戦地にありて、故郷を想う《第3章》





──滞在2日目
高台──

兄さんの墓に花と甘味を供える。美由希と二人で手を合わせる。線香から立ち上がる
煙がただよって、私は目を細める。
兄さん、ありがとう。恭也君の様な強い子供を残してくれて。美由希をこんなに立派に
育ててくれて。こんなにまぶしくて正しい子達のおかげで、私は自分の道をいけそう
です。
「母さん、今日は私が練習見てもらってもいいかな」
「ああ、じゃあ帰ったら少しやろうか。……『射抜』はどうだい、美由希」
「うん、いい感じ……かな。一応、恭ちゃんにもほめられたし」
「そうか、それは本当にすごかったんだろうね」
「……そうかも」
感情表現の控えめな甥っ子を思い浮かべて、しばらく笑い合う。

恭也君は本当に強くなった。昨日練習した時にも感じたけれど。
膝の調子もいいようだ。神速の持続時間が2秒近く延びていた。二回以上使おうとしな
かったのは、医師の言いつけを守っているのだろう。
そして、「神速」抜きでの強さを伸ばしてあげるのは、私の役目…。
恭也君は、私の「突き」と兄さんの「薙ぎ」を組み合わせて、自分なりのやり方を
試していた。その動きが、どこか宗家の義父様の使っていた伝承に似ていて、なんだか
不思議な気分になる。


「普段の恭也君は、どんなだい?」
私は美由希に聞いてみた。
「んー、なんだろう、いい感じ? 膝の調子もいいみたいだし、恋愛も順調みたいだし?
今はちょっと仕事が忙しくて会えてないらしいけど」
「そうか …美由希には………」
「あ! えーと、家に着いた。私、先に道場行って準備してるね!」
……『そういう人はいないのかい?』と言いかけたけど、美由希にさえぎられて
しまった。
まあ、恭也君は本当に調子がいいようだ。……少し気になる部分はあったのだけれど。
「さて……と」



同日、夜──

私はお風呂上がりに涼んでいた。美由希と恭也君が深夜の訓練から帰ってきて、私と
入れ違いにシャワーを使い始めたのがつい数分前の事だ。
美由希が髪の水気を切りながら、食堂に入ってくる。
「あれ、母さん遅いね。まだ起きてたんだ?」
「ああ、私は別に明日早起きしないからね」
「あらら」
私は少しいたずらっぽく、受け答えた。
「じゃ母さん、私はもう寝るね。お休み」
「ああ、お休み」
遅くまで起きている理由は、それだけではないけれどね。
たまには叔母らしい事もしておきたくなるのさ。
廊下の彼方から響いていたシャワーの音が止まる。
私は立ち上がり、飲み物を二人分用意した。



縁側。
夜の空気が。暮れてゆく季節が。冷え込んで流れている。それでも日本人は小さな
自然に触れるためにここへ来る。
「恭也君、お茶でもどうかな。 ……となりにかけても?」
「あ、はい。どうぞ」
二人無言でお茶をすする。しびれるように熱さが広がる。
「……何か、迷ってるかい?」
恭也君にたずねる。私の剣の道を伝える子。そして、娘の兄弟子として道を行く人。
力になれるなら……なれないまでも話を聞くくらいでも、してあげたいと思う。
「美沙斗さんの仕事というのは、どんな感じなんですか?」
「…………。
香港警防に来るつもりなのかい?」
「………」
「人は殺すよ。……ここでもね」
美由希と再び出会ってからも。やはり私は闇を歩いている。生きている間に、歩き終え
られるのか。できる気もするし、できないかもしれない。
人数の多寡を問わなければ、任務の都度、人は殺している。その中には
「龍」の様に、
むしろ殺してやりたいと思った奴もいれば…… そうでない者もいる。
「……。それは、」
恭也君がなにか答えようとする。でも、うまく言葉にならないようなので、私の方が
しゃべり続けよう。
「殺すことが目的じゃないから、魂が明るみを望んで、『殺さなくても済んだのじゃ
ないか』と思うことは今でもあるよ。
もっと、堕ちるところまで堕ちてしまえば楽になるのかも、ともね。
情けないものだね」
「!……」
俯いていた恭也君の視線が再び、私の表情を視界に捕らえてくれる。
「費用も犠牲も投じて『龍』を狩っても、一向にその動きが減らなかったり、その龍に
新たな協力者が現れたり、
このままでいいのか、とか、本当にこんなことを続ける日々に意味があるのか、とか、
そんなことに苛立ったりすることもある」
「そうなんですか……」

恭也君の、そして会話の空気がすこし軽くなる。
私はお茶をすすった。お茶は少し冷めて「日本茶は味を楽しむ」といった風情になっ
ている。
「美沙斗さんでも……そうなんですね」

「うん…… だからというんでもないけれど、恭也君にはもう少し日本にいて欲しい
と、私は思う……。この平和でちゅうぶらりんな国に、ね。
それは、美由希とは違って恭也君の剣術は、正統伝承の御神ではないし、元々御神の
剣は血に染まっているものだ。いつか汚れるかも知れない……
けど、汚れないかもしれない」

私はお茶をすする。湯のみはすっかり空になった。少ししゃべり過ぎたかもしれないな。
柄にもない事だ。
私は少し、笑った。

空を見上げる。雲も凍るほどかわいた空で、月はただ見ていた。




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