仮差押、給料取立て裁判・強制執行

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Last updated 2015.5.15mf

相談

アルバイトの賃金を内容証明郵便を出すことによって取り立てた事例は多いです。
本年は、仮差押をし、訴を提起し、強制執行まで行い、取り立てた例がありましたのでまとめました。仮差押、給料取立て裁判・強制執行
2003年6月、大学3年生の女子学生が、アルバイトの賃金を支払ってもらえないと相談に来ました。女子学生たちは、人材派遣会社に雇われ、大手のホテル、郵便貯金会館などへウェイトレスの仕事のために派遣されていました。職場で働いていた仲間は8人いました。時間給は2000円で働き、1人30万円から40万円位の未払いの賃金がありました。
後に判明しましたが、この会社には、派遣事業を行うために必要とする許可も届出(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備などに関する法律)もありませんでした。
女子学生らは、派遣先のホテル、労働基準監督署、労政事務所などに行き、相談・交渉したが、良い結論は得られませんでした。

内容証明郵便

7月8日、8人を代理して、弁護士の名前で雇い主の会社へ賃金を請求する 内容証明郵便 を出しました。
 内容証明郵便を出してから3日後に会社の社長が、突然、弁護士の事務所を訪れました。彼は、「女性の事務員が会社の金を使い込み、会社はこの事務員を告訴するつもりです。来月顧客のホテルから派遣代金が入金するから、それで賃金を払います」と言って、自分が依頼している弁護士の名刺と、相談している刑事の名刺を見せました。
この事務員は、彼の愛人のようで、彼自身この事務員に借金があり、彼の考えているように、ことは簡単には進まないような印象を受けました。
弁護士が会社の資産についてを尋ねましたら、派遣先の顧客に対する売掛金が唯一の資産のようでした。
この社長は、仮差押など法的手続きをとられるのが嫌なので、「賃金を支払います」と言っている疑いもありました。
弁護士がこの話を女子学生にすると、女子学生は、払ってもらえると信じて、喜んでいました。
弁護士は、「支払う」と言いながら、払わなかったケースは沢山あるので、この会社のホテルに対する売掛金を仮差押をすることを勧めました。
しかし、女子学生達は、この話に乗ってきませんでした。待っていれば、賃金を支払ってもらえると期待してしまったのです。

