アルム×シルフィス

アルムレディン戦記 その3



あれから。
ダリスの正統王子にして未来の新王である“盗賊王”アルムレディンと、クラインの
皇太子セイリオスの間に不可侵条約が締結された。
シルフィスは騎士団での任務の無期休暇と、ダリス新政権への特別使節としてアルムレ
ディンの元への派遣が言い渡された。ダリス王都への潜入調査の計画は、シルフィスの
友人でもあった魔導師見習い メイ=フジワラに引き継がれる予定だ。

そんなわけで、シルフィスの身柄は、何の問題も滞りもなく、アルムレディンの掌中に
おさまっていた。
「…なんでこうなったんだろう……」
ふとわが身をかえりみて不思議になる。

ここに来てからシルフィスは、アルムの元に集まっていた盗賊たちに剣を教え、礼儀を
含めた1対1の稽古試合のやり方を広めていた。
シルフィスの人柄と美しさ、それと「頭領が乞うた程の剣の腕」といった要素がプラスに
働き、盗賊団の内部での人間関係に、シルフィスは早くもなじみ始めていた。
とは言え。

一目見ただけで来陣を乞われるほどの剣の技術が自分にあるとは、シルフィスにはとうてい
思えなかった。
別の目的がアルムレディンにあるとしても、それが何であるかはさっぱり分からない。
自分が女なら、体目当てというか色香が目当てということも考えられるが、自分は
未分化体だ。(もっともアルムにとっては女同然らしいが)

「クラインに対する人質、と考えるにはあまりに価値のない人間ですしね……」


当のシルフィスはと言えば、ここの生活はそれはそれで楽しいく、また、アルム王子の
おおらかで行動的な性格には、惹き付けられる物も感じるし、気持ちが癒されるような
ところもあって、
言うなれば申し分のない状態なのだ。

それだけに過分によい待遇をされているようで、決まりの悪い気分でいた。

そんなある日。
「シルフィス! ちょっと出かけたいんだ。一緒に来てくれないか」
アルムが馬を二頭ひいて現れた。
「あ、はい! ただいま」
シルフィスは剣の稽古を「これまで」にして、アルムのもとに駆け寄った。
「今日はどちらへ?」
「前に行った村の隣村だよ。村道がいくつも街道に交わる、地方の交通の要衝で、田舎
なりに市も立つ。
今日はそこで協力を頼んでみよう」

先日、アルムは自分が前王の長子、アルムレディン=レイノルド=ダリスであることを
世間に対して宣言した。
身元・所在を明らかにした上で、現政権を倒す意思を表明し、ダリス各地の村々に
協力を呼びかけたのだ。

それを受けて今、この山上の砦には、今の体制にしがらみを持たない者や、投機的な
野心を持つ者から、かつて騎士だった者たちなどが、少しずつ集まり出していた。

だが、それだけでは十分ではない。
長期に渡って攻城戦を支えるだけの、兵糧を始めとした経済的な基盤の目処は立って
いないし、可能な限り、「ダリスの全ての民の意志の元に」新たな王政は立ち上がって
欲しかった。

そんなこともあって、このところアルムは毎日のように各地の村へと出かけては、
ともに戦う同士を募り、また支援を頼んで回っていた。

それに常に同行しているうちに、シルフィスも最近ではすっかり馬の扱いに慣れていた。

今のところ、同士集めは総じて順調だ。
現体制への不満もあるだろうが、アルム王子の人となりにによるところが大きい、と
シルフィスは思っている。
王家由来の端正な顔だちと、整った身のこなし。
それに加えてこの行動力だ。

今だって、敵に命を狙われ、かつては王宮に住まっていた者だというのに、ほとんど
身一つで砦を出ている。
剣を一本帯びているほかは、一民草の旅装となんら変わる所がない。

必要とあれば草に伏し、野宿もし、羽目を外せば男連中と大酒も飲んだ。
本当に、来るべき時が来たかのように生き生きとしている。

「……なぜ私だったのですか?」
シルフィスは聞いてみた。
「なぜ、とは?」
「クラインとの同盟の条件です。なぜ私を陣に加える事を条件にしたのですか? 私
よりも腕の立つ者は見習いの中にも大勢いますし、騎士一人加わった所で戦局が
それ程変わるとも思えないのですが」
「そうかな、俺はお前を見た時、これこそ天が俺に贈ってよこした戦士だ! と思った
くらいなんだけどな」

アルムの声色には変な力みもなく、視線も落ちついていて、嘘を話しているようには
思えなかった。
しかし、ここで曖昧にしたままでは、いつまでも身が入らない。
「なぜ、私なのでしょう」
重ねて問うた。


