renascence project《第5章》

〜 clinch 〜



「孝ちゃん、調子はどう?」
「調子はいいよ、でもいくらなんでも荷が勝ち過ぎだと思うんだけどなあ」
孝ちゃんは只今勉強中、私は彼の下宿先に遊びに来ているのでした。

彼は私の恋人。
ずっと片思いで、私から告白して、付き合い出した。
最初に彼を知ったのは、中学のころ。ばかみたいな子供っぽい憧れだった。
本当に、本当に頭のいい人だったから、女の子の中では人気を別にしたら、実は
有名な人だった。
それで意識して見ていると、次のイメージは、「なんかいつも本を読んでいる人」
だから休み時間に、教室の外から覗いても、結構長い時間見つめていても、全然
気付かれない。
高校に入って告白して、付き合い出してからは、びっくりしてばかりだった。
誕生日びっくりパーティーの時も、その後けんかして謝ってきてくれた時も、
どうしてこんな人がこんな事出来ちゃうのかと思った。

風芽丘は孝ちゃんを特待生にした後、急にはりきり出して、すごくハイレベルな
補習を付けていた。
風芽丘はそんなに『進学校』という訳ではない。
孝ちゃん一人が3年後、T大に入ったってK大に入ったって、(官僚になるには
これがいいのだ、と孝ちゃんは言い張っている)今さら名が売れるわけじゃない。

で、学長さんが考えたのは、もっと「スター性」のある事、なんだって。
数学オリンピックとか、弁論大会とか、スピーチコンテストとか。


「こんなことしても、官僚になるための受験には、必要ないんだけどね」
「大変だね」
「まあ、これはこれで面白がってみる事にする。それよりごめんね、なんか
あんまり遊びに行ったりとかできなくて」
「どうせ雨だもん。それにこうやって頑張っている孝ちゃんを見ていられるのも
じつは私嫌いじゃないよ」

私は窓の外を見る。今年は梅雨入りが早くて、毎日肌寒い。中間テストは
信じられないようなよさでクリアできたけれど、毎日この天気では、閉じ込め
られるような気分になる。

私は孝ちゃんのベッドに座って、足をぶらぶらさせた。

最近の孝ちゃんは、ますます凄い人だ。特待生を勝ち取って、その先があって、
目標があって。
孝ちゃんはいつも優しい。そして、私を大事にしてくれている。
降り続く雨の音が、世界から私達を切り離している。

「ねえ、孝ちゃん、sex ……しようかとか」
「どうしたの、突然?」
「ごめん、やっぱ何でもない、忘れて? なんとなくね、私が孝ちゃんに
甘えてばかりなんじゃないかな、とか思ったんだ、
たぶん。でもそんな気持ちでするもんでもないよね」

後半は早口でまくしたてた。聞こえなくてちょうどいいと思った。
あせって照れて恥ずかしくて、顔が赤くなっていたと思う。

孝ちゃんは言った。
「じゃあ、一美ちゃんはずっと、俺のそばにいて? それで俺のことだけ見て
いて。本当に、なんであんなにみんなに気を使うのかと思うよ」
「あはは、うん、分かった」

とりあえず、そう返事はしたけれど。
孝ちゃんがやきもち妬いてくれているのは嬉しかったけど、
そういう事じゃないのにな、とも思った。それは口には出さなかった。




「桃子さん、私翠屋で働きたいんですけど、今求人していますか?」
私は、翠屋で働き始めた。
それとは別に、桃子さんに無理を言って、弟子にして貰った。
前に見た、あんなお菓子を作ってみたかった。

料理というだけなら、耕介さんに習ってみるのも一つの手ではあったけど、
今は違う気がした。
「孝ちゃんに料理を作ってあげる」
っていう乙女の夢もあるにはあるのだけど、今はそういうのではなく、自分が
作った何かが、自分で評価できて、作った自分もそれだけで満足できる何かが
欲しかった。

楽しかった。
最初はできなかった事が、ある日突然出来てしまうことは、とてもうれしい。
これをきちんとやり遂げられたら、私も孝ちゃんとずっと一緒に
いられるような、そんな気がした。