倒産

1週間後には、債権者が会社を占拠し、この社長は行方不明になりました。以後、社長とは連絡が取れなくなりました。会社は倒産し、社長は逃げたのです。
この会社は、あと2か所(郵便貯金会館と大手の結婚式場)に(派遣)の顧客を持っていました。「他に派遣されていた従業員グループが派遣先である郵便貯金会館に対する売掛金を仮差押した」との情報が入ってきました。
(学生)・・・労働債権・・・(派遣会社)・・・売掛金債権・・・(ホテルなど)
相談者の女子学生も、ようやく、自分たちの考えが甘いことに気がつき、「仮差押をしたい」と言いだしました。
 顧客であるホテル側は好意的であり、債務額を教えてくれました。人材派遣会社の社長がホテルを利用したので、相殺して債務残額は60万円弱とのことでした(後日、これは誤りで、実際は72万円程あることが判明しました)。
ホテルに対する債権を押さえても、不足するので、郵便貯金会館に対する債権も押さえることに決めました。他人が働いた分の売掛金も仮差押することにしたのです。
8人の仲間で実費を出しあって仮差押をするのです。弁護士は、仮差押をしても、優先権はなく(他の差押が入ると債権額に応じて按分比例して配当する)、税務署の差押が入ると、税務署が優先することなどを説明しました。弁護士は、そのような「危険を 覚悟して、自分たちで労力を出して仮差押・訴訟をしたら」と提案しました。
8人のうち、結局、最後まで仮差押・訴訟をしようと決意をし、残ったのは3人でした。残りの人たちは取れないと諦めました。
3人の賃金は合計100万円程だから、弁護士は、「うまく行けば、全額取れる。仮差押3件(1件3000円)の印紙代、若干の切手代などを負担しても、全然回収できなくなるケースもある。やってみないとわからない」と何度も説明しました。
仮差押は、ホテルがこの会社に支払うことを止めるだけの効力しかありませんが、仮差押が必要でした。社長が売掛金を取立てて逃げたり、債権譲渡をする恐れがあったからです。
仮差押には、債権者(従業員)の債権の存在、債務者(人材派遣会社)が売掛金を処分してしまうおそれについての証明(疎明)と、(通常、債権の2割位、賃金の場合は1割位)の保証金が必要です。
証人尋問もせず、簡単な証拠で仮差押の決定を出すのだから、その保証をしろ。嘘があって、相手に損害を与えたときには、保証金を取られるぞ」と言うのが法の趣旨です。
仮差押の手続きでは、当事者が法人の場合には、登記簿謄本が必要です。裁判所は会社の存在と、代表者が誰であるかを確認するのです。
相談者(依頼人)が法務局に商業登記簿謄本を取りに行ったら、「書換中」との理由で謄本を取ることができませんでした。役員の変更登記などで登記簿を書換中の場合、登記簿の閲覧や 謄本の交付申請が拒絶されるのです。これで4日ほど延びてしまいました。登記簿の書換えなど簡単にできるのですが、お役所仕事ですから時間がかかるのです。
相談者の決意が遅れたことも合わせて、仮差押の手続きは遅れました。
第三者には、「派遣会社がどの顧客に幾らの債権を持っているか」わかりません。どの顧客に対する債権を仮差押してよいか判断できません。危険を分散させるため、2人は、ホテルに対する売掛金を、1人は郵便貯金会館に対する売掛金を仮差押することにしまし た。

仮差押

弁護士は、7月23日裁判所に仮差押の申立をしました。派遣会社の所在地は港区にあり、賃金は90万円以下でしたので、仮差押の管轄裁判所は東京簡易裁判所になります( 裁判所法 33条)。140万円を越える事件の管轄は地方裁判所にあります。弁護士にとっては、地方裁判所の方に若干は信頼感があります。
本件では、特に問題はありませんでした。年配の裁判官が、無駄話をしながら、のんびりと、書記官に、「保証金を幾らにしたらよいか」と基準を尋ねていたので、弁護士は、内心「金額は幾らでもよいから。早く決めてくれ。ぐずぐずしていれば 、午後、供託する手続きが遅れてしまう」と思った程度でした。 日本の裁判の問題は時間がかかることです。しかし、仮差押えなど保全処分は手続きは早くできます。仮差押の申立てを午前10時頃出すと、11時頃には、裁判官に面接でき、裁判官は保証金を決めてくれました。
相談者の場合には、30万5000円の賃金請求では保証金は3万円、31万の賃金請求では3万円、18万円の賃金請求では2万円でした。
保証金は、法務局 (東京23区の場合九段にある東京法務局)に供託します。これも即日手続きができます。供託書を裁判所に持参すると、裁判所は翌日には仮差押の決定をくれます。
7月23日仮差押の申立をし、同日保証金を供託し、24日に裁判所は決定書を発送しました。
25日、ホテルと郵便貯金会館が決定を受け取り、以後、ホテルと郵便貯金会館は債務を支払うことを止めました
第三債務者(ホテルと郵便貯金会館)に決定が届いたことを確認して、裁判所は、債務者(派遣会社)にも仮差押の決定を送ります。
仮差押は威力がありました。仮差押の決定がホテルに届いた直後の28日に、派遣会社から、ホテルに対し「債権を譲渡したから、そちらに支払ってくれ」との内容の内容証明郵便が届いたのです。弁護士は、ホテルの担当者からその写しをファックスで送ってもらい、これを知りました。しかし、仮差押えの決定の方が早く届いたので、ホテルは債権の譲渡先には払いません。間一髪のところで仮差押は成功しました。
仮差押の際、陳述催告の申立(民事執行法147条)をし、裁判所からホテルに対し「 債務を認めるか否か、支払う意思があるか否か」についての催告をしてもらいました。1週間程で、ホテルは債務を認める回答をくれました。郵便貯金会館からは、「他にも仮差押がある。税務署の滞納処分による差押がある」との回答がありました。

