イーリス×芽衣
風の中へ その2 -シオンとキール-



ここは魔術研究院の正門。
門柱に体重を預けてたたずんでいるのは、王宮の筆頭魔導士ことシオン=カイナスだ。
気配を感じて立ち上がり、建物の入り口に向き直る。
「よ、嬢ちゃん。行くのか?」
「ああ?! シオンじゃない。なーんか、みんなに見送りしてもらっちゃって悪い感じ。
どーしたのよ」
「いや、どうしたかって……」
シオンは口ごもる。
「?」
「なあ…… やっぱりイーリスじゃなきゃだめなのか? どうしても行っちまうのか……?」
「うん、行くよ。
私が私であるためには、イーリスとじゃなきゃダメなんだ」
メイはけろりとした表情を作って答える。
それに対して筆頭魔導士殿のまとう空気は真剣だ。
「そうか……。嬢ちゃんがワーランドに残るって聞いた時には俺も、喜んだんだけどなあ」
シオンは改めてメイを見つめ直す。
「愛してる……って言っても、ダメか?」
「んー、それなら余計ダメなんだよ、たぶん。
体だけの関係ー、とかだったなら嫌いじゃなかったと思うよ。アンタのこともさ」
メイが答える。
シオンは肩をすくめる。
「女ってのはつくづくしたたかだよなあ」
「へへ、ごめんね。……じゃ、行くわ」
「おう。」
お互いに手をあげてすれ違う。


──シオンはメイの、気配の消えた、研究院の中へ入っていく。
そして彼の後輩、最年少の緋色の魔術師の部屋の前で立ち止まる。

ノックと同時に扉を開ける。
「よう、キール。嬢ちゃんの見送り行かないのか」
「俺は研究がありますから」
キールはぶっきらぼうに答える。
「そんなことより、あなたはいいんですか?! こんなところで油を売っていて。
ダリスの内乱は治まったとは言え、ダリスもクラインも領内に混乱は残っていて、
治安の維持に今は力を注ぐ時ではないのですか!」
「ふむ。ま、それに関してはガゼルとシルフイスの二人に任せておいて平気じゃねえか?」
シオンがいたずらっぽい口調で、キールに言う。
「仲よくやれてるみたいだしさ、あっちは。色々ぎくしゃくはしつつも」
「何が、言いたいんです?!」
キールはじろりとシオンをにらみつける。
「おお、こわ。俺はもう戻るわ。ガゼルとシルフィスを過小評価するつもりはないけど、
セイルから頼まれてる仕事が、結構ややこしいからな」
キールが聞こえよがしに溜め息をつき、再び魔導書に目を落とす。
シオンは、そんなキールに一度目をやり、扉を閉める。

立ち去りかけたシオンの耳に、部屋の中からかみ殺したような声が聞こえた。
「ちくしょう…… なんでだよ! あんな男のどこがいいんだよ!」

「おーお、若いねえ」
シオンは誰にも聞こえないような声色で言い、後輩の部屋の前を立ち去った。



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