建物明渡し遅延の損害賠償の予定と消費者契約法
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2015.12.25mf
相談:建物明渡しの遅延損害金
私は、友人が建物を借りる際の賃貸借契約の保証人となりました。友人は、当初は家賃を支払っていましたが、会社が倒産し、6か月分を滞納し、立ち退かなかったため、裁判になりました。友人と私が被告です。
判決で、言い渡されたことは、「建物明渡し、家賃6月分60万円、遅延損害金として解除後家賃の2倍の損害金」でした。私もこの責任を負うことになります。
家賃の2倍の遅延損害金は、消費者契約法9条1号にも、9条2号にも、10条にも違反します。
私は、裁判所で、そのようない主張しました。でも、このような判決でした。
複数の弁護士にも相談しました(主に無料法律相談です)。弁護士は、消費者契約法9条1号に違反すると言う人と、消費者契約法は関係ないと言う人がいて、意見はまちまちです。私は、消費者契約法9条1号が適用され、高額な遅延損害金は無効だと考えますが、いかがでしょう。
回答:今のところ、消費者契約法に違反していません
ご質問は、明渡しの遅延についての損害ですね。消費者契約法の適用の有無について検討する必要があります。
- 消費者契約法9条1号
この条項は、解除に伴う損害賠償について規定しています。不動産売買契約では手付金条項が、これに当たります。不動産賃貸借契約では、そのような条項はないですね。
明渡し遅延損害金は解除に伴う損害賠償ではありません。ところが、本件は、明渡し遅延についての損害賠償です。従って、本件には、消費者契約法9条1号は適用されません。
- 同法9条2号
この条項は、金銭の不払いについての損害賠償の規定です。金銭の遅延ですので、家賃の遅延損害金 は、これに当たります。ところが、本件は、明渡しの遅延についての損害賠償です。従って、本件には、消費者契約法9条2号は適用されません。
- 同法10条
賃料の2倍、3倍相当の遅延損害金は、消費者の利益を一方的に害すると言えるかです。消費者の利益を一方的に害すると言えると消費者契約法10条で無効になります。
しかし、今のところ、下記のとおり、判決は、賃料の2倍の遅延損害金を合理的理由があるとの理由で、消費者契約法10条に違反しないとしています。これが通説でしょう。
下記大阪地裁の判決は、賃料の1.5倍の遅延損害金のうち、1倍を超える部分を無効としています。独立行政法人都市再生機構(UR)の賃貸契約書には、契約終了から明渡まで家賃相当額の1.5倍の損害金を支払うとの条項がありました。裁判では、この条項の効力が争われました。
大阪地裁の判決は、消費者契約法9条1項を誤って解釈しています。さらに、明渡し遅延損害金は家賃の1倍までは有効で、これを超えると無効と判断しています。これでは、違約金(損害賠償の予定)の趣旨が没却されます。消費者契約法の解釈としても、一般的な法解釈としてもこの判決はおかしいです。
明渡遅延損害金は、消費者契約法10条の問題でしょう。
- 消費者契約法の適用がない場合は、賃料の3倍相当の明渡遅延損害金の約定は、暴利行為にならず、有効です。
法律
【消費者契約法】
第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権
利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項
に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
判例
-
東京地方裁判所平成16年5月28日判決(出典:判例秘書 事件番号、東京地方裁判所平成15年(ワ)第28422号)
被告Y1は、明渡しを遅滞した後の損害金を賃料の倍額と定めている損害金条項は、消費者契約法9条1項に違反し、解除に伴う事業者に生ずべき平均的な損害の額
を超える部分は無効であって、建物の賃貸借契約においては、平均的な損害の額とは賃料相当額である旨主張する。
しかしながら、明渡しを遅滞した後に生じる損害金は、消費者契約法9条1項が定める「契約の解除に伴う損害賠償」ではなく、解除によって生じる明渡義務違反に
対する損害金を意味するから、同法9条1項が直接に適用されると解することはできない。
ただし、同法10条は、「消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、
無効とする」と定めているから、明渡しを遅滞した後の損害金を定める条項がこの条項に違反しないかどうかを検討する必要がある。
ところで、一般的には、賃料相当額
以上の損害金、つまりペナルティーを定めることによって賃借人に対し明渡義務を確実に履行させようとして損害金の条項が定められており、このような目的は必ずしも
不当というべきではないから、賃料相当額以上の損害金を定める条項を一概に無効と解することはできない。
もっとも、あまりに過大な損害金を定めているような場合に
は、消費者の利益を一方的に害するというべきであるから、無効と解すべきである。
ところで、本件では、賃貸借契約書において明渡しを遅滞してからこれを完了するまで賃料の倍額に相当する損害金を支払う旨の条項が定められているが、賃料の2
倍の損害金が相当であるかどうかは、条項の文言だけでは判断が難しいところがある。
しかし、本件では、被告Y1は、平成15年7月分からの賃料を支払わなかったこ