訴の提起

回答を見て、弁護士は、「郵便貯金会館の分は税務署が優先し、従業員は取れない。早く判決を取り、差押(強制執行)えをすれば、ホテルに対する売掛金は取れる」と直感しました。他の差押が来る前に、差押える必要があるのです。早い者勝ちです。
弁護士、7月29日、相談者を代理して会社に対する訴を東京簡易裁判所に提起しました。訴の提起は、裁判所に 訴状 を出してします。相手にも訴状を送る必要上、訴状は2通提出します。
訴状に書く内容は民事訴訟法に書いてあり、難しいものではありません。
訴状の書き方の本も売っています。他の官庁に提出する書式より、簡単です。それだけ 、裁判官に裁量権があるからです。
 早く判決を取り、早く売掛金を取ってしまう必要がありました。
他の債権者が二重に差押えてくるおそれがありました。一般の債権者なら、労働債権が優先しますが、他の従業員(労働債権)なら平等に債権額に応じて按分比例して分ける必要があります。税務署の差押なら、(その税金の納税期によりますが)税金が優先します。
訴を提起すると、裁判所は訴状の副本を被告の会社に送るのです。
裁判所から、「被告の会社も、代表者も転居先不明で、訴状・呼出状を送達できないから調査してくれ」との連絡が入りました。相談者の仲間が、会社の様子を見に行ったところ、会社があった建物には既に他の会社の看板がかかっていました。
弁護士が、社長の自宅(新橋にあるビル)に行き、前妻に会ったところ、「(前)夫は、行方不明です」との話でした。前妻は、前夫の住所を知っているようでしたが、債権者に追求されるので、隠しているようでした。私は、それ以上追求しませんでした。手続きを早く終わらせ 、早く判決を取ることが目的です。
社長の住民票を取り(住民登録上でも移転先が書いてないことを確認し)、住民票を添付し、以上のことを報告書に書いて裁判所に出し、公示送達(民事訴訟法110条)をするよう申立てしました。
公示送達では裁判所の掲示板に呼出状などを掲示すれば、被告が見ようと見まいと、「 掲示後2週間後に送達した。その後は、翌日に送達した」と見なされてしますのです。これで早く判決を取ることができます。
通常、被告が裁判に欠席すると、敗訴判決を受けますが、この効力は公示送達の場合にはありません。
第1回目の裁判が9月16日、2回目が10月14日でした。この間に、今までの事情を陳述書の形にして予め裁判所に提出しました。
10月14日には、法廷で、原告2人が、ほぼ「陳述書の通りです」と陳述することにより、10分ほどで証拠調べを終えました。
判決言い渡しは、10月27日でした。

