アルム×シルフィス
アルムレディン戦記 その2



──というわけで、アルムの幕舎に二人は来た。
人払いをかけてくれたのか、幕舎の周りに人の気配はない。ただただ、
夜の静けさが広がっているばかりだ。
アルムレディンは明かりに灯を入れながら言った。
「その辺に座ってくれ。それとも胡坐なんてものには慣れんか?」
「いえ……」
シルフィスは敷物の上に腰を下ろした。
「酒は飲めるか?」
シルフィスに飲み物を勧め、自分にもついだ。

「さてと。それじゃお嬢さん。本当はこんな所で何をしてたか話してごらん? おっと、
必要以上に硬くならなくていい。俺はこれでも頭領だから、あんまり自由はないが、
事情によっては強力できる」
アルムと名乗った男はどんどんと話を進める。
「あの、私、女ではありませんよ? 男でもありませんが。アンヘル族という種族で
性別が未分化なんです」
アルムの勢いに押されて、それをかわそうと思わず、余計な事まで話してしまう。

「ほーう、なるほど。確かに美人だし、髪の色・目の色もいわゆる「アンヘル色」だが、
おっさんを舐めてはいけないな。いくらアンヘルと言ったって、その歳でまだ未分化
ってのは聞いたことがない。
それに、アンヘルの民は滅多に村をでないと聞いている」
「お、お詳しいですね」
「おうよ!」

……参った。なんだってこう自信満々なのだろう、この人は。こういう人は自分で一度
「こう」と信じ込んだら、他人の言う事なんて聞きはしないだろう。
男があまりに自信満々なので、シルフィスにいたずら心が湧き出した。それに一度この
鼻柱を折らなくては、交渉にも入れないだろう。
衣擦れの音を立てて上着が落ちる。

「でしたらこれが証拠です……、どうですか?」
アルムは素直にあっけに取られたようだ。
「なるほど驚いた、これは確かに……」

後から考えると、なんでここまで大胆な行為におよんだのか、自分でもよく分からない。
たぶん、酒のせいもあったのだろう。
シルフィスは改めて服を着た。
「男でも女でもない体など、普通の人間の方には気持ちの悪い物かもしれませんが……」
「気にするな。お前さんはお前さんだよ。
 ……それにお前は女になるよ。近いうちにだ。俺には分かる」

「は、はあ……」
シルフィスは苦笑した。
「でも、なぜ女性体になると分かるんです?」
「まあ……強いて言えば匂いだな。オーラの色が違うといっても説得力がないだろうし」
臭いで女か男か分かるというのも、相当に説得力はないと思うが。この男が言うと
そういう事もあるのかという気がしてくる。

どうしたらこんな自信を持てるのか。半分分けて欲しい。シルフィスは思う。
……本当にそんな自信があったら。
気付くとアルムがこちらを心配そうに覗きこんでいた。

「お、おい?」
「あ、すいません」
「いやいい。で、そのアンヘル族の若者が、盗賊団の頭領に何の用だ。ん? ひょっと
してクラインに行く途中か? クラインはアンヘルの受け入れに進歩的だものな」
(本当にこの人はするどい)
重要な事には瞬間的に肉体が気付くのだろう。

「はい。そのクラインより密使として参りました。縁あってクラインにて騎士見習いを
させて頂いております、シルフィス=カストリーズと申します」
「ほう」
アルムからゆらりと圧迫感が漂う。
見ると既にアルムレディン王子の腕は、剣を手元に引き寄せている。シルフィスの首筋に
汗が浮かぶ。
この人は……強い。私よりもずっと。おそらくは隊長と同等の剣腕を持っている。
上背は隊長ほど高くなく、シオン様と同じかいくぶん低いくらいだろう。だが筋肉の
つき方や、そののびやかさ、柔らかさは野に住む鳥獣を思わせた。無駄がなく、とらえ
どころがない

