Menu生命科学生物情報科学セントラルドグマを超えてRNA調節システムの考察

 ≪2005年/新春特別企画≫ 

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード            担当 : 外山 陽一郎   / 里中 響子

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プロローグ   2005. 1. 2
No.1 〔1〕“セントラルドグマ”とは ... 2005. 1. 2
No.2      <1>膨大な複雑系を処理しているのは、意識なのか? 2005. 1. 2
No.3      <2>セントラルドグマの形成                    2005. 1. 2
No.4 〔2〕  RNA調整システムの風景 2005. 2. 6
No.5 〔3〕 謎と矛盾の上に成立している生命と認識系・・・ しかし、何か変? 2005. 2.20
No.6      <3>人間と蚊が、チャンバラ...何か変? 2005. 2.20
No.7      <4>“電子情報系” “36億年の彼” 2005. 2.20

  

 参考文献

 日経サイエンス 2005 01

               特集/生命を支えるRNA  

               生物進化の陰のプログラム   J.S.マティック (豪クイーンズランド大学)

プロローグ            wpeB.jpg (27677 バイト)    index.1102.1.jpg (3137 バイト)   wpe8.jpg (26336 バイト)

 

「ええ、あけましておめでとうございます!里中響子です!

  今回は、≪2005年/新春特別企画≫として、“RNA調節システムの考察”

企画しました。

 

  ヒトゲノムの解読が完了し、その扉を押し開けようとしている今、私たちは遺伝情

報に関する理解について、大転換を迫られているようです...過去半世紀、分子生

物学を支配し続けてきた概念、“セントラルドグマ”が、大きく揺らぎはじめています。

   企画室では、この大転換時代の遺伝情報の解明を、“セントラルドグマを超えて”

と命名し、その第1弾として“RNA調節システムの考察”を企画しました。

 

  ええ...最先端の分野ですので、詳し過ぎると煩雑になります。全体の流れを、

私たちにも理解できる程度に、スケッチしたいと思います...

  外山さん...それから、生態系監視衛星“ガイア・21”で、宇宙で新年を迎えら

れた高杉・塾長 夏美さん、よろしくお願いします...」

 

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「はい...ええ、≪2005年/新春特別企画≫ですね...」高杉は、高度600K

m/極軌道の、生態系監視衛星“ガイア・21”の観測窓から、水の惑星の大海洋

を見渡しながら言った。「ええ...新年あけまして、おめでとうございます!今、“ガイ

ア・21”は、元旦の夜明けのラインを通過し、昼の領域にさしかかっています。いよい

よ、2005年が始まりました...美しい眺めです...」

「はい、こちらでも、リアルタイムの画像で、その光景を眺めています」響子が言った。

「...人類文明は今、」高杉は、マジックハンドの誘導チェアーに乗り、観測窓を横目

で見ながら、手元のディスプレイのメモを読んだ。

「...人類社会は今...“文明の基本的な形態”について...“国際社会の枠組”

について...“大きな岐路”に差し掛かっています。そしてまた、科学の分野でも、

人類文明としての、“戦略的な大哲学”が求められています。これもまた、“文明の基

本的な形態”に直結する大問題です...

  いよいよ“地球政府”という、人類としての強力な意思決定機関が、早急に求めら

れます。現在の、国連という形態では、到底、21世紀の大艱難の時代を、乗り切っ

ていくことはできないのではないでしょうか...」

「はい、」響子が、スクリーンを見ながら、うなづいた。

「さて...」高杉が言った。「科学的探究が、“神の領域”にまで入っていく事が、人類

文明の将来にとって、幸福な事なのかどうか...便利なこと、安楽なこと、安心なこ

が、人間として本当に“生きがい”のある、“幸せ”ことなのかどうか...

  人類社会は今、いよいよ大自然から離れ、素朴な感動というものを失いつつありま

す...このまま、歩み続けて、いいものなのかどうか...ここは、立ち止まって、じっ

くりと考えてみるべきです。

  人類文明は、果たしてどの方向へ流れていくのか...今、まさに、大きな岐路

立たされているのです。そういう意味で、今年は、非常に重要な年になります。また、

大変な年になると思います...」

「はい!ええ、夏美さんも...一言お願いします」

「はい、」夏美が言い、ポニーテイルの髪をつかんで、首筋の方ヘ回した。「あけまし

て、おめでとうございます!

  2005年...この国が、真に国民中心の国になるか、新たな身分差別を生み、

富の寡占が進んでいく社会になるか...それは、今年の、“国民の動向”にかかっ

ています。いかに、国民が立ち上がり、戦略的に、まとまって動くかにかかっていま

す。

  津田・編集長によれば、それはNHKの解体再編成が、突破口になるのではない

かと言います。是非、日本の社会、日本の文化全体を再編成して、“夢のもてる国”

を、しっかりと構築して欲しいと思います。ええ、私からは、これだけです...」

「はい、是非そうなって欲しいですね...

