『”ものみの丘”に吹くそよ風』

第七話

 ………夢を、見ていたような気がする…。
…夢? いや、あれは夢ではなく……。
……確か………。

 ぼんやりとした意識の中、今見ていたものの記憶を紡ぎ出す。
……なんだっただろう?
 よくわからず、ころっと寝返りを打つ。その目の前に……女の子の寝顔があった。

 ……っ!?
がばっと飛び起きる…が、ツンと髪が引っ張られた。
「ふにゃあぁ!?」
 突然、こゆきちゃんが悲鳴を上げた。
よく見ると、私の髪とこゆきちゃんの髪が絡まっている。
「すいません、大丈夫ですか?」
「ふにゃ…、痛い…」
「ごめんなさい。今、解きます」
 私はもう一度寝転がり、二人の髪の毛を解きに掛かる。

 そこまで来て、やっと昨日のことを、ここが病室だったことを思い出した。
………と?
それはともかく、何故こゆきちゃんが一緒のベットで寝ていたのだろう?
体を半分起こし、まわりを見る。
ここは間違いなく私のベット。昨日眠るときには、こゆきちゃんも自分のベットに入ったはずだった。
「こゆきちゃん? いつの間に私のベットに入ったんですか?」
「ふにゃ?」
 そう呟いて起き上がる、
「…きゃっ」
「ふにゃっ」
 再び髪の毛が引っ張られる。
私の髪の毛は、智子ほどではないが結構長く、背中の中程まである。こゆきちゃんも多分同じくらいだろう。
寄り添って眠っていたらしく、見事に絡んでいた。
「こゆきちゃん。すいませんが、しばらくじっとしていて下さい」
「…うん」

 それからたっぷり時間を掛けて、丹念に髪を解いていった。
こんな所を誰かに見られたら、何と思われるだろう?
ベットに女の子二人が寝転がり、髪の毛を解く様は何とも奇妙に見えることだろう。
…なんて、馬鹿なこと考えてるな、と自分で思って苦笑する。

 解き終わってから時計を見る。まだ、起きるには少し早いだろう。
「こゆきちゃん、私はもう少し寝ようと思います。自分のベットに戻ってくれますか?」
「……うん」
 そう言って、私のベットから這い出て、静かに戻っていく。しかし、
「どうしました?」
 ベットの前で立ったまま、布団に入る様子がない。
「………ふにぃ、お布団がつめたい…」
 ……それで、私の所にもぐり込んだのだろうか?
私は思わず、くすっと笑う。
「わかりました、一緒に寝ましょう」
「うん」
 頷いて、出て行ったときの倍の早さで戻ってくる。私は更に苦笑しながら、布団をめくって向かえてあげた。
「また絡まるといけませんから、あまり顔を近づけないで下さいね」
「うん」
 そして、再び眠りについた。

 次に目が覚めたときには、目の前に看護婦さんが居た。
「おはようございます、お加減いかがですか?」
「…はい。大丈夫です」
 看護婦さんはにこっと笑い、こゆきちゃんを見て、
「さっそく、仲良くなられたんですね」
 と呟いた。なぜか、思わず赤くなる。
「もうすぐ朝ご飯です。そのあと、先生が少しお話があるそうです」
「はい」

 寝ているこゆきちゃんを気遣ってか、小声で用件だけを伝えて、静かに出ていく看護婦さんを見送り、私は自分の枕元に視線を落とす。
「…………う…にゃ…」
 微かに、寝言のような言葉を呟き、寝返りを打つこゆきちゃん。
私は何となく、その頭をなでてあげた。
こゆきちゃんの髪の毛は柔らかく、ふかふかしている。
そのままその手触りを楽しむように、なで続ける。
なぜか、こうしているとすごく落ち着く、懐かしさにも似た、暖かさを感じる。
「………」
 …何か……、何だろう? 少し、引っかかりを覚えた。
「懐かしさ」「暖かさ」、それ以外に……、胸が…痛い?
そう、ごくわずかに、他の感覚、感情……これは……。
 私は……悲しい?

