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更新日:2018.1.8

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 山での 1枚 :  気持ちの良い道が続くニジュウタキ尾根

気持ちの良い道が続くニジュウタキ尾根 2017/12/20

 WHAT'S NEW    《 2018年1月 8日 記 かなりの長文ご容赦 

明けましておめでとうございます。 本年も Tagawa’s Homepageを宜しくお願い致します。

と言いつつも、もう 1ヶ月半もこのホームページの更新ができていない。
実は 11月7日に北八ヶ岳の天狗岳に登った後、左膝に痛みを覚えるようになってしまい、山に行けない状態が長く続いていたからである。
天狗岳において膝を痛めるようなことをした覚えは全くないのだが、考えれば左膝は以前にも痛くなったことがあるので、 これは長年の酷使が原因なのかもしれない。
症状としては、平地を歩いている時には全く痛みを感じず、階段を昇る際に痛みが走るという状況で、その左膝を庇っているうちに左側の中殿筋、小殿筋、梨状筋辺り (股関節から下肢外側付近) まで痛くなってきたという始末、とても山に行ける状態ではなかったのである。
無論、医者に行けば良かったのかもしれないが、医者はあまり好きではなく、また結構プライベートが忙しかったこともあって、 ズルズルと日を重ねてしまい、気が付けば 12月である。

10月18日に実施した鎌倉散策の下見は、12月8日(金)がその本番であったのだが、 あまり高低差のない地形であったため何とかこなせたものの、その後も山に行けない状態が続く。
このまま今年は山に行けないのではと諦めかけていたところ、年末になって漸く痛みも和らいできたため、思い切って山に行くことにする。

さて行き先であるが、リハビリを兼ねる意味で高低差のあまりないところを選ぼうと思いながらヤマレコを見ていたところ、 あまり知られていないルートを使って雲取山を往復した登山記録を見つけ、早速このルートに飛びつくことにする。
詳しくは、奥多摩湖の奥にある お祭から三条の湯近くへと続く林道 後山線を進み、途中からニジュウタキ尾根 (鉢焼場尾根)、 ヨモギ尾根を辿って奥多摩小屋へと至り、後はメインルートである石尾根を進んで雲取山に至るというものである。
雲取山はもともと人気の高い山である上に、その標高が 2,017.1mであることから今年 (2017年) の山としてさらに注目が集まっているため、 混むのは間違いなく、加えて既に色々なルートを辿って 7回も登っていることもあってやや敬遠するところがあったのだが、 全く歩いたことのないルートとなれば話は別である。

12月20日(水)、5時半過ぎに横浜の自宅を出発する。
空に少し雲が多い気がするものの、天気予報では本日は快晴とのこと、この後の回復を期待したいところである。
横浜ICにて東名高速下り線に入り、海老名JCTにて圏央道へと進む。いつもは中央道へと入るために利用する八王子JCTをそのまま通過して日の出ICまで進む。
高速を下りた後は、車載の温度計が氷点下を示す中、都道184号線を西へと進む。やがて道は かやくぼの丁字路にぶつかるので右折して都道31号線に入り、 さらに 1km弱進んだところにある坂本の交差点を左折して今度は都道251号線を進む。この道は梅ヶ谷峠へと昇っていく山道であり、北大久野川沿いでもあるため、 路面凍結には要注意である。
梅ヶ谷峠を越えて下りに入り暫く進んでいくと、やがて梅ヶ谷峠入口の丁字路に突き当たるので、そこを左折して都道45号線に入る。
そして、多摩川沿いを暫く進み、御岳山への道を左に分けた後、古里駅前の丁字路を左折して国道411号線に入れば、後は お祭りまで道なりである。

