フリーマンの随想
ビールは昔から麒麟が圧倒的に強かったので、アサヒばかり指名していましたが、アサヒが麒麟を追い越したので、 それ以後は、買うのはサッポロかサントリーと決めています。 しかし、ウイスキーは殆ど絶対というくらいサントリーは飲みません。 国産ならもっぱらニッカです。 「 どちらが旨いか 」 などという得意げな議論など、どうでも良いのです。 大きな顔をしている強者サントリーより、ささやかに頑張っている弱者ニッカを選ぶのです。 車もトヨタ車は一度も買ったことはないし、今後も買わないでしょう。 代々ずっと日産車ですが、 それは性能が気に入ったからではありません。 日本車の性能なんて、皆どれも優秀で、スタイルもよく似ています。 ビールの味と同じで、わずかな差など私にはわかりません。 日産がトヨタにどんどん引き離されていたので、同情して応援してきただけです。 ところが、ゴーン氏のお蔭で日産が最近めきめきと強くなってきたので、そのこと自体は嬉しいのですが、 次はもっと小さい会社の車に替えようと、今、まじめに考えている所です 同じ考えで、新聞も朝日や読売でなく、この7年は毎日にしています。 デパートも、三越や高島屋にはめったに行きません。 潰れかけたところから立ち直ろうと必死で頑張っている そごう ばかりを愛用しています。 とにかく 「 なんとなく皆がすり寄って行く強者 」 と 「 何となく強者にすり寄ってゆく人たち 」 が私は大嫌いなのです。 だから、ルイ・ヴィトンは大嫌いです。 プロ野球についても、96年に日本に帰ってきてから、地元だったこともあり、 当時一番弱そうだった横浜ベイスターズを熱心に応援することにしました。 何度も横浜の球場に通いました。 その横浜が98年に優勝してしまったので、99年からは 「 いつもいつもビリの阪神タイガース 」 を応援することに切り替えました。 主流で 「 ひまわり 」 の長嶋よりは、傍系で 「 月見草 」 の野村の方がずっと親近感が持てたし、 その頃ちょうど野村が監督になってからも、毎年ビリだったので、夫婦相和して年々熱心に阪神に入れ込むようになりました。 ![]() 昨年までのように 「 いつ失点するか 」 と画面を見ているのが怖くて、 何度もスイッチを消すというようなことがなくて、今年の阪神は本当に頼もしいチームでした。 毎日が幸せいっぱいでした。 就寝前にTVのスポーツニュースを観て、翌朝の新聞を読んで、二人して何度も快感を反すうしていました。 そしたら、何と、私達夫婦がたった5年間熱心に応援し続けてきた阪神タイガースは、優勝してしまいました。 あの弱〜い弱〜いチームが、ついに優勝! 「 良かった。よかった 」 という気持でいっぱいです。 ところが、阪神がやっと優勝したので、生来の弱い者びいきの心が、優勝の翌日から、またまた頭をもたげてきました。 「 もう阪神は応援する必要などないほど強くなった。 最強のチームを私が応援する必要も理由もない。 弱くて負けてばかりいるチームはどこだ? 」 ということで、来年からは、また逆戻りして横浜の応援をすることになるでしょう ( 星野監督が好きだから阪神を応援し続けるだろう妻とは、多分敵対関係になります )。 もう一つの弱いチームに巨人があります。 このところ9連敗している巨人が可哀想になり、何とか勝たせてあげたくなるのですが、 原監督のあのベソをかいているような情けない顔はいただけません。 弱い者ばかりを応援したがる私も 「 ベソをかく弱者、グチを言う弱者 」 は大嫌いです ( 彼がグチを言わないらしいのがせめてもの救いです )。 私が理屈ぬきで応援したくなるのは、元気で頑張っている弱者、少数派 です。 巨人は、今は弱くても、本当はまだまだ強いらしいし、 それに、応援者がいつも沢山取り巻いている 「 主流派、権力者 」 です。 こういうのが、私は生理的に大嫌いなのです。 今いくら弱くても応援する気になれません。 私は、強者に押されて負け、苦しんでいる人や会社やチームを、黙って見ていられない性分なのです。 頑張っている少数派、苦闘している弱者が気になって仕方ないのです。 理屈なんて有りません。 たかが野球、応援の理由なんて、後からいくらでも作れるものです。 ( たとえば 「 お前がそんなに少数派の応援がしたいのなら、 なぜパ・リーグの応援をしないんだ? 」 と聞かれたら、大急ぎでもっともらしい理由を考えます ) 話はいきなり関係ないところに飛躍しますが・・・ どの社会でも 「 強者、権力者にすり寄る人間、その尻馬に乗って威張る人間 」 は、結局のところは嫌われ失墜します。 その逆に、苦しい立場に立った人を、そっと助けてあげようという気持があり、それを行動に移せる人は、後になって深く感謝されます。 そして、彼らに対して冷たくソッポを向いてしまう人たちは、結局は周囲から心の底では軽侮され、友を失うことになるのです。 これは、私が人生で学んだ教訓です。 |