第十一章 生活の文化の質的向上とは
 
 ここで、生活の文化の質的向上のために知識人が果たす役割について述べる前に、これま
でに見て来たような最大多数の最大幸福、すなわち快適さと精神的充実感の獲得度を価値の
基準とすれば、生活の文化の質的向上とはどのようなことなのかを、もう少し具体的に示して
おきたい。
 生活の文化の質的向上とは、先ず第一に、衣・食・住という人間の生存の基本となる経済的
要素が、その社会の富の総量と発展段階にふさわしい水準で、その社会の大多数の構成員
に対して、(必ずしも「平等に」する必要はないにしても)「公正に」確保されるよう常時調整され
て行くことを意味する。これは経済活動の、分配面の思考・行動様式の問題である。
 個々人の収入は、本人の能力だけではなく、経済・社会政策や税制などが国民のどの階層
やどの要因(特定の能力や、資本ないし資産など)を優遇しているかによって大きく左右され
る。「公正に」とは、このような政策や制度が、一部の人々だけに特別に有利なものであっては
ならないという意味である。現代の日本では想像しにくいことであるが、世界的に見れば、富の
大部分が一握りの特権階級に集中し、その社会の大多数の構成員は貧困に苦しんでいる国
の方が圧倒的に多い。それが国内社会ひいては国際社会に不安定をもたらす大きな要因とな
っていることを考えると、この意味での生活の文化の質的向上は、人類社会全体の、最大と言
ってもよい共通の課題である。
 第二に、生活の文化の質的向上とは、経済活動の発展に伴って生じてくる環境問題を解決
し、豊かさや快適さを、物の量だけではなく、自然環境および生活環境の維持・改善も含めた
観点から実現することを意味する。これは、経済活動の、主として生産面および需要面の思
考・行動様式に関わってくる問題であろう。
 第三に、生活の文化の質的向上とは、その社会の構成員が経済的のみならず、精神的な充
実感をも得ることを可能にする社会的生活環境の構築を意味する。それは、学問、思想、信
仰あるいは表現等の、精神的価値の追求に不可欠な基本的自由権が、社会全体によっても、
また個々人が属する個々の集団や組織からも実質的に認められるのみならず、積極的に保
障される社会的生活環境の構築である。 第四に、生活の文化の質的向上とは、社会とその
構成員とのあいだの利害関係を合理的に調整、解決する能力を、権力や影響力を行使する
側とされる側の双方が習得することを意味する。それは、権力を行使する側に対しては、統治
される個々人の権利を正当に尊重することを求める一方、個々人に対しては、個人と社会との
関係についての理解を深めることを通じての、社会全体の利益への配慮を求める。
 第五に、生活の文化の質的向上とは、文化遅滞によって時代の変化に対応できなくなり、社
会および個人の快適な生活の追求の足かせになっているような思考様式や行動様式を、将来
のあるべき姿をも視野に置きつつ、その時代の現実の社会・生活環境の中での最大の快適さ
と精神的充実感を得ることを可能にするようなものに変えてゆくことを意味する。
 第六に、生活の文化の質的向上とは、個々人ひいては社会全体の感性を洗練し高めること
によって、個々人の特に精神的生活を豊かにするのみならず、更にそれを通じて、潤いのある
人間関係と社会・生活環境を構築することを意味する。潤いのある人間関係とは、敵意や無
関心あるいは利己主義といった感情ないし思考様式とは反対の、人間性に関わる知性に裏づ
けられた対人的感性、すなわち善意や好意あるいは思いやりの精神等に基ずいた、相互の触
れ合いを通じて作り出される人間関係である。
 生活の文化の質的向上とは概ね以上のような意味を持っているのであるが、これらは同時
に、生活の文化の質的向上に向けて個々の活動を方向づけるための大きな枠組みと考えるこ
ともできる。すなわち政治、経済、文化をはじめとするあらゆる社会的、個人的活動が、このよ
うな枠組みの中で方向づけられ、組織的にあるいは個々に展開される場合に、生活の文化が
質的に向上して行くことになるのである。
 逆に、個々の活動がこのような枠組みから外れたり、方向づけに逆行したりする場合には、
生活の文化は質的に停滞したり低下したりすることになるが、このような枠組みや方向づけが
社会的に確固としたものであればあるほど、個々の活動がこのような枠組みから外れたり、方
向づけに逆行したりすることはむずかしくなるであろう。従って、生活の文化の質的向上を可能
にする枠組みないし方向づけは、同時に、生活の文化を質的に停滞させたり低下させたりす
る、いわば反社会的な活動を抑制する働きも果たしているのである。 このような意味からも、
ある社会がその生活の文化に与える枠組みないし方向づけは、その社会の生活の文化の
質、すなわちその社会の構成員が精神的充実感を伴った快適な生活を送ることができるかど
うかを左右する重要性を持っている、と言うことができるであろう。
 もっとも、右に六つ列挙した枠組みないし方向づけ程度では、個々の自由な活動の余地が大
幅に残されていて、中核集団や個々人の具体的な活動の指針にはなり得ないのではないかと
の疑問が残るかもしれない。しかし、この程度の緩い枠組みないし方向づけでも、社会的合意
として確立されれば、その中での個々の具体的活動は自ずからそれに沿った、少なくとも逆行
しない方向を志向することが期待される。従って、更に具体的な活動方針ないし個別の政策に
ついては、その都度検討しながら決定して行っても、何の方向性もない場合に比べれば、反社
会的な部分は減少するであろう。また、そのようにして安定した社会での、幅広い自由な活動
から、更に豊かな知性と感性の文化が生み出されてくることも期待できる。このためにも、社会
が順守すべき基本的原則についての社会的合意を確立することが、何よりも大切なのであ
る。
 そして、そのような基本的原則は、長期的かつ普遍的な視点から論理的に構築されて初め
て、多くの人々に受け入れられることになる。その構築には知性の文化の側からの関与が不
可欠であるが、そこで最も大きな役割を果たすことを期待されるのは、知識人である。
 
  
 
第十二章 知識人の役割
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第十二章 知識人の役割
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