奥多摩駅入口、水根を過ぎ、道は奥多摩湖沿いを進む。
お馴染みの鴨沢バス停を過ぎると、やがて人家もなくなり、お祭洞門を潜って右手に民宿お祭荘が見えてくれば、林道 後山線の入口はすぐである。
その林道入口は、道が右にカーブしていく途中の右手にあり、国道411号線と並ぶようにして坂道を昇っていく。 最初は舗装道であるが、途中から砂利道が続く。
以前、この林道 後山線を進み、林道終点に車を駐めて三条の湯−雲取山−飛竜山−三条の湯と歩いたことがあるが、現在林道は途中の片倉橋で一般車通行止めになっている。
その片倉橋少し手前にある広場には 7時31分に到着。車が数台駐められるスペースに他の車は見当たらない。
車内で朝食をとり、身支度をして 7時40分に出発。林道を先へと進む。

すぐに前方に片倉橋が見えてきて、その先に林道のゲートも見えている。
丁度その時、車がやって来てゲートを開けて先へと進んでいったが、工事関係者の車であろうか。
ゲートを越えて後山川沿いに林道を進む。道は緩やかな昇りとなっているため、久々の登山ということもあって少し息が上がる。
左手に斜面を流れ落ちる水を利用したワサビ田を見て暫く進むと、周囲に朝日が当たるようになる。出発時の気温はマイナス3℃、 しかし寒さはあまり感じなかったが、やはり朝日が当たると温かいと感じる。
途中、三条の湯の車に追い抜かれる。ということは、三条の湯は営業中であり、これは心強い。
いくつかの橋を渡って進む。この林道歩きは結構長い。
徐々に林道歩きに嫌気がさし始めた頃、前方にお目当ての塩沢橋が見えてくる。時刻は 8時12分。

この橋を渡ったところが丁字路のようになっており、林道は左へとカーブしていくが、 雲取山へは右に道をとることになる。
橋を渡ったところには 『 奥後山を経て雲取山 (ヨモギ尾根から奥多摩小屋) → 』 の標識も付けられている。
右に道をとり、道を塞いでいる鎖を越えてシオ沢沿いに進む。この道もかつては林道だったようであるが、今は使われていないのであろう、 足下は落ち葉が敷き詰められた状態である。
ただ、この林道の名残をとどめる道歩きも長くは続かない。少し進み、道に崩壊した箇所が目立ち始めたかと思うと、 登山道の方はそのすぐ先にて林道と分かれて、左手の石積みの法面を昇って行くことになる。
そこには塩沢橋と同じ内容が書かれた標識が置かれているので、注意して歩いていれば見落とすことはない。時刻は 8時21分。

少し法面の上部を進んだ後、道は本格的な山道となり、斜面をジグザグに登っていく。
この道は小生の地図では破線となっているが、巡視路との重複部分がかなりあるからであろうか、道は明瞭である。
なお、小生の地図は古いため、コースタイムが書かれていない。これは少々辛い。
すぐに道は二手に分かれるようになるが、そこには 『 ← 奥後山/雲取山 巡視路 → 』と書かれた標識が立っているので、 指示に従って真っ直ぐ進む。時刻は 8時24分。
暫く登っていくと、前方に左に下る尾根が見えてきて、道はその尾根上を目差すことになる。登り着けば何か新しい展開が得られるかと思ったが、 残念ながらその先には杉の林が続き、展望が開けることはない。
そして、このようなパターンがこの後も何回か続く。

日が当たり始めた杉林の中を登る。膝の痛みもそれ程ではなく、 また傾斜も緩やかなため足が進む。
やがて、斜面を横切ってつけられた桟橋が続くようになるが、この桟橋を見てその立派なことに驚かされる。
この道は鴨沢などのコースに比べ、登る人はその半分にも満たないと想像されるのに、この整備状態は立派である。
さらに、これ以降も、奥多摩小屋にて主脈の縦走路に至る迄、道はしっかりとしていたのであった。
暫く続いた杉林が終了すると、今度は雑木林の中、落ち葉を蹴散らして歩く日だまりハイクが続くようになる。気分良く進んで行くことができるが、 まだ谷間を進んでいるため、展望は得られない。