闘って勝てる相手ではない。駆け引きは無用だ。
「我がクラインは、ダリスの現体制の軍拡と侵略に頭を痛めております。そこで諸国の
兵を糾合して打倒の兵を挙げ、アルムレディン正統王の下にダリスの政権をお戻しする
べく、協力する意思があります」
シルフィスは用件を真っ直ぐにアルムに伝えた。
揺れる燈火が、室内をあかく染めている。


「断る」
アルムレディンはあっさりと言い、杯をあおった。
「確かに奴らに対するうらみは、一日たりとも消えたことはない」
吐き捨てるようにいった。
「だが、俺は今の暮らしをそれはそれで気に入っている。それに奴らを倒すなら、それは
俺自身の手でだ。
誰の手を借りる気もない。何年かかろうが、奴らに真の王道というものを見せてやる」

シルフィスは少し戸惑っていた。
こうあっさりと断られるとは思っていなかったし、ここまで開けっぴろげに感情をあらわす
様な人物だとも予想していなかった。
一言で「王子」と言っても、人それぞれのようだった。

「ですが、彼らは何か新しい魔法の体系を開発し、その力を武器に付与する技術を開発
しつつあります。
これが実用に向かえば、彼らの勢力の拡大は、今までの様にゆっくりした物ではなくなる
でしょう」
「力を武器に付与?」
アルムが聞いてくる。
「はい。信じがたい事ですが。これが証拠になります」
シルフィスは、北の砦勤めの兵が使っていた剣と盾の断片を取り出した。どちらもあり得
ない切れ味で両断されている。

「……これは!」
アルムレディンの顔色が変わる。
「奴らあの禁呪を行っているのか!? そうか、ここ最近の土地の荒廃や天変地異は
そのためだったのか!」
アルムレディンの視線が宙を睨みつける。体は半ば立ち上がりかけていた。

「……このことは確かか?」
「はい。現在我が国の特務部隊が潜入調査中です。現場を押さえる事ができれば、それを
口実に諸国を糾合する事も可能かと思います」
シルフィスはアルムの怒りについては、表面上見えていないフリで答えた。
アルムはしばらく感情を抑え込む事に苦労していたが、やがて口を開いた。

「いいだろう。クラインの手に乗ろうではないか。奴らはもう、一刻も生かしておく
気にはなれん」
「本当ですか?!」
「ただし条件が二つある」
「なんなりと。ただ私は使者ですので、この場では返答できかねますが」
シルフィスは聞く姿勢に入る。

「ふむ、一つ目は王都奪還の作戦の際に先陣を切り、奴らを捕らえるのは私と我々
ダリス騎士だということ。
クラインとその他諸国の兵には、すまないが支援に回って貰うということでよろしく頼みたい」
「はい、なるほど」
それは予想できた答えだった。他国の兵が王都に突入するというのは、ダリスの民に
とって喜ばしい光景ではないだろうし、卑しいことを言えば、クラインとしてはそこまで
自国の兵に犠牲を出したくもなかった。

「もう一つは君だ。シルフィス=カストリーズ」
「は…? 私……ですか?」
「ああ。今日から君は、クライン騎士団から私に乞われてやってきた顧問騎士として、
私のこの戦いに同行する事。
これがもう一つの条件だ。これは絶対に譲れない」
「………………」

何てことを言い出すのか、とシルフィスは開いた口が塞がらなかった。同時にこの
開けっぴろげで情熱的な盗賊王子に好感を持ち始めていた。
幸い、シルフィスのクラインにおける地位は、一介の騎士見習いで、いくら皇太子や
レオニス隊長と親しいとは言え、クライン側の作戦から外れることに、さほどの痛手は
ないはずだ。
おそらくこの条件、セイリオス殿下は飲むだろう。

「……分かりました、確かにお伝えいたします」


そう答えて引き下がるのが、シルフィスはやっとだった。



→3章に進む
←1章に戻る
↑一つ上の階層へ