「うん、なかなかいいじゃない。明日のシフト、入ってたわよね? キッチンの
方に入ってみる?」
「本当ですか?!」
「本当よー、最初はまさかこれほど早く上達するとは、思わなかったけど。
じゃ、お店片づけちゃいましょうか」
「はい!」


体に無理が溜まっていたのだろうか。
私は唐突に倒れた。
翠屋の営業を終えて、閉店作業をして外に出た時だった。ふっと夜空の空気から
星の光りが消えて、街灯が消えて、真っ暗になってしまった。
コンクリートが頬に当たった感触ははじめ痛くて、その後涼しかった。


ふだん私はあまり苦しいとかつらいとか考えないようにしている。「疲れた」と
思えば体は重くなるし、「まだいける」と思っていれば元気は出る物だから。
それに、つかれても食べて寝れば、ちゃんと回復するんだし。

でもその日は翠屋のダウン作業をしている間から、本当に体が重かったので、
気が抜けて、光が消えた時には、「ああそうか、これ以上はダメなのか」とか、
他人事みたいな事を考えていた。


「…………」
私は目を覚ました。
私は布団の上に寝かされていて、どこか見覚えのある和天井を
見上げていた。
(どこだろう、ここ)
体を起こして辺りを見回す。部屋の明かりは落としてあるので、視界はあまり
良くなかった。まだ少し目眩いがする。雨の音はしなかったけど、梅雨寒の夜は
冷え込んでいた。吐く息が白い。

(どこだっけ?)
見覚えはある。似た雰囲気を確かに見たことがある。

「ああそうだ、ここ高町家だ。……桃子さんかな。迷惑、かけちゃったかな」
「ん……」
声にびっくりして視線を落とすと、そこに孝ちゃんの頭があった。私の横に
突っ伏して眠っている。孝ちゃんの片方の腕が、私のおなかに乗っていた。
あ、なんか重かったのはこれか。

え? え?! これって看病してくれてたとか? 心配でついててくれたとか?

孝ちゃんが起き上がって私を見た。
部屋が真っ暗なので、影が動いたように見える。
孝ちゃんはしばらく私を見つめて、口を開いた。


「一美ちゃん起きた? 大丈夫?」
「え? うん」
「どこも? 気分悪いとかない?」
「うん、大丈夫。ちょっと疲れてただけみたい」
孝ちゃんはそれだけ言うと、突然私の頬を張った。男の人のてのひらは重くて
頬が痛いというよりも、首に衝撃がかかってくらくらする。

「大丈夫じゃないよ。なんでこんな事になるのさ」
孝ちゃんの目から涙が溢れて、もう乾いていた跡をもう一度濡らした。
そうしてまた、孝ちゃんは私にもたれて忍び泣いていた。

霧が降りているのだろうか。世界は静けさに包まれている。
「孝ちゃん、泣いてるの? 悲しいの?」
私は孝ちゃんに尋ねていた。孝ちゃんのかみのけをさらさらとなでる。
孝ちゃんは呼吸を整えて、なんとかまたしゃべり出した。

「ううん、悲しいとかじゃなくて……、くやしいとか寂しいとか、そんな感じ。
なんで気付いてあげられなかったんだろうとか、なんで頼ってもらえなかったん
だろうとか」

胸が痛んだ。
孝太の気持ちが分かってしまったから。
「ごめんね、孝太。もうしない。もうあんな無理しないよ。」
「一 …美……?」
「それと、やっぱり私は孝太と一緒にいる。これからもいつも、もう、孝太しか
見れないよ」
「一美……」

と言ってしまってから、少し照れくさかったので、
「でもお菓子づくりは少しずつなら、続けてもいい?」
と言った。
「ああ、そしたらとてもうれしい」
と言って孝太は笑ってくれた。

とても穏やかな笑みで、それは決して“喜色満面”とかではなかったけれど、
お互いに安らげるそんな笑顔だったのが、私には嬉しかった。
そうやって、私達はしばらく甘え合って、私は「死ぬ時期は、絶対にこの人
より後がいいな」とか、そんなことを考えていた。