先程と同じく前方に左に下る尾根が見え、道はそこを目差して登っていく。
今度は樹林越しに周囲の山々がチラチラ見えるようになるが、全く山の名が分かるような状況ではない。
左手に谷を見ながら緩やかに登っていくと、周囲は檜林に変わり、それが暫く続くようになる。この檜林はなかなか立派であるが、 道の右手上方には 『 昭和44年度春植 丹波山分区 東京都水道局 』 と書かれた標識があったので、ここまで育つのに 48年かかったことになる。
檜林を抜けると、樹林の間から近くの稜線が見えるようになる。しかし、道はここまで色々な方向に曲がってきているので、 どこの稜線か全く分からない。無論、コンパス、地図、太陽の位置などから確認できるはずだが、足を休めてそのようなことをする気にはなれない。

暫くの間、左に下る斜面を横切る、日当たりの良い場所を進んだ後、 道は再び檜林へと入っていく。
緩やかな登りが続き、さらには時々平らな道が現れるので足への負担はあまりないのがありがたいが、一方でなかなか高度が上がらず、 また山襞をなぞるように進むため、歩いている時間の割に目的地には近付けていないようである。
檜林を出たり入ったりしながら進んでいくと、途中から鋭角に道が曲がって、檜林の中をジグザグに登っていくようになる。

その檜林を抜けると、今度は右に下る斜面を横切るようになる。 右手から太陽の光が射し、周囲は明るい。
落ち葉を蹴散らしながら、あまり傾斜のない道を順調に進んで行くと、やがて道が上下に分かれる場所に至る。
傍らには標識があり、左上の道は奥後山へ、右下に下る道は作業道とある。時刻は 9時37分。
塩沢橋から 1時間25分を経過したものの、まだ奥後山にも達していない訳であるが、ここまで尾根を直登することはなくて山の斜面を横切ることが多く、 しかもかなりグルッと山襞に沿って回ってきた感があるので、これも致し方無いところである。
しかし、ここからは少し傾斜がキツくなり始めるので山を登っているという感じがし始める。

周囲には馬酔木の木が目立ち始め、ジグザグに斜面を登った後にほぼ平らな広い尾根上を進むようになる。
感覚的には奥後山が近いと思われたが、周囲に三角点は見つからない。
歩き易い尾根上の道を進む。周囲の木々はスッカリ葉を落としており、足下周辺は落ち葉の絨毯。そして、日の光が全体を照らしていて明るく、 大変気持ちの良い道が続く。
周囲の展望も少しずつ開け始め、振り返れば富士山が少しだけその頭を出しているのが目に入る。
ということは、その前を横切っているのはサオラ峠からお祭方面へと下る尾根と思われ、漸く周囲の山のことが理解できるようになる。
また、その尾根の後方、富士山の左には三角形の山も少し見えているが、位置的に見て恐らく雁ヶ腹摺山であろう。
さらには大菩薩嶺と思しき山も見えるようになり、徐々に知っている山が見えるようになってテンションが上がり始める。
さらにはそれらの山の後方や進んでいる方向の先には雲一つ無い青空が広がっており、これまたテンションを高めてくれている。

小さなアップダウンはあるものの、ほぼ平らで広い尾根の道が続く。
左手樹林越しには飛竜山もチラチラ見えるようになり、雲取山に向かっているという気分が盛り上がってくる。
やがて、道は周囲よりも高い所の直下を進むようになったので、奥後山はこの辺ではないかと思い、右手の高みに登ってはみたものの三角点は見つからない。
仕方なく登山道に戻ると、左手に下る道がありロープも張られていたので少し寄り道をしてみたところ、何とそこは作業用のモノレール終点であった。
しかもソバに 1,520mと書かれた標識も立っていたので、1,466.4mの奥後山は通り過ぎてしまったようである。時刻は 10時26分。

