遂に念願の北海道の山に登る機会が来た。
深田久弥の 「日本百名山」 も残りは 16座になったものの、 残った山々は、我が家から登るにはそれなりの日数を要する山ばかりであり、 中でも北海道の 9座は私にとっては本当に遠く思える山なのであった。いつかは長期休暇を取って、北海道の山三昧 ? を実現したいと考えているものの、なかなかそのチャンスに恵まれず、一方で百名山以外の山でも結構身近に 登りたい山があって、 北海道は定年後かな などと諦めもあったのであった。
しかし、今夏、家族との 2回目の北海道旅行が実現することとなって、それならばと、無理矢理行き先を道南、道央に設定させ、その旅の途中、私一人が後方羊蹄山 (蝦夷富士) に登れるようにしてもらったのであった。 そして、私が山に登っている間、 家族は前日の宿泊先であるニセコアンヌプリ付近で遊ぶ という算段である。
期待に胸膨らませながら到着した函館空港は雨、 すぐに翌日の登山が心配になる。 しかも気温は 17度Cと、とても真夏とは思えない。 前回の北海道旅行の時もそうであったが、 どうも私はこの地では天候に恵まれないようである。
函館の朝市で遅い朝食を済ませ、函館山、五稜郭、トラピスト修道院などを回ったが、雨は降ったり止んだりの状態で、せっかくの旅行も楽しみが半減である。
特に函館山では完全にガスに囲まれ、 自慢の函館市街の景観も全く見られずじまいで、 ますます翌日の登山に対する心配が増してくる。函館からこの日の宿泊場所であるニセコアンヌプリのホテルへと向かう段階で、雨は上がってくれはしたものの、途中見えるはずの山々は皆 雲の中。 特に、途中立ち寄った大沼では、 その後ろに立っているはずの駒ヶ岳が全く見えず、 明日の登山も同様の状態になるのではと、 ますます気が滅入ってしまったのであった。
それでも、ニセコに近づくにつれて、少しではあるが天候も回復の兆しを見せ始め、お目当ての後方羊蹄山も、頂上に雲が少しかかってはいたものの、その富士山に似た姿を 見ることができたのであった。 ラッキーである。
翌日の天気予報は曇り。まあ何とか雨は免れそうであったが、今回と同じようなシチュエーションである 岩手山 (家族との旅行の際に登り、しかも同じように ○○富士と呼ばれ、 頂上にお鉢があることまで同じ) が雨で散々であったこと、 また先日登った本家本元の 富士山も雨に祟られてしまった次第で、 あまり良い予感はしない。
案の定、朝 5時前に目覚めると、外は曇り。
幸い雨は免れたものの、ニセコアンヌプリはガスの中で見えない状態となれば、 気が重い。
女房にレンタカーにて後方羊蹄山の真狩登山口まで送ってもらったのであったが、 真狩登山口が近づくに連れて空の暗さが増し始め、 お目当ての山は完全にガスに囲まれてそのすそ野さえも見えない状況であった。
これは先に述べた岩手山と全く同じ状況で、 岩手山は登るに連れてガスが濃くなり、 終いには雨が降り出したのであったが、 どうも本日も同じ憂き目に遭いそうである。キャンプ場の先にある登山口まで車で行ってもらい、5時58分に歩き始める。
立派な看板のある登山口から山に入り、 薄暗くジメジメした感じの山道を登り始める。 気が付くと 周囲は完全にガスの中で、 この状態では今日の悪天候をいよいよ観念せざるを得ない。トドマツの林を進み、一合目を過ぎたのが 6時9分。やがて 南コブ分岐を通り過ぎると 二合目で、時間を見ると 6時23分であった。ガスが立ちこめる中をさらに先に進むと、 すぐに二合目半の標識があり、 今までほぼ直線的に登ってきた道はそこから右へと大きく曲がって、 山腹を巻くよう感じとなったのであった。
やがて樹林を抜け出すこととなり、 右側が大きくひらけた場所に出ると、 そこからは左側の斜面を斜めに横切って登る道となって、 右側は緑の木々が谷へと落ち込むようになっていた。この頃になると、雲の上に出たのであろうか、先ほどまでの視界の悪さはかなり解消され、下方を見れば雲の切れ間に畑地が見える。右手上方には かなりの高みが見え、 その先は雲に隠れているものの、 あれが頂上なのかもしれないと思わせる。
