るびりん書林 別館

「アワ歌で元気になる 驚きのコトタマパワー」
宮崎 貞行(文芸社 2013年4月)

■神道と結び付けられた歌■

アワ歌はホツマツタエの昔から存在している「トトノエル」力を持った歌で、意味の解明されていない48音で構成されます。
どうやら神道と深く結び付けられて普及活動がされているようです。
私としては、アワ歌の歌いかたや、歌うことによって呼び起こされる感情、体調の変化などを知りたかったのですが、この本は、意味付けに重きが置かれており、その点は残念でした。

ホツマ伝に記載されているという民衆の生活の知恵については今後知りたいと思います。

引用

『ホツマツタヱ』(以下「ホツマ伝」と記す)そのものは、およそ六千年前にクニトコタマチが日本の原型(トコヨクニ)を東北の多賀城あたりに建国したことに始まり、イサナキ、イサナミ以来の統治を経て次第に発展してきたことを回想した歴史書です。 - 15ページ


面白いことに、ホツマ伝では、肉食を避け、魚と野菜中心の食べ物にすることを強く求めています。肉食は血をけがし、病を招き、やがては国に安定を乱すと警告しています。寒くてやむを得ず肉を食べたときは、大根をたっぷり食べて中和しなさいと忠告しています。 - 19-20ページ


ホツマ伝には、なぜか、病気の治療法や妊娠時の注意、住居の建築法など民衆の生活の知恵が満載されているのです。それは、現代の知見と矛盾しない合理的なものです。単に根拠のない神話と片付けられない古代のある明晰な精神が隠れていると思われます。 - 22ページ


ホツマ伝によると、イサナキの陽のはたらきは「キ」と呼ばれ、イサナミの陰のはたらきは「ミ」と言われていました。「キミ」というのは、したがって陽陰の原理、男女の原理を意味する言葉でした。

この観点から、「君が代」の和歌を解釈すると、「君」とは大君(天皇)のことではなく、「キミ」つまり男女、ひいては人々を意味することになりますね。

「ヨ」とは、「代」(治世)のことではなく、齢(年齢)を意味しますから、「きみがは千代に八千代に」というのは、人々の長寿を言祝ぐ歌ということになります。

実は、正月に氏族の長(君)を中心に一族郎党が集まったときに、みなで長寿を祝いあう祈り唄が詠み人しらずの「きみがよ」の和歌だったのです。

明治政府は、それを国歌として採用したとき、君を大君と解し「天皇の治世よ永遠なれ」と解釈しましたが、もともとは「一族の寿命よ末永かれ」の意味であり、きわめて民主的な歌であったのです。 - 29ページ


東北や北陸、丹波の山奥の盆踊りは、昔の歌垣の風習を色濃く反映しているので、古代アワ歌の手振り、身振りが部分的に残っているのではないかと思いますが、どなたか研究していただけないでしょうか。 - 43ページ

歌詞だけが残っているアワ歌の身振りを復元するヒントが盆踊りにあるかもしれないという話

いいかえれば、フトマニ図には、「創造と終末」の思想はなく、「天壌無窮の生成」のはたらき‐「生り成りてる」が示されているのです。フトマニの中心の神は、創造神ではなく、無限の生成神なのです。

ユダヤ教、キリスト教などセム族系宗教は宇宙の「創造と終末」を強調し、創造があった以上かならず終末があると考えています。しかし、創造や終末と見える現象はあっても、それはあくまでも限りない宇宙の生成のはたらきの一部にすぎないというのがフトマニの思想なのです。 - 46ページ


白川伯家の神道は、十一世紀の半ばに、花山天皇の孫にあたる延信のぶざね王が宮中祭祀をつかさどる神祇伯に任命されたことに始まります。

平安時代に大陸から仏教、道教、陰陽道などの新思想が大規模に流入し、伝統の古神道の秘儀が埋没するおそれが生じたので、朝廷は、物部氏、猿女氏、中臣氏、忌部氏などの伝承してきた祭儀と秘法を集大成させ、白川神道を作らせたのです。白川家は、歴代の天皇と皇太子にその祭儀と秘法を伝える役目を果たしていました。 - 52ページ


療法士の柳原能婦子さんの本『母の手』によると、図7のように、内臓や筋肉、リンパ腺につながる経路のツボが口腔に潜んでいるようです。大脳や眼球、小腸、膀胱、前立腺、甲状腺などとも、経路を通じてつながっています。したがって、アワ歌を歌って口腔を振動させると、当然、体の各器官や筋肉、リンパ腺にも刺激をおよぼすということになるでしょう。 - 62ページ

図は省略しました。

高周波の整数次倍音を含むイエアオウを聴くと、アルファ波が発生するとともに、快感ホルモンが脳内に生じるので、気持ちがよくなり、心が安定し、癒される感じがするといわれています。

日本語は、母音が非常に多く使われており、子音も常に母音とセットになっているので、この整数次倍数音が多く含まれ、聞いた人に安らぎを与えます。 - 68ページ


これに対し、日本の家は畳、障子、襖といった吸音材に囲まれており、また湿気が多いので響かない住空間になっています。音が共鳴しないと、相対的に高い倍音が聞こえるので、日本人は高い倍音に敏感になり、倍音を変化させることを好み、自然と音感が豊かになっていったと中村さんは指摘しています。母音が多いという日本語の特性も加わって、整数次倍音の複雑な時間変化を日本人は特に好んでいるようです。


中村さんは、こう述べています。

「CDでもラジオでもテレビにおいても、私たちにとって非常に大切な倍音や高い周波数がカットされてしまっています。(後略)」 - 70ページ

中村さんとは尺八奏者の中村明一さんです。

ご近所に引きこもりの子どもやうつ病の青年がいたなら、誘ってみましょう。胃腸の弱い人、眼や耳の弱くなった人にも参加してもらいましょう。三か月以内に調子が良くなったことを実感してもらえると思います。 - 97ページ


本書で私は、アワ歌を説明しようとして余りにも語りすぎたかもしれません。本来意味を持たないアワ歌の意味づけをしすぎたかもしれません。

ですから、音と光と体と心につながりがあることだけ了解すれば、私の書いたことはすべて忘れてください。頼りになるものは、ただあなたの感覚と直観だけです。 - 101ページ


生前の自分とも死後の自分とも全く無関係にこの世に生活している「個人」なるものを私は信じることができません。その意味で西洋のいう「個人主義」は、この世における私益の追求を正当化するために創り出された壮大なフィクション(創り話)ではないでしょうか。「個人の自由」や「市場原理主義」は、アングロサクソンの利益を最大化するたえの論理的仕掛けであったのではないでしょうか。 - 124ページ

私は前世や生まれ変わりを信じない一方で、祖先に守られている自分を実感しています。
個人主義がフィクションであるという点についてはまったく賛同します。

A女(40代)

「二年前に、健康の講演会で歌に出会いました。最初は、四国の徳島の歌かな、眠たそうな歌で私には合わんと思っていましたが、講演会の最後には歌っていた自分がいたのにびっくりしました。

アワ歌は、思いのとらわれを流してくれる歌と感じています。とらわれた自分にはサヨナラする歌ですね。今は、ものごとに懸命にならなくなった、頑張らなくなったと感じています。 - 127ページ

アワ歌を歌ってきた方の感想です。





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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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