いつの間にか奥後山を通り過ぎてしまったことに少し気落ちしながら先へと進んでいくと、 やがて前方左手に防火帯を有する尾根と高みが見えてくる。
あれが目差す奥多摩小屋のある尾根と思ったのだが、方向から考えるとその高みは雲取山のようである。まだかなり遠くに見えるものの、 これで元気をもらう。
ここからは面白い道が続くようになる。尾根の左下を進み、ある程度進んだ所で鋭角に戻るようにして右の斜面に登り、 尾根上に出たところでまた鋭角に左に折れて先程と同じ進行方向へと進むというパターンである。
つまり、ローマ字の “ Z ” のような形で、下から上へと一段上がって先へと進むのである。これが数回繰り返される。
また、今まで緑が少なかった中、この辺では周囲に馬酔木の緑が目立ち始める。

さらには、途中、左手後方の山間に白き山が見えてドキッとさせられたが、 どうやら赤石岳のようである。
そして、なかなか見通せなかった富士山が、漸く何とか見通せる場所を通過する。やはり富士山が見えると嬉しい。
周囲に馬酔木が密に生えている中を進んで行くと、展望がドンドン開け始め、雲取山、石尾根、飛竜山、 さらには悪沢岳、赤石岳、聖岳といった南アルプスの山々、そして大菩薩嶺、富士山が、それぞれが切れ切れではあるものの良く見えるようになる。

道は右に下る斜面を横切って、陽が当たって明るい場所を進んでいく。
周囲にはササが多く見られるようになり、富士山も見える回数が多くなる。
そして、前方には樹林越しに尾根らしきものが見えてきているので、どうやら石尾根はもうすぐのようである。
山襞に沿って右へ右へと進んでいくと、やがてまた巡視路との分岐に到着する。そこには標識があり、やや下方へ進む道は巡視路で、 奥多摩小屋へは左上へと進むことになる。時刻は 11時45分。
その分岐から少し登れば水場で、設置されたトタンの樋 (とい) の上をチョロチョロと水が流れている。この水場は奥多摩小屋の水場なので、 もう稜線は近いはずである。時刻は 11時48分。

道は水場を越えた後、水場横の斜面を登っていく。
すぐに丸太の階段が現れ、そこを過ぎれば稜線が目の前に見えてくる。稜線のすぐ手前で道は二つに分かれるのだが、当然雲取山に近い左へと進み、 少しザレた斜面を一登りすれば、奥多摩小屋の前に登り着いたのであった。漸く石尾根に到着である。時刻は 11時55分。
ここに至る迄 ほとんど急登はなく、かなり歩きやすい道が続いたので膝には良かったものの、その反面、高度を稼ぐのがユックリなため、 時間がかなりかかってしまった。
まあ、リハビリ登山としては良いコースと言えよう。

尾根上にポツンと置かれているテーブル (少々ガタガタしており、 また、前はもっと小屋寄りに置かれていたという記憶がある) に腰掛けて暫し休憩。
尾根上だけあって、ここからの展望は抜群で、富士山がよく見える。さすがにこの時間になると、富士山の下方には雲が多く見られるが、 雲に浮かぶ富士山も魅力的である。
富士山の左下方には雁ヶ腹摺山が見え、富士山の右下方には黒岳とそこから小金沢山へと続く小金沢連嶺が見えている。 そして、さらにその右に大菩薩嶺が続いている。
大菩薩嶺から右に下って行く尾根の後方には、布引山、笊ヶ岳、偃松尾山、そして聖岳、赤石岳、悪沢岳、 白河内岳、塩見岳、農鳥岳といった南アルプスの山々が蜃気楼のように浮かび上がっている。
そして、農鳥岳よりさらに右の山々は前飛竜、飛竜山へと上っていく尾根に遮られ、その飛竜山の右側もこの石尾根の先にあるヨモギノ頭で見えなくなっている。

