イーリス×ディアーナ
風の中で その2



──王都の城下町の中央は広場になっている。

「あら、あの音は何でしょう」
ディアーナが広場に足を踏み入れると、なにやら人だかりができていた。
先ほどから聞こえている笛の音は、どうやらその中から聞こえてくるようだ。
ディアーナは人垣に少し割り込んで前へ出てみた。
広場の中央に、線の細い幻想的な衣装の青年が立ち、横笛を奏でている。
来るものをこばまない風のような雰囲気がそこにあった。
穏やかで優しいメロディ。
「……?」
暖かい眼差しのメロディー。なのにこの感じはなんだろう。その背後からじわりと
寂しさや恐怖や絶望や、そんなものが立ち上がってきて、胸が掻きむしられる様。
単旋律で、「通奏低音」とかそんなものがあるわけでもありませんのに。

──演奏が終わる。
「いやあ、この詩人さんはうまいねえ」
「あたしは音楽なんか分からないけどね、心が休まる気がするよ」
ひそひそと、周りの人間が感想をささやき交わす。
(? あんな風に感じるのは私だけなのかしら。 あんなに、痛いほどに
切ない音色でしたのに)

小さく黙礼してから青年が静かに微笑みの形を作る。
色素の薄い肌。切れ長の赤い瞳。頭から垂らしたヴェールが流れる風にゆれた。
それでいてその目は鋭敏な感性を理性で閉じ込めたようなあやうさを持っていた。
年のころは二十二・三だろうか。青年が口を開く。

『それでは、本日の最後の演奏を。吟遊叙事詩-“ライラルト”
2つの国を救った在野の英雄の物語り──』

先ほどケースにしまった銀の笛に換わって取り出した、小さなハープを鳴らし始める。
すんだ音色が、しっとりと空気に染み込むように広がっていく。
それに重ねて青年が、微笑みの形で歌い始める。

物語は、バヌスという国の辺境の小さな村に住む男が主人公だった。
乱暴者ではあったが気は優しく、知恵が弱いことも含めて変人として村人達に
愛されていた。

そんな村に不穏な気配が漂う。
隣国のアルトという王国との緊張が高まり始めた。戦争になればその辺りが戦場に
なることは間違いない。
『俺、バヌス国王に仕官してくるよ』
村人は驚きもし、止めもしたが、男はにこにこ笑うばかりで結局出かけていく。
どういう手はずか知らないが、男は登用されとんとん拍子で二国の停戦をとり
結ぶ全権大使としてアルト国に赴くことになる。

村人達は当然不思議がる。そして心配した。
アルト王国の城下に着いた男は、王宮の正門前にどっかり腰を下ろすと、旅塵に
まみれた姿のまま、半里四方にも響く大声で国王を呼び出した。
停戦の会談。
アルト国王は面子を保ちたかった。
バヌス国王は金や利益が欲しかった。
男は両国の本音を見抜いて互いに対する見返りを引き出させた。
戦争は回避された。
喜びに沸く国民。
そんな中、男は約束の褒美を手に旅立とうとする。
バヌスの大臣の目がギラリと光る。
『あの男に禄を与えて召抱えよ。従わぬなら殺せ。』
男にはたちまち追っ手がかけられた。

ところが、ところが。
男は小川を渡って逃げていく。追っ手が川に踏み込むと、川の中に巡らせた糸に
足をとられて立ち往生。
男は森の中を通って逃げていく。追っ手が森に分け入ると、動物達や虫達が
後から後からたかって来る。
男は峡谷を抜けていく。追っ手が谷に飛び込むと、そこには大きな落とし穴。
とうとう男を見失ってしまう。

山脈を越え、男は行く。
風に吹かれて頂きに立ち、下りに入る前に自分の国を振り返る。
「さらば、我が伯父バヌス国王」
それっきり、男は振り返らなかった。
事のあらましを記した手紙を、男の小屋から村人が探し当てたのはずっと後に
なってからのこと──。


──拍手と歓声が沸き起こる。
どこか人を食ったような主人公の冒険活劇と、自分の生い立ちに対する達観した
態度。歌い手のモチーフに対する思い入れもかなりのようで、すっかり時間を忘れて
楽しめた。
きっとこの人も旅が好きなのだ。
『ありがとうございました』
拍手が静まってくると、みなが次々にコインを投げ始めた。客達が余韻に浸りながらも
自分の生活に帰っていく。
(わ、私も払わなくちゃ。でもどれくらいがいいのかしら)
ディアーナは自分の財布から金貨を一枚取り出して投げた。
これでよし。
そろそろ日も暮れる時間だ。皆も心配するし王宮に帰らなくては。それにしても。
思わず顔がほころぶ。いい歌だった。あの詩人さんはしばらく王都にいるのだろうか。
ちょくちょく見に来てまた聞かせてもらおう。