 とくん、と鼓動が聞こえたような気がした。
それは、誰の鼓動だったのだろう。
なにを…、意味していたのだろう。

「ん…にゅぅ〜〜」
 のびをして、こゆきちゃんが目覚める。そして、
「…はぁふぅぅ〜〜」
 っと一度大きく息を吐いてから、こちらを見た。
「うにゅ、…みしお」
「おはようございます、こゆきちゃん」
「おはよう…ございます」
 私はこゆきちゃんが寝ている間に着替えを済ませ、窓際にイスを持っていって外を眺めていた。
外は相変わらず黒い雲が空を覆いつくし、今にも雪が降りそうだった。
と、思っているそばから降り始めたようで、ちらちらと、白いものが舞い降りはじめた。
「今日も、寒くなりそうですね」
 そう呟きながらこゆきちゃんを見る。
昨日と同じ服、それは病院が用意してくれたものだろう、真っ白な服を着ていた。
ベットの横の棚を見ると、ブラウスとスカートが入っている。それに、壁に掛けられたコートもこゆきちゃんのものだろう。
でも、あえて着替えさせる必要は無いと思った。
こゆきちゃんは、もそりと起き出すと自分のベットに戻った。私はそれと入れ違い、ベットのシーツを整える。
もう、ベットに戻る気分ではない。朝食を食べた後、お医者様の話…おそらく怪我の状態などを聞いて、じきに家に帰ることになるのだろう。

 自分のベットを片付けると、私はこゆきちゃんのベットの横にイスを置いて座った。
こゆきちゃんは、一瞬だけこちらを見て、視線を窓の外に移した。
私も、ただ黙って窓の外の雪を見つめる。

 ………白い…雪……。
なにか、大切なことを忘れているような気がする。
降り続く…雪……、では無く、なにか? 白い……。
そう、白い……、それは真っ白な………。

 『……に災禍をもたらす者は…所詮………』

「……え?」
「…ふにゃ?」
「……え…なにか、今……」
 いま、なにかを思いだした…様な気がした。
いや、なにかを思い出しかけていた…?
……なにを?
「………」

 白い…何だろう…。
窓の外は降り続く雪に、濃い白に覆われていた。
 白い壁、白いテーブル、白いベット……、
こゆきちゃんの服も…白い……。

「みしお?」
「……え?」
「どうしたの…?」
「えっと、なにがですか?」
「………」
 こゆきちゃんは、じっと私を見ていた。
「う…ん、みしお?」
「はい」
「………さみしそう…」
 どきっとした。
私は『さみしそうな顔』をしていた?
慌てて、その『理由』を探し出す。
「え…っと、昨日も話していましたけど、飼っていたキツネがいなくなったんです」
 そう、私がさみしい理由はこれしかない。
「もし、昨日帰ってなかったら、今頃雪の中にいるかも知れません。それで…」
 それで…さみしい?
いや、違う。私は今朝起きてから今まで、小雪のことを思い出さなかった。
そう、私は小雪が居なくなったことを忘れていた。
なぜ…? とても大事なことなのに……。
いつも目覚めると側にいた、私の可愛い小雪。
心配していない筈はない、なのに…私は忘れていた……。
どうして? 今の私に、それ以上に「さみしい事」があるというのだろうか?

 口許に手を当てたまま、俯いて考え込んでしまっていた。
それを、こゆきちゃんが心配そうに見ているのに気が付く。
「ごめんなさい。きっと大丈夫ですから」
「…うん」
 そう言って、取り敢えず安心させようと思った。
……ただ、私自身、どこか、なにかが不安だった。

 コンコン…。
「はい」
「失礼します。朝食で〜す」
 にこやかに、看護婦さんがワゴンからトレイを取って渡してくれる。
「はい。ありがとうございます」
 私はそれを2つ受け取り、例の如くこゆきちゃんのベットに運ぶ。
その、実に質素な朝食を、またしても例の如く、無言の内に食べ進める。
ちらっと、こゆきちゃんを見る。相変わらず、ご飯を食べるのに必死で、周りのことは見えないらしい。
ほんとに可愛らしい、思わず微笑んでしまうような、そんな仕草だった。
私は、こゆきちゃんを眺めながら、ゆっくりと食事を摂った。
本当は、無理をしてお喋りしながら食べる必要なんて、無かったんだと、今、気が付いた。

 ゆっくり食べたつもりだったのに、食べ終わったのはこゆきちゃんと同時だった。
「……ふぅ」
 軽く息をつくこゆきちゃんを横目で見る。
その私の視線に気が付いたのか、にこっと微笑んだ。
思わず私も微笑み返す。
まるで、言葉を必要とせず、無言のままで会話をしている気分になる。
トレイを片付け、再びこゆきちゃんのベットの脇に座る。
そして、また、何をする訳でもなく、ただ風の音を聞きながら、降り続ける雪を見ていた。

 しばらくそのまま、ただ静かに、時間だけが過ぎていった。

 コンコン。
「はい」
「失礼します、天野さん、よろしいでしょうか?」
 それは朝一番に様子を見に来た看護婦さんだった。言うまでもなく、私を呼びに来て下さったのだろう。
「はい。行きます」
 そう応えて立ち上がり、改めてこゆきちゃんを振り返る。
「行ってきます」
「…うん」
 私はにこやかに微笑んで見せ、
「すぐに戻ります」
 と言って、部屋を出た。

  ……つづく。


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