ノドを潤し、腹を満たした後、12時4分に出発。 ここからは何遍も通っているルートを辿る。
すぐにヨモギノ頭へと直登する道とそれを巻く道に分かれるが、ここは巻き道を進む。樹林帯の中、足下にササが茂る道を進んでいくと、 やがてヨモギノ頭経由の道と合流。
そして少し先で小雲取山への登りが始まる。暫く登ると一旦道は平らになるが、その先でさらにキツイ登りが待っている。
もしかしたら、ここの登りは本日で一番キツイかもしれない。
それでも、先程の休憩が良かったのか、それとも石尾根に至る迄にあまり厳しいアルバイトがなくて体力が温存されていたのか、 この石尾根は一番足が進むような気がする。

途中、振り返れば、農鳥岳、西農鳥岳よりも右側の山々も見え始め、 間ノ岳、そして北岳が確認できるようになる。
小雲取山にある富田新道分岐を 12時31分に通過。ここからはまた緩やかな道に変わる。
富士山をチラ見しながら樹林を抜けると、先の方には雲取山頂上の一角とそこにある雲取山頂避難小屋が見えてくる。もう少しである。

ここからは展望がさらに開け、 北奥千丈岳・国師ヶ岳、唐松尾山、水晶山、木賊山、甲武信ヶ岳、三宝山といった奥秩父の山々がよく見えるようになる。 さらには飛竜山の右後方に、うっすらとながらも仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳も姿を見せ、テンションが上がる。
避難小屋直下の最後の斜面をジグザグに登り、避難小屋には 12時47分に到着。そのまま小屋前を横切って頂上へと向かう。
そして雲取山頂上には 12時49分に到着。ここまで 5時間の長丁場であった。

なお、頂上の雰囲気は、前回登った 2015年の時とは大分変わっており、 富士山をバックに写真を撮ることができた頂上標識は今や撤去され、 東京都と埼玉県の統一標識が立てられている (2016年8月11日の山の日制定に合わせて設置されたとか)。
他に 1人しかいない頂上にて周囲の山々を撮りまくる。富士山は無論のこと、目新しいところでは飛竜山の右後方に間ノ岳、北岳、 そして鳳凰三山の観音岳、地蔵岳が確認できる。
さらに右には仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、鋸岳が続き、仙丈ヶ岳の下方手前にはアサヨ峰も見えている。

また甲斐駒ヶ岳の手前下方には乾徳山が見え、 その右に黒金山が続き、黒金山の右後方に北奥千丈岳・国師ヶ岳が続いている。
北奥千丈岳・国師ヶ岳の左手前には竜喰山も確認でき、その右には唐松尾山も見えている。また、北奥千丈岳・国師ヶ岳の右には、 やや樹林が邪魔であるものの、木賊山、甲武信ヶ岳、三宝山といった山々が続いた後、大きな山容の和名倉山が見えている。
少し動き回れば、和名倉山の右後方に浅間山も見え、和名倉山の左後方には御座山も確認できる。
その御座山のさらに左後方には白き山々が見えているが、北アルプスであることは分かるものの同定は難しい。

また、振り返って東から南にかけての山々を見れば、樹木がやや煩い中、 天祖山、三頭山がよく見えている。
しかし、避難小屋の方へと戻れば、石尾根や東から南にかけての山々が良く見えることは承知しているので、避難小屋の南側、 山梨百名山の標識が近くに立つ岩場へと移動する。岩に腰掛け、富士山を見ながら暫し休憩。
石尾根を見下ろせば、尾根は途中で右に曲がって小雲取山へと向かっているが、 尾根が曲がる所の後方には鷹ノ巣山、日陰名栗山が並んでおり、その 2つの峰の間の後方には奥多摩の大岳山が見え、 日陰名栗山の右後方には同じく奥多摩の御前山が見えている。
そして、石尾根が右にカーブした先にある小雲取山の右後方には七ツ石山、そしてその右後方に奥多摩の三頭山が見えている。
また、鷹ノ巣山の左には川苔山が確認できるほか、天祖山が大きい。

