、現時点では、非常に難しい技術だということです」

「ふーむ...」

「しかし、1分間/2〜3回の発生とはいえ、“2つの光子の干渉”はその確率で起こるわけです。

そして、いったん干渉が起これば、その系を利用して、量子情報処理が可能になります。これは、

住宅にケーブルテレビを導入するのに似ているそうですよ。

  つまり、システムを導入するまでには、様々な段取りが必要です。しかし、いったん接続が完了

してしまえば、後は普通にケーブルテレビが見られるようになるわけです。ただし、直後は、まだ

通信速度の方は遅いですがね...」

インターネットもそうよね...」マチコが言った。「接続するまでが、大変なのよね。接続が完了し

てしまえば、その苦労は忘れてしまうわね」

「ええと...」淡島が、マチコに言った。「いいですか...

  多くの“量子もつれリンク”が確立されていなければ...“多数の量子ビット”に、“量子ゲート

演算”を拡大できないわけです...つまり、それでは“量子コンピューター”処理速度が遅いし、

ケーブルテレビインターネットの例えでも...通信速度が遅いということです...

  処理能力が抜群に速くなければ、次世代コンピューターとしての価値はありません。したがっ

て、光子“量子もつれ状態”生成率を上げて行くのは、至上命題なのです...」

「そうした...」高杉が言った。「増幅するための“光共振器”というのは、開発が始まっているわ

けですね?」

「はい...」淡島が、紙資料をめくった。「その辺りを、もう少し詳しく説明しましょう...」

「お願いします」

  マチコが、ミケを膝の上に抱き上げ、頭をなでた。

                            wpe8.jpg (26336 バイト)  wpeA.jpg (42909 バイト)    

「ええ...」淡島が言った。「“光子によるカップリング”は...

  多数のイオンを、“比較的簡単に関連づけられる可能性”を持つために、大きな注目を集めて

いるようです。これは、将来の本格化に向けて、有利な点なのかも知れません...」

  淡島が、リモコンでスクリーン・ボードの画像を送った。

「ええと...図に示したように...

  複数のレーザービームを...“補足イオン”アレイ(配列)に差し向け...放出光子を、一連

ビーム・スプリッターの列に導くわけです...ここに、高反射率“マイクロミラー・アレイ/光

共振器”を組み込み...光子の捕捉率を上げ...“量子もつれ”生成率を劇的に高めるとい

うわけです。まあ、光ファイバーに、より多くの光子を取り込み、ビーム・スプリッターに入れるとい

うことですね。

  ええ...これを“検出器”CCD(電荷結合素子)カメラで補足すれば...どの/2つのイオンが、

いつ“量子もつれ状態”になったかを、容易に検出できるわけです。そして、“量子もつれ状態”

になったイオンが増えるにつれて...“補足イオン・量子コンピューター”処理能力も、高まる

というわけです...」

「うーん...」マチコが、肩を揺らした。「こっちの方が、よさそうねえ...」

「さて...どういうことになるかは、開発の過程で決まって来るでしょう...

  あるいは...“光子によるカップリング”と、“振動によるカップリング”を、併用することになる

かも知れません。こうした併用によって、地球上で離れた所にある、“複数の補足イオン集団”を、

連係させることも可能と言われています。詳しいことは分かりませんが、これが“量子中継器”

基本になるもののようです」

「うーん...そうかあ...」マチコが、ボンヤリと言った。

「いいですか...

 “小さな量子コンピューター”を次々に接続した...“量子ネットワーク”を作り、これによって、

“量子ビット”を、数百キロメートルも離れた所へ伝送するのだそうです...こうしたシステムの

背景なくしては、“量子データ”はそれっきりになってしまい...失われてしまうことになります」

「うーん...既存のコンピューターと、互換性は無いのかしら?」

「いいですか...」淡島が、指を立てた。「人類は、何故...“量子コンピューター”や、“量子通

信”を創り出そうとしているのか...ということです...

