アルム×シルフィス

アルムレディン戦記 その1



空気が澄んで月が美しく見える。
雨季は遠い昔。騎士見習いながらも今、シルフィス=カストリーズは特命を帯びて
遠くダリスの国内に潜入していた。
旧ダリス国王の息子、アルムレディン=レイノルド=ダリスと接触を持つためである。

アルムレディン王子、通称アルムは、現体制のクーデターをからくも逃れ、現在は
盗賊団に身をやつしているらしい。
「とは言いましてもねえ……」
思わず愚痴もでるというもの。盗賊の一人一人に聞いて回るわけにもいかない。

現ダリスの支配者は急激な軍備拡張により、隣国をおびやかし始めていた。シル
フィスの属するクライン王国は、軍事的にはその中でも最も弱小の部類であり、この
ことは死活問題と言えた。

幸か不幸か、現ダリスは最も忌むべき禁呪に手を染めているとの噂があり、それ次第
では諸国を糾合して現体制を打倒する事も不可能ではなかった。
しかし、その場合にも、それがクラインによる侵略戦争ではない事を明らかにするため
にも、ダリス内部の分裂を誘うためにも、クラインとしては旧体制の王子“アルムレ
ディンを時期国王に就けるための戦争”という形を取りたかった。


「!」
辺りに気配が充満する。
シルフィスはふもとの村での情報を頼りに、最近山賊が出没するようになったという
山道を歩いていた。

「……?」
殺気というには圧迫感がなさ過ぎる。しかも数が多い割には、遠巻きに輪を狭めてくる
ばかりで、襲いかかってくる様子はない。

シルフィスは騎士団に所属し、剣の腕は相当の域に達しているが、たかだか15歳で、
外見的には美少女で通じるような容貌だ。
もっと無造作に襲われてもおかしくないのだが。そして、そうなった時に逆に打ち倒して
話を聞き出すことは、危険なりに十分勝算あってのことだった。
(何か訳でもあるのでしょうか……?)

シルフィスがそう思った時。
「ああ、みんなすまないな、このお嬢様は俺の客なんだ」
と、シルフィスの背後で声がした。
(背後を取られた……!?)
気配を感じなかった。シルフィスの肩に男の手が置かれる。
(話を合わせてくれ。俺が統制を取っているとは言え、ここは盗賊団なんだ。みんな
女っ気には飢えてるし、血の気だって多い。できれば双方無事に済ませたいんだ)
耳元で囁かれる。

「なんだ、お頭のいい人だったんですか?」
「道理でこんな山奥に似つかわしくない上玉さんだと思いましたよ」
「でしたら、予めおっしゃっておいて下さいよ。頭領には女子供は襲うなとは言われて
ますけど、こんな夜道に女の子の一人旅なんて不自然だからどうしようかって、騒いで
たんですよ?」
背後を取った男の言葉に、周りを囲んでいた盗賊たちの気配が和らいでいく。

シルフィスは“頭領”と呼ばれた男にうながされて歩き出す。
「私はアルムレディンと言う。もっとも今は名を隠して、フラナムシュティムと名乗って
いるけどね」
男は言った。……フラナムシュティム────疾け抜ける 火焔────

「アルムレディン?! ではあなたが──」
と、言いかけてシルフィスはやめた。
「私はあなたに用があってきました。二人で話ができるように、計らっていただけますか?」
アルムレディンと名乗った男は、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに、
「ではとりあえず私の幕舎へ行こうか。盗賊団の頭に用がある人間など、ちょっと信じ
られんがね」
と言った。





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