「?」
ディアーナが後ろを振り返った。先ほどの旅詩人が険しい目で彼女を見ている。
「え…と。先程の詩人さんですわよね。こんにちは…何か御用でしょうか」
旅詩人じろりとディアーナを見て言った。
「……お返しします」
突きつけられた手の平の上に、先程ディアーナが投げた金貨が乗っている。
「え? でもこれはあなたの演奏の御代に投げた物ですわ。どうぞお納めくださいまし」
「……詩の代価には多すぎます。恵んで頂くほど生活に困っている訳でもありません」
「ええ?!」
「私は偽善者は嫌いですので」
言って青年は踵を返そうとする。あの時、自分の客に向けていた笑顔の静かさは
どこにも見当たらない。
「わ、私は恵むとかそんなつもりで投げたわけではありませんわ」
「いい気なものです。その金貨一枚で孤児が一月食いつなげますよ。では」
「そんな……」
詩人はもうディアーナの言葉をさえぎるように、足音を立てて歩き出した。

「まあ待てって、イーリス」
男が、去ろうとした詩人の肩をつかんで止める。
「シオン?!」
どうしてこんなところにいるのか、男はシオンだった。イーリスと呼ばれた詩人が
声をあげる。
「シオン? シオンですか?!」
「久しぶり。相変わらずたくましく生きてるじゃねぇか」
「シオンと詩人さんは知り合いですの?」
反射的にディアーナが口を開いた。
「ま、そういうこと。昔ちょっとな?」

「見ない間に変りましたね。あなたは権力におもねる輩が嫌いではなかったのですか?」
「まあまあ、そうとんがるなよ。確かにお姫さんはいかにも『世間知らず』ーってな
風体だが、悪い娘じゃない」
シオンに対してもイーリスは反感を隠さない。シオンは続けた。

「一部始終見てたけどよ。姫さんは静かにおまえさんの演奏を聞いてたぜ。
そりゃ、金貨を投げちまったのは確かにまずいが、相場を知らなかっただけなんだろ?」
「はい。わたくしが無知なのがいけませんでしたのね……」
イーリスは黙っている。
「……な? 姫さんはちょーっとココが弱いだけなんだ。許してやれよ。……それに
姫さんばかりが悪いとは、俺には到底思えねーんだけどな。違うか?」

イーリスはふうっとため息をついた。
「確かに。私の方にも問題があったようですね」
「助かるぜ。じゃ、仲直りだな?」
イーリスがディアーナに向き直り、頭を下げる。ようやく表情に柔らかさが
戻っている。
「無礼な口をきいて、申し訳ありませんでした」
「いいえ、わたくしこそ。もっと勉強しますわ」
とげとげしさのなくなった空気に、春の朧な夕日がしみていく。風が一陣吹いた。
デイアーナの表情にも、あの、笑みが戻る。
「おまえしばらくは、この城下にいるんだよな? 暇なら酒に付き合えよ」
「はい。あなたのおごりなら」
「はーいはい。ま、俺の方が全然稼いでるんだから、しゃあねぇやな。んじゃ、俺
このまま姫さん送って帰るわ」
「ええ。では」
イーリスは短く答えて見送った。



──その、王宮への帰り道。
シオンが口を開いた。
「それにしても、姫さんが吟遊詩人の演奏に興味があるとは知らなかったな」
「今日はたまたまでしたのよ。でもいいものを聞きましたわ。」
「おや、こりてないご様子で。まあ、あいつの数少ない友人代表としては助かるけど
気分悪くしなかったか? 姫さん。あんな風な言い方されてさ」
ディアーナが「え?」という顔をする。

「あの人は自分の力で生きている人ですもの。私達を見てああいう風に感じるのは
仕方ありませんわ」
「ああ。あいつも色々と過去や事情があってあんな風にとんがっちゃいるが、根っこは
まじめな優しい奴なんだぜ」
「そうなんでしょうね。シオンと友達でいられるんですから」
にっこりと艶やかに嫌がらせを言うディアーナに、シオンはしばらくあっけにとられる。
「おいおい、ひどいな。暗い過去や不幸な事情なら、俺にだってあるんだぜ?」
「ふふっ、そうですわね」
言い置いて、軽い足取りでディアーナが駆け出す。


これが誰にとって幸せな出会いだったのか──
──時は動き始める。







ひとまず書きたいものを書いてみた、という感じです。
が、
ゲーム中にあるシーンをうまくアレンジしながら小説っぽく
まとめるのは好き放題書くより、むしろ難しいなと感じました。
えと、
それと一応作中劇のライラルト物語は、完全にオリジナル話です。
ここにしかない設定ですので、他の人に話しても絶対通じることはありません(笑)


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