鎮魂巫女さんは女子高生!


月が出ていた。
白く、青く、満ち足りたそれは、天頂を西へ越えていた。



1.

「はあっ、随分遅くなっちゃいました」
私は深夜の海鳴駅に降りた。
仕事着の巫女服と鎮魂や破魔に必要な補助具、それに何日かの泊まりがけに必要な
道具一式を詰め込んだかばんを両手で持ち、つまずきながらタクシー乗り場へ移動する。

空気が冷たい。
今晩は、ここ数日の中でも特に冷え込んでいる。
指先が痛いくらいに固まっている。

駅舎の建物から差している光は新品の蛍光灯で、薄白い光をかすかに点滅させている。
街灯や月の明かりや、そして自販機からの光とか、駅の周りはそれなりに明るい。
そんな夜の空気の中を私は先頭の白いタクシーに近づく。


「お疲れさま。さざなみ寮まででよろしいですか」
「あ、はい。お願いします」
「今、トランク開けますから」
先頭のタクシーさんを捕まえた私は、荷物をつませてもらうために
車の後ろへと回った。
ここ海鳴で2年間暮らすうちに、いつの間にか顔なじみになってしまって、私の
お仕事のことは知らないなりによくしてくれる運転手さんも何人か、いる。
この人もそうだったみたいだ。

トランクを閉める時に月がふと目に入った。
月の白さで、夜の暗さが引き立っている。


そう言えば一年前、恭也さんに私のお仕事について知って貰うきっかけになった
鎮魂の仕事もここだったな、とか、そんなことをぼんやり思った。



2.

タクシーが木々に覆われた坂道を進んで、さざなみ寮の前に着いた。
さざなみ寮のある国守山は森に包まれていて、とても環境のいい所だけど、夜は
鬱蒼として感じる。

料金をお支払いして車を降りる。そこに運転手さんが声をかけてくれた。
「お疲れさま、お気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
返事をする私。

門柱の夜間灯が私達を照らしている。
私はトランクから自分の荷物を受け取って、窓ガラス越しにもう一度、運転手さんに
頭を下げて、それから寮の前庭に入った。

私の後ろで、タクシーが動き出す音がする。


夜の空気の中、さざなみ寮の黒い影を見上げてみる。
さざなみ寮が、私を出迎えてくれた。

……そんなわけないか。建物は建物だもの。でも、そんな気はした。
それでも住人のみんなは寝静まっているようで、明かりが漏れているのは、
真雪さんの部屋と食堂だけだ。

「あはは、今回はさすがに少し、疲れました」
誰にともなくつぶやいてみた。ようやく自分が帰ってきたという気分になる。
私の独り言は白い湯気になって消えて、またすぐに辺りは静かになった。

それから、私は寮に入った。




3.

起きていてくれた耕介さんと愛さんに挨拶をして、お礼を言って、私は自分の
部屋に向かうことにした。かじかんでいた指先がやっとほぐれてきた。
(愛さんも耕介さんと一緒に、食堂で待ってくれていた。……少し感激)


二階へ向かう真っ暗な階段を、足音を立てないように、静かに登る。
まださざなみ寮に来たばかりのころ、足音を立てないことに気を使いすぎて
階段の最上段から転げ落ちたことがあったっけ。

結局あの「階段踏みはずし事件」
の時は、寮の人みんなを起こしてしまう騒ぎになってしまって、私は顔から火が
出るほど恥ずかしかった。

うう。
今となってはいい想い出だけど……

あの頃と比べて、私は少しはしっかりできただろうか。そんなことが
頭をよぎる。
この一年間、色々なことがあった。

恭也さんと再会して、それから美由希さんというお友達もできた。
その後、恭也さんとは色々あって。
本当に色々あって、思いが通じて。
嬉しかったこと。
楽しかったこと。
涙が出そうなこと。そんな色々を、少し思い出す。


「そう言えば、明日はやっと恭也さんに会えます……」
声を出さないようにして、息でだけ呟く。

長期のお仕事がつらいのは、肉体的なことだけじゃなく、その間恭也さんと
会えないのが、つらい。
けど、それを言いだしたら今は会えている方で。何年か先、もっと切ないのかもしれない。
私と恭也さんの歩いている道は違う。
いつか、離れていくのかもしれない。

いいや、それを考えるのはよそう。

明日は会える。
そのために、土曜日までで終わるように、スケジュールには無理もしたんだ。
明日笑顔で恭也さんに会おう。
私のとびきりの、一番の笑顔で。
うん!



