サブnmを測るには更に何が必要か?
”nmを下回って測定を試みるには、何が必要か”、を検討します。
測定環境は制御できることと、なかなか制御することが難しいことがあります。測定環境で問題となるのは、温度・湿度・大気圧・振動・騒音・風・雰囲気でしょうか。
もうひとつ、大きな要因に、工作物の製作精度があります。どんな物も理想的な値ではありません。例えば、平坦な面だと言っても、凹凸があり、うねりがあります。光学部品も機械部品もこのような制約から逃れられません。(人間が作るのですから、理想品は出来ません。)
温度制御や湿度制御は、高額な設備を投入すれば、0.01度以内、1%以内での制御が可能です。
大気圧は自然のままが多く、制御するには温度制御以上の費用が必要です。(全部を真空系内に収納出来ればばいいのですが。)
振動は定盤などを用いて大きな振動成分は防げます。ただ、nmオーダーの振動は、空気中を伝わる振動・騒音・風の影響で発生してしまいます。(風や音に関しては別の項目で議論しています。そちらも参考にしてください。)
光学部品や機械部品の特性はばらばらです。
まず理想的状態で、1nm変動を引き起こす例を幾つか並べてみます。
1.温度による線膨張
アルミニウムは線膨張係数が2.31×10−5である。1cmのアルミ材が1nm伸びるに必要な温度上昇ΔTは、0.0043度である。通常の温度制御装置ではかなり厳しい温度変動である。金属で最も線膨張係数の小さいインバーでも、ΔT=0.76度である。20cm長さのインバーでは、ΔT=0.038度が要求される。温度管理から言えば、金属を用いての長さ変動制御は無理といえる。
2.大気圧による液面の高さ変動
浴槽に張られた水の高さ変動の、圧力依存性を見積もる。水の圧縮率κは、1気圧20度の環境下で、0.45[「1/GPa]である。定義式を、書き直すと、dV=ーκVdP、と表される。Vは体積、Pは圧力である。簡単にするため、浴槽は全く変形しないとする。つまり、底面積Sは普遍で高さLのみが変わるとする。dV=SdLと表されるので、dP=−1/κ/VSdLと表される。V=1[m^3]、S=1[m^2]とすると、dL=1[nm]に対して、dP=−2.22*10^−9[GPa]=−2.22[Pa]と得る。符号はあまり意味がないので省くと、たった2.22Paで、1nmの高さ変動が起こることになる。通常の大気圧は,1013[hPa]=101300[Pa]である。天気がよければ、1030[hPa]になり、台風がやってくると970[hPa]程度になる。1日の間でも、3[hPa]=300[Pa]は十分変わる。これは、自然の環境下では、液面の高さを制御できないことが知れる。
3.金属棒の大気圧による伸縮
アルミニウムの圧縮率は、κ=0.0133[「1/GPa]。水より圧縮されにくい。しかし、上記の議論と同様に、1m棒の1nmの変動は、ΔP=75.2[Pa]で起きる。水と同様に自然の環境に任せたままでは、5cm長さのアルミ棒でも、10[hPa]の変動で、ΔL=0.7[nm]の伸縮が発生する。同じく、自然の環境下では、制御できないことが知れる。
4.管内を流れる冷却水の圧力変動による管径の変動
光学ベースなど、冷却水で温度を制御することがよくある。この冷却水の圧力変動による光学ベースの変動を見積もる。外気圧に比べ、冷却水の圧力は高いので、外気圧を無視する。また、計算を簡単にするため、光学ベースではなく管材とする。冷却水の流れる管径を、a、管材の外径を、bとする。機械工学等の教科書の教えるところによると、冷却水の管径の変化量Δaは、 Δa=P*a/E*((b^2+a^2)/(b^2−a^2)+ν)、となる。ここで、Pは冷却水圧力、Eは管材のヤング率、νはポアソン比である。
管材がアルミニウムである場合、E=70.3[GPa]、ν=0.345、である。そして、a=15[mm]、b=30[mm]とすると、Δa=4.292×10^−12*P、となる。冷却水の圧力が1.5気圧程度ならば、実質0.5気圧分圧力として加わるので、P=5×10^4[Pa]となる。この場合、Δa=2.1×10^−7[m]=21[μm]、となる。この大きさ自体は、大きいがこの値はさほど問題にならない。なぜなら、一定に膨張収縮していれば、影響がないからである。問題はこの冷却水の圧力が脈動することである。これは冷却水のポンプ系による影響である。脈動の大きさが,1/1000程度のきわめて優秀な場合を扱う。すると、ΔP=50[Pa]の圧力変動が発生し、この変動に伴い、Δa=2.1×10^−10[m]=0.21[nm]、の変動が発生する。逆に1nmの変動に抑えるためには、1/200程度の圧力の脈動に抑えなければならないことが知れる。当然、材質をインバーなどに代えれば、E値が約2倍になるので、より変動を抑えやすくなる。(上記の展開は、静的な圧力を基本に計算されている)
5.真空装置内では安心作業
現在、超高真空として、10^−13[Pa]程度が作られている。しかし、通常の実験室では、10^−5[Pa]が実現できる程度である。もっと簡単な、ロータリーポンプ1台のみでは、10^−2[mmHg]=1.33[Pa]が限界である。この程度の真空ならば、液体を扱わない限り、固体では上記に述べたとおり、問題を起こさない。たとえ、圧力の脈動が発生してもである。ただ、ロータリーポンプは、振動・騒音の他、オイルが逆流し、真空槽内の光学部品の表面にダメージを与えてしまう。この点が非常に大きな問題である。これより、簡単な真空系なら使わない。使うならば、せめて拡散ポンプ・イオンポンプを用意したい。
これ以外にも、例がありそうだと、理解していただけたと思います。
つまり、1nmの制御は、”難しい”、と言えます。
しかし、光計測では、条件値の絶対値を制御する必要はありません。測定時間内に変動がなければよいのです。
気温が高くても、気圧が低くても構わないのです。測定者は、測定する時間内に、変動がどの程度あるかを見積もることが必要です。
自然に関しては、”運を天に任す”、程度の期待と、運を味方に付ける”天の気まぐれ”に対する準備が、必要です。
人工の装置による変動は、根気よく退治してください。そのためには、どの程度の影響を及ぼすのか、見積もることが必要です。
サブnm測定は更に、注意が必要です。
ヘテロダイン測定と絡んだ議論は、PDFファイルをご覧ください。
0.1nmを計測するために(PDF)
弊社も、サブナノ、昔の単位で”オングストローム”、の計測に向け、様々な問題点を洗い出している最中です。
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