  高杉・塾長、夏美さん、ありがとうございました。様々な問題提起をして下さいまし

たが、それは新年の他の企画へ譲ることとします。ここでは、分子生物学の話ですの

で、さっそく、その本題の方に入りたいと思います」

 

  〔1〕 “セントラルドグマ”とは・・・             wpe7.jpg (10890 バイト) 

                                                                            <外山 陽一郎>

  響子は、正面の、大型インフォメーション・スクリーンから目をそらし、隣の外山の

方に肩を回した。

「外山さん...まず、セントラルドグマについて、説明していただけるでしょうか」

「はい。セントラルドグマとは、過去半世紀あまり、分子生物学を支配してきた中心的

です。しばらく、説明を聞いていただけるでしょうか、」

「はい」

 

DNAの遺伝情報は、まずRNAに転写されますね...そして、mRNA(メッセンジャーR

NA)に編集され、その暗号情報が翻訳されて、アミノ酸配列に置き換えられ、タンパク

ができるとされてきました...

  ここでは、1つの遺伝子からは、1つのタンパク質が作られると、長い間信じられ

てきました。したがって、遺伝子とタンパク質は、1対1で対応しているために、ほ

ぼ同義語だったのです。

  それは、つい最近の論文まで、そういう言い回しがされていました。これまでは、タ

ンパク質は、細胞内構造物の素材となり、酵素になり、遺伝子の発現を調整する役

も、全て引き受けていると思われてきました。

  ところが、ヒトゲノムの遺伝子の総数(約2万2000個)が、意外と少ない事が分ってきま

した。30億塩基対の中に、10万個あると言われていたものが、実は3万個にも達し

ないと分ったわけです。ショウジョウバエ(約2万個)だって、人とハエほどの大差は無か

った訳です。それどころか、わずか1000個ほどの細胞から構成される、線虫(約1万

9000個)でさえ、人と大差ない遺伝子を持っていたのです。

  では、下等な生物と...いや、下等な生物という表現は、使いたくないですねえ。

これは、正しい表現ではないと思います...生物は、みな平等の、“1つの環”のよう

な気がするのです...

  ま、それはともかく...構造が単純な生物と、非常に複雑な生物では、何が違う

のかというと言うことです。うーむ...まず、ゲノムの総量が違いますねえ。そして、そ

の違いがどこから来るか、というと、“がらくたDNA”の量が違うのです。“がらくたDN

A”というのは、“ジャンクDNA”とも言い、“イントロンDNA”と言い換えることも出来

ます。

  DNAは、大雑把に言って、エクソンという部分と、イントロンという部分から構成さ

れています。しかし、遺伝子としてタンパク質をコードするのは、エクソンという部分だ

けですそして、イントロンは、タンパク質をコードしないので、これまでは“がらくた”と

して切り捨てられていました...」

「より複雑な生物では...そのイントロンが多いのですね?」響子が、聞いた。

「そうです。ヒトゲノムの場合は、実に95%以上が、イントロンで占められています。ま

さに、DNAは、イントロンの中にエクソンが、ぽつんぽつんと浮かんでいる状態です。

これも、後で詳しく説明します...」

「はい、」

「セントラルドグマでは、このイントロンの部分を、“がらくたDNA”、“ジャンクDNA”と

して、進化の過程でゲノムに残された、“がらくた”とみていたわけです。しかし、この

“がらくた”の部分にこそ、より複雑な生物構造を生み出す“RNA調節システム”があ

ったのです」

「すると...より複雑な生物構造を作り出しているのは、遺伝子のタンパク質のコー

ドではなく、“RNA調節システム”だということでしょうか?」

 

<1> “膨大な複雑系”を処理しているのは・・・“意識”なのか?

      wpe5.jpg (12116 バイト)  wpe5.jpg (12116 バイト)     wpe89.jpg (15483 バイト)              

「軽々には言えませんが...」外山は、口元に笑みを浮かべた。「セントラルドグマ

の、轍(てつ/わだち)を踏みたくはないですからね...しかし、人とショウジョウバエの遺

伝子の数が、まさに人とハエほどの大差がないならば、その差を生み出しているの

は、調節因子ということになるでしょう...

  むろん、“RNA調節システム”が、全てだとは言いません。高杉・塾長が、何時だっ

たか言っていましたねえ...生物体や生態系の複雑系を調節しているのは、無意

識を含めた意識ではないかと...私は、その言葉が、重く心に残っていました...

  生体内の膨大な複雑系を処理しているのは、アバウト(大雑把な)精妙な膨大な“意

識の流れ”なのでしょうか...この生物体の複雑系を統合的に処理するのは、これ

までの発想や概念では、およそ不可能です...」

「そうですねえ...」“ガイア21”の観測窓を背景に、高杉が言った。「“意識という調

整システム”は、生物体や生態系にとって、いまだ未知な巨大な領域です。それに、

発生の段階では、形態形成場や、種としての意識の総意、またその全てを含む“36

億年の彼”の意思というものの影響も、当然あるわけです...」

「はい、」響子が、高杉にうなづいた。

「全ての生命体は、おそらく、“意識”をもっているのでしょう...それが、く生物体と、

機械の最も大きな違いでしょうかね...だから、生物体は、自己の個体複製も、傷

ついた時の自己修復能力もあるのでしょう。それが呼吸であり、総合的な新陳代謝で

す。

  それは、膨大な“陰の情報系”とつながっているから、出来ることだと、私は思って

います。おそらく、“睡眠”“夢”という不思議な現象も、その関係から来ているので

しょう。これはきわめて重要な事で、この“巨大な意識との関係”が断たれると、生物

体は“死”に至るのです。単なる物質に帰るのです...