  それは、既存のコンピューターを玩具化してしまう程の...次世代コンピューターの抜群の能

力/“量子テレポーテーション”による、抜群の量子通信ネットワークが形成できるからです...

  技術は、その方向へ伸びて行くのであって、旧型・情報機材との親和性を追求したものではな

いということです...もちろん、とりあえずは、リンクしたものになるでしょうが、」

「うーん...いずれは、“量子デバイス・コンピューター”や、“量子通信ネットワーク”の時代が来

るというわけね...急速に、そうなるのかしら?

「現在...」高杉が言った。「時代が大きく変動しているから、その方面の影響が、少なからずあ

るかも知れません。世界的大不況/経済の縮小や、“地球温暖化”によるパラダイムの変動

影響です...

  しかし...既存のコンピューターや、インターネットのインフラ整備を考えれば...どのぐらい

で、“量子コンピューター”を開発し、どのぐらいで“量子通信”のインフラ整備が普及するかは、

おおよその見当はつくでしょう」

「ただ...」淡島が言った。「技術的なブレークスルーにかかる時間は...これは当然、不確定

要素になります」

「そうですね...」高杉が、うなづいた。「しかし、一度歩いてきた道ですから...基本的デザイン

などは、ほとんど踏襲できると思います」

「はい...」マチコが言った。「もう、すぐそこに、見えてきたということですね?」

「そういうことです」淡島が、眼鏡に手をかけて言った。

  〔6〕 量子情報技術の展望・・・   wpeA.jpg (42909 バイト)

               

「さて...」高杉が言った。「そもそも...イオンを用いた“量子コンピューター”というのは、基本

的な技術の多くは、“原子時計”で開発されてきた技術だそうですね?」

「そうです...」淡島が言った。「まあ、そうですねえ...

  “イオン・トラップ”の中の...“冷却されたイオン”を応用したものは...“原子時計”と、現在

開発途上の“量子コンピューター”といったところでしょう...

  1個のミクロな粒子/イオン(正または負の電気を持った原子)を取り出して...それを個別に観測する

のは...1980年頃から可能になった技術です。それ以前は、量子力学の思考実験の中での

み、行われていました。

  それが、“イオン・トラップ”の中に、1個あるいは2個といったミクロ粒子を...周囲の環境か

ら隔絶し...長時間補足して...様々な実験ができるようになったわけですねえ。まあ、これだ

けではないですが、量子力学理論思考実験から、工学的な様々な応用実験に移行して来

たわけです...“レーザー冷却”や、“ボーズ=アインシュタイン凝縮”などもそうですね」

「そういえば当時...そんな論文を、“日経サイエンス”で読みましたねえ、」

「そうですね...」外山が、宙を見た。「私にとっても、懐かしい思い出です...

  ええ、さて...“イオンを使った原子時計”というのを...まず、簡単に説明しましょう。これは、

“イオン・トラップ”の中で、“1個の補足イオンの光吸収スペクトル”を観測して...レーザーの周

波数を、スペクトルの中心に合わせるように制御...して実現されます...」

「うーん...」マチコが、首をかしげ、ミケの喉をなでた。

「あれは...」淡島が言った。「確か...1980年頃でしたか...

  “1個のイオンを補足して・・・レーザー光線によって動きを止める実験”が、初めて報告されま

した。“レーザー冷却”ですね。そして、その頃、ドイツ/ハンス・デーメルト(ノーベル物理学賞受賞)が、

“究極の原子時計”提案しています。あ...デーメルトは、“イオン・トラップ”開発者の1人

ですね...

  1980年当時の技術では...実際にこの“究極の原子時計”を制作するのは、困難とされて

いました。しかし、そうした中で、先進各国で開発が進められました。それから、30年近くたつわ

けですが...現在、“セシウム原子時計”よりも1桁以上も高性能の、“イオン・トラップ” による

“原子時計”が報告されているようです...