周囲もどんどん明るくなり始め、 どうやら今日の天気はそれほど悲観したものでもなさそうな気配となってきたので、 気分がウキウキし出し、 足も自然に速まるのであった。右手斜面の下にはダケカンバが多く見られるようになり、その樹林の波は雲の海に落ち込み、その雲の海の先には島のような山がいくつか見える。 すぐ手前に見える島は尻別岳と思うが、 そのはるか先にあるのは恵庭岳であろうか、 札幌岳であろうか。
気持ちの良い斜面を横切る道もやがて終わり、再び樹林帯に入るとそこが四合目であった。
ここからはササの中をジグザグに進む登りが続く。 7時21分に 五合目。数字上は半分登ったことになる訳で、 全く展望は利かない場所ではあるが、 少し休憩を取る。
7時26分、再び歩き始める。 道は結構キツい傾斜もあったが、先日富士山に登ったことで体が慣れていたのであろうか、 快調に足が進む。この頃になると時々太陽も顔を出し始め、気分もますます高揚する感じである。
やはり天候が及ぼす心理的影響というのは大きい。六合目は岩場になっており、見晴らしが良い場所であったが、先に登ってきていた数人のパーティに占領されていたので、休まずに先に進む。下を見れば、 雲間に今朝登り始めたキャンプ場と思われる建物が見えた。
この 六合目辺りからは、 かつてこの山が火山であったことを思い出させるかのように、 道に岩が現れ始め、 少し歩きにくい。 七合目を通過したのが 8時8分。 ジグザグな道を登り、高度を稼いだなと思うと、 もう 八合目で、 そこには大きな岩があり、岩の間をすり抜けるようにして先へと進む。やがて大きく展望が開け、今までとは全く違う趣の世界が現れた。
つまり、これまでは樹林の中の道であったのが、 展望が一気にひらけ、火山礫の裸地を横切る道となったのである。
右上から一気に下り落ちてくるガレた斜面は なかなか爽快で、 道はその斜面を横切って進んでいるものの、 気分的には斜面をそのまま登っていきたくなる。正面には雲の海が見えるが、 その海を 30度くらいの角度で羊蹄山の斜面が切り取っており、 その左方には雲に浮かぶニセコアンヌプリが見える。 砂礫の裸地にはイワブクロが淡い紫の花を咲かせており、 一気に高山へワープした感じである。
暫く、花や展望を楽しみながら進んでいくと、九合目の立て札のある分岐点にたどり着いた。左に行けば避難小屋、右が頂上であり、無論右の道を選ぶ。
少し登ると一気に展望が開け、 眼下に緑の火口原が広がり、 その端の方に避難小屋が見え、 火口原の右手には羊蹄山の山頂らしき高みが見える。火口原の縁を通っていよいよ山頂に向かう。ここにもエゾフウロなどの高山植物が咲いていて、目を楽しませてくれる。一見近いように見えた山頂も、 歩いてみると結構距離がある。 一歩一歩確実に足を進め、最後の斜面を登りきると、 そこはお鉢 (父釜) の縁であった (9時5分)。
嬉しいことにガスはなく、お鉢の周囲、お鉢の底がしっかり見渡せる。さあ、後は最高点を踏むだけである。
時計と反対周りに (つまり右へ) 進む。 ケルンが積まれた高みに登り着いた後は、 岩場の道が続くことになった。 岩に書かれた白ペンキに頼りながら進むが、 本日は視界が良いので迷うこともない。上空は青空と雲が混じり合ったような状態で、完全な晴天とはいかないが、それでも登山口での状態を考えたら文句も言えまい。その上空をジェット機が何回も何回も旋回していたが、 あれは自衛隊の訓練だったのだろうか。
ゴツゴツした岩場を 30分弱進んだであろうか、 ようやく前方の岩の上に白い標柱が見えてきた。 これがどうやら後方羊蹄山の最高点らしい。 よく見ると標柱に 1,898mと書いてある。
時刻は 9時37分。 ついに北海道の山に初登頂である。感激一入といったところだ。あまりに早く着いてしまったので、 山頂からニセコ付近にいるはずの家族に携帯電話をかけたところ、 まだホテルであった。 予想外の早さのため、半月湖での待ち合わせ時間を 13時半に訂正する。