  その“意識”の発現発達進化...そして個体の死による“意識”の昇華...いっ

たい意識のような“精妙な花火”は、何処から来て、何処へ帰って行くのでしょうか。

私は、全てを含めて“36億年の彼”と呼んでいるわけですが、おそらくその巨大な陰

の情報系の海へ、回帰していくのだと思います...」

「なるほど...」外山が言った。「それが、死後の世界などで、垣間見えるわけです

か...」

「そうですねえ...

  したがって、遺伝子“RNA調整システム”だけで、人工生命が作れるかという

と、そうではないと私は思います。“場”の問題と、“意識”の問題は、まだまだ謎に満

ちています」

「はい...」外山が、考え深げにうなづいた。

「さて...“意識”とは、はたして何なのでしょうか...“意識”が、“この世”“この宇

宙”“認識”しているからには...まさに、“この世界の最も基本的なもの”なのでは

ないでしょうか...

  デカルトは、機械論的世界観の元祖のように言われていますが、彼は物質よりも、

精神をより確実なものとしていました。それは有名な、“我思う、ゆえに我あり”という、

彼の哲学原理にも示されています」

「はい...」響子が言った。「バクテリアでも、研究者が頻繁に見ていると非常に元気

で、放置されていると元気がないと言いますね...何か、“気”というものと関係して

いるのでしょうか...」

「うーむ...

  デカルトの言うところの、“思惟するもの/精神”“延長されたもの/物質”とが、

唯物論の科学の場においても、統合の必要性に迫られているということでしょう...

  そうなれば、唯物論...つまり、客観的観側の科学とは、違ってきますがね...

しかし、それを抜きにしては、物事がうまく進まなくなって来たということでしょう...

  量子力学では、早くから、単なる“観測者”の立場を超え、“参与者”という立場を導

入しています。科学の場に、“客観性”だけではなく、“主体性”というものが入ってき

たのです。

  量子力学以前を、相対性理論も含めて古典的という意味が、よく分ると思います。

まさに、量子力学の発想の斬新さは、今に至っても、飛躍的なのです...最近は、

量子情報科学として、新たな展開を見せています...」

 

「はい...ええ、高杉・塾長、ありがとうございます...さて、話を戻したいと思いま

す...

  外山さん、セントラルドグマの置かれている立場は分りましたが...何故、半世紀

にもわたり、分子生物学の中心的な考えが、セントラルドグマだったのでしょうか?」

「うーむ...それは、パラダイムのようになっていたということでしょうねえ...ニュー

トンの万有引力のパラダイムから、アインシュタインの相対性理論のパラダイムへの

移行のように、これはよほどのインパクトがなければ実現しません...

  ほとんどの問題は、古いパラダイムの中で、都合よく解釈してしまうからです。相対

性理論の場合は、アインシュタインという天才がいたから出来たことです。そしてこの

セントラルドクマの場合は、“ヒトゲノムの解読”という、科学史上まれに見る大イベン

トが完了した事によります...

  “ヒトゲノムの解読”というのは、“原爆開発のミッション”や、“月へ人を送り込んだ

ミッション”をはるかに凌(しの)ぐものです。また、その科学的影響という意味では、今

行れている“核融合発電のミッション”“木星圏への本格的な探査ミッション”よりも

大きなものです。

  つまりそこから、セントラルドグマを越え、新たな生命の探求が始まるからです。し

かし、ゲノムを解読し、ゲノムを含めた染色体の意味を解釈し、“神の領域”に踏み込

んでいくことが、必ずしも、人の幸福につながるとは思いません...

  どうでしょうか、高杉・塾長...人類文明は、この先へ進むべきなのかどうか...

「そうですね...

  何度も言うことですが、人間は...より便利で、より豊で、より安全なら、それで幸

福かと言うと、そうではないわけですね。便利さを求めて開発し、豊かさを求めて努力

をし、安全安心を求めて苦難を乗り越えるのです。そして、そのプロセスで、“感動”

生まれます。この感動が、人間にとっては大切な“心の糧”なのです...

  人類が文明が、“大自然へ回帰”するのがいいのか、“科学技術文明の道を邁進”

するのがいいのか...軽々に結論を下す事ができませんが...また、その程度に

もよりますが...」

「はい...」

私は、ある程度、“自然へ回帰”するのがいいと思っています...文明・経済のグロ

ーバル化には、とにかく反対ですね。そう...19世紀か、20世紀の初頭ぐらいの世

界の風景が、いいのではないでしょうか。もちろん、戦争はナシですが...

  “資源・環境・未来工学”堀内秀雄さんが言っていましたが、“世界の文化も宗

教も、グローバル化でかき回し、“ペースト状の灰色”を作ってどうするのか、”という

ことです...今のままだと、まさに世界は、そういう状況になりつつあります...」

「うーむ、そうですねえ...」

 

<2> “セントラルドグマ”の形成            wpe8.jpg (26336 バイト)   wpeA6.jpg (14454 バイト)

「では、外山さん、」響子が、指を立てた。「セントラルドグマが形成された、経緯を説

明していただけるでしょうか...」

「はい...1つの遺伝子からは、1つのタンパク質が作られる”...遺伝子とタンパ

ク質は、1対1で対応”しているために、ほぼ同義語...また、タンパク質は、細胞

内構造物の素材となり、酵素になり、遺伝子の発現を調整する役割も、全て引き受

けている。これが“セントラルドクマ”です。

  この考え方は、大腸菌などの細菌(バクテリア)をはじめとする原核生物(核をもたない単細胞

生物)を使った実験から導かれたものなのです。そして、“セントラルドクマ”は、原核生物

に関しては、現在でも基本的に正しいのです...

