弁護士河原崎弘
相談:更新料の合意
居住用のマンションを貸しています。建物賃貸借契約の中には、更新料の規定があり、更新料を受け取っています。
更新料の合意が消費者契約法に反して無効とした判決がありましたが、これは一般化するのでしょうか。
回答:消費者契約法成立
更新料の約定は、借地借家法に違反するとの判例がありましたが、最近は、消費者契約法に違反するとの判決も出てきました。
消費者契約法第10条は、消費者の利益を一方的に害する条項は無効としています。最近、更新料条項は、これに関して争われています。
大阪高等裁判所は、平成21年8月27日、更新料の約定は消費者契約法10条に反して無効であるとし、建物賃借人が、平成14年から平成17年までに、年1回の更新時期に支払わった更新料合計40万円の返還請求を認めました。この例は、2年更新に換算すると、4か月分以上の更新料となります。
大阪高等裁判所は、しかし、平成21年10月29日、更新料があるので、賃料も低く抑えられるとの賃借人にとってのメリットを認め、建物賃借人が、2年ごとの更新時期に支払われた賃料の2月分の更新料の有効性を認めました(返還請求は否定した)。
大阪高等裁判所は、さらに、平成22年2月24日、月額賃料は3万8000円である賃貸借契約において、1年ごとに賃料の2か月分7万6000円を支払う旨の更新料約定は無効と判示しました。
同裁判所は、その理由として、賃借人は、更新料の性質を知っていれば、更新料を支払いたくないと考えたはずであるにもかかわらず、一種の誤認状態に置かれたうえで、更新料条項について合意し、対価性の乏しい贈与的金銭を支払うことになったとして、本件更新料条項の消費者契約法10条に該当すると判断し、更新料を支払う旨の約定が無効であると判示しています。
関西地区では、建物賃貸者契約終了に際し、敷金のうち、一定の割合を返済しない(控除する)、いわゆる、敷き引きがおこなわれているようです。これは、他の地区で言う、敷金の償却に当たるでしょう。これは、見かけ上の家賃を安く見せる効果があります。
この敷き引きについても無効であり、家主は返還すべきとの判決があります。
今回は、支払い済の更新料の返還でした。
以前から、法定更新の場合は、更新料を支払わなくてもよいとの多くの判決がありました。
契約に際し、敷き引き(償却)や、更新料について、借主は説明を受けていますが、貸主と借主との間の情報量の差は大きく、消費者契約法(2001年4月1日施行)成立後は、このように更新料、敷金の一部を返還しなくてもよいとの判例の傾向は強くなるのでしょう。
敷金とか、償却などがあると、見かけ上(契約上)の家賃は低いですが、実質的な家賃は高いです。消費者は、これをよく理解せず、契約を締結します。判例は、これが違法だというのです。
消費者契約法の精神から言えば、契約内容を明確にすればいいのです。貸主としては、敷金とか、償却などの制度を使って見かけ上の家賃を安くするような契約をせず、家賃金額を高く設定すればよいのです。
さらに、賃料と比較して高い更新料 は無効とされる危険があります。そこで、2年ないし3年に1回の更新で、更新料は賃料の1月分あるいは2月分が妥当でしょう。
高裁の
判決を比較すると次のようになります。
判決日 | 更新期間 | 更新料 | 月額賃料 | 更新料の約定 |
大阪高裁平成21年 8月27日 | 1年ごと | 10万円 | 4万5000円 | 消費者契約法10条に違反し、無効 |
大阪高裁平成21年10月29日 | 2年ごと | 10万4000円 | 5万2000円 | 有効 |
大阪高裁平成22年 2月24日 | 1年ごと | 7万6000円 | 3万8000円 | 無効 |
敷引き特約につき、最高裁判決が、平成23年3月24日、がありました。
最高裁は、敷引金の額が契約書に明記されていれば「借主の負担について合意ができている」と認定した。引き去り額をあらかじめ決めておくことは、紛争防止のために不合理とはいえないと指摘し、敷引特約そのものが不当とはいえないとした。
さらに、借り手は情報量や交渉力で貸し手に劣ることから「敷引金が高額過ぎれば消費者契約法に照らして無効となる」との判断基準を提示した。今回の事案では、月9万6千円の家賃に対し、居住年数に応じて敷引金(控除額)を18万〜34万円とする契約内容(下記参照)で「敷引金は家賃の2倍から3.5倍にとどまり、高過ぎるとはいえない」と判断した。
京都市の借主の男性が敷引金21万円の返還を求めて提訴した。一審・京都地裁、二審・大阪高裁とも原告側請求を棄却していた。