  これは、10億年に1秒の誤差なのだそうです...30年の歳月を費やし、ようやくこの精度

到達したようですねえ。この“イオン・トラップ” の技術が、“量子コンピューター”の開発に移植さ

れているわけですね」

「でも、さあ...」マチコが、淡島に言った。「そんな“究極の原子時計”を、何に使うのかしら?」

「まあ、日常生活には必要のないものですね。しかし、そうした技術が、“量子コンピューター”

開発に移植されているわけです。次世代テクノロジーの、基礎技術になって行くわけです」

新理論に基づいた、基礎研究が実を結ぶには...」高杉が、両手を組んだ。「それぐらいの時

間が必要ということですね、」

「そうですねえ...

  その分、“量子コンピューター”の開発では、基本的な技術の多くは、“原子時計”の開発で培

われてきたものだと言います...しかし、“量子コンピューター”となると、“原子時計”とは技術

的な集積度が違います。しかも、“量子もつれ”という新しい量子技術が、デバイスに組み込まれ

て行くわけです...容易なものではありません...」

“量子通信”もさあ...」マチコが、ミケの頭を撫でた。「並行して、開発が進んでいるわけね?」

「そうですが...」淡島が言った。「その他でも、色々な技術が進んで来ていますねえ...

  例えば...“量子コンピューター”純粋なマシンなのですが...それと人間の脳をつなぐ、

インターフェイスの領域が、今後大きな課題として浮上して来るでしょう。これは、“意識=心の

領域”の問題とつながって来るわけです。ここが、大ブレークし、想像を超えた方向へ流れていく

かもしれませんね...

  これは、まさに高杉・塾長の言うところの...“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代

という、パラダイム的課題と重なって来るわけです」

「そうです」高杉が、微笑してうなづいた。

“文明の太陽系空間へのシフト”は、遅々として進みませんし、」淡島が、さらに言った。「“海

底都市の展開”となると...〔人間の巣〕よりもはるかに困難です...

  海底は、“深海底の掘削技術”は進んでいますが、“海底都市の建設”の方向へは進んでいま

せんね...そうなるとやはり、〔人間の巣〕の展開する中での、“文明の第3ステージの風景”

なって来るのでしょうか...中・長期的展望としては...?」

「そうだと思います...」高杉が、硬い表情でうなづいた。「選択肢は、多くはありません。じっくり

と考えれば、“選択すべき道”は絞られてきます...

  ともかく、〔人間の巣パラダイム〕が展開する中で、人類文明は再び大きな安定期を迎えるこ

とは可能だと思います。そうした中で、生態系とのバランスを保ちながら...“太陽系開発/太

陽系空間への人類文明の展開”も...進んで行くものと思います。

  “太陽系を舞台にした大航海時代”や、“オールトの雲/彗星の巣”を越えて、隣接する星系

への様々なアプローチも行われるでしょう。その時には、“量子テレポーテーション”による“量子

通信”は、想像を絶するほど進化しているのかも知れませんねえ...江戸時代から21世紀を見

るよりも、はるかにかけ離れた世界になっているでしょうねえ...」

「はい!」マチコがうなづいた。「100年後や、200年後の世界ですね、」

「うーむ...」高杉が、顎に手を当てた。「その前に...

  “21世紀/前半 〜 中期”の...“大艱難の時代”を乗り越えて行かなければなりません。そ

れを乗り越えた時...人類文明は太陽系空間にシフトし、大きな安定期に入って行くでしょう」

「うーん...200年前はさあ、江戸時代よね...200年後は、どんな世界なのかしら?」

「さて...その青写真を、今からデザインして行くわけです...

  私たちとしては、その“叩き台の1つ”として、〔人間の巣のパラダイム〕を提唱しているわけ

です。このパラダイムで...はたして“大艱難の時代”を克服し...“汎・太陽系時代の大安定

期”に、うまく入って行けるかどうかです...しっかりと、検討したいと思います...」

「はい...」

                   wpeA.jpg (42909 バイト)   

「ええ、マチコです...

  ご静聴ありがとうございました。今回は、これで終わります。“量子コンピューター”

の開発は、これからいよいよ本格化してきます。どうぞ、今後の展開にご期待下さい!」

 

 

    

 

 

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