「シルフィス。この国は元々、クラインと同じように魔法の研究が盛んな国だ。その
蓄積を悪用して、奴らが邪法に手を染めているのは、まあ知っての通りだ」
王子は手綱を繰りながら遠い目をする。
「だが、私が王位に就いたその時、在りしころと同じように魔法の研究を支援すれば、
その内実がどうあれ、他国も民も疑うだろう。
……私は即位後、ダリスでの魔法の研究を一時停止させようと思っている」

アルムレディンの目はいつのまにか、真剣な光を帯びていた。シルフィスはここに来て
以来、彼がこれ程に自分のことを話すのをまだ見ていなかった。

「それに替わって、新生ダリスの象徴であり国の支えになるものとして、新ダリス騎士団を
持ってこようと思っている。今はまだ夜盗に毛が生えたような、
あいつらの事だよ?
新しいダリスは、この国土を愛してくれる皆の自発的意思による国民皆兵的な制度に
よって国を支えたい。
その方が、一部の者が魔法によって国を守る事よりも、ずっと分かりやすい形だと思う。
そしてその時に、そういった国のみんなの「守りたい」という意思の頂点にいるのが、
あいつらであって欲しい。
あいつらには、憧れに誇りでもって応えられる奴らになっていってほしい。
そのための、あいつらの最初の戦いが今回の王都奪還作戦だ」

シルフィスにも少しずつ、アルムが見ている未来のダリスのイメージが浮かび始めていた。
それにしてもこの人は。王位に服することは目標ですらなく、最初の一歩だとは。

「だからこの戦い、ただ勝つだけでは駄目なのだ。格好よく勝たなくては!」

シルフィスは一瞬ずっこけかけたが踏みとどまった。
言語は稚拙に語っているが、言いたいことはよく分かる。少しずつ、シルフィスの血も
騒ぎ出していた。確認の相槌を入れる。
「外に正義を、内に誇りを示して戦い、その上で勝たなくてはならない、ということ
ですね」
「そうだ。
盗賊上がりの連中は勇敢だが、自分を律し他人の憧れとして振る舞う事にはなれていない。
最近集まり出した旧騎士団の生き残り達は、自信を失ってしまっている。そんな時は
誇りにもひびが入り易い」

アルムレディンは言葉をとめた。
馬を止めてシルフィスを見つめる。
すでに傾き始めた夕日の光を受けて、アルムの髪が陽光そのものの様に輝く。

「君が必要なんだ、シルフィス。
俺と一緒に来て、このダリス新生騎士団を共に率いて欲しい」

夕焼けの光の中、馬上の二人の影。
シルフィスはおもむろに懐の短剣を抜き、左手で自慢の後ろ髪をつかまえた。
またたきの速さで、首の後ろでそれをはらう。
「シ…シルフィス? それは……?」
「なんというか、戦いの決意の現れのような物と取って頂ければ……」
シルフィスははにかんで笑う。自由になった髪が風に広がって、顔の横で揺れている。
「御心のままに、王子。力の及ぶ限りお手伝いさせて頂きます」

「あ、ああ、よろしく頼む」
言って、アルムは片手で表情を隠し、顔をうつむける。
不思議な事に、髪を切ったシルフィスは、以前よりずっと女だった。
もう、後ろ髪は肩にふれるかふれないかの長さしかない。その柔らかい金糸の髪が
低頭しているシルフィスの、肩からこぼれて頬に影を落としている。
そんなものを目にして。
アルムの頭の中に、かつて感じてそして抑え込んできた思いが、再び膨らみかける。

──騎士としてだけではなく、できるなら
王妃として生涯を私とともにあって欲しい──


ばかな。言えるわけがない。
シルフィスはもともとクラインの騎士。そしてアンヘルの民だ。
クラインへ出てきたのさえ、分化のきっかけをつかむためだったと聞いている。
おそらく、女性体への分化さえ終わってしまえば、ここを去るのだろう。

ならば、この一月か二月、ダリスを解放するまでの間、ともにいてくれるだけでも
よしとしなくては………

「アルム王子?」
シルフィスが声をかけてきていた。アルムレディンは取り繕う。
「ああ、ごめん。ちょっと見とれていた。
じゃあ、先を急ぐか。我々にはまだする事がたくさん待ち構えているからな」
「そうですね。日が暮れる前に今日の視察、片づけてしまいましょう」




二人の思いは同じものなのか、それとも違うものなのか。
騎上の影二つ、ダリスの辺境に揺れていた。



─続─

続く……かな?
きっちり冒険物として、ハッピーエンドまで仕上げたら、
たぶん、5章〜8章位で終わるサイズのお話になると思います。

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