経過年数 | 控除額 |
1年未満 | 18万円 |
2年未満 | 21万円 |
3年未満 | 24万円 |
4年未満 | 27万円 |
5年未満 | 30万円 |
5年以上 | 34万円 |
更新料につき、最高裁平成23年7月15日判決がありました。
ここでは、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新
料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特
段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基
本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが
相当であると判示しています。
消費者契約法
第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権
利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項
に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
判決
- 最高裁平成23年7月15日判決
(3) これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分余りとし,本件契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。
- 最高裁平成23年3月24日判決
そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。<>br
(3) これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
- 大阪高等裁判所平成21年8月27日判決(出典:金融・商事判例1327号26頁)
本判決は,@本件更新料約定の下では、それがない場合と比べて賃借人に無視できない大きな経済的負担が生じるのに、A本件更新料約定には、賃借人が負う金銭的対価に見合う合理的根拠は見出せず、むしろ一見低い月額賃料額を明示して賃借人を誘引する効果があり、さらに、B賃貸人・賃借人間には情報収集力に大きな格差があった、C本件更新料約定は、借地借家法の強行規定の存在から賃借人の目を逸らせる役割を果たしており、D賃借人が年額として支払う総額は明確に示されていたが、賃借人は実質的に対等に取引条件を検討できないまま契約に至ったと評価することができる、として、これらの総合判断により消費者契約法10条の要件に該当すると判示した。・・・・更新料の定めは無効
- 大阪高等裁判所平成21年10月29日判決
本件更新料支払条項は、これにより賃貸人としては、賃貸借期間の長さに相応した賃借権設定の対価を取得することができる一方で、賃借人は、更新時に、更新料の支払義務
が生じることになるものの、支払うベき更新料は、礼金よりも金額的に相当程度抑えられており、適正な金額にとどまっているということができる上、本件において、仮に、本件更新料が存在しなかったとすれば、月額賃料は当初から高くなっていた可能性があるところ、これと比較して、本件更新料が存在しなかったことのほうが、果たして賃借人であるX2にとって実質的に利益であったといえるのかは疑問であることからすると、本件更新料支払条項が設定されていたことによって、賃借人が、信義則に反する程度にまで一方的に不利益を受けていたということはできないとし、本件更新料の趣旨について理解しないまま本件更新料支払条項に承諾させられたものであるとの賃借人の主張も排斥して、これを無効と解することはできないとした。
- 大阪高等裁判所平成22年2月24日判決
@更新料に関する情報の量の点では賃借人と賃貸人には大きな格差はないもの
の、情報の質の点では両者間に格差があったと認められる、A更新料を徴収すること及びその額については賃貸人があらかじめ決定しており,賃借人には
交渉の余地がなかった、B賃借人は、上記のような本件更新料の性質を知っていれば、更新料を支払いたくないと考えたはずであるにもかかわらず、一
種の誤認状態に置かれたうえで、本件更新料条項について合意し、対価性の乏しい贈与的金銭を支払うことになった、として、本件更新料条項の同
条後段該当性を肯定し、賃借人が主張する更新料約定の無効を認めた。
虎ノ門(神谷町駅1分) 弁護士河原崎弘 03−3431−7161
2009.9.5