  原核生物のDNAは、ほとんどがタンパク質をコードする遺伝子からできているから

です。RNAをコードする遺伝子もいくつかありますが、大部分の原核生物では、それ

らはゲノムのごく一部分にすぎません。

  一方、これまでは、多細胞生物/真核生物(細胞に核をもつ)でも、遺伝情報は全てタン

パク質にコードされ、タンパク質が遺伝情報の調節も行っていると考えられていたの

です。これは、動物植物菌類(カビ、キノコ)など、全てに共通と思われていたのです。

  モノー(/分子生物学のパイオニア)は、セントラルドグマについて、こう言っています。大腸

菌で正しいと証明された事は、像でも正しいと...しかし、この言葉は100%正し

くはなかったのです。確かにタンパク質は、真核生物でも遺伝子発現を調節している

のですが、真核生物では他にも“RNA調節システム”が働いていたのです。こうした

風景が、しだいに見えてきたということでしょう...」

「はい、」響子が言った。

 

  〔2〕 RNA調整システムの風景

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「ええ、外山さん...」響子が言った。「あまり細かな事に踏み込むと、話が煩雑にな

りますので、また、高杉・塾長と外山さんの話を中心に聞いていきたいと思います。

  ええ、夏美さんも、質問や疑問、意見がありましたら...お願いします」

「はい、」夏美は、軌道・観測室の中で、マジックハンドの誘導チェアーを、大きくスウィ

ングさせた。それから、最後にゆっくりと、地球を見下ろす観測窓に取り付いた。

「夏美さん...監視衛星の、システムの方は大丈夫でしょうか?」響子が聞いた。

「はい、」夏美が、航空宇宙基地“赤い稲妻”の管制モニターに映っている支折と、

作業中のインフォメーション・スクリーンに映っている響子に、同時に答えた。「モジュ

ール交換が必要な部分は、5、6ヶ所...いえ、相当数、出ています...それから、

デザインを1部変更します。後で、最適設計プログラムを起動します」

「はい、」支折が言った。「こちらでも、準備に入ります...」

「軌道修正は、正常に終了...大体のところは、異常ナシです...今年も生態系監

視衛星“ガイア・21”は、順調に任務を遂行できると思われます...」

「ご苦労様です」響子が、言った。「ふーん...私も、是非一度、衛星軌道へ出て見

たいと思っていますの、」

「是非、どうぞ!いつでも大歓迎ですわ!」夏美は、フワリと浮かんでいるポニーテイ

ルを捕まえ、首筋の方へ絞った。

「はい!そのうち、是非、時間を作ります!」

「あ...今、“軍事衛星1号”を、補足しました...大川慶三郎さんが乗っています。

響子さん、それじゃ、ちょっと、失礼します」

「はい」

 

                        wpe7.jpg (10890 バイト)     

「ええ...外山さん、」響子が、隣の外山に言った。「それでは、RNA調整システム

ついて、その概略を話していただけますか。

  その前に、一言...ええ、ここは非常に専門的で、奥の深い話になります。しか

し、最先端の、まさに動いている分野であり、将来的にはスタンダードなものになりま

す。理解できなくても、一応聞き流して置いてください...

  ええ、高杉・塾長...お願いします」

「うむ、」高杉が、インフォメーション・スクリーンの中で、うなづいた。

「ええ...」外山がいった。「それでは、始めます...

 

  くり返しますが...ヒトゲノムのうち、タンパク質をコードしているエクソンの部分

は...実は1.5%にも達しません。しかし、ゲノムのほとんどは、RNAに転写されま

す。それから、“スプライシング(編集)エクソンRNAと、タンパク質をコードしない大量

イントロンRNAが作られるわけです...」

「はい、」

「この大量のイントロンRNAは、何なのか...そして、かなりの実験的事実から...

“RNA調節システム”が、しだいに見えてきたわけです。これらは、発生の段階と、

命進化の過程で、非常に重要な役割を演じていると考えられます」

「はい。そのあたりを、詳しく話していただけるでしょうか、」

「はい...

  ヒトゲノムは、実に95%以上がイントロンです。“がらくた”と呼ばれていたが、いわ

ゆる“がらくた”ではない事が、しだいにはっきりしてきたわけですね...

  当初、このイントロンというのは、生命の誕生した頃から存在していたと考えられて

いました。しかし、最近の研究成果によると、生物進化がかなり進んだ段階で、高等

生物の遺伝子に、“外部”から侵入した、と考えられています。つまり、葉緑素のクロ

ロフィルや、ミトコンドリアに似ているわけです。つまり...こうした証拠が増えている

のです」

「うーむ、そうですか...」高杉が、スクリーンの中で言った。「イントロンも外部から来

たわけですか...まさに高等生物の細胞は、合体・共生によって進化してきたわけ

ですね」

「はい。そういう側面も、あるということです...

  真核生物のゲノムにあるイントロンは、現在“グループUイントロン”と呼ばれてい

るものによく似た“遺伝因子(遺伝子をコードするものではないので、“遺伝因子”とします)から、派生し

たものだと言われます...