と、滞納賃料を支払う旨の合意をしたにもかかわらず、その支払をしなかったこと、原告の管理会社から再三再四対応を促されたにもかかわらず、対案を示すなど具体的
な対応をしなかったこと、そのため、原告は、賃料の未払により損害が拡大していくおそれがあったため、管理会社から被告Y1に退去を促してもらうため別途費用を支
払わなければならなかったし、それでも解決が困難であったため、占有移転禁止の仮処分を申し立てたうえ、本件の訴訟を提起しなければならなかったこと、本件賃貸借
契約を解除する意思表示をしてから明け渡しが完了するまで約4か月を要していること等の事情が認められる。
これらの事情を検討すると、本件では、賃料の2倍の損害金を定める条項は不当であるとまではいえない。
- 東京地方裁判所平成20年12月24日判決(出典:判例秘書 東京地方裁判所平成20年(ワ)第18864号)
(2) 被告らは,約定明渡遅延使用料につき,本件規定が消費者契約法9条1号及び10条により無効であると主張するが,以下のとおり,採用することはできな
い。
ア 同法9条1号について
同法9条1号は,消費者契約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金を定める条項に関する規定であるところ,本件規定はそのような条項ではないから,同号の
適用はない。同契約の解除以外の終了の場合にも同条が適用されるとする被告らの主張は,同号の明文に反する主張であって採用することができない。
イ 同法10条について
同法10条は,民法等の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法1条2項に規定する基本
原則(権利の行使及び義務の履行における信義誠実の原則)に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする旨規定する。
同法10条について
同法10条は,民法等の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法1条2項に規定する基本
原則(権利の行使及び義務の履行における信義誠実の原則)に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする旨規定する。
ところで,賃借人は賃貸借契約の終了と同時に賃貸借の目的物を返還すべき義務を負い,賃借人がこれを任意に履行しない場合,賃貸人は強制執行手続によっ
てその返還を受けることになるが,債務名義がなければこれを得るために相当の時間と費用をかけて訴訟手続等をする必要があり,強制執行手続自体にも時間と費用を要
するところ,必ずしも後にこれらの費用全部を確実に回収できるわけではない。
また,賃料及び管理費は目的物の使用収益の対価及び実費であるが,賃貸人は,賃借人が
契約終了と同時に目的物を返還すべき当然の義務を果たさない場合に備えておく必要があるところ,その場合に賃借人が従前の対価等以上の支払をしなければならないと
いう経済的不利益を予定すれば,それは上記義務の履行の誘引となるものであり,しかも賃借人が上記義務を履行すれば不利益は現実化しないのであるから,そのような
予定は賃借人の利益を一方的に害するものではなく,合理性があるといえる。
他方,上記場合に,賃借人が従前と同じ経済的負担をすれば目的物の使用収益を継続できる
とするのは契約の終了と整合しない不合理な事態であり,賃借人に返還義務の履行を困難にさせる経済的事情等があるとしても,その事情等が解消するまで賃貸人の犠牲
において同義務の履行を免れさせるべき理由はない。
本件規定は,賃借人が本件契約終了と同時に本件建物を明け渡さない場合に,終了の翌日から明渡しに至るまで賃料の倍額及び管理費に相当する額の使用料を
支払わなければならないとするものであって,原告と被告らとの間で作成された本件契約書22条1項本文に明記されており(甲1)、これが被告両名の本件建物の明渡
(返還)義務の適時の履行の誘引として定められたものであることはその規定自体から明らかである。また、これによって被告らが受ける不利益は、賃料相当額の負担増
だけであり、しかもそれは被告両名が上記義務を履行すれば発生しないのであって、原告が暴利を得るために本件規定が定められたものでないことも明らかである。
なお,
被告両名が本件建物を居所としていたとしても、本件契約が終了すればその使用収益ができなくなるのは当然であって、そのこと自体が被告両名の不利益であるとはいえ
ない。
- 大阪地裁平成21年3月31日判決(出典:消費者法ニュース85号173頁)
家賃等相当額の1.5倍の賠償金の支払いに関する規定は、家賃等損害金相当額の支払いを求める部分を超える部分について、消費者契約法9条1号に違反し、無効であると解すべきである。
- 東京地方裁判所平成22年3月25日判決(出典:判例秘書)
土地の賃貸借契約につき,主たる目的は「鋼材置場及び駐車場」であり、建物所有目的とは認められないとして、借地借家法の適用や民法619条による黙示の更新を否定し、契約は期間満了により終了したとした上、賃料の3倍の使用損害金を定める契約条項につき、売却時に円滑な明渡しを求めるため、違約金として多額の遅延損害金を定める合理的な理由があったと認め、公序良俗に反しない
2010.2.26
港区虎ノ門3丁目18-12-301(神谷町駅1分)河原崎法律事務所 弁護士河原崎弘 03-3431-7161