戦地にありて、故郷を想う《第1章》



東洋の魔境、香港。
街の中心部からはずれた廃屋。
ターゲットは、地上に5人、地下に3人。……計8人。まあ、配置は流動する。
参考程度にしかならないだろうが。
「ぐむっ……!」
私は男の口を左手で塞ぎつつ、右手の一刀で心臓を貫く。もともと二刀の流派だ。
踏み込みと同時の挙動で、左右の手を使うことは問題にもならない。

小太刀の血を振り落としつつ、無線のスイッチを入れる。
「こちら沙。5人目を撃破、階段を確保した。これより地下に突入する。どうぞ」
「こちら莵。了解。外に異常なし」
私は無線を切った。後3人。事前の情報から考えて、手強いのは1人のみ。
そいつにしたところで負ける可能性はほとんどないはずだ。
この作戦で重要なことは、外部に連絡をとる暇を与えずに、完膚なきまでに殲滅
すること。
そうすれば本部の方は、陣内さんの率いる本体が確実に検挙してくれる。この薬の
合成コードが第三者にもれることは、かなりの所まで防ぐことができる。

階段を降りた突き当たりの左右に扉。本命は左。
私は神速を発動する。
鍵の構造部を小太刀で破壊、ドアを蹴破る。
室内に男が二人。情報端末に1人、手前に1人。こいつが雇われの用心棒。
私は一撃繰り出すと見せかけて、部屋の奥に突進した。一刀で技術要員を殺す。
二刀目で電源ユニットを破壊する。これで外部に通信はできない。
「!」
振り返ろうとした私の頭上を風が薙ぐ。
体勢を立て直し、男と正対したところで一度神速が途切れる。
「お前、名前は?」
「……香港国際警防、御神美沙斗」
「なるほど。俺も運がないな、後一つ二つヤマを乗り切れば店でも開いて暮らして
いくこともできたんだが。ま、恨みごとはなしだ」
男から再び殺気が高まる。踏み込み。本能と技術と、両方に支えられたいい
踏み込みだ。だが御神の敵ではない。1対1なら神速を使うまでもないだろう。

──バタン
戦いとは別の物音が私の耳に飛び込んだ。
開けたままのドアのむこう、向かいの地下室──情報によれば倉庫──から男が
一人、地上に向かって駆け出すのが見えた。
「ちっ」
本日、2回目の……神速発動。射抜……改。
一撃目をガードさせて相手の出鼻をくじく。そしてその交叉線上をすり抜けて
2撃目を放つ。急所を取った。助からない。
私は部屋を飛び出して逃げた男を追う。階段を上りきった所で男を視界に捕らえた。

逃げる人間を背後から切るのは殺しとしては最もやりやすい。
私は無防備な背中に刀を振り下ろした。

「こちら沙。任務完了」
「こちら莵。了解」

──10分後、樺副隊長から本部を検挙したとの連絡が入った──


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