  現在、この“グループUイントロン”と呼ばれているものは、寄生体のようなDNA断

で、宿主のゲノムの中に潜り込んでいます。また、面白い事に、RNAに転写される

と、こいつは自分自身で“スプライシング(編集)”を行うのです」

「ほう...自分自身で、イントロンRNAを編集するわけですか、」

「そうです。イントロンRNAは、バラバラに分解されて再利用されるものと、“マイクロR

NA”などになるものがあります」

「なるほど、“マイクロRNA”というのは、イントロンRNAから作られるわけですか、」

「そうです。名前の通り、短く切断されていて、様々な標的と結合するシグナルになる

と考えられています」

「ふむ...

  外山さん、少し専門的な話になりますが...何故、細胞核の無い原核生物では、

イントロンが存在しないのでしょうか?」

「いや、細菌(原核生物)でも、“グループUイントロン”はたまに見つかります」

「そうなんですか、」

「原核生物のゲノムは、ほとんどがタンパク質をコードする遺伝子で、“がらくた”はあ

りませんが、全く無いというわけではないのです。しかし、このほとんど無いというの

が、まさに特徴でしょう。

  理由は、まさに、細胞に核が無いからです...原核生物である細菌には、細胞に

核が無いので、RNA転写タンパク質への翻訳は、ほぼ同時に細胞質の中で起こ

るのです。

  つまり、DNAから転写されたRNAは、即タンパク質に翻訳され、即生産されるわ

けです。“スプライシング(編集)によって、イントロンを除去している暇は無いのです。

  したがって...もし、遺伝子にイントロンが混ざっていたら、その遺伝子からは

完全で、タンパク質をうまくコードできなく、結局、その細菌は淘汰されてしまうわけで

す...」

「なるほど...

  多細胞の真核生物では、細胞に“核”があるから...RNA転写は核内で進行し、

翻訳と生産は細胞質で進むということですか...これなら、スプライシングしている

余裕がある...」

「そうです...

  イントロンは、真核生物では、簡単に生き残る事が出来たわけです。また、イントロ

ンが、スプライシングを自分でしている限り、先祖型の“グループUイントロン”と、配

列が大きく変わることも無かったと考えられるわけです。

  ところが、ここにも進化の飛躍があったのです。真核生物では、“スプライソソーム”

と呼ばれる構造が進化しました。この“スプライソソーム”は、mRNA前駆体から、

ントロンRNAを、効率よく切り取る専門の分子機械です。触媒作用を持つ小さなRNA

と、たくさんのタンパク質から構成されています。こういうものが、出来上がったわけで

すねえ...」

「ふーむ...“スプライソソーム”ですか...」

「はい...“スプライソソーム”という効率のいい分子機械のおかげで、イントロンは

自己スプライシングをする必要がなくなったのです。この進化は、イントロンの進化に

もつながったはずです。そして、イントロンRNAは、タンパク質と並行して、独立的に

進化したと考えられます...しかも、機能としては、タンパク質と非常に親和的に、

です...

  つまり、こういうことです...真核生物は、イントロンを獲得した事により、タンパク

質だけでなく、RNAによる新たな分子進化も、爆発的に始まったということです。これ

が、RNA調節システムです。そして、これがつまり、多細胞生物の複雑な発生段階を

修飾し、“エピジェネティック(後成学的)な光景を作り出して来たのでしょう...」

「なるほどねえ...」

「細胞内での機能的な仕事は、たいていはタンパク質が行っているのです。タンパク

質は、化学的にも構造的にも、非常に多様性をもった分子ですからねえ。

  しかし、ゲノム自体に関わる情報伝達や、調節作用では、RNAの方が優れた点

があります。なにしろ、そこから切り出された塩基配列ですからね...つまり、相性が

いいということでしょうか、」

「肝心の、“RNAのシグナル”というのは、どのようになっているのですか?」高杉

が、聞いた。

「はい...

  RNAは、配列特異的な処理に長けています。RNA自体の塩基配列で、標的のR

NAやDNAを、正確に識別するわけです。そして、RNAとRNA、またはRNAとDNA

との結合により、特定の立体構造が出来ます。そこにタンパク質が集まってくるので

す。こうして、“RNAシグナル”が、実際の作用へと変換されるわけです。

  が...実際には、こんな単純な風景ではなく、膨大な複雑系の中で動いて行くわ

けです」

「ふーむ...」

「...情報をバーコード形式のように書き込むことによって、このRNA調整システム

というのは、電子機器のように、驚異的な正確さとスピードを持っているようです。そし

て、まだ証拠は十分に集まってはいませんが、RNAが広く遺伝子の発現などを調節

している可能性が高いのです。

  高位の調節因子としてのRNAシグナルを発現するためには、おそらく多くの“RN

A遺伝子”が進化してきたのでしょう。タンパク質には翻訳されない非コードRNAが、

何千種類もある事が、最近、哺乳類での転写解析で確認されています...」

「うむ、それは読んだ事がある。マイクロRNAの論文で、」

「はい...

  実際には、DNAからRNAへの転写物の少なくとも半分、おそらくは4分の3以上

が、RNA調節因子として働いていると考えられます。そして、ご存知のように、こうし

たRNAは、短く細切れにされています。そして、様々な標的と結合するシグナルにな

ると考えられます。これが、マイクロRNAですね。

  まだ、状況が混沌としているようですが、動物や植物、真菌類で、すでに数百もの

マイクロRNAが見つかっているようです。そして、これらの多くは、先ほども言ったよう

に、発生中に起こる色々な現象の、タイミングを調節しているようです。発生全体は、

オーケストラのようなものなのですから...