景色を十分堪能した後、三条の湯へと向かう。
この道を辿るのは 18年ぶり。その時は先程の林道 後山線終点から三条の湯経由にて三条ダルミに至り、そこから雲取山を往復した後、 飛竜山まで縦走し、三条の湯まで戻ったのであった。
13時3分、標識に従って西へと進み樹林帯に入る。ササの斜面を小さくジグザグ下る。意外と急斜面であり、 斜面で擦れ違った女性 2人組も結構キツイ様子であった。
途中、倒木があったものの、道は良く踏まれており、順調に下る。10分強下って行くと、道はほぼ平らとなり、 その後も緩やかな下りが続くようになる。
そして、雲取山荘への分岐 (今は通行止めらしい) を示す標識に寄りかかっている倒木の下を潜れば、三条ダルミに到着である。
時刻は 13時22分。

ここは飛竜山への縦走路と三条の湯への道との分岐点となっており、 南側が開けていて富士山がよく見える。
左斜め下に延びる道を下る。この道の傾斜は緩やか。ということは逆に言えば、一気に下らないので三条の湯までかなり歩かねばならないということである。
道は左下に下る斜面を横切っていく。総じて日当たりは良いものの、陽の当たらない場所には雪が残っている。
展望の無い道が続くが、所々で樹林越しに雲取山とそこから右に続く石尾根を見ることができる。
先にも述べたように、道はほぼ平ら、あるいはやや緩やかな下りが続く。そして、その道が山襞に沿っているので、 歩いた距離・時間ほどには高度を下げていないことになり、今朝のニジュウタキ尾根・ヨモギ尾根と同様時間がかかりそうである。 ここは黙々と下っていくしかない。

雪が少し多めに残る岩場の下を過ぎると、その先で再び雲取山が見えるようになる。
ここからの雲取山は結構高く見える。雲取山を出発してから 1時間10分程、まあこれ位高度を下げて貰わないと困る訳であるが・・・。
その少し先で富士山を見た後 (これが富士山の見納め)、道は右に大きくカーブして徐々に下りの勾配が増してくる。
落ち葉の絨毯を掻き分け、横に鎖が張られた細い道を下り、谷へと下っていく。そして、三条沢を渡って左に少し登れば、 やがて三条の湯であった。時刻は 14時42分。
薪が多く積まれている建屋の向かい側には沢山のベンチが並んでおり、ここで休んでも良かったのだが、三条の湯の関係者が庭におられたため、 ただ休むのも申し訳なく思われ、そのまま小屋の横を通って先へと進む。

すぐに薪割りの作業場がある三叉路に至る。
ここで右に道をとれば、北天ノタルを経て飛竜山に至り (北天ノタルにて三条ダルミからの縦走路と合流する)、まっすぐ進めばサオラ峠、 そして林道 後山線へは左に下る道を進む。
下方にテント場を見ながら斜面を下る。テント場にはテントが 2張あったので、先程の女性達のものかもしれない。
テント場を過ぎると、しっかりと整備された、斜面を横切る平らな道が続く。そして、ガードレールのある橋を渡って右に登っていけば、 そこは林道 後山線の終点であった。時刻は 15時4分。

ここからは後山川沿いに砂利道歩きが続く。
やや下り勾配なのがありがたいが、この林道も長い。途中に 『 6.0km 』 と書かれた標識があり、 確か往路の林道歩きでも同じ標識 (もっと小さい数字) を見た記憶があるので、ゲートのある片倉橋までの距離と考えて良さそうである。
下りなので 1時間強といったところであろうか。
なお、途中で法面を工事しており、そこに今朝ほどゲートを開けて進んで行った車もあったので、車は工事関係者のものだったようである。
川の流れる音を聞きながら黙々と歩く。途中で、3人の登山者と擦れ違ったが、本日は三条の湯泊まりということなのであろう。
0.5km毎に現れる標識の数字が減るのを励みに歩き続け、塩沢橋には 15時47分に到着。これで雲取山の周回ループが完成したことになる。
さすがに疲れを覚えたので、ここで 3分程休憩した後、橋を渡ってゲートへと向かう。ゲートまで 2km程のはずである。
そして、16時17分にゲートを通過、駐車スペースには 16時19分に戻り着いたのであった。

