悩みの無い人は・・・
 ここに1人の金持ちがいる。彼は父の会社を継いで数々の業績を上げ、部下からも厚い信頼を受けて社長としてふさわしい活躍を遂げていた。仕事の事だけでなく家族も大切にしており旅行へ行くなど家族サービスもあった。彼は確かに幸せな暮らしをしているのかも知れない、ところが今日の彼は何かをずっと考えごとをしていて神妙な顔つきだった。
 「いかがなされました、御主人様?」執事の竹浦が様子を見に来た。「こんなことを君に相談してもいいかどうかわからないが聞きたい事がある」「はぁ、相談に乗れる事でしたら・・・」執事は少し不思議そうに言った。「今まで私は人生の中で何度かの成功を重ねてきた、会社の事や家族の事もそうだ。でも気になっているんだよ、そのような評価はしていても他の人達には私がどう見えているのかがね」「確かに自分では評価は出来ても他の人とでは見方が違う事もあるでしょうから、その評価も自分本位の物でしかないように思います」「うーんそれだ、自分の見方でしか評価していないと言う事なんだ、どうすれば客観的に物を見られるようになるのだろう?」「私にもわかりかねますねぇ」執事には男の言っている事はわかっているのだ、しかしそれは誰にでもできる事とは言えないし、その答えはそうそう出るものではなかった。「少し休もう、また後で」男は少し昼寝をした。
 男は夢を見た、自分の幼少時代からの出来事が浮かんでいた。彼は厳格な父親に教育を受け勉強だけでなく日頃の生活態度、人間の道徳観などを徹底的に叩き込まれ、それは他の人から見れば子供にひどい仕打ちをしている光景に見える程だった。それにあまり世間に出てはいなかった事もあって友達もなかなか出来ず彼にとって酷とも言える幼少時代である。その夢は男をかなり苦しめているようだった。
「うっ・・・」男はハッと目が覚めた、かなりうなされていたようだ。「夢か、また嫌なものを見てしまったか。成人の頃まで色々と教え込まれたせいか嫌でも思い出してしまう」「いかがなさいました?」執事があわててやってきた。「申し訳ない、またあの夢を見てしまったんだ」「そうですか、また・・・。先代の御主人様はかなりお厳しい方で誰もが恐ろしがっていた印象がありました、その中であなたは良く乗り越えたと思いますよ。」「確かに乗り越えたか、だが自分の中に乗り越えられない部分がある」男はふと思った。「と、申しますと」「自分自身が見えていないのだよ。私は父の言われるままに教育を受けたので、自分がやりたい事など全く出来なかった。自分というものがどんな存在なのかふとわからなくなる事もある。私は父の操り人形だったのかも知れない」男はかなり落胆した、かなり父親に悪い影響を与えられてしまったようだ。「そうでしたか、私は初めて知りました。そこまで追い詰められながらも必死で耐えていらっしゃったとは」「悩んでいても仕方がない、今必要なのは自分でどうすればこの悩みを解決できるかということだ。そこで私は今の生活環境を変える事から始めようと思っている」「それはどういうことですか?」「まず食事があまりにも豪華すぎる、そこで普通の食生活にしたい。さらにいろんな人々にに家事をさせているが自分でもそれをやってみたい」「しかしそれは御主人のやることでは・・・」執事が怪訝そうな顔をした。「そうではない、常に人の立場に立って物事に取り組んで行けば自然と自分の気持ちも見えて来るような気がしてね」「立派になられましたね。ここまで考えていらっしゃったとは、その行動がきっと報われる事でしょう。」「大袈裟だね、でも自分を見つめてみたいんだ。そうだ、どんな人間にも悩みははあるのだから。それをいつか解決して行きたい、まだまだこれからなんだよ」男は笑顔でそういった、新しい生活を始める決意の時が来たのだから・・・。