孝ちゃん。
ずっと片思いで、私から告白して、付き合い出した。
最初に彼の印象は、中学のころ。本当に頭のいい人だったから、すぐに覚えて
しまった。
次のイメージは、「なんかいつも本を読んでいる人」
私はいつも人に気を使って、「その時その時」に振り回されているのに、すご
いなって思っていた。
3つ目のイメージは、寂しそうな人だということ。周りの人に気を使われるのも
気を使うのも、遠ざけていた。
この人はこの人なりに、いっぱいいっぱいだってことが分かった。ご両親が
亡くなっていることを聞いたのもこの頃だった。
高校に入って付き合い出してからは、いつも幸せにしてくれていた。
本当に涙が出るくらい。

ほんとはいつもそうだった。
そんな全ての私達が、私達の想い出。そしてそれは、きっと、これからもずっと
一緒にある。
ずっと。


〜エピローグ〜

「おー、一美、ちょうどおやつが出来る所だぞー」
仁村真雪が、食堂に入ってきた一美に声をかけた。
ここはさざなみ寮1F食堂。そこに居合わせたのは、仁村真雪、我那覇舞、陣内
美緒、そして台所に耕介と、いつものメンバーだ。
一美が答える。

「あ、はい。いただきます」
「………………」
「? どうかしましたか? 仁村さん」
「いや、お前さん落ち着いたっつーか、キャピキャピしたところが
なくなってきたよな」
「……そうですか?」
一美は微笑んで問い返す。

「何があったのだ?」
「いやー、こいつに何かあったのなら、あの勤勉青年がらみでしょ。それしか
ないって」
美緒と舞がはやしたてる。
「あー、もうHした、とか」
「え、な、や、まだですよ、そんな!」
「ほんとうかー?」
「本当です!
 ……でも、私の居場所はいつだって孝太が作ってくれるし、その孝太全体が
実は、私の中にあるんだってことが分かったんで、無理して愛されるのはやめ
たんですよ」
「ほー」
「……」
「さりげなくノロケられた気がする」
「………」

「いや、おまえヤッただろ、間違いなく」
「あ、耕介さん手伝いますね」
耕介作のおやつが完成したようである。一美は台所に立ってしまった。

「逃げられたか」
「……なんか、ボク取り残された気分なんだけど」
「この寮は男子禁制。唯一の例外である耕介は既にお手付き。しかもそれが
幼なじみとの王道カップリングでは、妬みもひがみもできん」
「お似合いだもんねー」
舞がため息とともにテーブルに突っ伏す。
「あ゛ーっ、なんで世の中にはこう、いい男がいないんだーーー!!」
「やめるのだ、空しくなるから……」

梅雨の合間の晴日。夏を予感させる青い空は、どこまでも深く澄んでいた。




─終劇─


・終わり。
この人間関係を使った企画はまだいくつかありますけど、
この二人を主役にした話には、しません。
せいぜい狂言回し的な役どころに抑えます。

・せっかくオリ×オリなことだし、話の感想だけじゃなく、「この子が気に入った」
的なご意見も聞いてみたいです。


・企画段階では、第3章を番外編的な話にして、1・2・4・5章が、おおまかに「
起承転結」にそれぞれなっている、ギャルゲーのシナリオのうちの一本、みたいな
話にするつもりだったんですが、
どちらかというと、5章の方が番外編ちっくですね。
つーか、ある意味セルフパロディ・三次創作?

・「王道カップリング」というのは、乙女ゲーの世界で主に使われている用語です。
「クラヴィス×小鳥似の娘」みたいなのを言う。女性ゲーマーは割とそのへんは
固定的で、「アレン×その娘」みたいなカップリングにはあんまり流れない。
また、「クラヴィス様を単体でラブ♪」みたいにもなりにくい(意外?)

それでこう言う語が流通しているのだと思うけど……。

いや、別にこの真雪さんはボーイズゲームの同人活動をやっているという設定だ、
とか、そういうんじゃないですよ?!(笑)

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