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31日目
亀山宿〜関宿
2002年12月21日(土)
亀山城下に広がる亀山宿を後に、関宿へ向かいます。関宿は、東海道53宿の中で唯一、伝統的建造物群保存地区に指定されており、約1.8kmの町並みが保存されています。

野村一里塚
  雨がやや小降りになってきた頃、亀山宿を後にし、関宿へ向かいます。京口門後の先で谷を橋で越えると、やがて右側に大きな椋の木が見えてきます。初冬ということもあり、すでに葉は落ちていますが、遠くからでも目立つ大きな木はいったい何だろう?そう思いながら歩を進めると、「野村一里塚」でした。塚は当時のまま原型をとどめていますが、塚に生える椋の木はとにかく大きく、塚がとても小さく見えてしまいます。
この椋の木、なんと樹齢400年だそうです。ということは、東海道ができて、ここに一里塚が作られてから今日まで、ずっと生き続けているわけです。東海道の歴史をずっと見守ってきているのですね。これからも生き続けてほしいものです。ちなみに、国の史跡に指定されています。

左上:京側からみた京口門跡付近
左下:野村一里塚
右下:京側へ少しいってから振り返ったところ

大庄屋屋敷跡〜分岐点
椋の木に別れを告げ、先へ進みます。しばらくすると「大庄屋屋敷跡」の標柱が建っていました(写真左)。
この標柱の先で、道は左右に分かれます。分岐点には案内板があり、東海道は右となっているので、この分岐は迷うことはありません。案内通り右へ行くと、途中に布気神社があり、正しい道筋であることを確信しました。

大岡寺畷〜鈴鹿川岸
旧道はやがて県道565号線(旧国道1号線)に出ると、県道・JR関西本線と交差します。しかし、残念ながら東海道は県道と鉄道に分断された形になっています。少し左には歩道橋がるので、これを利用して県道と鉄道を一気に越え、反対側に出ます。

県道・鉄道を越えると、東海道は桜並木の続く道となります。やがて、大岡寺畷とかかれた標柱がありました。元々このあたりには松並木があったそうですが、今は松の姿はなく、かわりに桜並木になっているように思えます。花の咲く春にくると、きっと見事な桜が出迎えてくれることでしょう。

やがて、高速道路のガードをくぐりますが、橋脚には広重の絵が描かれていました。ガードの先は、鈴鹿川の堤防の上を歩きます。

左上:大岡寺畷の標柱
右上:橋脚に描かれた広重の絵
左下:堤防上の道となった東海道
 

小万凭松碑・東追分け
関西本線の踏切を渡り、一旦国道に合流した東海道は、すぐに右へ分岐します。すると、「小万凭松碑」が建っています(写真左)。いよいよ関宿。旧家の残る町の中を先へと進むと、前方にはまるで時代劇のセットのような町並みが続いています。その町並みの入り口辺りに、鳥居が建っています。ここが東追分けで、鳥居の建つ道は伊勢神宮への参拝道です(写真右)。

一里塚跡・関宿の町並み
鳥居の下には、遠慮がちに一里塚跡の石碑が建っていました。うっかりすると見逃してしまうので要注意。
さて、いよいよ関宿。気分は江戸時代の旅人。町並みを楽しみながら進みます。

本日の行程終了
16時30分をまたっていたこと、雨のために暗くなるのがはやいことから、そろそろ終了場所を考えなければ。この日は亀山に戻って1泊するため、関駅までのアクセスが良いところを探していました。地図を見ると延命寺前の交差点で左に曲がると、どうやら関駅まで一直線のようなので、そこで終了することにしました。



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