本日はリハビリ登山として雲取山を選んだのだが、 リハビリに相応しく急登の少ないコースだったのは大変良かったと思う。
好天にも恵まれ、楽しい一日であった。
また、奥多摩小屋に至る迄は誰にも会わず、また雲取山から三条ノ湯経由の道でも 6人しか会わなかったので、 人気の山にも拘わらず静かな山旅を楽しめたことも嬉しい。
しかし、何遍も言うように、急登が無い分、距離が長い。その証拠に、身につけている横浜市主催 『 よこはまウォーキングポイント事業 』 支給の歩数計は、 この日何と 44,497歩を記録したのであった。
これは 2016年8月に登った甲斐駒ヶ岳 (黒戸尾根ピストン) に次ぐ第二位の記録である。
とは言え、静かな山旅を求める方にはお薦めのコースである。

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 更新記録

 2018/1/8 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。  
 11/24 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 鎌倉散策 (源氏山) を掲載しました。
 11/11 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 大弛峠−甲武信ヶ岳 を掲載しました。
 10/25 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 編笠山・権現岳 を掲載しました。
 10/4 古新聞ですが簡易登山記録に 雁坂嶺・破風山 を掲載しました。
 9/21 簡易登山記録に 小太郎山 を掲載しました。
 9/11 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 天狗岩 奥千丈岳 を掲載しました。
 8/1 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 白岩岳 を掲載しました。
 6/27 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 蝶ヶ岳 を掲載しました。
 6/7 古新聞ですが、簡易登山記録に 乗鞍岳 を掲載しました。
 5/21 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉散策 (六国見山) を掲載しました (△1: 5/24 本番状況を追記)
 4/30 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳・鍋割山 を掲載しました。
 4/1 古新聞ですが、簡易登山記録に 水晶山・古礼山 を掲載しました。
 3/19 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 大山三峰山・大山 を掲載しました。
 2/20 古新聞ですが、簡易登山記録に 山王帽子山 を掲載しました。
 2/8 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 檜洞丸 を掲載しました。
 1/28 古新聞ですが、簡易登山記録に 白沢峠 笠取山 を掲載しました。
 2017/1/9
簡易登山記録に 北横岳 を掲載しました。
 12/24 簡易登山記録に 金峰山 を掲載しました。
 12/13 古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉散策 (衣張山) を掲載しました。
 11/22 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 奥大日岳 を掲載しました。
 11/3 古新聞ですが、簡易登山記録に 立山 を掲載しました。
 10/22 古新聞ですが、簡易登山記録に 乗鞍岳 を掲載しました。
 10/8 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 甲斐駒ヶ岳 を掲載しました。
 9/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 針ノ木岳、蓮華岳 を掲載しました。
 8/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 爺ヶ岳 を掲載しました。
 7/30 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 白毛門・朝日岳 を掲載しました。
 6/29 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 木曽駒ヶ岳 (上松Aコース) を掲載しました。
 6/10 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス II を掲載しました。
 5/28 古新聞ですが、簡易登山記録に 和名倉山 を掲載しました。
 5/15 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 十石山 を掲載しました。
 4/29 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。
 4/14 古新聞ですが、簡易登山記録に 地蔵岳 を掲載しました。
 3/26 古新聞ですが、簡易登山記録に 大山三峰山 を掲載しました。
 3/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢伏山 を掲載しました。
 3/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 杓子山、鹿留山 を掲載しました。
 2/25 古新聞ですが、簡易登山記録に 三ツ峠山 を掲載しました。
 2/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 相州大山 を掲載しました。
 2/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳、丹沢山 を掲載しました。
 1/30 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳 (尊仏岩跡) を掲載しました。
 1/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 竜ヶ岳 毛無山 を掲載しました。
 2016/1/6
かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 竜喰山 を掲載しました。    

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