強制執行:売掛金の差押え

判決を得ただけでは、強制執行はできません。判決が被告に送達され、その後、判決に(執行を許可してもらう旨の)執行文を付けてもらいます。
 人材派遣会社の唯一の財産は顧客に対する売掛金(債権)ですから、これを差押する必要があります。
執行文付きの判決と送達証明書を得て、12月22日、3人のうち、2人を債権者として東京地方裁判所民事21部(強制執行を専門に担当する部です)に債権差押(貸金請求の例ですが、債権差押の申立書の見本 参照)、転付命令 の申立をしました。転付命令は送達の段階で執行は終わり、その意味で、優先的効力があるのです。
受付は通過しましたが、後で裁判所から「二重の差押になるので、転付命令はできない 」との、電話がありました。
この場合は、2人同時に差押を申立てていますので、差押の競合なのです。
売掛金を、1つを「・・月・・日から、・・月・・日までの分」、1を「・・月・・ 日から・・月・・日までの分」として2つに分ければ、添付命令は可能のようでした。
しかし、前の仮差押あるので、やはり、二重の差押の問題になりそうでした。仕方なく 、転付命令は止め(書類にある転付命令の文字を消し、訂正印を押すだけ)差押命令だけの申立てにしました。差押命令令は2004年1月13日派遣会社に(公示)送達されました。
 法律の規定では、差押の命令が債務者に送達されてから1週間経過すると、債権者は取り立てできます(民事執行法155条)。
弁護士が何度も裁判所に送達の有無を問い合わせても、裁判所からは「未だ送達できていない」との回答でした。2週間以上も経過してから送達証明書が送られて来たのです。ここでも、お役所仕事がありました。
身分が安定すると、仕事をする気持ちが薄れたり、誰の利益のために仕事を行うべきかを忘れてしまうのは、人間の本性でもあるのでしょう。これは誰でも常に反省しなければならないものと考えます。お役所には粘り強く催促する必要があります。民間人はお役所仕事で手続きが送れることを考慮 し、余裕をもって手続きをする必要があります。
弁護士は、1月28日、差押の命令送達された旨の証明書をもらい、2月2日ホテルへ行って、差押えた債権を支払ってもらいました。
弁護士の「駄目かもしれないが、やってみたら」との言葉に乗り、最後まで脱落せずに、裁判をした者が成功し、弁護士も安心しました。
残り1人は、2月22日に差押の申立てをしました。これで、給料は、ほぼ満額近く取り立てができました。

本件では、通常の仮差押をし、判決を取り、差押さえをしましたが、先取り特権に基づく差押さえをすると、優先権が発生し判決を取る必要がありません(民法308条、商法295条)。但し、厳格な証拠を要求され、なかなかできません。

学んだこと

権力を持たない民間人にも武器はあります。それは、粘り強さと研究心です、決して諦めないことです。金額は少ない事件でしたが、この事件も、それを示しています。

賃金の立替払い

*破産、和議、会社更正などの裁判所の決定があった場合あるいは一定規模以下の中小企業で、労働基準監督署の認定があった場合で、労災保険の適用事業の場合は、労働者健康安全機構 が、過去6ヶ月前までの分の賃金(8割)を立替払いする制度があります。会社が倒産して、未払い賃金があった場合、この手続きで、給料を支払ってもらえます。
具体的な手続きは、労働者が労働基準監督署に対して申請します(賃金の支払い確保等に関する法律7条)。
立替払いされる未払賃金総額は次の通り制限されます

  立替払される賃金の額は、未払賃金総額の8割です。ただし、未払賃金総額には、退職日の年齢に応じて限度額が設けられており、未払賃金総額が限度額を超えるときはその限度額の8割となります。

退職日における年齢 未払賃金総額の限度額 立替払上限額
45歳以上 370万円 296万円
      30歳以上45歳未満 220万円 176万円
30歳未満 110万円 88万円

寄せられたコメント

労働基準監督署に電話で相談する人の中には、「こんな事もできないようなら、お前らは不要だ」と、言う人がいます。労働事件で相談に来る人の中には、労働基準監督署、労政事務所、法律事務所に対し不満を持っている人がいると思います。
賃金の立替払いについての相談の中には、制度の適用ができないケースも多くなっています。賃金の立替払いを申請する労働者も増えました。
立替え払いできる範囲は法律で決められています。相談者のニーズに応えられるように努力したいと思います。

お返事

コメントありがとうございます。
国から免許をもらい独占的に仕事をしている弁護士や、さらに給料までもらっている公務員に対する批判、不満があることは当然です。 批判がないと我々は堕落します。我々は批判に耳を傾けるべきでしょう。
ところで、賃金立替払いの詳細は政令に委任され、政令は 六法全書に掲載されていないので、簡単に知ることができ理解できません。政令等をインターネットで公表して欲しいですね。
港区虎ノ門3丁目 弁護士河原崎法律事務所 03-3431-7161