るびりん書林 別館

「人間にとってスイカとは何か カラハリ狩猟民と考える」池谷和信(臨川書店 2014年6月)

■「スイカがあれば人は生きていける」■

人間は何を食べてきたか』で取材されていた研究者、池谷さんの本です。
農耕の様子と近況を知りたいと考え読みました。

農耕は、どうやら本格的ではなく、栽培作物はスイカと豆、そして近年取り入れられたものの昆虫の食害によって収穫の少ないトウモロコシのみであり、しかも、雨の降り方によってはまったく行わない年もあるという気軽な農耕のようです。

DVDでも説明されていたようにボツワナ政府による定住政策が進み、モラポ村は一旦無人になってしまいました。しかし、定住生活を嫌う人々が、給水車もこなくなった村に家族ごと帰ってきて、元の200人弱のうち40人程度が帰村したとのことです。

徳山ダムが作られたとき、徳山村から移住した人々の中に、夏の間、電気も水道もない村に帰って過ごす人がたくさんいたことと同じような状況です。違いは、モラポに戻った人々は子ども連れもおり、学校をやめて戻っていることでしょうか。

誰の物でもない野山の恵みさえあれば、電気や水道があり、学校や商店のある町を離れて暮らすことを選ぶ人々が決して珍しくはないといえそうです。
雨季の短いカラハリでスイカ中心の暮らしができるのであれば、日本でも似たような暮らしができるに違いありません。いつか、試してみることはできるでしょうか。

低い木と草がまばらに生えるカラハリの自然は、人が何の手を加えなくても、水をたっぷりたくわえた野生スイカを豊富に実らせ、無償で提供してくれる豊かな大地でもありました。

本書から


ふるさとにもどった人びと

しかし、どうしてモラポの人びとは、再び、厳しい環境のふるさとにもどったのであろうか。多数のヤギを飼育する人にとっては、ヤギの生育する環境が大きいのかもしれない。あまり物を持つことのない人びとにとっては、ニューカデの暮らしは決して楽な面ばかりではないであろう。

むしろ私は、野生スイカと栽培スイカを軸にした村人の自然への信頼がモラポに戻る動機であったと確信している(家に集めた大量の野生スイカの写真あり)。それはヤギを飼うことを重視する人びとにも当てはまることだ。ヤギもまた、野生スイカのナンを水源の一つにしているからだ。年中、水の得られる場所ではないので、まずは、ヤギを飼えることが不思議であったし、とても肥えているのもまた驚きである。普段は、ヤギの群れは放牧されるが、人が与える餌も重要であった。それが、地下から掘り起こした根茎の「ガオ」、そしてくさりかけた野生スイカである。

そこには野生スイカのナンだけではなく、植物から動物までを含む村の自然の全体が含まれる。「スイカがあれば人は生きていける」という村人の言葉を、改めて思い起こしている。これは、スイカのみという意味ではないであろう。スイカは、モラポの人びとが依存する自然資源の象徴なのである。 - 179-180ページ





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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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