  具体的な例をいくつか上げれば...幹細胞の維持、細胞の増殖、アポトーシス

どです...アポトーシスというのは、ご存知でしょうが、細胞の自殺です。発生におい

ては、組織改造のために、秩序正しく細胞死も進行しなければならないのです...」

「うーむ...人体の60兆に及ぶ細胞で、そうした調節システムが動いているわけで

すね」

「はい...塾長は、それらの60兆個の細胞の“指揮”をとっているのは、精妙アバ

ウト(大雑把)“意識”だろうと言っておられる...そうなのかも知れません。これほど

の膨大な複雑系を、コンピューターのように、デジタルでコントロールする事は不可能

です。アッ、という間に、計算時間が爆発してしまいます...このあたりが、生命体と

機械であるロボットとは、まるで違うわけです...」

「そうですねえ...

  “生命体の形成する情報系”というのは、“人工的な電子情報系”などとは、まるで

違う様ですねえ...確かに、コンピューターの判断は、人間の意識と同調する事もあ

ります。しかし、その間には、生物と無生物の壁があります...それはちょうど、まさ

に、生物体と機械の違いのように...

  電子情報ネットワークは、世界中に張り巡らされ、まさに地球の頭脳のように機能

しています。単純で粗いがゆえに、力強く、機械のように絶対的です。しかしその優位

さは、あくまでも、作物と農業機械のようです。農業機械は、植物を物理的にコントロ

ールし、薙ぎ倒しはするが、深淵な生命体である植物の神秘を、決して越えることは

出来ないのです...」

「はい...」響子がいった。「あの、塾長、そのあたりの話を、もう少し詳しく聞かせて

いただけるでしょうか?」

「いいでしょう...ここは、“2005年・新春対談”ですからね...

  およそ、この世界...いや、“この世”というのは、実に矛盾に満ちています」

「はい...」

 

   〔3〕矛盾の上に成立している・・・  wpeA6.jpg (14454 バイト)

          生命/認識系・・・ しかし、何か変?

     wpeB.jpg (27677 バイト)        wpe8.jpg (26336 バイト)            

  高度600kmで、極軌道を描く生態系監視衛星“ガイア・21”は、ちょうど日本列

島にさしかかって来ていた...高杉は、厚い雲海に覆われている日本海側を、ジッ

と見下ろした...

  昨年、震災のあった新潟県中越のあたりは、雪が降り続いているようだった。ボス

(岡田)が育ったのは、同じ新潟県でも、上越の方だと聞いている...いわゆる中頚城

郡の方で、妙高山と長野県側の黒姫山の間だという...もっとも、ここから見れば、

新潟県は同じ雲海の下の1点であり、いずれも豪雪地帯だ...

  “ガイア・21”は、雲海の上を抜けて行く。そして、薄雲の掃いたような白い雲の

下に、北海道が見えて来た。まだ、大地が雪で真白だった...

  やがて...と、高杉は、心の中でつぶやいた...日本列島の上にも、春が訪れ

るだろう。そして、心豊な、新・民主主義の社会も始まっていくだろう...それにして

も、“良き、昭和の時代”が、何故、“未曾有のモラルハザードの社会”になったの

か...その国民的な解明は、いまだに本格的には始まっていない...

  “何が間違い”であり、“何処に油断”があったのか...その解明と、病根の処理

無くしては、真に“モラルハザード社会”から脱する事は出来ない...

  結局、国民が真に覚醒し、直接行動を起こす事...これに掛かっているのではあ

るまいか...ある意味では、代議員制の間接・民主主義の破綻を意味しているわけ

だが...

 

「あの、塾長...」響子が呼んだ。

「ああ、うむ...

  さて...生命体と、ロボットの違いかね...」高杉は、インフォメーション・スクリー

ンの正面に、顔を戻した。観測窓から入る地球の強い反射光が、顔に陰を作ってい

る。

「はい、」響子が言った。「お願いします...」

「うむ。面白い話題だねえ...」高杉は、顔を崩した。「しかし、その前に、蚊の話をし

よう。実は、ボスが、“これは何だろう”ということで、蚊の話をしています...まず、

その事に関連して話しましょう。ボスから、詳しい話も聞いています」

「蚊、ですか?」

「そう、蚊、です...」

「うーん...蚊ですか...」

 

<3> 人間と蚊が、チャンバラ...何か変!? 

       wpe5.jpg (12116 バイト)           wpe5.jpg (12116 バイト)        house5.114.2.jpg (1340 バイト)                         

「これは...一般的には、あまり問題にされる事がありません。しかし、生命体

識系...あるいはこの“世界の風景”というものには、基本的な所で“様々な矛盾”

があります...だから、私たちは、を必要とするわけです...」

「はい...」響子が、うなづいた。

「さて、ここでは、その1つ...生態系における矛盾を取り上げてみましょう...」

「面白いですねえ、」外山も、口元を崩した。「実は、総合的な考察というのは、私たち

のように専門分野の人間は、あまり得意ではないのです。塾長の、そういう話は、是

非、聞きたいですねえ」

「いや、もちろん、たいした事は言えません...私の学問は、全て独学ですから...

