シオン×メイ
その2 ふるえ



ディアーナと別れたあと、メイは家(シオンとの新居だ)に帰る道すがら、大通りを
歩いていた。
一軒の女性下着の専門店の前で足を止める。
「ああ、素っ裸ってのも手ではあるけど、下着姿ってのも、かっこいいかもしんないね」
メイはにやりと笑う。
そして、「どれ、なんかヤらしいのとかあるかなー」と品物を物色していると。

「おや? メイですか? どうしたのです、こんなところで」
後ろから見知った声がかけられる。
「…………」
引きつった笑顔で後ろを振り返る。そこには旅の吟遊詩人が興味深そうにメイを見ている。
きょとんとした表情の奥で、明らかに面白がってる。こいつは。
「いや、『こんなところでどうしたの』って言うなら、イーリスの方こそ何を
してんの? ここ女性下着の専門店だよ?!」
動揺を抑え込んで逆襲する。
「私はただ、見知った後姿を見かけたので声をかけただけですよ、メイ。そうですか、
ここは女性下着の店だったのですか」
嘘だ。
絶対嘘だ。
女性下着の店だなんてこと、チラッと見れば分かるだろ、と言いかけてその言葉を
飲み込む。そう言えばこいつはシオンと旧い馴染みだったはず。

「ねえ、イーリスだったら何か知ってるかな」
「………。何をです?」
「いや、あのさ。あたしとシオンのことなんだけど──」


「………そうですか。」
ひとしきり事情を説明すると、イーリスは沈鬱な表情で視線を伏せる。
「やっぱりなんかあんの!?」
「そうですね……。他人の事情ですから、あまり話すのは気が進みませんが…………
聞きたいですか? 彼の両親と愛人だった女性の話です」
「ん? なんか分かりにくいよ? 誰が誰の愛人で、えっと??」
イーリスはそれには答えず、一拍の沈黙のあと、声色を落としてしゃべり始めた。
「シオンの実家はご存知のとおり名家です。そしてこれはシオンが12歳のころの
話だそうですよ」
私がその辺りを聞いたのは、もっと後になってからですがね、とイーリスは言った。
「彼の屋敷には何人も住み込みの女中さんが勤めていたそうです。そのうちの
一人……名前は伏せておきましょうか。その女性とシオンがそのころ肉体関係に
あったそうです」
「は? ええっとシオンが12歳で?!」
「彼女は19歳だったそうですが。それから何年か何ヶ月か。そんな関係が続いて
いくうちに、彼女はもっと以前からシオンの父と愛人関係にあった、ということに
少年シオンは感づくわけです。
………彼女が16歳くらいの頃かららしいですよ、それは」

ひどい。
なんだそれ?!
メイはのろのろとかぶりを振り、耳を覆った。
そこからどうなるの? どうなると言うんだ、そんな状況から?! 閉じた瞼に
力を込める。
そんなメイの手に、イーリスの手が触れた。
「………メイ」
「イーリス?」
「できたら逃げないであげて下さい……あなたがいなくなったら、シオンは本当に
一人になってしまう」
イーリスは悲痛な表情でメイを見つめている。

そうだ。
あいつは確かにそんなやつだ。
いろんな黒いものを、一人で引き受けようとして………
あいつと一緒になると決めた時。
あいつの闇を一緒に渡っていきたいと思ったんじゃないか。
こんなことに負けてどうするんだ!
「うん分かった。あいつの荷物、奪い取ってでも一緒に背負ってやる」
「…ありがとうございます」
イーリスが心から安心した笑みを浮かべる。
「……ところでさ。あろうことか、その女の人がシオンの初恋の人だったり
なんかして?」
メイがおどけて聞いた。
「どうでしょうね………シオンが『あの女に恋してた』と語ってくれたことはない
ですから。
でも、これは言えると思いますよ。
彼女が、シオンの初恋の人でないなら、シオンの初恋はあなたです。メイ。 
逆に、彼女にシオンが恋していたとして、シオンが今までに恋した女性はあなたを
含めて2人しかいません」

……それは。
限りなくクロじゃないか。
仮にそうじゃなかったとしても、私はあいつの「初恋の相手」かあ…………
一見軽く見えてなんて重い奴。
フランクに見えてなんて重い恋だろう。
「……のぞむところよ」
メイは誰にともなくつぶやいた。
そしてその後で何かを思い出したように続ける。
「それにしても、その女許せないな、今どこにいるの? 一発殴ってやりたいわ」
「それはちょっと無理ですね。シオンが16歳の時に彼の父親と心中してしまいまし
たから。その時にそれに先だって母親も殺されています。
表向きは伏せられていますが」
イーリスは渇いた口調でそう告げた。





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