山頂からの展望は残念ながら下方に雲の海が続き、ほとんど得ることができなかったのだが、雲の海に浮かぶ島のような山を眺めるだけでも、この雲の海の向こうにあるはずの 大雪山や十勝岳といった これから登る山々に思いが巡り、 なかなか楽しい気分であった。
逆方向を見れば、 眼下にお鉢が広がっており、 その緑に覆われた大きな器を眺めながら、 暫し休憩をしたのであった。10時に出発。暫く進むと砂礫の間に三角点があるのを見つけた。いかにも寂しい場所にあり、ルートの取り方によっては見過ごされてしまうような状態であったが、 横に標柱でも立てて、もっと目立つようにすべきであろう。
さらに暫く進むと、京極コースの到達点で、そこにも標柱が立てられていた。そこで休んでいた方と暫し話をしたが、聞けば京極コースでは全くガスもなく、 好展望を得られたとのことであった。 その方は、キロロの方で、私が横浜から来たと言ったら、 是非ともキロロに寄って下さいと勧めてくれた。 北海道の人は皆、気持ちの良い人のような気がする。
ガスが無かった山頂も、この頃になると下からガスが上がり始め、時として視界が悪くなるようになり始めた。こうなっては長居は無用ということで、先に進む。
岩場を通り越すと、後は砂礫の道で、 私はお鉢巡りを途中からはずれ、 母釜と呼ばれる小さな火口跡の方へと回ることにしたのであった。 こちらが下山コースである倶知安コースへの近道なのである。
途中の北山と呼ばれる高みの周辺には、 黄色い花をつけたメアカキンバイや、ピンク色のエゾフウロ、 薄紫色のイワブクロなどの高山植物が咲き乱れており、 久々のお花畑に大いに楽しい気分にさせられる。
初めての北海道の山ということで興奮していたのかもしれないが、 久々にワクワクした気分を味わった登山であった。下山は先に述べたように倶知安コースを下った。
樹林帯に入る前、 ここも火口原なのだろう、小さな原を横切ったが、 ここにも多くの高山植物が咲いており、 なかなか楽しい。 また、目の前には雲の海が広がっており、 その先にニセコアンヌプリの双耳峰が堂々とした姿を見せている。
また、目を良く凝らせば、 雲の隙間から下に広がる民家や畑も見え、 なかなか爽快な眺めであった。さて、下り始めるとこのコースは一気という気がする。
皮肉にもこの頃になると太陽が雲間から完全に顔を出し始め、 暑さが応え始める。
ジグザグな滑りやすい道を、 次々に現れる 合目を書いた標識を励みにして、一気に下る。
このコースは、五合目付近からの針葉樹林帯が大変見事で、 また樹林の奥にはササの川が平行して流れており、 手つかずの自然を大いに楽しませてくれたのだが、 もう一つ面白かったのは、 樹林越しに下界が見えることで、 全く手つかずの自然と人家などの文明のコントラストが大変興味を惹いたのであった。一気に駆け下って平坦地に出ると、あとはカラマツ林がずうっと続くことになり、やがて正面に車道が見えてきたかと思うと、左側に駐車場のある倶知安登山口であった。 時刻は 12時31分。
約束の 13時半まで随分時間があるので、車道を歩き続け、 半月湖を過ぎ、結局国道 5号線まで歩いてしまったのであったが、 ここから見る後方羊蹄山はなかなか素晴らしいものがあった。
富士山の横幅をやや広げた感じであるが、 周囲には他の山が全くなく、 独立して立つその姿は、まさに富士山の名をもらうに相応しい山である。
ついに北海道の山を 1つものにした嬉しさもあり、 車を待つまでの間、畑の向こうに立つその姿を、 飽きもせずにずうっと眺めていたのであった。この後、家族と合流してから倶知安温泉に行き、汗を流したのだが、そこの露天風呂からもこの蝦夷富士が見え、最高の気分を味わったのであった。
最後に、この登山に協力してくれた家族にお礼を言いたい。
上記登山のデータ | 登山日:2001.08.02 | 天候:曇り後 時々晴れ | 単独行 | 日帰り |
登山路:真狩登山口−三合目−五合目−九合目−お鉢の縁−後方羊蹄山最高点−三角点−北山− 八合目−五合目−二合目−倶知安登山口−半月湖−国道五号線−比羅夫駅分岐 | ||||
交通往路:ニセコアンヌプリ−真狩登山口 (車にて) | ||||
交通復路:比羅夫駅分岐−倶知安温泉−余市−小樽−札幌 (車にて) |