弁護士宛メール常務取締役の名刺
市川さんは小さな印刷会社を経営しています。小さいながらも安定した経営を続け、取引先にも、銀行からも信頼されています。
最近、親戚の紹介で元銀行員の渡辺さんを会社に入れました。渡辺さんは、元銀行員らしく経理に明るく、人当たりは柔らかく、人に好かれ、仕事をとってきて得意先を増やしてくれたのです。そこで、市川さんは、渡辺さんの働きを見て、渡辺さんを役員にして常務取締役の名刺を持たせました。渡辺さんも役員になったことで張り切り、良く仕事を取ってきましたので、市川さんは喜んでいたのです。手形振出
しばらくたって渡辺さんは、この会社の手形も扱うようになりました。
ところが半年ほど経った頃から、渡辺さんは欠勤するようになり、とうとう出勤しなくなりました。市川さんは、非常に心配して渡辺さんを捜したのですが、渡辺さんの行方はわかりませんでした。
その1ヶ月後、高利貸から300万円の手形がまわってきました。市川さんが驚いて調べてみると、渡辺さんが勝手に高利貸から金を借りていたのです。その直後、今度は市川さんの取引のない銀行で、市川さんの会社が不渡りを出したとの連絡が入りました。驚いてこの手形を調べてみると、手形用紙は市川さんの会社のものではありませんでしたが、ゴム印と代表印は市川さんの会社のものでした。
こうなったら、もう市川さんの手に負えませんので、市川さんは顧問弁護士に相談しました。
そして、正規の手形は落(支払う)とさざるを得ないので落とすことにし、他人の手形用紙に渡辺が捺印した手形については、今後まわってくるごとに、「偽造」であるとして異議を申立ることにしました。
異議を出さないと、今度は2回目の不渡りですから、不渡処分を受け、会社は倒産してしまいます。異議の申立には、通常手形金額と同額のお金を銀行に預託しなければなりません(異議申立提供金)。
しかし、手形の偽造の場合は預託が免除され、手形の盗難の場合は、盗難の事実を証明して、預託金の返還を受けることができます。
弁護士が調査したところ、渡辺さんは金に困っており、初めは常務取締役の名刺を使い、正規の手形を振り出して、会社の名前で金を借りたのです。その後、手形用紙に勝手に市川さんの会社の判を押したのです。このような手形用紙は、詐欺グループとつながりがあると手に入るのです。解任
市川さんは、すぐ渡辺を解任し、登記をし、さらに、渡辺の行為は有価証券偽造罪、背任罪に当たりますので、渡辺について警察に、 告訴状を提出し告訴しました。
問題は、異議を出し支払いを止めた手形です。これは、市川さんが渡辺に常務取締役の肩書きを使わせていたため、手形を持っている金貸しから訴を提起されると、負ける可能性が大きいのです。表見代表取締役
社長、副社長、専務取締役、常務取締役の名称は、他人から見ると会社を代表する権限があると見えやすいのです。ところが、これらの人が実際は代表権限がないとなると、会社と取引をした人は困るわけです。
そこで、会社法は、このような肩書きがある人を表見代表取締役と一律に呼び、表見代表取締役を真実の代表者と信じて取引をした人を保護しています。従って、市川さんは、「渡辺は常務取締役であるが、代表取締役ではないのです」とは言えなくなるのです。
対外的に信用をつけるために、従業員に高い地位の肩書きを付けると危険な場合があるのです。
参考条文:法律改正
商法第262条
社長、副社長、専務取締役、常務取締役其ノ他会社ヲ代表スル権限ヲ有スルモノト認ムベキ名称ヲ附シタル取締役ノ為シタル行為ニ付テハ会社ハ其ノ者ガ代表権ヲ有セザル場合ト雖モ善意ノ第三者ニ対シテ其ノ責ニ任ズ 上記商法の規定は、平成18年5月1日施行の会社法により、下記の 通りに改正されました。会社法第354条〔表見代表取締役〕
会社法の規定では、「専務取締役」、「常務取締役」が、削除されていますが、これらも、「その他株式会社を代表する権限を有するもの」に該当するでしょう。
株式会社は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。 判例
- 東京地方裁判所平成18年11月22日判決
争点(2)(表見代表取締役の適用の可否)について
原告は,Bに代表権があって,同人が会社を代表して行為しているものと信じていたなどと主張した上,会社法354条の適用により,Bの行為の効果が被告に 帰属するため,被告は,本件貸付金1及び2を返還する責任を負うなどと主張する。
しかし,上記2のとおり,Bは,原告から本件貸付1及び2の際,被告専務取締役として借入れをしたのでなく,同人が個人としてしたもので,会社法354条 の適用の要件を欠くというべきである。そうであるから,原告代表者において,Bが被告を代表して行為をしているものでないことを知っていたものであり,仮にBが 被告を代表して行為をしていると信じていたとしても,これまでの検討によれば,原告代表者には重大な過失があったというべきであるから,会社法354条を適用す ることはできない。- 最高裁判所平成2年2月22日 判決
商法43条1項は、番頭、手代その他営業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、その事項に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有すると規定 しているところ、右規定の沿革、文言等に照らすと、その趣旨は、反復的・集団的取引であることを特質とする商取引において、番頭、手代等営業主からその営業に関 するある種類又は特定の事項(例えは、販売、購入、貸付、出納等)を処理するため選任された者について、取引の都度その代理権限の有無及び範囲を調査確認しなけ ればならないとすると、取引の円滑確実と隠然が害される虞れがあることから、右のような使用人については、客観的にみて受任事項の範囲内に属するものと認められ る一切の裁判外の行為をなす権限すなわち包括的代理権を有するものとすることにより、これと取引する第三者が、代理権の有無及び当該行為か代理権の範囲内に属す るかどうかを一々調査することなく、安んじて取引を行うことができるようにするにあるものと解される。したがって、右条項による代理権限を主張する者は、当該使 用人か営業主からその営業に関するある種類又は特定の事項の処理を委任された者であること及び当該行為か客観的にみて右事項の範囲内に属することを主張・立証し なけれはならないか、右事項につき代理権を授与されたことまでを主張・立証することを要しないというべきである。そして、右趣旨に鑑みると、同条2項、38条3 項にいう「善意ノ第三者」には、代理権に加えられた制限を知らなかったことにつき過失のある第三者は含まれるが、重大な過失のある第三者は含まれないものと解す るのが相当である。- 最高裁判所昭和42年6月2日判決
会社名義で振り出された約束手形につき、手形面上に会社代表者として表示されている者に代表権はあるが、右代表者の記名押印をした者に代表権がない場合であっても、会社が後者に対して常務取締役等会社を代表する権限を有するものと認められる名称を与えており、かつ、手形受取人が右後者の代表権の欠缺につき善意であるときは、右後者が自己の氏名を手形面上に表示した場合と同様、会社は手形金支払の責を負うものと解するのが相当である。- 最高裁判所昭和40年4月9日判決
会社名義で振り出された約束手形につき、手形面上に会社代表者として表示されている者に代表 権はあるが、右代表者の記名押印をした者に代表権がない場合であつても、会社が後者に対して常務取締役等会社を代表する権限を有するものと認められる名称を与えて おり、かつ、手形受取人が右後者の代表権の欠缺につき善意であるときは、右後者がいわゆる表見代表取締役として直接自己の氏名を右手形面上に表示した場合と同様、 会社はその責に任ずべきものと解するのを相当とする。弁護士河原崎法律事務所 03-3431-7161