ただ、色々と考えるだけです...」

「伺いましょう...」

「...

  “生物情報科学”の担当者として、外山さんは...昆虫などの豊な情操世界の風

景をどう思いますか...蝶に花...密とハチ...その戯れ意味...ストーリイの

展開と流れ...その時間と空間の絡み合いを写し取る、認識と意識の並行する流

...そしてそれは一瞬の花火を見せ、再び波動関数の闇に沈んでいくかのよう

に見えます...

  さて、この意味の世界と、ストーリイには、様々な矛盾が見えます...膨大な種類

と数量の生物体...この生態系に織り込まれた進化の風景...この“主体性・風

景”の中には、実は大きなな矛盾があるのです...」

「はい、」響子が、うなづいた。

「ボスは、蚊を追いかけ回していて、“これは何だろう”と考えたのも、その1つです。

ボスは、こう考えたわけです。

 

  ...この蚊は、オレから逃げ回り、からかっているが、何処にそんな“智

慧”と“情操”と“能力”が、この小さな蚊に備わっているのだろう...

  針の先ほどの“脳ミソ”しかないのに、オレとチャンバラをするほどの、対

等の能力をもつのは何故なのか...

 

  いや、“脳ミソ”も無いのに、そんな“智慧”が詰まっているはずはない。

しかし、では、その情報処理能力は、何処から来るのだろうか...

 

  その流れるような飛行と、危険を察知し、回避する機敏な反応...そ

の、小さな脳ミソ、筋肉、たんぱく質の中に、最高モードの人間と対等にや

りあうほどの能力が、一体何故、備わっているのか...

 

  いや、待て...これはあらゆる生物種、膨大な数量の生物体...さら

に生命の基本である全ての細胞単位について、言えるのではあるまい

か...つまり、生命体は、細胞単位で、全て対等の関係にあるのだと。

 

  改めて考えてみると、人間と蚊とは、その能力において、基本的な差と

いうものは無いのではないか...生物体としては、実質的に、同じ1つの

ものではないか...

 

  ...と、言うことです。ボスは、この問題を、真正面から、真面目に考えたわけで

すね...ま、一般的には、当り前の世界であり、慣習の世界であり、あまり深くは考

えない事ですがね...」

「うーむ...そう言われれば、確かにそうですねえ...蚊と人間とは、その複雑性に

おいては、雲泥の差です。それが、追いかけっこをする...

  確かに、この生態系のストーリイは、変ですねえ...生物体が、単純か複雑かに

関わり無く、全体が平等にこの情操のストーリイに関わっていますねえ...

「そういうことです...それはまあ、“この世界の人間的側面”“主体的側面”と言う

こともあるわけですがね」

「なるほど、」

「それは、ともかく...

  蚊の飛行能力などは、人体などにはない優れた能力です。人間の科学技術は、い

まだに蚊やハエの飛行能力すら、解明もしていないわけです。まあ、こうしたことは、

全ての昆虫、全ての種類の生物種についても言えることですがね...ともかく、様々

な能力を持つ生物種が、ストーリーの中で、過不足なく、平等に関わっています...

  単純な構造だからといって、何も分らんということは無いのです。バクテリアも、人

が可愛がれば、それによく反応します。また、BSE(牛海綿状脳症)の危険性は、1億人に

1人以下、と説明されていますね。しかし、生命の、そして生態系の不思議な環を考

えれば、はたしてそうなのか、と思うわけです。誰も、1億人に1人以下だとは、思って

はいないのではないでしょうか。

  それは、物理学的な確率論では割り切れない、“濃厚なもの”を、私たちは“生命

体の環”の中に、本能的に感じ取っているからでしょう。だから、“霊”も信じてみるし、

“超能力”も検証してみるわけです...

  しかし...そもそも、それ以前の問題として、“蚊”と“人間”のコミニュケーション

は、どういうことなのだ、ということです。“蚊”は、追いかけまわせば逃げ、果敢に反

撃し、人間の血を分け合っているわけです。その意識が、独自ものなのか、憑依(ひょう

い/霊などがのりうつること)なのか、大局に依存するのか、またそれ以外のものなのかは、

まだ何とも言えませんがね...

  しかし、ともかくここは、確率論よりも非常に濃厚な、リアリティーの世界です。この

真実の結晶世界では、物事は過不足なく満ち足りているのです...“全体が1つ”

あり、“部分は存在しない”...いま、まさに21世紀科学の、“物”と“心”の統合

始まっているのです...

  さて、こうした全体的な流れから...“蚊と人間のチャンバラ”を、外山さんは、どう

考えますか?」

「うーむ...

  そうですねえ...蚊やハエは、いくら追いまわしても、まとわりついてきますしね

え...そして結局は、ちゃっかりと血を吸われてしまう...それを、“蚊の本能”で片

付けてしまうには、科学者として、無責任なのかも知れません...

  考える...ということでは、“人間の脳”と、“蚊の脳”では、器があまりにも違い過

ぎます...蚊に、あるいはハエに、そして昆虫たちに、何故それほどの能力がある

のでしょうか...聞いてみたいですね...おそらく、彼らには、答えられないでしょう

が...では、一体、誰がこの世界を演出しているのでしょうか...確かに、“この世”

、“この世界”は、眼前しているわけですから...」

「その通りです、」

偶然の産物では、無いでしょう...それは、無い...そこには、意識が存在してい

ますね...何者かの、意思があるでしょう...それは、なのでしょうか...」

「私は...」高杉は、北極圏を見下ろしながら言った。「人間の最大の特徴である

の発達と、いわゆる意識とは、別のもののような気がしています...