たっぷり2分間。
かけて無事に階段をのぼり終えた私は、自分の部屋のドアを開けた。
出かける前と何一つ変わらない部屋が、私を迎えてくれる。
空気もよどんでいない、ちり一つも積もらない。
耕介さんは本当に、すごい人だと私は思う。

そんなことを考えつつ、部屋に入る。
天井から床にのびている紐を引いて、部屋の明かりをつける。
この部屋は薫ちゃんと入れ違いで入った部屋。
畳なのも同じ。

ただ私は、小学校のころから愛用している学習机に愛着があって、畳の部屋には
似合わないかな、と思いながらずっと使っている。

その机とそろいの椅子にこしかける。
そして、自分の携帯を取り出す。
ディスプレーを見つめる。
…………。

恭也さんの声が聞きたい。


……。
こんな夜遅くにかけて迷惑じゃないだろうかとか、家に帰ってきていきなり
かける自分って、ストーカー染みていないだろうかとか、そんなことが
頭に浮かんだけど、気にしないことにする。

恭也さんのナンバーにかける。


私のかけた電話は、1コールと少しで、通話がつながった。
《はい、高町です!》
恭也さんの声が電波ごしに聞こえる。
恭也さんの、声。
心が柔らかくなる。


「恭也さん? 私です、那美ですー。今仕事終わって、寮に着きました」
《お疲れ様です……お仕事の方はどうなりましたか?》
「あ、はい。色々疲れましたけど、まず上々の出来で終わりましたよー」
《そうですか。それは何よりです》

お互いに声を聞かせ合って、相手のあたたかさを確認して、そこで少しの間が空く。
《えっと、明日ですね》
「はい。やっとちゃんと会えますね」
《今回は長かったですからね……》
「はい……」

長期間の仕事の時は、なるべくお互いに、暇な時間を見つけては電話をかける様に
している私達だ。
でも、やっぱりできれば直に会って……
真っ直ぐに見て、一緒にいて声を聞いて、そして触れたい。
だんだんそんな事ばかり考えるようになってしまう。

でもそれも今日で終わりで。
明日は会える。


「じゃあえーと、明日10:00 に海鳴駅ですよね」
私は言った。
《そうですね、それじゃ積もる話はその時に》

そして、お互いにお別れをして「おやすみ」を言って。

ぴ……と。
電話を止める。
「はあ、明日かあ……」
私はぼんやりとつぶやく。

何を着ていこうか、とか、そんなことを考えていて、ふと思い立って窓を開けた。
外の景色をながめてみる。
なんだか電話が終わった後も、体が火照っている感じがした。
涼しい風が気持ちいい。


夜の景色は、真っ暗じゃない。
部屋の明かりが漏れて当たって、山の木々の葉を照らしている。
月も星も綺麗だ。
春なだけに少しおぼろではあったけど、全然きれいだ。

ああー…、帰ってきた……
と、そんなことを私は思った。




4.
翌日。
天気は上々。ごく何気なく1日が始まる。
私がここ数日の疲労がどっと出て、寝過ごしかけたことを除いて……。
うう。

私が全速力で海鳴駅に着いた時には、恭也さんはもう駅前の雑踏の中で
待ってくれていた。

昨日と同じ場所、だけど、天気が違い、シチュエーションが違い、それで
いてくれている人が違うと、空気がこんなにも違う。
そんな日曜日の海鳴駅前。
天気のせいか、私たち以外のここを歩いている皆様も、全員楽しそうに見える。
でも、きっと今日を一番楽しみにしてたのは私達じゃないかな、などとも、
ちょっと考えてしまう。

挨拶をして、どれだけ待ったかを聞いて。
お決まりのやりとりの後、どちらともなく、歩きだす私達。

天気が良くて、会えるのが嬉しくて、
恭也さんに会う前から私の顔はゆるみっぱなしだ。
でも会えたら会えたで、そんな考えはどうでもよくなってしまって、「しよう」
と思っていた『私の一番いい笑顔』すら、自然に出せてしまっている気がする。

「いいー、天気ですねー」
「はい」
「平和ですー」
「はい」

……。
あはは、何を話してるかな、私達。(恭也さんも「はい」しか言ってないし)
などと心の中で、自分達につっこみを入れる。
あ、恭也さんも苦笑してる。
『苦笑』くらいだと恭也さんの表情はほとんど動かないけど、雰囲気で
なぜか分かる。