  人の意識に感応する細菌...人が追い払っても、しつこくまとわり付く蚊やハエ、

こうした生物体は、“意識面”“感情面”では、人間と対等なのではないかと思いま

す。しかし、そうだとすると、生命体や生物体というものの姿を、根本的に変えざるを

えなくなるわけです...

  つまり、“36億年の彼”というような、“膨大な、1つの全体”が浮かび上がってくる

わけです...」

 

 <4> “電子情報系” “36億年の彼”  

                  


「さて...」高杉は言った。「つぎに、“知能型ロボット”と、“生命体”とは、どう違うの

かを考察しましょう。むろん、これは私の意見であり、当然、他の意見もあると思いま

す。まあ、議論の叩き台の1つになってくれれば、幸いです...」

「聞きたいですねえ、」外山が、唇をほころばせた。

「まず...“生物”“無生物”の違いですが...

  “生物”の特徴の1つは...このエントロピー増大(熱力学の第2法則)宇宙の中で、外

部から物質やエネルギーを摂取し、エントロピーを排出している事です。これが、いわ

ゆる呼吸に代表される新陳代謝です。エントロピー増大の中で、この方法だけが唯

一、構造を維持、あるいは発展していける方法なのです。人類文明によって観測され

ているのは、今の所、唯一、この姿だけだと思います。これは、人間社会の組織や企

業であれ、同じだと思います...外部から、物質やエネルギーや秩序を取り入れ、

エントロピーを排出する方法です。

  それから、2つ目の特徴は、傷などを癒す自己復元能力や、恒常性(ホメオスタシス)

維持です。そして、3つ目の特徴が、自己複製能力です。これこそが、まさに“進化と

いうベクトル”に乗り、生物の“増殖”“多様性”と、惑星を呑み込むほどの“凶暴性”

を示すものです。まあ、その内部にいる者にとっては、それは“安定性”になりますが

ね...

  さて...これが、“生物”と“無生物”の違いです...

  そこで、コンピューターが意識をもつか、と言うことですが、それはありえると思いま

す。何かが憑依した意識か、独自に獲得した意識かは、なんとも言えません。ともか

く、“この世・この世界”は、“真実の結晶世界”という特異な場にあるというのが、私

の考えです...」

「はい、」外山がうなづいた。

「したがって、いわゆる“物理空間”に限定するものではなく、それを超越する、“真実

結晶世界”としています。この中には、デカルトのいう、いわゆる“思惟するもの/

心”が含まれます。むろん、“延長されたもの/物質”も含まれるわけです...」

「その、“延長されたもの/物質”から...」外山が言った。「“心”が、人為的に作り

出せるものなのでしょうか?」

難しいと思います...機械が意識のようなものを形成するにしても、生物の意識

は別のものだと思います。それは、機械のステージにおけるものでしょう。まあ、この

あたりは、今後さらに考察して行きたいと思っています。また、機械と生物体が融合し

精神生体マシンのようなものは作られるでしょう...しかし、それではサイボーグ

であって、機械が“心”を生み出すのとは、違うと思います...

  まあ、それはそれとして、現在、地球規模の膨大な電子情報系が拡大しています。

パソコン、インターネット、携帯電話をはじめとして、地球規模のバーチャル空間が急

速に成長しています。私たちのホームページも、このバーチャル空間にあるわけです

が、これが現実を凌いで行くかも知れません...グローバル・ブレインのようなもの

になるのでしょうか...それはそれで、想像を越えて発展していくものと思います。

  一方、“思惟するもの/心”が創る情報系も、生命進化の36億年の時間を重ね、

その情報系は益々構造化し、拡大していると思います。しかし、こっちの方は、科学

のメスは、ほとんど入っていません。いや、そもそも、デカルトが“物”“心”をはっきり

と区別して以来、唯物論的科学の手法で、“心の領域”に切り込むことは、本質的な

矛盾なのです...」

「塾長は...つまり...」外山が言った。「それらは、統合される事はないと...」

「統合すべきなのでしょう...しかし、生物と無生物のように、ステージが違うという

という事ことです。当面、融合する事はあるでしょうが、“電子情報系”が、“36億年の

彼”と、親和的にリンクする事はないと思います...

  我々が機械を使いこなすように、機械は、あくまでも機械です。たとえ、ナノ・サイズ

のミクロ・マシーンでも、生命の最小単位である細胞になることは、難しいのではない

でしょうか...」

「そうですねえ...それにしても、生命体を作り上げた智慧とテクノロジーは...我

々も、まさにその生命体ですが...何処から来たものでしょうか...」

「...その、“認識”も、またしかりです...時間と空間のプロセス性の上に、“認識”

が描かれていくわけですが...参与者として“主体性”が加わると、とたんに焦点が

ぼやけてしまいます...」

「はい...」

 

「ええ、塾長...この辺でいいでしょうか?」響子が聞いた。

「ああ、うむ...」

「ええ、では...“2005年度の新春対談”は、ここまでとします...高杉・塾長、

夏美さん、それから外山さん、どうもありがとうございました。

  ええ、私としては、BSE掲示板で、すぐにお会いすると思います...」