自己卑下(つっこみ)ばかりでも面白くないので、少し開き直って言ってみた。
「でも、こういう一日の過ごし方が好きなんだから、仕方ないですよね?」
「はい。俺もそう思います」

俺も、と恭也さんが言ってるのは、家では桃子さんや美由希さんになんだかんだと
言われてるのだろう。と私は思った。
私も、真雪さんやリスティさんには「若さがない」とか色々冷やかされてるし。




私達は、ちょっとした買い食いなどしながら、臨海公園に向けて、てれてれと
歩いていく。
今日の臨海公園は、日曜日だけれどもそんなに人出は多くなかった。
みんなのんびりと歩いている。
そんな静かな、午前の空気。

すると段々潮の香りがして、そして水平線がずっと広がっているのが見えてくる。
海の向こうにある太陽から降りてきた光が、海面に浮かんでは消える波に映って
きらきらと反射している。

これも久しぶりだ。
昨日までの仕事は、ちょっと盆地みたいな所だったから。
あ、だから恭也さん、今日のデートにここを選んでくれたのかな。
そんなことを考えると、また私にウキウキがよみがえる。
えへへへ。


私達のデートはいつもこんな感じで、
臨海公園とか神社とか、あとお互いの部屋ってことが多い。

それでたまに、恭也さんが勇気を出して。それはもう本当にすごい勇気を出して、
遊園地や映画(カップル向け)に誘ってくれることがあって、そういう時は
何かもう、その気持ちだけで涙が出そうになったりする。



「それでですね」
「は、はひっ?!」
私がちょっとぼんやりしている間に、恭也さんが私に話しかけてくれていたらしい。
思わず変な声をあげてしまった。

「え、えーと。すいません、なんでしょう……?」
「……? ああ、大丈夫ですよ、今から話すところですから」
恐る恐る聞いた私に、ますます恭也さんが苦笑する。
今日の私は一段とゆるんでいるみたいです……

恭也さんが続ける。
「で、実はお弁当を作ってきたんですよ」

え?!
驚いている私をよそに、恭也さんは話を続ける。
「それであの……、一緒にいかがかと」

…………。
私はようやく、言葉を返す。
「お弁当って、恭也さんがですか?」
「他に誰もいませんが」
恭也さんが真面目くさって答える。

「まあ、たまには男のほうが、お弁当を作ってくるカップルがいてもいいでしょう?」
と、恭也さんははにかんで言った。



…ああ……。
どうしよう、うれしくて。
なんだかすごく、嬉しくて。
思いが胸に込み上げて息が詰まる。

「うれしいです……」
やっと答えた私から、言葉と一緒に涙も一しずく、こぼれて落ちた。

「ど、どうしましたか?! 那美さん」
恭也さんがオロオロしたので、私は慌てて目をぬぐう。
そして顔を上げてちゃんと笑顔なことを見せる。
「大丈夫です! うれし泣きですから」



やっぱり私はこの人が好きだ。
そして、この人を好きでよかった。
この人のこういう、やさしい気遣いとか、そういう物が好き。

もう顔がへにゃにゃけても、
表情がゆるみすぎて、美緒ちゃんに「久遠とは対称的なたぬき系の顔」って
からかわれても。
これでしあわせ。

私は恭也さんが好き。

今日は久しぶりのデートを、今までと同じように、まったりと過そう。
海からの風とお日さまの光に包まれて。


私は恭也さんの手を取るためにそっと手を伸ばす。
私のこの思いは伝わっていますか?



神咲那美、17歳。今日もこんなに元気です!






<終わり>



オリ×オリじゃない、ノーマルに戻してのSSの第一弾は那美でございます。

今回のSSでは、物語内時間あたりの文字量を増やす、というか、
描写の量や尺を引き伸ばすというのを、作風的には実験しております。
どうでしょう、タルいですかね?
前のくらいにカツカツ進んでいった方がいいでしょうか?


一応、この那美SSは少女小説をイメージしている様なところあります。
それゆえのこのタイトルで(笑) あんまり鎮魂その物は物語にはからんでこない
かとは思うんですが。


このSSの心象風景を気に入って頂けるのなら、
「続・鎮魂巫女さんは〜」「続々・鎮魂〜」「〜は女子高生・完結編」といった形で、
一話読み切りでもう少し続きを書きたいな、とは思っています。




→「続・鎮魂巫女さんは女子高生!」も読む
↑一つ上の階層へ